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ガレットが好き♡

まぁ、田舎に住んでいるのが悪いのですが、
ガレットが大好きなのに、それを提供してくれる店が少ないのです。
もちろん、富山のような田舎でも、ちょっと気取ったカフェというのはあって、
ここ数年は、ガレットが並ぶお店も増えてはきたものの、
まだまだ都会のようにはいかず、富山はガレット後進県です。

そこで、自分で作ってみようと思い立ちました。

もともと、わりと料理が好きな私なのですが、
ソバ粉を渡されてもそこから作ることはできません。
そこで、少し思案の結果、茹でソバから作ってみることにします。
ただ、なにしろ初の試みで、成功する保証はほとんどないため、
今回は高級なソバを茹でて材料にするようなことはやめ、
スーパーで20円くらいで売っている、チープな茹でソバから始めます。
まぁ、なんと失敗に軸足を置いた、後ろ向きなワタシ。

茹でソバを

茹でソバを2玉、ジップ袋に入れて麺棒で伸ばします。
実はこの工程で、あとから後悔するようなミスをしているのですが、
まだこの時には気づいていません。

こねます。

だいたい茹でソバ1玉でガレット1枚分換算かなと思ったので、
ジップ袋から1玉分、つまり半分の生地を取り出し、
油の引いていない、熱したフライパンで焼きます。
形がテキトーに見えますが、どうせ後から折り畳むしと、気にしません。

伸ばして焼き、

今回は、急に思いついて作り始めたので、
充分なトッピングを用意しておらず、
冷蔵庫にあったチーズとベーコンとカニカマを載せてみます。

トッピングして、

焼き始めからここまで7分くらいですが、
ターナーでサイドを折り込んで、ガレットっぽくします。

ゆるやかに曲げ、

ところで、隣の鍋では温泉卵を作っておきます。
ガレットの焼き始めからここまで7分くらいということは、
温泉卵のほうに先に取り掛かっておかないといけませんね。
実際は、生地をこねる前から温泉卵作りに着手し、
ここで、その温泉卵を落として完成です。

温泉卵を落とします。

一応、できあがりです。
ジップ袋導入により、フライパンと、温泉卵を作るための小鍋だけでできました。
これは、片付けが苦手な方にも朗報です。
ま、私は実は片付けも好きなので、洗い物が少ない料理は好みではないですが。

これにオリーブオイルをかけて食べます。

できあがり。

さて。
味はどうだったかといえば、おいしかったです。
ただ、ガレットというのはもちっとした独特の食感が特徴ですので、
もっと薄いほうが、ガレットの雰囲気が出てよかったような気もします。
敗因はジップ袋です。
1玉で1枚だろうと、ジップ袋に茹でソバを2玉入れましたが、
ジップ袋の大きさは決まっているので、その大きさ以上には伸ばせず、
結果的に充分に薄くならないという残念な結果。
麺棒の洗浄の煩わしさを考慮したジップ袋の採用でしたが、
もっと大きくのびのびとこねることができれば・・・、
もしくは、ジップ袋を使うにしても、1玉分だけ入れておけば・・・。
ちょっと横着でしたね~。
最近、テレビでも“アイデア料理”というか、横着な料理が流行っているので、
つい、乗せられてしまいました。

まぁ、とはいえ、ガレットを自宅で作ることができると分かりました。
そこで、今度は失敗しないように、ペストリーボードを買いました。
生地を伸ばした時の大きさが分かるよう、寸法も入っています。

ペストリーボード

[SE;KICHI]
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大人の階段の~ぼる~♪

どうも~。
昔の自分と変わって大人になったのかな~って思ったことがありましたので、
今回のブログにさせて頂きます。
まぁ・・・31歳なんで大人なんですけどね!

