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とやま夢づくりフェスタ2017 出展のご案内

今年はどういうわけか、やけに展示会に出展する機会が多いのですが、来週、また展示会に出展いたしますのでご案内をさせていただきます。

それは、とやま夢づくりフェスタ2017
きたる12月9日(土)と10日(日)の両日、開催されます。

とやま夢づくりフェスタ 2017

商材はいつもの自己制御ヒーターですが、開催期間が土日と、一般のお客様向けの展示会になっているので、いつもとは違ったお客様とお会いできるのではないかと、楽しみにしております。

お休み中のところとは存じますが、ぜひご来場いただけますよう、お願いいたします。

[AKA]
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隠れたい 籠りたい 出たくない

近頃はめっきり寒くなって、もう冬か!という感じですね。
車通勤なので気づかなかったのですが、
いつの間にか吐く息も白くなっていました。

冬と言ったら雪、マフラー、クリスマス、こたつなど、
思い浮かべるものはたくさんありますが、
その中でも私は、そろそろマスクの季節だな~と思います。

マスク、あの白い、不織布のやつですね、
冬はマスクをしている人が本当に多いです。
まさかマスクの人全員が風邪を引いているわけではないですよね。
予防の人がほとんどなんじゃないでしょうか。
私も、学生の頃は親にマスクしていきなさい!と言われていました。

マスクって、つける前は、別にいらないでしょ~と面倒なのですが、
つけると、なんか安心感があります。
それは別にこれでもう風邪を引かないぞ!という安心ではなく、
自分の顔、表情が隠されているという落ち着きです。
私は常々、着ぐるみを着て生活してみたいなと思っている…わけではないですが、
そんなに真剣に考えているわけではないですが、今、そう思いました。

自分の心というものがあって、それを入れる自分の身体があって、
服を着て、さらにそれを着ぐるみで包んだら、どんな気持ちだろ~と思います。

なんだか、小さいころ、自分の部屋の中で、
さらに狭いところに入っていたことを思い出します。
クローゼットの中はもちろん、大きな段ボール箱に入ったり、
勉強机にビーズで作った暖簾をかけて下に潜ったり、
ベッドの周りをシーツで囲ったりしていました。

あと、これはたまに考えるんですが、
冬眠できたらいいなと思います。
私の好きなキャラクター、ムーミンは、11月から4月まで冬眠します。
子供のころから、
毎年冬が近づく時期に『ムーミン谷の十一月』という童話を読むのですが、
私はこの文章が大好きです。

「冬もま近な、ひっそりとした秋のひとときは、寒々として、いやなときだと思ったら大まちがいです。せっせと、せいいっぱい冬じたくのたくわえをして、安心なところにしまいこむときなのですからね。自分のもちものを、できるだけ身近に、ぴったりひきよせるのは、なんとたのしいことでしょう。自分のぬくもりや、自分の考えをまとめて、心のおくふかくほりさげたあなに、たくわえるのです。その安心なあなに、たいせつなものや、とうといものや、自分自身までを、そっとしまっておくのです。」
『ムーミン谷の十一月』より引用。

この文章を読んだ時の、静かなドキドキ、そわそわした気持ち!
あ~早く、あたたかい布団に入りたいなあ…。

マスクや着ぐるみ、冬眠と、話がとっ散らかってしまいましたが、
結局何が言いたいかというと、
朝布団から出たくない季節になったな、ということです。
マスク…付けたら顔、あたたかいですよね…。
着ぐるみ…着たら絶対あたたかいですよね…。

こんな風に馬鹿なことを考えてしまう寒さです。

[a.]

“人間だもの”

少し前の話ですが、東名高速道路の下り線で、
バカな男が、家族連れの乗ったワゴン車を追走し、
蛇行運転などで進路をふさいで停車させるということがありました。
このケースでは、
本線上の追い越し車線で不用意に停車させられたワゴン車が後続車に追突され、
結果、ワゴン車の夫婦が娘2人を遺して落命するという、
なんとも痛ましい結果になってしまいました。
どうも、その、蛇行運転でワゴン車を停車させたバカな男は、
手前のパーキングエリアで、駐車マナーか何かを注意されていたとのことで、
そのことを恨みに思ったのか、注意した男性のワゴン車を追走したようです。
自分の駐車マナーが悪かったのに、注意されて逆切れするなんて困った人です。

