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WAKAさんからの頂きものからの

WAKAさんから時々袖の下と思われるお土産をいただきます♪(笑)
出張先や地元富山や途中のSAで買った物など、
各地の食べ物をいろいろいただきました。
その中で時々物凄くヒットするお土産があります。

その中の一部をご紹介します。
まずは、音羽堂の「加賀紫雲石」

「加賀紫雲石」 http://korekao.com/archives/632

こちら、きんつばのような見た目ですが、全く別物で、
軽い口当たりのあずきがとっても美味しいお菓子です。
これは富山から新潟へ来る際に、有磯海のSAにて、
ご自分で食べるために買ったのをおすそ分けで頂いたのですが、
あまりの美味しさに、富山の帰りや北陸方面に出かけた際には、
そのSAで買って帰るようになりました。
富山のSAですがよくみたら金沢のお菓子でした。
有磯海SAでは以前から坪川昆布の「上白とろろ」を買っていたので、
もう一品買って帰る物が増えました。

「上白とろろ」 https://tsubokawa.co.jp/SHOP/E02.html

お次は「ビーバー」です。

「ビーバー」 https://kanazawawalking.com/gourmet/beaver/

少し前に八村塁さんが火付け役となったようですが、
WAKAさんに教えてもらうまで知りませんでした。
頂いたのは白エビではなく、定番のビーバー。
昆布の旨味がいいです。
早速、富山の帰りに買って帰りました。
似たようなお菓子は新潟でもありますが、味は違います。
こちらも金沢のお菓子でしたけど、北陸では愛され歴史ある定番品のようですね。

お次は、味のりです。
徳島のお土産で頂きました。
こちらは同じ物のリピートではないのですが、この味のりをきっかけに、
我が家では新潟市内のスーパーで売っている各種の味のりを買う羽目になりました。
それも1パック500円前後するものを。
普段そんなに高い味のりを買ったことがなかったのですが、
食べ比べてみると味の違いがよく分かりました。
そんなある日、百貨店に用事を足しに行ったついでに食品売り場へ引っ張られました。
そこで運命の出会いが!!
それは、三國屋の「うみべのしおのり」です。

「うみべのしおのり」
https://www.e-marujo.co.jp/SHOP/7121.html

よくある味のりとは違って、オリーブオイルと塩のみの味付けとなっています。
これシンプルなんですが、めちゃ美味しくて何度もリピートしています。
思い切っていろいろ買って食べ比べをして良かったです。
この味のりは、ご飯のおともではなく、おつまみに丁度いい塩梅です♪
それもこれも、WAKAさんから頂いたお蔭です。
たくさんの美味しい物に出会うことができています!
いつもお心遣いありがとうございます。
袖の下は冗談ですからね。
そして、これからもよろしくお願いします!

最後に、旅行先で出会ったお気に入りです。
青森県おきな屋の「たわわ」と、
はなまんの「なかよし」「花こがね」

「たわわ」 「なかよし」「花こがね」
https://omiyagemairi.com/okinayatawawa/
https://hanaman.net/SHOP/830283/list.html
https://hanaman.net/SHOP/830286/list.html


りんごを使ったお菓子と、イカの珍味です。
近くにお出かけの際は、手に取ってみて下さい!

さて、先日購入したビーバーですが、
その量を見たWAKAさんに驚かれてしまいました。
近々、知人達におすそ分けする予定です!

でも、やっぱり白エビバージョンも一度はですよね。

[fu~ma]
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『 X+Y=LOVE 』

タイトルを見てピンときた方、古い方ですねぇ。
よく分からない人はお母さん……ではダメかもしれませんね、
おばあちゃんに聞いてみましょう。

さて、オスとメスはそれぞれ違う組み合わせの性染色体を持っているといいます。
学生時代の遺伝子工学の講義で習ったきりで記憶が曖昧なのですが、
そのパターンは、オスで XY、メスで XX なのだそうです。

ということは、生殖において、父親から X を、母親から X を受け継げば女児が、
父親から Y を、母親から X を受け継げば男児が生まれるということになりますが、
よくよく見れば、男児が生まれるために必要な Y は父親しか持っていないので、
Y は父親からしか受け継げないということになります。
逆に言えば、男児は父親から必ず Y を受け継ぐので、
父の X は受け継げません。
男児が受け継げる X は、必ず母からのものになります。

ところで、本当に記憶が曖昧なのですが、
染色体というのは、通常、同じものがそれぞれ2本ずつセットで存在します。
1本が父親由来、もう1本が母親由来で、2本で1セットなのですが、
これらは、時期が来ると互いに脚を絡め合い、
脚のパーツを入れ替えることが知られていて、
その「儀式」を終えると、染色体は別物に変わるわけです。

染色体の組み換え
https://www.pio-art-counseling.com/basic-knowledge-of-ivf/%E5%8D%B5%E5%AD%90%E3%81%AE%E8%B3%AA%E3%81%A8%E6%9F%93%E8%89%B2%E4%BD%93/

生物が、親からもらった形質を、そのまま分裂させ、
クローンのように増殖するようになっていないのは、
この「脚の組み換え」をしているから、と習った記憶があります。
つまり、この「脚の組み換え」により、染色体は別物に変わり、
祖先の遺伝子がそのまま継承されることがなくなるわけです。
たとえば、人間の女性の場合、性染色体 X を含めた染色体46本は、
同じもの同士23セット存在するわけですが、
それぞれ、相方と脚を絡め合っていて、
次に分裂する際には別構造になっているわけですから、
すなわち、人間の女性の場合、
性染色体 X を含めた染色体は次第に薄まっていくはずです。
まぁ、遺伝子が進化するというイメージです。