先日、祖母の葬儀があり、久々に従兄弟と会った時の話です。
従兄弟とは幼い頃くらいしかまともに話したこともなく、
高校生頃からは会ったとしてもお互いに話すことがなかったのです。
お互いに牽制してるのかなんなのかわかりませんが。

祖母のお通夜のときも、会ったときは挨拶程度しかしませんでした。
食事のときも席が離れていて、しばらくはいつも通り絡みがありませんでした。
しかし・・・お酒の力はすごいですね 笑
「久しぶりに従兄弟と話してこようかな」、そう兄に呟いた私は、
15年以上は挨拶しか交わしていない従兄弟に話しかけにいきました。
(別に仲が悪いとかではありません)

最初は、久しぶりとか、今何してるとかそんな会話でしたが、
どんどん盛り上がっていき最近ハマっていること等少し踏み込んだ話まで。
歳が少し離れた従兄弟は本当に幼い頃しか私と会ってないので、
少し壁を作ってましたが 笑
まだまだ若いなと思いました。
その子から見たら酔っ払いに絡まれて、
私なんて従兄弟のお兄さんというか、
親戚の叔父さんみたいな感覚だったことでしょう 笑

叔父さん叔母さん達からは、私のその姿が好評だったらしく、
「さすが営業マン!」とかいじられたりしてました。
自分でも従兄弟と久しぶりに話せたのは良かったかなと思います。
葬儀とかで集まるとわかるんですが、
あそこは仲が悪いなとかわかっちゃう人達もいますからね 笑

そんな感じで翌日に葬儀を迎えました。
さすがに前日お酒を飲んで声を張っていた為、
喉が痛い 笑 
カラオケ行ってお酒飲んだ翌日並に痛い・・・


会場に着くと従兄弟達が。
さすがに前日散々話していたので酔ってなくても自然に話せました。
葬儀だったのであまり余計な話はしませんでしたが。

そんな最近の出来事があり、
若い頃とは変わり大人になったなぁ、と感じました。
そしてなにより婆ちゃんに感謝です。
父が長男なのでよく婆ちゃんの家に遊びに行ってた思い出があります。
すごく可愛がってもらったなぁって思ってますし、
こんなにいい従兄弟達と巡り会えたのも婆ちゃんのお陰だと思っています。
最後に仲良い孫達の姿を見せられて、
婆ちゃんが喜んでくれていればいいなぁって思います。

今回はこんな感じで終わります!
次は時期的に今年の夏の思い出みたいなのブログにしたいと思います。
思い出できるかなぁ・・・読んで頂きありがとうございました。

[SYUN]

夏の過ごし方

高田渡は『生活の柄』という曲の中で、
「草に埋もれては寝たのです、所かまわず寝たのです」と歌い、
自分は夏向きなのでしょうか、などと言っています。

『生活の柄』は1971年リリースなので、もう45年も前の曲になりますが、
2017年の今は、なかなか、所かまわず寝たりするわけにはいきません。
それは、もちろん防犯上の理由もあるでしょうが、
そもそも、夏向きの人でも暑すぎて眠るどころではないでしょう。

ここ数年の夏は、殺人的に暑いですね。

今年の冬、社内で「夏と冬、どっちが好きか」という話になったことがありました。
まぁ、そんなものは個人の好みの問題だと思うのですが、
せっかくなので調べてみたところ、旅行会社のきちんとした調査で、
夏と冬は3:7で冬のほうが人気が高いというデータがあるようです。
ちなみに、春と秋も加えると、「秋」の人気がダントツだそうです。

冬のほうが人気が高い理由は、夏が暑すぎるからです。
ここ数年の暑さは尋常でなく、
どこにも出かけたくない、何もしたくないという、
怠惰な雰囲気を社会にまき散らしています。
もちろん、逆に冬は寒く、それはそれで、
どこにも出かけたくない、何もしたくないという気分になりはしますが、
年々寒さが増していっているわけではありませんし、
最終的には厚着をすればいいということになります。
それに比べると、夏の暑さは年々増していっている感じもして、
日焼けやら熱中症やらへの備えの煩わしさも相まって、
TUBE がうるさく『シーズン・イン・ザ・サン』とか言っていたころと比べ、
夏の人気は下降気味になっているようです。

さて、今年も迫りくる、その暑い夏に、何をしましょうか。

ところで、今年も半分ほど過ぎましたが、
上半期、ショックだったことと言えば、渡部昇一先生死去のニュース。
私は、生前の先生とは何度かお話しする機会があり、
昨年にもお盆過ぎにお会いしたばかりでしたが、
その際には95歳くらいまでは生きるとおっしゃっていたので、
聞いたこちらもその気になっていたため、急な逝去は心から残念で、
訃報を聞いたその日は、私が腑抜けのようになってしまいました。