しかし、昨今ではありえないトラブルではないので、驚きはしません。
こういう怖い社会ですから、「触らぬ神に祟りなし」と、
マナー違反も見て見ぬふりする人が増えるのは、致し方ないことなのでしょうか。
だとすれば、傍若無人が得をする世の中ということになりますので、
私なんかは、それでいいとは思えないのですが・・・・・・まぁ、それは別の話。

それよりも、私が違和感を覚えたのが、
容疑者の男が逮捕前にテレビのインタビューに応じ、
「言われたらカチンとくるけん、こっちも人間やけん」
と言っていたこと。
コレ、みんなどう思ったんでしょうか。

「言われたらカチンとくるよ、こっちも人間だから」という言い方は、
人間であればカチンときて当然であるというふうに聞こえます。
ロボットじゃないんだから、言われたらカチンときますよ、という。

ここにすり替えがあります。
まぁ、バカ者の言うことなので、すり替えなどという高尚なものでもないのですが、
言われたらカチンときて報復行動に出るというのは、
きちんと教育を受けて自制心が育まれた人間のやることではありません。
なにかされて、反射的にやり返すというのは、犬とか猫とか、家畜のやることです。

動物は、食べたいときに食べ、眠くなったら寝、交尾をしたくなったら交尾をします。
メスの取り合いなどで相手を殺すまで戦うこともあるし、殺されることもあります。
弱肉強食とは言いますが、それが自然の摂理であり、
欲求のままに行動するのが動物の動物たるゆえん。
もちろん、人間も動物の一種なので、そういう面はあるでしょう。
しかし、人間が動物と決定的に違うのは、心を制御できることであり、
そのことこそ、人間が、人間であることの条件だろうと思うのです。
逆に、心を制御できない者は人間ではないとすら思います。

「言われたらカチンとくるけん、こっちも人間やけん」は、
カチンとくることが人間の証明みたいな雰囲気で話していますが、
それは、感情に振り回される動物の条件であって人間の条件ではなく、
耳を貸してはならない屁理屈です。
「言われたらカチンとくるけん、こっちも感情に振り回される動物やけん」なら、
100歩譲って納得はしますが。

この屁理屈、今回の事件の容疑者に絡めて話すと、
誰の目にも、野生のバカが自分勝手なことを言っているように見えると思いますが、
普段、悪気なくこの論法で話す人は、存外多く見受けられます。
曰く、「いやぁ、俺も人間だからさぁ、ついカッとなっちゃってさぁ」とか、
「アタシも人の子だから、そこでついウルッときちゃって・・・」とか。
つまり、この屁理屈は、
感情に流された時の正当化に使われるのです。
人間だもの、喜怒哀楽があるのは当然だということですね。

喜怒哀楽は否定しません。
しかし、人間だもの、それを短絡的に行動に結びつけてはいけません。
そもそも、怒るというのは動物的な行為です。
感情に任せた行動なわけですから、怒ったりカチンときた時点で動物同然です。

結局、何が言いたかったかというと、
ただ怒りに任せて自分勝手に暴れただけのくせに、
「こっちも人間やけん」とか、バカなことを言うなということ。
そんなことが人間の条件なら、
巷間はすぐ怒るヤツやすぐ泣くヤツで溢れかえることでしょう。

人間だもの、自分の心は自分でコントロールしなくてはいけません。
・・・・・・ちなみに、この、有名な相田みつをの“人間だもの”は、
「つまづいたっていいじゃないか にんげんだもの」が全文です。
つまづいたっていいかどうか、それを決めるのも人間たる自分です。
やっぱり、自分の心は自分でコントロールしなくてはいけません。

[SE;KICHI]

閉じ込められたことってあります?

