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鉄の失敗談④

北陸から新潟に向かおうとする時、
北陸各駅から北陸新幹線で上越妙高駅まで行き、
そこから『特急しらゆき』というのに乗り換えるのが一般的です。
北陸新幹線も特急しらゆきも、そう混む列車ではなく、
自由席でも座れないということはないため、
JRとしても往復の自由席をパッケージにした、
『新潟自由席往復きっぷ』という割引切符まで用意しています。
まぁ、とにかく、北陸から新潟は上越妙高乗り換えと覚えといてください。

ある時、新潟に向かおうとした私。
誰もがそうするように、新幹線のなかでは書類に目を通したり、
メールを書いたりして過ごします。
その日の私もそうしていたわけですが、
時期的に少し無理が続いていたせいか、ついつい、途中でうとうとしてしまいました。

ハッと目覚めた時、列車はどこかの駅に入線しており、発車ベルが鳴っている状態。
「どこっ?」と跳ね起き、ホームの駅名標を確認したところ、「上越妙高」。
ヤバイ、降りる駅じゃん! と、飛び上がって、
荷物をひっ掴んで乗降口に走ったものの、
無情にも新幹線の扉は目の前でプシューと閉まり、やがて走り出したのでした。

寝過ごしてしまったたものは仕方ないので、
席に戻ってスマホを繰り、リカバリーの方法を検索します。
調べの結果、次の飯山で降りて上越妙高に戻ったところで、
特急の接続が悪いため、新潟へ着くのは夜になってしまう見通し。
もちろん仕事で行くわけなので、夜になってしまうのでは意味がありません。
悩んだ挙句、結果的に新潟に早く着く方法ということで、
次の飯山では降りず、そのまま7つ先の高崎まで乗って、
高崎から上越新幹線で新潟に向かうことにしました。

高崎到着。
ここまでのところを精算しようと、自動改札の脇の窓口に向かいましたが、
高崎の駅員さんは、北陸と新潟を結ぶ割引切符なんて知りません。
15分ほど、どこかに電話を掛けたり、いろいろ調べてもらって、
なんとかその時点での精算額が判明したようです。
待っている間、私の目には気になる張り紙が。
「こちらの窓口では現金のみお取り扱いいただけます。」

えっ、いまどき?
……ということもないのですが、
以前にも告白したことがあるとおり
私は、現金を持ち歩くということを、あまりしませんし、
銀行のキャッシュカードも持ち歩かない主義です。

今回だって、乗り過ごすつもりで準備をしていたわけではないので、
たしなみとしてクレジットカードは持っていますが、
現金など持っていませんし、キャッシュカードもありません。

高崎までの精算額を確定させた駅員さんの機先を制して私は言います。
「現金はないのですが。」と。
すると、駅員さんは「えっ!」という顔をして、しばし固まったあと、
近くのATMを指さし、下ろしてくるように言います。
しかし、私は現金もキャッシュカードも持っていません。
「払え」→「ない」→「下ろしてこい」→「下ろせない」→「じゃあ精算できない」という、
堂々巡りの押し問答が10分ほど繰り返されたところで、
ついに駅員さんが折れまして、
「乗車証明書を発行するから、着駅で精算してください」と。
つまり、「新潟まで行って、新潟で精算しなさい」ということで、
高崎駅としては新潟駅に取り扱いをなすりつけた形です。

乗車駅証明書

私は少しだけ憤りました。
この、政府によってキャッシュレス決済が推奨され、
国民にもずいぶん浸透してきたと思われる令和の日本で、
現金でないと決済できないなんてことがあっていいのだろうか、と。
しかも、ここは天下のJRであって、世が世なら国鉄の窓口です。
現金しか使えないなら、もう少し申し訳なさそうにしてもよさそうなものですが、
「そこで下ろしてこい」とは不親切ではないか、なんて、
自分が悪いのも棚に上げ、「どうしろというのですか!」と、
声を荒げることすらありませんでしたが、密かにムッとします。

ともあれ、晴れて仮釈放となったので、上越新幹線で新潟に向かいます。
その道すがら、またスマホを繰り、
JRに後日現金を届ける“支払猶予”という制度があることを突き止めた私。
新潟で、なんとかクレジットカード払いを認めてもらえるよう頼むか、
それがダメなら支払猶予をお願いしようと作戦を練ったわけです。

新潟到着。
すべてを精算しようと、自動改札の脇の窓口に向かいました。
新潟の駅員さんは、もちろん北陸と新潟を結ぶ割引切符はご存じでしたが、
高崎経由で使用されるとは想定されていなかったようで、
私が経路を説明すると、でっぷりとした初老の駅員さんが、
「へっ?」みたいな顔をして、奥の事務所に引っ込みます。
10分ほどして戻ってきた駅員さんは、
「この切符は、この区間は含まれているんです……
しかし、あなたは高崎に向かわれたから、その分の特急券が……」とか、
噛んで含めるように経路を確認して、
「これは結構お金かかるよ」とか言いながら、差額を算出してくれます。

お気づきかもしれませんが、私は金額なんてどうでもいいのです。
ミスをして寝過ごしたのは私なので、発生してしまった差額運賃はお支払いします。
それより私にとって一大事なのは、手持ちの現金がないうえに、
引き出すためのキャッシュカードも持っていないこと。
つまり、現金決済のみと指定されたら、
私は支払うことができず、改札から出られません。