渡部昇一先生と言えば、ご自宅に有する15万冊の蔵書でしょう。
先生は「自分の全蔵書を書棚に飾って、全蔵書と対面してから死にたい」と、
77歳にして、数億円かけて巨大な書庫を建設されました。
私は、77歳にもなってそのような攻めをしかけるという美学に感じ入り、
自身もそうありたいと見習ってはいるものの、いまだに先生の30分の1しかありません。
それに、先生は15万冊を所有するだけではなく、
それら全ての本を読了していらっしゃった。
私なんて30分の1しかないのに、読めていない本が常時10冊はあります。

まぁ、何が言いたいかと言いますとですね、
先生の、本を所有して学ぼうとする姿勢が、
自分の人生を、より積極的で有意義なものし、言論の切れ味を鋭くし、
高齢になっても攻めの気持ちを持ち続けるモチベーションとなっていたわけで、
それは大いに意味があることだと思うのです。

かたや70代で書庫を建て、86歳で亡くなる直前まで現役だった老人がいる一方、
かたや70歳そこそこでアクセルとブレーキを間違って人を轢く老人もおり、
その差は何かと言えば、現役感の違いではないかと思うのです。
心血を注いで15万冊を集め、そのすべてを読み込んで、
アウトプットとしての言論にも積極的な老人の脳というのは、
惰性で生き、惰性で運転している老人の脳よりも、
おそらくは若々しく、みずみずしいでしょう。
もちろん、すべての人が15万冊の蔵書を持てばよいという話ではありません。
しかし、1日に1冊の本も読まず、呆けたようにスマホを眺める人が多いなか、
きちんと学ぼうとする姿勢を持つことが、
人生の豊かさのために、どうしても必要ではないかと思うのです。

私は、元来が怠惰にできておりますので、あまりに外に出ることはしません。
特に夏は、どこかに出かけようなんて、露ほども思いません。
これは皆さんにもオススメなのですが、
ここ数年の殺人的に暑い夏、雰囲気に踊らされてムリに出かけるのではなく、
出掛けるのは、秋口の、気候がよくなるのを待ってからにして、
この時季は、快適な温度の部屋で知力を磨くのが一番だと思います。

そのことが、意外と老境に至ってからの脳の活力につながると、
私は、そのことを身をもって実証された渡部先生から教わりました。

[SE;KICHI]

ざわつく~

Okei さんの記事で、ブルゾンちえみがかわいいとの話がありましたが、
私は断然、「オカリナ」が、かわいい

オカリナ
https://www.daily.co.jp/gossip/2016/08/31/0009444056.shtml?ph=1

なんとも飽きのこない顔、表情です。

出演番組を探して見るほどファンな訳ではありませんが、
発言するバッサリ感とかたまりません。

人は見た目が100パーセント」のドラマも放送されていますが、
桐谷美玲さんや水川あさみさんはきれいでしょって感じで、
そこにブルゾンちえみを登用したのも流行りというか凄いというかですが、
なんとか「オカリナ」を出して下さい。

Okei さんのメイクの参考になるようなことはしておりませんので、
なんともお勧めはできないのですが、私の好みの問題です。

ちらっと見たそのドラマで、ブルゾンちえみさんが帽子を被り、
人造人間19号だと言ったセリフには鼻水が出てしまうくらい笑いましたので、
今後ブルゾンちえみさんがかわいいとなるのかな?

なんにせよ「ざわつくメイク本」に心ざわついている私でした。

[WAKA]

しもと祭り

突然ですが、日本五大奇祭の1つに数えられるしもと祭りについて。
あ、もう現在ではやってないお祭りなんですけどね。

当社がある富山市の、婦中町というところにある鵜坂神社。
社伝によれば、第10代・崇神天皇の頃、
大彦命(第8代孝元天皇の第1皇子)によって勧請された神社だそうで、
白雉2年(651)の創立というから、これは相当古い神社です。
祭神は淤母陀琉神・訶志古泥神ということで、
これは人体の完備を神格化した夫婦神で、御利益などはないはずですが、
どういうわけか、平安期には朝廷からも尊崇を集めたと伝えられています。
まぁ、夫婦神なので、夫婦和合のご利益くらいはあるのかもしれませんが。