先日、ゴルフコンペに参加しました。

と言いましても、
ボールは持参しないといけないと最近知ったほどのゴルフ超初心者の私、
会場への道中、場違いなところに向かっていることをヒシヒシと感じていました。

某カントリークラブにて行われたそのコンペ、
初心者の若い方も何人かいらっしゃり、
その方と話すことでほっとした気分で始められました。

まあ、それはよかったのですが、やってみると、
たまーーーにいいショットはあるものの、ほとんどはボッテボテの球。
手で投げて回った方が早いだろうというくらいの進まなさ。。。
我ながらよくここに来たな、と。

周りの方のペースも乱れてしまい、申し訳ない限りでした。

結果、スコアは驚異の180台。おそろしい。
一緒に回った方に励まされながらなんとか回り切ったものの、
最初に初心者であることを分かち合った若い方にも差をつけられ、
ブッチギリでビリ。

…かと思いきや、なんとブービーの方との差はわずか3打。
あら? それにびっくりしました。(もちろん私はブービーメーカー)

さて、ここで終われば、
大変だったね、もっと練習しないとダメだよ、というような話なのですが、
ここからまた大変なことが。

流れが遅い方の組にいたこともあり(私のせいじゃないですよ)、
だいぶ遅めにチェックアウト。

そこでケータイを確認すると、何件も着信履歴が。
すぐ電話せねばと思い、
駐車場で車に乗り込んでどんどん電話をかけていました。
そして気が付くと辺りはだいぶ暗くなっていて、
その後の予定の時間も迫っていることに気づき、急いで車を発進。
周りにほぼ車はない状態。

駐車場を出て、坂道を下ると街の方へ行ける、、、
はずだったのですが、、、
出られない。。。

なんと道の途中で門が閉まっていたのです。
人はゲートの脇から出られるのですが、車は抜けられない。。。

いやいや、え? いやいや、うそでしょ。 え?そんなことある?

現実として受け入れるのに時間がかかり、
これまで感じた焦りの中でもトップを争う焦燥感にかられ、
カントリークラブに電話をかけるも、
「営業時間外です。ご用件のある方は伝言をどうぞ」という、
メッセージが流れるだけ。

一度目は何も言わずに切りましたが、そこは藁にもすがる思いのため、
もう一度かけ、誰か電話の向こうにいるんじゃないかという、
わずかな希望をもって伝言を録音。
話している間に誰かが出てくれた、、、ということもなく電話は終了。

どうにかできないかと周りを見渡し、防犯カメラを発見。
人生初、防犯カメラに向かって両手を振りました。
はたから見ると変な人でしたね。

門のところにいても無駄だと思い、駐車場に引き返すことに。
気がせいていたため、暗闇の中バックで20mほど戻りましたが、
ほぼまっすぐで舗装されているとはいえ、そこはちょっとした山道。
転落したらたまらない。
ふと我に返り、転回してから駐車場へ。

さてどうするか。
電話しているときには気づかなかったのですが、
灯りは駐車場のもののみで、施設は真っ暗。
施設のカギが開いていないか調べてみましたがすべて閉まっており、
そばにある古い木造の、物置なのか宿直の人が泊まるような場所なのか、
よくわからない小屋のドアをノックしてみたり、
すみませーんととりあえず叫んでみたり。

結果わかったのは、だれもいないということと、
施設はちゃんと施錠されているということだけ。


これはすぐには動けないと悟り、
次の予定に参加できなさそうということを、
自分は何をしているんだろうと思いながら電話で伝え、
続いて家族に電話し、迎えに来てもらうことに。

駐車場の真ん中でオレンジ色の光を放つ2本の街灯を、
なんとも言えない気分でぼんやり見つめながらしばらく待っていると、
門まで来たと連絡が来ました。
車を駐車場の端に止めたまま、しばしの別れを告げて坂道をひた走り、
迎えの車に乗ってようやく脱出。
その後の予定地には遅れながら電車で向かいました。

翌朝、伝言を聞いたカントリークラブの方から電話が。
最後のお客様が出て30分ほどで門を閉めてしまうのだとか。
1時間近く電話していましたからね。。。
車が止まっていることには気づいていたそうなのですが、
途中で棄権した方がいらっしゃり、その方の車だと思ったそう。
ずっと車に乗ってそこにいる人がいるなんて思わないですよね。

車は翌日家族が取りに行ってくれまして、無事に再会。
ごめん、置き去りにして。

いや、どうなることかと思いました。

それ以来、
夕方にどこかの施設の駐車場にいるときは長居しないように気を張っています。
どこかに行って入れないというのも困りますが、
出られないというのはとんでもなく困ります。
経験されることをお勧めはしないです。

まあ、誰もしませんよね、こんなこと。

なんともアホな話でした。

[Monsieur]