私は言い放ちます。
「乗り過ごすつもりはなかったので、現金はないのです。」と。
駅員さんは、「えっ! ……現金がない?」と絶句します。
ここでは「そこのATMで下ろしてこい」などと不親切なことは言われませんでしたが、
案の定、狼狽した様子の駅員さん、すぐに事務所の奥に引っ込みます。
すぐに引っ込まれてしまったので、何の交渉にも入れませんでしたが、
私としては、クレジットカードだけはあったので、
なんとかクレジットカード払いを認めてもらえないか、
もしそれがダメなら支払猶予、しかもここは自宅から離れた新潟なので、
自宅近くの駅にお納めすることで許してもらうか、
もしくは書留等で送金するという方法で改札を出してもらえないか、
とにかく、駅員さんが戻ってきたらその手の交渉をしてみようと、
その場で再び10分待ちました。

改札横の窓口は無人となり、
そこにあんまり長く放置されるもんだから、人目に触れること甚だしく、
そのまま逃げようかと思ったほどですが、社会人としてそこはグッと我慢して待ちます。
人々の好奇の目にさらされながら合計20分ほど待ったころ、
駅員さんが再び登場。
「……今回は大目に見ましょう。」

……❕❔

「次からは寝過ごさないようにということです。」
と、なんと、突如、無罪放免となったのでした。

富山⇔新潟の『新潟自由席往復きっぷ』は、14,000円ほどの往復切符です。
今回の乗り越しでは、本来、1万円ほどの差額が出ているはずであり、
価格のバランスからしても、JRがそれを許すとは少しも思っていなかった私、
この結論は本当に予想外で、びっくりし、
よくよく、その駅員さんにお礼を言って窓口を去ったのでした。

とはいえ、当初の到着時刻よりも2時間近く遅れて駅の外に出た私。
しかも、このようなことがあっても、現金も持っておいたほうがいいだろうかとか、
何かのためにキャッシュカードも持っておこうとか、
自らをそういう方向に改めようとは少しも思いませんでしたので、
教訓があるとすれば、やはり「寝過ごさないように注意しよう」しかありません。
それか、ひと駅前の糸魚川駅までは起きていた覚えがあるので、
「あとひと駅のところで眠りに入らないようにしよう」でしょうか。

というわけで、キャッシュレス全盛のいまどき、現金のみなんてどうかしてるわ!と、
いったんは国鉄体質に憤った私でしたが、
最終的に、優しくしてくださった駅員さんに感謝している私、
現金なものです。

[SE;KICHI]
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良い思い込み

知り合いに、雨の日になると、口癖のように自分は雨男だと言う人がいます。
私はその話を振られるたびに、また言っているのかと思いながらも、
無視する訳にもいかず、適当に反応をしています。

自分で晴れ男とか雨男とか言う人は、
本気で自分が天気を左右する能力が、
あると思っているのでしょうか。


もしそうだとすれば、
晴れ男だと思っている人のほうが、断然幸せな感じがします。
天気を良い風に変えられると思っているということは、
自分の未来を良い方向に変えられると思っているということですからね。
雨男だという人は、雨がよっぽど好きな人じゃない限り、
自分のせいで天気が悪くなると思っていて、
自分の未来を不安に思っていることになりますよね。

どちらにしても本人の思い込みですから、
それならいっそのこと、雨男だと思っている人はみんな、
雨男をやめて晴れ男に転向すればいいと思います。
そうすれば天気に関しては不安はなくなり、
晴れた時は自分のおかげで、雨が降っても自分のせいではないと、
気にしなければ幸せですよね。

少し話は変わりますが、
未来を変えられても、過去は変えられないと思っている人は多いのではないでしょうか。
確かに過去に起こったことは、
タイムマシンでもない限り、やり直すことはできません。

しかし、実際は、未来は常に過去を変えています。
過去の失敗を元に良い未来が作ることができれば、
過去の失敗は成功だったことになります。


つまり、未来は過去を変えられるということです。
そのためには、自分が常に成長しなければいけません。
少しずつでも自分が良い方向に変わることが、
過去も未来もより良いものに変えることにつながるからです。

良くなかった過去も、今が良ければチャラでいいのではないでしょうか。
チャラになったら、
良くなかった過去のことはもう思い出したり考えたりしなくてもいいのです。
そして今良くない事があっても、そのうち過去のことになって、
チャラにできる時が来ると思えば必要なことなのかもしれません。

よく新しい事を始める時、1からのスタートと言いますよね。
しかし、大人であればみんな、
体験した事や見聞きしたこと、読んだ書籍等、
それまでに蓄積された経験、知識がありますから、
全く1からのスタートだとは思いません。
それ自体は初めてでも、やっているうちに、
これはあの時に見たあれといっしょだとか、
前にやったあれと同じ要領だなと思う時があると思います。
そうなると、まるっきり1からではなく、
その人の経験値によって、2とか3からのスタートということになります。