とにかく、そういう古い古い神社が、この北陸の片田舎にあることにも驚きますが、
その鵜坂神社で、毎年水無月(6月)の16日に、
昭和20年頃までやっていたのが、奇祭・しもと祭りです。
なんでも、日本五大奇祭に数えられていたといいますから、
この北陸の片田舎で・・・・・・尋常ではありません。

“しもと”というのは、ざっくり言えば杖のこと。
この祭りには、屋台の曳き回しや獅子舞などは登場せず、
ただ単に、神主が祝詞を唱えながら女性の尻をペロンと露出させ、
榊でできた杖でペンペン叩くという祭りです。

楉祭り
歌川豊國によって書かれたこの画では、ペロンと露出まではさせていませんが。
http://ameblo.jp/retro-illustration/entry-11911098721.html

はぁぁぁぁ、今ならセクハラで大騒ぎになるような祭りですね。
Mっ子にはたまらないイベントかもしれませんが、
この祭りが果たして楽しいのかどうか、謎です。

しかも、女性が杖でお尻を打たれる回数は、
なんとその年にその女性が関係した男性の数。
さらに、その数は、お尻を打たれる女性からの事前申告制です。
関係した男性の数を自己申告しなくてはならないだけでも恥ずかしそうですが、
そこで恥ずかしいからといって少なめに申告すると、
神様の前でウソをついたという罪で神罰が下るそうで、
みんな正直に申告していたそうです。
それどころか、もし、うっかり「あの晩のアレを忘れていた」なんてことになったら、
単なるカウント間違いでも神罰が下ってしまうので、
それはたまらんと、回数を多めに告白する女性も多かったそうです。

うふふ、なんか、SMクラブのイベントみたいですよね。
行ったことないので、SMクラブのイベントは知りませんが・・・。

この祭りは古来からすこぶる有名で、
かの松尾芭蕉も「油断して 行くな鵜坂の 尻打祭」という、
うまいのかどうかよく分からない句を遺していますが、
この句からは、この祭りが「お尻ペンペンだぁ♪」のような形式的なものではなく、
戒めを目的とした、当時の女性にとってかなり恐ろしい祭りだったことがうかがえます。

この祭りについては、
『変態性欲』という大正13年に日本精神医学会が発行した真面目な雑誌に、
「越中鵜坂神社の尻打祭に就いて」という論考が載っており、
それによれば、もともとは新妻を対象に行われてきた妊娠祈願の神事だそうです。

變態性慾
http://auctions.search.yahoo.co.jp/search/%E6%80%A7%E6%AC%B2/0/

つまり、男性器の象徴である杖で女性の尻を叩いて子を産ませようとした神事で、
その風習自体は全国に広く流布していたものと思われますが、
どういうわけか、鵜坂のしもと祭りは、もともとの風習から大きく変質したとのこと。
鎌倉時代に順徳天皇が書いた「八雲御抄」では、
すでに懲罰的スタイルに変質したこの祭りに触れていますので、
つまり、遅くとも鎌倉初期には女性を戒める祭りに変質していたことになります。

はぁぁぁぁ、こういう民俗学的検証、大好き。

ちなみに、源俊頼という、百人一首にも出てくる有名な歌人も、
「いかにせん 鵜坂の森に身はすとも 君が笞(しもと)の数ならぬ身を」と、
この祭りを題材に句を詠んでおり、
地元の神社の祭りがそんな高名な歌人に取り上げられているだなんて、
ちょっと感動です。

いずれにせよ、鎌倉期以降、
羞恥心を与えて女性の貞操を戒める趣旨の祭りになったしもと祭りですが、
女性の社会進出に伴って、明治頃から形が変わり、
最終的に昭和20年ころにはなくなってしまったといいます。
どうでしょうか、現在でも存続していたならば、
みんな、何回くらい叩かれるでしょうか?

