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年末ですね。

先日いつも行く床屋で店主と話していたら、
若い男性が車に乗っていて、
後ろから来た車に追突されてどうしたらいいのかわからなくなり、
怖くなってその場から逃げたそうです。

ビックリしますね。
追突されて逃げるくらいですから、
人をはねたりしたらやはり逃げるのでしょうか。
恐ろしい話です。
そんな人に車に乗って欲しくありませんよね。

暗くなるのが早くなって来ました。車の運転には十分に注意しましょう。

今年も残すところあとわずかとなりました。
本年もたくさんの方々にお世話になり、心から感謝申し上げます。
来年度は、皆様にとって明るい年になることを強く願っております。

来年もどうかよろしくお願い申し上げます。

[M M]
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耐ヘ難キヲ耐ヘ忍ヒ難キヲ忍ヒ

よく、戦争モノ、特に終戦を扱ったような映像作品を見ると、
雑音だらけのラジオから終戦の詔書が流れていて、
聞きながらみんなが呆然とするというシーンをしばしば目にします。
私は、実際にその時代を生き抜いてきた世代ではないので、
長らく、そんなもんかなという感じでそのシーンを眺めてきたのですが、
それにしても不思議なのは、そのシーンで流れる文言が、
きまって 耐え難きを耐え忍び難きを忍び・・・ だということ。
そして、その文言の、なんとなくのイメージとして、
「屈辱的なところを耐え、降伏を受け入れます」という内容なのかなと思ってきました。
だって、みんな呆然としてるし。

終戦の詔書、正式には『大東亜戦争終結ノ詔書』と言いますが、
全文を調べてみた私はびっくりしました。

朕深ク世界ノ大勢ト帝国ノ現状トニ鑑ミ非常ノ措置ヲ以テ時局ヲ収拾セムト欲シ茲ニ忠良ナル爾臣民ニ告ク
朕ハ帝国政府ヲシテ米英支蘇四国ニ対シ其ノ共同宣言ヲ受諾スル旨通告セシメタリ
抑々帝国臣民ノ康寧ヲ図リ万邦共栄ノ楽ヲ偕ニスルハ皇祖皇宗ノ遣範ニシテ朕ノ拳々措カサル所曩ニ米英二国ニ宣戦セル所以モ亦実ニ帝国ノ自存ト東亜ノ安定トヲ庶幾スルニ出テ他国ノ主権ヲ排シ領土ヲ侵スカ如キハ固ヨリ朕カ志ニアラス
然ルニ交戦已ニ四歳ヲ閲シ朕カ陸海将兵ノ勇戦朕カ百僚有司ノ励精朕カ一億衆庶ノ奉公各々最善ヲ尽セルニ拘ラス戦局必スシモ好転セス世界ノ大勢亦我ニ利アラス加之敵ハ新ニ残虐ナル爆弾ヲ使用シテ無辜ヲ殺傷シ惨害ノ及フ所真ニ測ルヘカラサルニ至ル
而モ尚交戦ヲ継続セムカ終ニ我カ民族ノ滅亡ヲ招来スルノミナラス延テ人類ノ文明ヲモ破却スヘシ斯ノ如クムハ朕何ヲ以テカ億兆ノ赤子ヲ保シ皇祖皇宗ノ神霊ニ謝セムヤ是レ朕カ帝国政府ヲシテ共同宣言ニ応セシムルニ至レル所以ナリ
朕ハ帝国ト共ニ終始東亜ノ解放ニ協力セル諸盟邦ニ対シ遺憾ノ意ヲ表セサルヲ得ス帝国臣民ニシテ戦陣ニ死シ職域ニ殉シ非命ニ斃レタル者及其ノ遺族ニ想ヲ致セハ五内為ニ裂ク且戦傷ヲ負ヒ災禍ヲ蒙リ家業ヲ失ヒタル者ノ厚生ニ至リテハ朕ノ深ク軫念スル所ナリ
惟フニ今後帝国ノ受クヘキ困難ハ固ヨリ尋常ニアラス爾臣民ノ衷情モ朕善ク之ヲ知ル然レトモ朕ハ時運ノ趨ク所 耐ヘ難キヲ耐ヘ忍ヒ難キヲ忍ヒ 以テ万世ノ為ニ太平ヲ開カムト欲ス
朕ハ茲ニ国体ヲ護持シ得テ忠良ナル爾臣民ノ赤誠ニ信倚シ常ニ爾臣民ト共ニ在リ若シ夫レ情ノ激スル所濫ニ事端ヲ滋クシ或ハ同胞排擠互ニ時局ヲ乱リ為ニ大道ヲ誤リ信義ヲ世界ニ失フカ如キハ朕最モ之ヲ戒ム
宜シク挙国一家子孫相伝ヘ確ク神州ノ不滅ヲ信シ任重クシテ道遠キヲ念ヒ総力ヲ将来ノ建設ニ傾ケ道義ヲ篤クシ志操ヲ鞏クシ誓テ国体ノ精華ヲ発揚シ世界ノ進運ニ後レサラムコトヲ期スヘシ爾臣民其レ克く朕カ意ヲ体セヨ


