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怖い顔の秘密 ~魅惑の・・・(番外編)

現存する日本最古の仏像といえば飛鳥大仏ですよね。
609年ごろの完成ということですから、今年で1410歳。

飛鳥大仏
http://pippi-papa-from2008.cocolog-nifty.com/blog/2014/05/post-3405.html

この飛鳥大仏、奈良・明日香村の飛鳥寺というところにいらっしゃるのですが、
写真が教科書などにもよく掲載されているので、
行ったことはなくとも、お顔を知っている方も多いことでしょう。
私も、教科書だったか資料集だったかの写真を見て、その顔貌の怖さになかなか足が向かず、
また、他に会いたい仏像がたくさんあったためについつい後回しとなり、
御朱印帖の記録によれば、ようやく訪れたのが平成13年。

飛鳥寺 ご朱印

私、昭和60年ごろから御朱印を集めているので、
平成13年といえばデビューから15年後ということになります。
飛鳥大仏、日本最古というビッグネームでありながら、
ずいぶん、ないがしろにされてきた感じですね、私から。

さて、日本最古の仏像である飛鳥大仏ですが、
国宝ではありません。

ちなみに、「国宝」という指定自体は明治期からもあったのですが、
戦後、1950年に文化財保護法が施行されたことにより、
それまでに指定された国宝を、すべて一旦「重要文化財」に改称したうえで、
そのなかから、特に価値の高いものを、改めて国宝として選びなおしました。
飛鳥大仏は旧国宝には指定されていたのですが、
いったん重要文化財になった後の指定からは漏れてしまい、
いまだに重要文化財にとどまっているというわけです。

飛鳥大仏が国宝指定から漏れたのは何故でしょうか。
これは私が小学生の時分に知った知識ですが、
永年の歴史のなかで、この飛鳥大仏は、後世の補修箇所が多くなっていて、
確か、最初に作られた7世紀当初の部分は、
目の周りと右手中央の指3本くらいしか残っていないという話でした。
そういえば、お顔にはブラックジャックのような継ぎ目がありますね、
ここで接合しましたよ、手術の傷跡ですよ、的な。

つまり、私が小学生だったころの通説は、
ほとんどオリジナルではないから国宝にはなれませんと、そういうことでしたが、
ここ1~2年の研究で、顔面の金属成分に偏りがないことが分かってきたそうです。
それは、すなわち、お顔は均一だということであり、
オリジナルであることが確認されている目の周りとも成分的に均一であることは、
顔が全体的にオリジナルであるということにほかなりません。
ブラックジャックの手術痕のような継ぎ目は単なる稚拙な技術の結果であり、
おそらく、鋳造時にできた穴などを埋めた跡ではないかとのことです。
これは旧来の通説が覆ることで、なかなかエキサイティングです。
そればかりか顔と胴体の金属組成はかなり似ていたとのこと。
合致ではないことから、顔と胴体が同時期の造像ではないと思われますが、
似ているというのはどういうことなんでしょうか。
これは私が勝手に思っているのですが、
震災や戦乱で胴体が破損した際に、壊れた素材をかき集め、
それを再利用する形で新しい胴体を改鋳したのではないでしょうか。
それだと、組成が似ていて、かつ同一でないという結果に説明がつくと思うのですが、
さて、どうでしょうか。

ともあれ、飛鳥大仏の頭部がほぼオリジナルであると分かった意義は大きいでしょう。
興福寺にある旧山田寺仏頭のように、頭部だけで国宝指定されている例もありますから、
この飛鳥大仏の頭部がオリジナルであると分かったということは、
突如、国宝指定に向けた障害がなくなったということに他なりません。

それに、だって、今年で1410歳なんですよ。
その顔の皮膚(というかそれを形成している金属ね)は1410年モノってことですよ。
人間の世界では、たかだか40年か50年で、
やれ“ドモホルンリンクル”だ、やれ“50の恵”だと騒がしいですが、
なんと言っても、1410年前からの顔なんですよ、飛鳥大仏。
ひゃああああ、もう想像を絶するロマンですよね。

いつもなら、最後に、オススメを・・・・・・となるところなのですが、
今回は飛鳥寺限定の話であるうえ、飛鳥寺にはホームページがないんですよ。
でも、明日香村は以前にも紹介した如意輪観音の優品のある橘寺や、
日本三大仏像のひとつに挙げられる西国第七番札所の岡寺など、
観るべきお寺が多いエリアですので、村全体がおすすめです。

一生に一度くらいは
見ておいて損はないと思いますよ。

というより、1410歳ですからね、見とかないと損ですよ。

[SE;KICHI]
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やるときは、やるんですね!

