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深遠なるバスの世界

新潟でバスに乗ると、「鳥屋野十字路」とか「小針十字路」とか、
「十字路」と名付けられたバス停をときどき見かけます。
一方、宇都宮でバスに乗ると、「十字路」もなくはないのですが、
「宮島町十文字」とか「芝原十文字」とか、「十文字」が主流になります。
まぁ、どちらも “大きめの交差点”くらいの意味でしょうけど、
都市によって主に使う単語が違うというのも、なかなか興味深いところです。

ところで、以前、
新潟駅前のバスターミナルの東南アジア感について書いたことがあります

新潟駅前

昼間、その待合スペース側を撮ってみると、こんな感じです。

歩道(待合所)側から

なんか、支柱の感じとか、アスファルトではなくコンクリートの感じさえも、
ちょっと、令和の日本というよりも東南アジアのそれっぽくないですか?
こんなところで日本人』とかに出てくる、
バスで5時間くらいかかるところの、途中の乗り換えポイント、みたいな。

そして、昼間、表側から見るとこんな感じ。
バスは、ここに、こうやってお尻から入庫して「到着」で、
待っていた乗客は後ろからバスに乗り込みます。

道路側からお尻から入庫します。

表側を遠くから撮るとこんな感じです。

すぐ隣には横断歩道

しつこいですかね (笑)
何が言いたいのかというと、すぐ手前に交差点があるということです。
横断歩道を渡って、バスターミナルの真横から撮ってみます。

どうやって合流するんだ?

ターミナルは、双方向に一車線ずつある道に接続されているように見えますが、
実は、この道は、写真奥から手前に向けての一方通行になっています。
手前から奥に向かう車線があるように見えますが、これはバスレーンで、
手前からターミナルに向かうバスが通るための車線です。
つまり、クルマは写真奥から手前にかけて詰めかけるということです。

一方通行なので、ターミナルを出たバスは、この車列に右折で合流しないといけません。

そんな角度で入れるわけない。

これ、エグくないですか?
というか、全長を考えれば、ムリですよね。
なんという場所にターミナルを作ったのか……と、
私が運転手なら舌打ちです。


実際には、目の前にクルマがいなくなったタイミングを見計らって、
うおりゃ~と合流します。

一斉に、、、本線に突入します!

私が運転手なら、ハンドルを回しながら、
うおりゃ~と声が出ますね。

毎時00分とか30分とか、キリのいい時刻には発車するバスが多いので、
何台ものバスが横並びでうおりゃ~と発車します。
その様子はなかなか壮観で、
子供の頃、藤井医院の脇の踏切が見える公園のベンチに座り、
半日ずっと電車を眺めていた私としては、このバスターミナルで半日は過ごせそうです。

ちなみに、このバスターミナルのさらにすごいところは、
苦労してうおりゃ~と右折で合流したバスは、
路線の関係で、その交差点で左折しなくてはならない点です。
つまり、右折完了から3mほどでの左折です。

そして、すぐに左折。

運転手だったら、私でなくても舌打ちしてますよね。

バス、面白いですよ。

[SE;KICHI]
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身体と心

以前、健康診断の話を少し書きましたが、
みなさんは体調の変化を感じることはありますでしょうか。

私自身は、視力の低下で運転の際に眼鏡が必要になったり、
体感ではありますが、代謝が悪くなったと感じています。
ちなみに、少し心配していた肝機能は昨年より格段に良くなり、
判定Aとなっておりました!
ビールや発泡酒を好んで飲むのですが、
糖質オフだったり、少し飲む量を改善するだけで大きく変わりました。
衰えている部分だけではなくて一安心しました笑

ここからは父の話になりますが、まぁ衰えているなぁと感じます。
60代半ばなので、まだそこまでヨロヨロとしてなくていいとは思うのですが・・・。
もうかなりヨロヨロで、すっかりお爺ちゃん化しております。
とにかく足が悪く、歩きがヨロヨロで、
最近になっては視界が二重になると言っており眼科に行ったそうです。
結果、目に異常はなかったそうです。
少し前に仕事を辞めてから、毎日お酒を飲んでいます。
たまに勉強等をしているところも見るのですが、
なにせお酒を飲む量も多く、あまり動かない為、
衰えが進んでいったんだと思います。

