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免許更新、5年間の変化

先日、運転免許の更新の為に免許センターへ行ってきました。
今回の更新では非常に残念なことに、
ゴールド免許から1段階落ちる結果となりました。
(恥ずかしながら高速道路を走行中スピード違反で一度捕まったのが原因です)
それは事前に分かっていたことなので覚悟の上でしたが、
更新にあたり心配な部分がありました。
それは視力です・・・

以前から視力検査の際に、昔より全然見えなくなったなぁ感じていました。
実際に視力は低下傾向にあり、運転も夜間は目が疲れやすく感じます。
高速道路でトンネルが多い場合もけっこうしんどいです。
自らでも実感していた部分だったので前回の免許更新から5年後の今回。
さぁ!いざ視力検査!
(ちなみに言い忘れていましたが、前回の更新時は車の運転は一応裸眼でできる判定でした)

 係員「これ見えますかー?」
 私  「うーん、こっちの方向かな」
 係員「えーと、これは?」
 私  「わかりません」

こんなやりとりを3回ほどやっただけですが、
視力が出ないので別部屋での検査をすると誘導される。
・・・ショックだった。

別部屋には私以外にもお一人いた。
なんか大型免許とか係員の方に言われていた。
普通免許と大型では視力の判定に差があるのかな?と思ったが、
そんなこと気にしている場合ではなかった。
別部屋での検査の結果は、今回も裸眼で運転できる判定となりました。
しかし、非常にアウトに近いセーフでした。
最後のほうに検査されている部分が見えていなかったら、
眼鏡を買ってきてもらい再検査になると言われた。
それを聞いた時点でアウトだなと思った。
最後のほうに検査されている部分は、
なんとかこっちの方向っぽいかなぁと思って答えていたからである。

これは少し話がずれますが、
私が行った視力検査は丸い形のものに、上下左右いずれかに穴が開いているものです。
その開いている方向を答えるというもの。

ランドルト環
https://www.nidek.co.jp/visitor_general/eyestory/entry-2440.html

皆さんも御存じのごく一般的なものです。
私、人生であの形式の視力検査しか受けたことがないのです。
専門的なところに行けば他の形式もあるとは思うのですが、
全然詳しくなくてすみません。
あの形式だけで視力検査をするのって無理があるような気もします。
単純に4択ですもんね。
実際には見えてなくても、
答えた方向が運良く何回も正解すればいい結果になりますよね 笑
大事な運転免許の更新でそれでは甘いかなと・・・。
せめて4方向以外に、
「あいうえお」とか「ABCDE」とかいろんな文字を組み込むとか。
選択肢が増えればより確実になると思います。
今回の検査をなんとか乗り越えた私に言われたくはないでしょうが 笑 

最近は車の事故のニュースを非常に多く見ます。
しかも死亡事故となっているニュースがしょっちゅうです。
まだ幼い子供や若い方が亡くなっています。
高齢者の運転による事故が割合としては多いとのことですが、
車を運転する機会が多い分、
他人事とは思わずに運転には一層気を付けようと思いました。
今回の免許更新をしたうえで、
近々、眼鏡を購入しようと思いました。
実は眼鏡は以前から憧れていたのでそこまで抵抗はありません。


皆さんも車の運転にはお気を付け下さい。
巻き込まれることもあるので、歩行者側で青信号だとしても、
周囲の確認をしっかり行いましょう。
私はこのブログを出先で書いているのですが、
書き始めは薄暗い程度でしたが、今はすっかり真っ暗になりました。
夜間で疲れが出やすいから、気を付けてゆっくり帰ろう・・・。

ちなみに後続車が危険と感じた時の私なりの回避の仕方もあります。
それは大した技でもないですし、
長くなりましたので今回はここで締めたいと思います。
それではまた次回も宜しくお願いします。

[SYUN]
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おおっ、なんか効率的……か?

