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……カミングアウト😓

夏なので、肉を焼いたり歌を歌ったりする機会が増えます。
このところ、カラオケでは米津玄師さんの「Lemon」を歌うことの多い私。
が、“♪それだけが確か”から7拍あける大サビの入りが難しいですね、あの曲は。

さて、そんな私なのですが、最近、やけに怒られるのです。

社内で仕事の打ち合わせをするときなど、
たとえば、私が「○○はどうなってますか」という質問をした場面。
相手は「その件については、以前、△△ということで、◻︎◻︎をお勧めしたのですが、
お客様が、もう少し仕様を検討したいということで、先月……」と、
私に分かりやすいようにと、過去の経緯に遡って返答してくれます。
実は、私は、これが、あんまり理解できないのです。
いや、頑張ってついていこうとはするのですが、
「……以前、△△ということで……」という、話し出しところに気を奪われてしまうと、
その後の核心めいた部分まで集中力が続かなくて、
どうやらポカーンとした顔をしてしまったり、窓の外を眺めてしまったりして、
「もう、聞く気ないなら、話しません」と、相手を怒らせてしまうのです。

もちろん、少しも悪気はないのです。
しかし、「○○はどうなってますか」という私の質問に対して、
私が「○○はこうなってます」という一問一答的な回答を想定しているためか、
過去の経緯などを含めた長い回答になると、
途端に「え、なんで、この人はこんなに長く話すんだろう」と考えてしまって、
内容に関する理解が難しくなるのです。
はぁ・・・・・・このことで何度 Okei さんに怒られたことか。
最近では「聞く準備ができてから話しかけてください!」と、
それはそれはつれないものです。
いや、聞く準備はできてるんですけどね。途中で解除されちゃうだけの話なんですけど。

しかし、私には、このようなことが幼い頃からあり、
私は、自分の理解が及ぶ内容については熱心に話を聞ける一方、
理解が難しい内容については誰の話も聞けないというタイプのようで、
学校の先生や親を悩ませてきました。
以前、話したとおり、私のIQは高いのかもしれませんが、
実際の対人関係で相手の話を理解できずにポカンとするということでは、
IQなんか高くても、結局、頭は悪いのではないかと、
長年、悶々としてきたわけです。

そうやって、長く、自分の理解力に疑問を持ってきた私でしたが、
少し前、ちょっと知り合いの専門家に診てもらったところ、
注意力が散漫なわけでも、ましてや頭が悪いわけでもなくて、
「そういうタイプの脳だ」ということなのだそうです。
聞けば、脳にもいろいろタイプがあるらしくて、
たまたま、私はそういう、
ちょっと、それっぽい分類名称もある特徴的なタイプだと、
まぁ、そういう説明でした。

この診断を聞いた私は、ショック……を受けることはありませんでした。
なあんだ、そういうことかぁ、
そういうことなら、早く教えてくれたら良かったのに、
そしたら、もっと早く自分の扱い方が分かったのに。

と思いました。
だって、長年、自分は理解力が低い、頭が悪いと思ってきましたが、
そうではなくて、単なる、私の脳の特徴だと分かったので、
気が楽になったというのが正直なところです。

これは、左利きなんだよねとか、毛深いんだよねとかのような感じで、
個性だという考え方なので、治療が始まったりはしません。
まぁ、最近では薄毛は病気だといいますが。
とにかく、できることは、
左利きの人が左利き用のハサミを買うように、
自分の特性を知ったうえで、それに沿った生き方をするだけ。

私は、このことは、意外に大事なことのような気がしています。
そろそろクライマックスを迎える朝の連ドラ『半分、青い。』は、
ヒロインに身体的な障害がある史上初の朝ドラとして話題になりました。
主人公の鈴愛は、小学3年生の時の病気で、突如、左耳の聴力を失いましたが、
この『半分、青い。』というタイトルは、主人公の鈴愛が自身の耳の聞こえ方を、
雨天時に傘をさしても、左側に降る雨の音は聞こえなくて、
まるで右側だけ雨が降ってるみたい、
・・・つまり、左側だけ青空みたい、と表現した言葉です。
子供とはいえ、ポジティブなものです。
母親の晴さんは、
代わってやりたい、ピカピカで産んだのに。
ピカピカの鈴愛やったのに。あの子に申し訳ない。」と泣くのですが、
当人とは、存外そういうものかもしれません。