まず、意外と長いことに驚きますよね。
それと、しょっちゅう耳にする“耐え難きを耐え忍び難きを忍び・・・”というのが、
途中の地味な場所に埋め込まれているというところも。

心して読んでみると、意外と重要なことが述べられています。
特に2段落目、
曰く、天皇が、万国の共存共栄を喜びとすることを心掛けておられたこと。
曰く、宣戦の理由が東アジアの安定と独立自存を希求したものだったこと。
曰く、天皇が、他国の主権を奪い、領土を侵略することなど望んでいなかったこと。

7段落目では、
この先、感情に任せて事件を起こすなよと、好戦的な輩を牽制し、
そういうことをすると世界の信義を失うことになるぞと戒めています。

そして、最後の8段落目、
国を挙げて、各家庭でも子孫に語り伝え、神国日本の不滅を信じ、
持てる力の全てを未来への建設に傾け、道義を重んじて、志操を堅固に保ち、
誓って国体の精髄と美質を発揮し、
世界の進む道に遅れを取らぬよう、心掛けよ・・・・・・と述べられています。

確かに戦後日本は、「持てる力の全てを未来への建設に傾ける」ことと、
「世界の進む道に遅れを取らぬよう心掛ける」 というところだけは、
必死になってやってきたのだと思います。
その証左が高度経済成長なのだと思いますが、
一方で、「神国日本の不滅」とか「道義」とか「志操」については、
すっかり忘れてしまっているように思われるのです。
いまどき、「神国日本の不滅」などというと、
軍国主義への回帰か、そうでなければ極右かという、
ものすごく歪曲されたイメージでしかみられないという始末で、とても残念です。
つまり、物質的な建設と、世界に遅れるまいとする姿だけが肥大化し、
連綿と続いてきた高い精神性を投げ捨ててしまったのでしょう。

国家にとって民族にとって、民族意識こそ最大最強の武器であるはずです。
日本軍は物理的には弱かったけれど、精神性の高さで他を圧倒しました。
連合国がもっとも恐れたのは、日本の軍事力などではなく、
日本人の民族意識や精神力だったわけですよ。
それゆえに、マッカーサーは、戦後処理のまず最初に、
日本の民族意識を粉砕するべく、新憲法によって精神性を無力化したのです。
日本人の精神力を骨抜きしにして、精神的に丸腰にすることこそが、
連合国にとっての、日本の最大の武装解除だったのです。

コレ、もっとちゃんと学校で教えたほうがいいんじゃないですかね。
“耐え難きを耐え忍び難きを忍び・・・”というフレーズだけが有名ですが、
むしろその部分にはたいした意味はなく、
全文、特に8段落目から、
昭和天皇の、日本の行く末を案じる気持ちが伝わってきますよね。

まもなく平成30年。
すなわち、昭和天皇崩御から30年。
あたかも今日の日本のていたらくを、
すでに50 年以上も前に予期されていたかのようです。

[SE;KICHI]

今年の頑張り

来月誕生日を迎えると、40代に突入するまで残すところあと一年となります。
振り返れば38歳だった今年、大小様々な初体験を多くしました。
特に夏に行った念願の舞妓体験が大きな目標達成でしたが、
なんと! 
秋に!! 
花魁体験までしてきちゃいましたあああああ!!!!!

花魁体験①

事の発端は、
春先に舞妓体験をどうしてもしたいのだと友人に話していたところ、
その友人は花魁体験をしたいと言って、
互いにしたいよねって盛り上がってその話は終了していましたが、
私のほうではやるのだと宣言していただけのつもりが、
友人の思いは一緒に体験にいくことになっており、
舞妓体験を報告したところ、「あれ?一緒に行くはずじゃあ・・・??」となり、
それじゃあ、今年の秋の平日に臨時休業があるから、
その時に一緒に行こう!と話がまとまり、
ぎり30代(ぎりは私のほうだけですが)の、
奥様2名での日帰り京都旅行へ行ってまいりました。

花魁体験してきての感想は、
率直に、すごくすごぉく楽しかった☆、です。
少しでも興味がある方には、ぜひともおすすめしたいです!
しかも、出発地点は雷を伴う雨のなか、京都は青空が広がる秋晴れ。
京都の醍醐味と言われるような紅葉シーズンに紅葉を堪能することなく、
スタジオで撮影してもらい速攻で戻ってくるという、
ある意味なんとも贅沢な旅行となりました。

