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飛鳥の執念⑥ ~10/14と言えば・・・

こんなの書く気はなかったのですが、
先々週の金曜日、10月14日の会社帰りにのんびり銭湯に寄った際、
サウナで2人組の老人が話しているのを小耳に挟んでしまいました。
老人A「おい、今日は何の日か知ってるか?」
老人B「今日は……14日か。10月14日言うたら……“淡路廃帝”の日よ。」
老人A「何よそれ? 10月14日は鉄道の日で……」
老人B「いやいや、鉄道でなくて。10月14日言うたら“淡路廃帝”よ。」
……なんと、偉そうに話し始めたのは老人Aでしたが、
急に“淡路廃帝”を思い出した老人Bに、老人Aが発言を封じられる展開。
……それにしても、珍しい話を始めましたね、老人B。
そして、私はと言えば、
久々に耳にした“淡路廃帝”の名に興奮し、
ついつい、ずっと聞き入ってしまい、脱水でヘロヘロです。

10月14日は、“淡路廃帝”こと淳仁天皇が淡路島へ流された日だそうです。
老人Bが思い出したのは、たぶんこのことです。

のちに淳仁天皇となる大炊王は、
天武天皇の皇子・舎人親王の七男なので、天武天皇の孫です。
なかなかの血筋ですが、いかんせん七男、
生まれるのが遅すぎて、父の舎人親王にすぐに死なれてしまたったため、
充分な後押しを得ることができませんでした。
大炊王に光が当たったのは、24歳のとき、
権力者・藤原仲麻呂の意向で当時の皇太子が追放され、
代わりに大炊王が皇太子に抜擢されたのです。

皇太子となった大炊王は、
仲麻呂の息子の未亡人と結婚したうえ、仲麻呂の私邸に住むなど、
仲麻呂ファミリーとして、仲麻呂から大いに援助を受けています。
血筋は良いとはいえ、幼い頃から暮らしに苦労してきた大炊王にとって、
支援者としての仲麻呂の出現は嬉しかったに違いありません。

しかし、歴史の場面では、異常に親切な人物には気をつけねばなりません。
案の定、仲麻呂はすこぶる野心のある男で、
大炊王が淳仁天皇として即位してからというもの、
当然のように政治への介入を強めてきました。
一方で、淳仁天皇に位を譲った孝謙上皇も権力を持ち続けていたため、
淳仁天皇は仲麻呂とも上皇とも対立するという、三つ巴の抗争に突入します。
ポイントは「淳仁天皇 vs 孝謙上皇&仲麻呂」ではなく、
「淳仁天皇 vs 孝謙上皇 vs 仲麻呂」という状態だったことです。
つまり、それぞれに、自分の味方はいないという状態。

しかし、どういうわけか仲麻呂は、
かつて援助してきた淳仁天皇を、最終的には味方になると思っていたようで、
状況を「淳仁天皇&仲麻呂 vs 孝謙上皇」であると読み違えてしまいます。
そして、淳仁天皇を味方だと信じた仲麻呂は、
孝謙上皇に対してクーデターを企てて兵を挙げました。
これが、いわゆる恵美押勝の乱ですが、淳仁天皇は味方ではないので、
あっさり朝廷に鎮圧され、仲麻呂は一族皆殺しになりました。

仲麻呂の死は、淳仁天皇にとっては「敵が一人減った!」てなもんですが、
前述の通り、淳仁天皇はかつて仲麻呂と大の仲良しだったこともあり、
孝謙上皇から「どうせ、アンタもアイツの仲間なんでしょ?」と疑われ、
淡路島に流刑となってしまったのです。
あっさり淡路島に流刑と書きましたが、
現役の天皇が流罪になるという、これはかなり衝撃的な事件です。

しかし、平城京からだと、淡路島は微妙に近い距離なので、
流刑後も、彼を慕って顔を出す貴族はいた模様です。
どうやら、力が弱くても一旦は天皇になった人なので、
なかなかの人望はあったのだと思われます。
その、淳仁天皇の意外な人望を察知した孝謙上皇、
「アイツを生かしておくと、また力を持つかもしれない」と警戒します。
その結果なのかなんなのか、流刑の翌年、当時まだ32歳の淳仁天皇は死去。
いちおう病死ということになっていますが、そんなわけないですよね。

んふふふ、なんか2サスっぽくな~い?
もしかしたら、私がこの時代を好むのは、2サスっぽいからかも。

淳仁天皇は、孝謙上皇(淳仁天皇追放後、再登板して称徳天皇)の意向により、
長い間、歴代天皇として認められませんでした。
そこで、便宜上の呼び名が“淡路廃帝”。
歴代に加えられ、淳仁天皇と呼ばれるようになったのは、何と明治3年。
名誉回復に1000年以上かかってしまいました。
ずっと“廃帝”と呼ばれ続けてきた淳仁天皇、さぞやつらかったことでしょう。
ちなみに、明治3年に歴代天皇に加えられたのは淳仁天皇のほかに2人で、そのうち1人が、3年ほど前に『飛鳥の執念②』で紹介した大津皇子(弘文天皇)です。

ところで、当時は、祟りを恐れ、謝罪し、祈り、鎮魂しまくるというのが、
お定まりのパターン。
自分で相手を追い落とし、誅殺したくせに。
再登板して称徳天皇の次が、『飛鳥の執念④』で取り上げた光仁天皇ですが、
即位後、わりとすぐに、60人の僧を淡路島に派遣して鎮魂したと言います。
後からビビるならケンカすんなよって話ですが。

まぁ、そういうわけで、老人Bにとってどういう位置づけなのかは知りませんが、
10月14日と言えば鉄道の日などではなく、“淡路廃帝”の日だとのこと。
私も、ようやく名誉回復できた淳仁天皇のために、ちゃんと覚えておくことにしましょう。

それはそうと、私はこの時代が好きなのですが、
同僚の Okei さんなんか、少しも興味がないと言いますので、
もしかしたら、自分はちょっと特殊なのかなと思ったりもしていましたが、
富山の田舎のサウナで、こんなことを熱く語る老人に出会ったことにより、
この時代が好きでも変わり者とは言えまい、
そうだ、私は変わり者などではないのだと、再び自信をつけた私なのでした。

[SE;KICHI]
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