少し前は、よく物につまづいて思いっきり転んでました。
瞼の上らへんを強打してケガしたり、かなり危ない状態も見ましたね。
近々、健康診断に行ってくるとのことでした。
お酒を飲んでいない時は調子がそこまで悪くないので、
健康診断に行っても、身体的にはそこまで異常がなく、
お酒を控えてくださいと言われるだけなのかもしれませんが・・・

私自身は冒頭で書いた部分が衰えとして感じておりますが、
まだそこまで大きな変化はないと思っています。
しかし、少し前までは元気だった父が今の状態になっているのを見ると、
「あぁ、年月経ったなぁ」と感じます。

私自身は、「自分は自分」という考えが基本的にあるのですが、
身体も心も変わっていくものですね。
今年、まだ少しありますけど色々あったなぁ笑
でも、昔からの信頼している仲間達がいてくれて良かった。
本当に助かった。
新しい人との繋がりももっと増えたりしたら更に変わっていくんだろうなぁと思います。
あくまで変わることも踏まえて、「自分は自分」ですね。

[SYUN]

そんなので、ちゃんと届くと思ってるんですか?

私ね、郵便ってすごい制度だなって、子供の頃から思ってたわけです。
なぜって、道端の、あんな単なる赤い箱に手紙を入れただけで、
翌日か翌々日くらいには相手の家に手紙が届くって、
その赤い箱のことも、実際に回収する人のことも、
信用しないと成り立たない、完全に性善主義の制度だからです。
つまり、郵便は信頼です。

一方、郵便ではありませんが、
ちょっと、単純に不思議に思ってることがあります。

私は自宅で3紙を購読しているのですが、
9月くらいに、茂木外務大臣が、
「日本として、アフガニスタンや周辺国に対し、
総額2億ドルの人道支援を行う用意がある」と発表したという記事がありました。
この内容について、各紙、事実関係をきちんと報じてはいるものの、
疑問視するわけでなし、問題提起するわけでなし、基本的にお追従の記事で、
私、新聞各紙の報道姿勢が変だと思うのです。

アフガニスタンは、現在、
イスラム原理主義勢力のタリバンという武装組織によって実効支配されています。
あたりまえですが、
タリバンはアフガニスタン国民から選挙で選ばれた代表ではないので、
アフガニスタン国民は、武力と恐怖で支配されている状態です。

そのアフガニスタンに人道支援を行うというのはどういうことでしょうか。
確かに、アフガニスタンは困窮してるかもしれませんが、
そこを実効支配しているのはタリバンなのですから、
その総額2億ドルの人道支援は、
果たして、誰の手に渡るのでしょうか。
国連のグテレス事務総長ですら、アフガニスタン支援について、
タリバンの関与なしには不可能だと認めているくらいですから、
こちらがいくら人道支援のつもりでも、その支援物資は必ずタリバンに渡るわけで、
つまり、これはタリバン支援になりうるのです。

それは、タリバンによる人権侵害や抑圧、虐殺に加担することを意味しています。
もちろん、これは、少し大袈裟に過ぎる表現になっているとは思います。
しかし、表現は大袈裟だとしても、
そのような見立ての意見があっても当然だろうと、私は思うのです。
ところが、ニュースなどを見ていると、
評論家や専門家は口を揃えて、「とにかく支援を」と言っています。

最近読んだ●日新聞では、どこだったかの教授が、
「支援しなければアフガニスタンは内戦になり、
タリバンは中国に接近する」と分析していました。
いやいや、すでにアフガニスタンは内戦状態でしょ、どう見ても。
また、タリバンは中国との関係強化を明言しているじゃないですか。
それとも、なんですかね?
日本が支援しさえすれば、治安は回復し、
タリバンは中国と縁を切るなどと思ってるんですかね、教授。