以前、路線バスが好きだみたいな話を書いたことがあったと思います。
路線バス好きといってもいろいろあって、
私の場合、太川陽介的な乗り継ぎの旅も嫌いではないのですが、
体力にはすこぶる自信がないため、
目的地までバスだけで行くような無謀な挑戦はしません。

私は、路線バスのなかでも、路線の設定のようなことが好きです。
そもそも、私は自然物には心が動かされにくいたちですが、
逆に人間が作ったものが好きで興味があるタイプです。
路線設定というのは、新幹線にしろ特急列車にしろ路線バスにしろ、
多分に人間の意図が色濃く働いているように思うので、
なんのつもりでそういう設定にしたのか、そういう面から強く惹かれます。
路線バスというのは、その名の通り、「路線」が重要なわけで、
えっ、こんな狭いところを通るのかとか、こんな妙なところを経由するのかとか、
そのロケーションと、それを通した経緯などに面白みを感じるわけです。

そこから派生して、バスの停留所周りの設備を見るのも好きです。
最近、それなりに流行っている“秘境駅へ行こう!”みたいなのもそうですが、
バスの停留所周りの設備も、いまとなっては過剰な設備であることが多く、
往時の隆盛を偲びつつ、現在のわびしい感じを観察したりしています。

さて、田舎のバス停というのは、
1本柱の上部に丸い看板がついた、マニア的にシングルタイプと呼ぶスタイルが主流で、
そうですね、だいたい 35,000円ほどのものです。
これは、最も安価なバス停標識と言えるでしょう。
しかし、たかだか 35,000円といえど、地方の零細バス会社には厳しいのか、
山間部などでは、上り線と下り線で1基を共有していたりするケースもあります。
そういう場合、その1基だけのバス停が立つところにバスが停まるのはもちろんですが、
反対方向行きは、向かい側の何もない場所に立っていると、
バスが停まってくれたりします。
まぁ、35,000円とはいえ、停留所の数だけ上下線分のバス停を用意するのは、
なかなか大変なのでしょう。

そこで見つけたのが、コレ。

海老江中町 遠景

ただ電柱が写っているだけに見えるかもしれませんが、
よく見てください。

海老江中町

電柱広告のように見えましたが、これはバス停です。
なるほど、考えましたね。
調べてみたところ、電柱広告って、月額 1,600円~6,000円らしいので、
仮に 3,000円だとすれば、1年分の広告費と、
シングルタイプのバス停購入費がほぼ等価ということになりますね。
しかし、このバス停に関していえば、
射水市というところのコミュニティーバスであり、いわば行政系なので、
電柱を管理する電力会社にネジ込んで費用を抑えている可能性もありますよね。
うむむむ、なるほど、考えましたね。

[SE;KICHI]

破天荒

就活をする学生の企業に望むことは時代とともに変化をしているようですね。
テレビやラジオで、
数年前は「やりたい事ができる」や「将来性がある」など、
挑戦をする内容が上位にきていた時期もあったのですが、
今年は安定項目がトップになったようです。
もちろん安定項目は常に上位に項目としては上がっているのだと思いますが、
順位が入れ替わったと聞きました。

私の息子はまだ就活する年齢ではないのですが、
やっぱり「安定した所に」とは思います。
口を出し「違うところにしろ」などと言おうとは思わないですが、
やりたい事が見つかり、その上で安定していたらいいなと父親としては思います。

さて今回はメガネチェーン店を買収し再生・改革をしていく、
「破天荒フェニックス」を読んでの感想になります。
倒産しそうなと言うか、ほぼ倒産する会社を買い、改革をしていくのですが、
業界に超強力なNo1がいないと考え、No1を目指せると考えるところは、
買収とか考えたこともない私からすると、
目の付け所が違うのだなと感心するところでした。

新社長として会社に乗り込み、行動し、様々な問題を解決し、
財務担当の方の才覚や努力もあり、
資金繰りをギリギリの所で回避していくのですが、どうもスッキリしない。
やっと軌道に乗り、資金繰りも少しは改善してきたのだろうと思えるその時に、
新店舗や新たな業界への買収などを挑戦していきます。
財務担当者へ感情移入しているのかもしれませんが、
なぜ今?もっと基礎を固めてからでいいのでは?
と思ってしまうタイミングです。

直向きに発展しようとしているところは、話としては理解できるのですが、
資金的な協力者が現れないと倒産してしまうのではと、
理解できません。
時には身の丈に合わないことも必要かもしれませんが、
売上げを伸ばし、やる気で頑張っている社員がいるのに、
倒産したら何にもならないと思ってしまいます。
実在する立派な会社だと思いますが、
改革期に社員として勤めたいとは思えないです。
私自身が企業に求めることのトップが安定だとは思っていませんが、
家族を養う身としては危うくて不安になります。

ただ読むのが非常に遅い私が、
500Pほどある本を飽きることなく読めたのは面白かったからだと思います。
人により感じ方は様々だと思いますが、
同僚がどう思うか聞きたくなる本でした。

『破天荒フェニックス』
https://books.rakuten.co.jp/rb/15562501/

[WAKA]