飛鳥の執念⑧ ~生娘の覚悟

天武天皇の息子である草壁皇子は早くに亡くなりました。
当時、そのような立場の者が死ぬということは、
遺された息子や娘が後ろ盾を失うということを意味しており、
草壁皇子が早く亡くなったということは、
その遺児・軽皇子が出世競争から脱落したとみるのが普通です。
ところが、ここで登場するのが草壁皇子の母・鸕野讚良。
天武天皇の妻であった彼女は、夫を深く愛していたようで、
天武系の皇統を絶やすまいと執念を燃やし、
自ら持統天皇となって即位して中継ぎとなってまで、
わが孫である軽皇子へと皇位をつなぎました。
ここまでは5年前の「飛鳥の執念①」で書きました。

こうして14歳で即位したのが文武天皇、つまり鸕野讚良の孫の軽皇子ですが、
この文武天皇も、24歳になった時に死んでしまいます。
遺児である首皇子はまだ6歳。
例によって出世競争から脱落するところを救ったのが、死んだ文武天皇の母。
続日本紀によれば、文武天皇は亡くなる半年前、
重体となっている病床に母の阿閇皇女を呼び、皇位の継承を託したとのこと。
彼女が元明天皇として即位する際に発した詔が続日本紀に遺されていて、
それは、先代文武の即位は天智天皇が定めた不改常典に従ったと明言するものでした。
つまり、天武-草壁-文武という嫡系での継承を正当なものであるとし、
すなわち自分の後は首皇子に引き継ぐと宣言した詔でした。
この部分は、ザックリとですが、4年前の「飛鳥の執念③」に書きました。

さて、この元明天皇は、平城遷都など、教科書に載るような偉業を成し遂げましたが、
いかんせん、即位時にすでに47歳と、当時としてはかなり高齢でしたので、
その治世は老いとの戦いで長くは続かず、
かといって譲位したい首皇子はまだ若く、という状況で、
もうひとり、中継ぎが登場します。
氷高皇女です。

氷高皇女は元明天皇の娘で、亡き文武天皇の姉です。
彼女は、高齢となった母・元明天皇から、
甥っ子(弟の子)・首皇子へとバトンをつなぐというミッションを任され、
35歳の時、第44代・元正天皇として即位しました。

奈良時代の天皇系図
https://sites.google.com/site/poppopoppopoppo777/nai-liang-shi-dai

私がこの人物に注目しているのは、
5人目の女帝でありながら、それまでの女帝が皇后や皇太子の未亡人だったのに対し、
結婚歴のない初めての女帝となったところです。
当時、女性の貞操は現代ほど乱れてはいませんでしたから、
元正天皇は、35歳とはいえ、有史初の処女女帝であったと言われています。

これって、どんな感じなんでしょう。

女帝ともなれば気軽に声を掛けてくる男性は皆無でしょうし、
性を謳歌するなどというと下品な感じもしますが、
夫すらいない“籠の鳥”の人生は寂しかったのではないでしょうか。

ところで、元正天皇には、吉備内親王という妹がいました。
この吉備内親王は、若いうちに長屋王という人物に嫁いでおり、
元正天皇が即位する頃には3人の皇子を産んでいました。
元正天皇は、この吉備内親王ファミリーと仲が良く、
妹の夫である長屋王のことを厚く信頼していたようで、
元正天皇の即位と前後して、長屋王は飛躍的に昇進していきます。

私は思うのです。
氷高皇女(元正天皇)、若いうちに長屋王と結婚すればよかったのに。
別に長屋王でなくても、若いうちに天智天皇や天武天皇の子孫の誰かと結婚していれば、
女帝にならずに済んだはずなのに。
というのも、氷高皇女が長屋王と結婚していたら、
先代の元正天皇が崩御する際、女帝が続くことを避けるために、
おそらく皇統は長屋王に移ったはずです。
長屋王は、実は高市皇子の息子で、天武天皇の孫にあたるので、
いちおう、その資格はあるでしょう。
その後は、氷高皇女が長屋王の妻として子を産めば、
その子へと、淡々と皇統は天武系で受け継がれていったはずなのに。

当時、女帝は、あくまで男性の天皇のピンチヒッターとの考えが強くありました。
未亡人ばかりが女帝になってきたのがその証拠です。
そうであるなら、おばあさんの持統天皇も、お母さんの元明天皇も、
氷高皇女に「若いうちに結婚するべきよ」って、
すすめてあげるべきだったと思うのです。
どうして35歳になるまで放っておいたのでしょうか。
おそらく、最初から有事の際の中継ぎ要因として隔離されていたのだろうというのが通説になっています。
実際、そうなんだろうと思いますが、だとしたら、それはそれで、悲しい人生です。


