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中尾哲雄という人の話

中尾哲雄氏といえば、富山では知らぬ者はおらぬほど有名な実業家ですが、
その彼が、繰り返し繰り返し語る話があります。
私がその話を初めて聞いたのは、
幼少期、彼の自宅で、でしたが、
彼は、米寿を迎えた現在でも、
その話を大切に講演しておられるようです。

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終戦の前の年の8月、戦争が激しくなってきたころ、
小学校2年生だった中尾少年は、
母に見送られ、2歳年下の妹と2人、
疎開のため、当時住んでいた横浜から魚津へと向かったそう。
直江津で乗り換えたものの、左側に海が見えたことで、
間違って北へ向かう汽車に乗ってしまったのだと気づき、
慌てて下車したのが犀潟駅という小さな駅でした、と。

仕方なく、犀潟駅で反対方向の汽車を待っていたわけですが、
戦時下、そんなのいつ来るかも分からないし、
ただでさえ母と別れて寂しいなかで日も暮れてきて、
妹が泣き出したんだそうです。

そんな時、異変に気付いたのか、
近所のおばさんが兄妹におにぎりを持ってきてくださったそうで、
当時、横浜では手に入らなかった白米で握られた、そのおにぎりを、
駅前のベンチでいただいたのだそうです。

それから8年、おにぎりを食べるごとにその情景がよみがえり、
あの時、ちゃんとお礼を言わなかったような気がしていた中尾少年、
高校 1 年生の夏休みのはじめの日、
畑でとった野菜をかついで犀潟に向かいます。
あのときのお礼に行かなくてはと。

中尾少年は犀潟駅周辺の家を訪ね歩きますが、
結局、そのおばさんを見つけることができませんでした。
おにぎりをくださったご本人にお礼をすることができなかった中尾少年は、
世間全部をそのおばさんだと考え定め、
世間におにぎりの恩を返そうと、
現在に至るまで社会貢献を旨としているのだと言います。

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我々は毎日、様々な形で多くの方々にお世話になっていますよね。
もちろん、具体的に何かしてもらったり、何かをいただいたりすれば、
その場で「ありがとうございます」とお礼を言うでしょう。
しかし、特に具体的なエピソードはなくとも、
社会から、知らぬ間にお世話になっている、
ということもありますよね。


私は、世間とは、自分を受け入れてくれている器だと観じ、
各々が恩を返していくのが、
社会奉仕、社会貢献活動
だと思うのです。
社会奉仕とはいっても、ボランティアの話ではありません。
当然、仕事や経営も、社会への奉仕ととらえて取り組むべきでしょう。

おにぎりを頬張った中尾氏の妹さんは、
その後、残念ながら交通事故で夭逝されたようですが、
現在も実業家として活躍されている中尾哲雄氏は、
自らの原点を犀潟駅に見ているということ、
私たちも見習う価値があると思うのです。

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