その朝●新聞では、しばしば、
「日本はタリバンとの対話の窓口を作り、国際社会でのイニシアチブを取れ」とか、
「タリバンを孤立させるな」などという、それっぽい言説も見かけます。
新聞やテレビを信じるタイプの人を「確かに!」と思わせるような、巧みな誘導ですが、
別に私たちが心配しなくても、
タリバンはすでに中国やロシアと仲良しだと思いますけど。

私がこのことを意識したのは10年ちょっと前、
菅直人首相とカルザイ大統領が首脳会談で合意したぐらいからで、
その頃も日本は好景気ではなかったのに、5年で50億ドルと聞いて驚いたものです。

あまり知られていないかもしれませんが、
日本は、破綻国家や独裁国家にも多額の支援をしています。
しかし、常々、政府批判に熱心な●日新聞も、
この支援に対してはほとんど批判しないどころか、
むしろ、どんどん支援しろと煽っています。
彼らは、日本国民の税金が独裁者の手に渡り、
人権侵害や抑圧、虐殺に利用されている可能性について、
なぜ、ちょっとの想像力も働かせないのでしょうか。

私には、人道支援という美名のもと、
日本国民の支払った税金が独裁国家の運営資金になっているように見えます。

……まさか、それが目的ってこと、ないですよね?

[SE;KICHI]

2回目終わりました。

コロナワクチンを接種しました。
1回目は特に身体に変化はなく、
注射を打ったところを触ると痛いぐらいでほっとしました。

2回目を受けた後、だるくなったり熱が出たりする人が多いということで、
少し嫌だなと思っていました。
そこで、2回目を終えた、自分より若い人にどうだったか聞くと、
ほぼ全員が発熱があったと言いました。
自分より年上の人に聞くと、ほぼ全員が特に何ともなかったと。
いったい自分はどっちの所属なのだろうと気になります。
熱が出るのは嫌だけど、出て欲しいような複雑な心境です。

そして1か月ほど前に2回目が終わりました。
その日は何ともなく、次の日の朝を迎えました。
午前中は至って正常でしたので、仕事をしていました。
これはこのまま無反応で終わりそうだなと少し寂しさを感じていると、
午後になってから徐々に膝に力が入らなくなって来ました。
段々ダルくなって来て、熱を測ると37.6 ℃でした。
ああ来たなとホッとすると言うか、少しうれしい気持ちになりました。
夕方近くになると38.2℃になり、その後37℃台になってから、
解熱剤を飲み少し楽になりました。
夜寝る頃にはほぼ平熱に戻り、
その次の日は何事も無かったかの様に平常でした。
人によって違いはあると言うものの、みなさんが言ってる通りでした。

しかし、
これでコロナに感染しない訳ではないので、
これからも今まで通り気を付けたいと思います。


コロナに対しての考え方は様々あると思いますが、
中にはデマや陰謀説に傾倒する人々が一定数いるようです。
コロナワクチンを接種すると5GやBlue toothに接続されるとか、
世界支配と人類削減を進めるための手段だ、不妊症になる等、
ネットやSNSを中心に発信され、
東京では数百人規模のデモにまで発展しています。

普段、社会の事に全く関心が無い人や、
ニュース等を見ない人がハマるパターンが多いとの事で、
情報を積極的に調べずに、SNS等から受動的に情報を受け取ってしまうようです。
小さな子供を持つお母さんや医療従事者までもが、
マスクをせずにデモに参加しているそうです。

私なんかは陰謀説を聞くと疑うところから始めますが、
素直に受け入れる人は真面目な人が多いのでしょう。
極端な思想に走ったり、過激な方向に行かないことを祈ります。

コロナ以外でも、最近の攻撃は酷いものが多いですからね。
例えば、小室圭氏と眞子内親王の件ではマスコミを先頭に、
みなさん好き勝手なことを言ってますよね。
ロン毛がどうとか、一時金辞退という騒ぎになっていますが、
品格を求めようとしている一般の人達が、
逆にどんどん品格を無くしているような気がします。

誹謗中傷を正義と勘違いしているのではないかとすら思います。

3回目の接種も言われていますが、
この後もまだまだ色んな事があるのでしょうね。

[M M]