病気しかり、障害しかり、置かれた境遇を悔やんでも憎んでも、
実際のところ、何の解決にもならないでしょう。
私は、受け入れてそれと一緒に生きるべきだと思います。
なぜなら、弊社の Okei さんの慧眼が冴えわたっている通り、
私も、何事も起こることには意味があり、起こるべくして起こっていると思うから。
だから、降りかかってくる境遇は、認めるべきであって、
避ける姿勢は、人生に正面から向き合っていないと、私は思います。

私は、学生さんの就職支援の活動もしているのですが、
大学などの就職担当の方とお話ししていると、
発達障害や、その疑いのある学生さんの話題になっていくことが、意外とあります。
もちろん、就職担当の方は、わが子のように学生の就職を支援しており、
発達障害の学生に対しても好意的で親身なのですが、
問題は、そのことを認めようとしない親御さんや本人なのだそうです。
つまり、「人並みであること」に執着するあまり、
本人に適切なサポートが与えられないケースが多くあり、
そのことが、本人の将来を奪っていると。

そういう話を聞くと、私は残念に思います。
私だって、発達障害と同じに扱ってよいかは分かりませんが、
長い話は聞けないものの、その文章からキーワードを探すことはできるのです。
一般よりも少しだけ特徴的な脳だっただけで、
社会に適合できないとみなされるのは、ちょっと遺憾だなと思います。

もちろん、“変わり者”だから許されるだなんて思ってはいませんし、
これからも、私の態度にイラつく Okei さんに平謝りの毎日が続くわけですし、
他団体で私のアシスタントを務めてくださっている方からは、
「せめて聞いている“フリ”だけでもしてください」と叱られ続きですが、
しかし、もしも、私と同じ感じで悶々としている人がいらっしゃるようでしたら、
診察でも受けて、開き直ってしまわれるのも一手かもしれないと思い、
恥ずかしながら筆をとった次第です。

冒頭に触れた米津玄師さんだって、
実は、高機能自閉症なんだそうです。
だけど、最近のヒット曲連発はご存知の通り。
つくづく、一般的であることだけが高価値ではないのだと思います。
それまで、別にそれほど米津玄師さんのファンでもなかったのに、
そのことを聞いて急に親近感が湧いた、現金な私です。
少し古いですが、「アイネクライネ」もいいですね。

[SE;KICHI]

『都鄙問答』

読書の習慣のない私が、前回の「南洲翁遺訓」に続き、
石田梅岩さんの「都鄙問答」を読むことは、
なかなかハードルが高いように思っていたので、
手元に届いてからしばらくは言い訳をしながら読まなかったのですが、
夏季休暇中に用事がない日ができたので、
思い切って喫茶店に行き半日を2回使い読みました。

私の休日は中学校の部活指導が半日と、
家の農作業や自分の用事(これはだらけてるいるのだが・・・)で消費されていくので、
生活習慣になく思い切ってという表現になってしまいます。

さてさてこの「都鄙問答」は、石田梅岩こと石田勘平さんが、
幼少の頃より奉公に出ながらも独学に励み自分の本性を知り、
儒学者として世に出て教えを伝えていた時に、
環境や考え方が違う人達からの問いかけに答えたことを、
弟子の方達がまとめたものですが、
読んでいて、なるほど上手に答えられるなと、
思いながら読んでいました。

孔子や孟子の言葉はよく出てきますが、
『故きを温ねて新しきを知るは、以て師たるべし』と、
偉人の言葉を読み覚え理解し姿勢や行動を正して人に教えるのは、
自分では想像もつかず
ここは言葉として読ましてもらいました(汗)
商人の道や学問についての問答は、
そうだ。と思っても伝える事も行動しているか?についても、
あらためて思うところもあり、
ただでさえ読むのに時間かかるのに何度か読み返しました。

ずっと読んで行き、巻之四で「文芸学者になるな」とあり、
なにかそこで来るものがありました。
来たといっても心が開けたとかの類ではなく、
より難しいなと感じることなのですが。
いままで色々読んでいてスッキリこなかったのが、
私の心の中で、
そうは言ってもねと思ってしまうことが、
よくあるからだと思います。

人間の繁栄と衰退の歴史を学び、人がみんな善行を行うようになればいいと思うし、
そうゆう子ども達が多くなるようにとも思うし、手伝いもしているつもりですが、
行動と知識のバランスがとれてないのかもしれません。
テレビとかでも偉そうなことを言っても口だけなら誰でもできると思ってしまうし。

でも偉そうなことを言うには知識や考えがいる。
考えがしっかりしていれば影響を与えられる範囲も大きくなり、
より貢献できるのかもしれない。
でも口だけだろって思っている。
小さくてもしっかりやれることをやろうと思う気持ちとの違いで、心が定まらないです。

読んだことにより、より心がざわつく感じになってしまいました。
体で体験したことしか知識経験になっていないのだと感じた読書になってしまいました。

[WAKA]

ガチャピンの思い出

「ガチャピン」ってご存知ですか?