男性の場合には性染色体が XY となり同一ではないので、
同一の染色体は、女性より1少ない22セットということになります。
難しい話に聞こえるかもしれませんが、
男性の性染色体 XY は、女性の性染色体 XX と違って、
脚を絡め合う性質がなく、組み換えは起こらないため、
世代を経ても薄まらないのだと思ってくださればいいです。
このことは、性染色体 Y が、父から息子へ、そのまた息子へと、
男系で継承している限り、まったく薄まることがない
ということを意味しています。

皇位継承に関して、女性天皇や女系天皇を容認するか否か、
私にとっては意外なほどに賛否が出ているようですが、
皇統の歴史というのは、遺伝子的に言うならば、
オスしか持たない性染色体 Y を、
そのままの形で継承してきた歴史
ということになります。
つまり、極端な言い方をするなら、
神武天皇の Y 遺伝子を、今上天皇や秋篠宮殿下、
それに悠仁親王殿下が継承しているということになるわけです。

皇位継承はどうして男系で継承されてきたのでしょうか。
よもや、上記の遺伝子上の配慮に基づいてというわけはないでしょう。
しかし、私は、科学的説明など全くなかった時代に、
おそらく、先人たちが直感的に何かに気づいて、あらゆる手段を講じ、
結果的に男系男子による皇統を護ってきたのではないかという気がするのです。
だって、そうでなければ不自然なほど、
皇統は見事に男系で継承されてきていますもの。

いや、過去に女性天皇は10代(8人)が存在しました。
しかし、それは、以前にも少し触れましたが、
次の天皇が決まらなかったり、
次に天皇になるべき方が幼少過ぎて中継ぎが必要だったりと、
ピンチヒッター的に即位したものであって、
どの女性天皇も、未亡人だったり、生涯未婚だったり、
天皇として即位されてからは子を産むことがなかったため、
これまで女系天皇(女性天皇の子)は現れていません。

仮に、現代、皇室典範の改定などで女性天皇が成立したとして、
女性天皇に子を産むなとは言えないでしょうから、
おそらく女性天皇を認めれば女系天皇が登場するはずです。
性染色体 Y は父からの遺伝ですから、女系天皇登場の時点で、
皇統は神武天皇とは関係のない別の家系に切り替わることを意味します。
ちなみに、過去に多くの娘を宮中に送り込み、
「お世継ぎ出産合戦」を繰り広げて発言権確保に躍起になった藤原氏ですら、
息子を送り込んで皇位を簒奪しようとするようなことはありませんでした。
藤原氏も、自分の一族の性染色体 Y を皇室の性染色体 Y に上書きするなど、
それはやってよいことではないと分かっていたのでしょう。

私は、男系男子という、21世紀にしては前時代的で、
見ようによっては差別的に見えるような価値観に対しても、
このように先人たちが、科学的な根拠もない時代から、
察して護ってきたということに大きな意味があると思うのです。
そうやって、先人たちが苦労して護ってきたものを、
さしたる工夫もせずに私たちが放棄することって、
あってはならないような気がするのです。

[SE;KICHI]

あなたならどうしますか。

先日、娘と一緒に近所のショッピングセンターへ行きました。
目的の物を求めてうろうろしていると、
前方から「お母さん!」とただ事ではないような声が聞こえてきました。
目に入ってきたのは、数名が集まっていて、その足元には倒れている人の姿が。
誰かがその方に心臓マッサージをしていました。

こんなとき、
皆さんはどのような行動に出ますか。
その時の私の行動は・・・特に何もできない、でした。

とりあえずの頭の中は、
「どうしよう。救急車呼んだか聞いてきた方がいいのかな・・。
でも心臓マッサージしているから、きっともう呼んだよな。
どうしよう、私が行っても何もできない。
見に行くのも野次馬みたいでいやだな・・・。
でもこのまま立ち去るのもおかしいし・・・。
娘もいるしこんな時のお手本の行動をしなければいけない。
でもどうしたらいいの? どうしよう・・」

とにかく「どうしよう」がぐるぐる回っていました。

そのとき、小さなお子さん連れのお母さんがこちらに向かってきました。
「どなたか看護婦さんいらっしゃいませんか?」と聞かれました。
「いいえ」と答えて、
そうか!自分で何もできなくても声を掛ければいいのかと、
私もすぐに大きな声で、
「お医者さんか看護婦さんいらっしゃいませんか」と言いながら、
店内を移動し始めました。
何人にも振り返られましたが、残念ながら医療従事者の方はおられないようでした。
そうこうしている内に救急隊員の方が到着され、対応して下さり、
とりあえず安堵しました。

私は、最初に声をかけてきたお母さんがすごいなと思いました。
どうすればいいか分からず、ただ茫然としてしまった私とは大違いです。
自分が何もできなくても、助けを求めることはできます。
救急隊員の方が到着するまでの間に、
もし運よく医療従事者の方などがいれば、命を助けることができるかもしれません。

改めて、救命救急の講座などがあればぜひ受けるべきだと思いましたし、
仮に自分ができないにしても、AEDがどこにあるか確認しておいたり、
慌てず(←これが一番難しいのですが)
自分にできることを知っておくことが大事だと思いました。

[Okei]

融雪マットの整備支援

来る来ると言ってなかなか来ないのはポール・マッカートニーと沢田研二ですが、
富山に関して言えば、来る来ると言ってなかなか来ない寒波。
今シーズンは冬将軍すら避けて通っているかのような暖冬で、
いつ雪が降るのか、やきもきしながら備えているうちに春の気配です。