[SE;KICHI]

できたらいいな

通勤や買い物で毎日のように車を運転していますが、
仕事中は近くの銀行や郵便局くらいで、
あっちこっちの目的地へ向かってハンドルを握ることもないので、
考えてみると平日はほぼ同じコースの慣れた道路しか運転していないことになります。
これが幸いしてか免許証はゴールドで何回か更新しています。(あっSYUN君ごめん)

その免許証の更新に5年ぶりに行ってきました。
ゴールドなので講習時間は30分程の短さ。
担当者のお話やビデオを見聞きし、
講習後は普段の運転に戒めをあらたに、新しい免許証を貰って帰ってきています。

ビデオは視覚から入ってくるので、印象に残りやすいですが、
話の方は聞き流して終わらせている感じだった(担当者の方すみません)ところ、
今回はちょっと興味深い説明がありました。

それは「環状交差点」たる道路です。
信号機のないドーナツ状の道路で、
左折方向から入り、左側へ流れるように出て行く、回転ドアのような道路です。
私は走行したことがなかったので、
説明を受けて、あー、以前ニュースでそんな道路のこと聞いたことがあったなと、
思い出した感じです。

環状交差点のルール
http://www.city.niigata.lg.jp/kurashi/doro/road/doroseibi/roadseibi/roundabout.html

その環状交差点、新潟県には新潟市西蒲区と新潟市の隣、田上町に2カ所。
わりと近い地域なんですけど、
環状交差点に変わってからは全くそっち方面に行っていないなと、
改めて行動範囲の狭さを実感しました。

環状交差点(新潟市) 新潟市西蒲区角田浜交差点
https://www.city.niigata.lg.jp/kurashi/doro/road/doroseibi/roadseibi/roundabout.html

ここ数年、運転するのがおっくうになり、こと長距離は特に感じています。
まあ、そうはいってもまだまだ手放すわけにはいかないので、
初めて遭遇する道路事情にも適応していかないといけないですね。

ただ、首都高や左右両側からの合流車線のある有料道路に関しては、
はなから運転放棄です。
新潟は左側からしか本線に合流できないので、これに慣れきっているぶん、
関西のビュンビュン飛ばしてくる中を右側から合流していくなんて、
こんな道路は私には無理(泣)で、即座に白旗です。
複雑な道路も交通量の多い道路も、慣れたら運転できるんでしょうが、
あえて挑戦したくないです。
どんくさい話ですけど、回転ドアや縄跳びなんかで、
回っている中を出たり入ったりするのがかなり苦手です。
環状交差点はどうかな?と、講習中にふっと不安がよぎりました。

現在は近視用の眼鏡を掛けないと運転できないのですが、
運転用に特化しているので、近くが見えづらく不便な時もあります。
願わくは、レンズが自動的に目の動きに応じ、
瞬時にピントを合わせてくれるめがねがあったらな~と、それもお手頃で。

[fu~ma]

心がポキッとね

ちょっと前に、そういうタイトルのドラマがありましたよね。
オーバーワークで心が病んでしまった主人公を阿部サダヲが演じ、
あとは山口智子と藤木直人と水原希子がワーワーやってるドラマでした。
って、実は一度も観たことはないので、詳しくは知りませんが。

心がポキッとね http://www.fujitv.co.jp/kokopoki/index.html

心がポキッとね』、略して“ココポキ”だそうですが、
しかし、このタイトルはどうしたことでしょうか。

「ポキッ」という擬音は、枝のような細長いものが折れるときの音です。
ということは、この『心がポキッとね』というタイトルは、
このところ世の中で市民権を得ている「心が折れる」という表現の擬態です。

果たして、「心が折れる」って、どんな状態でしょうか。
心の支えを失い、意欲がなくなるって感じですかね。

たとえば、公園の砂場の砂粒を数えるような途方もない作業に対して、
「もうだめだ! 心が折れた!」という使い方を散見しますよね。
単調な作業とか、終焉の分からないようなことに対して、
“あきらめる”とか“放棄する”という意味合いを含んでいるように感じます。

人生で、そういう心境になることは、まぁ、あることでしょう。
それ自体は別に構わぬのですが、私が疑問に思うのは、
だいたい、心というのは、折れるものなのかということです。

これは、もはやイメージングの話です。
折れるという形容詞が成立するということは、
人間の心が、枝というか、棒状であるという前提に立っています。
私は、自分の心が棒状であると思ったことは、ありません。
どういう形なのかと問われれば答えに窮するのですが、
ハート形や球形のような、丸みを帯びた形だと勝手に思っていて、
少なくとも、棒状というか、細長くはないと思っています。
丸のイメージだと、心というものは折れようがないと思うのです。