舞妓体験との違いは、お化粧をがっつりしてもらうところ。
体験処によってはお化粧の仕方も様々なのでしょうが、
舞妓体験の時に私がやってもらったのは水化粧の白塗りで、
目尻に少し赤い色を施してもらうもの。
もちろん普段のお化粧とは全然違うものですが、実に上品な仕上がりです。
対して、今回行った花魁体験のところは一言でいえば派手。
まず何と言ってもつけまつ毛。
私、つけまつ毛を付けたことが一度もなかったので、“初つけま”だったわけですが、
なんといきなり3枚重ね。瞼が重く感じたのはいう間でもありませんが、
つけまつ毛威力、絶大ですね。
目力が半端なかったです。
それにアイシャドウを目の周囲広範囲に入れてもらい、
アイラインもしっかりとひかれ、仕上がった顔は私の顔ではなかったです。
濃いお化粧ではありますが、あまりにも普段の自分の顔とかけ離れており、
濃いメイクは似合わない私(と本人が勝手に思っている)ですが、
違和感が一切なかったです。

テンション上がりまくりのまま着付けをしてもらったのですが、
それこそきっちり着付けてもらう舞妓さんとは違い、肩があらわに。
もちろんここまできたらお任せです。
それよりも、この花魁体験で最高齢の体験者が80代の女性だと聞き、
40歳目前の私でもまだまだ大丈夫だと、
撮影前にいい具合に肩の力が抜けました。

さて、撮影はというとやはりさすがはプロのカメラマン。
いい気分に乗せてくれます。
自分はきれいなのではないか、
モデルとしても素質があるのではないかと思わせるような軽妙なトークで、
緊張することなく撮影が進みました。
落ち着きを取り戻せば撮影のためのトークだとわかるのですが、
まあほんと、上手です。
実に気分よく、時間が過ぎました。
だからこそ、本当にあっという間でした。
楽しい夢のような時間は本当にあっという間です。

撮影が終わりメイクルームに戻って鏡を見ると、
撮影用のライトで乾燥していたのでしょう、
目元や口元に普段ならそこまで気にならない皺までもが多数、
くっきりと浮かび上がっていました。(厚化粧なので刻まれっぷりもいつもより激しいのです。)
「あ・・・、いつもの私・・・」
その瞬間に現実世界に引き戻されたのはいう間でもありません。

富山駅を出発するときも富山駅に到着したときも、辺りは真っ暗でした。
京都の町を歩いたのは最寄駅から体験処までの移動のほんの十数分。
あとはほとんど京都富山間の往復と京都駅から最寄駅までの往復で、
7時間ほど電車の中。
衣装を決めるところからメイク・着付けが終わるまで約40分。
一人ずつの撮影で二人でかかった撮影時間が1時間半。
撮ってもらった写真から、
アルバムにしてもらう写真(修正していただける)を選ぶのに30分。
富山不在の時間は割と長時間で、普通の観光であればゆっくりできたはずでしたが、
今回は文字通り、駆け足の旅行となりました。
ですが、私たちにとっては本当に、本当に大満足の一日でした。

しいていうなら、京都の町をもう少しゆっくりと見て回りたかったかな。
特にそこまで紅葉や建築物や庭に興味がない私達でしたが、
ほんの少しの移動で歩いた京都がやけに心地が良かったです。

さて、1か月後に届いた写真ですが、それはもう、きっちり修正されていました。
まあ~、若いこと若いこと。
小じわも法令線も肌の弛みも一切なし。美肌効果抜群。脚もつるっつる。
メイクと、ライトと、プロカメラマンと、
それから写真の修正でこうも簡単に変身できるんですね。

いやあ~、なんとも恐ろしい(?)ことですよ、みなさん。

花魁体験② 花魁体験③

[Okei]

お葬式

私の祖母が先日亡くなりました。
98歳でしたし長く入院していて生かされている感じでしたから、
「お疲れ様でした」と思う感じが私的には強いです。

父親が早くに他界しておりますので、
母親ではなく長男の私が喪主をすることになります。
それはいいのですが、
私が生まれてから祖父、曾祖母、父の葬儀を我が家では行っていますが、
幼い頃の事で全く記憶にありません。
田舎ですし親戚も多いので不安でした。

朝早くに亡くなったと連絡が入り、
出社し段取りをして新潟から富山の自宅に着いたのが夕方だったので、
結構段取りが進んでいるかと思っていたのですが甘かったです。

祖母の実家の方が葬儀委員長をしてくださっていたのですが、
こんなことも無いとなかなか集まらないのか昔話ばかりで全く話が進まない。
心の中ではそんな話はいいから早く進めろよと思っていましたが言えず(涙)
結果その方がいるときは話が進まないので、
不在の間にセレモニー会社の方に助言いただき、
叔父さんと2人で決めて報告する様な感じにしてようやく形になりました。
セレモニー会社の人がいますから大方のことはやっていただけますが、
お金もかかりますので本当にいい経験になりました。

葬式といえば、
焼香の順番が私の方が先だとか生花の順番が違うとか、
グチュグチュ文句を言って喪主を困らせる奴がいる記憶が強い私には、
今回そんな話が私の耳に届かなかったのが何よりでした。
昔は近所のおじいさんが家に上がり込み、
葬儀の采配を振るっている方がいたのを記憶しています。
親戚ではなかったと思いますから好きなのか責任感?からなのか。
頼られるジジイになるのが私の目標ですから、
ある意味ああいう方が目標像なのかな。

繰り返しですが本当に良い経験でした。

ちょっと面白かったのは、その後に除籍などの手続きをしに役所にいき、
祖母が嫁いできてからの原戸籍?をもらったら、
知らないことがたくさんありました。
父親が改名している?