さて、突然ですが、弊社では『ソーヒーター』という融雪ヒーターを扱っています。
今シーズンは前述のとおり、いっこうに雪は降らなかったのですが、
いつもの年なら、経済活動に支障が出るほど降っている時季で、
そういうときに役に立つのが『ソーヒーター』

雪国以外の方には想像もつかないかもしれませんが、
雪というのは一夜にして大量に降ったりするものです。
弊社の Okei さんのように、むしろ除雪が好きという人もいることはいますが、
積もった雪をどかすのは結構な重労働で、寒いわ腰にくるわで、
たいていの人は除雪を煩わしいと感じているはず。
『ソーヒーター』というのは、降ってくる雪を素早く融かすゴム製マットで、
コンセントに刺して玄関先や通路、階段などに敷いておけば、
そもそも雪を積もらせないようにすることが可能なので、
腰に悪い除雪作業がいらなくなるという製品です。
特に身体がしんどい高齢者の方には朗報なのではないでしょうか。

ソーヒーターの設置事例
https://www.dogom.co.jp/items/heater/post.shtml

え、暖冬なのに、いま、なぜその話題?と思われたかもしれませんが、
実は、この『ソーヒーター』、今年から、
“富山市高齢者住宅玄関アプローチ融雪装置整備事業補助金”という、
寿限無のごとく長い名称の補助金の対象に指定していただいています。
これは、弊社が所在する富山市の政策として、
高齢者のみの世帯の方を対象に、
「除雪が大変だから融雪装置をつけよう」という方に、
その費用を助成しますというもの。

富山市高齢者住宅玄関アプローチ融雪装置整備事業補助金①

いや、まぁ、今年の富山は暖冬で、
別に融雪マットを敷いていなくても雪が積もることもないわけで、
この助成金、正直、なかなか利用が低調なようです。

しかし、しかしですよ。
確かに今年は暖冬で、買っても出番は少なそうな感じですが、
それよりも、この助成事業が来年も再来年もあるとは限りませんから、
少なくとも補助してもらえる今年のうちに買っておくのもよいのではないかと。
『ソーヒーター』はゴム製マットで、クルクル丸めて片づけることができますし、
そうやって片づけておいたって腐ったりすることはありませんから。

いかがでしょうか。
富山市在住の高齢者世帯の方、ご一考ください。

[AKA]

素敵な家紋

最近起業した私の知人の、新しく作った名刺のデザインは家紋。

こう見えて、家紋にちょっとだけ興味のある私、
その名刺を渡された瞬間、「いやん、素敵!」と、うっとり。

オリジナル家紋

最初、これを見た私は動揺しました。
というのも、私は、この家紋を見たことがなかったのです。
もちろん、家紋は1万種以上あるといわれていますから、
私もすべての家紋を把握できているわけではありませんが、
身近な知人が見せてくれた家紋を知らないという場面に、
ちょっとプライドが傷ついたというか、心が波立ったわけです。

しかし、変な家紋ですよね。
手前に配置されているのは木瓜紋。
瓜を輪切りにしたその断面を図案化したものといわれ、
日本の十大家紋にも数えられている有名な家紋です。
ところが、背後に見えているのは茗荷紋。
いわゆる、薬味などでおなじみの“ミョウガ”の図案で、
左右から立ち上がっていますから、これは“抱き茗荷”と呼ばれるデザインですね。

木瓜紋 茗荷紋  http://www.black-silk.com/gallery/cat37/

何が変かって、ふつう、家紋というものは、複数のデザインは混ざらないのです。
つまり、木瓜紋は木瓜紋、茗荷紋は茗荷紋であって、
木瓜紋と茗荷紋が一つの家紋に同居することはないわけです。
そういうことで、一目でこの家紋は変わっていると分かるわけですが、
そんな代わり種の家紋を、私は、見たことがなく、
「知らない家紋というものは、まだまだあるものだなぁ」と、
自分の不勉強を恥じたのでした。

そこで私は、その知人に、起業の祝辞もそこそこに質問しました。
ストレートに、「この家紋、何?」って。

種明かしをすれば、
実は、このような家紋は存在しないとのことでした。
つまり、オリジナル家紋。
なんだよ、「見たことない!」とショックを受けた私でしたが、
そもそも、自作なんだから見たことなくて当然。

では、なぜ、そんな自作の家紋を創ったのでしょうか。
その疑問に対する彼の回答が粋でした。
「今の自分が起業できたのは妻のおかげである。
妻と一緒に起業したということを記念して、
もともとの自分の家の家紋と妻の実家の家紋を重ねた」
と。
つまり、夫婦が一体である証としてこの家紋を創ったということです。

私はとても感心しました。
なんだか、家紋の原点を見たような気がしました。

いや、そもそも家紋とは、家系の独自性を示す固有の紋章です。
時折、夫婦別姓という民法上の規定への賛否が話題になりますが、
家紋も苗字と同じで、代々受け継いでいく性質のものです。
なので、婚姻時に夫婦で1文字ずつ出し合って新苗字を創ったりしないように、
家紋も、婚姻時に夫婦で実家の家紋を合成して新しく作ったりはしないのです。
そもそも、日本の婚姻が、
実質的に、嫁が夫の家に吸収される形で行われてきたことを考えても、
おそらく、伝統的に、夫の家の家紋のみ存続されるはずです。

つまり、家紋の原点を見たような気がしたとは言いながら、
実際のところ、夫と妻の家紋を対等な形で重ね合わせるという彼の意匠は、
実はぜんぜん日本的な価値観ではありません。
しかし、私はどういうわけか、家紋の原点を見たような気がするのです。
それは、たぶん、自分が起業できたのは妻のおかげであるという謙虚さが、
日本的な感覚に思えるからでしょう。