即位から10年後、元正天皇は青年に成長した首皇子に皇位を譲ります。
当初のミッションを達成し、ついに“籠の鳥”から脱出できたわけですが、
元正天皇はすでに45歳になっていました。
しかも、この元正天皇、退位後25年くらい生き、
聖武天皇として即位した首皇子を、上皇として補佐します。
特に晩年は、病気がちで政務が行えず、
仏教信仰に傾きがちだった聖武天皇に代わり、
橘諸兄や藤原仲麻呂らと政務を遂行していたと言われています。

よくノブレス・オブリージュなどと言いますが、
この人の人生は、
弟からその息子へと皇位をつなぐためだけに存在しました。
その人生がどのような感情を伴うものか、私には想像もつきませんが、
今年、歌舞伎の市川宗家に起きた悲しい出来事を見ていると、
つなぐための人生というのは、あるものなのだなと思います。

[SE;KICHI]

臨時休業のお知らせ

平素より格別のご高配に預かり、厚く御礼申し上げます。
さて、弊社は、勝手ながら11月24日(金)を臨時休業とさせていただきます。
ご迷惑をおかけいたしますが、よろしくお願いいたします。
猶、今後とも倍旧のご厚情を賜りますよう、切にお願い申し上げます。

[AKA]

小さい小さい私

先月、子供たちの学習発表会がありました。
体育館には保護者席が設けられ、椅子席とござ席、
それから車いすの人の為の観覧席に分けられていました。
今では当たり前の光景になっていますが、
多くのお店や施設等にも車いすの方等のための専用の駐車スペースが設けられています。
自分が子供のころにはそのようなスペースなんてなかったと記憶しているので、
やさしい世の中になったなあと感じます。

さて、私の子供が通う学校は児童数が多い小学校なので、
保護者も参加する行事となると体育館のスペースが限られているため、
自分たちの子供の出番が終わったら、
次の出番の子供たちの保護者の方へ席を譲るシステムになっています。
私は3人の子供がいるため、後方の席からじわりじわりと前に進んでいきました。
後ろから進んでいくと、
前方に設けられている車いす席のスペースに近づいていきます。
ふと見ると車いすを使用していない母親と幼い子供が2名座っていました。
まあ、付き添いの方なんだろうなと思っていましたが、
しばらくして到着された車いすの方には付き添いの方が2名。
結局、車いすの方1名に対して一緒におられるのが4人でした。

そこで違和感を覚えてしまった、器のちっぽけな私。
そこ、そんな人数で観覧するところじゃないよね?


私が座っていた場所は、ござが一面に敷き詰められており、
わが子をより近くで見ようと必死の保護者たちが前に詰めよって座っています。
狭くて窮屈な思いのなか、
自分の体重に悲鳴を上げている足をかばいながらなんとか座っているのに、
その方たちは悠々と三脚も立てビデオを撮っておられたのです。
ござ席の人たちは三脚を三本足で立てることを制限されており、
立てるにしても一本足で、
そして高さは頭の高さまででお願いしますと言われていました。
それなのに・・・。

車いすの方も、付き添いの方も、当然その席におられていいと思います。
でも、付き添いって一人でいいのでは・・・?と、
心の狭い私は思わずにはいられませんでした。
私だったら、と考えたとき、付き添いは最少人数にして、
残りの家族は一般席で観覧すると思います。
その時はたまたま一組だったからよかったものの、
他にも多くの車いすの方がおられたら、
(まあ、その時は一般席に座るつもりだったのかもしれませんが)
はっきり言って迷惑ですよね。

狭いなか、せっかく撮っているビデオにも、
前に座っている保護者の方の揺れ動く頭部でわが子が撮れず、
でもおそらく、そんな自分の頭部も後方の方のビデオに写り込んでいるだろうから、
致し方ないなと自分を納得させているのに、
一人車いすの方がいるからといって、
そのご家族一同がそのゆったりとしたスペースで観覧されると、
疑問を感じずには、
そして怒りを感じずにはいられませんでした。
いやあ、ほんと小さいなあ、私。


