FC2ブログ

飛鳥の執念➉ ~天皇の名前

ちょっと変化球で行きますが、
奈良時代後期の貴族に淡海三船という人がいました。
この人物は、奈良時代以前の歴史散歩好きにとっては欠かせない人物です。

乙巳の変(大化の改新)で有名な中大兄皇子が天智天皇として即位するのは、
近親相姦とかなんだかんだあって、先代の斉明天皇が崩御してから6年半後、
正式に即位した時には既に42歳でした。
42歳って、いまでは働き盛りの年代ですが、
当時は寿命が短く、実際、天智天皇も46歳で崩御しますので、
42歳と言えば、もはや晩年と言っても差し支えないほどの年齢です。

さて、42歳で即位した天智天皇は、
弟の大海人皇子を皇太弟に指名しました。

ところで、この大海人皇子という人は、天智天皇の弟でありながら、
皇后となった鸕野讚良皇女や、その姉の大田皇女のほかに、
兄・天智天皇の娘(つまり自分の姪っ子)を4人も妻にしたうえ、
さらに、それとは別に6人、合計10人の妃を持ちました。
その一人が、私が峰不二子似説を提唱している額田王です。

この額田王は、最初、大海人皇子の妃で、十市皇女という娘を生んでいますが、
のちに、大海人皇子は兄の天智天皇に額田王を奪われてしまっています。
そして、大海人皇子と額田王の娘である十市皇女は、
天智天皇の息子である大友皇子の妻となり、葛野王という子を産んでいます。

さて、弟の大海人皇子を皇太弟に指名した天智天皇、
これは、簡単に言えば「次は彼です」という内外に向けた宣言なのですが、
その2年半ほど後、天智天皇は大友皇子を、史上初の太政大臣に指名しました。
突然作られた太政大臣というのは皇太弟より上の立場で、
これは、「次は彼です」といったん指名していた弟の大海人皇子を飛び越え、
その上に自分の息子を据えた形です。
つまり、天智天皇は、いったんは弟を後継指名したものの、
そのうち、わが子・大友皇子を後継者にしたいと思い始めてしまったということでしょう。

この時代、権力者にとって目障りな人物は容赦なく粛清されますから、
大海人皇子は震え上がったはずです。
その結果、大海人皇子は皇太弟を辞退し、出家して山奥に隠れてしまい、
代わりに大友皇子が皇太子になりました。
まぁ、たぶん、天智天皇の思う壺でしょう。

天智天皇が死ぬと、大友皇子が(即位したかどうかは不明ですが)後継として朝廷を主宰します。
その半年後、山奥の大海人皇子は挙兵を決意して山奥から脱出、
武力で大友皇子を自殺に追い込んで、自ら即位し、天武天皇となりました。(壬申の乱)
大友皇子の妻であり、天武天皇の娘である十市皇女の悲壮感
計り知れませんね。

しかし、こうなってしまうと、自殺した大友皇子を父に持つ葛野王の立場が、
俄然、不安定なものになっていきます。
天武天皇の死後、その皇后の鸕野讚良皇女は持統天皇として即位し、
わが子・草壁皇子の継がせるために執念を燃やします
が、
葛野王は、その彼女にひれ伏し、草壁皇子後継のために尽力しました。
まぁ、そうしなければ生き残るすべはなかったでしょうから、
保身のために魂を売ったとも言えますが、
ある意味では“うまく立ち回った”というわけです。

その葛野王の子が池辺王という人物で、さらにその子が、冒頭の淡海三船です。
縷々書き連ねてきたのは、
彼が天智系の正統であるということを伝えたいがためですが、
天智系は壬申の乱で非主流派に追いやられており、
この人物は大友皇子の曽孫でありながら、若いころから出家していました。
しかし、30歳ころに勅命により還俗させられて御船王に戻ったのち、
淡海の氏姓を賜って臣籍に降下し、淡海三船と名乗っているわけです。
それはともかく、彼の最大の功績は、
初代神武天皇から第44代元正天皇までの、
ほぼ全部の天皇の漢風諡号を決めたこと
です。

実は天皇の呼び名というのは、在位中から本人が名乗っているわけではなく、
退位後、第三者が決め、そう呼ばれるものなので、
たとえば桓武天皇の“桓武”という称号は崩御後に贈られた名前なので、
生前、「桓武さ~ん」と話しかけても、
「は~い、桓武で~す」ということにはならないのです。
つまり、どの天皇も、基本的に在位中はその名前では呼ばれていないのですが、
この天皇の名前について、初代から第44代までの分を決めたのが淡海三船で、
そういうわけで、彼は歴史散歩好きにとっては欠かせない人物です。