ガチャピン  ムック http://geinouneta.com/2018/03/25/post-113/

いまどきの小学生は、そんなキャラクターは知らないようです。
確かに、最近ではUQモバイルのCMでちょっと見かけるくらいですが、
あのCMでは濃いブルーに塗られていますので、
特に、グリーンのオリジナルカラーには馴染みがないのだそうです。

さて、これまで何度か、幼いころに親しんだ京阪電車の話をしてきましたが、
5年以上前の「阪急電車を舐めてみた話」で、
京阪電車はガチャピンのようだと表現したため、
当時、一部の方から「ちょっと、何、それ」的なご指摘をいただいたものです。

私が幼かったころ、京阪電車の普通電車の塗色はライトグリーンでした。
特に、2200系という、当時の主力車輛は、
先頭車のヘッドライトが見開いた目に、行先表示板が前歯のように見え、
その「顔」が、私にはガチャピンのように見えたものです。

京阪2200系 旧塗装
https://blogs.yahoo.co.jp/chamata_101/11228033.html

いや、幼い私にはそう見えたという話で、
何、それ・・・・・・などと言われても困ります。

私はこの車輛をかわいいと思っており、観察しまくっていました。
いまも実家には、当時撮影した2200系の写真が、アルバム何冊分か残っているはずです。

その後、普通電車の主力として6000系というのが登場し、
先頭車輛の「顔」っぽい感じはなくなってしまいました。
2200系は現在でも健在ですが、
さらにその後、2200系を含めた全車輛の塗色変更が行われて、
基本塗装がライトグリーンではなくなってしまったため、
もはや、「ガチャピン」を感じることは不可能です。

京阪6000系 京阪2200系 新塗装
http://f.hatena.ne.jp/yohei223_1000/20090723190249 / http://rail.hobidas.com/rmn/archives/2008/07/2200.html

京阪電車がこの新塗装になって、実はもう10年くらい経つのですが、
私がいまだに新塗装に不満なのは、このガチャピン感の喪失のせいかもしれません。

ところで、ガチャピンではありませんが、もう1系統、私が注目していた系統があります。
それが5000系。
日本で唯一、ラッシュ時には天井に格納されるという画期的な座席シートを装備した、
なんだか妙な電車であると、たまにTVなどで紹介されている車輌です。

京阪5000系 旧塗装
https://minkara.carview.co.jp/userid/250858/car/144093/1030538/6/photo.aspx#title

この5000系の正面の「顔」、どうお感じになりますでしょうか。
2200系と比較して、角ばった切妻っぽい形状になっていますが、
私はこの「顔」を見て、
上端の庇(ひさし)の造形が坊ちゃん刈りみたいだなと思うのです。
つまり、こういうイメージ。

タラちゃん http://solife-a.com/28262.html

いや、だから、幼い私にはそう見えたという話で、
何、それ・・・・・・などと言われても困るんですってば。

ただ、タラちゃんというキャラクターは別にライトグリーンではないので、
本来、色は関係ないのですが、新塗装になって色が濃くなった途端、
なんだか小憎たらしくなったのは何故でしょうか。

京阪5000系 新塗装 http://photozou.jp/photo/show/245638/249207731

なお、最後に1点だけ、お詫びと訂正です。
私、7年前の記事で、
「たまに、ムックのような赤い電車が通ることがありました」と書いています。
それは、たぶん旧3000系の旧塗装のことだったのだろうと思うのですが、
よくよく思い返してみたら、これがムックに見えたことなんてありませんでした。
嘘でした。

京阪旧3000系 旧塗装 http://ef58-66.blog.so-net.ne.jp/2012-08-24

ちょっと筆が過ぎましたことを、お詫びして訂正いたします。

[SE;KICHI]