これは今回のことに限らず、冒頭に述べた身障者用駐車場でも然りです。
このシステムは不便な人の為に、便利なように、が目的で設けられたはずですが、
よく私が目にするのは、身障者マークが貼付されていない車が停車されている場合や、
もしくは車体に身障者マークが貼付されているけれど、
中から出てくるのは車いすの方でもないし、ごく普通に歩いておられる方の場合です。
おそらく車いすの方を乗せることもあるのでしょうけれど、
シールが貼付されていれば、
身障者の人が乗っていない場合も利用していいんでしょうか。
平気で車を停め、降りてこられるその姿に、正直、怒りを覚えています。

何のための誰のためのスペースですか。

優しい世の中にするには、色々な人の協力が必要になると思います。
心の狭いちっぽけな私が言うのもどうかと思いますが、
ぜひ、何のために、誰のために考えられたシステムかを理解し、
自分だけが良ければいいという考えの方が、
少しでも少なくなればいいな
と願います。

[Okei]

産学官懇談会

今日は、富山県主催の産学官懇談会というのがあり、
私も委託されて出席してまいりました。

「新卒者の定着と育成を考える」というテーマの下、
大学関係者や県内企業および行政系から、総勢130名ほどが一堂に会し、
様々な立場から討論しました。

産学官懇談会
https://www.facebook.com/photo.php?fbid=1530101943734734&set=pcb.1530101987068063&type=3&theater

何人かの方とお話しさせていただいたなかで、特に印象に残っているのが、
京都産業大学 就職支援センターの川合部長。
支援センターに相談に来た学生の話を聞くうち、
ついつい「キミ、そんな考え方は甘いで」と指摘したところ、
後日、その学生が所属するゼミを通じて、
「相談に行ったのに、なんで説教されなあかんねん!」と苦情が来たそうで、
川合部長は、そういうエピソードを披露しながら、
昨今の学生の「説教に対する耐性のなさ」と、
「忠告を与えることの難しさ」を説明されました。

これは、別の大学の方がおっしゃっていたことですが、
一人っ子の多い現代では、蝶よ花よと大事に育てられるためか、
そもそも、家庭で一般常識を厳しくしつけられていないケースが多いんだそうで、
企業の方から、そこの部分で、大学はもっとしっかり教育しろと責められても、
大学側からしたら、密かに、「そんなの知らねぇよ」と思ってるんだそうです。
だって、「せいぜい中学生までに家庭で叩き込んどけよ」って思うから。
なるほど、そりゃそうですよね。

それを受けて、でもないでしょうが、
国士舘大学 キャリア支援センターの大谷部長からは、
そうはいっても、これからの将来を担うのは、
そういう一般常識が欠如した彼らであることは間違いないので、
大学としてもできるだけの指導はしていくけれど、
一方で、お使いいただく各企業の皆さんで鍛えていただきたいとのことでした。
むむっ、受益者負担ということなのでしょうか。

「ウチの大学の学生は、挨拶なんてできませんよ」と、
ひどくエキセントリックなことをおっしゃられた大学の方もおられました。
その大学の方が気にかかっていることは、
「企業は、学生のどういうところを気にして採用活動をしているのか」ということ。
つまり、一般常識を身につけていることとか、挨拶がきちんとできることとか、
そういうことを選考基準にされてしまうと、
いまどき、条件を満たす学生を探すほうが大変になってしまうので、
心配になって、企業の着眼点が気になっているとのことでした。

結局、磨き上げて、未来を創る人材に育てるという意味で、
企業側には真摯な気概が求められているということを再確認しました。
挨拶にしても、「挨拶しろ、バカタレ」と押し付ける形で指導するのか、
「挨拶がなぜ必要なのか」を本人に噛んで含めるように指導するのか、
そのアプローチは1つではないと思うのですが、
納得しないと取り組めないのが昨今の若者の特性、
必要性が分かるような接し方をしてあげとほしいとのことでした。

肝に銘じておきます。

[AKA]

緊急取締役会 ~TOMI SHOP のご案内

“働く”とはどういうことでしょうか。

そういうのは、学校ではあまり教えてくれないことかもしれません。
また、なんだか疲れ切った大人が多いなか、
子供たちにそれを伝えるのも、難しいことなのかもしれません。

