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「不」の遺産

さて。
今日は几号水準点の話です。
几号水準点、読めもしませんでしょうか。
几号(きごう)水準点とは、明治初期に、イギリス式の測量法に基づいて、
高さの測量を行うために設けられた基準点です。
幅約10cmの、漢字の「不」に似た記号を使って水準を定めています。

たとえば、これは、氷川神社の二の鳥居の脚に刻まれた几号水準点です。

赤坂氷川神社の几号水準点 赤坂氷川神社

この「不」の字の横棒に沿って水平に台座となる板を当て、
その上に定規を置くのだという記号です。
面白いのはその設置場所で、この記号は「不朽物に刻む」ことになっています。
不朽物というのは、朽ちない、永久に残りそうなもののことで、
石垣や門、鳥居や狛犬などに、直接刻印されました。
氷川神社の場合、いちおうは神聖なものであるはずの鳥居なのに、
そんなことを考慮された形跡もなく、容赦なく彫られています。

几号水準点、知らなかった!という人も多いかもしれませんが、それもそのはず、
日本は明治17年にはドイツ式の測量法に切り替えてしまったので、
几号水準点は、10年ほどの短い役目を終え、
以来150年ほど、単なる遺跡としてだけ存在しています。

これは、皇居外苑の桜田門です。
外桜田門から入って直角に曲がり、桔梗門をくぐると、
石垣の下部に几号水準点があります。

桜田門 遠景 桜田門 桜田門の几号水準点

屋根の下でもあり、保存状態の良い、美しい几号水準点です。

ところで、皇居には、桜田門のほか、大手門や田安門にも几号水準点があります。
皇居というのは各門を警察官が守っていますが、
特に東御苑に通ずる大手門は警備が厳しく、
いちいちカバンの中を見せなければなりません。
門の刻印を撮るだけなのに。
ちなみに、私は、ビジュアルに怪しさが漂っているとでもいうのか、
過去に二度、和田倉門の前と坂下門の前で職務質問されたことがあります。
撮っている写真も怪しいので、反論できません。

大手門といえば、そこから東京駅方面に向かい、
JRをくぐって八重洲側に出て、呉服橋交差点を左折すると常盤橋ですね。
その近くの一石橋のたもとにあるのが、「満よひ子の志るへ」です。

満よひ子の志るへ……つまり、「迷い子の標べ」は、
迷い子尋ね人用の掲示板みたいなものです。
左面に「たつぬる方(尋ねる人)」、
右面に「志らする方(知らせる人)」と刻まれています。
当然ですが、当時はSNSなどはありませんでしたので、
この石柱の左面の窪みのところに背格好や年齢などを書いた紙が掲示され、
通行人で心当たりのある者は右面の窪みにその旨を書いて貼るという、
ひと昔前の私鉄駅前の掲示板みたいな利用法だったようです。

満よひ子の志るへ 満よひ子の志るへ 側面 満よひ子の志るへの几号水準点

まぁ、そんな話はどうでもいいのですが、
この「満よひ子の志るへ」の下部に刻まれているのが几号水準点。
明治初期のこの石柱の重要性がどのくらいのものだったのかは分かりませんが、
こういう大事な石柱に刻んじゃってよかったんですかね。
ただ、この几号水準点、なかなか鮮やかな刻まれっぷりです。

一石橋の対岸は、かつて江戸城だったそうですが、
江戸城外郭の門といえば、現存しているのは赤坂見附ですよね。
「見附」というのは、江戸城外郭の門のことで、
現在の赤坂見附交差点から平河町方面に登ると左手に石垣のようなものがあり、
これが本来の“赤坂見附”です。
(赤坂見附はもともと地名ではなく、この場所にあった門を指していました。この石垣はその遺構です。)

「見附」って、妙なネーミングですが、これは敵を“見つけ”るという意味のもので、
敵を見つけるという役割上、高所であることが多く、
このことが測量にも好都合だったようで、
この赤坂見附にも几号水準点が刻まれていました。

赤坂見附 遠景 赤坂見附 赤坂見附の几号水準点

ちなみに、敵を見つけるという意味では、別に赤坂でなくてもあり得るわけで、
市ヶ谷にも牛込にも見附はあり、そちらにも几号水準点が刻まれていました。
(市ヶ谷見附と牛込見附の几号水準点は、現在、日比谷公園内に移設されています)

几号水準点、どうでしたか。
もともと300基ほど設置されていたらしいので、だいぶ減ってしまいましたが、
ほかにも、上野東照宮とか、湯島天神とか、ニコライ堂とか、神楽坂毘沙門天とか、
東京都下に43基が残っています。
少しずつ撤去されている現状は寂しくもありますが、
「不」の横棒に合わせて設置する定規を載せる台が、ベンチのように見えたことが、
現在、効果測定などの意味で使うベンチマークという単語の語源になっていて、
もう使われなくなった几号水準点ながら、言葉という部分では生き残っているのが、
寂しさの一方で、少しだけホッとする感じです。

また、この几号水準点、わりと観光地っぽいところに所在していますので、
存在を知っていると、
訪れた先で宝探しのような気分が味わえます。
私自身、実際に桜田門やら妙な石碑やら道端の石垣を探し回っているわけで、
前にフォトロゲイニングについて紹介しましたが、あれに似ていますね。

ところで、ここからオマケ。
今回、途中で紹介した桜田門というのは、
桜田門外の変で大老・井伊直弼が落命した場所です。
そこから、警視庁を左に、国会議事堂のほうに少し歩くと、
国会議事堂前の右手に、ちょっとした森みたいな場所が見えてきます。
ここは、現在、憲政記念館の敷地になっていますが、
もともと井伊家の彦根藩邸があったエリアだそうです。

まぁ、そんなことにはそれほど興味のない私ですが、
そこにある小さな神殿みたいな建物が「日本水準原点標庫」です。

日本水準原点標庫日本水準原点標庫 アップ

日本水準原点って、現役の日本全国の高さの総基準で、
これがなければ富士山の標高すら算出できないという、
日本のすべての標高の基準になる石柱で、
マニアにとっては国宝級の代物です。
それが、この建物の中に納められているわけです。
そんなの、興奮しないはずがありませんよね。
右から、大日本帝国って書かれていて、それだけで痺れますねぇ。

ちなみに、日本水準原点の標高は、設置時の1893年には24.5mだったのが、
関東大震災後の1923年には24.4140mとなり、
さらに、2011年の東日本大震災後には24.3900mになっているそうで、
東京、少しずつ沈んでいます。
(現在はこの日本水準原点を24.3900mとして日本中の標高が算出されています。)

なお、この日本水準原点標庫を取り巻くように、
5つの一級水準点というのがあります。
これは、水準原点にもしもの事態が起きたときに、
5点の一級水準点から水準原点を復元できるという非常事態用の点。
「甲」「乙」「丙」「丁」「戊」の5点のうち、
4点はマンホールの蓋で守られていますが、
「丁」だけが露出しているのは何故なんでしょう。
(写真は左が「丙」で、右が「丁」)

一等水準点 丙 一等水準点 丁

今回はサービス気味で、たくさん書いてしまい、私も興奮しています。
みなさん、そもそも標高の基準なんて、考えたこともなかったでしょう。
この記事で、魅力の一端が、きっとみなさまにも伝わったと信じてやみません。
ただし、几号水準点の撮影は皇居や国会議事堂周辺をうろつくことになり、
職務質問を食らいやすいので、覚悟してくださいね。

[SE;KICHI]
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No title

これはすごいですね。よく、こんな細かいところに興味を持たれましたよね。
全部、ご自分で撮られた写真なんですよね?

No title

おおっ! これはっ!
会社のブログでこれは、もはや変態ですね。

No title

また、マニアックな・・・
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