何よりも、自分には絶対にできると信じてやれば、
自然とハードルが下がると思います。
普段から今やっていることを嫌々やらずに、
これは自分にとって必要なことだとか、無駄なことは無いと思ってやっている人は、
特に経験値が上がる傾向にあると思います。
どう思ってやるかが重要ということですね。

悪い思い込みはやめて、良い思い込みをすれば、
過去も未来も明るく楽しいものになるのではないでしょうか。


[KAZSOU]

感謝と報恩の敗北

3月や4月というのは、悲喜こもごも、いろいろあるようです。

知人がお子さんを通わせているこども園では3月に卒園式があったそうです。
その認定こども園は、もともとはお寺が経営している幼稚園で、
しばしば、御住職である園長先生の法話があり、
特に、「報恩感謝の心」について説かれることが多かったそうで、
そういうのに魅力を感じて選んでいる方も多かった園だそうです。

ところが、5年ほど前、全国の幼稚園や保育園が一斉に認定こども園に移行した時期、
制度上、この幼稚園も、そのまま幼稚園として存続することは難しく、
やむをえず認定こども園になったわけです。
その結果、保育園的なニーズを持った保護者も大きく増え、
もともと幼稚園だった園としては戸惑うことも多いとのこと。

保育園的な保護者って、要するに両親が働いている間に預かっていて欲しいだけなので、
運動会やお遊戯会のような行事ごとは不要というか、
むしろ親が動員されるくらいなら開催しないで欲しいわけです。
一方で、幼稚園的な教育を期待している保護者にしてみれば、
毎日の読み書きや運動の指導なども大切だし、
その披露の場として、運動会もお遊戯会も楽しみにしているわけです。
つまり、ぜんぜんニーズに合わないのです。

さて、そんな認定こども園でしたが、3月は卒園の時期。
ここの園では、幼稚園だった頃から、伝統的に、
3月の土曜に卒園児の保護者が集まって、
園舎の掃除をさせていただくことになっていたようです。
その理由は「報恩感謝の心」が大切だから。
毎日お世話になった園舎を磨いて、感謝を捧げましょうということで、
正直、親としては面倒だなと思う気持ちもあるかもしれませんが、
企画意図というか、趣旨は明確ですよね。

ここに保育園系のトンデモさんが出現したのだそうです。
曰く、
「月謝を払っているのに、なぜ掃除しなくてはいけないのか」
と。
つまり、払ってる月謝で園がスイーパーとか雇ってくださいという論です。

この発言に対する反論は可能です。
私も意見はあるし、実際に通わせている知人も言いたいことはあったようですが、
そんなことより、園長先生が意気消沈してしまったそうです。
日々続けてきた「報恩感謝の心」の法話が、親にまで届いていなかった無力感。
この意見の親に育てられた子どもには、自分の法話など届かないのだろうという徒労感。
そして、何より、このような意見は2件3件でなく、かなりの件数が寄せられたことで、
あぁ、報恩感謝は死んだのだな
こんなことなら認定こども園にならなければよかった、
それだと幼稚園として存続はできなかっただろうけど、
それなら幼稚園を畳めばよかった、と、悲観して、
なんと、伝統の清掃は廃止になったのでした。

その話を聞いて、私は悲しいと思いました。
月謝を納めているんだから…というのは Give and Take の考え方です。
しかし、私は、所謂 Give and Take は誤りだと思っています。
私たちは、別に何もしなくても社会に生かされているのだから、
まず、最初の一歩は『報恩』であるべきだと思うのです。
つまり、月謝云々はその後の話であって、
まずは、社会に受け入れてもらえていることに対して、
恩を返すことが大事だろうと思うのです。

この話には伏線があって、
この園では卒園式後、謝恩会などといって、
飲食を伴う軽いパーティーのようなイベントを行っていたそうです。
謝恩会というネーミングですから、お世話になった先生方を労うもので、
意味合いとしては前述の清掃と同じ趣旨のものです。
費用は、卒園積立金などの名目で、便宜上、園が徴収していたそうで、
総額から卒園アルバム代を園が使い、
余剰分が謝恩会費用として保護者に払い出される形です。
まぁ、本来は謝恩会費を園が徴収するのは変ですが、
親が自治的には集金できるわけないですからね。

しかし、このコロナ禍、飲食を伴うパーティーなんてできません。
徴収額は過剰になるはずです。
この園長先生はそんなに強欲な人物でもないようですが、
余剰金は園に寄付していただけたら園児のために使えるし、
ありがたいなと思ったようです。
よく、緞帳とか平均台とかに「寄贈 ○年度卒業生一同」とか書かれていますが、
ああいうイメージです。
そして、保護者代表とそのように話をつけたようです。

私は、悪くない話だなと思いました。
謝恩を名目に徴収したお金ですから、
園に渡して、園児のために使われるのなら趣旨に反しないし、
私は、ぜんぜん問題ないと思いました。

しかし、現れたんだそうです、トンデモさんが。
「謝恩会やらないんだったら返金してください」と。
いや、余剰分を人数で割ると、一人あたり2,000円くらいだったそうで、
返金の事務や、ハンコもらったり、監査を頼んだりする労力を考えると、
少し難しいのではないか…と答えると、
「難しくてもやれるんだったらやってください」と。
保護者代表も、
「来年度以降の在園児に喜んでもらえるようなものを寄贈したら」と、
とりなそうとするのですが、
「アンタんちは来年度以降も下の子がいるからいいかもしれないけど、
ウチは今年で終わりだから、
何か寄贈してもウチの子は使わないんだから、
払いたくないんだよ!
」と言われたと。
ここで保護者代表、爆死です。
「勝手に園長と密談して寄付を決めてんじゃねーよ」とか言われて、
精神を病む事態になったそうです。