父親の誕生日も知らない私ですから面白いことだらけです。
少しお金かかりますが、
手書きの戸籍謄本見るのも面白いですよ。
おすすめです。

[WAKA]

社会に恩を返せるか。

貧困家庭に生まれた子供は、
充分な教育を受けられずに低学歴のまま社会に出る傾向があり、
収入が充分ではないため、結婚すらもままならぬという、
「貧困スパイラル」とでも呼ぶべき現状が指摘されています。

もちろん、私も、それが問題でないとは思いません。
いまの社会システムでは、
やはり、すべての若者を大学まで学ばせる体制づくりが必要だと思います。

しかし、昨今の学生さんと話をしたりしていると、
人間は、一方的に与えられただけの機会に対しては、
特段の感謝もしないし、
その機会を有効に使おうとも思わない
ものなのだなぁと、
つくづく実感します。

私の学生時代に、ストォという年上の、25歳くらいの同級生がおりました。
彼は、どこだったか、東南アジアの国からの留学生だったのですが、
まぁ、それはそれは熱心に勉強していました。
聞けば、彼は貧しい農村の出身だそうで、
そこには小学校のようなものも満足になかったため、充分な基礎教育も受けられず、
寺子屋のようなところで少し字を教わったくらいだそうです。
東南アジアからの留学生といえば国費での留学というイメージがありますが、
そんなレベルでは国費留学生になれるはずはなく、
結局のところ、彼は私費での留学生でした。
村での生活は、毎日の食事にも事欠くほどだったようですが、
彼の父親が必死で働いて、彼の学費を用立ててくれているようで、
彼はそのことに感謝しており、だからこそ熱心に勉強しているのでした。

彼は「ボクはで15歳くらいまで字が読めなかったんだ」と笑ったものですが、
彼はぐんぐん学び、私はみるみる追い抜かれ、
私は、苦手な化学工学などの科目などで、
小学校も出ていないという彼に教えを乞わねばならぬほどでした。
15歳まで字が読めなかったなんて、
本人がわざわざそう告白しなければ、誰も気づきやしないほど、
話してみた彼は思慮深くて賢い人物で、周囲に愛されていました。

私は、彼のような聡明な人が、
経済状況などを理由に鬱々と埋もれていることは、
本人にしても、国益に照らしても、良いこととは思わないので、
貧しさから才能を救い出す公的な手立てはあってよいと思っています。

ただ、やはり、条件があるとは思っています。
それは、契約とか、物理的な意味合いの条件ではなく、内心の。
冒頭の留学生の彼のように、ロクに教育を受けていなくても、
自らを奮い立たせ、
自分で自分自身を教育する気概を持つ人については、
ぜひ金銭的にも救ってあげたい
と思うものですが、
自分で自分を磨く心構えなどなく、
ただ口を開けて待っているだけの人に対しては、
あまり積極的に救ってあげたいとは思わないもの。
まぁ、当時の彼と当時の私、どちらが救われるべきか、という話です。

もちろん、冒頭に述べたように、
貧しさゆえに教育を受けられない人がいてよいとは思いませんが、
しかし、人間というものは、
自分が本当に欲しいものは、
苦労して手に入れるもの
であり、
しかも、それに対しては、時間なり金銭なり、
それ相応の対価を払わねばならぬという、
代償の法則が働くものであると、私は思うのです。
ストォにしても、自分を留学させてくれた両親に報いるべく、
私たちが酒を飲んで騒いだりしている間に黙々と勉強をし、
日本で与えられている時間や金銭のほとんどを勉学に費やしていたわけです。
そのストイックな姿勢が、私を含めた同級生たちの尊敬を集めていたのです。

ここ10年ほど、ちらちらと、大学無償化の話が聞こえてきます。

何度も述べているように、
貧しさゆえに教育を受けられない人がいてよいとは思いませんが、
ちょっと左巻きな感じを受ける政策ですよね。

別に大学に行くことが全てではありません。
世界中にも、日本にも、大学など別に行きたくもなく、
中学を出て働いているが、その生活を楽しみ、そこそこのお金を稼ぎ、
結婚して家族で慎ましく暮らしている人などいくらでもいます。
幸福のために大学は、本来は必須ではないのです。

だとすれば、大学までの費用を無償化するという政策は、
必須ではないものを無償化するという政策なわけで、
最低限ではない配給と言えます。

無償で提供される学問は、
社会からの恩恵であると考えて、
その恵まれた環境を幸せに感じ、
その幸せを社会に返す
という気持ちができればよいのですが、
さて、そう思える人がたくさん出てくるかどうか。

この話はいつか続けます。

[SE;KICHI]