大死一番絶後再甦

百年示道塾とやまの『平成の武者修行』は、無事、下山式を迎えました。
立山は霊山で、古来、立山信仰は山上に浄土と地獄が存在するとしていて、
その登山は死後の世界を巡ることを意味します。
ですので下山は現世に戻るということ、つまり転生することを意味するというわけで、
大死一番絶後再甦
この武者修行も、昨日までの偽りの自分に死を与え、
本来の輝かしい自分となって生まれ変わることを強く願う旅でした。

閻魔堂で安全祈願富士の折立登頂
雄山登頂絶景
下山修了認定証

私は、登山前と登山後の山麓でのお世話を担当していて、
いわゆるシモのお世話係でした。
結局、登山には帯同せずに食事ばかり作る役割なんですが、
たとえば、登山前にはオドオドしていたメンバーが、
下山後にリーダーシップを発揮していたり、
登山前に「登山なんて行きたくないです」と言い放っていたメンバーが、
下山後に「参加できて本当に良かったです」とか言っていたり、
登山に参加したみんなが、登山前と登山後でキャラクターが変わっていて、
まさに転生したかのように、
下山時にすこぶる立派になって戻ってきたことに驚いています。

私にもそういう経験はありますが、
最初は全くの赤の他人だった11名が、立山登山の旅を経て、
辛かった出来事、成し遂げた達成感、見たことのない最高の景色など、
いろんな場面を共有して仲間意識が醸成されていくなかで、
きっと、最高の仲間になることができたのだろうと感じます。

仲間になるということは、自分のことだけではなく、
互いの『なりたい自分』のために貢献するということです。


山に登ったからって、何か得をするわけではありません。
1円にもなりません。
それでも、仲間と一緒に力を合わせて登った経験は、
彼らの人生の糧になるかもしれません。
苦難のない人生などありません。
生きていれば理不尽なことにも見舞われます。
しかし、挫折に際に、完全に力尽きてしまわないために、
今回の登山の仲間の存在や達成感を心にとどめておいてほしいと思います。

多くの大人に支えられて修行に励むことができる彼らは、とっても幸せです。
また、私は食事を作っただけなんですが、
若侍たちの成長に立ち会えて、とっても幸せです。

[AKA]

レンタルにハマってます!

だいぶ前の記事になりますが、
映画はミステリーとアクションが好きと言ったことがあります。

最近自分の中で良くも悪くも習慣化されているのが、
週に一度レンタルビデオ店に映画と漫画を借りに行くことです。
今は宅配レンタルやら動画のアプリも主流になってきているので、
以前よりレンタル店に行くという方も少なくなったのではないでしょうか。
良くも悪くもと言っちゃっているので、
今回は、この習慣化されたレンタル店に足を運ぶということの、
メリットとデメリットについて書いていこうと思います。

先にデメリットを書きます。
最後に書くとレンタル屋さんに申し訳ない気持ちになるので・・・
当然のことかもしれませんが、返しに行くのが面倒。
忙しい日程が重なって返しに行けず延滞することも少なくありません。
そんな人が自分以外にもたくさんいて、
宅配レンタルのサービスが始まったと思われます。
早めに見て余裕を持って返せばいいのですが・・・
それは分かっているんだけどなかなか難しい。

次はメリットです。
個人的な一番のメリットですが、
パッケージを実際に手に取れるということです。
以前ならランキングで流行りの映画が分かるのも楽しいと思っていましたが、
これだけ情報を得るのが簡単だと流行りのものはネットですぐ分かりますので。
ジャケ買いの話をしたことがありますけど、
レンタルも一緒でジャケットを手にして、
どんな映画なのかを調べるのが楽しいと個人的に思います。
ネット検索しないからこそ、
パッケージを見てマイナーな映画を借りるなんてこともありますし。
本が好きな人がネットで買わず、
本屋さんに行くのと似たような感覚かなぁと勝手に思っています。

結局お店に行って借りるのと、
宅配レンタルとどっちがいいの?って話ですが、
人それぞれとしか言えないですね 笑
私にとっては面倒でも実際にパッケージを見れるので、
お店に行く方が好きですね。

最後になりますが、最近借りた映画です。

オリエント急行殺人事件
http://www.foxmovies-jp.com/orient-movie/sp/

「オリエント急行殺人事件」
原作は作家のアガサ・クリスティさんです。
もうこのアガサ・クリスティっ文字を見ただけで、
テンションが上がる!

