幸運を呼ぶ白澤サマ。
よく通っている教会の近くに、焼き物の専門店があります。
小さくて古くて、目立たない店なのですが、いかにも老舗といったたたずまいで、
まぁ、平たく言えば、どうにも入りにくい店です。
だいたい、店先にはベニヤで作られた手入れの悪いショーウインドーがあって、
埃をかぶった焼き物が雑に並べられているのですが、
それらの品につけられた薄汚れた値札を見ると、万単位は当たり前。
なかには百万単位の陶器まで平然と並べられており、
かねがね、そのショーウインドーを見るたび、
地味な焼き物と派手な値段のコントラストに、なんだか不思議な気分になった私です。
さて、先日、その焼き物屋の前を通り、何気なくショーウィンドーを眺めた私。
並んでいる茶色の焼き物のなか、隙間に小さな置物があるのに気づきました。
値札には『幸運を呼ぶ白澤』と書かれています。
白澤(はくたく)、ご存じでしょうか。
災難や病気を免れ、開運・昇進にご利益があるという霊獣で、
まぁ、要するに、麒麟とか鳳凰のような存在なのですが、
顔は人間の老人で胴体は牛。
頭には2本の角があり、眼が額にもう一つ、
さらに胴体の側面にも左右に眼が3つずつあるという、
なかなか衝撃のビジュアルなのですが、私はこの白澤に目がないのです。

http://pharmafrontier.blog44.fc2.com/blog-entry-432.html
さて、焼き物屋のショーウィンドーで出会った『幸運を呼ぶ白澤』。
見た瞬間に気持ちが動いて、手ごろならば手に入れたいと思ったのでした。
それに、なにより、いつもショーウィンドーを眺めていた老舗に、
初めて入店できるチャンスです。
こうして、私は張り切って、店の扉を開けたのでした。
店主は、ループタイをした物静かな老人でした。
私が「白澤を見たい」と頼むと、彼は穏やかにうなずいて、
ショーウィンドーへ白澤を取りに行きました。
その隙に、私は店内を見て回りました。
古い木造の棚に古い焼き物が並び、所狭しと壁を覆っており、
収まりきらない焼き物は台に乗せられて床に並んでいます。
なにしろ万単位は当たり前なのですから、
私は、並んだ焼き物に身体が触れないよう、
細心の注意を払いながら店内を見て回り、
緊張しながら店主のところまで戻って、仰天しました。
白澤は手の届かないショーウィンドーの奥に陳列されており、
おそらく、店主はそこに手を伸ばしたものの、届かないと悟ったのでしょう、
靴を脱いで、そろりそろりと焼き物の林に足を差し込んだところでした。
彼の足元に並ぶ品々は、だいたい高級品ばかりです。
もちろん、店主はこういう場面には慣れているんだろうし、大丈夫だとは思いつつ、
でも、やっぱり、彼が足元の焼き物を踏んだり、裾を引っかけて倒したりしたらと、
見ているこちらは気が気ではなく、息をのんで見守ります。
心臓に悪いので見ていられなかった私は、「あ、もう、いいですから」と言い、
店主も「そうですか、すいません」と、戻ってこようとした刹那、
事態は急展開を見せます。
結論から言うと、
彼が足元の焼き物を踏んだり、裾を引っかけて倒すようなことはありませんでした。
しかし、足元の焼き物を踏まないようにつま先立ちになった彼は、
戻る際にバランスを失ったのです。
彼は、とっさに、頭上に張り出していた飾り棚を掴んだのですが、
強固に固定されている構造ではない飾り棚は、あっさり倒れました。
飾り棚に乗っていた10点ほどの皿や壺は墜落し、
落下した場所に並べられていた何点かの花器に衝突し、
その結果、皿も壺も花器も、すべて、
いい音を立てて割れてしまったのでした。
あとに残ったのは、古いマンションが爆破された後のような、
ショーウィンドーいっぱいの瓦礫でした。
私の血の気が引いたことは言うまでもありません。
店主は飾り棚が倒れる寸前に白澤を手に取っていたようで、