ワニワニパニック

先日の、大津で起こった交通事故は、
散歩中の幼稚園児にクルマが突っ込むというもので、
それはそれは痛ましいことでした。
ひとつ前の記事でも書かれていましたが、
この事故では、直進車と右折車のどちらが悪いのかはともかくとして、
悪いのはクルマの運転手ですよね。
ところが、一部では幼稚園側を責める声が出ていて、
私はひどく驚きました。
要するに、「そんな危ないところ、散歩しなければよかったのに」と。
この幼稚園には園庭がなく、
散歩せざるを得なかったのだと園長が釈明していましたが、
いやいや、園庭があってもなくても、散歩は必要でしょう。
お花が咲いているねとか、虫さんがいるよとか、
そういうことを感じるために散歩してるわけで、
隕石のように急に飛んできたクルマを避けれなかったからといって、
引率の先生や幼稚園を責めるのはおかしいと私は思うのですが、
みなさん、どう思われますでしょうか。
安全のために、お花や虫さんに触れさせるなということなら、
幼稚園に預けないで、自宅で首輪でもして繋いどけということになります。

それから、少し前の記事で、
東名高速で幅寄せした石橋容疑者について触れました。
彼のしたことは決して許されることではありませんが、
それでも、しかし、彼は法に従って裁かれ、罪を償うわけなので、
無関係の私たちが彼について言及することは正しくないと思っています。

しかし、どうにも最近の世の中は、
ちょっと変わった言動の人物が現れると、そいつをロックオンして逃がさず、
新たな標的が現れるまで、その人物を叩き続けるという図式になっています。
なんだか、バイオハザードみたいに、
ゾンビが襲い掛かる対象を探しながらさまよっているようです。

誰かを叩きたい感情であふれているのでしょうか、昨今。
半沢直樹以降でしょうか、
相手の落ち度を見つけたら、反射的に叩いてもよく、
そして、死ぬまで叩き続けていいというルールができた感じです。

反射的に叩くといえば、ちょっと、これに似ていませんか。

ワニワニパニック https://sumally.com/p/1315948

出てくるワニを「ただ叩くだけ」というシンプルなゲームでしたが、
叩かないと自分が噛まれてゲームオーバーになってしまうので、
あんまり理性的に考えず、無心で叩くゲームです。
このところの世の中の、特に深く考えずに他人をとにかく叩く風潮は、
ちょっと、これに似ていると思うのですが、どうでしょうか。

しかし、最近では、ワニとも石橋被告とも違って、
特に何も悪いことをしていないのに叩かれるケースもあるようです。

昨年9月に猛威を振るった台風21号では、
神戸・六甲アイランドにあるフェラーリ正規ディーラーで、
51台ものフェラーリが高潮の被害に遭って海水につかって全損、
十数億円の被害が出そうだというニュースが報道されました。

そもそも、関西空港の水没から民家の屋根瓦が吹き飛んだまで、
大小さまざまな被害が出ていたなか、
わざわざフェラーリだけを取り上げて報道したのは、
ちょっと恣意的なのではないかと思ったりもするのですが、
いずれにせよ、売るためにおいてあった商品がダメになったのですから、
その商品がフェラーリなのか日用品なのかは関係なく、
店主にとって、それは明らかに悲報です。

しかし、このニュースにもコメント欄はあって、
「乗るのは金持ちなんだから、また買えばいいじゃん」とか、
「金持ち相手の商売が水没しても痛くも痒くもない」とか、
“ざまぁみろ”と言わんばかりのコメントが、あるわあるわ、800件。
ちょっと、品位を疑いますね。
だって、売るためにおいてあった商品がダメになったんですよ。
その商品の単価は関係なく、その店や所有者にとっては“被害”なわけで、
まさに頭を抱えるような出来事です。
手痛い被害を被っている相手を貶めるようなコメントには、
ちょっと、お里が知れるというか、頭おかしいんじゃないかと思わざるを得ません。

カルロス・ゴーンの逮捕もそうですが、
あんまり多くの報酬を受け取ると日本では嫉妬されやすいため、
退任後に年金的に受け取ることにしていただけであって、
実際に受け取っていたわけではないと思うのですが、
そこに対して脱税の容疑をかけるとは、法解釈としてどうなのでしょうか。
キリスト教では、マタイ福音書にもマルコ福音書にも、
「金持ちが神の国に入るよりも、らくだが針の穴を通る方がまだ易しい」
という清貧の思想が出てきますが、
日本人は、キリスト教に興味などないくせに、
そこの教えだけは好きなのでしょうか。