つまり、なんというか、
「心が折れる」とか、しょうもない表現を使っているから、
自分のイメージの中にある心というものが、
折れやすい棒状と認識されてしまうのではないかと思うのです。
折れる折れると何度も言っていると、
そりゃ折れちゃうでしょうよ、
心って折れるものだという自己暗示にかかるのですから。

なんだか、卵が先かニワトリが先かみたいな様相を呈していますが、
もともと心というものは、折れたり砕けたりするようなものではなく、
自己イメージの貧弱さが原因となって、
「心って折れるに違いない」と錯覚しているのではないでしょうか。

というわけで、イメージングの悪化により心が弱くなることに拍車がかかる気がして、
私は、「心が折れる」という表現はイヤですし、
いわんや『心がポキッとね』みたいなライトな感覚は、不快ですらあります。
“オーバーワークで心が病んでしまった”という主人公の設定のところが、
『心がポキッとね』というタイトルに反映されているのかもしれませんが、
そんな簡単に、心がポキッと折れるようなことを言うな、
そういう弱い心になっちゃうだろ!
ってことです。

さて、言いたいことは以上なのですが、
「心が折れる」という表現、最近は盛んに使われているので、
最近の若者言葉なのかと思っていたのですが、
確か、私が遥か昔に読んだ保元物語にも、
「わが僻事と おぼしめす時は、たちまちに心折れさせ給ひて・・・」
とあった記憶があるので、どうやら、かなり昔からの表現のようです。
しかし、本来は「自分の気持ちを曲げて相手に合わせる」という、
いわゆる譲歩の意味だったようで、
双方が折れて(譲りあって)話がまとまる、なんていうような、
いまで言う“折り合う”に近い感じの表現だったとのこと。

なるほど。
それだと辞譲の心で、なんだか素敵ですよね。
もともとの「心折れる」は素敵なのに、
最近、“あきらめ”を含んだ語彙に変わってしまった「心が折れる」。
このところ流行りの「忖度」もそうですが、もともと素敵な単語だっただけに、
本来とは別の、ダーティな意味づけをされているのは残念です。

[SE;KICHI]

アドバルーン!?

先日のことです。
近くの中型スーパーマーケットがリニューアルオープンしました。
オープンした内容もそうなのですが、
アドバルーンが2つ、晴れ空になびいていました。
自宅からわりと近くと言えども、
その場所と自宅との間には建造物が多いため分からなかったのですが、
あれだけデカデカと掲げられているとさすがに分かりました。

若輩ながらも懐かしいな~と見ていたのですが、ふと気付いたのが…

最近、見なくなったよな?
何故やろう?


ちょっと調べてみることに。

アドバルーンは広告と風船という意味が2つ足された、
日本独自で発達した造語らしいです。
水素やヘリウムガスを入れた直径2~3mの気球の下に、
宣伝用バナーを吊り下げてそこに書きたいことを書き込む。
その高さは気球の浮力で20~30mにも及ぶそう。
ただ、風速5mを超えるとすぐに撤収されるそうなので、
昼夜を問わず監視員が常にいるのだとか。

大戦中は旧日本軍が風船爆弾と称して、
敵国本土落下用に開発していたということもあり、
戦後しばらくはGHQにアドバルーンの使用は禁止されていたので、
解禁となったと同時に広告のため各団体や企業が一斉に使用しました。

少し話は脱線してしまいましたが、本題に^_^;

ではなぜ使用されなくなったのか?

直接の理由としては、
かつてのスーパーマーケットの小売店が大型ショッピングモールに吸収されて、
店の数が減ったことや、
それに伴い建造物の高層化で、
使用する機会が無くなってしまったということだそうです。
監視員の人件費など、細かい点はもっとありそうですが。
広告のチラシなどもカラーになったし、
テレビCMもあるし、インターネットでの情報取得も簡易になった。
デカい広告見て期待しなくても、通販一つでなんでも安く買えてしまう時代です。