まさか

365日、日々暮らしていると、
仕事でもプライベートでも「まさか」と言いたくなる出来事が発生します。
それが良い意味での「まさか」だったら、
棚ぼた的なハッピーな気持ちで過ごせますが、
嫌な意味での「まさか」だと結構辛い。

先日、知り合いに、
「占い」の出来るママが居るお店に連れて行ってもらいました。
占ってもらうのに必要なのは氏名と生年月日。
告げられたお言葉はまさか!? 現状にドンピシャ。
色々話を聞いてみると、9年毎のサイクルにあてはまった、
そんな年回りだったようです。
起こるべきして起こったことなんだなと納得しました。

案外自分の事は自分が一番見えていないものだなと、
再確認でした。
結果はどうあれ、なんだか気持ちがスッとしましたよ。
その日はたまたまそんなお店に連れて行ってもらえましたが、
たまに占いも良いものですね。
占いとダイエットネタは衰え知らずでしょうね。

最後に29年ぶりのまさかの再会ネタです。
いつも利用している飲み屋さんに、29年前に知り合った男性が居ました。

入口を開けるとカウンターに見かけない男性お一人様が座っていました。
私も一つ空けてカウンターに座り、飲み物をオーダー。
知り合いの常連さんも交え乾杯!
その後、その男性から僕のこと覚えていませんか?と声を掛けられました。
あれ初対面の方じゃないの?以前このお店で会ったことありました?と確認すると、
29年前にとかえってきました。
えっ?29年前!?すぐには思い出せませんでした。

声を掛けてきたきっかけとなったのは私の名前でした。
その男性曰く、人生の中でまだ一人しか出会ったことがない名前だとか。
お店に足を運んでいるうち、
居合わせた私の知人がその場に居ない私の名前を口にしたことから、
あれっ?もしやと思っていたそうです。

転勤で今また新潟で暮らしていて、
知り合いに連れて来てもらったお店がここだったとのこと。
話しをしていくうちに私の記憶もだんだんと蘇り、
最後は懐かしい思い出話に花が咲きました。
確かに珍しい名前だとは思いますが、
その記憶力は素晴らしいです!
私なんて昨日食べた夕食も思い出せないこともしばしばなのに。
この違いって(苦笑)。

その記憶力のお蔭で「まさか」の再会でした。

[fu~ma]

ご来場ありがとうございました。

昨日まで富山県の高岡テクノドームで行われました、
「とやま夢づくりフェスタ2017」は、盛会のうちに閉幕いたしました。
弊社ブースにもたくさんの方にお越しいただきました。
ありがとうございました。

フェスタ全景

この展示会は、
子ども達が地元に根付くようにという点を主眼に据えたもので、
彼らが仕事というものを身近にイメージでき、将来の夢を描きやすいようにと、
クレーンのオペレーターやらロボットのプログラマーなど、
出店各社ごとに趣向を凝らし、体験型のブースが多く並んでいました。

まぁ、弊社のブースは体験型と言っても、
温かくなっているヒーターを、
実際に触ってもらうくらいしかできなかったのですが・・・。
それでも関心を持った来場者さんに来ていただき、ありがたい限りです。

弊社ブース①弊社ブース②

地元密着型のイベントでしたので、
キッズチアダンスチームの公演やマジックショーなど、
ちょっとしたアトラクションもあって、場を盛り上げていました。



趣旨の通り、子ども達が地元に根付くように、
職業についてイメージできる場になっていたなら、とても嬉しいですね。

さて、次は2月の「ゆきみらい2018 in 富山」です。

ちなみに、今回は子供の将来を考えた、意外と崇高なイベントだったのですが、
弊社の営業マンは接客そっちのけで他社ブースを巡り、
言葉巧みなお姉さんにハンドクリームを売りつけられたり、
あろうことかベルトまで外して寝そべってマッサージを受けたり、
いやあ、土日ということもあって、実に呑気に過ごしておられました。
次の「ゆきみらい」こそ、しっかり働いてもらえるよう、祈るばかりです。

さぼる社員

次回も、みなさまのご来場を心よりお待ち申し上げております。

[AKA]

年末年始休業のお知らせ

平素より格別のご高配に預かり、厚く御礼申し上げます。
さて、弊社は年末年始につきまして、勝手ながら2017年12月29日(金)~2018年1月4日(木)を休業とさせていただきます。
新年は2018年1月5日(金)より通常営業させていただきます。
ご迷惑をおかけいたしますが、よろしくお願いいたします。
猶、今後とも倍旧のご厚情を賜りますよう、切にお願い申し上げます。

[AKA]

お持ち帰りされちゃったぁん♡

離欲は愉しい、というほどのたいそうな話ではありませんが、
私は、モノを捨てるのが好きです。
かつて、渡部昇一さんに、図書館で借りた本ではなく、
身銭を切って自ら所有する本でないと知識にはならぬと言われたので、
以来、本だけは捨てないことにしていますが、
それ以外のものを捨てるのは好きで、快感ですらあります。
モノが多いと、置き場所を考えたり、煩わしいことも多いので、
捨てることは、そういう意味での爽快感も得ることができます。

先日、不燃ゴミの日にDVDレコーダーと、CDコンポ、
それから、炊飯器と掃除機2台を捨てました。
当然、使わないから捨てるわけですが、なかなか爽快です。

水曜日の朝に収集があるので、火曜日の夜、収集所に運び入れます。
本当は前日の夜に捨ててはいけないのかもしれませんが、
自宅近くの収集所は扉つきの小屋になっていますし、
量も少なくないので、今回は許してもらうことにしましょう。
とにかく、収集日前日に、何点かの電化製品を運び込んだわけです。

翌朝、特に必要に迫られたわけでもなかったのですが、
私は、ワクワクしながら、収集所に行ってみました。
すると……ナクナッテル!