知人の、富山で製造業を営んでいる社長から聞いた話。
彼女は、自社の新入社員に対し、
常々、「分からないことがあったら聞きなさいよ」と言っているのに、
最近の新入社員は、ちっとも質問しようとはしないんだそうで、
結果、分からずに失敗してしまい、
周囲に迷惑をかけながらやり直すということも頻発するようです。
同席していた教育の専門家によれば、
コミュニケーションが希薄で他人に聞けない若者が増えたのだという話でした。

コミュニケーションが苦手な若者が増えたというのは事実だと思います。
しかし、会話を使ったコミュニケーションに重要性を感じていない彼らに、
そこを磨こうという切迫感はなさそうです。
この点が、すでに60代となっている前述の社長など、
先輩世代にとっては理解不能なところでしょう。
かつて、先輩たちが若者だったころは、
いかにして自分を磨いて、認めてもらって、実を得るかということに、
つまり、打算的とはいえ自己研鑽に余念がなかったものですが、
現在の学生たちは、そのようなことをモチベーションとせず、
自分がしたいと感じることだけをするというスタイルのようです。

もちろん、これからもそういう若者が社会に出てくるわけですから、
そんな若者はけしからんと切って捨てるのではなく、
社会を形成する企業としては、
そういう若者を見つけたら、細かく叱咤激励し、
社会として望ましい方向に教え導くことが必要でしょう。

しかし、実は、すでに社会に出てしまった大人をフォローするのは、
無為ではないけれど、正直、各企業ベースではなかなか大変なことです。
したがって、私たちは、少しでも、学生のうちから望ましい仕事観を持てるよう、
大学に出向いてキャリアガイダンスを行うなどの活動をしてきました。
しかし、学生さんの反応を見ると、
大学生ではもう遅いのかもしれないと感じる面もあり、
最近では、高校や中学へと対象が若返っています。
若すぎるとちんぷんかんぷんかもしれませんが、いずれは誰もが働くのだし、
できるだけ早く仕事観が肚決めできれば、彼らの糧になるはずです。

さて、富山県立富山商業高等学校では、
「TOMI SHOP」という模擬株式会社を作っています。
高校生が地元業者から商品を仕入れ、接客・販売する会社で、
生徒と教職員の出資によって設立されています。
ここまで、商品開発を進めたり商品化してくれる企業を探したりと準備を重ね、
ついに11月18日(土)-19日(日)に SHOP をオープンします。
応援する気持ちのある方は、見にきてやってください。

ところで、第17期となった今年、
代表取締役に就任している3年生の小幡くんの苦悩は深いものです。
今日は、いわゆる緊急の取締役会ということで招集され、悩みを聞きました。

この会社には、代表取締役以下、
3年生が副社長や経理部長、総務部長などの役員として就任しており、
さらにその下に1年生や2年生が部下として勤務しているという形なのですが、
彼曰く、代表取締役としての理念が、末端の部下まで浸透しないというのです。
たとえば、「TOMI SHOP」の企業理念は、「幸せの追求と社会貢献」なのですが、
仮に全社員にお題目としての「幸せの追求と社会貢献」というのが伝わったとしても、
本質、社長としての情熱まで全員に伝えるにはどうしたらいいだろうかと、
もうオープンまで1週間なのに、小幡社長は悩んでいます。

んふふふ。
社員とビジョンが共有できないとか、社員のなかでも温度差があるとか、
課題はリアルな会社経営と一緒ですね。

単なる会社ごっこに見えるかもしれませんが、経営に携わっている彼らは真剣ですし、
商品化で関わっている各企業や、監修している私たちも真剣です。
みんな真剣にやってます。
そして、こうやって真剣に悩みながら会社運営した経験が、
将来の彼らの、望ましい仕事観につながれば、私たちも望外の喜びです。

TOMI SHOP 171110
https://www.facebook.com/Yasumin06?hc_ref=ARQH5tr2iS1hNFJpcyo9t4jBdaPBd8Ni5T8016W2gM577N9-_yK9jxbZ0t_NVxOtG2Y

[AKA]

社内連絡っぽい話

ノーマン・ヴィンセント・ピールは、世界で五指に入る思想家かもしれません。
“ポジティブ・シンキング”というと、なんだかバカっぽいけれど、
人生に成功する秘訣は「どんなときでも積極的な考え方をすることだ」という哲学は、
古今東西の成功者の例を見ても正しいと思われるので、
ピール博士の積極思考は人生を好転させるものであると、私は思っています。