今利用している美容院に通い始めて、かれこれ10年程経ちます。
店を変えたきっかけは、
前に利用していた美容院で担当してくれていた方が辞めたから。
その方はお隣の県へ引っ越されたので、追いかけては行けませんでした。
その後もしばらくは利用していましたが、
なんとなく気分転換に今の店に変えてみました。
そこは、女性スタイリストのIさんとSさんがメインのようでした。
その他に、アシスタント、見習い、男性オーナーのOさん。
担当についてくれたのは当時店長のIさんでした。

数年後、Iさんがご結婚。
程なくして産休、育休でお休みにはいられました。
その間担当してくれたのは、新たに店長になったSさん。
1年程してIさんが復帰され、SさんからIさんへバトンタッチ。
Iさんも直ぐにはフルタイムではなく、徐々にといった中で、Sさんがご結婚。
程なくして産休、育休へ。

それから5年程経った今、途中、Iさんが二人目のお子さんを出産され、
公休日を取り入れながら復職される中、
Sさんが二人目の出産でお休みにはいられました。

Iさんが2度目の産休に入る頃から、
オーナーのOさんが担当となってくれました。

このOさん、IさんとSさんがフルで勤務されていた時は、
ほとんどカットしているところを見た事がありませんでした。
たまにはありましたが、せっせと働いている姿は記憶にありません。
私が利用している時が、
たまたまOさんの担当じゃないお客様だけだったのかもしれませんけどね。
それが今では物凄い勢いで働いています!
びっくりするぐらいのフル回転です!

IさんとSさんが子育てしながらでも働きやすい環境を整えたOさんですが、
その動きをみたら、従業員も働き方の意識が変わりますよね。
もちろん同僚の理解と協力もなければ成立しないのですが。
いざとなった時に経営者自身がどう動くか。
経営者の考え方次第で、どっちにでも転びます。


現在は、アシスタントだった方がスタイリストとなり、
週末にはバイトでベテランぽい方がアシスタントで入っていたり、と、
工夫してお店を切り盛りしています。

Oさん、やるときは、やるんですね!
ごめんないさい、おみそれしました。
その経営姿勢に、応援も込めて通いますね。

Iさんの勤務時間となかなかあわないので、
今もOさんに担当して貰っていますが、お願いが一つあります。
私にはあまり話しかけないでください。
ゆっくり雑誌を眺めたいタイプですから!(笑)

[fu~ma]

「ロードヒーティング」をご存知でしょうか。

雪の降る地域にお住まいの方にはなじみ深いかもしれませんが、
みなさん、「ロードヒーティング」というのをご存知でしょうか。

都会の方には想像もつかないことかもしれませんが、
冬、雪の降る地域では、積雪によって道路が覆われてしまい、
歩くことがままならなくなってしまいます。
そのため、除雪して路面を露出させる必要があるのですが、
この作業は、降り積もるのが早いか、除雪が早いかの、
まさにいたちごっこの様相を呈するうえに、
実に腰に負担のかかる作業で、本当に大変なのです。
特に、老人の独り世帯などであれば、
その負担感たるや、推して知るべしといったところです。

そこで有益なのが「ロードヒーティング」です。
「ロードヒーティング」というのは、
道路・歩道・駐車場など、人が歩く場所の雪を融かしたり凍結を防ぐために、
地中に放熱体を設置して、地面の温度を上げて雪を融かす装置のことです。

放熱体には、熱の出るパイプや、電熱線など、いろいろありますが、
弊社では nvent/RAYCHEM の電熱ヒーター EM2-XR を扱っています。
この電熱ヒーターは、まぁ、要するに特殊な電線なのですが、
自己制御型といって、電線自身が自動的に、
埋設したコンクリートの温度に感応してヒータの出力を調整するため、
コントローラを使用せずに使用することができます。

たとえば、石川県のTさんという方のご自宅。
自宅前の道には市の除雪車が来てくれるけれど、
玄関から道に至るまでの数段の階段が雪に閉ざされるわけです。
そうなってしまうと、結果的に引きこもらざるを得なくなりますので、
玄関から道へのアプローチにロードヒーティングを導入していただければ、
おそらく、冬場の足回りが快適になるはずです。

しかし、雪が降りそうな前夜に忘れずに電源を入れ、
雪が降らなかったら忘れずに電源を切るという作業は、
ご高齢であればあるほど難しくなるものです。
したがって、電源が入れっぱなしでも大丈夫であったり、
勝手に ON になったり OFF になったりしてくれたほうが、
煩わしくなくていいですよね。
この電熱ヒーター EM2-XR では、自己制御型のおかげでそれが可能で、
施工さえしてしまえば、ぼんやりしていても大丈夫ということです。

T様邸 施工前T様邸 施工後

写真はヒーターを地中に固定しているところです。
この後、上からコンクリートを流し込んで、
ヒーターを閉じ込めた階段という形になります。

ちなみに、電気料金などが気になる向きもあるかもしれません。
ロードヒーティングは、そもそも降ってきた雪を融かすためのシステムで、
積もってしまった雪を融かすものではありません。
そのため、温度出力はそれほど高く設定されていないのです。
ヒーター EM2-XR の場合、運転時の地表温度は、せいぜい5℃くらいで、
猛烈に熱くなるヒーターというわけではありません。
したがって、そんなに高い消費電力にはなりません。
みなさんのご自宅の便座を穏やかに温めるくらいの消費電力です。