夜のうちに誰かが持ち去ったのでしょう。
そうなのです。
空き缶とか空き瓶ではこういうことはないのですが、
電化製品を捨てると、こういう持ち去りがあるのです。

私は、ある種の感慨にふけります。
私が捨てた、あの炊飯器、
ウチではもう使わないから捨てたのだけど、
どこかで誰かが使ってくれるのかしら、
よかったね炊飯器、達者で暮らすのよ、なんて。
事情があって育てられない子犬などを、
いい人に拾われてねと置き去りにする気分に似ています。
いや、私にその経験はないですし、やっていいことでもありませんがね。

ま、実際には高価な金属だけを取り去るだけなのかもしれませんが、
ウチの炊飯器、どこかで達者で暮らしていると思ったほうが楽しいもの。

最近ではメルカリというフリマアプリが有名ですが、
そういうのが流行る背景には、出したものが売れるという爽快さに加え、
ただ捨てるのではなく、
「誰かいい人に……」という親心のようなものも働いているに違いなかろうと、
お人好しの私は思っています。

冒頭の話は2ヶ月ほど前の話ですが、
味をしめた私は、つい先日も、ベッドとソファーと除湿機と姿見を、
ゴミ捨て場に運び込みました。
今度は除湿機以外は電化製品ではありませんが、
ちゃんと持ち去ってもらえるかしら、なんて、
期待と不安の入り混じった、ワケの分からない感情。
不肖の娘を嫁に出すような心境でしょうか。

さて、翌朝のパトロールの結果、
……ナクナッテル!
私のかわいいベッドと姿見がお持ち帰りされていました。
除湿機が残されていたことは少し意外でしたが、
ベッドはマットレスも揃った立派なものでしたし、
姿見は、デザインが使いにくいだけで鏡としては普通なので、
私は、売れるべくして売れたなぁと、それなりの満足感。
私が横になっていたマットレスに誰かが寝るのかどうかは知りませんが、
大事にしてもらいなさい。うんうん。

しかし、思えば、そうやって我が家から去っていったものは数々あります。
感覚的には変態じみた感じもしますが、
モノに囲まれることを幸せとするなら、
際限なくモノを増やさなくては幸せになれず、
その欲求は完成を見ないものでしょう。


吾唯足知。
モノを減らす、モノに囲まれない幸せもあります。
みんなが変態じみたロマンチストになれば、
欲望の荒波に飲まれることもなくなると思うのですが、
って、そんなこと思うのもロマンチストですね。

[SE;KICHI]

かつて英雄(ウルトラマン)だった戦士(オトコ)達へ②

前回の続きということで、
私にとって思い出に残る、特にお気に入りだったウルトラマンシリーズ、
平成3部作と言われるものを紹介したいと思います。

【ウルトラマンティガ】

ウルトラマン誕生30周年の節目に、
長らく国内では製作していなかったTVシリーズの新ウルトラマンとして、
1996年に誕生しました。
(ティガは、インドネシアの言葉で3という意味。30周年と3タイプチェンジなどかけてある。物語自体が、古くムー大陸などポリネシア方面に伝わるクトゥルフ神話がベース。)

ウルトラマン史上初となる、
怪獣や星人の特性合わせて3タイプ(マルチスカイパワー)にチェンジすることや、
斬新なCGやVFXを使用した撮影技法に加え、
豪華なキャストにも注目が集まりました。

ウルトラマンティガ①
http://blog-imgs-96.fc2.com/t/e/a/teambdreveryday/2016071400170728b.jpg

主人公はデビューしたてのV6のメンバー長野博。
当時ジャニーズ出身のウルトラマンは異例中の異例でしたので、
主題歌の「TAKE ME HIGHER」は長らくオムニバスCDには収録されず、
よく分からないおっさん達のカバーが入っていました。
(曲の権利の問題。収録会社が違った為。現在は解消。)

またヒロインには、
富山出身の初代ウルトラマンのハヤタ隊員役でお馴染みな黒部進の娘、
吉本多香美を起用。
親子2代でウルトラマンの重要な役どころを演じるということも話題を呼びました。

ウルトラマンティガ②
http://scontent.cdninstagram.com/t51.2885-15/s480x480/e15/10369297_1445917502350192_408805055_n.jpg?ig_cache_key=Nzc4OTE5MDUzMDgwNzIxMDgx.2