飛鳥の執念⑭ ~『高市』といえば

今年、話題をさらった女性といえば、
眞子内親王殿下か高市早苗さんといったところでしょうか。
特に高市さん、
私が初めて認識したのは柿澤弘治の腰巾着みたいなことをしていた頃で、
あれから25年ちょっと、政権与党の総裁の座をうかがうようになるなんて、
あの頃、誰が予想できたでしょうか。

さて。
とにかく、令和のニッポンで、
『高市』といえば『早苗』ということになったわけですが、
歴史上で『高市』といえば、知名度で、まだまだ 高市皇子 の圧勝でしょう。
なにしろ、「吉野の盟約」の「六皇子」のうちの1人ですからね、
みなさんも、名前を聞いたことくらいはあるでしょう。

高市皇子は「たけちのみこ」と読み、
天武天皇の長男なんですが、
母の家格が低かったので皇統を継がなかった人物です。
奈良県高市郡の出身なので高市皇子と呼ばれているようですが、
高市早苗さんも奈良県橿原市出身だそうなので、
同じ出自なのかもしれませんね。

教科書にも出てくる「壬申の乱」が勃発したとき、
彼は、大津京にいたのですが、
吉野に隠れていた父に呼応して行動を起こしました。
父と合流した彼は、美濃の不破というところで全軍を任されて活躍し、
その結果は、みなさんご存じのとおりで、
大友皇子が打ち破られ、天武の勝利で欄は完結します。
つまり、高市皇子は、天武政権の立役者ともいえる人物です。
そういうところも、
今回、河野包囲網の一翼を担った高市早苗さんと似ているかもしれません。

ところで、『吉野の盟約』というのは、
679年の5月6日に、天武天皇、皇后(のちの持統天皇)と、
草壁皇子、大津皇子、高市皇子、川島皇子、忍壁皇子、志貴皇子の6皇子が、
表向き、「この先、何があっても互いに助け合おうね」と約束し合った会です。
自分の死後、壬申の乱みたいな兄弟の争いが起きないようにと、
天武天皇が釘を刺したものであるというのが定説ですが、
表向き…というのは、この時代は序列というのが非常に大切であったため、
それを知らしめるための会であったと言われています。
つまり、招集時の草壁、大津、高市、川島、忍壁、志貴の序列に意味があり、
暗に、「筆頭位は草壁、次席は大津」と誇示しているのだということです。

事実、草壁は天武と皇后の子であり、大津は天武と皇后の姉の子(皇后の甥)です。
一方、高市以下、あとの4人は、天武の息子ではあるけれど、母親の出が悪く、
まぁ、なんというか、軽んじられている感じです。
私は思うのです。
高市皇子、どういう気持ちなのかしら、と。

この6皇子のなかでは一番年長だった高市皇子。
それでも序列は3位で、自分の使命は弟の補佐。

何度か触れたことがありますが、
このあと、天武が亡くなり、
その直後、序列2位の大津が、謀反の罪で死刑になり、
続いて序列1位の草壁も病没してしまいます。
序列3位の高市の立場なら、ふつう、どう思います?
おっ! 目の前が開けた!って思いません?

ところが、持統天皇として跡を継いだのは、それまで皇后だった鸕野讚良皇女でした。
正直、え~、マジかぁとなりそうなところで、
歴史上、人物によっては大暴れして処刑されたりする場面ですが、
ここをグッと我慢した高市、太政大臣の地位を獲得します。
これは、天皇・皇太子を除く皇族・臣下のうちの最高位です。

不思議じゃありません?