仮に夫の立場で考えてみたら、自分(夫)自身にも両親がいて、
多くの家の場合、父は自分と同じ家紋でしょうが、母の実家は違います。
そしてその一つ上の世代、父の父母、つまり自分の祖父母も、
おそらく祖父は自分と同じ家紋でしょうが、祖母の実家は違いますし、
母の父母、つまり母方の祖父母に至っては違っていて当然です。
(いや、まぁ、その世代以前は近親婚も多かったので、意外と家紋が一緒だったりするケースもあるでしょうが)
同じことは妻にも言えるわけで、そもそも妻の実家の家紋は自分とは違うし、
その家系も、折々に妻となる方が別の家紋の系統から流入することで存続していて、
なんというか、上流から、小川がいくつも流れ込んで大河となるようなイメージ。
いま、ここに存在する自分は、
いくつもの家紋の系統が無数に混ざり合っての賜物
なのだと、
そう考えたら感慨深いものです。

そういうのを、せめて夫と妻の実家の家紋だけでも、
対等な形で重ね合わせようとした彼の試みは、
どちらかというと西洋的で、日本的な感覚ではないにもかかわらず、
私は、とても良い取り組みだなぁと思いました。

妻のある男性は妻に、夫のある女性は夫に、
心から感謝をしたいものです。

それだけで不倫はずいぶんと減りそうです。

[SE;KICHI]

魅力の昭和~中森明菜②~

前回から時間が空きすぎてしまいました、すみません。
時代は令和になり、ますます昭和というものが遠くなっている気もしますが、
間違いなく今の時代を動かしている大半の方達は昭和生まれだと思いますので、
この内容にいささかの懐かしさみたいなのを感じて頂けるのではと思います。

中森明菜について私が最初に認知したのは少年の頃、
テレビ番組で80年代のヒット曲特集の流れだったとき。
1982年(昭和57年)~からは、
だいたい毎年レベルで彼女のヒット曲が映像で流れますよね。
(昭和○○年と言われますが、私たち平成生まれは西暦で教えられたせいか、そう言われても理解できず西暦に変換したりして落ち着きます。平成〇〇年でさえすぐには出てこない!)

中森明菜③
https://mt-j.info/nakamoriakina-genzai/

十戒やDESIREなんかは特に印象に残っていますが、
それを見た母親が隣で昔は可愛かったのにとか、
好き勝手わがまま放題になっていったとか、
なぜかあまりプラスなことを言わないもんですから、
なんとなくイメージが悪い人という印象でした。
(それに対し、親は松田聖子には同世代もあってか親しみがある印象をもっていたようです。)
そういった環境で生きていた私ですが、
私は、松田聖子の有名で一度は聞いたことがある曲があっても、
あまり印象に残らないというか、好きになれないと言いますか・・・。
その点、明るいイメージが多いの松田聖子より、
徐々にちょっと陰のある明菜ちゃんに傾倒したのだと思います。
(天真爛漫なクラスの人気者より、クラスの隅っこにいる、クールでミステリアスな人に惹かれてしまうあれですよ。)
まあそんな自分のどうでもよい前置きはここまで。
彼女の曲を通して魅力に迫っていきましょう!(笑)
(完全に個人の見解です。彼女についての詳細はWikipediaにもありますので是非そちらで。)

~初期編~(前半)

① スローモーション

言わずと知れた!と言いたいですが、彼女のデビュー曲ですよね。
1982年、伝説の「スター誕生!」を16歳で合格した時の曲です。
あの来生姉弟が最初に彼女のを(というか最初から)手がけたんです・・・!

スローモーション 
https://lovephoenix.typepad.jp/photos/ep/x_1.html
https://www.youtube.com/watch?v=Nita7HADKXM


どうです!?
まずジャケットからしてそうですが、
その後の明菜ちゃんでは考えられないというか、透明感といいますか、
あどけなさが残る可愛らしさですよね。
まだ思春期ゆえかふっくらしてるし、聖子ちゃんカットも相まって、
いかにもこの時代って感じです。
残念ながらヒット曲とはいきませんでしたが、
この後正統派アイドル路線とツッパリ路線を交互に送り出していくうえで、
低い曲調が多い彼女の中で全曲通してキーが高いのは、おそらくこれだけです。
まさに今聞いても信じられないほど新鮮で、重要な原点であると言えます。

② 少女A

これこそ言わずと知れた!と言える曲ですね。
彼女が最初にヒットを飛ばした初期の代表曲で、
このセカンドシングルから彼女の快進撃が始まりました。

少女A
https://lovephoenix.typepad.jp/photos/ep/x_3.html
https://www.youtube.com/watch?v=7YXcKpJvR1k


まだまだ可愛らしいです!
が、これが今日の陰のある中森明菜像を作った最初であり、
ツッパリ路線のスタート。
ブリっ子松田聖子とは正反対、この時点で違いが明らかです。
(歌詞の内容も時代背景を基にしているそうです。)
これはベストテンなどでも紹介されている通り、
発売から徐々に成績を伸ばしていき、
彼女の知名度を大きく高めるのに貢献しています。
またデビュー曲が振るわなかったことから、
積極的に地方に興行へ出向いたことも功を奏し、
今以上に影響が大きかったテレビ出演という露出も、
ここから始まっていきます。
それはまだ芸能界に残っていた、百恵ちゃん(山口百恵)系統復活といいますか、
第2の百恵ちゃんとまで囃されるほどの騒ぎでした。
間違いなく彼女を語る上で絶対に外せない名曲でしょう。
(失礼ながら私、初めて聞いた時は、声というかトーンが低いので何を言っているのか分かりませんでした。笑)