もうこの辺にしておきますが、
園長先生が言うように、「報恩感謝の心」は死んだのでしょうか。
すでに与えられていることに感謝し、
可能ならお世話になった方にお返しする、
それが難しいなら、後に続く者に恩を送る

それって、ごくごく普通の日本の営みだったと思うのですが。

「報恩感謝の心」が死んだとすれば、日本が死んだことになりかねませんよね。
自己中心的な社会、大丈夫でしょうか。

[SE;KICHI]

物欲。

私が書くブログは、バレーボールと田んぼの事ばかりと揶揄されますが、
自分の中ではしょうがないと思っています。

新型コロナウイルス感染症の流行前からの話になりますが、
平日に無理な行動をして仕事中の体調が悪くなるのは、
前職時からの経験から避けるようになり、割と早く就寝します。
季節的なこともありますが、部活と小学生ジュニアチームの練習と、
田んぼ仕事(自宅周りの片付け含み)をすれば土日曜日の大方の時間が過ぎてしまいます。
そのことから興味が狭くなってきているのは確かかもしれません。

趣味や興味が広がるのは良いことだとは思いますが、
時間もそうですが少なからずお金もかかります。
車や旅行などお金がかかりそうなことは、
自分でストップをかけているのかもしれません。


そんな私ですが年に数回ゴルフをします。
上手とは言えないですが細々と続けています。
ゴルフ道具については、
バックは貰い物だったり、アイアンは割と新しいものを下取りしたりと、
ちょっとセコイ感じはしますが、気に入った物は揃っています。
ですが最新の道具については知識が薄く、
昨年は中古ですがドライバーを衝動買いしたのですが、想像(予定?)と違い、
すぐに手放すことにしたこともあり、購入にはちょっと高いハードルを感じています。

そんな時に松山英樹プロのマスターズ優勝です。
感動しました。
解説の中嶋常幸プロの言葉がつまり、涙声に涙・涙です。
宮里優作プロも涙声。
また涙がでました。

テレビ観戦はあまりしませんが、マスターズゴルフは毎年楽しみにしています。
ここ最近は松山選手がいますから、順位などは楽しみに見ていたのですが、
ついに優勝するところが見られるなんて・・・歴史的快挙ですよね。
これからは毎年出場できますしね。
(優勝経験者は世界ランクなど関係なく辞退するまで出続ける事ができるようです)

この感動で、ちょっと高いと思っていた道具購入のハードルを越えて行けそうです。
思い切ってウッド系の道具を新調しようと思っています。
こんな物欲を感じるのは久しぶりです。
熱い気持ちのうちに行動したいと思います。

[WAKA]

虫の目と鳥の目

もうすぐ、富山市長選があり、現職の森雅志市長は退任が決まっています。
15年に及ぶ森市長の市政運営には、巷間、様々な意見があったようですが、
私は、彼のドラスティックな政策を、ワクワクしながら応援していたほうです。

路面電車の延伸や南北接続など、交通系の政策が目立ったので、
そのいかつい風体も相まって、建設業のようなイメージで見られがちな彼ですが、
かねがね、彼の真骨頂はデータ分析の緻密さにあると感じていました。

たとえば、いま、富山市の事業として、全小学生にGPSセンサーが配布され、
得られた情報を収集することで、登下校時の実態を「見える化」しています。
これは、小学生がどこをほっつき歩いているのか興味本位で調べているのではなく、
小学校やPTA、自治振興会等で活用するためです。
ある日のとある小学校を例にとると、
放課後、GPSによればたくさんの児童が、
わざわざ川を渡って校区外の一点に集合しているとします。
ゲームセンターか駄菓子屋か……と思うでしょうか。
実際は、そこにあるのは学童保育で、
寄り道もせず直線的にそこに向かっているところを見ると、
コミュニティバスにでも乗ったのかな?と分かるわけです。
だとすれば、校区内に学童保育が不足しているということになるわけで、
学童保育を新設しようか、既存施設を拡充しようか、
はたまたコミュニティバスの増便しようかという判断につながるわけです。

データ分析ということで言えば、
富山市は「センサーネットワーク」といって、
市内全域に無線通信ネットワーク網(LoRaWAN)が展開されていて、
これに接続された IoTセンサーからの収集データを、
一元管理するシステムが構築されています。
このことは広報誌などを通じて各家庭に周知されているので、
だいたいの市民が知っている話だと思いますが、
このシステムで集約したデータを分析・活用することにより、
たとえば、そろそろ田植えだよとか、花粉が飛び始めましたよとか、
どこそこの道路に穴が開いていましたよとか、
市民に密接な関係のある発信が行われているそうです。