というわけで、ご自分で除雪しなくて済む「ロードヒーティング」。
その負担軽減効果は、実は高いと自負しております。
ぜひご検討ください。

[AKA]

ネーミングの大切さ

赤い車体でおなじみの京急電鉄が、創立120周年記念事業として、
昨春、沿線の小中学生を対象に駅名変更案を募集しましたよね。
京浜急行といえば、青物横丁とか梅屋敷とか金沢文庫とか、
ちょっと古めかしいイメージの駅名が多くて、
地名・駅名マニアにとっては、多少なりとも憧れの路線なのですが、
京急は、“読みかた等が難しくお客さまにご不便”な駅を改名するそうで、
そうすると、そういう古くからの駅名は消えてしまうかもしれません。

京急 わがまち駅名募集
http://www.keikyu.co.jp/information/cp/ekimei/index.html

たとえば、私が生まれたのは大阪府枚方市で、「ひらかたし」と読みます。
大阪府の方で読めない方はまずいないでしょう。
普段から駅を利用する地元の人が読めないはずはないものです。
京浜急行の改名は、いったい誰のための改名なのでしょうか。

さて、その、枚方の地名なのですが、
『日本書紀』に「比攞哿駄」として登場するのが由来だということで、
奈良時代から続く由緒ある地名であるとされています。

枚方の由来
これは枚方市役所前の公園にある碑です。

ちなみに、「枚方」を「まいかた」と読みたくなる人もいるようですが、
原則、訓読みの1文字目に音読みの2文字目を接ぎ木することはないので、
組み合わせとして「ひらかた」以外には「まいほう」しかありえませんよね。
これは「代替」を「だい-かえ」とは読めないのと同じ理屈です。


それはともかく、『日本書紀』中で「比攞哿駄」は、
継体天皇24年10月の条というところに登場するのですが、
古代史マニアにとって、この第26代継体天皇は、
多くの歴史上の人物の中でも、かなり興味深い人物です。

継体天皇は、歴史的に実在が明らかな最初の天皇と言われています。
つまり、現在の皇室の源流とみなされている人物なのですが、
系譜的に、それまでの天皇とはかなり離れた血筋の人物です。
具体的には、継体天皇の前の天皇は第25代武烈天皇という人なのですが、
その武烈天皇には子供がいなかったため、
4代もさかのぼったところから枝分かれさせて即位したのが継体天皇です。
ちなみに、武烈天皇は、妊婦の腹を裂いたとか、異常な行動が記録されていますが、
これは、血縁関係が薄い次代の継体天皇の即位を正当化する意図で、
武烈天皇を異常な暴君に仕立て上げるしかなかったためだと言われています。

この継体天皇、58歳にして河内の樟葉宮(くすばのみや)において即位し、
武烈天皇の姉にあたる手白香皇女を皇后としたものの、
やはり先代から遠すぎる血縁が災いしたのか、旧勢力からの抵抗に遭い、
なかなか大倭(大和 = 奈良)に入ることができずにいて、
即位19年後の526年ようやく都を定めたと言われています。

まぁ、継体天皇のことはいつかまた書くことにしまして、
この、最初に即位した樟葉宮も、大阪府枚方市です。
枚方市駅から3駅ほど京都寄りに樟葉駅というのがあります。
ちなみに、この樟葉という地名の由来は、
第10代崇神天皇が叔父・タケハニヤス王と戦った際の話、
戦いの中で崇神天皇軍がタケハニヤス王に矢を射たところ、
見事命中して大将のタケハニヤス王は死んでしまったのですが、 
指揮官を失ったタケハニヤス王の軍はちりぢりに逃げ惑いました。
天皇軍はその軍勢を追い詰めますが、
追い詰められた兵たちはその剣幕に恐れおののいて脱糞、
褌(はかま = フンドシ)を排泄物で汚してしまうわけです。
というわけで、この地が糞褌(くそはかま)と呼ばれるようになり、
それがなまって久須婆(くずは)と呼ぶようになりました……ということだそうです。

ちっともきれいな話ではありませんが、
日本古来の地名とは往々にしてそういうものです。
それでも、私はそういう地名の由来を微笑ましく思うし、
情景も目に浮かぶようです。

まぁ、脱糞の情景を目に浮かべるのもどうかとは思いますが。
だから、むしろ、なくさないでほしいと思うのです。

したがって、冒頭の京浜急行の新駅名公募についても、
青物横丁とか梅屋敷とか金沢文庫とか、
せっかく古式ゆかしい駅名が多いのに、変えてしまうなんて残念だと思うのです。
そういえば、山手線の田町~品川間、高輪あたりに新設されるの新駅の名称も、
先日の発表によれば「高輪ゲートウェイ」駅だそうです。
由緒正しい「高輪」駅でいいじゃないかと思うのですが。