なるほどそういういきさつから、アドバルーンは無くなっていったのか…
なんだか納得できるんだか寂しいんだか。

あれが出てれば必ず親に連れて行ってもらえた小さい頃。
かつて見たあれはワクワクそのものでした。

自宅の間近にショッピングセンターがあり、
そこに出た時はいつもと何か違うんじゃないのか!?と期待したほどです。

今でもたまにみるとアドバルーン!?となって、ワクワクするのにな~
通販は便利っちゃ便利やけど、やっぱりみたいなアドバルーン~

アドバルーンhttp://hkmtiz.com/1259.html

[K.K]

「孤峯の雪」

私は、別にことさら孤独を愛するタイプというわけでもないのですが、
自分の雅号(日本的なことをするときの名前)に「孤」という字が入っているためか、
「孤」の字が目に入ると、ちょっと反応してしまうところがあります。

先日、東京でお招きいただいた料亭は、お座敷が全部で5室あり、
私たちのお座敷は「孤峯の雪」という名前で、「孤」の字にちょっと反応。
他の4室は「隣家の梅」、「緑樹の林」、「尾花の露」、「琴の音」。
おおおおっ、風流だ。

・・・・・・もしかして、言っていること、伝わっていませんですかね?

私は、「文香」という、手紙などに香りをつけるお香を愛用していて、
仕事で使っている名刺に香り付けしているなど、香道がわりと好きです。

香道とは、端的には香木を焚いて楽しむものですが、
香りを聞く「聞香」と、香を聞き分けて当てる「組香」があり、
このうちの組香が、ざっくり言うと「この香り、なぁ~んだ?」という、
なんとも雅なゲームになっています。

具体的には、“三種香”という聞香の作法のようなものがあります。
まず、香元と呼ばれる主催者によって香木が3種類、選ばれます。
この香木から各3片、合計9つの香片が作られます。
ここからランダムに選ばれた3つが、
1つずつ香炉で焚かれ、その香炉が参加者に回されてきますので、
各々、作法に基づいて香りを聞いて、香炉を次の参加者へと回して行きます。
最初に選ばれた香木は3種類ですから、当然、香炉は3台回ってきます。
参加者は、その「おや? 最初のと3つめの香りが似てる? いや違うか?」とか、
そういうことを考えながら香りを聞くわけです。

すべての香りを聞き終わったら、
「3種類のなかに同じ香りはあったか、あったとすれば何番目と何番目か」を、
硯と筆を使って解答用紙に書くことになるのですが、
はい、ここで。
数学の順列組み合わせみたいな話ですが、
「3種類のなかに同じ香りはあったか、あったとすれば何番目と何番目か」は、
「1=2」、「1=3」、「2=3」、「1=2=3」、「1≠2≠3」の、
全部で5通りしかありませんので、
この5通りから1つを選ぶのが“三種香”の解答になります。
つまり5択。
ただし、解答は3本の縦線を基本とした“香乃図”というので表現します。
たとえば、「あっ、最初のと3つめの香りが一緒だ」と思ったら、
3本の縦線の、右から1本目と3本目の頭に線を書き足してつなぐという、
まぁ、記号によって回答するわけです。
そして、さらに、この5種類の解答記号には、
「1=2」には「隣家の梅」、「1=3」には「孤峯の雪」、
「2=3」には「琴の音」、「1=2=3」には「尾花の露」、
そして「1≠2≠3」には「緑樹の林」と名前がついているので、
それも併せて記載しなければなりません。
つまり、「あっ、最初のと3つめの香りが一緒だ」と思ったら、
解答用紙に3本線の記号を書き、さらに「孤峯の雪」と書くわけです。
『隣』とか『露』とか、難しい字を硯と筆を使って書くことになるので、
香道をやる人は自動的に書道も練習せねばならぬというシステムです。

三種香乃図 http://www.isuzujuku.org/?p=8223

というわけで、通されたお座敷が「孤峯の雪」という名前で、
他の4室は「隣家の梅」、「緑樹の林」、「尾花の露」、「琴の音」って、
おおおおっ、風流だ。と感じたわけです。