いま、富山市の取り組みを紹介したわけですが、
しかし、こういうのって、一種の管理社会だとは思うのです。
だって、全小学生に配布されているGPSセンサーは防犯ブザーに内蔵されているので、
言ってみれば、本人が気づかないうちに持たされているわけです。
それって、噛んだガムで盗聴器をテーブルの裏に貼り付けるような、
スパイ大作戦かルパン三世かという手口ですよね。
俯瞰して、行政が行うような手口ではないでしょう。

このごろの、給付金がどうとかワクチン接種がどうとかいう国の施策には、
何かにつけてマイナンバーを紐づけたいという意図が見え隠れしていますが、
実際のところ、給付金やワクチン接種を受けるかどうかは個人の自由であり、
本来、国からコントロールされるようなことではないので、
本当はマイナンバーのようなもので全数管理するようなものではないはずなのです。

つまるところ、効率的な行政サービスというのは、
そもそも、意図せずに、住民を管理する方向に進みがちなのです。
したがって、その管理はすべからく住民にためになるのかという、
提供側に、常日頃からの点検が求められているということになりましょう。

手元に、富山中部高等学校同窓会の2006年の会報があります。
森市長が寄稿されたと聞いて取り寄せたのですが、
ここで森市長は、富山市について、
「車社会を前提に住宅や大型店舗が地価の安い郊外へ移転し、
郊外化が進んで薄く広く発展した結果、
中心市街地の空洞化が進み、地価が下がるなど、
県庁所在地なのに、それに見合った商業集積がない」と指摘しています。
この15年前の言説は、おそらく今でも正しいデータ分析なのですが、
ほぼ全員が車を所有する富山市民は、
当時、「郊外化の何が悪い」という感覚だったように記憶しています。

今年の1月、富山県は記録的な大雪に見舞われました。
除雪が追い付かず、山でもないのに交通が麻痺した地区もあって、
近年は雪が少なかったから除雪が下手になっていたとか、
同じ理由でドライバーの雪道運転の技術が鈍っていたとか、
事後に盛んに検証はされていましたが、
私が思う、交通が麻痺した一番の要因は、
勤勉というか律儀な県民性が仇となったのだと思うのです。
ほぼ全員が車を所有する富山県民は、
ほぼ全員が車を駆って、何が何でも出勤しようとします。
他県では、ほとんど考えられないことですが、
富山県民は、雨でも雪でも、必要なら路面状況を勘案して早く出発してでも、
どうしても既定の時刻に到着しようとするのです。
そのため、恒常的に雪道に渋滞が発生し、除雪車は来られぬということになります。
しかも、前述のように「ドライバーの雪道運転の技術が鈍って」いたため、
道の真ん中で積雪に突っ込んで立ち往生する車も多く、
市中のいたるところに、動けなくなった車が放置されていました。
そして、その放置車両が邪魔をして除雪車がやってこないという、
まさに悪循環に陥って、交通機能が麻痺したわけです。

後日、県民たちはそのことで、初動が遅いとか何とか県知事を批判していましたが、
県知事は私の知人でもあり、彼の名誉のために言えば、
その豪雪の日、私が知事に「何かできることはあるか」と聞いたところ、
「出勤しようとしないで、家にいてください」と言っていました。
誰もそうしなかったので、こうなってしまったということです。

そして、その日、私は、森さんの言ったとおりだったなと思ったのでした。
郊外化を抑制して、ほとんどの場所にクルマ以外の方法で行けるようになっていれば、
なにも、こんな大雪の日に、1人1台、クルマを出して、
混乱する必要はなかったことでしょう。

また、変化を嫌がらず、何が何でも出勤しようとする県民性を捨てていれば、
そういう日は家でおとなしくしていようということになったでしょうから、
少なくとも自分が道路を塞いで、
他人に迷惑をかけるようなことにはならなかったでしょう。

偶然にも退任の年、
彼の、中心部に公共投資しようというポリシーの正しさが証明されたのでした。
お疲れさまでした。

[SE;KICHI]

いつかは腑に落ちる。かも。

新生活が始まった方々も多い季節になりましたね。
新しい環境で新たな出会い、
新たに覚えることもたくさんあることでしょう。
就職先ではまず社内ルールを覚えないといけなかったりしますが、
それとは別に上司や先輩の個人的ルールなるものも存在したりしますよね。

思い返してみると、まー、怒られましたねー。
経営者からは怒鳴られましたし、時には人格否定もされました。
新人だろうがなかろうが従業員は皆でしたけどね。

ただ、厳しく言われなかったら気付かずにいたことも多かったのも事実です。
当時は納得できなかったことも、時が経って腑に落ちたこともたくさんあります。
ルールも意味が分からず押し付けられた感がありましたが、
後々、大切なことを教わったと実感しています。
人生経験浅いあまちゃんでしたから、動き一つにしてもイライラさせたことでしょう。
要領や効率など考えずにいましたから。
そんな昔の記憶を遡ってみるのもこの季節ならではです。

ここからは、病院の待合室で遭遇した出来事です。
受診待ちでソファーに座っていたら、
物凄い剣幕のご婦人が高齢のお母さん連れで入ってきました。
受付で開口一番、
ちょっと聞いてください!
駐車場で母を車から降ろしていたら、
次に入ってきた運転手から早くどけ!て言われたのよ!
他にも空いているのよ、
だから、他へ止めたらいいでしょ!て言ったら、
どこに止めようがこっちの勝手だろ!て言われたのよ!
どう思います!?
信じられないでしょ!!
母は高齢で足も悪くて、
乗り降りするのに時間が掛かるっていうのに!!
これからその人ここに入ってきますから!!


