玉三郎の美しさ

去年は中村翫雀の四代目中村鴈治郎襲名がありましたね。
今年は春から中村芝雀の五代目中村雀右衛門襲名披露もあり、
また、お騒がせの中村橋之助が今秋に八代目中村芝翫を襲名するなど、
歌舞伎はなかなかの盛り上がりを見せておりまして、
好事家にはたまらない様相になっております。

中村雀右衛門と言えば女形ですよね。
当代(五代目)は清楚で上品な印象ですが、
女形で私が好きなのは四代目鴈治郎の弟、中村扇雀です。
決して清楚で上品とは言えない、母親(扇千景)似の品のない顔立ちが、
すこぶる私好みで、いつも見入ってしまいます。

しかし、世間で最も有名な女形と言えば、坂東玉三郎でしょう。
まぁ、妖艶さというか、色っぽさについては、
他の追随を許さない域にまで達していると思うので、
3年ほど前に中村福助が歌右衛門襲名直前に病に倒れた今となっては、
ほぼ「女方といえば玉三郎」と言っていい状態です。
中村扇雀派の私としては少し悔しい気もしますが。

しかし、確かに当代(五代目)の玉三郎は凄い努力家です。
現在、人間国宝にまで上り詰めた彼ですが、道のりは険しかったようです。

まず、彼は幼い頃に患った小児麻痺の後遺症で、
右手を自由に使えない身体になっていましたが、
リハビリを兼ねて日本舞踊を習い始めたのが、そもそものスタートだったそうです。
右手が麻痺しているのに日本舞踊ってのもすごいですが、
それを職業としてやっていこうと決意したことにも驚きます。

なぜかって、彼は、梨園の出ではないので、
はっきり言えば、歌舞伎俳優にはなれないはずの人なのです。
しかし、彼は、歌舞伎俳優になるために親元を離れ、
十四代目守田勘弥という歌舞伎俳優の養子になります。
実の親を捨てる決断が14歳の時だそうなので、中学2年生。
その年で、身体のハンデも抱えながら、
職業に対する切実な大志を抱いていたことに感嘆します。

こうして歌舞伎俳優への道を歩んだ玉三郎ですが、
カツラをかぶると2m近いと、女形としては背が高すぎたため、
舞台に上がっても失笑を買うありさまだったそうです。
「どうすれば、美しく魅せられるか・・・」と悩んだ彼は、
身体を華奢に見せるため、
腰を落として膝を曲げながら演じるスタイルを編み出しました。
現在でも、彼は膝を曲げながら道成寺などを舞ったりしていますが、
これは、実はとんでもないことで、
膝を曲げながら上体をねじったりして大丈夫なのか、
足腰がどうにかならないか、心配になります。

何を言っているのかというと、
状況が暗澹たるものであったとしても、
努力や精進で乗り越えられないものはないと、
彼の人生を見ていると考えさせられます。

私たちは、ちょっと状況が悪くなると、あきらめがちです。
すぐにあきらめてしまうクセがついているようです。
以前に羼提波羅蜜の話をしたことがありますが、
私たちは、少し耐えて淡々と精進を続けることが苦手なものです。
しかし、玉三郎に限らず、過去の偉人の例は枚挙にいとまがなく、
努力や精進で乗り越えられないものはないというのは、
ひとつの真理でしょうから、肝に銘じておきたいところです。

なお、冒頭で何人かの襲名をご紹介しましたが、
玉三郎については、養父の十四代目守田勘弥が既に他界しているので、
彼が十五代目守田勘弥を襲名してもよさそうなものですが、
彼はそれをしません。
人間国宝にまでなっておきながら、彼はそれをしません。
それどころか、玉三郎などと、若い歌舞伎俳優が名乗る名前を、
初舞台から50年以上、ずっと名乗っています。

そして、現在でも、小児麻痺の後遺症が残っている彼は、
いつか身体が硬縮して踊れなくなるのではないかという不安を常に抱えながら、
仮にそうでも、まずは、明日の観客にベストな舞台を披露したいと、
今日も全力で身体のケアや稽古に励んでいるのだそうです。
彼曰く、常に精一杯に明日のことを考え、
今日を大事に生きることこそ大切だ
と言います。
それはまさに一日一生。
謙虚だなと思います。
私も見習いたいところです。

ちなみに、この記事を書くにあたって、
普通の人の歌舞伎の認識はどんなものかしらと、
同僚の Okei さんに「知ってる歌舞伎俳優は?」聞いてみましたが、
彼女の答えは梅沢富美男でした。
・・・・・なんか、もう、玉三郎に申し訳ないです。

[SE;KICHI]
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思い出のメロディー・・・

どのような人にも心に残る名曲や思い出ソングなんてもの、
あるのではないでしょうか。
最近は音楽を取り巻く環境も非常に多様化していて、
膨大な数の音楽と触れ合う機会も多いかと思います。
私は携帯電話を通して音楽を聴く機会が多いのですが、
様々なジャンルや世代の曲を目にします。
そんななかでふと自分にとって懐かしいメロディーを聴きたくなることがあります。

もう高校の頃ですが、私は毎日音楽を聴いて登校していました。
主に聴くのは懐メロと呼ばれる古い昭和の曲中心でした。
周囲の友人には古臭い、醤油っぽいなど言われていましたが、
個人的には近年の軽薄な歌詞やリズムに比べたら、
昔の曲は深くて真っすぐで鋭い歌詞が多いな~と感じておりました。
そんななか、特によく聴いた曲を何点か紹介します。

「ヒーロー Holding Out For A Hero」歌:麻倉未稀

ヒーロー

http://blogs.yahoo.co.jp/sphkz639/folder/68098.html
https://www.youtube.com/watch?v=gOLWME2pQQ8


一度は耳にされたことあると思います。
かなり有名な曲ですよね。
かつては伝説の学園ドラマ「スクール☆ウォーズ」の主題歌としても、
話題になった曲です。
私はかつてラグビーをやってましたのでこの曲を毎日聴いていました。
試合前となると移動中の車内で目をつぶって聴き入り、
集中力を高める際、目頭が熱くなってましたね。
好きな歌詞としては、
1番サビの“命より重い夢を抱きしめて走れよ”
また“夢を諦めたらただの残骸だよ”という部分。
自らの命をなげうってでも、大きく重い壮大な夢へ諦めず挑戦し抜いていけ!
また、2番サビの、
“悲しみに振り向いたら明日が見えないよ”も、
傷つき悲しみに暮れそうになっても恐れず前を向いていけ!と、
応援してくれているように感じます。
全国大会出場を夢見て夢中で部活に取り組んでいた、
あの頃のアツい思いを今でも蘇らせてくれる思い出の曲です。

「もうひとつの土曜日」歌:浜田省吾



http://www.officiallyjd.com/archives/118267/20120316_hamadasyougo_01/
https://www.youtube.com/watch?v=ZXhDTCKH3qM


浜田省吾を代表するバラードの名曲です。
全体を通してサビらしい部分はなく、物語調でとんとんと進んでいく曲です。
自分の愛する女性は、週末に彼の帰りを待っている。
だが彼は彼女を顧みず、電話ひとつくれない・・・。
泣いて悲しむ彼女に、もっと近くに君のことを待ち続けてる人がいる。
君を泣かせるそんな男ではなく、ずっと近くで支えてきた自分に振り向いて欲しい。
そんなテイストの曲です。
最後にはプロポーズまでするという流れの、
大人のラブソングといったところでしょうか。

父の影響で聴き始めましたが、
なんと素敵な曲なんだろうと聴き入りました。
当時、青春真っ盛りの私には好きな人がいました。
2人で一緒に帰ったりする仲だったのですが、
彼女には遠距離恋愛の彼氏がいて、
結局その恋は片想いのまま叶うことはありませんでした。
そんな中、この曲の主人公と自分を重ね、
何度も聴いては想いを寄せ、胸を焦がした記憶があります。

“子供の頃君が夢見てたもの
叶えることなどできないかもしれない
ただいつもそばにいて手を貸してあげよう”

“受け取ってほしい この指輪を”
“受け取ってほしい この心を”

ん~不器用ながらも真っすぐな想い、素敵です!
あの頃の甘酸っぱい記憶を思い出させてくれます。
いつか愛する人に出会えたら、
こっそり歌ってプロポーズしようかなと思っていたりする曲です・・・。

「DANGER ZONE」歌:ケニ-・ロギンス

DANGER ZONE

https://jimmyssongoftheday.wordpress.com/2011/02/23/need-to-play-the-drinking-game-again/
https://www.youtube.com/watch?v=58QOBqAWNzE


洋楽ですが、これもよく聴きました。
こちらも誰もが耳にしたことがあるのではないでしょうか。
俳優のトム・クルーズの出世作となった、
スカイアクション映画「トップ・ガン」の主題歌として有名になりました。
作品の舞台が戦闘機乗りの物語で、
私自身ミリタリー系が趣味でもありましたので、すぐに好きになりました。

なんといってもこの曲の魅力だと言えるのが、
最初から最後まで通して流れる爽快感のあるリズムとメロディーでしょう!
歌詞自体にはあまり意味が無いので、あまり好きではない音楽の種類ですが、
それを補うほどの気持ちよい曲なのです!
飛行機が離陸して上昇していく様を上手く表現した秀逸な曲だと思っています。

登校時にはまさにこの曲で表現される飛行機が上昇していく様に照らし合わせて、
さあ出発だ!と朝のテンションを上げ、スタートを切っていました。
所属していた部活のラグビーの世界もまさに危険な領域でしたので、
いろいろと重なる部分がありました。

未だに聴くとテンションが上がります。
気分を高めたいときに聴く一曲ですね。

他にも尾崎豊や高橋真梨子など昔の人の曲が好きですが、
自分にとってはそれぞれに思い出深い曲だったりします。
耳にするたびに、あの頃は~とか懐かしい思い出を懐かしむ。
きっと皆さんにもあると思います。
皆さんも久々に聴かれてみてはどうでしょうか?
思い出のメロディーって、いいですよね~・・・。

[K.K]

嫁威し肉附き面

こういう“珍”スポットを紹介する記事は、
どうもニーズはそこそこあるようなんですが、
くだらないので、書いてからついつい熟成させてしまいます。


むかしむかし、
吉崎の村に、夫と子供に先立たれた、キヨという未亡人が、
姑のモトと2人で静かに暮らしておりました。
キヨは亡くした家族を弔うため、蓮如上人に教えを乞い、
上人の話に聞き入るうちにしだいに引き込まれ、
いつしか熱心な信者となっていきます。
しかし、この嫁の敬虔な態度が気に入らないのが姑のモト。
このモトが邪悪な人で、キヨが嬉々として寺に通うことが許せません。
キヨは、姑のその邪悪な気配を察して、
昼間はモトのご機嫌をとりながら田んぼや畑仕事に精一杯働き、
夜にだけお寺詣でに・・・という生活を続けています。
そんなん許してやれよと思うところですが、
どうしても、キヨの毎夜のお寺通いを邪魔したいモトは、
ある晩のこと、「ひとつ、脅かしてやろう」と思いつき、
先祖伝来の鬼の面を持ち出し、白髪の髪をふりみだし、
死に装束をまとって、夜の山道で待ち伏せしました。
そうとは知らないキヨは、いつものように山道を、
念仏を唱えながらお寺へ向かって歩いていきます。
突然、目の前に現われた白髪の鬼!!!
「キャー!」
身の毛もよだつ恐ろしさではありましたが、
信心深いキヨは、
「信心だけは手放さない! 南無阿弥陀仏!」と一心に唱え、
その脇を走り抜けてお寺へと向かいました。
脅かしたことに満足したモトは、
キヨが戻る前に家に戻って、何食わぬ顔で迎えてやろうと急いで帰宅。
ところが、家に戻って、お面をはずそうとしても、
どうしたことか、お面が顔にくっついて離れません。
無理やり取ろうと力を入れると、
顔の皮が削げるように痛み、どうにもなりません。
「ここにキヨが帰って来たら大変だ。こうなったら自殺しよう」
と、自殺まで考えたモトでしたが、
手足も痺れてきて思うように動かず、死ぬことすらできません。
やがて、お寺より戻ってきたキヨ。
なんと、自宅にはあの山道で会った鬼が!!!
しかし、すぐに気がついて「お母さん、どうしたのですか?」と。
「あぁ、恥ずかしい」と泣き崩れるモト。
さすがのモトも、包み隠さず、ありのままをキヨに話しました。
「お母さん・・・どんな者でも熱心に念仏を唱えれば、
阿弥陀様は聞いてくださるそうです。
さぁ、お面が外れるよう、一緒に唱えましょう!」とキヨ。
嫁のやさしさに感じ入ったモトは、
蚊の鳴く声で「南無阿弥陀仏」と、声に出しました。
すると、その途端にお面はパラリと下に落ち、
手足の痺れも消え、まるで一皮むけたような心地良さ。
心を入れ変えたモトは、
以後、キヨと仲良くお寺へ通うようになり、熱心な信者となりましたとさ。


……長い話でしたね。

まぁ、元は単純な伝道用の教訓譚みたいなものだと思うのですが、
なんと、福井県の願慶寺には、問題の鬼面が残されています。

嫁脅し肉附き面 http://www9.ocn.ne.jp/~gobou/houmotu.html

気持ち悪いですねぇ。

このお寺に行くと、ご住職が講談師のように昔話を語り、
このお面を見せてくれるのです。

しかし、もっと気味の悪いことがあるのです。

この、嫁威し肉附き面を所有する願慶寺から東へ徒歩3分、
吉崎寺という別のお寺にも、なんと、嫁威し肉附き面が!
つまり、嫁威し肉附き面は2個あるというわけです。
野暮なことは言いっこなしですが、
意地悪婆さんが2人いたってことでしょうかね。
いずれにせよ、はす向かい同士でたいへんですね。

それはともかく、こっちの吉崎寺のお面のほうは痛みが激しく、
気味の悪さが際立っています。
なんでも、内側にはモトの顔面の皮膚や肉が付着していたそうです。
うへぇ。
改心したらパラリと下に落ちたんじゃなかったんですか、お面。

同じ町内で、同じ武器を手に戦う2寺。
どんなモチベーションで行けばいいのか、微妙ではありますが、
見比べてみるのも一興ですよ。
ま、結局、気味が悪いのはどちらも一緒、なんですけどね。

[SE;KICHI]

小さくて大きい一人旅⑤

戻ってきた息子。

見違えるほど精悍に・・・・

変わるハズはなく、日焼けもほとんどしていないかな?な感じ。

元々部活動でしっかりと日焼けしているので、
見た目に変化がないかな~なんて。
腕時計して出掛けて行ったので、
腕を見て「あぁ!日焼けしてるじゃん!」と変化に気付く。

しかしながら、得たものはあったようで、
心の中にしっかりと残っているようです。
家族、周囲に対する態度に変化の兆しが見られます。
翌週の部活の大会でも以前とは違う表情が見られます。
夏休みの始業直後に体育祭、その後はテスト等々学校での活動が増えますが、
それぞれへ取り組む態度にも変化あり。

毎日部活で18:30頃に帰宅、夕食後すぐに塾へ。
塾から戻るのが22:30頃。
それが毎日。
息子よ。
倒れてくれるなよ。
一生懸命取り組むことは素晴らしい事だと思うが、健康あってのもの。
しっかりと休んだらまた思いっきり駆け出せばいいさ。

今回の修行で得たものは親の方が大きかったです。
夫婦そろってそのことを大きく感じております。

何を、どう感じ、どのような話をしたのか。

お子さんをお持ちの親御様。

それぞれ事情がおありかと思いますが、
お子さんに選択させてみては如何でしょうか?
抱えるリスク等あるかと思いますが、まずはお子さんが選択するかどうか。
問いかけてみては如何でしょうか?
近所の方たちと話した時に
「うちの子はきっと行かないって言うと思うな~」
と言う言葉がチラホラと聞かれました。
勝手に決めてやらないで下さい。

その上で一緒に考えてみて下さい。
得られることについて。

小さな旅から大きな旅までそれぞれあるかと思いますが、
一人でできる。
このことは子供にとって大きな自信となると思います。

まずは第一歩を踏み出す選択を与えてみませんか?

[y2k2]

出会うはずのなかった二人。。。

ちょっとロマンチックなタイトルをつけてみましたが、
単なる洗濯とか食器洗いとかの話です。

私は、家事が好きです。
特に洗濯が好きです。
毎朝、喜々として洗濯し、それを干してから会社に出勤しています。
なぜ洗濯が好きか。
理由は、衣類がキレイになっていくのが気持ちいいから・・・というのもありますが、
実は、もうひとつ、かなりマニアックな理由もあります。

実は私、
生物ではないものを擬人化して感情移入するのが大好き
なんです。

以前に仏像鑑賞の趣味を紹介したことがありましたが、
やはり私は仏像を擬人化して、人として見ています。
もちろん、その仏像の造形なども見てはいるのですが、それ以上に、
「ここに1000年も座ってるなんて、どんな気分なのだろう」と、
仏像の気持ちになって周りを見回したり、仏像自身に話しかけてみたり、
もっぱら、仏像をナマ身の人だと思って鑑賞しています。

私が擬人化して感情移入する対象は、仏像だけではありません。
実は、単なる洗濯物に対してもそうなんです。

たとえば、キャミソール。
どんな気分で干されているのかしら。
隣に干されている枕カバーと、何を話しているのかしら。
「久しぶりぃ~」なのか、「毎度っ!」なのか。
イタリア製のネルシャツと日本製の作務衣は仲がいいのかな。
なんて。

これらの衣類は、別々の工場で生産されたものだから、
一緒に洗濯されない限り、互いに出会うことはなかったはず。
そう思うと、親切な私は、毎回違う相手と隣り合うことができるよう、
干す場所に配慮してあげちゃったりして。

・・・みなさん、ついてこれていますか。

特にロマンチストというわけでもないのですが、
どうも私は洗濯物を擬人化して見てしまう傾向があるみたいなんです。
さすがに仏像のように対話するような接し方はしませんが、
もしかしたら、干す場所とか、干され方とか、隣り合う相手によって、
洗濯物も一喜一憂してるんじゃないかと、思っちゃうんです。

ほかには食器洗いもそうです。
最近の食器洗いは、基本的に食洗機ですよね。
食洗機の中に食器をうまいこと並べるわけですが、
ココットとぐい呑みとか、茶碗とターナーとか、
普段は接点のないもの同士を並べたら喜ぶかなとか、
食器の気持ちで考えちゃうんです。

あとはゴミ捨て。
富山の魚の残飯と、東北の温泉土産の包装紙なんかがゴミ袋の中で隣り合っていると、
出会うはずのなかった両者が出会って、ゴミ袋の中で何を話してるんだろうとか、
少しワクワクしちゃうんです。

だから私、家事が好きなんです。

もともとは、書籍の収蔵から来ているような気がします。
自宅にある何百冊もの本を収納する時、
スペースの関係で、どうしても関連性のない書籍が隣り合うことがあり、
視覚的に見たときに、それを「面白い」と思ったんですよね。
以来、異質なものが隣り合うことに愉快さを感じるようになりました。

私・・・気持ち悪いですかね?

このブログ、開設してから3年以上が経っていますが、
過去最高にワケのわからない記事かもしれません。
ご賛同いただけないことを承知のうえ、書いてみました。

ま、こういうのは感性ですので、お許し下さいませ。

[SE;KICHI]

古きものにも良さがある

現代のテクノロジーの進歩はすさまじく、
十分に便利な現在もぞくぞくと新しい物や技術が開発されています。
新しいものがテレビ番組や、
インターネットの動画で紹介されているのを見るとワクワクします。
生活の可能性が広がりそうな物から、ちょっとしたお役立ち品まで、様々。
ある発明家による時速80kmで走るベビーカーには笑ってしまいました。絶対に使わない。

そうした中で、かつては画期的と言われていたのに、
「もう最近は見かけないよね~」
と言われるようになった物がたくさんあります。

カセットテープ、MD、ブラウン管テレビ、二槽式洗濯機、公衆電話など。。
カセットテープは最近また流行りだしているそうですが。

そんなことを思いつつ我が家のリビングを見渡して見ると。

気づいたんです。

我が家はわりとレトロなのかも?と。


リビングに堂々と鎮座している大きなブラウン管テレビ。
そしてコンロの横には古いガス炊飯器。
何年動いているんだろう、この炊飯器。。。
お使いの方います?ガスの炊飯器。
けっこう時代遅れなものたちが働いています。

ですが、生き生きとしています。
不便は感じません。
(食事を作っていない私が言っても、そりゃそうだ、という話ですけど。)

テレビはロの字型の食器棚の真ん中の空間にすっぽり収まっているので、
ブラウン管の厚みはまったく気になりません。
4Kの画像を見慣れている人には画像が粗く見えるでしょうが、
そこまでの画質を求める人は我が家にはいません。

母の実家には、二槽式洗濯機があります。
古い二槽式洗濯機があるのを見た記憶があり、
今年のお盆に顔を出した際に数年ぶりに洗濯機を見たら、
新しい二槽式洗濯機になっていました。
あ、まだ作られているんだこのタイプ、と、失礼ながら驚きました。
調べてみると、意外と根強い人気があるそうです。
脱水力がとても強力だったり、壊れにくかったり、
洗濯液を使いまわせたりと、いろいろとメリットがあるそうです。
(ただ、面倒だというデメリットが大きく、洗濯にそこまでこだわらない人は使わないようです。)

調べついでに、先ほどあげたガス炊飯器についても調べてみました。
使っている人の話は聞いた事がなかったので(使っていてもわざわざ言わないでしょうけど)
これはほとんど使われていないだろうと思いつつ。

すると、、

ガス炊飯器のほうが安価で速く炊けて断然おいしいらしい。
ガス代もそれほどかからない。

え?
いいじゃん、ガス炊飯器。

サイズが大きいというデメリットはあるようですが。
常識を覆された気分です。
私は図らずも、
電気釜のお宅では食べられないおいしいご飯を食べてきたのかもしれません。
うちのはそんなにサイズ大きくないけどなあ。

我が家のリビングを見ながら、今の時代、
最新の物を求めずとも、生活の質は維持できるんだな、
と気づきました。

そしてそれらの物について調べてみることで、
むしろ、新しいものにはないメリットが、
古いものにある場合も少なくないのだと知りました。
面倒なことの排除に意識が行き過ぎて、
重要な部分が犠牲になっていることがある
のだなと。

ただ新しい物を求めていると、
気づかぬうちに必要のない質の高さを求めるようになってしまいます。
本当に必要な物は何か、本当に求めるのはどんなことか
それを見つめていくことが、この、物が溢れた時代に、
物に支配されずに生活する方法のひとつであるのだろうと思います。

ガス炊飯器は、もうちょっと調べてみたいです。

まあ、さすがにブラウン管テレビを買おうとは思いませんが。

[Monsieur]

子供に聞いているんですけど?

ライフワークのような感じで幼児教育に関わっている私にとって、
この時期は、夏休み明けで少したくましくなった子供たちに会える、
ちょっと楽しみな時期です。

私は久々に会った子供たちに『夏休み、何が楽しかった?』と尋ねます。
すると、「じいちゃんち行ったぁ!」とか、「キャンプ行ったよ!」とか、
子供たちは口々に教えてくれます。
実に微笑ましいやり取りで、心が和みます。
これがスタンダード。
なかには、照れ屋で、もじもじしてうまく答えられない子もいます。
そういうときは、こちらが、質問を変えながら、
子供が自分の言葉で答えるまで、根気強く付き合ってあげなくてはなりません。

このプロセスは案外と大切なことです。
正直に言えば、
私は、個々の子供の夏休みに特段の関心を持っているわけではありません。
しかし、私が『夏休み、何が楽しかった?』と質問することで、
子供たちは躍起になって私に“楽しかった夏休み”を伝えようとするわけで、
そこに垣間見られる子供たちの成長が見たくて、
興味のあるなしとは関係なく、私はこの質問をするのです。
すなわち、結局のところ、会話の内容が重要なのではなく、
質問が私たち大人と子供をつなぐ、
重要なキャッチボールになっているということです。

しかし、ここ数年、異変が起こっているのです。

私が『夏休み、何が楽しかった?』と子供に尋ねた際、
「ディズニーランド行ったんだよね~」と答えたりするのです。
親が。
当然、私はムッとします。
だって、前述のとおり、この質問は子供とのキャッチボール。
本当は、他人の夏休みにたいした関心はないので、
本人以外からの回答であれば、それは必要ないのです。

私は、めげずに、再度、子供に話しかけます。
『ディズニーかぁ。ディズニーのどんなところが楽しかった?』と。
すかさず答えが返ってきます。
「ミッキーに会えて嬉しかったんだよね~」と、親から。

んもう、オマエ、しゃべんなよ!
子供に話しかけてんのに、なんで先に親が答えちゃうんでしょうか。
親が答えちゃうものだから、子供はロクにしゃべらなくなり、
この会話は強制的に終了してしまいます。
キャッチボール終了。

このところ、こういう親が増えているような気がします。
単純な指摘としては、子供だって話せるんだから、
子供への質問は子供に答えさせてあげてほしいということですが、
もう一段深く、私が観察してみたところ、
そこには親の自己顕示欲が関わっているような気がします。

つまり、「〇〇行ったんだよね~」と親が勝手に答えるとき、
〇〇に入るのは「ディズニーランド」とか「軽井沢の別荘」のような、
やや日常感のない場所。
いつだったかは「ロンドン」というのを聞いたこともありました。
一方、「銭湯」とか「図書館」とか「プール」のような、
その気になればすぐ行けそうなところは、〇〇には入りません。
そう、「銭湯行ったんだよね~」はないんです。

〇〇に入るのが、
ある種のステイタス感が伴う非日常的な場所であるとするなら、
そこには親の自己顕示欲が介入する感じがするのです。
親が「ディズニーランド行ったんだよね~」などと答えるのは、
子供とのやり取りと見せかけて、ちょっと自慢しているのだと思うのです。
そう、この話法は、スネ夫です。

いずれにせよ、私は子供とのキャッチボールとして質問しているので、
親が羨望を受けるために勝手に答えるのはやめてほしいものです。

ちなみに、親が席を外したタイミングで、
その子に、『で、本当は何が楽しかった?』とこっそり聞くと、
「庭でプールに入った」とか「プリキュアショー見に行った」とか、
「テレビでウルトラマンやってた」とか、
親の意に反して、しょうもないことが印象に残っているものです。
また、仮にディズニーランドに行った場合でも、
本当はミッキーではなくドナルドに会えたことのほうが嬉しかったり、
園内で食べたホットケーキが忘れられなかったり、
とにかく、親の印象と子供の感想は違うものです。

相互に意見が異なるのであれば、
親が「ね~、〇〇して楽しかったんだよねぇ~」と、
勝手に子供を代弁するのはやめたほうがいいですね。

[SE;KICHI]

バランス

こんにちは。暑い日がまだ続いてますね。皆様お元気でしょうか。
私は、車の中でカップラーメンを食べて後悔しています。
いい大人が考えろよ、という感じですよね。
無理やりですが、バランス悪いですねー。

以前から割と自分の中に閉じ込める癖があります。
それは自分の悩みなど、
自分くらいしか解決出来ないだろうと思っているからでしょうね。
あとは、弱い自分を極力は見せたくないのでしょうか。
友人も何人かいますが、本音を言えるのは5人程度でしょうかね。
数えたら意外といました。
ただ、頻繁に会ってストレス発散している訳ではないです。
当時、身近にいる人に、無意識で愚痴を多々言ってしまっていたみたいです。
それが原因で身近にいなくなってしまいましたけどね 笑

私としては、ストレス発散の場が少なく、
信頼している相手にだからこそ本音を言っていたのでしょう。
ただ、本音もバランスを間違えてしまうと当然ダメですね。
人間関係なので当たり前だと思いますが。
信頼している相手でも価値観って違うので、
そこを押し付けていたんだろうなって思いますね。
過去に自分もされて嫌な経験があるのに熱くなっちゃって忘れていました 笑

本音を言わない優しさも大事です。
しかし、ポーカーフェイスでいるのも自分が辛くなります。
周りにも伝わらず、困らせてしまうと思います。
自分のようなポーカーフェイスが爆発すると、
前述のようなこともありますので、皆様ご注意下さい 笑
そーゆーところがバランスって難しいです。

自分の好きなSURFACEという二人組のユニットで、バランスって曲があるんですよ。
アルバム曲なんでYouTubeだとライブ映像とかあります。
歌詞の内容的には、
「彼女が浮気しているのに気付いているけど、
好きだから気付かないフリをしている」という、
悪いバランスをやめられないって感じです。
だいぶ昔の曲ですけどかっこいいんで興味あったら聞いてみて下さい。


https://www.youtube.com/watch?v=uei-3XjWQm4

それでは皆様またお会いしましょう。

[SYUN]

富士登山、しましたっ!

いろいろな寄り合いに顔を出してみますと、
思いのほか、山登りが趣味という人が多くて、驚きます。

私は、ZUMBAとかエアロビクスとかボクシングとか、
そういう、勢いで乗り越えられるような短時間のプログラムは得意なのですが、
マラソンや筋トレのような、肉体的ストイシズムが要求される種目は苦手です。
私にとっては、単調な動きが長時間続くという意味で、登山もその類であり、
仮に、誰かに泣いて頼まれても、山に登ろうなどとは思いません。

ゆえに、思いのほか、山登りが趣味という人が多くて、驚くのですが、
登山を嗜好する人は総じて、いつかは富士山に登ってみたいと言います。
霊峰富士、人を引き付ける霊力が出ているのでしょうか。

さて、そのような腰の重い私ですが、富士登山、やってみました。
・・・・・・と言っても“富士塚”ですが。

富士塚というのは、富士山を遥拝する丘のことです。
富士山頂の神社を参拝する信仰は江戸時代から盛んでしたが、
なにしろ富士山は江戸から遠かったので、庶民はそう簡単に行けませんでした。
そこで考え出されたのが、地元にミニチュアの富士山を築いて、
気軽に登れるそこの頂上から、遠くの富士山を眺めようというシステムで、
そうやって築かれた丘が富士塚なのです。
つまり、腰の重い私のため、というよりは、遠くてお参りに行けない人のためですね。

関東地方に多く現存する富士塚ですが、
今回は江戸七富士のひとつ、品川富士をご紹介します。

新馬場駅から徒歩1分、品川神社のなかに品川富士はあります。
富士山なのに駅近という好物件です。
境内につづく石段を10段ほど登ったところに「登山口」が現われます。
それでは登山開始です。登山といっても階段ですが。

ホンモノの富士山と同じで(いや、ホンモノの富士山は知らないのですが)
「1合目」、「2合目」、「3合目」、・・・と、標識が立っています。

富士塚 3~5合目

写真、分かりますでしょうか。
これは「3合目」から上を眺めた写真です。
左下の笹に隠れているところに「3合目」と書かれた標識があります。
そこから5段ほど登った階段の右端には「4合目」、
さらに6段上の階段の左端に「5合目」の標識があります。
ホンモノの富士山の場合(いや、だから、ホンモノの富士山は知らないのですが)
登山口から5合目まで、歩けば3時間半ほどだそうですが、
ここ品川富士では、ゆっくり行ってもせいぜい1分
なんと210分の1の時間で到着しました。

「5合目」に到着して周りを見回してみると、
ホンモノの富士山のように(だから、ホンモノの富士山は知らないってば)
ちょっと開けた感じになっていて、
そこから山頂に向けて急峻な岩場が始まります。

富士塚 7~9合目

この写真を写している私が立っているのは「6合目」で、
写真に写っている左端の標識は「7合目」です。
その向かい側、右側の標識は「8合目」の標識です。
その奥、5段ほど上がったところには「9合目」の標識があります。
5合目から、いくら急峻とはいえ階段ですので、
ゆっくり行っても、こちらもせいぜい1分
ホンモノの富士山の場合(いや、だから・・・・・略)
5合目から9合目まで、歩けば4時間ほどということなので、
なんということでしょう、240分の1の時間でここまで来ました。

そして、その「9合目」から3歩ほど進むと山頂です。
頂上からの景色は、ある意味絶景です。

富士塚 頂上

なんだかシュールではないですか。
そうです、ここは、新馬場駅前の交差点の直上なのです。
そして、ここは、京急線の高架よりも位置的には高い場所なのです。
たった15mの築山ですが、これでも現存最大の富士塚で、
現在ですら「高いな~」と思うのですから、
周囲に高い建造物のなかった築造当時、
ここは、本当に、遠く富士山を仰ぎ見る、神聖な築山だったのでしょう。
人々の富士山信仰に賭ける情熱を感じずにはいられません。

それにしても、たったの2分で登頂成功です。
これで、ホンモノの富士山に登るのと同じご利益を得られるんだそうです。
つまり、たったの2分の登山(階段昇降)で幸せが訪れるということだそうです。
この時間対効果たるや、
忙しいビジネスパーソンにうってつけです。

ちなみに、下山後、さっきまで自分がいた頂上を、
登頂時に頂上から見た交差点から見てみました。

富士塚 全景

信号との位置関係から、「近っ!」とも「高っ!」とも思える、
なんとも不思議な距離感です。
これは駅前1分の異界と言えるかもしれません。

まぁ、すごく反論されそうなので、
登山好きの人に「富士山登ったよ」とは言いませんけどね。

[SE;KICHI]

尊い命

お盆の最中に、幼馴染の御父さんが他界されました。
幼いころからよく声をかけてもらい、とにかく活動的でダンディな方でした。
自分の父よりも若く、突然のことにただ驚きました。
仕事中に足場から落下し、打ち所が悪く、
その日からわずか2週間で旅だってしまわれたそうです。

一方で私は父方の伯父を7月に亡くしました。
思い出されるのはおどけて見せてくれたちゃめっけたっぷりの笑顔ばかりで、
あんなに元気の塊だった伯父さんが・・・と、こちらも信じられない思いでした。

これまでにも身近な人の死を何度か経験してきましたが、
この数カ月で、死を改めて意識しました。

実は実家の父親が一昨年喉頭がんになり、一時は放射線治療をしていましたが、
今年再発し、5月に声帯全摘出の手術をしました。
ご存知の方もおられるでしょうか、今は喉にあけられた穴で呼吸しています。
生まれてから聞き慣れ親しんできた声は、
手術の日を境に聞くことが出来なくなりました。


見ることができ、聞くことができ、手足も自由に使えます。
ただ、何かあったとき、
声を出して誰かに助けを求めること、誰かを助けてあげること、
それができなくなりました。

コミュニケーションに至っては、
今はメールやLineなどのコミュニケーションツールがあるので、
遠方にいても直接本人と連絡がとれるのでありがたいことです。

ガンという病名で、正直、父の死を意識しました。
今でも、
首に開いた穴が何かでふさがってしまい呼吸が出来なくなったらどうしようとか、
風邪をひいても咳き込むこともできない今の状態ではどうなるのかと、
不安でなりません。
これから寒くなってくるので、その不安はますます募ります。
でもたまに見る父親の姿は本当に元気で、ついその不安を忘れてしまうほどです。

ガンの事を教えてくれたとき、父も母も平常心で報告してくれました。
つらいはず、不安なはず、こわいはず。
でも私達に心配かけまいと、前向きな姿勢を見せてくれました。
その心情を思うと、両親の愛情と強さを感じざるを得ませんでした。

娘でしかなかった私も、妻となり、母となりました。
父親を亡くしてしまった幼馴染の気持ち、
夫を亡くしてしまった伯母さんの気持ち、
子供に心配かけまいと気丈にふるまう幼馴染のお母さんの気持ちや、
子供に心配かけまいとする両親の気持ち。
全てとは言えませんが、
娘だった頃よりも理解できるようになったと思います。

死は、
その人の息を感じられなくなります。


今までそこにあった存在がぱったりとなくなってしまいます。

たとえ障害ができてしまっても、それまでと何ひとつ変わりません。
家族にとってはそこにいてくれるだけで、それでいい。
とにかく生きていてくれればいい。
そこに存在してくれることがどれだけ心強いか、そしてありがたいことか。
父の手術後、強くそう思いました。
そしてその存在を失ってしまった幼馴染や伯母の心情を思うと、つらいです。

与えられた尊い命、大切にしていきたいものです。

[Okei]
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