どうしたんでしょうかね。
日本って、こんな感じだったでしょうか。
向こう三軒両隣、悪いことに手を染めてしまった者には叱咤し、
被害にあってしまった者に対しては手を差し伸べる、
日本ってそういう国じゃなかったでしたっけ。

あんまり、感情に任せて他人のことをガタガタ言わないようにしたいものです。

[SE;KICHI]

交通事故

このところ毎日ニュースで日替りのように、
次々と起きる交通事故が報道されています。

事故の巻き添えで命を落とす方々が絶えません。
高齢者のアクセルとブレーキの踏み間違いによる事故が多いようです。
踏み間違いの事故は何も高齢者ばかりということではなく、
若い人でも同じくらい多いのですが、
死亡事故にまでなるのは、圧倒的な割合で高齢者が多いようです。

また、交差点での事故に巻き込まれて、
歩道を散歩中の幼稚園児達が犠牲になりました。
直進車が右折車と接触し、
直進車がそのまま歩道に突っ込んだのですが、
前をよく見ずに曲がった右折車の責任は当然大きいですが、
私は直進車の過失が小さいとは言え、
右折車が止まるだろうと思い込んでの衝突ですから、
まずは視界に入っているであろう右折車の動きを全く予測していなかった事と、
次に接触した後そのまま歩道に突っ込み園児との衝突を、
ブレーキも踏まずハンドルも切らず、回避できなかった事が悔やまれます。

双方とも制限速度を大きく超える速度ではなかったとの事で、
毎日車を乗っている人ならわかると思いますが、
その状況であれば園児がいようといまいと、
反射的にブレーキを踏むか、
衝突を回避するためにハンドルを切るものだろうと思います。
回避出来なければ自分がどこかに衝突して、
命を落とす事になりかねませんし、
目の前に幼稚園児達がいれば尚更です。
ちなみに右折車は52歳、直進車は62歳で、
2人ともそれほど高齢とは言えません。

これだけ多い事故を受け、
高齢者の運転免許自主返納の話が活発になってきましたが、
認知機能の低下にばかり目がいっていると感じます。
私は認知することが出来たとしても、
運転技術が伴わなければ事故は回避できないと思います。
そういう意味では年齢は関係ありません。

若い人でもしょっちゅう車をどこかにこすって傷だらけにしていたり、
駐車場に入れる姿を見ていると、
よくこれで免許が取れたと思うくらい下手だったり、
車道を走っていても、
明らかに周囲が見えていない自分勝手な危ない運転の人が多いです。
また、高速道路で、
後ろから車が来ているにもかかわらず、
制限速度のままずっと何Kmも追越車線を走っていたり、
そもそも道路交通法を知らない人もかなり目にします。

そういうことからして運転免許を持っていても、
実際には運転に向いていない人は相当な数いると思われます。
ですから高齢者ばかりにとらわれず
全ての運転者に対して定期的に実施講習や試験を行い、
運転技術や法規の知識、マナー、運転時の視野、様々な状況を予測する力、
とっさの判断や回避行動が取れるかどうかを、総合的に判断し、
運転免許を更新するかどうかを審査すればいいのではないかと思います。
(※あくまでも私個人の見解です。)

私も毎日運転していますので決して他人事ではありません。
事故のニュースを見るたびに、
自分も気をつけて運転しなければと、気を引き締めています。
自分の車だけではなく、周囲にも気を配り、
迷惑にならないよう心掛けて行きたいと思います。

[KAZSOU]

メリッサのこと。

今でこそ、サッカー好きの魔女みたいな雰囲気を醸し出している小柳ルミ子ですが、
往時は、それはそれはチャーミングだったわけですよ。
特に、慕情を駆り立てる『瀬戸の花嫁』なんて、
ヒットの要因は当時の小柳ルミ子の楚々としたルックスもあったに違いないと、
私は信じて疑っておりません。

『瀬戸の花嫁』については、
以前、JR四国の駅の列車接近メロディに採用されていると紹介しましたが、
瀬戸内海地域ではかなり思い入れを持たれている曲のようです。
この曲を知らぬ人は少ないかもしれませんが、
瀬戸内海に浮かぶ島に住む女の子が、別の島に嫁入りするという内容で、
家族との別れや、これからの新たな生活にスポットを当てた歌詞になっていて、
私なんかは、日暮れ時のオレンジ色に染まった漁村などをイメージし、
“幼い弟”の気分になって聞いていたものです。