京浜急行について、私が特に卑怯だと思うのは、
駅名変更案の募集対象を小中学生限定にした点。
その年齢層に尋ねることにしてしまうと、
青物横丁とか梅屋敷とか金沢文庫とか、残るわけがないですよね。
「ナントカみらい駅」やら「ゆめナントカ駅」になるに違いありません。
それでも、ポケモンとかエヴァンゲリオンとか言い出さないだけましでしょうか。
いずれにせよ、子供に名前を考えさせるって、そういうことです。

だいたい、平成の大合併時のことを思い出してみてください。
ちっとも中央ではない愛媛県の「四国中央市」とか、
別にその市のものじゃないのに「南アルプス市」とか、
大人が決めたつまらない市名がバンバン出ましたよね。
実際に採用されて市名になったものもありますが、
当時は「なんだそのネーミング」と批評されていました。
そう、大人が言い出したものなら、「高輪ゲートウェイ」含め、
みんなで文句を言えるのです。
しかし、無垢な子供に考えてもらった場合、
よほどでない限り、「ナンジャソラ」とは言いにくいもの。
そこに、ちょっとズルさを感じる、素直じゃない私です。

私は別に、青物横丁とか梅屋敷とか金沢文庫とか、
そういう駅名自体に関心があるわけではないのです。
何か理由があって、せっかく命名されている地名・駅名を変えるなんて、
そんな必要あるのかしらと、素朴に思っているだけなのですが。

[SE;KICHI]

問題の根本は

最近、飲食店やコンビニに外国人の店員さんが増えたなぁと感じます。
もちろん以前から外国人の店員さんは見かけていましたし、
前の職場にも技能実習生がいたので珍しいわけではありませんが、
ここ最近になって一段と増えたな、と実感します。

今年の4月から出入国管理法が改正されることになりました。
ざっくりと、「外国人が増えるんだ」、という感覚でとらえていたのですが、
そもそも、この法案の改正は労働人材の不足が一因となっているそうです。

現在、様々な分野で人手不足が生じています。
そこで外国人の受け入れ拡大へという動きになったそうです。
確かに、人材が増えれば人手不足も多少は改善され、
問題となっている長時間労働の減少や、
無理のない勤務体制へとつながるのかもしれません。
ですが、きっと問題はそこではないのでしょう。

人材は確かに現場では不足しています。
ですが私は、
人材は外国人の受け入れを拡大せずとも国内にあると思っています。
人口が減少するにしたがって働き手が少なくなるのは確かにそうですが、
みんな、働く場所を選ぶから人材が不足してしまうんですよね。
私自身、自分で選んでこちらの企業で雇ってもらっています。

自分が就きたくない仕事、それをみんな各々で思うのであれば、
そこにはやはり人材が不足してしまうでしょう。
解決策としては、みんなが働きたくなる環境を作り出すことでしょうか?
それが難しいから、ならば国外からも人を呼びましょうと。
でも外国の方も働くのを拒否したら?
・・・否応なしに長時間労働になる、解決しませんね。
 
なかなかいい解決策が見いだせないがために、
こうして法案を改正することになったのでしょうが、
根本的に働きたいと思える職場でないと、
自国人にしたって外国人にしたって、働き手はいないのでしょうね。
とても難しい問題だと思います。

いずれにしても、私が目にした外国人就労者の方、
みなさんすごいなあと思います。
もし私が外国で就労するとしたら、ただでさえ言葉も自信がないのに、
例えば不慣れなレジスターの取り扱いとか、
イレギュラーに生じた問題の対応とか、
自国においても不安な点を、
ましてや異国の地ではどれほど不安に思うだろうと、
想像することはたやすいですが、
にこやかに、スマートに業務をこなされている多くの外国人の方を目にします。
ほんと、頭が下がります。

[Okei]

少しだけイラついた話

みなさん! 確定申告、ちゃんと終わりましたか?

さて、先日、とあるスーパーのカードを紛失してしまいました。
スーパーとかで買い物をするときに使う、
現金がチャージされたカードです。
チャージされていたので、紛失自体にもそれなりにショックを受けましたが、
探しても出てこないものは仕方がありません。
便利なカードだったので再発行してもらうことにして、
その手続きを開始しました。

お客様コールセンターに問い合わせると、
まずは店舗で新しいカードを作ってくださいと。
そのうえで、改めて事務センターに依頼し、
氏名や住所などの登録が同一になっている新旧カードについて、
新カードに統合する形で再発行を進めるのだそうです。

店舗に出向きました。
単純なカードの新規発行手続きですから問題なく、
書類と引き換えに新しいカードが手に入りました。

店舗での事務手続きに数日を要すると聞いたので、
わざわざそれくらいの期間を待ってから、
コールセンターに統合手続きを依頼します。
署名捺印した書類やら免許証のコピーやらを提出するように指示されましたので、
特になんの感情もなく、その指示に従いました。