この映画ちょっと変わっていて監督自らが主演しているんですよね。
「世の中には善と悪のみ、中間はない」ってのが
名言だなぁって思いました。


https://www.youtube.com/watch?v=bWUPf24onLU

やっぱりミステリーは少し難しかったりするので、
このレンタル期間中にもう一回見ないと、
自分の中では事件が解決しなそうな感じです 笑

次回レンタルに行くときはホラーで気になるのが見つかれば借りたいですね。
この時季はなんとなくホラーが見たくなるので 笑 
また素敵なジャケットに出会えることを期待してレンタルに足を運びます。

[SYUN]

島田知事の話

島田叡という、命と引き換えに県民を守った知事をご存知でしょうか。

大東亜戦争末期の1944年7月、政府は沖縄県民の集団疎開を決定しました。
この時点で、軍部は、沖縄に米軍が上陸してくるのは時間の問題と見ており、
地上戦になれば民間人を戦闘に巻き込んでしまうことから、
この沖縄県民の集団疎開には迅速さが求められていました。
ところが、当の県民たちは危機感が薄く、
家族が離散する懸念から疎開を渋ったため、
県民の疎開は遅々として進まなかったようです。
それは、心情的に致し方ないことのように思えますが、
戦火はすぐそこまで迫っているわけで、
米軍上陸が先なのか疎開完了が先なのか、シビアな局面に追い込まれていました。

ところが、不幸にも、当時の県知事がすこぶる腰抜けで、
疎開の指揮をとることを嫌がり、戦火の迫る沖縄から脱出しようとします。
県職員と押し問答しているうちに、10月には沖縄を大空襲が襲ったため、
知事はひとつの指示も出さずに真っ先に防空壕に逃げ、
その後、「出張」と称して上京したまま、沖縄に戻りませんでした。
この人は泉守紀という人物で、きちんと記録があります。悪いことはできないものです。

逃げた知事の後任に名前が挙がったのが島田叡さんでした。
沖縄への米軍上陸は必至と見られていたため、
後任者の人選は難航し、何人もの候補者が任命を辞退するなか、
着任の意思を尋ねられた島田氏は「お受けします」と即答しました。
夫の決断に妻は驚愕し、
「なぜアナタが行かねばならないのですか!」と泣き叫んだそうですが、
島田氏は「誰かが、どうしても行かなならんとあれば、
言われた俺が断るわけにはいかんやないか。
俺は死にたくないから、誰か代わりに行って死んでくれ、とは言えん。
」と、
答えたそうです。
これは、なかなか言えることではありません。
自分や、自分の家族の損得ばかりを考えがちな現代人は、
彼の爪の垢を煎じて飲んだほうがいいですね。

こうして就任した島田知事は、佐賀県警察部長在任中、
近くの寺で開かれていた勉強会に参加し、
そこの住職から教わった『葉隠』と『南洲翁遺訓』に感銘を受けたのだそうで、
以後、彼はこの2冊を愛読していたそうです。
『南洲翁遺訓』については、先日このブログでも書評が掲載されましたが、
島田知事は、その「責任を負わねばならぬことが生じたとき、
正義を貫いて誇りある死を選択できる人間になれ
」という教えを、
公務にあたるうえでの座右の銘としていたそうです。

沖縄に赴任した島田知事は、まさに八面六臂の大活躍で、
前任者のもとで遅々として進まなかった北部への県民疎開などで、
優れた行政手腕を発揮します。
赴任は45年1月でしたが、
翌2月には4万人、3月中には5万人を疎開させる計画を立て、
受け入れ施設を用意しました。
続いて着手したのは食料確保で、
2月に米軍に撃墜されるのを覚悟で飛行機に乗って台湾に渡り、
沖縄を救ってほしいと訴えた結果、
県内疎開者を飢餓から救う蓬莱米3000石分の確保に成功しました。

こうやって約9万人の県民の疎開を完了した翌月、米軍は沖縄に上陸。
島田知事は、狭い避難壕内で、一人でも多くの県民を救うため、
避難の陣頭指揮を取りながら、自らも壕を掘る作業にあたったそうです。
しかし、ご承知のとおり、日本軍は必死の抵抗もむなしく、
最終的に沖縄本島南端まで追い詰められます。
ちなみに、追い詰められた陸軍の首里撤退に関して、
島田知事は
「首里から摩文仁(糸満)に撤退すれば、住民を道連れにすることになる」と反対し、
私が関心を持っている牛島満中将と、軍議の席で真っ向から対立されたとのこと、
いかに住民のことを考えていたかが分かります。