③ セカンド・ラブ

ここで正統派アイドル路線に戻した、バラード調の曲です。
来生姉弟がまた手がけたこの曲、
何といっても切ない歌詞とメロディーが良き。
そして中森明菜本人の表現力が相まって、素晴らしい情緒感を醸し出しています。

セカンド・ラブ
https://lovephoenix.typepad.jp/photos/ep/x_5.html
https://www.youtube.com/watch?v=LoDK0m8BVp8


サードシングルにして、
実は彼女の最大ヒットシングル曲なのです!
(後年の印象的な名曲は様々ありますが、この曲が一番売れています。)
有名な話ですがこの映像の裏話として、ほとんどカメラワークが動かないのは、
明菜ちゃんにカメラマンが見惚れて、仕事を忘れちゃっていたからだそうです。
(まあ可愛らしい弱冠17歳が、こんなにも情緒を込めて歌うんですもんね、そら好きになるわな。)
今ここまでできるアイドルがいるでしょうか?と問いたくなります。

全部書いてると止まりません!笑
長くなってしまいますので、少し端折っていきますね。

④ 1/2の神話

今度はまたツッパリ路線に一気に戻します。
ギターのノイジーなイントロが印象的なロック調の曲です。

1-2の神話
https://lovephoenix.typepad.jp/photos/ep/x_7.html
https://www.youtube.com/watch?v=_ah84LEfl_o


セカンドシングルでも見せた雰囲気を残しつつ、技術面で確実に成長を見せています。
(映像で見る目線とか・・・もです。)
何よりも歌詞が印象的です。
いい加減にして~!とかこんな口調の歌をアイドルが歌うんだ・・・と思いました。
実は結構売れているんです。

⑤ トワイライト-夕暮れ便り-

来生姉弟三度現る、正統派アイドル路線です。
ここらへんでこの流れが定着しましたし、
バラード3作目ともあり、完成度がグッと増しています。

トワイライト-夕暮れ便り-
https://lovephoenix.typepad.jp/photos/ep/x_2.html
https://www.youtube.com/watch?v=TVspenxgewE


ピアノのイントロと彼女の儚げな歌声が美しい、
夕暮れの情景がすぐに浮かんでくるバラードです。

~中期編~(前半)

⑥ 禁区

出ました!あのミッツマングローブも大好きだという曲。
彼(彼女?)、この曲で明菜ちゃんが着ていた衣装を模した召し物を着て、
完璧なモノマネダンスを披露していたのはびっくりしました。笑
歌詞もよく考えられてるし、ダンスはやっぱり印象的。
この曲でついに紅白歌合戦も出場しています。
(うちの叔母さんも幼い頃テレビの前で真似して踊っていたそうです。)

禁区
https://www.youtube.com/watch?v=tQ8oNWZGV7M

6作目もやはりツッパリ路線なのですが、
何となくこの辺からアイドルを一歩進んでアーティストに近づいてきます。
この曲、華の18歳の明菜ちゃんを語るうえでは外せませんね!
やっぱり文句なしのヒット曲です。

⑦ 北ウイング

私自身、とても思い入れのあると言いますか、大好きな曲です。
(珍しく私の母も好きだったそうです。これは意外!)
曲名の北ウイングとは、成田空港にある第1ターミナルを指します。
歌詞にも出てきますが、これは空港の歌ではなく、
愛する人の元へここから旅立つ女性の心を、
何とも切なく、かつ秀逸な歌詞と絶妙なメロディーで歌い上げています。

北ウイング
https://lovephoenix.typepad.jp/photos/ep/x_6.html
https://www.youtube.com/watch?v=0nB4Xtm3us4


“Love Is The Mystery”という印象的なフレーズも頭に残ります。
一昨年、沖縄県に行く機会がありましたが、夜間に機中から見下ろす景色を見ながら、
私の頭の中にはずっとこの曲が流れていました。
(空への曲は様々イメージされますが、私は断然これです。)
まとめて言うと、どこから見ても何とも言えないほどに素晴らしい。
そう思える曲です。
当然、ヒット曲です!

⑧ サザン・ウインド

脂が乗りきっているとは言うにはまだ早い気がしますが、
この頃から人気は不動で盤石なものへとなっていったことが、
記録や映像、そして記憶からも明らかでしょう。
作詞が来生えつこ、そして皆さんご存知玉置浩二がここで作曲として登場してきます。

サザン・ウインド
https://lovephoenix.typepad.jp/photos/ep/x_8.html
https://www.youtube.com/watch?v=Mw4ol8Xdab0


この後、著名なアーティストらと組んで絶頂期を迎えていきますが、
この曲から始まっていくと思えてなりません。
曲自体は爽快感のある曲調で、南国の風がイメージされる雰囲気でしょうか。
弊社SE;KICHIさんも好きな曲だそうで、
この曲を聴くとどこかへ出かけたくなるそうです。
その気持ち、分かります!