物語は核や戦争が無くなった世界、2007年~2010年という時代設定で、
かつてのウルトラマンシリーズに共通していた、
ウルトラマンはM78星雲光の国からやってきたというものではなく、
3000万年前の超古代に地球を守っていた光の戦士が、
再び訪れた地球の危機に、
超古代人の遺伝子を持つ主人公マドカ・ダイゴと一つになって、
立ち上がるという話です。

ウルトラマンティガ③ ウルトラマンティガ④
https://i.pinimg.com/736x/98/01/e7/9801e70f4eec738de4572c88671ae804.jpg
http://blog-imgs-48.fc2.com/u/l/t/ultramanasina/20111019190856e6a.jpg


様々な怪獣や星人と戦う中で主人公が葛藤しながら成長していくというのは常ですが、
今回重きを置かれたテーマの一つに、“光と闇”との戦いがあります。
このテーマは視聴者に、単純に正義と悪との戦いという印象だけではなく、
誰しもが持つ二つの側面の、
そのどちらを選ぶのかが大切である。ということを投げかけるものでした。
そして何も選ばれた人間のみが光になるのではなく、
皆自分自身の力で光になれるのだと。
現実世界でも、誰しもがそれぞれ輝くことができるのだという、
メッセージだと思います。

子供の時分はそんなこと気にせず見ておりましたが、
今になって見返すと、なるほど深いな~と思うことが多々あります。
大人も楽しめるようにも作られていたのがよくわかります。

散々御託を並べてますが、要はティガ、私大好きだったのです!と言いたかったのです。
現代ウルトラマン達にも劣らぬ洗練されたデザインはスマートでカッコイイし、
戦い方もバリエーションに富んでいるし、技やら構えやら・・・etc
言い出したらきりがないのですが、今でも一番好きなウルトラマンです。
思えば初めて買ったもらった人形も、ティガのラスボスの邪神ガタノゾーア。↑画像。
子供がなんちゅうもん持ってきたんよ!気持ち悪っと思ったそうです(笑)

余談ですが、当時はまだ2歳でしたので、
リアルタイム放送ではなく後から放送で見て育ちました。
今はそうでもないのかもしれませんが、
かつては特撮系は関東に比べて半年ほど遅く放送されるという、
なんとも田舎らしい形態でしたので、厳密に言えば再放送ではないのですが、
やはり都会と比べたら遅れてる感は否めませんでしたね。

ティガを見ている間にもう次のウルトラマンが放送されていたのです・・・。

【ウルトラマンダイナ】

1997年、ティガが大成功を収めたことを踏まえて、新たなる光の超戦士が誕生しました。

ウルトラマンダイナ①
https://www.moview.jp/wp-content/uploads/2015/05/ultramandyna3.jpg

その名はウルトラマンダイナ。
(意味はダイナミック、ダイナマイト、大好きなという意味があるそうです。)
前作の世界観を踏襲して、
ティガの時代から7年後の2017年~2020年が舞台、つまり続編となっています。
ティガの邪神ガタノゾーアと闇の力との戦いから7年後。
人類は新たな地を求めて宇宙へ進出、
ネオフロンティアと呼ばれる大航海時代を迎えます。
その最中、宇宙から飛来した謎の敵スフィアとの戦闘中、主人公は眩い光に包まれ、
再び始まった戦いに、ウルトラマンダイナとして立ち上がるという話。

設定を引き継ぎつつも、
シリアスな展開が多かった前作に比べ、明るく楽しい娯楽性を徹底。
怪獣の魅力や人間ドラマに重きを置かれました。
中でも戦闘シーンは最大の魅力で、
大迫力のアクションが素晴らしい作品となっています。
3タイプチェンジ(フラッシュミラクルストロング)も健在で、
前作以上に幅が広がりました。

ウルトラマンダイナ②
http://image.space.rakuten.co.jp/d/strg/ctrl/2/3d0e594d7290e095c520c664827bf0a4c1d23fc9.54.2.2.2.jpg?thum=53

キャストも一新され、
これまたデビュー当時のつるの剛が主人公に抜擢されました。
今でこそヘキサゴンやヒルナンデスで有名になり、
テレビで見ない日はないほどになりましたが、
昔はこんなにほっそりしていたんです。笑
おバカキャラかもしれませんが、
私にとってはいくつになっても彼らは永遠のヒーローなんですよ。

ウルトラマンダイナ③ ウルトラマンダイナ④
http://m-78.jp/wp-content/uploads/2015/05/n-3118-08.jpg
http://blog-imgs-89.fc2.com/u/l/t/ultrakentei/uda50-02.jpg


(上記の画像のシーンなんかは、前作の主人公との邂逅する最大の意味深な回でした。)
ティガのキャストもゲスト出演して楽しませてもらいました。

最終回の最後の最後まで諦めないダイナと主人公の姿は、
本当に今でも忘れられない。
地球を守った代わりに、宇宙の彼方に光となって消えていくシーンは、
寂しさと感動で泣いたのを覚えています。
諦めないこと、夢を追い続けること、
勇気を奮い出すことの大切さ
を、分かりやすく教えてくれた作品でした。