島田知事は、県職員たちに、
「生き延びて沖縄再建のために力を尽くせ」と訓示したあと、出奔します。
島田知事は、「軍人ではないのだから、死ぬ必要はありません」と、
投降を勧める声に、「自分ほど県民の力になれなかった知事はいない」、
「多くの県民を死なせた知事は、その責めを負うべき」と語っていたそうで、
実際、拳銃で自決したという情報があるそうです。

享年44歳。
知事というから、初老の紳士の話かと思いきや、
まだまだ壮年の、立派なリーダーの話です。

沖縄戦では民間人9万4千人を含む、県民の4分の1が亡くなりました。
しかし、一方で、約20万人の県民を疎開させ、命を守った、
島田知事と職員たちの奮闘を忘れたくないものです。
自分や、自分の家族の損得ばかりを考えがちな現代人は、
彼の爪の垢を煎じて飲んだほうがいいどころか、
指ごとしゃぶらせてもらったほうがいいような気がします。

島田知事
https://ja.wikipedia.org/wiki/島田叡

[SE;KICHI]

東京医大の不正入試

みなさん不正を働いたり、働きかけをしたことはありますか。

不正行為とは、法律などの規範に従わない行為をしめす。
通常は、何らかの罰が課され、中には重大な社会問題に発展する。
ウィキペディアより)

自分が身を置いている立場によっても違いはありますが、
不正行為は罪となります。

今回、大学側は理事長、学長も含めた組織ぐるみ。
そして、文部科学省学技術に勤めていて、
教育機関の不正を監督・是正する立場の公務員が職権を悪用した。
事実なら受託収賄罪となるようです。
明るみにならなければ、お互いの望みが成立し、
Win-Winな関係と言えばいいのでしょうか。

わが子の為に裏口入学を選択した親は、
どれだけ自分想いなのでしょうか。
親のエゴや見栄でしかないですよね。

その大学を入学したという事実さえあれば、その先の人生安泰なのですか。
裏口入学で合格さえすれば、卒業も約束されているのでしょうか。
裏口卒業!なんてものも存在するのでしょうか。
さすがに命にかかわる職業を目指しているわけですから、
不正に卒業されては困ります。
それ以上に心配なのは、
国家試験に裏口はないですよね? 大丈夫ですよね?

今回は大学のトップやトップ官僚が事件に関与していましたが、
人の上に立つ人間が裸の王様では困ります。
地位と権力とお金。
これらで人を動かしていた人は、失った時に残るものは何なのでしょうかね。
この疑問はこれらを持ち合わせていない、私のひがみなのでしょうか。

先日、新たに別な容疑で文部科学省勤務の人間が逮捕されました。
裏口入学も裏口入学リストなる物もあるようですし、
また、新たに女子受験生の得点を一律に減点し、
合格者数を抑えていたとの事実が明るみに出ました。
まだまだ騒動は続きそうですが、不正は決して無くならないでしょうね。
需要と供給がある限り、そして欲がある限り絶対。

それでも、真面目に一生懸命がんばっている人、
必死に勉強し、正々堂々と受験をしている方達のほうが、はるかに多いはず。
やるせないですね。

不正に入学した人が、その方達に対しての償いは、
入学後、真面目に学力をつけ、実力で国家試験に合格し、
就いた職種をまっとうすることじゃないでしょうか。
不正入学に限らず、
不正で今の立場を手に入れた人は、
世の中に貢献することで頑張ってほしいです。

願わくは。

[fu~ma]

悪魔の提案

生来、私は興味のあることにしか取り組めないタイプで、
学校生活でも、授業中に走り回るようなことこそなかったものの、
興味のない授業など少しも聞いていなかったし、
それはみんな同じに違いないと、周囲に話しかけてしまい、
やんわりと授業を妨害してしまうことがよくありました。
そのせいか、幼稚園の頃には、私専用の副担任がいましたし、
小学生の頃は、私だけ席替えがなく、先生の机の前に固定でした。
いつか詳しく書きますが、これは障害でしょう。
障害とは、たとえば医学で風邪の症状を呼吸器障害と呼ぶように、
「行うことに困難がある」という意味です。