私だけではなく待合室にいた人皆、人物像を想像しながら待っていたと思います。

ドアを開けて入ってきたのは、小さな子供を連れたお母さんでした。
えっ!?想像と違った。
その女性は何事もなかったように、受付を済ませ、
待合室の本棚で子供と絵本を選び、ソファーで読み聞かせを始めました。
びっくりするぐらい大きな声で。

小さな待合室なのでご婦人もすぐそこに掛けています。
今度はそのご婦人が大きな声で独り言を言い始めました。
コの字に配置されたソファーの誰もいない空間を険しい顔で見つめながら。

若い女性は本からご婦人の方へ視線をうつし、
言いたいことがあるなら、はっきり言ったらいいじゃないですか!と、
臨戦態勢に入りました。
ゴーンと鐘がなり(私の頭の中で)バトル開始!

ご婦人は相手に謝って欲しい、
けれど、相手の女性は何故私が悪く言われないといけないの?と、
納得できないので言い返す、といった感じです。

その間、自分が原因で言い争っている二人に挟まれた老婦人は、
切なそうな表情で座っていらっしゃいましたし、
小さな子供は泣きそうな顔で言い争うお母さんを見つめていました。

駐車場での現場を見たわけではないのでどっちとは言えませんが、
若い女性は高齢者と生活をしたことが無いのかもしれないかなと想像しました。
もしかしたら、絶対その場所に止めたい事情があったのかもしれませんけどね。

でもね、ここでの騒動を彼女も腑に落ちる時が必ず来ます。
いずれは老いるから。

さて、バトルの終わりですが、
若い女性が、もう言いたいことはないですか!?と聞き、
ご婦人が、全部言いました!と答えると、
じゃあ、これで終わりですね!と告げ、終了しました。

ご婦人は腑に落ちていないかなー。

[fu~ma]

続・ポージングの話

多様性などということを言い出してからずいぶん経ちました。
2015年9月の国連サミットで SDGs が採択されたせいか、
ここ数年、サスティナブルということがやかましく言われていて、
特に日本の企業などでは [4] とか [8] に力を入れているところが多いようで、
その発露として『多様性』に注目が集まっているという形ででしょうか。

もちろん、当社も、若者や障害者を含む全ての男性および女性における、
積極的な雇用や働きがいのある人間らしい仕事を守るという立場には、
全面的に賛成するものです。
しかし、日本の社会でそれが共通認識として語られながらも、
一方で、果たして本当にそこに向かって推進されているのか、
もしかしたら「題目倒れ」になっていたりはしないかと心配にもなるのです。

正月に、近県の温泉に行きました。
そこは混浴になっていたのですが、
令和の時代に、さすがに男女が性器まる出しというわけにはいかないのでしょう、
受付で“湯浴み着”を渡され、それを身に着けて入浴することになっていました。
つまり、男性は湯文字のようなものを腰に巻き、
女性は長襦袢のようなものを羽織って入浴するシステムというわけです。

入浴中は、いつになく初対面の方とも話が弾みます。
なにしろ、男女の性器は“湯浴み着”で隠されており、
いたずらに裸を意識しなくて済むようになっているわけですから。
私も、山梨から来たという、とある母娘と仲良くなって、
山梨銘菓の桔梗屋・信玄餅の話など、時間を忘れて話し込んだのでした。
母は原田知世に似た、柔らかでふんわりした雰囲気の50代、
娘は池田エライザふうの、ダルそうな表情が印象的な20代です。

いや、実際にはそこは温泉ですから、時間を忘れたりはしません。
話しながら、身体が熱くなったら湯船から出て縁に腰掛け、
冷えてきたらそのまま湯船に身を沈めながら話すといった感じで、
まぁ、誰もがする感じで、のぼせない程度に体温調節をしながら話していたわけです。
もちろん、相手の母娘も同じように、湯船に出たり入ったりしています。

ところで、受付で受け取った“湯浴み着”はなかなかの薄手で、
裸を意識しなくて済むようになっているはずの“湯浴み着”なのに、
お湯につかって濡れた状態で湯船から出ると、
むしろ裸を強調するかのように透けているのでした。
その母娘もバッチリ透けており、
湯船から出たり入ったりするたびに、透けて見えるわけです。
和彫りが。しかも2人揃って。
いや、もちろん、胸とかそういう部分も透けて見えているのですが、
そういうところよりも、肩や腕の、鮮やかな和彫りが目に飛び込んできます。
あまりにも私がガン見していたせいでしょう、母のほうが、
「あ、コレ、気になりますか。……よかったら見ます?」と、
わざわざ背中を向いてくれました。

濡れてぺったり張り付いた長襦袢越しの背中には、見事な和彫り。
母は菩薩像、娘は鯉の滝登りのような意匠になっていて、
もちろん単体ではなく、彼岸花やらなにやらを散らしてある凝ったもの。
「コレ、観音様じゃなく虚空蔵菩薩なんですよ」と、
上品に笑う、和彫りには縁がなさそうに見える原田知世似の母。
ダルそうな池田エライザふうの娘も、「カッコいいっしょ?」と言います。
母によれば、「これのせいで銭湯にもプールにも行けないんです」とのことですが、
聞けば、この温泉は“湯浴み着”を着るシステムのため、
いちおう見えないことにできるということで、時折訪れているとのこと。