内心どう思っていたかは分かりませんが、
母の出自が悪いなどという、自分ではどうにもできない点をずっと耐え、
おそらくは野心を見せることもなく、
愚直に淡々と仕事をしていると引き上げられるということでしょうか。
どうにもならぬことを分かっていながら、
突如いきり立って鎮圧されて立場を失う者なんて、
古今東西、わんさかいますからね。

ところで、もう一点。
高市皇子といえば十市皇女ですよね。
この十市皇女、父親は天武天皇なので、高市皇子とは異母兄弟です。
母親は以前お話したことのある額田王
そして、なんと、壬申の乱で高市皇子らに倒された大友皇子の正妃です。
つまり、十市皇女にとって高市皇子は、兄であり、夫の仇。
なんとなく、複雑な恩讐のありそうな感じです。
ところが、この十市皇女、
高市皇子どころか、父・天武帝よりも先に亡くなってしまいます。
病気ということなので、それは仕方ないのですが、
その時に、その死を悼んで高市皇子が詠んだ挽歌が疑惑の歌です。

三諸の 神の神杉 夢にのみ 見えけんながらも いねぬ夜ぞ多き

三輪山の 山辺まそ木綿 短か木綿 かくのみ故に 長くと思ひき

山振の 立ちよそひたる 山清水 酌みにゆかめど 道の知らなく


上から、「夢に出るけど悲しさに寝られない夜が多いよ」とか、
「寿命がこんなに短いとは。もっと長いと思っていたよ」とか、
「復活させるための湧水を汲みに行きたいのに、道が分からないよ」という歌で、
いずれも、兄が妹を偲ぶ歌としてはちょっと女々しいので、
ちょっと特別な関係だったんじゃないの……と思われる原因の挽歌です。

ちなみに、この、妹にウエットな歌を詠む高市皇子にも妻がおり、
それは、御名部皇女といって、父は天智天皇、母は姪娘ですから、
大友皇子とは異母兄弟にあたり、
それどころか、父・天武の皇后だった鸕野讚良皇女の叔母であり、
阿閇皇女(のちの元明天皇)とは姉妹の関係


もう、ワケが分からんですが、
令和3年、『高市』と聞いて高市皇子を思い出した方も多かろうと思い、
書いてみました。

[SE;KICHI]

鮎、嫌いですか?

少し前になりますが、お客様に納品に行った際に、
その会社に勤める知人と少し話をしていて、
今年、まだ鮎を食べていないと言ったら、
食べたかったの?今度釣ったら持ってきてあげると言ってくれました。

元々、川魚は嫌いだったんです。
小骨が多く食べ難いし、独特の匂いもあるし…
温泉や料理店で出されても、背の小骨が無いところを少し摘まんで終わりでした。
でもある時、小鮎をBBQで食べたときに、頭から食べられて美味しいと感じてからは、
シーズンになると食べたくなります。

私が食べたかっただけなので、3~4匹あれば十分だったのですが、
休日の午後に電話がきて、釣れたての鮎を30匹以上いただきました。
お腹から糞を出すなど、知らないことだらけでしたが、とりあえず冷凍しました。
翌日に友人3人と炭で焼きいただきました。
美味しかったです。

それでも、まだたくさんあったので、
叔父さんや近所の見かけた人におすそ分けしようと声をかけたのですが、
ことごとく食べられないから要らないと言われてしまい…

そんななか、fu~maさんに引き取ってもらい、喜んでいただけたのは良かったです。
昔の私であれば同じように断ったでしょうから、気持ちはわかるので、
嫌いな方にはしょうがないですね。

と、そんな話を、別のお客様で話をしていたら、
その方も釣りや投網をされると話をしてくれました。
イワナの刺身が最高だと。
川魚嫌いだったのに食べてみたい。
チャンスがあれば付いて行ってみたいと思うようになりました。
ただ、釣りをしたいとは思いませんが(汗)
わがままなのかな?
ただの食いしん坊か! 
食べたい物が歳を重ね変わってはきましたが、広がると考えると楽しいですね。

[WAKA]

中臣宅守という人のこと。

中臣宅守(なかとみのやかもり)という人物をご存知ですか?