慎重に私のもとに来ると、私にその白澤を手渡し、
ショーウィンドーの瓦礫を片付けるために戻っていきました。
瓦礫の合計額はいくらになるのでしょうか。
もちろん、私が弁償するような筋合いのものではないのですが、
申し訳ない気持ちでいっぱいになり、
私は、いま手渡された白澤を買ってあげなくてはと決心したのでした。
決心した私は、手のひらに載っている白澤を眺めました。
そこで、私は、声を上げるほどびっくりしました。
邪悪、なのです。
白澤は、もともとビジュアルが怖いものですが、
こいつは牙を剥いており、表情は凶暴な感じだし、爪も長くて攻撃性を感じます。
災難や病気を免れるというわりには、邪悪で怖いのです。
どうして、これが『幸運を呼ぶ白澤』なのか、とてもそうは思えない代物でした。
「これは……ダメだ。持ち帰れない」
そう感じた私は、本当に本当に申し訳ない気持ちになりながら、
店主に白澤を返しました。
彼は、穏やかにそれを受け取ったものの、
ショーウインドーは壊滅的な被害に見舞われているため、戻す場所もなく、
とりあえず、彼はその白澤をレジ奥の小棚に置きました。
気まずかった私は、そこまで確認して、逃げるように店を出たのでした。
『幸運を呼ぶ白澤』。
そうなのかもしれませんが、
少なくとも、私は、店主にとっては疫病神そのものでしょう。
いや、待てよ。
私は、あの牙を剥いた邪悪な白澤に惹かれてお店に入ったのでした。
その私が疫病神になったということは、
あの白澤が呼び込むものって、幸運ではなく……
後日、ショーウインドーはきれいに直されましたが、
白澤は、ショーウインドーには出てきません。
私には、再入店する勇気はありませんが、
きっと、まだレジ奥の小棚に置かれたままなのでしょう。
あの白澤の表情を思い出すにつけ、
物静かな店主の安寧が気になるところです。
[SE;KICHI]
小さくて古くて、目立たない店なのですが、いかにも老舗といったたたずまいで、
まぁ、平たく言えば、どうにも入りにくい店です。
だいたい、店先にはベニヤで作られた手入れの悪いショーウインドーがあって、
埃をかぶった焼き物が雑に並べられているのですが、
それらの品につけられた薄汚れた値札を見ると、万単位は当たり前。
なかには百万単位の陶器まで平然と並べられており、
かねがね、そのショーウインドーを見るたび、
地味な焼き物と派手な値段のコントラストに、なんだか不思議な気分になった私です。
さて、先日、その焼き物屋の前を通り、何気なくショーウィンドーを眺めた私。
並んでいる茶色の焼き物のなか、隙間に小さな置物があるのに気づきました。
値札には『幸運を呼ぶ白澤』と書かれています。
白澤(はくたく)、ご存じでしょうか。
災難や病気を免れ、開運・昇進にご利益があるという霊獣で、
まぁ、要するに、麒麟とか鳳凰のような存在なのですが、
顔は人間の老人で胴体は牛。
頭には2本の角があり、眼が額にもう一つ、
さらに胴体の側面にも左右に眼が3つずつあるという、
なかなか衝撃のビジュアルなのですが、私はこの白澤に目がないのです。

http://pharmafrontier.blog44.fc2.com/blog-entry-432.html
さて、焼き物屋のショーウィンドーで出会った『幸運を呼ぶ白澤』。
見た瞬間に気持ちが動いて、手ごろならば手に入れたいと思ったのでした。
それに、なにより、いつもショーウィンドーを眺めていた老舗に、
初めて入店できるチャンスです。
こうして、私は張り切って、店の扉を開けたのでした。
店主は、ループタイをした物静かな老人でした。
私が「白澤を見たい」と頼むと、彼は穏やかにうなずいて、
ショーウィンドーへ白澤を取りに行きました。
その隙に、私は店内を見て回りました。
古い木造の棚に古い焼き物が並び、所狭しと壁を覆っており、
収まりきらない焼き物は台に乗せられて床に並んでいます。
なにしろ万単位は当たり前なのですから、
私は、並んだ焼き物に身体が触れないよう、
細心の注意を払いながら店内を見て回り、
緊張しながら店主のところまで戻って、仰天しました。
白澤は手の届かないショーウィンドーの奥に陳列されており、
おそらく、店主はそこに手を伸ばしたものの、届かないと悟ったのでしょう、
靴を脱いで、そろりそろりと焼き物の林に足を差し込んだところでした。
彼の足元に並ぶ品々は、だいたい高級品ばかりです。
もちろん、店主はこういう場面には慣れているんだろうし、大丈夫だとは思いつつ、
でも、やっぱり、彼が足元の焼き物を踏んだり、裾を引っかけて倒したりしたらと、
見ているこちらは気が気ではなく、息をのんで見守ります。
心臓に悪いので見ていられなかった私は、「あ、もう、いいですから」と言い、
店主も「そうですか、すいません」と、戻ってこようとした刹那、
事態は急展開を見せます。
結論から言うと、
彼が足元の焼き物を踏んだり、裾を引っかけて倒すようなことはありませんでした。
しかし、足元の焼き物を踏まないようにつま先立ちになった彼は、
戻る際にバランスを失ったのです。
彼は、とっさに、頭上に張り出していた飾り棚を掴んだのですが、
強固に固定されている構造ではない飾り棚は、あっさり倒れました。
飾り棚に乗っていた10点ほどの皿や壺は墜落し、
落下した場所に並べられていた何点かの花器に衝突し、
その結果、皿も壺も花器も、すべて、
いい音を立てて割れてしまったのでした。
あとに残ったのは、古いマンションが爆破された後のような、
ショーウィンドーいっぱいの瓦礫でした。
私の血の気が引いたことは言うまでもありません。
店主は飾り棚が倒れる寸前に白澤を手に取っていたようで、
慎重に私のもとに来ると、私にその白澤を手渡し、
ショーウィンドーの瓦礫を片付けるために戻っていきました。
瓦礫の合計額はいくらになるのでしょうか。
もちろん、私が弁償するような筋合いのものではないのですが、
申し訳ない気持ちでいっぱいになり、
私は、いま手渡された白澤を買ってあげなくてはと決心したのでした。
決心した私は、手のひらに載っている白澤を眺めました。
そこで、私は、声を上げるほどびっくりしました。
邪悪、なのです。
白澤は、もともとビジュアルが怖いものですが、
こいつは牙を剥いており、表情は凶暴な感じだし、爪も長くて攻撃性を感じます。
災難や病気を免れるというわりには、邪悪で怖いのです。
どうして、これが『幸運を呼ぶ白澤』なのか、とてもそうは思えない代物でした。
「これは……ダメだ。持ち帰れない」
そう感じた私は、本当に本当に申し訳ない気持ちになりながら、
店主に白澤を返しました。
彼は、穏やかにそれを受け取ったものの、
ショーウインドーは壊滅的な被害に見舞われているため、戻す場所もなく、
とりあえず、彼はその白澤をレジ奥の小棚に置きました。
気まずかった私は、そこまで確認して、逃げるように店を出たのでした。
『幸運を呼ぶ白澤』。
そうなのかもしれませんが、
少なくとも、私は、店主にとっては疫病神そのものでしょう。
いや、待てよ。
私は、あの牙を剥いた邪悪な白澤に惹かれてお店に入ったのでした。
その私が疫病神になったということは、
あの白澤が呼び込むものって、幸運ではなく……
後日、ショーウインドーはきれいに直されましたが、
白澤は、ショーウインドーには出てきません。
私には、再入店する勇気はありませんが、
きっと、まだレジ奥の小棚に置かれたままなのでしょう。
あの白澤の表情を思い出すにつけ、
物静かな店主の安寧が気になるところです。
[SE;KICHI]
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