というより、この記事に出てきた斉明天皇も天智天皇も天武天皇も持統天皇も、
全部、彼のネーミングなんだということです。
臣籍降下ということで、皇族としては主流ではなかったのかもしれませんが、
“名付け親”として、現在に至るまで名が遺っているというのは、
それはそれで、大を成した人生だったのだなぁと感心します。

[SE;KICHI]
スポンサーサイト

『社員心得帖』

松下幸之助さんの「社員心得帖」を読ませていただきました。
新人・中堅・幹部社員と順を追って読んでいったのですが、
特に中堅社員までのところで思ったのは、
全てではないですが、昔に学校の先生や社会人になってからの先輩に、
そのように言われ、指導をいただいたことを思い出しました。

「体調管理も仕事のうち」
当たり前と言えばそれまでですが、
若い体力がある頃は、
多少の無理をしたり夜更かしをしたりしても大丈夫と思い、
失敗につながることもありました。
仕事を任され、やり遂げようとすると、
プライベートの時間を調整することは必要になってくると思います。
もちろん過度の残業や休日出勤が良いということではありませんが、
乗り越える心の成長のようなものはあったと思います。

叱られることについても、
注意してくださる方は、
私に興味を持ってくれている人だと思っています。

書には叱られて喜んでいるような紹介もありましたが、
私は進んで叱られたいとまでは思わないですし、
褒められるほうが嬉しいです。

でも一番困るのはダメなのに何も言わないことだと思っています。
自主性とか個性はもちろん大切です。
ハマれば効果も大きいと思いますが、
間違っているのに注意しないのは、見捨てている感じがします。

街中で注意して逆ギレされても困るのは分かります。
刃物で刺されたような事件もありましたから、
言い方やり方・状況には注意しなくてはいけないです。
そもそも逆ギレって、自分が間違っていることをわかっているが、
認めたくない・謝りたくないからするのですかね?
キレても解決することはないのだけど。

自分も感情をコントロールできているかわからないけど、
逆ギレはしないようにしたいものです。 

人を育てることは大切です。

やりたいと思ってもらえるように伝えるのも思うのも、
両者の気持ちが通じないと好きになることはないのだろうと思います。

大変わかりやすく書いてありました。
他の方にもまわしたいと思います。

[WAKA]

何様のつもり

正月早々、わざわざ引っ張り出すようなことでもない気もしますが、
生き方として、自らの指針にしたいこともあり、意図的に披瀝します。

一昨年の話になりますが、東名高速道路の下り線で、
迷惑な男が、家族連れの乗ったワゴン車を追走し、
蛇行運転などで進路をふさいで停車させるということがありました。
この事件では、その迷惑男が、手前のパーキングエリアで、
家族連れのパパに駐車マナーか何かを注意されていたとのことです。
つまり、そのことを恨みに思った迷惑男が、
注意した家族連れのワゴン車を追いかけ回し、
結果、高速道路上でムリに停止させられたワゴン車の夫婦が、
娘2人を遺して落命してしまうという、
なんとも痛ましい結果になってしまいました。

この事件で危険運転致死傷などの罪に問われた石橋和歩被告に対して、
昨年12月14日、横浜地裁は最終的に懲役18年を言い渡したわけですが、
そもそも、停車している車輛に対して「危険運転」が認定されるのかどうか、
判例が乏しく、法解釈がグレーゾーンだったために、
一般人が裁判を担当する裁判員制度の対象だったにもかかわらず、
えらく高度な法判断が求められたようで、その判決が注目されました。

まぁ、それは、いいんです。
私は判決に対して……特に感想はないですね。
いや、石橋被告については、逮捕前にテレビのインタビューで、
「言われたらカチンとくるけん、こっちも人間やけん」
と言っていたことだけは不快に感じますが、
量刑が適切だったかどうか、私には、特に感想はありません。
ただ、裁判員の方が判決後に記者会見され、
感情を抑え、過度に被害者に感情移入することなく、
法に基づいて判断することが大変だったと言っていたのが印象的でした。