⑨ 十戒(1984)

先述もした、私の中森明菜像のイメージのひとつにある曲です。
1984年10月10日発売です!笑
いわゆるツッパリ路線の集大成となる、
転換期の曲であることは間違いありません。
(声が低すぎて何を言っているのか分からない曲としてはDESIRE以上ですね。)

十戒 https://lovephoenix.typepad.jp/photos/ep/x_9.html
https://www.youtube.com/watch?v=G5niOtoOKwc


低音であからさまにイントロから攻めてますよね~
歌詞も文句なしのツッパリ全開です。
愚図とか発破かけたげるとか、暴言に等しいですから、こんな曲他にありません。
それを彼女は嫌味なく魅力的に表現し、見事自分のモノにしました。
作詞者は自分のシナリオ以上のモノにしてくれたと絶賛したそうです。
まるで山口百恵のように・・・。
(十戒とは旧約聖書に出てくるモーセの十戒という戒律みたいなものらしいですが、このタイトルの意義は、女性からの相手へ守ってほしい強いメッセージを意味するそうです。)
今聞いても色褪せていない名曲ですね。
彼女の中期における最高傑作と言っても良いかもしれません。
ここへきて、記憶にも残るヒット曲を送り出した、歴史を作っています。

今回はここまでです。
次回以降、ここからが頂点を極めていく彼女の時代です。
~続く~

[K.K]

飛鳥の執念⑪ ~悲劇の皇子

孝徳天皇という人物について、以前、さらりとスルーしましたが、
その子である有間皇子は悲劇の皇子として有名です。

645年、女帝・皇極天皇は息子である中大兄皇子に皇位を譲ろうとしましたが、
中大兄皇子は辞退して、皇極天皇の弟・軽皇子を推薦しました。
これが孝徳天皇で、大胆な政治改革を断行した天皇だったと言われています。
その孝徳天皇の息子が有間皇子、次期天皇を担う存在でした。
おそらく有間皇子本人も、天皇に即位する意思を持っていたと思いますが、
父である孝徳天皇と、影の権力者だった中大兄皇子の関係が悪化したことで、
有間皇子の状況は危ういものになってしまいます。

653年、孝徳天皇と対立した中大兄皇子は、
孝徳天皇の治める難波宮を捨て、かつて都だった飛鳥へ帰ってしまいました。
しかも、母(先帝・皇極天皇)や妹(間人皇女)を連れて。
この、先帝・皇極天皇というのは、孝徳天皇にとっては実の姉ですし、
間人皇女というのは、孝徳天皇にとっての妻でした。
つまり、孝徳天皇にしてみれば、姉ばかりか妻までも、
自分を捨てて中大兄皇子について行ってしまったという屈辱。
翌654年、妻にも見放されて独りぼっちの孝徳天皇は無念の死を遂げます。
間人皇女は実兄である中大兄皇子と近親相姦の関係にあったと言われていますので、
孝徳天皇、浮かばれません。

さらに翌年の655年、中大兄皇子の母である皇極天皇が斉明天皇として再登板します。
斉明天皇は、当然、次の天皇は自らの息子である中大兄皇子だと考えますが、
そのライバルになるのが、先帝・孝徳天皇の息子である有間皇子なのでした。

当時は、皇子たちはお互いにライバル同士で、
邪魔な皇子たちは謀略によって次々と消される運命にありました。
孝徳天皇死後、後ろ盾を失った有間皇子は身の危険を感じたのでしょう、
中大兄皇子にあらぬ嫌疑をかけられぬよう、狂人を装いました。
なにしろ中大兄皇子は乙巳の変を首謀した男、油断は禁物です。
以前、昼間から酒を飲んでゴロゴロしていて粛清を免れた白壁王の話を書きましたが、
この、無能な振りをして相手の警戒心を解くという手法、
その時代にはスタンダードだったのかもしれません。

さて、その白壁王は、無能を装って、のちに光仁天皇として即位しますが、
こちらの、狂人を装った有間皇子はどうなったのでしょうか。

それは、658年のことでした。
ある日、斉明天皇は中大兄皇子らと温泉へと出かけ、都を留守にしたわけです。
留守役には、蘇我馬子の孫で、蘇我赤兄という人物が任されていましたが、
その蘇我赤兄、天皇不在中に有間皇子へ急接近します。
蘇我赤兄は、有間皇子を前に斉明天皇や中大兄皇子を批判し、
「実は自分はあなたの味方である」と告げました。
これに有間皇子は大いに喜んでしまい、意気投合。
狂人キャラをすっかり忘れ、
斉明天皇と中大兄皇子を打倒するという自らの意思を口走ったわけです。

お気づきでしょうが、これはワナ。
蘇我赤兄は中大兄皇子が放った刺客で、これは中大兄皇子の仕込みでした。
そうとは知らず、有間皇子は蘇我赤兄を盟友と信じ込み、
「中大兄皇子、やっつけるぞー! オー!」なんつって、
そそのかされるままに挙兵の構想を練り、皇位簒奪の準備を進めたのでしたが、
突如、蘇我赤兄が、湯治先の中大兄皇子に、
「天皇不在の都で有間皇子が謀反の企みをしております!」と密告したため、
皇位簒奪計画が露見してしまうのです。
なんか、こう、2時間ドラマ的というか、
美人局に引っかかったような感じですね。

父の孝徳天皇が崩御して以来、
ライバル・中大兄皇子が失脚の機会を虎視眈々と狙っているなか、
悔しい気持ちなどもあったでしょうが、迂闊に他人を信用することもできず、
自分を胸の内をひた隠しにしてきたというのに、
有間皇子、ここにきて油断してしまったということでしょう。
それほど、彼にとって蘇我赤兄が心を許せる盟友に見えたということでしょう。
やっと理解者が現れたと思った次の瞬間に裏切られた気持ちは、
察するに余りあります。

