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フィリピの信徒への手紙

私の会社の机のデスクマットには、
『フィリピの信徒への手紙 2章3~4節』というのが挟んであります。

何ごとも利己心や虚栄心からするのではなく、
へりくだって、相手を自分よりも優れた者と考えなさい。
自分のことだけでなく、他人のことにも注意を払いなさい。

ということで、肝に銘じるというか、
忘れないように、デスクマットに挟んでいます。

一般論ですが、個々の人間には、考え方にクセがあります。
或る場面に遭遇した時、どのように局面を捉え、どのように切り抜けるか、
誰かに不本意な何かを言われた時、どのように受け止め、どう返すか。
人それぞれに、反射的にこういう思考をしてしまうという、クセがあるものです。

そのクセは、どういう経緯で成立しているかというと、
たぶん、各自が大事に思う何かを守るような方向で成立しているような気がします。
守るべき、大事に思う何かというのは、人それぞれのはずです。
家族が大事という人もいるでしょうし、
家族以上に、社会貢献というか公的な活動が大事という人もいるはずです。
私の親族には、慈善事業というか、他人への寄付が一番大切という者もいます。
とにかく、守るべき、大事に思う何かというのは、人それぞれだと思うのですが、
そのことが執着となって本人を縛るために、
反射的な考え方のクセというものができてくると思うのです。

たまに、標識に弱いタイプの人がいます。
言い換えれば、標識的なものを大事に思い、そこに執着を持つ人です。
もっと踏み込んで言えば、学歴や職業や肩書に意味を感じるタイプです。

このタイプは、相手が社長だと聞けば、ひとかどの人物に違いないと思い、
相手が医師だと知ると、賢いのだと尊敬の眼差しを向けるのです。

正直、私はそういう人を軽蔑します。

だって、相手の本質に触れようとせず、
職業や肩書だけで相手を判断しようとする態度は、
相手に対して不誠実だと思うからです。

逆に言えば、相手が課長や係長だと聞けば、たいした人物ではないと断じ、
相手が医師でなく清掃員かなにかだと知ると、見下すということにもなります。
相手の何をも知らないというのにです。

結果、このタイプの人の行動パターンとしては、
分かりやすく権威的な存在には敬意を表するが、
そうでない存在に対しては見下すということになり、
つまり、権威にひれ伏すという考え方のクセが成立します。
そして、おそらくは、自分も社長なり医師なり、
権威を持つ側の仲間に入りたいと思うようになると思われます。
平たく言えば、
肩書き好きな人は、肩書きを欲しがるという、
まぁ、ひとつの法則ですね。

これは、結局は選民思想であり、
『肩書によって、他人より優れた手腕を持つものと見られたい』等、
ちょっと称賛されることで面目を保ちたいという、そういう感覚です。
こうなってくると、メンツの問題ですから、
実際にその賞賛を受けるに値する手腕を備えているかどうかなどは、
関係ないでしょう。
他人と自分を引き比べ、優位性を見い出すことに汲々としてしまい、
社会に対する貢献や顧客第一など、大切なものを忘れてしまいます。

人は誰かから称賛されると心地よく感じるものです。
それは、そういうものです。
勉強や仕事など、褒められたいから頑張る、という人がいることも理解はします。
まぁ、そういうのが社会が発展する原動力になってきた面はあるでしょう。

ただ、褒められたい、認められたいという欲望を深めていくと、
競争しか残らなくなります。
みんなで助け合って大を成そうという、顧客のための行動から離れていきます。

この手紙の著者パウロは、
旧約聖書の中で神から特別に顧みられたというイスラエルの民に属していて、
しかも、その神の民の中でもファリサイ派というエリートの道を歩んできており、
自他共に認める、非常に熱心な信仰者で、それが本人の誇りでした。
しかし、ある時、
自分は、自分の努力で生きているのではなく、神様に生かされているのだと気づき、
それまで誇りにしていた、
イスラエルの民であることやファリサイ派であることなど、
標識的なものを重視する姿勢を捨て去ったと言います。

私も、肩書きなど、標識的なものにそれほど意味はないと思っています。
神様に生かされているとすれば、この世の肩書など小さなものです。
肩書きを重視する者は、
ヒエラルキーの中で自分がどのあたりか、確認することが好きな者であり、
神様のことも、顧客のことも見えなくなっている者であると思います。
自分のこと、しかも自分が心地よくなるポイント、
つまり自分の局部、性感帯しか見ていないのです。

何ごとも利己心や虚栄心からするのではなく、
へりくだって、相手を自分よりも優れた者と考えなさい。

ということになってくると、相手と自分の優劣など気にならないはずです。

『宮本武蔵』で有名な吉川英治も、
「我以外皆我師」という言葉を遺しています。
“自分以外はみんな先生だ、謙虚に学ぼう”ということですが、
“相手が先生かどうかは肩書が決める”ということであれば、
学ぶ機会の少ない、貧しい人生になってしまいます。

相手や自分の、本質を見る目を養いたいものです。
あなたが大事にしているものは、
本当に価値のあるものでしょうか。


[SE;KICHI]
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