まぁ、歴史上の人物とまでは言えない、
万葉の時代の、なんというか、鈍くさい下級官僚です。
狭野茅上娘子という女孺(下級女官)を娶った直後、
理由は不明ですが、奈良の都から越前(福井ですね)へと流刑になりました。
流刑の理由が不明というのは、ちょっと意味深な感じもしますが、
たぶん冤罪だったのだと推察されます。
いずれにしろ新婚だったわけで、引き裂かれた2人については、
相聞歌が万葉集に63首も収載されるほど、世間の関心を集めた事件でした。

宅守は「大化の改新」で知られる中臣鎌足の娘を祖母に持つ人物で、
つまり、鎌足のひ孫にあたるという血統の良さ。
それに加え、父の東人も兵部卿(ん~、防衛大臣?)を務めた高級官僚ですから、
冒頭で下級官僚と紹介したものの、家柄は高貴であり、
ずいぶん将来を嘱望されていた人物だと言えます。
まぁ、それゆえに冤罪にかけられたのだとも言えますが。

ところで、私と宅守との出会いは学生時代でした。
ゴリゴリの理系学生だった私、
文系科目はほとんど選択の必要がなかったのですが、
それでも、いくつかだけは文系科目の単位も取っておかねばならず、
“息抜き”のような感じで、教養科目の「総合国語」という科目を選択しました。
この、「総合国語」、国語を総合的に学ぶ科目っぽいネーミングだし、
シラバスにも現代国語を学ぶと書かれてあるのですが、
始まってみると、担当の武部教授が万葉集のことしか話さないという、
どこが「総合」なのかさっぱり分からない偏った教科でした。
このとき、その武部教授から教わったのが宅守でした。

相聞歌で有名なのは、妻である狭野茅上娘子の一首です。
『君が行く道のながてを繰り畳ね焼き亡ぼさむ天の火もがも』(3724)
この歌は、従来、
「流刑地までの道を折り畳んで燃やしてしまえば、
夫は行かずに済むのに」という、思慕と情念の入り乱れた解釈をされますが、
武部教授は、「天の火」を雷ではないかと独自解釈を展開し、
つまり、雷鳴を、真実に基づいて公平に裁くという天の裁きになぞらえ、
無実の夫を裁くのは、謀略に満ちた人ではなく、公平な天であってほしい、と、
夫を陥れた誰かを恨む歌であろうというのです。

宅守が本当に冤罪であったと仮定するなら、
私には、残る身の単なる寂しさを表した従来の解釈よりも、
冤罪を匂わせたい武部解釈のほうがしっくりきて、
そこから万葉集に関心を持ったのを覚えています。

一方の宅守は、このような歌を詠んでいます。
『旅といへば言にそ易きすべもなく苦しき旅も殊に益さめやも』(3763)
これは、「旅と言ったら言葉では簡単だけれど、
旅は旅でも、どうしようもなく苦しい旅もある」というような意味で、
これもまた、妻との離別に加え、冤罪であったがゆえに、
どうしようもなく苦しい旅になったのではないか、と思われます。

つまり、この夫婦の相聞歌は、単なる悲恋というだけでなく、
歌のやりとりを通じて無実を訴え、冤罪を告発しているのだと、
武部教授は言うのです。
私も、それはそうかもしれないなと思うと同時に、
だとすれば、それを丸ごと収載する万葉集の懐の深さに、
それはそれですごいな!とも思います。

さて、その後の宅守がどうなったかですが、
やがて許されて奈良の都に戻り、復職を果たしたまではよかったのですが、
20年ほど後、恵美押勝の乱に引っかかって、追放されています。
下級官僚の分際で首謀者・藤原仲麻呂と懇意だったとは考えにくく、不思議です。
しかし、宅守の叔父にあたる中臣清麻呂が、
この乱でうまく立ち回って大躍進したことを考えれば、
宅守は、どうせグズグズしていて罪を着せられたと思われます。
つくづく鈍くさい人です。
その後、文献に宅守は出てきませんから、そこまでだったのでしょう。

『さす竹の大宮人は今もかも人なぶりのみ好みたるらむ』(3758)
とは、最初の流罪の時に宅守が詠んだ歌ですが、
これは、「宮廷の人々は今でも人を弄ぶことばかりを好んでいますか」という意味で、
まぁ、なかなか辛辣な言いぶりですが、
裏を返せば、しょっちゅうそのような目に遭っていたと言うことでしょう。