何が言いたいかというと、社会には私のような者も混じっているということです。
昨今、ビジネスシーンでは、
自ら考え、行動できる人材が望まれているんだそうです。
なるほど、この乱気流の時代、それは重要なことだろうとは思いますが、
実際のところは、自発的に行動することが苦手な人もいるわけで、
とても厳しい言い方をすれば、
そういう人は「障害者」ということになります。
自ら考え、行動できる人材が望まれている社会で、
それができる人を仮に「健常者」と呼ぶことにした場合、
それができない人は「障害者」ということになります。

つまり、人間には個性があるわけですが、
その個性が、社会的な一定水準を満たさないと、
“個性”ではなく“障害”と呼ばれるのだと、そういうことです。
そういう意味で、「自分、不器用ですから」という高倉健は障害者ですよね。
概念としては、「合格・不合格」という選別の価値観に近くなります。

さて、もうずいぶん前の話。
そのころ、私の同級生の女性が出産したのですが、
生まれた子には外見から分かるような障害がありました。
障害はエコーなどでは分からず、生んでみて初めて判明したのですが、
その同級生の女性は、出産直後、まだ下半身がむき出しの状態で、
医師から掛けられた言葉にびっくりしたそうです。

「どうしますか?」

つまり、「死産として役所に届け出ることもできますが、どうしますか?」と、
医師から生かすか殺すかの“選択肢”を提示されたとのこと。
同級生の女性は、いま自分が全身全霊をかけて生んだばかりの、
元気におぎゃあおぎゃあと泣いている我が子に引導を渡すことなど、
露ほども考えられなかったと言い、
そのような、彼女曰く悪魔の提案をしてきた医師を許すことができず、
下半身丸出しで医師を罵り、大暴れしたと言います。

私も、それは確かに悪魔の提案だなと思いますが、
しかし、最近は、出生前診断という形で合法化されつつある感じもします。

妊婦の血液を分析して胎児の染色体異常を調べる出生前診断について、
生命倫理の観点などから議論百出の状態だと思うのですが、
この診断を受けた妊婦はすでに数万人を超え、
それで染色体異常が確定した人の95%が中絶したとのこと。

私は、障害の有無を胎児の段階で調べる出生前診断について、
先日の Okey さんの意見に同意します。
なぜなら、その技術自体、選別の意図を含んでいるように感じるからです。
もちろん、生まれてくる子に障害がないことを願い、
胎児の状態を知っておきたいという妊婦の気持ちは自然だし、
そのうえで受診し、中絶を選択した95%の妊婦に非があったとは思いません。
しかし、受診する人に、障害を排除する意識がなかったとしても、
技術自体、命を選別する方向に強く誘導される感じがします。

かつての優生保護法では、胎児の異常を理由とした中絶が認められていましたが、
現在の母体保護法では、そのような理由での中絶は認められていません。
しかし、出生前診断は、染色体を調べて、結果によって中絶するわけですから、
これは、胎児の異常を理由とした中絶に違いないと、私は思うのです。
1996年の廃止で葬り去られたと思われた優生保護法が復活しているのです。

私は、以前、弊社の Okei さんが言っていた、
起こり得ることにはそうなる意味があるという説
を、
全面的に支持します。
人間は、あらかじめ、生まれる場所や家、両親を選んで生まれてくると言います。
だとすれば、障害を持って生まれてくる子も、
その境遇を選んで生まれてきているのかもしれないと思うのです。
ゆえに、私は、障害者として生まれようとする命を絶つ行為は、
たとえば流産や死産という形で、もしくは生後すぐの夭折などの形で、
神様にのみ許されているのではないかと思うのです。

私は、出生前診断がいかんと言っているわけではありません。
出生前診断自体は、別にいいのです。
出生前診断で障害を持って生まれることが分かったなら、
それに備えて準備をし、万全の態勢で迎えればいいと思いますし、
そういうことのために出生前診断を行うのであれば、むしろ推奨します。
私は、そのあとの中絶が気に食わないのです。
それは、神の権限を代行する行為であり、
許されていないと、私は思います。
まぁ、私は、いかなる理由でも堕胎は許されないと思っていますが。

それから15年くらい経ち、その日に生まれた女の子は、
少し足を引きずっていますし、激しい運動もできませんが、
チャーミングな女の子に育ちました。
それどころか、自分の命に持ち掛けられた悪魔の提案を知っており、
あの日、自分が“処分”されなかったことに、健常者以上の深い感謝があります。
これが、あの日、母親が悪魔の提案に激怒した結果です。