しかし、また、それは、なんとも美しい和彫りでした。
母の背中に鎮座する虚空蔵菩薩は精妙で、手を合わせたくなるような出来だし、
華奢な娘の背中に描かれた鯉は丸々と太っていて生命力にあふれています。
なんというか、ついつい見入ってしまう、見事な刺青だったのです。

そこで私に湧き上がってきたのは、
なぜ、それのせいで銭湯にもプールにも行けないんだろうという疑問。
もちろん、それが銭湯やプールのルールだということは承知していますが、
なぜ、そういうルールがあるのでしょうか。
いや、たとえば伝染病とか極端に不潔とか、
お湯を汚すような方が入店されると困るだろうなとは思いますが、
刺青は、別に誰にも実害は与えないと思うのに、なぜダメなのでしょうか。

実は、銭湯は「公衆浴場」とも言われ、保健衛生上必要とされる施設だとされているため、基本的にはタトゥーが入っていても入場することが可能です。全国浴場組合によれば「刺青のある方もお断りしていない」とのこと。それ以外の施設(スーパー銭湯やプール等)では入場が断られていることがい多いのですが、上記の母娘はこれを混同したものでしょう。

後日、気になって調べてみたところ、
刺青の方が銭湯やプールで入店が制限されている理由は、
衛生面での懸念などではなく、怖い感じがするから、だそう。
いやいや、何年も前には北海道の温浴施設で、
マオリ族の女性がタトゥーを理由に入浴を拒否される問題も起きましたが、
マオリ族の女性が怖いはずはないので、
結局、「刺青イコール反社会勢力」というイメージの紐づけの問題ですよね。

多様性、認められていないじゃないか。

刺青が入っているだけで反社会勢力と決めつけて排除するというのは、
冒頭の多様性を認める社会という観点からすれば、明らかに逆行しています。
これって、一見、なんだか日本人的な気もするのですが、
いや、しかし、昭和の昔には刺青のある人も普通に銭湯にいましたし、
それこそ反社会的な生活をなさっている方もいたと思います。
そんなときは、むしろ一般の入浴客のほうが品行方正で、
トラブルは起きないばかりか、みんなルールを守っていたと記憶しています。

私が出会った和彫りの母娘は、本当に素敵な母娘だったのです。
どういう経緯で背中に和彫りを背負っているのかは知りませんが、
反社会的で怖い人というイメージは、話してみればすぐに吹き飛びます。
多様性って、個性を見ずにイメージで語れということではないはずですから、
SDGs とかサスティナブルとか、カッコいいこと言っていますが、
結局はベンダサン的な空気に流される日本。
多様性なんて受け入れる気はないってことですかね。

ポーズだけじゃなくて、
多様性を標榜するなら、
どんな人も受け入れるだけの度量がいるのだろう
と、
改めて思ったのでした。

[SE;KICHI]

今どきの息子

先日、長男が春から入学する高校の入学説明会に行ってきました。

その学校には駐車場がないため、
自家用車での来校はご遠慮くださいと事前に注意がありました。
悪天候と冬以外は自転車通学を予定しているため、
一度一緒に自転車で行ってみようかとも思ったのですが、
お恥ずかしいことに電車に一人で乗せたことがないうえ、
乗り継ぎもしなければいけないため、電車で行ってみることにしました。
最寄りの駅まで歩けば20~30分ほどでしょうが、
当日は曇り空でしたので最寄り駅までは自転車で行きました。

良かったです、電車に乗ってみて。
駅のホームで待っているときに、
どっちの方角からくる電車に乗るのかと聞かれましたから。
まるで学生時代の自分のようでした。
実は息子のかなりの方向音痴ぶりのエピソードがあるのですが、
それはまたの機会があればご紹介します。
かわいそうに、超方向音痴の私の血を濃く受け継いでいるようです。

さて、無事に電車の乗り継ぎもし、説明会に参加したわけですが、
当日の予報ではそんなこと聞いていませんでしたが、
説明会の途中に突如雷雨になってしまいました。
傘なんて持ってこなかったし、自転車もあるし、
帰る頃までに天候が落ちつけばいいなと思っていましたが、
校舎に打ちつける雨風はどんどんひどくなる一方でした。

終了時刻となりましたが相変わらず悪天候のままです。
ですが帰らねばなりません。
玄関には雨が落ちつくのを待っている親子で混雑していました。
「どうする?」と息子に聞くと、
「俺は折り畳み傘を持っているから大丈夫!」と傘を広げ始めました。
さっそく外へ出ようとする息子に、どう返事するかなと思いつつ聞いてみました。
「ねえ、お母さんも一緒にその傘に入れて行ってくれない?」
と。
昔の思春期男子を思い出してみると、
母親と一緒に歩くなんてとんでもないという男子ばかりでした。
でも息子は「おう、いいよ!」と二つ返事!!