さて。
以前、とあるご縁でブラジル大使館にうかがう機会がありました。
そこでお聞きしたのは、
この曲が、かつてブラジル移民の間で人気になっていたということ。

これは、一見、妙なことです。
瀬戸の花嫁の発売は1972年なのに対して、
ブラジル移民政策が始まったのは1908年なので、
流行るもなにも、ぜんぜん時期が一致しません。
ところが、瀬戸の花嫁の発売以降、ブラジル移民たちは、
コーヒー豆やバナナを栽培する作業中に、この曲を口ずさんでいたそうです。

というのも、瀬戸の花嫁発売の翌年・1973年に、
日本のブラジル移民政策が終了しますので、
それ以降、日本からは新しい移民はやってこないわけです。
したがって、瀬戸の花嫁は日本から届く最末期の楽曲になりますが、
政策の終了による移民たちの取り残されたような気分が、
島から島へ嫁ぐという曲の世界観に、なんとなく合ったということのようです。

ところで、1970年代というと、ブラジル移民も日系二世くらいになっていて、
必ずしも日本語を理解できる方ばかりではなかったようです。
つまり、瀬戸の花嫁が流行ったとしても、歌詞の意味は分からず、
ただ、メロディーや雰囲気から郷愁を感じ、
日本に残る有縁の方々や、祖先の墓などに想いを馳せたわけです。
歌詞云々ではなく、曲が持つ力には敬服するばかりです。

そして2019年。
みなさん、メリッサ・クニヨシという歌手を知っていますか。
日系ブラジル人の歌手で、現在16歳。
私が初めて彼女を知ったのは、
彼女が8歳の頃に出演したという、ブラジルのカラオケ番組の映像でした。


https://www.youtube.com/watch?v=1cCSLGIPiPg

彼女が歌ったのは、瀬戸の花嫁。
彼女は祖父母の鼻歌のようなものを聞いてこの曲を知ったようですが、
当時の彼女は日本語を理解しておらず、歌詞は音写だったそうです。
動画は1分22秒から貼っていますが、その前の会話も日本語ではありませんね。

しかし、どうでしょうか。
私には、情感たっぷりの歌唱のように思えます。
この時の彼女はまだ8歳ですから、
当然、移民政策初期の開墾の苦しみや、文化の違いなどへの戸惑いなど、
そういうことは経験していませんが、
彼女の歌唱を聞くと、
あぁ、おじいちゃんおばあちゃんはこの曲を大事に歌ったのだな、
移民の方々は遠い異国の地でご苦労なさったのだなと、
しみじみ思います。

瀬戸の花嫁。
私もカラオケで歌うことがありますが、
そんな郷愁は表現できない私です。

[SE;KICHI]

令和元年

5月1日から元号が令和に変わりましたね。
4月30日、天皇の退位礼正殿の儀が行われ、
1日0時に新天皇陛下が即位され、令和元年がスタートしました。
皇后となられた雅子さまのにこやかな笑顔を拝見し、
気持ちが明るくなったのは私だけではないことでしょう。
平成では皇室を離れた方々のご結婚ばかりでしたので、
令和では新しい皇室をと想います。


さて、昭和生まれの私ですが昭和の時代よりも平成の時代を長く生きています。
以前、社内の朝礼で、私もぎりぎりゆとり世代かなって発言したら、
即刻違いますからって皆さんから否定されました!
間違いなく昭和の人間でした。
今年の1月、入院していた母の見舞いに病院へ行った際、
ベッドの頭上には生年月日と氏名が大きく書かれた用紙が貼ってありました。
カーテンが開いていて隣のベッドの方の生年月日が見えたのですが、明治でした。
昭和のなんてもんじゃありませんね。
「明治」の二文字に人生と元号への歴史を感じました。

明治、大正、昭和、平成、令和。
つぎからつぎへと便利な製品が開発され暮らしが豊かになるなかで、
逆に不便さや危険度が増した時代にもなりました。
刀を持っていた時代からスマホを持ち歩いている時代になるなんてね。
令和の時代は何を持ち歩くようになるのでしょうか。
刀もスマホも護身にもなれば武器にもなります。
どれも使う人次第です。

