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老後の心配と飛躍

齢を重ねることは自然の摂理なので、老いは必ずやってきます。

WAKAさんのように、どんどん髪が抜けるとか、下半身が致命的に衰えたとか、
その程度のことであれば別に他人に迷惑をかけるわけではないので、
ひとりで悩んでいればいいと思うのですが、怖いのは認知症ですね。

私は、幸いまだ認知症にはなっていない(と思う)のですが、
昨今の、認知症の高齢者が自動車を暴走させる事故を見ると、
齢を重ねて肉体的に衰えることは、つくづく恐ろしいことだなぁと思います。

つい数週間前の話、
センターラインのある2車線の道路をクルマで走行中、
右手の農道から一時停止を無視した軽トラが飛び出し、
私のクルマの右側面スライドドアに衝突。
軽トラは減速していなかったので、こちらは自走不能なほど大破しました。
脇道から一時停止無視で出てきた相手に脇腹をえぐられるなんて、
こんなのは、はっきり言って予測不能ですが、
このような事故でも、過失割合が 10:0 ということはありえないので、
理不尽だなぁとは思いつつ、こちらも過失をとられました。
なんだか、自宅にピンポイントで隕石が落ちたような不条理さですが、
クルマは廃車になったものの、家族にケガもなかったので、まずは一安心。
一方、飛び出してきた軽トラのドライバーは高齢の女性で意識が朦朧としており、
特に外傷はなかったものの、動転して自分の名前すら言えなかったため、
救急車で搬送されていきました。
回復してから聞いたところによると、
ぶつかる500m手前ぐらいからの記憶がないそうです。
ニュースでよく見る高齢者暴走事故に自分も巻き込まれるとは、
なかなかミーハーな私です。

さて、心身が衰えることは恐ろしいことだなぁと思っている私は、
イレギュラーも含めて、自分の人生がこの後どう展開していくのか、
そして、最終的にどのように終焉を迎えるのか、
私はそのようなことに大変強い関心を持っています。
それは、実は、すでに自分用の墓を栃木の高原に用意しているほどで、
私は、自分が思うように、自分の人生を閉じていきたいと念じています。

その一環ではあるのですが、私は老人ホームにも入居してみたいタイプなので、
最近、その手の施設への視察の仕事が続いたこともありますが、
墓以前の問題として、「自分が入るならば」という観点で、
老人ホームを物色し始めている状態です。

老人ホームに入りたいと口走ると、下の世話をされたいのかと邪推されますが、
そういう寝たきりで、他人に依存する自分をイメージしているわけではなくて、
私がイメージする老人ホームというのは、
入居者同士が相互に関わっていく、シェアハウスのイメージです。
もちろん、ある程度は“かくしゃく”としていることを条件としていますが、
自宅に一人で住むより、そういうコミュニティのある場が好みだという話です。

そして何より、そういうところに入居するとどんなメリットがあるかというと、
私にとっては運転をしなくて済むことが大きいですね。
施設に入居すると、自分でクルマを駆って出掛ける必要はなくなるでしょう。
私は、自動車の運転が大嫌いなので、このメリットはプライスレスです。
そして、私は、その日が来るのを密かに楽しみにしており、
その日には万歳三唱でもしてやろうかと今からワクワクしているのです。

繰り返しますが、私は、幸いまだ認知症にはなっていない(と思う)のですが、
昨今の、認知症の高齢者が自動車を暴走させる事故を見ると、
肉体的に衰えながらも運転を続けることは、つくづく罪深いことだなと思います。
暴走する自動車が集団登校の列に突っ込むという事故の感じは、
不謹慎ながら、こう頻発すると、何かの意図をもった自爆テロのようにも思えます。
こうした様相を見ての、私自身の素直な感覚としては、
自動車の運転にも年齢制限をもうけたらいいと思えます。

もちろん、反論は多いことでしょう。
確かに、運転免許証を持っていないと不都合なこともあります。
田舎でも都会でも、足腰の弱ってきた人ほど、
自動車で移動するほうが効率的でしょう。
高齢者が、運転免許証の返納に抵抗するのは、
どうやって暮らせというのかという、不便さへの抵抗です。

その気持ちは、分かります。
しかし、現実に高齢者の事故は多発しているじゃないですか。
折衷案として、高齢者は更新の際に適性検査を受け、
能力的に危ないと判断されれば免許証を交付しないとか、
年齢で一律に切るのではなく、能力によって判定するという案もあります。
まぁ、それでもいいなと思ったりもするのですが、
そんな検査を、更新に来た全高齢者に課していたら、
おそらく運営にかかる費用が膨張して手数料が高くなるか、
そうでなければ、またじゃんじゃん税金が投入されることでしょうから、
私は、やっぱり、「お酒とタバコは二十歳から」みたいなもんで、
何歳にするかは別にしても、
一定年齢での自動車運転を禁止するのが合理的だと思うのですが。

いや、そういう制度的な話はどうでもいいのです。
私は、そうすればいいと思っている、というくらいの話です。
しかし、このような話のときに、
「運転免許の剥奪は、高齢者の生きる意欲を奪ってしまう」という意見が出ますが、
しょうもない意見だなぁと思います。
高齢者の生きる意欲を守るためであれば、
善良な若者が轢かれるのは致し方なしということでしょうか。

考えてみてください。
どこかの施設に入居するなり、単純に運転免許証を返納するなりして、
なにしろ、自動車の運転から卒業するということは、
少なくとも自動車で他人を殺傷しなくて済むということなわけで、
喜んでいいことです。
それは、移動の際の便利さを失うとか、生きる意欲がどうしたとか、
いくつかのデメリットと比較しても、
それでも補って余りある、充分なメリットだろうと、私には思えます。
あながち、万歳三唱も大袈裟ではないでしょう。

私なんて、これまでの人生、ロクでもないことばかりしてきましたし、
心無い言葉で他人を傷つけたり、誰かに迷惑をかけたりしてきました。
そして、それは今後も続くんだと思うのですが、
それでも、運転免許証を返納した瞬間に、
少なくとも自分が、クルマを凶器にした人殺しだけはしなくて済むわけで、
その心理的解放感は相当なものでしょう。
あんまり語られませんが、そういうアプローチはダメでしょうか。

まぁ、実際は、
そう決めたら現実は後からついてくるはずです。
たとえば、一定年齢以上での自動車運転禁止という世の中にすると決めてしまえば、
移動の際の便利さの低下を補う商売を考える人が必ず出てきますし、
高齢者の足になるようなボランティアみたいなことをする人も現れるでしょう。
本人の生きる意欲がどうのこうの言いますが、
歩くようになって関心領域が広がったり、地下鉄の乗り換えにやたら詳しくなったり、
ほかに生き甲斐が出てくるものです。
私が老人ホームに入居する日は、私が気力を失った日では決してないのです。

その気になったら社会は変えられるのです。
要は、現状の延長で考えるから、失われる部分ばかりに目が行くわけで、
なくなるのであれば、なくなるものとして、
そのうえで、どう豊かになっていこうかしらという創造力の問題ですよね。

ま、それより早く自動運転技術とか、運転技術が危うい人ではエンジンがかからない技術とか、
そういう技術の開発を加速してもらうのが早道なんでしょうけど。


さよならVoxy

[SE;KICHI]
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うわあ、これはひどいっすね。
しかも、フロントはキレイっていう。
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