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それは、そういうもんでしょうよ。

むかし、ある小さな国にゴータマという王子様がおりました。
ゴータマは、生後すぐに母・マーヤーを亡くし、
叔母のプラジャパティーに育てられたせいか、
少年の頃から多感なタイプだったようで、
常に人間の苦しみについて悩んでいたようです。
父のシュッドーダナ王は、いずれ自分の後を継ぐ息子の、
その思い悩んでいる様子に不安を感じ、
心を満たすために欲しいものは何でも与え、周りに女性をはべらせるなど、
王族であればこその贅沢三昧を与えます。
しかし、ゴータマは酒池肉林を与えられながらも浮かぬ顔だったため、
ついに、業を煮やした父王は、ゴータマが16歳になった時、
半ば強引に、ヤショーダラーという娘と結婚させます。
その結果、ラーフラという息子が誕生するのですが、
そのような妻子の存在すら彼を満たすものではなく、
ゴータマは29歳のとき、夜中に王宮を抜け出し、
念願だった出家を果たしてしまいます。


このゴータマが、修行して悟りを開くわけです。
朝になって出家を知った父のシュッドーダナ王や妻ヤショーダラーは落胆しますが、
出家されてしまったものはどうすることもできません。
しかし、何年か後、修行を重ねて悟りを開いたゴータマに対し、
父シュッドーダナ王も妻ヤショーダラーも弟子入りし、
息子のラーフラに至っては父の教団に出家しています。
これが仏教の始まりで、つまりゴータマはのちのお釈迦さま、
彼がそのまま王様に収まっていたら、仏教はなかったかもしれません。

何の話か、お分かりになりますか。

少し前、某女優さんが突如として出家したというニュースが流れました。
突然のことでセンセーショナルに見えたためか、
契約の途中で無責任だろうとか、公開を控えた映画があるのにどうするんだとか、
本人に対して、わりと批判的な論調が展開されました。

確かに、普通の仕事の感覚で考えれば、
急に仕事を放り出して去るなんて、非常識に見えるとは思います。
そっちをフォーカスすると、そこの部分の社会的な奇異さが際立つでしょう。

しかし、私には特定の宗教法人の世間的な信用度は分かりませんが、
冒頭で紹介したゴータマの出家から考えれば、
出家ってそんなものだと思うのです。

ゴータマは、夜中に王宮を抜け出して出家しました。
一部の者は薄々気づいていただろうとは思いますが、
朝になって、
シュッドーダナは後継者が出奔したことを、
ヤショーダラーは夫が逃亡したことを、
ラーフラは自分が父に置き去られたことを知り、
呆然としたはずです。

出家とは、やむにやまれず、突如としてするものです。
私たちは、そういう衝動に駆られた経験がないから分からないだけで、
人類救済への使命感が湧き起こって止められなければ、
王座が約束されていても、妻子との円満な家庭があったとしても、
それらを捨てて出奔することはあり得るでしょう。
だとすれば、契約とか映画の公開予定とかを
顧みずに出家した彼女の行為も、
平仄は合っていますよね。

ちょっと世界は違いますが、たとえば私たちの仕事も、
「ここまで終わったら出家しよう」とか思ったとしても、
いつも、なにか進行中の案件があるもので、
途中終了を許されるタイミングなど、なかなかないものです。
そうなってくると、崇高な使命に目覚めてしまったとき、
社会通念としてはダメかもしれないけど、
いまやっていることは放棄するしかないけれど、
大義の前には仕方ないよねという、善悪の相克はありえると思うのです。

他人の心中は、常識などで測れるものではありません。
だから私は、他人を殺傷したとか、そういうことでないならば、
他人には他人の、深い心境の変化と、強い意志があったのだろうから、
他人のことをとやかく言わなくて良い
のではないかと思うのです。
もちろん、金銭的に損害を被った方はいるのでしょうが、
所詮は金銭の話に過ぎないし、
人類救済を決意した者にとっては瑣末な話でしょう。
本人は崇高な使命に目覚めたわけだし、
それを理解できない者から批判されても、たぶん、もう聞こえないでしょう。

そもそも、
何があったのかなんて本人にしか分からないことなのに、
何故、関係のない者がコメントするのかという、
やや辟易とする感じは、最近、いつものことです。

[SE;KICHI]
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キレてないっすよ

まだ大学生の頃、道を歩いていた私を目撃した従兄から後日言われました。
「なんでこの前怒って歩いていたの?」と。
え?いつのこと? いやいや、ごく普通に歩いていただけですけど・・・? 

そんなふうに言われてしまったら、ちょっと気にしますよね。
でも一人なのに笑みを浮かべながら歩くこと、私にはできませんでした。

それから十数年後、この会社に提出した履歴書に載せた写真。
もう入社してから1年半ほど経ちますが、いまだに話題に上ります。
「いやあ~、怖いよね、あの顔。怒ってたの?」
え??いやいやいやいや、
口角も上げて自分的には完璧な出来栄えでしたけど・・・??

どうやら、真顔の私は怒っているように見えるらしいです。
ちょっと困りますよね。一応女性だし。
まさか人からそんな風に思われているなんて、
思ってもいなかったのでショックです。
それに自分ではうまく撮れたつもりの写真も、
人からみたら全然違う見え方がすることもあると初めて知りました。

実を言うと、写真がすごく苦手で、どんな顔をして写ったらいいのかわかりません。
何とかうまく写らないか、自宅で練習したこともあります。
一人鏡に向かって、もしくは携帯のレンズに向かって、
無理やり口角をあげてみたり年甲斐もなく首をかしげてみたり、
上目遣いにしてみたり・・・。
残念ながらとても人様にお見せできるような仕上がりにはならず、
痛い写真でしかありませんでした。
もちろん速攻削除しましたが。
(ですがあろうことか、後日削除したはずの写真が画面に・・!長女が引っ張り出してきたのです。秘密をみられてしまったようで、これはかなりのショックでした。それ以来、自撮りはしていません。)

昔から写真写りがいい人がうらやましかった・・・と同時に、
密かにずっと疑問に思ってきたことがあります。
撮られるとき笑顔の人は、何を考えているのか?と。

スナップ写真にしても証明写真にしても、
撮ってくれる側が知り合いばかりではありません。
見知らぬ人です。
そんな見知らぬ人に、なぜ皆さんは笑いかけることができるのですか? 
私はどうしても撮られている最中に冷静になって、
「なんで私、この人に向かって笑ってるんだろう?」
「なんでこのまま動いちゃいけないんだろう?」という思いが出てきて、
とたんに頬が痙攣し始めます。
ですから、モデルさんをはじめ、
バシバシ写真に写っている人、心からすごいなって思います。

でもね、本当は知っているんですよ。
モデルさんじゃあるまいし、そんなに人に自分の写真を見られていないって。
そんなに人は私を見ていないって。
自意識過剰だって。

あらゆる場面において人の目が気になってしょうがない私。
もしかしたらそんな「人の目」を気にすることのない毎日を送るようになったら、
自然な顔で写真に写る日が来るのかもしれないなあ・・・と、
最近思い始めました。

もうじき、次男の卒園式と入学式を控えています。
クラスごとの撮影がおそらくある事でしょう。
誰も私なんて見ちゃあいないんですが、やはり集合写真が憂鬱でなりません。
私の顔は「上手に写らなくちゃ!!」と頑張るあまり、
わずかにしか上がらない口角と笑っていない眼と痙攣している頬からできる、
微妙な表情になっている気がしてなりません。
そうわかっていても、せっかくの晴れの日ですもの。
頑張って写真に写ってきますけどね!

私のこと、だれも見てないかも知れませんが、
「キレてないっすよ。」

長州小力 http://geinou.aventa-rises.com/

[Okei]

これくらい普通だろうの、罠

サイボーグ009かっ!」と、以前にも紹介しましたが、
私の上司は、経験を無意識に映像化して記憶できるという、
それはそれは実に薄気味の悪い能力を持っています。
まぁ、記憶力がいいというのは結構な能力のような気もしますが、
それでも、特に意図もなく何十年も前の相手の発言を覚えていて、
そのとき相手が着ていた服まで言い当てるというのは、
やはり尋常ではありません。

ただ、彼は、そんな自分の特殊能力を特殊だとは思っておらず、
「え? これくらい普通だろう」と思っているフシがあり、
部下にも同程度の記憶を強要するのが困りものです。
そのため、私を含め、
頑張って反芻して記憶しないと記憶できない一般的な部下一同、
感嘆しつつも困惑しているというのが正直なところです。
いずれにしても、
特殊な自分を特殊と自覚しないのは罪だと、
まぁ、まずはそういう論点です。

さて、そういう上司とは違い、非常に凡庸な頭脳を持った私。
以前、社外における意見交換の場で、
私自身について、講師からこんな評価を受けたことがあります。

「あなたは、知識も豊富だし、博識でいらっしゃるけど、
相手に伝えきるという部分で、苦労してらっしゃるようにお見受けします。」
要するに、アンタ、賢いけど、モノ伝えるの下手よねと、
そういう人物評ですね。

・・・・・・なるほど・・・・・・??
実は、言われた時は、それほどピンとこなかった私。
確かに他人にモノを伝えるのは難しいですよね。
それは常々感じていることなので、
語彙力に乏しいとかそういう意味かな、くらいに聞いていました。
自分への指摘だけれど、「ふ~ん、そうかぁ、そうかもなぁ」って感じ。

ところがです。
そういう指摘を受けたことを、軽い気持ちで身近な友人等に話したところ、
え? 知らなかったの?
アンタの話は難しいよ。
と軽く言われました。
・・・・・・えーーーっ! そうなの?
どうやら、身近な友人は長い付き合いだから理解できているが、
会社の同僚とかとそんな感じで話していて大丈夫なのかと、
密かに心配していたほどだそう。

それ以来、まぁ、多少は、
「だって理系なんだもん、しょうがないじゃん」と拗ねたりしつつも、
「そうか、自分の話は難しいのだ」と、漠然とした自己認識を持ってきた私。

そんなある日、自分の適性や知能指数を調べる機会がありました。
その結果、私の知能指数は128でした。
と言っても、高校受験すらしたことがない私には、
それが凄いのか凄くないのか、さっぱり分かりません。
調べてみたところ・・・・・・それは、上位3%に入るくらいの頭脳で、
東大医学部を狙えるくらいだそうです。

はぁ? そんなこと言われても・・・。
昔、熊本大学を受験した話を書いたことがありますが、
結果、理学部に合格はしたのですが、家庭の事情で行けませんでした。
たまに、その頃を思い出し、もしも熊本大学に通っていたら、
今ごろ自分はどうなっていたのかしらねぇと思うことはありますが、
東大医学部なんて、行ってみたいと思ったことすらありません。
そして、何より、今それが分かったところで、何ともなりません。

まぁ、しかし、この知能指数のテストは社員一同で取り組んだのですが、
確かに、知能指数128というのは、社内随一のスコアでした。

このことで、私には分かったことがあります。
もし本当に、私が東大医学部を狙える頭脳を持っているとするなら、
そうでない普通の人(知能指数が100くらいの一般的な人)と話す際、
「アンタの話は難しい」って、そりゃそうだよなぁ、と。
自分では分かるようにしゃべっているつもりだけれど、
相手のレベルに合っていなくて、「アンタの話は難しい」ってなってるんだなと。
アンタ、賢いけど、モノ伝えるの下手よねという指摘は、
結局のところ、なかなかに的を射たものであったのでしょう。

伝わりましたでしょうか。
この文章の趣旨は、自分の知能指数を自慢するためのものではないですし、
実際、140以上ないと「すごく賢い」とは言えないものだそうですが、
そういう数値の話をしているのではなく、
自分では思いもしなかった自己の特性を数値として突きつけられたという話で、
皆さんの想像以上に、私にはショッキングなことでした。

結局のところ、
私は、不必要に高い知能指数で周囲に難しい話を繰り広げていたということで、
冒頭で登場した私の上司が、
異常に発達した記憶能力を振り回して周囲を困らせているのと一緒だったということ。
しかも、一点、「これくらい普通だろう」と思っていたところも同じであり、
これはちょっと、反省しきりです。
つくづく、特殊な自分を特殊と自覚しないのは罪だと、
思い知った次第です。

[SE;KICHI]

DIYで棚づくり 完成!

さて、前回までで大体こんな感じになりそうというのができました。

最後は塗装です。

まずは天板の色塗りからです。
塗料はワトコオイルのダークウォルナットを使用しました。
あまり濃い茶色にならないようにしたくて、
でもナチュラルより濃い色と思い、この色にしました。
2度塗りですが、結構イメージ通りの色になりました。

こんな感じです。

塗装-天板①

うむ、光の感じで色がわかりにくい(笑)
これにニスを塗りまして、二つ並べてみた感じがこんな感じです。

塗装-天板②

これはちゃんとして撮れている。
いい色だ。

さあ、そして最後の仕上げで本体の色塗りです。
本体はマットグレーということで、
最初はミルクペイント系にしよーかなーとか思っておりましたが、
塗料の値段が高かったので、
アクリル塗料に艶消し材を入れることにしました。

で、塗ってみた感じがこんな感じ。

塗装-本体

おお、想像通り!

よく見るとまあ素人仕事なところがありますが、そこそこごまかせているはず。
天板との色合いも含めて非常にいい感じです!

さあ、最後は丁番を付けて並べるだけ!

で、ここで思わぬ落とし穴が…。

扉を閉めたときに扉の位置が合わない。
観音開きになっているところでずれている。

また、これを写真撮っていないところがダメなところ・・・。

どうにか直そうと丁番の位置を変えたりしましたが、
最終的には完璧に合わず…。
さすが素人仕事がここに出ました。

次やるときは気を付けよう。

とはいえ、そこそこいい感じにできましたので、並べてみました。

塗装完了

扉もこうやって見るとわからんもんだね。

とりあえず完成ということで、
嫁さんの誕生日プレゼントということでスタートしたCD棚作り。
やっと終わったー。

結構楽しかった!
次は何を作ろうかなー。


[ハク]

飛鳥の執念⑦ ~峰富士子みたいな女

今回の『飛鳥の執念』で取り上げるのは、
いつもとちょっと毛色を変えて、額田王とか、どうでしょうか。
額田王は百人一首にも登場するので、みなさんもご存知でしょう。

以前にも紹介している、のちに持統天皇となる鸕野皇女ですが、
その夫・大海人皇子(のちの天武天皇)の元カノが額田王です。
元カノと書きましたが、十市皇女という娘が生まれていますので、
実際には元妻というのが正確でしょうか。
ちなみに、大海人皇子の兄である中大兄皇子(のちの天智天皇)は、
額田王の姉・鏡王女と夫婦関係にあり、
当時は、兄は姉と、弟は妹と、という感じで丸く収まっていたようです。

ところが、日本が白村江の戦いに敗れ、
九州の護りを固めるために都が九州へ移った際、
同行した額田王はしっかり姉さんから中大兄皇子を奪ってしまいます。
自分にも大海人皇子がいたはずなのに・・・鏡王女も気の毒なことです。
この時の額田王が詠んだ歌が、
『君待つと わが恋をれば わが屋戸のすだれ動かし 秋の風吹く』
現代風に読み下すと、
あなたを待ってるときにすだれが動いたから、
あっ!来た、と思ってはしゃいだら風だったじゃん、という歌で、
まぁ、もう、は・や・く・き・て♡ って感じでしょうか。
なんだかエロいですよねぇ。
ちなみに、略奪された側の姉・鏡王女は、同時期に、
『風をだに 恋ふるは羨し 風をだに 来むとし待たば 何かなげかむ』
と詠んでいて、これは、
ぬか喜びさせる風に文句言ってるみたいだけど、
私には風すら来なくて、こんなに泣いてるんですけど・・・・・・という、
負け犬全開の歌です。注1
額田王、悪い女です。

額田王にはこういう魔性の女っぽいところがあって、
その後、中大兄皇子が天智天皇として即位したのち、
近江で行われた天智天皇主催の狩りの席、
額田王は久しぶりに顔を合わせた大海人皇子といい雰囲気になり、
皆の前で堂々と歌を詠んじゃいました。
『茜さす 紫野行き 標野行き 野守は見ずや 君が袖振る』
夕暮れの野原で、私に手を振らないでよね。
番人にふたりのことが知られちゃうじゃない、という、
不倫を彷彿とさせる歌です。
これに対し、元夫の大海人皇子は、
『紫の 匂へる妹を 憎くあらば 人妻ゆゑに われ恋ひめやも』
と、つまり“人妻だと分かってても、こんなに好きなんだ”と詠んでおり、
知られちゃうかどうか以前に、未練たらたらです。

忘れてはいけませんが、この狩りは天智天皇主催ですので、
それだけが理由ではないでしょうが、この時期から、
大海人皇子と兄・天智天皇の仲は急速に悪化します。
そもそも、天智天皇が即位する際、弟の大海人皇子を皇太子に立てたものの、
天智天皇は内心、自分の息子の大友皇子にあとを譲りたくなったようで、
このころには大海人皇子を邪険にするようになっていたからです。

まもなく、天智天皇は崩御し、大友皇子が弘文天皇として即位する注2のですが、
その半年後に大海人皇子は吉野で兵を挙げ、皇位奪還を目指します。
これを額田王はどのように見ていたのか、
ロマンチストの私としては大いに関心があります。
というのも、戦っている大海人皇子が元夫なのは前述のとおりですが、
戦っているもう一人の大友皇子は十市皇女を正妃に迎えており、
額田王にとっては娘婿にあたります。
つまり、額田王にとっては元夫 vs 娘婿
十市皇女にとっては父 vs 夫という構図です。

壬申の乱と呼ばれるこの皇位争いは、わずか1ヶ月で終結します。
弘文天皇は自害し、勝った 大海人皇子が天武天皇として即位しました。
額田王たちも保護されましたが、十市皇女はしばらくして病没注3し、
やがて、天武天皇も崩御、
本妻である鸕野皇女が持統天皇となって君臨し、時代が移るのです。
浮名を流したあの頃の親しい人たちを次々に見送る額田王は、
晩年、どのような心境だったのでしょうか。

注1 ) このあと、鏡王女は中大兄皇子にあっさり捨てられ、大化の改新の盟友・藤原鎌足に払い下げられます。せめてもの救いは、その再婚の相性は抜群だったらしく、夫婦仲が良かったことでしょうか。
注2 ) 弘文天皇は、明治になってから諡号を贈られ天皇として認められた人物で、実際に即位したかどうかは微妙。
注3 ) 十市皇女は大友皇子との間に一男をもうけており、この男児が、長じて葛野王として持統天皇政権で重きをなす人物です。彼は私が密かに注目している人物です。

[SE;KICHI]

リサイクル

先日、富山地区広域圏リサイクルプラザという施設に行ってまいりました。

まあ、行ってまいりましたと言うほどのところではないのですが。
田んぼの中にでーんと構えている廃棄物処理施設の裏にひっそりとたたずむ建物です。

私は月に1回、仲間数名と川辺のゴミ拾いをしているのですが、
廃棄物のリサイクル事情を学ぼうじゃないかということで、
その仲間たちと行ったわけです。

正直なところ、外から見ているとあまり人が来ている気配を感じません。
その時点ではおもしろみがなさそうだったのですが、
中に入ってみると、なかなかに盛り上がりました。

なぜか。

ここでは、家庭で使わなくなった家具や自転車を無料で引き取り、
それらが展示されているのです。
自転車は、具合の悪い部分は補修して使用できるようにしてあります。
そして、その展示されている物には値段を書いた紙が付いているのですが、
その値段が、もう、驚きの値段なのです。

小型の食器棚 800円!
ガラスのテーブル 1000円!
子供用学習机 3500円!
シングルベッド 3500円!(うろ覚え)
クロスバイク 3500円!

とにかく、超破格。
個人的にクロスバイクは衝撃的でした。
定価であれば10倍はするでしょう。
学習机やベッドもそうですが。
買う予定がなくてもなんかテンション上がっちゃいます。

ただし、これらはすぐに買えるわけではありません。
これらを買えるのは、抽選に応募して当選した人だけなのです。
物には番号が付いていて、その番号と氏名・住所・電話番号を紙に書き、
抽選箱に入れます。1人2枚までで、同じ番号は書けません。

約1ヶ月で投票は締め切られ、当選者には電話がきます。
その倍率が、それぞれ一点物のため、けっこう高い。
20~30倍が平均的なところですが、人気の自転車になると100倍近い倍率に。

倍率も驚きましたが、投票している人がわりといることにもびっくり。
知る人ぞ知る場所なんだな、と。

私たちがそこにいる間に、親子連れが来ていました。
その子供2人も紙に番号を書いて抽選箱へ。
なるほど、複数人で同じものに応募すれば当たりやすくなるので、
人数が多い家族は有利ですね。
ということで、私も仲間が欲しがっていたモノに応募してきました。

お近くにいらっしゃり、関心がありましたら、行ってみてください。
2階の一部には、狭いスペースですが、
ビンやペットボトルのリサイクルに関する展示があるので、
そうしたことを学ぶこともできます。

約1ヶ月ごとに展示物は入れ替わるので、定期的に顔を出して見ると、
すごい掘り出し物が見つかるかも。
ただし、富山県の富山市、滑川市、立山町、上市町、舟橋村以外にお住まいの方は、応募できませんので、ご注意を。

外観の写真を撮影し忘れました。
ホームページをご覧くださいませ。

 公式 ⇒ http://www.toyama-kouiki.jp/shisetsu/recycle.html

[Monsieur]

家族の優しさと葛藤

映画が好きではないと公言しておきながら、
海賊とよばれた男」とか「この世界の片隅に」とか、
年末からもう2本も映画を紹介している当ブログですが、
ちょっとコマーシャルさせてください。

2月25日から(富山では2月11日から)公開される『真白の恋』

 公式 ⇒ http://mashironokoi.com/

監督の坂本欣弘さんが富山市出身・在住ということでオール富山ロケの映画で、
坂本監督は自分のお金を使ってこの映画を作成されたそうです。
エキストラには監督の住む富山市奥田の友人たちが駆り出されるほどの低予算で、
製作やプロモーションにも、私の知人たちが多く関わった映画です。
これは、そのコマーシャルのための記事です。

軽度の知的障害の女の子の恋の物語だそうです。
障害と言うと、重度の障害を連想しがちで、
どうしてもネガティブなイメージを持ってしまうのですが、
たとえば、セカオワの深瀬さんが注意欠陥多動性障害(ADHD)という、
いわゆる発達障害であったり、
最近では、軽度の障害はある種の個性として認知されているような感じもします。
この映画の主人公・渋谷真白も軽度の知的障害なのですが、
日常生活には支障はないという設定で、
当然、人を好きになったり、嫌いになったりします。

そして、真白が、生まれて初めての恋に落ちた時、
知的障害があるがゆえに、応援する人も心配する人もいて…という、
やや特殊なストーリーです。

日本のベニスと自称している、射水市の新港が舞台になっていて、
まぁ、富山の人はそういうところに食指を動かされるのかもしれませんが、
富山以外の人にとっては単なる地味な映画かもしれません。
ただ、その土地を知らない方から見ても映像は美しく、
知的障害の方が持っている無垢な雰囲気とリンクして、
なんだか心が洗われる映画に仕上がっています。

現時点では上映館も極端に少ないのですが、
ぜひお運びいただければと思います。


https://www.youtube.com/watch?v=Je6Fxmsi2nY

[AKA]

ボンタンアメの少年

たとえば、北陸から出張や旅行で名古屋へ行こうとするとき、
“特急しらさぎ”と乗り換えの東海道新幹線がセットになった、
「名古屋往復割引切符」というのがあります。
この切符では、特急は指定席ですが、途中の米原より先、
名古屋までの東海道新幹線は自由席になります。
そういうことなので、特急が米原に着くと、
いそいそと新幹線ホームの自由席車両のところまで歩きます。

先日、出張で名古屋へ向かった際のこと。
米原に特急が着き、新幹線ホームまで歩き、自由席に乗り込んだ私。
慣れた感じで車端部のドア近く、3人掛けのシートに陣取ったのですが、
あとから、母親と子供4人という5人組のファミリーが現れ、
まとまって座る場所がなかったようで右往左往し始めました。
私は、実は子供には異様なほどに優しいので、
気持ちよく、座っていた3人掛けのシートを明け渡し、
隣の2人掛けシートに移動しました。
ところが、そのさなか、子供4人の一番末っ子の、
2歳ほどの女の子が「降りるぅ、降りるぅ」とぐずりだしました。
母親も周囲のお客さんに気を遣って、ヒソヒソ声でたしなめますが、
ちっとも静かにしない娘をデッキに連れ出し、ヒステリックに怒り出します。
デッキでごちゃごちゃやっているので、しょっちゅうドアが開いて、
怒っている内容は丸聞こえなのですが、
そのうち、一緒にデッキに行っていた小学3年生くらいの長男が、
「こんなことなら来なけりゃよかった」とか言い出し、
母親は、「ママだって頑張ってるのに何を言うのか」と、
長男のその発言にヒートアップして、余計に怒ります。
その間、しつこいですが、子供に異様なほどに優しい私は、
なんとなく、自席で二男と三男の面倒を見ていました。
「どこ行くの?」、「荷物いっぱいで大変だね」とか、
「カッコいいリュックだね」、「へぇ、ボンタンアメって、また渋いね」なんて。
結局、母親の怒りが収まったのは次の駅を発車した後で、
私は、自分が座っていた2人掛けシートをもその親子に明け渡し、
別席に移ったものの、なんとなく気にして、
子供4人抱えての移動は大変だなぁと思って見ていました。

その親子は私と一緒に名古屋駅で新幹線を降り、
階段を下りて改札に向かいます。
母親が末っ子を抱え、長男がベビーカーを持ち、二男がスーツケースを持ち、
いやホントに、子供4人抱えての移動は大変だなぁと思いながら親子を追い抜き、
私が先に自動改札に入ったのですが、
どうも私の切符に異常があったらしく、自動改札に引っかかってしまいました。
その間、その親子連れは私を追い抜いて自動改札を出ていきました。
そこで悲鳴。「翔太は? ウソぉ!」
どうやら三男が着いてきていないらしい。

母親は半狂乱で駅員に再入場を掛け合っています。
興奮しているので内容はまたしても私に丸聞こえなのですが、
駅員は落ち着き払った感じで、
いったん改札を出た人を改札内に入れるわけにはいかぬと断っています。
そこで、本当にしつこいですが、子供に異様なほどに優しい私は、
その時点で自動改札を通り損ねてまだ改札内にいることもあって、
まぁ、人相はあんまり覚えていないけど、きっとリュックで分かるだろうと、
その三男を探しにホームにまで戻ることにしました。

再びホームに上がってみると、見覚えのあるリュックを背負い、
手にボンタンアメの箱を持ったまま、泣いている男の子がいました。
私は、実はこういう場面に出くわすことがたびたびあって、
不用意に話しかけると余計に泣き叫ぶことがあることを経験的に知っているので、
その泣いている男の子に話しかけるようなことはせず、
問答無用で抱きかかえ、改札で待つ母親のところへ届けました。
母親は当然、泣いて喜び、これにて一件落着。

何の話かって、しかし、今回も含め、いつも思うのです。
みんな、冷たっ!

子供を4人も抱えていれば新幹線内でぐずることもあって当然と思いますが、
多くの乗客は、舌打ちをしたり、あからさまにため息をついたりと、
母親に精神的な圧迫を与えるばかりで手を貸そうともしない。
かつて、飛行機内で赤ん坊を泣かすなという議論がありましたが、
日本ってこんなだったっけと思うくらい、子連れへの不寛容を感じます。
確かに、世の中には子供が泣いていてもパチンコに出掛けるような、
育児等に対して意欲的ではない母親もいるのでしょうが、
ほとんどの母親に悪意はなく、子供をまっとうに育てるために必死なはずで、
新幹線で子どもが泣こうものなら焦って黙らせようとするものです。
それなのに、今回のように周囲の乗客は、
あからさまに困っている母親がいたとしても、見て見ぬふり。

そして何より、ホームにいた男児が泣いているのに、みんな無反応。
もちろん、たくさんの人が行き交っているのですが、みんな無反応。
もしかして、この男児は、私にしか見えていない幻かと思うほど、みんな無反応。
ちょっと、異常ではないでしょうか。

私は、別に偽善者ではないのですが、
いちおう、困っている人を見たら助けようと、
家庭や学校で教わって育ってきましたし、
かねがね言っているように、
神様に Good Job! と褒められる自分でありたい”というのを、
自身の行動基準にしているので、
泣く子を見殺しにすることは、信念として不可能です。

何年か前に亡くなった私の妹は、
東日本大震災の津波で被災地の街が壊滅している様子を自宅のTVで観て、
別に親戚が被災したわけでも友人が流されたわけでもないのですが、
もう居ても立ってもいられなくなって、すぐに銀行に出向き、
赤十字に100万円を寄付する手続きをしたそうです。
本人が亡くなっている以上、どのような意図でそうしたのかは分かりませんし、
この例が正しいかどうかも分かりませんが、
困っている人を見たら助けようという点で、
少なくとも、ホームで泣く男児を放置する社会よりは健全に思えます。

「〽とんとんとんからりと隣組」ではないですが、
みなさん、もっと関わっていきませんか。

子供はうるさく泣くものですし、走り回ったりもします。
しかし、子供というのは、将来の繁栄のため、社会全体の宝なわけですから、
その子供を育てることは、周囲の大人全体の義務だろうと私は思います。
もちろん、放し飼いの子供のうるささに耐えろとかいう話ではありませんし、
社会の秩序を教え込むことも大切ですが、
それはふつう、その場で教えたり諭したりするものであり、
「連れてくんなよ」ということでは、教える場がないではないですか。

自分の不快感等を前面に出すのではなく、
困っている人を見たら助けようという、
それぐらいのことを、たまには思い出してみたいなと思う私でした。

[SE;KICHI]

寄り添う気持ち

料理研究家の一人に土井善晴さんという方がいらっしゃいます。
NHK Eテレの「今日の料理」で講師をしたり、
TBS系列の「プレバト!!」という番組で料理の盛り付けの審査員をやっている、
独特のやわらかい関西なまりのおじさんと言えばわかりますかねぇ。

土井善晴 https://www.wendy-net.com/nw/essay/images/250photo.jpg

土井さんのお父さんである土井勝さんも家庭料理の第一人者でしたが、
次男の善晴さんも家庭料理の著書を何冊か出しておられます。
最近では「一汁一菜でよいという提案」という本を出されました。
仕事で疲れている、子育てに追われて時間が取れない、一人分を作るのが面倒、
食べることが大事だとわかっていてもおろそかになってしまいがちな毎日の料理。
そんな中、台所に立つ人を楽にしたいという思いから書いた本ということです。

料理そのものではなく、
色んな事情で料理を作るのが大変な人に寄り添う姿勢が素晴らしいと思います。

その土井善晴さんが、ある番組の話の中で
“やらなかったらゼロ、何にもない”
と言っておられました。
ちょうど私があることをするかしないかで迷っている時でしたので、
その言葉がすごく印象的に聞こえました。
おかげでその時は、
そうか、
やってみてたとえ失敗したとしても何かは残るし、
経験とはそういうものなのかもしれない。

そういう風に思えるようになって一歩前に踏み出すことができました。
やはり、何かに精通している人は、物の考え方や視点がとても豊かです。

高校を受験する息子がいます。
一度だけそのことについて本人と話したのですが、
今現在のことにあまりとらわれずに、
将来自分がどうなりたいか
だけを、
じっくり考えて判断すればいいとだけ伝えました。
受験校を選択するのも、受験をするのも本人ですから、
親が言えることはあまりなく、ただただ後ろから見守るだけです。
色々迷うところはあったようですが、
自ら決断してからは前だけを向いております。

結果がどうであれ、未来を見据えてチャレンジしたことは、
これからの人生においてとても大きな経験として残ることだろうと思います。
今後もたくさんのことを経験して、
豊かな人間になって欲しいものです。

[M M]

点温膏 ~続々々・アキレス腱断裂!

みなさんも、会社の自席で、肩や腕などにお灸を据えることがあるでしょう。
古今東西でよく見かける、微笑ましい職場のワンシーンですね。

6月のアキレス腱断裂は順調に平癒したものの、
どうやら私の足は筋肉が固くなりやすくて、
断裂回避のためにはメンテナンスが欠かせぬタイプだということなので、
以前から肩や腕に据えていたお灸を、足にも据えたいと思った次第です。

しかし、お灸というのは火を使うため、燃えカスの処理に困るのと、
そもそも、禁煙のエリアでお灸の煙は問題ないのか、
聡明な私は、周囲の同僚に迷惑をかけている可能性を察知したわけです。

そこで便利なのが点温膏 てんうんこう です。
点温膏、ご存知でしょうか。

点温膏 http://www.yakuji.co.jp/entry5253.html

パッケージのビジュアルからしてクラシカルというか、
なんだかおどろおどろしい雰囲気を感じますが、
まぁ、いわゆる温感プラスター、小型の温湿布みたいなもんです。

それよりも、開封してまず感じるのは、とんでもない湿布臭。
もう、おじいちゃんの匂いです。
自己限定の強い人なんかは、
これを人前で使用することを躊躇するかもしれません。
それぐらい、なんか目に染みるくらいの刺激臭なのです。

しかし、その効果は凄まじく、
痛む部分に貼ると、その場所がジワジワ温まってきて、
その、局所を温める感じがお灸とよく似ており、本当に効きます。
特に、煙が出せないような場所で、お灸の代わりに重宝します。
ま、煙の代わりに、かなりの匂いが出ますが。

私と点温膏との出会いは、8年ほど前、ボクシングを習い始めたころ。
当時、一緒にボクシングを習っていたT氏が、肩を痛めたとかで、
シャワーから出て少し涼んだ後に貼っているのを見たのがはじまり。
彼が言うには、それで肩がかなり楽になるらしい。
そこで、腰が痛くなりやすい私も、点温膏を導入したわけです。

しかし、T氏にとっては常識だったのかもしれませんが、
実は、いま言った“涼んだ後に貼る”ってのがちょっとしたポイントだったのです。
私はそんなこと知らず、特に意識せずに使い始めたのでしたが、
あるとき、この点温膏を貼ったまま、ボクシングをしたところ、
ぎゃあぁぁぁ痛っったぁ!
点温膏を貼っていた患部が、リスにでもかじられているように痛いのです。

私は、前職が製薬業だったわりには、添付文書をとっとと捨ててしまうタイプなので、
患部が激しく痛む理由がさっぱり分からず、困惑するばかり。
いや、実際、そんな冷静なもんではなく、
痛い痛い痛い痛い痛い痛いって、そんな感じ。
慌てて剥がして、火傷してないか、そこを見ましたもんね。
あとから添付文書を見てみたところ、
貼ってからスポーツなどで発汗すると刺激が強すぎるからダメって書いてありました。
いやぁ、添付文書は捨てちゃだめですよ。

というわけで、6月のアキレス腱断裂はすっかり平癒したものの、
筋肉が固くなりやすくて可動域の狭い私の足は疲れやすく、
断裂予防のためのメンテナンスをしたほうがよいということで、
点温膏、大活躍です。

ちなみに、剥がし忘れて入浴してしまったりして、
ぎゃあぁぁぁ痛っったぁ!ってなること、
今でもたまにあります。

[SE;KICHI]
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