さて、私の上司は、学生時代に熱心に勉強に打ち込んだわけでもなければ、
現在、何かをよく勉強する習慣があるわけでもなさそうなので、
ご本人には失礼ながら、知的なタイプというわけではありません。
たぶん、ピール博士についても興味がないか、もしかしたら知らないかもしれません。
しかし、以前紹介したサイボーグ009ばりの映像記憶能力の高さなど、
野生の能力のようなものが強く備わっている人なので、
映像記憶能力以外にも、様々なことを感覚的に体得しているようです。
私は、この、理屈ではなく、自分の感覚に忠実というところが、
まぁ、彼の真骨頂というか、魅力なんだと思っているわけです。

ちょっとリップサービス気味に表現するなら、
みんなが様々な“教え”に触れながら苦労して到達する悟りに、
彼は感覚的に到達して、すでに信念としていると、そういうわけで、
つまり、ピール博士なんか知らないかもしれないけれど、
それっぽい思考パターンを、野生的な感覚で身につけていそう、という感じ。

そんな彼がこのところお苦しみのようなのです。
理由は部下が育たないから。
弊社は営業の会社なので、部下はおおむね営業マンということになりますが、
昨今の若い営業マンは、相手の懐に入り込むことが苦手です。
それは、各種の能力が実際に不足しているのか、
それとも能力はあるのに相手の懐に入り込むことを善なりと思っていないのか、
いずれにしても、表面をなぞるような営業をして帰ってきます。
もちろん、そんなことで売り上げが上がるはずはありません。

言っておきますが、弊社の若い営業マンがポンコツだという話ではありません。
個性豊かな面々がそろっていて、話してみると実に面白いのですが、
いかんせん、自己表現が得意でないというか、踏み込みが甘いようです。
一方、上司である彼は、「独立不羈」をモットーに営業から登ってきた人なので、
おそらく部下の若い営業マンを見て、不甲斐なくてたまらないだろうし、
なぜ、そのようなマイルド営業に甘んじているのか理解しにくいことでしょう。
結果、最近の彼は意気消沈状態というか、浮かない顔をしているのです。

私は、なんというか、そのことをとても切なく感じるのです。
私が尊敬している彼の魅力は、前述のとおり野生の感覚です。
悲観的に物事を想定し、それに備えて毎日の精進を重ね、
そのうえで「もう大丈夫だ」と、楽観的に構える、という、
普通の人が努力して身につける一連のプロセスを、
すでに野性的な感覚として身につけているところです。
ピール博士なんて知らずとも、野生的に積極思考を身につけているところです。

しかし、このところの彼は、自分の感覚に沿って部下が育たないため、
現状のままでは将来が心配という不安感でいっぱいになっているようです。
かく言う私も部下の一人であるので、
彼にそのような不安感を与えてしまっている責任は感じます。
しかし、その一方で、長年つき従ってきた者として、
大らかな野性的魅力が隠されてしまっていることに、寂しさも感じるのです。

もちろん、彼の立場も分かるし、現状を見れば不安なことだらけなのですが、
私は、それでも彼には、積極思考に基づいた、
大らかなリーダーシップを取ってほしいと願っています。
細かな、頭脳的なことはできるだけこちらで引き受けるから、
彼には、根拠はなくても、明日は今日よりも良いはずだと信じて、
やれるだけのことをやったら、あとは淡々としていているという、
そういう野武士のような達観を取り戻してほしいのです。

努力する限り、状況は必ず好転する。
そのことを強く観じて、積極的に今日も一手を打つ、
なぜかそういう積極思考を備えている、そんな上司でいてほしいのです。

というわけで、少し湿っぽくなりましたが、
私は、悩む上司を、見てられません。
私も含め、部下一同、みんなで頑張ろうではないですか。

このブログに、しばしば特定の誰かに向けられた記事が登場することは、勘の良い方なら薄々感づいておられることだとは思いますが、今日の記事は、こんな直接的なことを書いていいのかと思ったものの、それでも、関係する誰かに読んでもらって、少しでも自覚が芽生えたり、現状が変わるきっかけになればという意図で書いた記事です。興味のない方には、申し訳ありませんでした。

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