最後にいちごの写真です。

いちごの写真① いちごの写真② いちごの写真③

昨年、笑さんから水耕栽培キットをなかば強引に押し付けられました。
渡された時に育てるのは苦手だし億劫だからと断ったのにグイグイと。
貰ったからにはと、早々に栽培を始めました。
本人よりも早く。
芽が出て苗が育つまで途中カビの発生があったり、
芽がドンドン枯れ、残り一本のみとなったりで、
半ば諦めがちに育てました。
途中やけくそになり大胆に育てたのが功を奏したのか、
残った一本の芽がグングン育ち立派な苗となり、
花が咲き見事に実をつけました♪
そこからは次から次へと成長して、
昨年の春過ぎに育て始めてから現在まで楽しませてもらっています。
そばによると小さな赤い実から甘い香りがします。
味もちゃんといちごです。

このいちご、
平成30年から31年そして令和元年を生き抜いています。
1年ほどなのになんだか物凄く長寿な感じがします。

押し付けて貰ったお蔭です! 笑さんありがとう♪
令和元年に!でしょうか? 
その後の続きを楽しみにしていますね~。

[fu~ma]

マドレーヌ

ホテルのモーニングなどで和食と洋食が選べる場合、
納豆が食べられない私は、必ず洋食を選択するわけですが、
お菓子の場合、和菓子か洋菓子か、どちらが好きかと言われれば和菓子です。
それはケーキに使われるような生クリームが得意ではないからなのですが、
そういう意味では、生クリームを使わない焼き菓子なら、
洋菓子であっても、わりと好きだったりします。

焼き菓子ではフィナンシェもフロランタンも好きなのですが、
一番好きな焼き菓子が何かと聞かれれば、マドレーヌでしょうか。

マドレーヌというのは、貝殻の形をかたどったシリコンの型を使って焼きます。

マドレーヌの型 マドレーヌ

いま、特に断りなく「マドレーヌ」といった場合、このシェル型を連想するかもしれません。
それは、このお菓子を最初に作ったマドレーヌ(という女性)が、
ありあわせの材料と厨房にあったホタテの貝殻を使って作ったからだと聞いています。
つまり、もともとは貝殻に生地を詰めて焼いたお菓子だったのでしょう。

ところが、弊社の Okey さんによれば、「マドレーヌ」といえば、
菊花型の型紙のようなもの(マンケ型と言います)で焼いてあるものを連想するそうです。
この、菊花型のマドレーヌは、
パン・ド・ジェーヌというお菓子が日本に伝わった際にマドレーヌと混同され、
その型(マンケ型)がマドレーヌの型として誤用されたことによるとされています。
本来のパン・ド・ジェーヌは、アーモンドプードルだけで作る贅沢な焼き菓子なので、
おそらく、そんな贅沢なお菓子は頻繁には作らないと思うので、
その型を、もっと気軽に作れるお菓子のマドレーヌに代用したのでしょう。

まぁ、そういう豆知識はどうでもいいのですが、
シェル型のマドレーヌとマンケ型のマドレーヌ、
はっきり言って別のお菓子のような感じがしますよね。
シェル型のほうは、Pâtisserie ナントカ… のようなオシャレなお店で見かけますが、
一方のマンケ型のほうは洋菓子のタナカ…みたいな、
なんならどら焼きなども並んでいるような、
ニーズに合わせて洋菓子も和菓子も焼きますよ的な、
敷居の低い“街の洋菓子屋さん”に置かれている感じです。

ちなみに、私はどちらも好きです。
自宅で焼くときは、型がある分、明らかにシェル型のほうが簡単で気軽ですが、
古くからやっている“街の洋菓子屋さん”のマドレーヌも捨てがたいものです。

というわけで、出張先では、
たいしてオシャレではない洋菓子店を探すのに余念のない私。
和菓子屋も好きでよく探しますので、なかなか忙しいものです。

そういう先日も見つけました。
出張先ではなく、ほぼ地元でしたが。
店名は、『御菓子 アリカネ』。
もう、店名からは和菓子屋なのか洋菓子屋なのかすら不明ですが、
店に入ってすぐの場所にウグイス餅などが並んでいます。
その奥、右手のほうに置かれているのが、今回ご紹介したい『早月川』。

早月川パッケージ早月川

包装紙の印刷が『越中銘菓 万葉の旅 早月川』ですからね。
ネーミングからして和菓子感が出ていますが、開けてみたらマドレーヌでしょ、これ。
色味からすると、ちょっと堅めの焼き上がりでしょうか。

しかし、ひっくり返して、銀紙を剥がしてみると……。

ひっくり返したら

……あんこだ。
しかも、わりと存在感のある、どっしりとしたあんこ在中。

それが、味は意外なことに美味しいのです。
私、これで、マドレーヌにあんこがアリだってことを、初めて知りました。
いや、他で、リンゴのコンフィが入ったマドレーヌを食べたことがあって、
もともとアップルパイなども好きな私、
マドレーヌにリンゴのコンフィもアリだなぁとか思っていたのですが、
あんこが合うとは盲点でした。
試しに作ってみようと思った私です。