しばらくして、コールセンターから連絡がありました。
新カードの登録が見当たりません、と。
えっ?
……ははぁん、さては店舗スタッフ、手続きを忘れたな?
少し面倒なことになったなぁとは思いましたが、
しかし、私は導火線が長めなので、そんなことでイラついたりはしません。
もう一度、店舗に手続きを進めるよう働きかけます。

その間、すでに送ってある手続き書類は、どうしましょうかね。
店舗の手続きが済み次第、いずれその書類が必要になるんだから、
そのままコールセンターで持っておいてもらうかしらね。

「それはできません。」

あ、そう……まぁ、邪魔になるのかもしれませんね。
では、そのまま一旦送り返してくださいな。

「それもできません。」

え、いや、でも、ふつうに考えて、その2択じゃないですか。
……曰く、ここはあくまでコールセンターで、
個別の話をされても、どの書類のことか分からないので保管できないし、
追加で何かを再提出されても、保管書類との紐付けができないし、
同じ理由で、この件の書類がどれなのか分からないので、返却もできません、と。

えっ……
それって、見つけらんないからヤダって言ってるってことよね。
結局、店舗には手続きをお願いしつつ、
書類を再び作成して提出し直せの一点張り。
「規定ですので」と、悪びれもしないので、
さすがの私も、ちょっとだけムッとしました。
いやあ、規定とか言われても……こっちは関係ないんだけど。
てか、どの書類のことか分からないって、何?
個人情報を何度も送らせるとか、管理、大丈夫なわけ?

目の覚めるような売り手ヨシ、買い手ムシ。
先日、Okeiさんがお役所仕事について見解を述べておられましたが、
お役所じゃなくてもお役所仕事やってる職場、あるんですね。
AIの進歩が目覚ましいと言われて久しい昨今、
「規定ですので」って、バカなんでしょうか。
それか、もしかして、そのコールセンターの人、本当はすでにAIだったとか ( *´艸`)

そういえば、先日、愛用しているアサヒ軽金属のフライパンが古くなったので、
修理というか、テフロンの再コーティングに出しました。
フライパン2枚を発送した翌日、
そういえば、活力鍋のパッキンと分銅も買っておかなきゃと思い立ち、
アサヒ軽金属のコールセンターに連絡しました。
フライパン返送の際に一緒に入れてもらもうという魂胆です。

結果はNo!でした。
まぁ、それは仕方がありません。
素人考えだと、「パッキンと分銅を入れてくれるだけでいい」と思いもしますが、
いや、まぁ、しかし、せっかく修理したフライパンが傷ついても困るし、
技術的な理由で難しいのかもしれません。
……と、思っていたら、本当の理由は、
「部署が違うから」。
曰く、フライパンの再コーティングをしている工場と、
パッキンやら分銅やらの在庫を格納してある倉庫は全然別の場所にあり、
一緒に送るのは難しいとのこと。

えっ……
それって、技術的な話じゃないじゃん。
夫の浮気と一緒で、分からないように嘘ついてくれれば許したものを、
なんとまぁ、正直な。

しかし、それすらも、寛大な私は許します。
ただ、一点、そこそこがっかりしたのは、
私が、釈然としない思いを抱えながら、
「ということは、修理品と購入品を別々に出荷してもらうとして、
その際は、どちらにも送料がかかる感じですか?」と、
暗に送料を減免してもらいたいな~という下心で尋ねたときに、
コールセンターの女性は、
「ハイ、どちらにも送料がかかっちゃいますねぇ」と、
さも、それが普通であるというような対応をされたこと。
いや、送料ぐらい払えますけどさぁ、
「申し訳ありません」と神妙に言うでもなく、
「ハイ、そうなりますねぇ」と悪びれずに言うのって、どうなのかしら。

もう、何なの、コールセンターの人。
いや、性懲りもなく私が愛用しているくらいなので、
バロー(←社名言ってるし)もアサヒ軽金属も、いい会社だと思うんです。
それはそれとして、もう、何なの、コールセンターの人。
たぶん、それぞれコールセンターは外注なんだと思うんですが、
会社本体の経営指針がちっとも反映されていない!

あ、そうそう、確定申告の話でしたね。
最近の確定申告は、国税庁のホームページから簡単に申告書を作れます。
便利になったものです。
で、作った申告書を出力すると、別紙が一枚、付属されて出てきました。
そこにはQRコードが印刷されており、
「このQRコードをコンビニの端末で読み取るとバーコードが自動生成され、
税金をその場で納付することができます」と、説明が。
はぁぁぁ、便利になったものです。
さすが天下の国税庁、
確実に納税させるためのシステムは開発が速い!