ところで、この話には意外と広がりがあります。
この“三種香”は、3つの香りを聞いて同じ香りを当てる遊びですが、
もちろん、4つの香りや5つの香りから当てることもできるはずです。
4つの香りを聞き当てる遊びを“系図香”といい、
全部で15通りの香乃図があり、伊勢物語にあやかった名前が付けられています。
そして、5つの香りを聞き当てる遊びを“源氏香”といい、
その、全部で52通りの香乃図は、源氏物語全54帖のうち、
「桐壺」と「夢の浮橋」の2帖を除く52帖の巻名が付けられています。
たとえば、6年ほど前、私は花散里が好きと告白したことがありましたが、
香道では、1つ目と3つ目、2つ目と4つ目の“ツーペア”がある組み合わせを、
源氏物語 第11帖にあやかって「花散里」と呼びます。

花散里 https://x181.secure.ne.jp/~x181007/kamon/shop/70011.html

ここにきて、書道だけではなく、
香道をやる人は自動的に源氏物語も記憶していなければならないという、
ちょっと恐ろしいシステムです。

そしてさらに、この“源氏香”の52通りの香乃図は、そのデザインが美しいので、
着物や重箱などの模様とか、家紋としてもよく使われ、
また和菓子の意匠などにも、使われます。
家紋が好きな私にとって、見過ごせない朗報です。

源氏香
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%95%E3%82%A1%E3%82%A4%E3%83%AB:Genjiko-zu.PNG

というわけで、香道は、その先に、源氏物語や家紋があるという、
実に私好みの遊びなのです。
なんの話だったか見失うところでしたが、
そういうわけで、座敷の名前が「孤峯の雪」、
私好みの風流で興奮しちゃうというわけです。

[SE;KICHI]

ソロ

NHKで放送されているドキュメント72時間という番組があります。

日本各地の街角の片隅等にカメラを設置し、
そこに訪れる人々の会話や出会いを3日間撮影し続けるといったもので、
本当にそれだけの番組です。

それを見ると、人の数だけ人生があり、ドラマがあるんだとしみじみ思わされます。
みんな生まれる場所や時代を選ぶことはできません。
壮絶な過去、平凡な日々、偶然の出会い、大切な人との別れ、
それぞれの人がいろんな事情を抱えていますが、
不思議なことに、皆さんうまく折り合いをつけて生き生きとしているように見えるのです。
人間は本当にたくましいなと思わされます。

番組のエンディングになると、
松崎ナオさんという女性シンガーが歌う「川べりの家」という曲が流れます。
上手いのか下手なのかよくわからない(個人の感想です。すいません。)独特のボーカルと、
何とも切ないメロディーが番組の内容とよくマッチしています。
 (特設 ⇒ http://www.nhk.or.jp/d-navi/vr/72h-2/ Enterから
その曲を聴きながら、いつも自分はどうだろうかと、
自らの人生を考えさせられてしまいます。

私は昔から自分一人の時間をわりと大切にしています。
しばらく一人になる時間がなかったなと思ったときは、
意識的に一人の時間を取ることもあります。
特別なことをしている訳ではなく、
例えば本を読んだり映画を観るとか、
前から気になっていた所に行ってみたりといったことです。
一人きりで何かに没頭することで、
結果的にストレスが解消されてスッキリするんです。


数年前から「ソロ充」という言葉を耳にするようになりました。
「リア充」は現実の生活=リアルを充実させている人のことを指すのですが、
そこから派生した言葉で、ひとり=ソロを楽しむことができる人のことを指します。
いわゆる「おひとりさま」のことです。
楽しんでいるので、ひとりぼっち=「ぼっち」ではないということです。

例えばひとりカラオケだったりひとりご飯のような、
ひとりでの活動=「ソロ活」を好んでします。
今ではひとりで休日を楽しむための過ごし方を紹介した雑誌がいくつもあり、
旅行会社でもおひとりさま限定ツアーを組んだりと、
かなり世の中に浸透しつつあります。
特に女性の割合が多いようです。

私は旅行に行くほどひとりが好きなわけではありませんが、
やろうと思えばひとりでも楽しめることが増えるのはとてもいいことだと思いますし、
女性が気軽にひとり旅に出掛けたり行動できるというのは,
やはり日本はまだまだ治安がいいのかなとも思います。

昔に比べると休日がずいぶん増えてプライベートな時間が多くなったわけですから、
時間の使い方もどんどん多様化しますよね。
これからも、こんなことまでひとりでやれるようになったんだということが、
もっと増えそうな気がします。

[KAZSOU]
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