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動物じゃあるまいし。

葬儀に参列すると、読経が終わったあとなどに導師の講話があったりします。
多くの場合、その講話のモチーフは、「生かされている私」です。
曰く、私たちは仏様から生かされております、と。
だいたい、「〇〇さんはお亡くなりになってしまいましたが、
遺された私たちは仏様から生かされていることに感謝し……」という話になります。
私はもう何度も葬儀に参列してきましたが、
知る限り、ほとんどのお坊さんが口を揃えてそういう話をします。

だから、私は思うのです。
坊主みんながそう言うんだから、きっとそうなんだろって。
いや、証拠なんてないですよ。
でも、ほとんどのお坊さんが口を揃えて言うんですから、
きっと、それなりに真実なのでしょうよ。

だとすれば、どのようなことが言えるでしょうか。
まず、私たちが仏様から生かされている存在だとするなら、
私たちの本質が邪悪なはずはありませんよね。

これが、性善説の根源で、
つまり、性善説というのは人間の良心を信じよう、みたいな、
そんなフラフラしたものではなく、
たとえば仏様のような Something Great が介在して初めて成立する概念です。

さて、それでは、人間が性善説であるとして、
このところのコロナ禍における自己中心ぶりはどうしたことでしょうか。
このようなことでは性善説に疑いを持つ者が増えてしまいますが、
それでは仏様はお悲しみになられることでしょう。

私が何を言いたいのか、自分でもあまりよく整理できているとは言えないのですが、
たとえば、トイレットペーパーが不足するらしいと聞けば売り場に殺到し、
外出自粛が要請されると聞けば巣ごもりのための買いだめに走り、
どこそこの家の子が感染したと聞けば誹謗中傷するという、
このところの日本人のふるまいは、目に余りますよね。
なんというか、腹いっぱいで食べたくないのに、
シマウマを見たらつい走って追いかけてしまうチーターのようで、
なんだか、本能まる出しの動物のようだなぁと思うのです。

私たちが動物ではなく人間であるゆえんは、
自制できることだったのではないでしょうか


かつて、立派な日本人は自分の感情を口に出さなかったもの。
「暑い」、「痛い」、「キツイ」、「嫌い」……など、
それは、本当にそう思ったのかもしれないけれど、
それを口に出してみたところでラクになるわけでなし、
聞いていた周囲の人々がハッピーな気分になれるわけでなし、
耳から聞いた自分がワクワクしするようなことになるわけでもなし。

戦後、食うや食わずという社会では、
自分の身は自分で守るという個人主義の価値観が発生しました。
それは、スマイルズの自助論の観点から見ても正しいと思いますが、
途中で曲解され、「自分さえよければいい」とか、
「人を見たら泥棒と思え」のような、自分第一主義が蔓延しました。
学術的に、「自分さえよければいい」と「人を見たら泥棒と思え」は、
他人の目が気になるかどうかという違いだけで、
「まずは自分が大事」という意味では同義だといわれていますから、
結局、GHQが望んでいた強靭な日本の解体は成功したといえます。

渡辺京二先生の『逝きし世の面影』をご存じですか。
明治初期に来日した欧米人の目から見た、
当時の日本人の生活や習俗を紹介している書籍で、
それを読めば、外国人の目に映った日本人はみな陽気で明るく、
農民でさえも、助け合い、満ち足りた生活を送っていたことが分かります。
「自分さえよければいい」や「人を見たら泥棒と思え」だなんて、
当時の人々は誰も思ってはいませんでした。

逝きし世の面影

昨今はコロナで社会の殺伐とした面も垣間見えますが、
今よりもずいぶん物資が不足していた当時ですら、
貧乏人は確かに存在するものの、
相互扶助によって貧困は存在しなかったといいます。
この本を読むと、日本は、世界に誇る立派なサムライの国だと思えます。

日本、どうしちゃったんでしょうか。

このところ一挙に広まった zoom など、
今後のコミュニケーションは動画を通じたツールが趨勢となるでしょう。
そういう場では、奥ゆかしくしていても察してもらうことはできませんから、
伝えたいことは明確に言葉で主張していかないと伝わりません。
私たちは人間なんだから、“主張”をしていきたいところです。

何を主張するのか、それは自分の“本心”です。
それは、もちろん、自分の心が利他の心に磨かれていることが前提ですが、
きれいに磨かれた本心から出た主張はきれいなものに違いありません。
一方、「暑い」、「痛い」、「キツイ」、「嫌い」……は、
「実際にそのように感じたのであれば、それだって本心じゃないか」と、
言われるかもしれませんが、
それって、“本音”、つまり「音」に過ぎないと思うのです。
犬の「ワンワン」とか、猫の「ニャーニャー」とか、馬の「ヒヒーン」のような、
特に意味のない、「音」。
口に出してみたところで仕方のない「音」を漏らすのは、主張とは言いません。

もう一度言いますが、
私たちが仏様から生かされている存在だとするなら、
私たちの本質が邪悪なはずはありませんよね。

たぶん仏様は、犬の「ワンワン」のような、特に意味のない「音」を力強く発信し、
誰かに対して心ない言葉を浴びせるようなことを、
良しとしておられるわけではないでしょう。
私はよくは知らないのですが、TV番組に出演する若い女性がいたとして、
それが自分の身内でもないのなら、その言動が気に食わなかったとしても、
忠告や非難をすることは構わないとしても、
もともと、それは、特に意味のない「音」であって、
罵詈雑言を浴びせかけてその者の人生を奪うなどという行為は、
やってよいことではないでしょう。

しつこいでしょうが、
私たちが仏様から生かされている存在だとするなら、
私たちの本質が邪悪なはずはありませんよね。

葬式で語られる説法がウソでないなら、
私たちは善人であることを自覚して行動しなくてはなりません。

[SE;KICHI]
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