ダイナはその後もつるの剛の人気と相まって、
別の作品の映画などに頻繁にゲスト出演している、
今でも知名度の高いウルトラマンですね。

【ウルトラマンガイア】

翌年1998年、前2作の成功から、
その技術をふんだんに利用した新しいウルトラマンが製作されました。
今度のウルトラマンは世界観が踏襲されていないもので、
地球の意志が生んだ光の戦士、
つまり地球生まれのウルトラマンという設定になりました。
舞台も放送された世紀末の現代を描いており、環境破壊に対する警鐘や、
怪獣も地球の一生物という捉え方で描かれ、
むやみな戦闘を避けたりする描写もありました。
話の流れも大河ドラマのような長編エピソードが多くあり、
1話だけでなく、続きが気になる展開に。
SF要素が大変強く、科学的専門用語や造語が頻繁に登場、
地球を破滅に追いやる根源的破滅招来体という外敵に関しては、
子供には理解不能で、母親でさえ難してなーん分からんだわと言っていました。

ウルトラマンガイア
http://tokusatu-hero.com/wp-content/uploads/2014/07/gaiagul.jpg

このウルトラマンガイア。
(ガイアとはギリシャ神話に登場する、大地を意味する神だそうです。)
若い20歳の地球思いな大学生主人公が、
根源的破滅招来体の攻撃から地球を守りたいと願った時、
大地の力であるガイアと一体化して、地球と人類を守っていく話。
若い故に悩み葛藤するシーンは多く、主人公もまた憎めないキャラなので、
わりと親近感はある感じはしますね。

このガイアは今までのウルトラマンには無かった要素が結構あります。
そのなかでも目を引くのは、なんともう一人ウルトラマンが出てくること。
もう一人のウルトラマンアグルは、ガイアのライバル。
地球から海の力を授かった全身真っ青なスタイルで、
ガイアや主人公とは価値観の違いから対立、衝突を繰り返します。
変身する人物も準主人公扱いで、ストーリーも緻密に描かれています。
そのスタイルと今までにない青い巨人というクールさが好評をうけ、
特に若いお母様方から絶大な人気があったそうな。
最後は和解し共に地球の危機に立ち向かい共闘していく過程が面白いと思います。
(ちなみにアグルを演じた高野八誠は仮面ライダーも演じた初の俳優だそうです。おいしいですね~。)

キャストも意外とすごいのです。
主人公はあまり聞きなれない吉岡毅という人ですが、
脇を固めている渡辺裕之、平泉成、宇梶剛とかなり豪華。
主題歌もクリスタルキングの田中雅之が担当していました。

ガイアは前2作に比べて、考えることが多い作品だった気がします。
ダイナに見られた豪快さはあまりなく、
主人公が葛藤しもがきながら前に進んでいくという展開でしたので、
現実の自分たちにも共感できることが多くありました。
タイプチェンジも簡単にやってのけるわけではなく、
主人公が苦労して身体を鍛え、
様々な外的要因と仲間に支えられて新たな力を手にしていきました。

子供には難しかったですが、
いま観ると昔より共感でき、面白く観ることができますね。

余談ですが、ガイアの着地シーンはその巨大さを表現するため、
地面の土煙が舞い上がる描写となっています。
本当にかっこよくて、オープニングや各話の登場シーンで、
必ずと言っていいほど描かれています。
これは着地する瞬間、地面に含ませた火薬を同時に爆破しており、
当初は危険な試みとして、あまりスタッフは乗り気でなかったそうですが、
これが逆にガイアの大地のイメージにぴったりだと人気が出たために、
より多く使用されるようになっていったのだとか。
現在もこの撮影手法が取り入れられいます。
自分も子供の頃、少し高いところからジャンプして、
この着地の真似をしていました。
着地する瞬間少しスローなカメラ回しになることから、
ゆっくりもわっと立ち上がる動きを楽しんでおりましたが、
あまりにどんどこ騒がしいため、これでよく叱られていました。笑

その後もウルトラマンコスモスなどシリーズは続き、都度鑑賞した作品もありますが、
未だにこの3部作を超えるウルトラマンには、
出会ったことがありません。

それはこの3部作が自分にとって思い入れのある、大切な思い出だからだと思います。
将来の夢はウルトラマンだったし、
かつて間違いなくウルトラマンだったと思います、何度も変身してました。笑
(実は今でも心の片隅になれるのでは?という思いがあったり・・・?。)

長文になり、書きたいことだけ書いた感じは否めませんが、
男性の方はそういった思い出は少しはあるのではないでしょうか?

一部の方々、特に私たち平成初期生まれの20代は、
特にこの3部作が好きだったはずです。
それぞれの世代には、それぞれのヒーローがある。
久しぶりに思い出して観るのも、いいかもしれませんね。

[K.K]
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