ちなみに、宅守が流された越前の味真野という場所は、
のちに継体天皇となる応神天皇の5世孫が隠れていた地で、
言わば、サクセスストーリーの原点となった土地ですが、
一方で、ただ流されて辛酸を舐めただけの人もいるという、
なんだか不思議な話でした。

[SE;KICHI]

ビール泥棒

遅ればせながらあのペヤング獄激辛焼きそばを食べてみました。

ペヤング獄激辛やきそば
http://www.peyoung.co.jp/products/1502/

海外の街角で激辛焼きそばにチャレンジしてもらう番組で、
完食できた人が少なかったように記憶していますが、
どのくらいの辛さなのか興味はありました。
それ以来すっかり忘れていましたが、最近姪が完食したと聞き、
俄然挑戦してみたくなりました。

ノーマルとニンニクにカレーと3種類並んでいたので無難にノーマルをチョイス。
辛さに弱い方ではないと思っていたので、
ビールと一緒に楽しめるかな~なんてノリでした。
それでも警戒し、一口目は少なめにもぐもぐ。
あっこれくらいだったら楽勝だわ♪って、
二口目を食べようかなってタイミングで襲ってきました~~~
激辛本領発揮!
うー辛い、そして、痛い!



http://www.peyoung.co.jp/products/1502/

口中痺れだし、用意していたビールをごくごくと一気飲み!
ビールを楽しむ目的だったのに一瞬でビールを持っていかれました(泣)
恐るべき獄激辛。
それでも辛さはおさまらず水を何杯も飲みました。

家人は一口、私は三口でギブアップ
辛さが引くとまた食べたくなるのですが、後が心配になったので止めました。
これを完食した姪は途中から涙が止まらなかったと言っていましたが、
翌日大丈夫だったのか気になります、お腹やおしりの具合。
食べてみたからこその心配です。

さて、ビールのお供と言ったら枝豆ですが、
この夏は生ビールと一緒に楽しむことができませんでした。
自宅で缶ビールに枝豆の夏・・・あっ、まだ秋の枝豆も楽しんでますけどね。
そろそろ徐々に外食も再開していけるかな。

ワクチン接種も2回終えたので行動範囲を広げていこうと、
手始めに「にいがたぐるっとミュージアム!パスポート」を購入しました。
大人1,000円 子ども(中学生以下)500円で、
県内54の美術館・博物館・偉人顕彰館などを無料や半額で巡れます。
最初に利用した日から2か月間有効なので、
展示物もそうですがこれから紅葉の季節でもあるので、
庭園や景色も楽しんでこようと計画中。
もちろん地元の味覚も計画の中に盛り込みます!

味覚といえば、近年美味しさに感動しているのが果物です♪
どの果物も品種が豊富で糖度が高い!
昔のようなすっぱい果物減りましたよね~。

夏あたりから地場産の桃にぶどうに梨などが店頭に並びますが、
収穫時期が違う品種が次から次へと出てきます。
梨であげてみると、幸水や二十世紀に新高、新興などしか知りませんでしたけど、
今は八里、八雲、新水、秋麗、秀玉、豊水、あきづき、南水、新星、
さらに新美月、新王の新潟県オリジナル品種などなど、
あまりにも盛りだくさんで追いつきません!
チラシをもとに名前をあげてみましたが、
食べたことのない品種が多く生産されているのに驚いています。
ビール好きの私は、
濃いめのクラフトビールと梨の組み合わせ好きです♪

WAKAさんはウイスキーとシャインマスカットがお好きだとか。

旬を楽しまないともったいない!
今朝から我が家は新米を炊き始めました♪

[fu~ma]

“Non Verbal Cueing.”の妙味

7月下旬のことでしたが、私の通っている ZUMBAの教室で代講が出ました。
いつもは40代の女性インストラクターが担当してくださっているクラスでしたが、
そのインストラクターがコロナのワクチンを打たれるとかで、
念のため、安静のために休まれるとのことでした。
代わりに20代の男性インストラクターが担当してくださいました。