なんか、今どきの男の子だなあと、
我が息子ながらに感心してしまいました。
そういえば、息子のお友達で、
お母さんと一緒にスーパーへ行く子も数名見かけたことがあります。
令和ならではなのでしょうか。

ただそこは我が息子、一緒に並んで歩いてくれてはいますが、
息子の傘は私の頭上の雨をよける位置にはありません。
やさしいながらもどこか抜けているところになんだか安心して、
思わず笑ってしまいました。
でも、息子と並んで一つ傘の下に入るなんて、もう無いことでしょう。
ちょっとうれしい思い出ができました。

ちなみに、電車を乗り継ぎ最寄り駅につく頃には雨が止んでいました。
高校生生活、いよいよ始まります。

[okei]

魅惑の・・・(10)

あらら、2020年は書いていませんでしたね。

「お釈迦さま」って、よく聞きますよね。
パンチパーマの仏像を見たらお釈迦さまだと思う人も多いのでしょうか、
仏さまの代名詞のような扱いになっているのが「お釈迦さま」です。

この「お釈迦さま」、正式には釈迦如来と呼びますが、
仏像のなかで、唯一、
実在した人物を表現しているのが、この釈迦如来です。

“如来”というのは「悟った人」というような意味で、役職名みたいなものですが、
“釈迦”のほうは、釈の字も迦の字も特に深い意味はなく、
シャカ族という、現在のインドとネパールの国境近くに住んでいた部族の名前を、
漢訳といって、わざわざ漢字で表現しただけのものです。
つまり、釈迦如来って、「シャカ族の悟った人」という意味になります。
そのネーミングだと該当者が何人いても大丈夫な感じもしますが、
具体的には、紀元前5世紀前後に実在していたシャカ族の皇子で、
ゴータマ・シッダールタ( गौतम सिद्धार्थ )という個人を指しています。

皇子なので、おそらく左うちわでの生活が保障されていたと思うのですが、
彼はなぜか求道家であり、王宮での酒池肉林に虚しさを感じて、
皇位も妻子も捨てて出奔したのでした。
そして、いろいろな仙人の弟子になったり、苦行林(という場所)で肉体行に励んだりして、
7年ほどの歳月をかけて修行して悟りを開いたのが、仏教の始まりで、
釈迦如来というのは、つまり、創始者を神格化したものというわけです。

その後、本人没後に、
「悟った人(“如来”)がひとりだけとか、おかしくね?」ということになり、
薬師如来やら阿弥陀如来やらの同僚が生み出され、
「あと、もう少しで悟れそうな後輩とかもいたほうがそれっぽくね?」から、
「じゃあさ、その後輩、変身が得意な設定とか、どうよ?」とか、
「どうせなら、もっとスケール大きい、宇宙神とか出そうぜ!」なんて、
脚本をいじってるうちに登場人物が増えたというのが、いまの仏教の世界観です。

よく、キン肉マンとか、魁!!男塾とか、もしかしたらドラゴンボールなども、
仏教の世界観に似ていると言われることがあります。
まぁ、たくさんの個性的なキャラクターが登場し、
それぞれの個性を生かして敵(仏教だと迷いとか執着)と対峙するという構造は、
たしかに似ている面もあるとは感じますが、
それよりも、おそらく、世界観を広げようとしたときに、
必要に応じてキャラクターを追加しつつ全体を統合しようとした手法が、
なんとなく仏教とそれらとの共通点なのかなという気がします。

さて、釈迦如来は、なにしろ実在の人物がモチーフですから、
キャラクター設定が多彩というか、緻密で、
生まれたての姿や苦行中のガリガリに痩せた姿から、
菩提樹の下で瞑想している姿や亡くなる直前で横になっている姿まで、
それはそれは、人生のさまざまなシーンを切り取られています。
それぞれのモチーフで仏像が作られるので、
如来の仏像としてはパターンの多い種といえると思います。

また、世界観拡大のなかで釈迦如来には弟子が登場しており、
左右に文殊菩薩と普賢菩薩を従えた三尊で作られることもあります。
それもまた、ヘルクラウダー + ベビークラウド みたいな感じで、
ドラゴンクエストを彷彿とさせます。
しかも、ビジュアル的にも、
文殊菩薩は獅子に乗っており、普賢菩薩はゾウに乗っているなど、
そのダイナミックな造像も魅力のひとつになっています。

最後に、オススメをご紹介しておきますね。

8年前にもチラッと紹介させていただいた、白鳳仏の蟹満寺(京都)
体内に布で作った内臓が収められ、生身仏として祀られてきた清涼寺(京都)
平安期の国宝・釈迦如来像を2体も有する室生寺(奈良)

それから、生まれたばかりの姿を表現している誕生仏を擁する東大寺(奈良)
厳しい修行でガリガリになった姿を表現した苦行像を祀っている建長寺(神奈川)
それから、亡くなる直前の寝そべった姿を表現した涅槃像を安置する法隆寺(奈良)

また、椅子に腰を下ろした白鳳期の像が特徴的な深大寺(東京)も有名ですし、
ちょっと前に紹介した飛鳥寺(奈良)の飛鳥大仏も釈迦如来ですね。

一生に一度くらいは
見ておいて損はないと思いますよ。


[SE;KICHI]
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