……人のふり見て……と言いますが、
私たちも、誰のために働いているのか、よくよく心に留めておきたいものです。

[SE;KICHI]

ファミリーヒストリー

NHKの『ファミリーヒストリー』という番組の再放送を何も考えずに眺めていました。
この番組は著名人の家族の歴史を本人に代わって徹底取材し、
アイデンティティや家族の絆を見つめるのが目的の番組です。
毎回幅広い著名人が出て、驚きや感動ありのドキュメンタリーになっています。
調査の過程では、ともすれば、
古文書の系譜図を頼りに江戸や戦国の世まで遡ったりするもんですから、
私は割と好きですね。

そこで、ふとこの番組を観て、自分はどうなのだろう?と思いました。

私の両親は、共に地元である富山県出身です。
母方の祖父母は施設に入っているものの、まだ存命です。
その祖父母はそれぞれ10人兄弟で、
特に祖父方は遊郭好きの曽祖父とヤンチャな曽祖母のもと産まれ、
富山市中心部から出身、県内や県外へ散り散りになり、
それぞれ家庭を成したとか。
ある人は教師に、ある人は某ガラス会社を創業したり、
ある人は芸能人のマネージャーになったり等、意外と大勢いて活躍してたりと、
何やら誇らしいのやら、遠くてそんなに実感が湧かないのやら…。
まあ母なんかは双方合わせて従兄弟が50人近くいたそうなので、
正月の顔合わせなんかは大盛り上がり!
曽祖母にも会ったことありますが、
まあ凄かったでしょうね~顔とか覚えれるのでしょうか。
お年玉とか大変でしょうに。笑

そうすると、私には、薄くても血縁のある再従兄弟姉妹なんかは、
もっと大勢いるということになります。
まさに一族って感じです。
一部は知っていますが、そのほとんどは知りません。
ですから、もはや知らないうちにその再従兄弟姉妹に会っているのでは?
とか考えてみたりします。
実際高校の頃、後輩でいました!後で知り驚きました。まさか、あの娘が?と。
これ、考えたら結構面白いことだと思います。

では、父方はどうかというと、
祖父母のうち祖父は、
私が産まれる前に亡くなっていますので会ったことありませんが、
祖母は兄弟がいて、それでも8人ほどです。
半数は戦争で戦死したり、復員したものの、
その後の回復が悪く病気で亡くなったりしたと聞きました。
残り半数は会ったことはありますが、歳もありほとんど他界しています。
だから父の従兄弟もそんなにいないのです。

ここまでのことから、
母方は大勢いて明るいイメージ、父方はほとんどいなくて暗いイメージ。
ここまでが私が何となく教えられ、知っていた自らのルーツのこと。
ここで、冒頭にも思った疑問がまた出てきました。
ん、あれ?そういえば父方のルーツは何?

知っていたのは長野県佐久市方面出身という、
富山の生まれではないということだけ。
知りたくなって聞いてみましたが、祖母は全く話しません。
父も話しづらそうでした。
母に聞くと、どうやら祖母は、”当時の嫁”としては異例の、
祖父方の実家や親戚付き合いを完全放棄して、
自分の兄弟のみの付き合いしかしてこなかったとか。
(狭く易しいコミュニティだけの付き合いだけ。嫌なことから逃げてきたのでしょうか。)
ので、祖父が亡くなった後、父が結婚したことも、私が産まれたことも、
何も伝わっていない。
逆にあちらがどうなっているかも知らない、まさに無でした。

こんなありさまですので、尚更その祖父の実家行って確かめたいと思った私は、
渋る父を連れて長野県佐久市の実家方面へ向かいました。
場所は父が教えてくれたのですが、
なにぶん行ったことないので少し緊張しました。

先祖が眠る墓
(先祖が眠る墓だそうです。眺望の良いところでした。)

まずは年賀状だけは届いていた、祖父の妹である大叔母の家に伺いました。
初めて会う大叔母は80後半ですが大変元気で、歓迎してくれました。
祖父の葬式以来です、祖母の非礼を詫び、
この24,5年間のことをざっくり話すとこから始め、
孫がもう大きくなり私と同世代、大阪と松本市にいると教えてくれました。
ひとつ、知ることができました。
これからは定期的に会うことになりました。

その次は隣、御牧ヶ原高原のある東御市へ、
弟である大叔父の家に向かいました。
父は記憶を頼りに、ここやここやと懐かしそうに案内、
高原の山の中の小高いところにありました。
インターホンを押すと、父より若い感じの息子らしい人が出てきました。
父は懐かしそうな表情で、葬式以来やな!と話しかけていました、
どうやら従兄弟みたいです。
そうしているうちに奥から大叔父が出てきました。
こちらも初めて会いましたが、とても元気な方です、
突然の久方ぶりの来訪にびっくりしていました。
そして、とても祖父にそっくり瓜二つなのです。笑
(私は写真の祖父しか知りませんが、父曰く、まるで親父と会っているみたいだそう。)
産まれる前に亡くなっているので、祖父に会ったことはありませんが、
まるで祖父と会っているような気分になりましたね。
随分と無沙汰であったにも関わらず、よく来たと歓迎してくれました。