有間皇子は即座に捕らえられ、中大兄皇子のいる温泉地へと連行されます。
温泉地に連行される途中、松の木が目に入った有間皇子は、
有名な辞世の一句を詠みました。

磐代の 浜松が枝を 引き結び 真幸くあらば また還り見ん

「浜にある松の枝を結んで願を掛けつつ、
もし私に幸運があるなら、またこの枝を見たいものだ」という、
どうせダメだろうけどという、諦念を感じさせる切ない歌です。

いや、しかし、有間皇子は、3日後に再びその松の枝を見ることができました。
が、それは処刑地に護送されるためにそこを通ったから。
温泉地で中大兄皇子に執拗に尋問された有間皇子は、
その日、絞首刑に処せられました。
有間皇子が蘇我赤兄と出会ってからわずか1週間後のことでした。
いまなら、大きな箱に隠れてレバノンに出国とか、
逃げる方法もあるのかもしれませんが、
当時は目をつけられたら、終わり。
享年19。
有間皇子、やはり悲劇の皇子ですね。

このとき、中大兄皇子はすでに32歳でしたから、
別に殺さなくても、そこまでの脅威ではなかったと私は思うのですが、
そう考える私は甘すぎるのでしょうか。
なお、斉明天皇の次に天智天皇として即位した中大兄皇子でしたが、
その崩御後にも、実弟の大海人皇子と実子の大友皇子との間で、
古代日本最大の内乱と言われる『壬申の乱』が勃発しますから、
歴史は繰り返すということでしょう。

なお、どうでもよいことですが、弊社の Okei さん(文学部卒)に、
「中大兄皇子って知ってる?」って聞いてみたところ、
「中臣鎌足と闘った人?」って言っていました。
そんなもんです。

[SE;KICHI]

異常が多すぎて正常? 宣伝させて下さい。

ここ数年は毎年のように異常気象と言われております。
急な冷え込みがくれば別ですが、この冬は暖冬になると思われます。
私個人としては、寒いより暖かい方が過ごしやすく好きです。
多くの方がそう思われていることと思います。
ただ当然ではありますがデメリットも多くありますよね。

日本は四季が感じられやすく、またそれが素敵なことだと思います。
私は昔から当たり前のようにその四季を過ごしているので、
その綺麗さに気付きませんでした。
「こんなにも雪の少ない新潟は初めてだ」という勢いです。
やっぱり深々と降る雪は綺麗だと感じます。
雪の降らない地域であっても、
その土地それぞれで冬を感じる部分はあると思いますが、
私の場合、新潟の冬と言えば雪のイメージです。
まず個人の直感として、
この綺麗さを感じることができないということがデメリットです。

経済面としてもデメリットがあります。
すぐに私でも感づいたのがレジャーと農作物です。
スキーなどのウインタースポーツは自然雪で楽しめず、客足が少なくなります。
果物などはゆっくり育てたいものでも暖かいため、
平年より品質などに影響が出ると思われます。
農作物に関しては、次の年の収穫にも大きく影響があるため、
この冬だけの問題ではないという部分が非常に辛いところです。

このように一つ二つ問題点が出ると、
他の多くにも影響が出てくるのが怖いところであります。
レジャーが繁栄しなくなると、宿泊施設、外食、
スキーの場合はスキーウェア等の売れ行きが悪くなるなど、
様々な影響が出てきます。
まるでドミノみたいです。
これは経済面では非常にデメリットとなります。

反面、雪が降ればいいのかというと、そうとは言えないのが難しいところです。
交通が麻痺してしまう、水道管の凍結、停電、
わかりやすく生活の危機に直結する問題となります。

冒頭で異常気象と言いましたが、自然というものはあまりにも巨大で、
私たちが想定もしていないことが起きるのが正常なのかもしれません。
大きな災害は暖冬とは比べものにならない被害が起きます。
災害はなくなって欲しいですが、
コントロールできないからこそ、
自然の美しさがあるとも感じます。


えー、話が若干ずれてしまいましたので戻します 笑

実は暖冬の影響なのですが私も仕事上で感じております。
このようなことをブログに書いていいものか分かりませんが・・・
弊社は電気ヒーターを扱っております。
用途は製品作りをするための温度保持をするプロセス保温、
水道管等の凍結防止がメインとなります。
プロセス保温に関しては夏でも使うことが多くあります。
しかし、凍結防止用途になると、
当たり前ですが凍らないと使わないんですよね・・・

「冬になったらヒーターお願いすると思いますよ」とお話ししていたお客様も、
いざ冬になったら、「今年は凍らないねー 笑」と言ってました。
もちろん場所にもよりますが、
今冬、新潟の多くは水道管の凍結はほとんどないかなと思います。
うーん、このあたりのことを考えると暖かいほうが良くても微妙な気分です 笑

しかし、お客様からすれば、
凍結防止の心配をする必要がないということはメリットです。
取付の手間もありませんし、電気ヒーターなので電気代も掛かりませんしね!
(書けば書く程、微妙な気分になってくるのでこのへんで・・・)

ここで少し宣伝させて下さい!
電気代といえば今は電力の自由化となっている時代です。
「電気代が高いな」と思っている方がいらっしゃったら、
是非、弊社にご連絡下さい。
新しい電力会社に変えることによって電気代が安くなる可能性が高いです。

電力自由化推進①
電力自由化推進②

弊社も電力自由化の代理店として新しく参入しました。
御不安な方も多くいることと思われますが、
電気には「質」というものがないので、お気軽に御連絡下さい。
弊社も電力会社を変えています。
私の本当に個人的な意見は、家だったらauでんきがいいなー、auユーザーなので 笑

なんだか色々と書いてきてまとまりがつきませんが、
暖冬でも気を抜かず体調管理しましょう。
私も最近マスクくらいした方がいいのでは、と思っております。
なんせ風邪引かないので完全に油断しております 笑

では残りの冬を楽しみましょう!