あ、あと、ついでといっては失礼なのですが、
同じ富山県内でいえば、『菓子処 みずしま』のマドレーヌも、
チョコチップが入っていておいしいです。
お近くにお寄りの際はぜひ。

みずしまのマドレーヌ マドレーヌ(チョコ)

あと、富山県内に限らなければ、
岡山の、商店街のメインから外れたところにある『金扇堂」という、
キビ団子の老舗から売られているマドレーヌもおススメです。
パンケーキのように分厚くて、とてもしっとりしていておいしいです。
お近くにお寄りの際はぜひ。

金扇堂 マドレーヌ 金扇堂 マドレーヌ 中身

[SE;KICHI]

キケンなクシャミ④

前回はヘルニアの手術をして無事退院した話をしました。
入院中はほとんど寝られなかったのですが、
家に帰ってようやくぐっすり眠ることができました。
ただし、仰向けに寝ると手術した傷口がまだ痛く、寝返りをうつのが大変でした。

1週間過ぎた頃から元の生活ができるようになりましたが、
無理をしないように慎重に過ごし、
1ヶ月たった頃には手術したこともすっかり過去のこととなっていき、
ずいぶん身軽になったことを実感しました。

そんな時、数時間立ちっぱなしの姿勢でいることがあり、
その後、腰に何とも言えない違和感を覚えました。
なんか変だと思いながら1週間がたち、
スッキリしないまま歩いている途中でクシャミをしたところ、
手術した反対側の腰に痛みが走りました。
なんと驚いたことにまたもやギックリ腰になりました。
手術をしてまだ2ヶ月も経っていないし、
もうこれでならないと思っていた私はかなりのショックを受けました。
体の痛みよりも精神的な落ち込みの方が強かったと思います。

投げやりな気持ちで1週間ほど動けずにいたのですが、
今後のことを考えると何もしないのもどうかと思い、
今までと違う治療法を探しました。

もちろんビビリの私ですから痛くない治療限定です。
そこでヒットしたのがAKA-博田法(関節運動学的アプローチ)というものです。
動きにくい関節を動かそうとする目的(関節機能障害の治療)で、
博田節夫先生により開発された治療法です。
1979年から約20年の研究開発の過程において、
関節の動きを治療することにより体の痛みが軽くなることを発見されたそうです。
この方法では、ギックリ腰は仙腸関節(骨盤の後ろの関節)の捻挫で、
仙骨がねじれた位置でひっかかった状態にあるとされ、
AKAでひっかかりを取り除くと痛みはただちに減少し、
早い期間で治るとされています。

私が住んでいるところで調べると、この治療法を行なっている整形外科が2ヶ所あり、
家から近いほうを選び行きました。
診察で話を聞かれレントゲンを撮り、仙腸関節が炎症を起こしていると言われ、
横向きに寝かされ、お尻の上のあたりから腰、背中にかけて触られ、
炎症止めの注射を打たれて治療が終わりました。

仙腸関節のズレは数ミリ単位と言うことなので、
本当に触る程度で全く痛みを感じませんでした。
その後リハビリとして電気治療と、
ベッドに寝るタイプの自動マッサージ機を受けて帰りました。
3日後には痛みがかなり無くなり、普通の生活に戻りました。
それからは2、3週間に一度触る程度の治療を受けリハビリをしています。
あまり激しい運動は避けていますが、
腰の痛みは今のところありません。
治療を受けた感想としては、
治療自体は整体やマッサージに比べると激しくないのでリスクは少ないと思います。
なんと言っても痛くありません(ここ重要)
しばらく続けてみようと思います。

いろんな治療がありますが、自分に合った治療を探すのは大変です。
人にあそこがいいと紹介されて行ってみたら、
全然効果がなかったなんていう話もよく聞きますからね。
結局自分でやってみないとわからないんですよね。

[M M]

ボーっと生きてんじゃねーよ!