しばらく会わない間のことなどざっくり話しながら、
自分より年上の孫が東京と宮城県仙台市にいること、
また祖父のことや、この一族のことなど聞きました。

話によると、どうやら大叔父の住むこの家が、皆の本当の実家だとか。
一族に関しては、古くは刀鍛冶の職人をしながら、
宮内庁に献上する馬を高原で育てる兼業する、
吉澤という姓の家だったらしいですが、
今の姓の家が男児が産まれなかったことから、
長男ながら婿入りしてきて、変わったそうです。
祖父に関しては、旧制中学を卒業後、
長男であるにも関わらず単身石川県小松市に渡り、
海軍の爆撃機通信兵として訓練を受け、出撃間近で終戦。
その後鉄工所などで技術を学んで転々とした後、
不二越に就職し、富山へ住み着いたこと等、様々教えてくれました。

何から何まで驚きの連続でした、
自分の先祖はこうだったのか!などと。

そして、そんないろんな人がいて、今の自分がいるんだと思うと、
ありがたいなと感じました。
自分に関する、家族の知らなかったことや、
そのルーツを知ることができ、本当に良かったです。
本当の孫を見るような優しい目で歓迎してくれたその大叔父とも、
定期的に会うことになりました。
そのことを聞いた兄弟達も意外と気になっていた?そうです。
後日会いに行きました。


実家から見える浅間山
(実家の方から見える浅間山、雪が被って本当に綺麗でした。)

まさに驚きの感動の連続でした。
全て知り得たわけではないですが、これが私のファミリーヒストリーです。

自分は一人ではなく、誰かの繋がりから始まり、
その人達の様々な思いや、物事の上に生かさせてもらっている。

両親共にそうですが、改めて関わりある全てに感謝したいと思います。
また、これからは自分の時代のファミリーヒストリーを、
子やその先の孫に一生懸命紡いでいこうと思いました。

[K.K]

一日一生。

お通夜に参列したときの話です。

以前、『ロマンチックな世界観』ということで特殊な世界観について書きましたが、
私も、その記事でご紹介した方と同じで、
人間は修行のために地上に生まれ、修行が終わると天国に帰る
という、修学旅行のような人生観を持っていますので、
基本的に、人の死を悲しいことだとは感じなくなっています。

それが、先日、悲しいというか、凄いなと思うお通夜に参列しました。

故人は51歳の主婦の方でした。
乳がんからの転移を繰り返し、5年も闘病した末に、
高校1年生と中学1年生の2人の娘さんを遺して亡くなりました。
ママ同士の交流があったのでしょうか、
制服をまとった娘を伴う母子連れが多く参列していたのが印象的でした。

読経が終わり、喪主の挨拶に移ります。
憔悴した喪主は開口一番「みなさん、申し訳ありませんでした」と謝りました。
彼は、妻が闘病中であることを誰にも言っておらず、
今日、突然、訃報という形での案内になったことを詫びたのでした。
私は喪主と交際があっただけで、
故人である奥さんのことは存じ上げない立場だったので、
私が病状を知らないのは別に不思議ではなかったのですが、
驚くことに、その挨拶によれば、娘たちにすら病状は伏せられていたとのこと。
故人はこのお通夜の前日に亡くなっているのですが、
娘たちに母の死期が知らされたのは、さらにその前日だったそうです。
この徹底して隠すという故人の遺志に、私は矜持を感じ、感嘆します。

また、故人は亡くなる少し前から、
ゴミの捨て方を間違わないように伝授したり、
娘が自分で弁当を作れるように指導したり、
いろいろのことを精力的に教え込んでいたといいます。
これは、明らかに“引き継ぎ”です。
その時の心境というのは、どのようなものだったのでしょうか。
本当は闘病を実らせて復活したかったはずですが、
どうやらそれは叶わず、
娘に弁当を作り続けることはできないらしいと悟ったとき、
母親として、娘が自分で生きていけるようにと方法を与えたわけです。
その時の心境というのは、どのようなものだったのでしょうか。

元来、子育てとはそういうものだと思うのです。
最近では過保護な親が増えたと聞いていますが、
蝶よ花よと祭り上げられた子供が何もできないのは当然で、不幸なことです。
親がいつまでもエサを口に入れてやるわけにはいかないのです。
いつかは自力でエサを探せるようになってもらわないといけないし、
いつかは天敵から自分で身を守れるようにならなくてはいけない、
いずれは森に放つつもりで育てないといけないのです。
亡くなった彼女の場合は、そのいつかが今だったということでしょう。
巣立ちが高1と中1というのはいささか早かったのかもしれませんが。

いや、実際のところ、私も死にゆく肉親を見送った経験がありますが、
日に日に衰えていく母親の姿に、
娘たちが何も感じていなかったということは考えにくいでしょう。
母親が、どうして自力で弁当を作ることを強要してくるのか、
本当はみんな分かっていたはずなんです。
しかし、母親はそのことを明文化せず、娘たちも尋ねない、
あえてそのことに誰も触れないという空間がそこにあったのでしょう。
そこには関係者全員の覚悟を感じます。