[SE;KICHI]

夏季休業のお知らせ

平素より格別のご高配に預かり、厚く御礼申し上げます。
さて、弊社は夏季休暇として、
勝手ながら8月13日(月)~16日(木)を休業とさせていただきます。
ご迷惑をおかけいたしますが、よろしくお願いいたします。
猶、今後とも倍旧のご厚情を賜りますよう、切にお願い申し上げます。

[AKA]

平成“最後”の武者修行

戦国時代、今川義元が松平広忠の子、竹千代(後の徳川家康)を人質として迎えたとき、
家臣に「竹千代にはむごい教育をしろ」と指示しました。
それを聞いた家臣は、
竹千代に粗末な食事を与え、朝早くから叩き起こして、
休みなしで武術と学問を教え込む生活をさせたそうです。
それを聞いた義元は、家臣を叱責し、
「バカモノ! むごい教育とは、朝から晩まで、
海の幸や山の幸あふれる贅沢なご馳走を好きなだけ与え、
寝たいと言ったらいつでもいくらでも寝かせてやることだ。
夏は暑くないように、冬は寒くないようにしてやることだ。
学問が嫌だと言うならやらせるな。
何事も、好き勝手させることだ!」と言ったそうです。

『茹でガエル』の話を知っていますか。
カエルを熱湯に入れると、カエルは熱さにびっくりして逃げますが、
カエルを水に入れ、この水を加熱して徐々に熱湯にしていくと、
カエルは逃げるタイミングが分からず、そのまま茹であがってしまうそうです。

茹でガエル
http://kamuimintara.blogspot.com/2013/09/4_4.html

これは、カエルってバカだよねぇという話ではなく、
緩やかな変化には気づきにくいという話です。

私たちもそうなのではないでしょうか。
社会は刻々と変化していますが、一日一日の変化は微々たるものです。
そのため、状況の変化に気づきにくかったり、
それに対する対策が遅れたりするものです。
前述の“むごい教育”も、
現場から脱出しよう、自己を変革しようと思わせないように、
甘い環境に慣らして腑抜けにしてしまおうという狙いの悪だくみです。

夏休み、この酷暑のなか、子供たちはどう過ごしているでしょうか。
もしかしたら、クーラーの効いた空間で慣れきってしまい、
もはや外に遊びに行ったりしないかもしれません。
そんな子供たちに対し、
仲間同士で助け合って目的を達成することの大切さについて学んでほしいと願い、
今年も有志にて登山を企画しました。
当社も運営に関わっており、当社の社員もサポートに入っています。

平成の武者修行2018
平成の武者修行 2018 概要

このイベントは、この酷暑のなか、厳しいプログラムだとは思います。
また、一部に、山などに登って何になるんだというご指摘があることも承知しています。
でも、自分の損得だけを行動基準として、
他人を殺傷してでも自我を押し通すというふざけた大人が増えてきた昨今、
過酷な山上で仲間と助け合う体験こそが、
その子の将来に渡る大切な糧となると信じているから、
私たちはこの活動に意味があると思っています。

それから、お預かりする大切なお子さんに万一のことがあっては大変なので、
この武者修行には、各社の新入社員が引率者として帯同します。
その、引率者としてのスキルを高めるための研修も、毎月毎月重ねてきました。
フォトロゲで助け合うことを学び、座学で子供を預かるということの重さを知り、
プロジェクトアドベンチャーでチームワークを養い、
滝行で精神力を鍛え、写仏で子供たちのために心を込めてお守りを作り、
最終的に当日のコースをダイジェストで巡りました。

研修-フォトロゲ 研修-振り返り
研修-座学 研修-プロジェクトアドベンチャー
研修-滝行♂ 研修-滝行♀ 研修-写仏
研修-登山① 研修-登山②

4月には渋々参加していた新入社員たちが、
回を重ねるたびに少しずつでも成長を見せて頼もしくなり、
最終的に、尋常ではない早朝に集合して下見に出かけている姿に感動します。
新入社員たちが入念な準備をしていることだけは知ってほしいと思います。

さぁさぁさぁ、平成“最後”の武者修行、もうすぐ開門です。

[AKA]
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kkseishin

Author:kkseishin
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私たちは工場設備機器を中心に、お客様にご提案・販売をしている総合商社です。

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■新潟営業所/
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TEL:(025)283-5311
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