ZUMBA は、ラテン音楽を使ったダンスプログラムですが、
ZUMBA協会のような団体からインストラクターの自宅に届けられるCDから、
どの曲を使うかはインストラクターに委ねられています。 
つまり、ZUMBAは、選曲もコリオ(振り付け)も、
インストラクターによって違うということです。
なので、別のインストラクターに代講されると、聞いたことのない曲だらけになって、
いつものクラスでも、よく言えば新鮮、悪く言えば慣れない感じになります。

タイプで言えば、私は、それを楽しめるタイプです。

ただ、私も ZUMBAに関しては10年以上やっていますから、
なかなか目が肥えてきているのか、
「やっぱり20代の男性インストラクターだと元気がある半面、
勢いに任せたコリオで、ちょっとつまらないわねぇ」とか、
そういうことを感じはします。
でも、毎回その単調なコリオだと飽きてしまいますが、
たまにある元気推しの回があっても、それを楽しむ余裕くらいはあります。

ところで、私、10年ばかり前、“Non Verbal Cueing.”について書いています
ダンスなどで、右、左と指示することを Cueing と言いますが、
“Non Verbal Cueing.”というのは「Cueing はない」という意味のダンス用語です。
つまり、言葉による(Verbal :口頭での)指示はありませんから、
周囲の雰囲気を見ながら好きに踊ってみなさいということです。
とはいえ、それも簡単なことではないので、
ダンス系の教室においては、インストラクターの自由な動きを見て、
オリジナリティを織り交ぜながら真似てみたらどうですか……
くらいの意味になりますでしょうか。
当時の文章には、
人生も、口頭での指示など与えられないことのほうが多く、
自分で考えて動かなくてはいけないという意味で似てますね
と、
そういうことを書いた覚えがあります。

いまも、その感覚は変わっていませんが、
コロナ禍にあって、仕事もプレイベートも変容を余儀なくされる社会が到来し、
そこで気づいたのが、
意外と、みんな、“Non Verbal Cueing.”は苦手なのだな
ということです。
つまり、雰囲気を見ながら好きにやってみなさいと言われても困る、と。

従来やっていた企画、コロナでそのまま開催はできそうにありませんが、
では、どうやったらできるか、アイデアを出してください……という場面。
ゼロから制限なく何かを創るのって、ありもしないものを創り上げるわけですから、
それって、私にしてみれば、かなり快感だと思うのです。
妄想みたいなもんなので、何でも好きなことを言えるし、
それを積み上げて形にしていくチャンスのようにも感じるんですよね。

ところが、意外と、いくつかの条件を示してもらわないと考えられないという人が多く、
ゼロから何かを作り上げようと言っているのに、
「え、どうしたらいいか、細かいことを言ってもらいませんと」とか、
「何だったらできるか、ちょっと例を挙げてみてもらえますか」とか、
あまり積極的でないというか、回避しようという人が多いように感じます。

もっと言えば、「それをやって何かあったら、誰が責任を取るんですか」とか、
そういうことを言う人すらいます。
もう、“せい”とか、“責任”とか、そういうこと言う人、うんざり。

ここで冒頭の若いインストラクターの話。
彼のコリオは単調で、雑な言い方をすればどの曲も同じ踊りになっていて、
インストラクターとしては未熟さを感じさせますが、
彼は冒頭にこう言ったのです。
さぁ、何の決まりもありません。
自分だけの世界で楽しみま~っしょう!
と。

カッコよくないですか?
“せい”とか、“責任”とか、そういうことを持ち出すと、
言うほうも言われるほうも思考が硬直化し、身体も動かなくなりますよ。
そうやって、どんどん委縮しながら、
でも、その窮屈さの反動としてフェスとかやったりして、
そしてまた怒られたりして……というのが現代ですよね。
もちろん、「自分だけの世界で……」というのは、
人の目を気にしないで傍若無人にふるまえということとは違います。
でも、自分の人生は、完全に自分の責任で運用されていきます。
自分で考えて、好きに行動するというのが、
どんなに大切か。
噛みしめたいところです。

[SE;KICHI]
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