ところが、最近のネットニュースにはわざわざコメント欄があって、
その裁判員の方の会見の後、なぜ感情を抑える必要があるのか、
被害者に感情移入して何が悪いのかという議論が巻き起こり、
しまいには、「18年で出てくるなんて許せない」とか、
「これは致死罪ではなく殺人罪だ」とか、
「2人殺したんだから死刑にすべきだ」というコメントがたくさん出ました。

私は、これに、何様のつもりかと思うのです。
そもそも、たとえば懲役18年というのは、
「18年間、刑務作業などを通じてきちんと反省しなさい」ということで、
基本的に更生を期待した制度なわけですよね。
あまりに罪状が重い場合には、
更生を期待せずに死刑などが選択されることもあるのでしょうが、
基本的には「更生するにはこれくらいかかるでしょう」という年数が量刑のはずです。
つまり、人間は更生するんだということを前提とするシステムであって、
「危ないから閉じ込めておけ」という考え方ではないはずです。

逆に言えば、その「危ないから閉じ込めておけ」という考え方は、
基本的に、人間は、年数をかけて反省しても変わらないという考え方です。
私は、そんなはずはないと考えています。
機根は人によってそれぞれでしょうが、人間は変わると信じています。
だって、どの人も、生まれつきのまま成長していない人はいないでしょう。
年数をかけても人間は成長しないのだったら、
学校も行かなくていいし、習い事もムダですよね、
逆上がりとか縄跳びとか、コツコツ練習することは全部ムダです。
……人間は変容するんですよ、仮にゆっくりとであっても。

本人は、法廷で、いちおう謝罪の言葉を口にしたそうですが、みんな、そこは無視。
「あんなヤツが反省なんてするわけない」と言わんばかり。
繰り返しますが、何様のつもりかと思うのです。
悪いことをした者は、心の底から真っ黒なのか、
何故、そんなことを他人が言えるのか、そういうオマエは真っ白なのか、と。
おそらくは、石橋被告がいけ好かないキャラクターだったことも相まって、
なんだか、みんなして「殺せ! 死刑にしろ!」と言っているようで、
私はなんだか、怖さを感じるのです。

最近の世の中はどうなってるんでしょうか。
マクレガーの「XY理論」で言うところの、
X理論で生きている人が増えたんでしょうか。
だとすれば、マクレガーが提唱したとおり、
世間が低次元化してきているということでしょう。

私は、自らの指針として、他人に対する見方は Y理論でありたいと思うし、
ゆえに、人間は反省などを経て変容(すなわち成長)するものであり、
周囲の人間には、それを信じて見守る忍耐力が求められると思うのです。

私は、別に石橋被告の肩を持つわけではありませんが、
そもそものポリシーとして、人間は善なりと思っているのです。
よく、葬儀などで、「生かされている私」と言われたりしますが、
もし、誰か偉大な存在から生かされている私たちなのであるならば、
私たちの本性が悪であるはずがないではありませんか。

2019年、私の戒は、「人間は善なりと信じる」ことにしたいと思います。

この話は、そのうち続きを書きますね。

[SE;KICHI]

予祝

“あえのこと”というのをご存知でしょうか。
毎年12月5日、一年の豊穣に感謝し、
収穫を終えた田んぼから「田んぼの神様」を自宅に迎え、
翌春の2月9日まで、
見えない神様を、あたかも人間のように入浴と食事でもてなし、
長く厳しい冬を家族と一緒に過ごすという、奥能登の民俗行事です。

あえのこと
https://food-japon.com/p/news/aenokoto-gourokuan

さて、昨年11月、
男鹿のナマハゲなど10件が、『来訪神;仮面・仮装の神々』ということで、
ユネスコの無形文化遺産に認定されました。

ナマハゲ
https://forbesjapan.com/articles/detail/24195#

ナマハゲから連想すると、鬼のような異形の者が襲ってくるイメージが浮かびますが、
儀式として注目すべきなのはそこではなく、
大事なのは、年に一度、決まった時期に人間界に来訪するとされているところです。
そういう意味では、“あえのこと”も、異形ではないものの、れっきとした来訪神で、
2009年にはとっくに世界無形遺産に登録されていました。

そもそも、日本人というのは、
「普段はいない神様が特定の時季にだけやってくる」という考え方が好きです。
ユネスコの無形文化遺産という“肩書き”がついたので、
来訪神に、やや堅苦しいイメージがついてしまった感がありますが、
本来、日本人にとって、来訪神というのは馴染み深い存在でしょう。