[SYUN]

一網打尽願望……結局は貧乏性

学生時代の先輩に、自室に風呂がない安アパートに住んで、
かといって金欠のためになかなか銭湯などにも行けず、
日常的に入浴はできないのだという人がおりました。
人体というものは、だいたい4~5日も入浴せずにいると、
髪が油っぽい感じに見えるとか、なんとなく匂うような気がするとか、
控えめに言っても不潔な感じに見えてしまうものです。
彼は、半月も入浴しないこともザラにあったのですが、
そうなると、通っている雀荘から匂うから帰ってくれと言われたり、
乗ったバスでは混んでいても彼を中心に人がいなくなったり、
少し不潔とかいう次元ではなく、あからさまに汚い感じになるものだそうです。

なぜ、そういうバカなことをしていたのかと聞けば、
最初は、確かに、自室に風呂もなければカネもないからという、
よんどころない事情だったそうですが、
途中からは、いつかせっかく風呂に入るとき、
すべての汚れを脱ぎ捨てて新しい自分に新生するのだ!という、
妙な妄想に取りつかれてしまい、
むしろ、あらかじめ存分に汚しておいたほうが、
すべての汚れを脱ぎ捨てる際に快感なのではないかと思って、
もう、やめるにやめれなかったとのこと。
現在は誰もに名を知られる上場企業で管理職をしている立派な彼は、
「あの頃はどうかしていたね」と言います。

ちなみに、満を持して入浴した風呂。
彼は自室に風呂がないので、とある後輩の部屋が犠牲になりました。
いやあ、実際に私が彼の入浴シーンを見たわけではないのですが、
浴室を提供した後輩によれば、、
人間の身体に、こんなにもたくさんの汚れがついていることがあるのだと、
変に感心してしまうほど、浴槽の湯が変色したそうですし、
入浴後の浴室から悪臭を抜くのに2日くらい換気扇を回しっぱなしだったと聞きました。

……何の話か見失いましたが、
私は、この、「どうせやるなら……じゃないと」という思考は、
あまり良い結果を生まぬと思うのです。

いや、たぶん、みんなに、
“一網打尽にしたい欲求”というのがあるのではないかと思うのです。
いや、それはみんなにあるんじゃないかと思ってるのですが、
どうせやるのでしょうなら、まとめてやっちゃいたいっていう、
一見すると合理主義っぽい、アレです。

たとえば、みなさんも、虫歯の治療というわけではなく、
歯垢除去などのメンテナンスのために定期的に歯医者さんに行くでしょう。
その費用って、だいたい、毎回定額だと思うのですが、
その金額を支払えば、
そんなに汚れていなくても、もしくは、すごく汚れていたとしても、
おおむね、毎回同じレベルにまできれいにしてくれますよね。
そういうときに、私は思うわけです。
金額が一緒なら、汚いほうが得じゃね?って。

たとえば、みなさんも、別に致命的なケガをしたわけではなくても、
整体とかエステとか、定期的に肉体のメンテナンスに行くでしょう。
それも、やっぱり、だいたい定額になっていると思うのですが、
骨格があまり歪んでいなかったとしても、はたまた、ガタガタに歪んでいたとしても、
その規定の施術料金さえ支払えば、
だいたい日常生活に支障のないレベルにまで整えてくれますよね。
そういうときに、またしても、私は思うわけです。
金額が一緒なら、歪んでたほうが得じゃね?って。

ちょっと貧乏くさい話になってきて、恐縮です 笑
が、そんなに悪化していないものをチョイチョイっとされて費用を請求されるのと、
かなり深刻な状況のものを熱心に手を入れてもらって費用を請求されるのと、
金額が同じなら、後者のほうがありがたみがあるというものでしょう。
まぁ、感覚的なものですが、少なくとも私はそうです。

もちろん、だからと言って、わざと歯を磨かずに歯医者に行ったり、
わざわざ腰などを痛めてから整体に行ったりということはありません。
それでなくても歯医者さんというのはなかなか褒めてくれないものですが、
そんな汚い歯で行ったら何を言われるか、想像しただけでげんなりしますし、
整体に至っては、あまりに腰を痛めてしまうと、
その施術では治せないようなレベルかもしれず、リスキーです。

そうです、この感覚は間違っているのです。
本当に一網打尽がよければ、そもそも歯垢除去になど行かず、
歯垢を貯めまくって、虫歯になってから行けばよいのです。
整体も、細かく定期的なメンテナンスなどに通わず、
足腰が立たなくなってからバキッと治してもらえばいいのです。
ただ、それだと大変だし、
そもそも、結果的に治療費がかさむ可能性が高いので、
意味があるのかどうか、よく分からぬと思いつつ、
みんな、歯垢除去や定期メンテに通っているわけです。

ただ、この一網打尽を望む感覚は、
多かれ少なかれ、みなさんにもあるのではないでしょうか。
ほら、せっかくアカスリに行ったら、
自分の身から出たアカを見て、「おわぁ〜」とか、驚いてみたくないですか。
あんまりアカが出なかったらがっかりすることでしょう。

いずれにせよ、「どうせやるなら……じゃないと」という感覚が、
日本中のそこここに蔓延しているせいで、
歯垢除去にしろ骨盤矯正にしろアカスリにしろ、
定期メンテナンスを怠る者があとを絶たないわけで、
結果的に医療費高騰などの社会的課題を引き起こしていると思うのです。

結局、日本人の特性なのかもしれませんが、
このブログに何度も登場している山本七平よろしく、
人々の「どうせやるなら……じゃないと」などという、
薄く広がっている貧乏性が、なんとなく妙な価値観を作っている気がします。

[SE;KICHI]
プロフィール

kkseishin

Author:kkseishin
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〒950-1142
新潟県新潟市江南区楚川甲619番地6号
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