国旗“日の丸”というのは、いくらで売られているか、みなさん、ご存知ですか。
まぁ、ピンキリなのでしょうが、
私の手元にあった日本会議の機関紙『日本の息吹』によれば、
70×102cmのテトロン製の旗に、鉄製の受け金具もついて、1500円だそうです。
あっ、いま、思ったより安いと思ったんじゃないですか、みなさん。

しかし、思ったより安いのに、国旗を掲揚する家庭が少ないのには驚きます。
というか、国旗用の受け金具を備えていない家庭も多くて、
国旗を掲揚して慶事を寿ぐという風習が失われつつあるのかと、残念に思います。

この連休中、4月30日に平成が終わり、今月1日から令和元年となりました。
この改元が慶事なのかといえば、単に年の呼び方が変更されるだけなので、
私は、改元自体にはそれほど意味はないと思っています。
では何が、国旗を掲げて寿ぐほどの一大慶事なのかというと、
天皇が譲位され、御代替わりすることだと思うのです。

この1か月あまり、新聞・テレビでは平成30年間を振り返る特集が数多く組まれ、
さながら、「さよなら平成、こんにちは令和」のような雰囲気だったわけです。
そして、4月30日から5月1日に変わる時間帯には、
カウントダウン特番のようなものが組まれ、
日付が変わるその瞬間には、
渋谷で「イエーイ」と嬌声を上げる若者たちの映像が映し出されました。
ハッキリ言って、ものすごくイラつきます。
御代替わりを何だと思っているのか。
単なる記念日と思っているんじゃねーぞって。


繰り返しますが、大事なのは何かというと、
天皇が退位され、新天皇が即位されることです。
それなのに、これを、平成から令和に変わる単なる記念日と思っている人が多く、
ハロウィンみたいに「イエーイ」と嬌声を上げるようなことをしてしまったり、
郵便局で平成最終日や令和初日の消印をもらおうとしてしまったり、
お寺や神社で特別な日付の御朱印をもらってしまったりするわけです。
また、逆に、自分とは関係のない単なる記念日と思っていれば、
どこかに旅行に出かけたり、サークルや部活の活動があったり、
友人とバーベキューに出かけたりと、普通の休日として過ごしてしまうのです。
何度も言いますが、5月1日は御代替わりの日だったわけです。
私は、御代替わりを、単なる記念日と思っている人に、
強めの憤りを感じるのです。


日本中がパリピになったのでしょうか。
前述の新聞・テレビの特集では、
平成30年間を「戦争もなく、良い時代だった」と総括していました。
本心だとすれば、ずいぶんバカですよね……。
確かに戦争はありませんでしたが、戦争さえなかったらいい時代なんでしょうか。

8年前の東日本大震災以降、私はボランティアで何度か被災地に行っています。
そして、現地で知り合った、身重の妻と両親を一度に失ったという津田さん。
中学3年生の息子の遺体を土中から自分で掘り出したという酒井さん。
水中で年中の娘の手を離してしまったことを今でも悔いている村澤さん。
一度は避難できたのに息子を探しに行ったまま夫が戻らなかったという森さん。
彼らの平成30年間は「戦争もなく、良い時代だった」ではないでしょう。
そんな彼らは、平成から令和になる瞬間、
どういうわけか、夜空を見上げて放心してしまったと言っていました。
そして、フッと我に返って、涙を流しながら、
令和こそは、令和こそは良い御代になりますように」と、
それはそれは尋常ではない強さで願ったそうです。

渋谷で「イエーイ」と嬌声を上げる若者たち……恥ずかしくないですか。
いや、渋谷のパリピに限らず、みんな同じです。
平成30年間、みんなしてスマホとか眺めながらボーっと生きていたせいで、
日本の国力は、かつてないほどに下がり、国際競争力が奪われました。
これは、自国への誇りのなさの表れと言ってよいでしょう。

私は、何も、全国民に一般参賀に馳せ参ぜよと言っているのではありません。
ただ、単なる記念日だと思って雰囲気で騒いでいる人々や、
単なる休日だと思って遊びなどに興じている人々に対し、
もっと神妙に、天皇の譲位に思いを馳せても罰は当たらんだろうと思っているのです。
私は10年以上前、皇居の勤労奉仕に参加したことがありますが、
皇居の勤労奉仕では、天皇皇后両陛下からの「ご会釈」というのがあります。
その時にお声がけいただいた当時の天皇皇后両陛下の印象は、
率直に、国民の幸せと世界の安寧のために祈っておられるご存在という感じでした。
そのような元首をいただく国など世界のどこにもないでしょう。
私たちは、国の歴史や皇室のあり方など、固有の文化をよく学び、
それらをもっと誇りにするべきなのではないでしょうか。

念のために、もう一度言っておきますが、
ボーっと生きてんじゃねーよ!
御代替わりを単なる記念日と思ってんじゃねーよ!


[SE;KICHI]
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