だって、たとえばお正月。
「数え年」というのがありますが、あれは、
元日にお出ましいただく神様から1年を授かるという考え方から来ているもので、
いわば、日本人全員の誕生日を元旦に設定するという感じのもの。
年に一度の儀式ということですから、これも来訪神と言えるでしょう。

そうそう、お正月といえば、みなさん、
玄関に門松を飾って注連縄を張りましたでしょうか。
あれは、神様をお迎えする準備だと言われています。
門松は、来訪する神様に「この家ですよ」とお知らせする看板みたいなもの、
注連縄はそのエリアが不浄でないように結界を張るセコムみたいなものです。
つまり、来訪する年神様に備えて飾っているわけです。

何が言いたいかというと、
何のためにそれをやるのかを考えることが大事ということです。
最近では、門松や注連縄を完備している家は少なくなりましたが、
門松や注連縄を飾らない家でも、鏡餅は置くかもしれません。
最近では中に砂糖が詰めてあるプラスチックの鏡餅なんてのも売ってますが、
鏡餅は神様の大好物で、それ自体が依り代にもなる……というわけで、
それを知ったら、砂糖で代用なんてダメですよね。

そもそも、新年を祝う理由を考えたことがあるでしょうか。
お正月がめでたいのは、新しい年が明けたから……ではありません。
お正月がめでたいのは、日本古来の予祝という考え方によるからです。
予祝……あらかじめ祝う……前祝いです。
何の前祝いかって、古代日本人の一番の願いは秋の豊作です。
稲がたわわに実って、お米がどっさりとれることが大事ですから、
その願いの実現を引き寄せるために、
お正月に、その一年の五穀豊穣の前祝いをしているわけです。

春先の“お花見”も、
時節柄、たまたま桜がきれいに咲いていたから眺める……のではありません。
そんな、風流というか感性的な話ではなくて、
秋の豊作に感謝する“祭り”の一種だと言われています。
これも、日本古来の予祝という考え方によるからです。
春に満開に咲く桜を、秋のお米の実りに見立て、
仲間とワイワイお酒を飲みながら喜び、お祝いすることで、
本願である秋の豊作を引き寄せるというわけです。

夏の盆踊りも、夜が暑くて眠れないから踊る……のではありません。
あれも、予祝、秋の豊作を喜ぶ踊りです。

このように、もともと日本人は、
すでに叶ったという気分でお祝いするのが習慣づいている民族です。
先に喜び、先に祝うことで、その現実を引き寄せるというのが、
古代日本人がやっていた、夢の引き寄せの法則なのです。
あらかじめ叶ったという気分になっておけば、
「あぁ、めでたい。神様、ありがたいなぁ。ご恩返ししなくちゃなぁ」と、
感謝の気持ちも高まろうというもの。
結果、一種の自己催眠もあって、現実が追い付いてくることでしょう。
日本という国は、それを個人ではなく、国家全体でやっている国で、
そりゃあ、感謝・報恩の文化が育まれるはずです。

ちなみに、予祝の本質は、いま、喜ぶこと。
いまの喜びは、未来の喜びになるわけです。

さぁ、みなさん。
1年分の大繁栄を祝おうではありませんか。

[SE;KICHI]

年頭の御挨拶

新年あけましておめでとうございます。

旧年中は格別のご高配を賜り、誠にありがたく厚く御礼申し上げます。

少子化、労働者不足などと言われておりますが、先月は外国人労働者の受け入れの拡大のため改正出入国管理法が可決、成立しました。具体的な策は不透明なままで不安な状況が続いております。

そのようななか、私どもは、皆様のご支援のおかげで無事新年を迎えることができました。感謝致しますと同時に、今後も皆様にご満足頂ける真のサービスをご提供できるよう、日々努力して参りたいと存じます。

本年もより一層のご支援を賜りますよう、従業員一同心よりお願い申し上げます。
また、皆様のご健勝とご発展を祈念いたしまして、新年のご挨拶とさせていただきます。

代表取締役 松田 昌貴
プロフィール

kkseishin

Author:kkseishin
株式会社セイシン
私たちは工場設備機器を中心に、お客様にご提案・販売をしている総合商社です。

■富山本社/〒930-0821
富山県富山市飯野16番地の5
TEL:(076)451-0541
FAX:(076)451-0543

■新潟営業所/
〒950-1142
新潟県新潟市江南区楚川甲619番地6号
TEL:(025)283-5311
FAX:(025)283-7469



URL:http://www.kk-seishin.com/

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR