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崇徳院

以前、「ちはやぶる」について書いたことがあります。
あの記事では和歌をはじめ、落語やら能やらにちょっとずつ触れたのですが、
それを読んだ、リアルの私を知るみなさんの反応は面白いもので、
「そんなこと知ってるなんて、アンタ変わってるね」というものと、
「あぁ、百人一首かぁ、あれって意外と面白いよね」というものと、
総じて反応は半々。
つまり、私が書いた内容に対して、
当然のように興味ない人と、当然のように興味ある人が、半々。
“当然のように”というのがポイント。

さて、よく知は力なりと言いますが、
知っていると楽しめたりすることが多いものです。
5年ほど前の別の記事で、「澤瀉屋」をちゃんと読める女児を紹介しましたが、
“澤瀉”なんて、歌舞伎を知っている人なら誰でも読めるのですが、
歌舞伎に関心のない人はほぼ読めない字なので、
きっとその子は歌舞伎に興味のある子だったのでしょう。
つまり、当然のように“澤瀉”を読める人と、当然のように読めない人の、差。
それは、それを読めるくらいの知識のある人が歌舞伎に出かけるのと、
そういうのに興味がない人が急に思いついて歌舞伎に出かけるのとでは、
おそらく楽しめる度合いが違うのではないか、という意味での、差。

さて、あと半月で終わってしまう連続テレビ小説「わろてんか」では、
北村有起哉さん演じる落語家・月の井団真が、
再起をかける演目として『崇徳院』を選び、寄席で口演してしていました。

『崇徳院』、ご存知でしょうか。

前半を軽く紹介しますね。
主人公は商家の若旦那。
若旦那がお寺へ参詣し、茶店で休んでいると、美しい娘が店に入ってきます。
娘を見た若旦那は、娘に一目惚れをしてしまいます。
娘は茶店を出るとき、膝にかけていた茶帛紗を落としましたが、
気づかず歩き出してしまいます。
若旦那が急いで拾い、追いかけて届けてあげると、
娘は短冊に「瀬をはやみ 岩にせかるる 滝川の」と、
歌の上の句だけ書いて若旦那に手渡し、去って行きましたとさ。
若旦那は、歌の下の句「われても末に あはむとぞ思ふ」を思い出して、
きっと娘が言いたいのは、
「今日のところはお別れいたしますが、また今度」ということだと読んだが、
しかし、娘がどこの誰なのかわからないので、会うことがかなわずに困り、
悩んでいるうちに若旦那は恋煩いで寝込んでしまう
・・・と。

まぁ、このような描写では伝わらないことは百も承知ですが、
この落語では、途中で出てくる和歌が非常に重要な意味を持っています。
この和歌、「瀬をはやみ 岩にせかるる 滝川の われても末に あはむとぞ思ふ」は、
百人一首に出てきますので、知っている方もいらっしゃるかもしれませんが、
崇徳院という人物が読んだ和歌で、
急流で分かれている川の流れが、やがてひとつに合流するように、
いま離れ離れになっているあなたとも、またいつか逢いたい・・・という歌です。
なるほど、そこまで知ると、
その落語の背景というか、組み立てについて、
なるほどそういうことねと理解できるでしょう。

こういうのって、別に必須ではないと思いますが、
知っていると感情移入しやすくなって、得した気分です。
特に、この『崇徳院』は、オチがしょうもないことでも有名なのですが、
その肝心なオチの部分にも前述の和歌が関わっているので、
知っていると、より楽しめるというものです。

最近は、若い人を中心に、いろいろなことに興味のない人が増えたような気がします。
もしかしたら youtube や wikipedia などで手軽に見聞きすることができる分、
ちょっと調べただけで知ったような気になれるのかもしれません。
私は昔、道祖神の写真集を作ろうと思い、
藪をかき分け、廃村を巡って道祖神を写真に収め、
集落の古老に話を聞いたり図書館で調べたりして、
どうにかこうにか、1年がかりで作り上げたものですが、
いまなら自分で写真を撮らなくてもネット上に写真は転がっていますし、
図書館で調べなくても必要な情報くらいは知ることができるでしょう。
つまり、自分が1ミリも動くことなく、目的を達することができるのです。

私は、そういうのをもったいないと思います。
行って体験すれば自分の深みになるのに。
歌舞伎でも落語でも相撲でも、
それ自体は自分の人生において、特に何の役にも立ちませんが、
それに触れておくことで、いつか何かの役に立つかもしれない。
いや、別に役になんて立たないかもしれませんが、
自分以外の誰かの役に立つかもしれない。
人生の目的が他人をハッピーにすることだとすれば、
多チャンネルのほうがその可能性は高まろうというものです。
“自分が一番”という人が増え、「個の時代の到来」と言われて久しいですが、
自分ではない他者のために知識を集積しておくということは、
他者への愛という観点からしても、もっとあっていいはずです。

さて。
ところで、この和歌を詠んだ崇徳院という人物、
第75代の崇徳天皇のことです。
崇徳天皇といえば、保元の乱の首謀者として中学校くらいで習う人物ですね。
彼は、鳥羽天皇と中宮・璋子の第一皇子ですが、
一説には鳥羽天皇の祖父である白河法皇と璋子が密通して生まれた子であると言われ、
父の鳥羽天皇からは激しく嫌われていたようです。
そのことが保元の乱の遠因であるとも言われていますね。
ちなみに、鳥羽天皇の御陵は近鉄竹田駅から徒歩10分と、
とても近くて行きやすい場所にあるのですが、
安楽寿院陵と言って、安楽寿院というお寺の隣にあります。
 
つまり、天皇好きで、御陵好きで、お寺好きな私の、
いろいろな部分を刺激する崇徳天皇です。
先ほど、多チャンネルのほうが・・・と書きましたが、
話題の引き出しはたくさんあったほうが良いと思いつつ、
落語や歌舞伎や和歌なども含めて、
引き出しは、意外と奥のほうでつながっているものなのかもしれません。

[SE;KICHI]
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