最終的に、娘たちが満足に弁当を作れるようになったころ、
つまり、自分でエサが獲れそうに育った娘たちの姿を見届けたころ、
故人はついに亡くなってしまったわけです。
亡くなってすぐ、葬儀の準備をするなかで、
あらかじめ「もしもの時に使ってよね」なんて、
冗談めかして撮っていた記念写真を遺影に使おうと取り出したところ、
その額の裏に、笑顔のイラストとともに、
「楽しい人生でした。ありがとう。」と書かれていたとのこと。
喪主が膝から崩れたのは想像に難くないことです。

このような喪主の挨拶は、私が過去に聞いた挨拶のなかでは長いものでした。
かつて私が喪主を務めたときのことを思い起こしても、尋常でない長さでした。
しかし、ぜんぜん迷惑などではなく、
私はこの喪主の挨拶を聞いて、いたく感銘を受けたのでした。
うまく言えないのですが、
心配をかけぬようにと娘にすら病状を隠した彼女の生き方は、
遺された家族がしっかり生きていけるように必死で段取りした彼女の生き方は、
最期の最期に相手に感謝を伝えようとメッセージを残した彼女の生き方は、
相当に立派な生き方であり、相当に立派な死に方だと感じます。
そして、生きるということはどういうことなのかを、
改めて感じさせてもらった気がします。

どの人も不死身ではないし、死が迫ることは自分にも起こりうることなのに、
みんな、もちろん、私も含めてですが、そんな日は来ないと思ってるのか、
私たちは本氣で生きてない感じがします。
それはいつもぬるくて、必死に生きて死んでいった人に失礼だなって思いました。
実は、私、昨年から終活を勉強し始めているのですが、
本気で生きていない人ほど、あるものに執着しているというか、
身の回りの整理が大変になるように感じています。

一日一生。
大昔にも書きましたが、人生は1日1日の繰り返しです。
しかし、それは、ある日、必ず終わるんです。
それがいつかは、分かりませんし、終わり方も人それぞれです。
いつ終わるかなんて分からないのだから、
今日、終わっても悔いなしと思えるよう、必死で生きたいと誓ったお通夜でした。

[SE;KICHI]

きれい好き

森永のチョコフレークという昔からあるスナック菓子が、
夏までに生産を終了することになりました。

森永チョコフレークhttps://www.morinaga.co.jp/choco_flake/

小さい頃は好きだったので学校の遠足にはいつも持って行きました。
天気がいい時はチョコが溶けて全部くっついて塊になってしまうのですが、
好きなので懲りずに毎回持って行きました。
なんだか残念です。

テレビを見ながら食べているうちはよかったのですが、
スマホやゲームをしながら食べるには、
手がベトついて汚れるので食べにくいというのが、
終了の一因として言われています。
味ではなく食べ方の問題なんですね。
そう言えばケンタッキーでもチキン専用の指手袋を導入しましたからね。
「ゆびキレイ」と言う物で日本オリジナルだそうです。
まあ発想が日本的ですよね。

という事で、今は個包装された一口サイズのお菓子が人気です。
チョコレートだと、キットカット、チロルチョコ、スニッカーズ、
その他グミやハイチュウ等。
これらなら手を汚さずに「ながら食べ」できますね。
手が汚れないという事でポテトチップスやスナックをお箸で食べる若者もいますが、
近い将来それも面倒くさいということで、
形を変えて発売されたりするお菓子があるかもしれませんね。
そう思うと人間はどんどんなまくらになっていきますね。

先日久しぶりに銀杏を食べました。
お店ではなく家で食べたのですが、
私はあらかじめ殻を割って紙袋か封筒に入れてレンジでチンして、
熱いうちに薄皮をむいて塩を振って食べます。
文章にすると簡単そうですが、殻を割るのと薄皮をむくのが大変です。
ですからしょっちゅうは食べません。
ましてや銀杏の木の下に落ちているのを拾ってくるところからやると、
殻の状態にするまでに匂いと手間が半端ないです。
季節になると神社などで拾っている人を見かけると、
ああ、今からやるんだな、お疲れ様ですと心の中で思います。

また、しばらく前に人から栗をもらったので栗ご飯にしようと思い皮をむき始めると、
割と早目に後悔します。
やり方が下手くそなのか、
むく時にある程度包丁で皮をむいてから爪を使ってむくのですが、
爪の間に皮や薄皮が入り込んでとても痛いのです。
もらったのはありがたいのですが、しばらく栗はいいと思ってしまいます。

まあでも銀杏にしても栗にしても、
あらかじめ皮をむいてある既製品に比べると、味や食感は抜群にうまいです。
月並みな言い方ですが、手を汚してかけた手間も味に含まれるのでしょうか。

工場で量産される食べやすさを追求した便利な食べ物もいいですが、
季節を感じながら手間をかけた食べ物を、
何かをしながらではなく、ちゃんと食事として、
ゆっくり食べる贅沢な時間を過ごすのもいいと思います。

[KAZSOU]
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