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熱意

ずいぶん前にこのブログで、
「暮しの手帖」という生活情報誌が好きで、
読むとほのぼのして落ち着くと書きましたが、→『飽きない空間
この本の創刊に携わった方々を題材にしたとと姉ちゃんという物語が、
今NHKの朝の連続テレビ小説で放映されています。

戦後の混乱期に、たくさんの、
物がなくて困っている女性が少しでも幸せな気持ちになれるように、
役に立つ本をお届けしたいという熱意を持って、
主人公たちが奮闘している物語です。
私は女性ではありませんが、この本を読むと落ち着くのは、
作り手のそういった熱意が今も引き継がれていて、
それが読者に伝わるからなのかなと、ドラマを見ながら思っています。

朝の連続テレビ小説と言えば、
そのほとんどの作品がそれぞれの時代で女性が活躍する物語です。
そこから見えてくるのは、
いつの世も女性が社会で活躍するには、
非常に過酷で厳しい環境であったことが伺えます。

現在では、雇用における男女の均等を保つため、
男女雇用機会均等法が施行され30年、
さらに、男女が均等に政治的、経済的、社会的および文化的利益を享受、
かつ責任を担うべきとして、男女共同参画社会基本法が施行されて、
17年が経過しております。
これによって社会での女性の立場は男性と同等に扱われることになったわけですが、
現実はどうでしょうか。

政治の世界では、内閣閣僚に女性が複数人入閣することが当たり前になり、
将来的に女性の内閣総理大臣の誕生も予感できるようになりました。
また、地方自治では女性都知事も誕生し、
既に女性知事や女性市長といった首長として活躍されている方がたくさんおられます。
企業で言えば、女性社長は過去24年間連続で増加し、
全体の11.5%を占めるそうです。

その一方で、若い女性を中心に専業主婦を希望する方が増えているそうで、
約7割という高い水準です。
一般の女性の多くが男性と同等の労働を求めていないことになります。
実際、子供がいる女性は仕事以外に家事や育児があり、
すべてをこなすのは大変困難で、男性並みに働くには、
男性も家事や育児を分担しなければなりません。
つまり、男性も働き方を変えなければ男女均等にはなりません。
ちなみに男性の育児休業取得率は、いまだに3%にも届いていません。
やはり、この数字からしても現状ではまだまだ女性に厳しい社会と言え、
たとえ働いてもパートタイマーでしか考えられず、
とても男性と同様にフルタイムで働くといった気にはならないのではないでしょうか。

また、子供が小さいうちはいっしょにいてやりたいと思う方も多いでしょう。
日本の将来を考えても、
子供の教育はとても大切です。

こうした諸事情を各々が抱えているわけですから、
男女が均等にというのは本当に難しく、
男性も女性も既成概念を取り払って少しずつでも変わらないと進んでいきません。
そうなるためには、多様性を認め、受容できる大きな心が求められます。
一人一人のより良い未来へ向かう前向きな熱意が、
女性のみならず、みんなが生きやすい社会を作っていくものだと思います。
弊社でも、働きたいと思う女性が働きやすいように、
熱意を持って精一杯応援したいと思います。


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小さくて大きい一人旅④

いよいよ戻ってきます。
待ちに待った瞬間。
10:45新潟着の飛行機で。

前々日にタイムアップにて、
最終行程残り2km地点で車にて迎えられていたようでした。
前日の悔しさを胸に最終日13:30到着予定だったものを15:30着予定にし、
最後まで歩ききる選択をした若武者達。
素晴らしい選択だと思います。


全行程制覇の連絡が来たのは16:00前でした。

最後まで戦い切りました。
天晴で御座います。

そんな息子達を誇りに思います。

また、
頑張っている息子に対して親も頑張らねば、
という思いにさせてくれます。

気持ちが変わるのは子供達よりも親のほうかもしれません。
子供達に対して恥ずかしい思いをしたくありませんし、嘘も付けません。
親も成長の伸びしろ残っていましたよ。
言葉にできないような確かな物は私たち夫婦に残ったと思います。

そして帰って来た息子に対して伝えたい。
「今回の修行で得た思いは、自分たちの子供にも伝えて」
その為の協力なら私達夫婦は惜しみません。
子供達の子供達へ、さらにその子供達へ遺せる物だと思います。

親の心配なぞ、その時一時の物でしかないと思います。
小さな旅でも大きな旅でも、
「一人で出来た!」
この自信は子供の大きな一歩になると思います。

さぁ、息子を迎えに行きましょうか!
我慢出来ずに10:45着なのに8:30頃から空港付近、
意味もなくウロウロしてみてます。
家に居ると落ち着かないんですよ。

あいにく妻は今日明日と仕事なので、
空港までの出迎えは来れませんでしたが、
来ればきっと号泣し、明日の仕事に差し支えるとのことでした。
ただ、早く家に帰りたいから頑張る!と言っていました。

弟君は「俺、お兄ちゃんの姿見たら泣くよ。」って言っていながら、
ついてきました。
我慢できないのは私譲りですかね。

もうすぐ飛行機が着きます。
妻が仕事終わったら皆で日帰り温泉でゆっくりしてきます。

人生でこんなに待ち遠しい瞬間なんてそんなに経験がないです。

[y2k2]

ぼくのなつやすみ

ママが臨月を迎えたため、夏休みの間、
田舎のおじさんの家に預けられることになった9歳の「ボク」。
この「ボク」を主人公として、ひと夏を過ごすゲームがありましたよね。

ぼくのなつやすみ http://sh-games.com/7054.html

『ぼくのなつやすみ』
もう発売から15年も経ったようですが、私はわりと好きでした。

その昔、吉田拓郎は“夏休み”という曲で、
ひまわり 夕立 蝉の声と歌っていたものですが、
このゲームにおける夏休みとはまさにそのような感じです。
そして、私の子供のころの夏休みもまた同様であり、
この抑揚のないゲームがそこそこヒットしたのは、
多くのプレイヤーの郷愁を誘ったからにほかなりません。

私は、以前、『ひとり旅の思い出』という記事でご紹介したとおり、
小学生の時、親元を離れて山村でホームステイしていたため、
私が抱いている夏休みの感覚は、田舎の山村のものです。

その頃に通っていたのが全校児童70名ほどの小さな学校で、
当時、中島先生という教頭先生がいたのですが、
この中島先生が、なぜか剥製とか標本を作ることのできる先生で、
この先生のところに昆虫やら小動物やら魚やらを届けると、
初見のものに限り、標本にして学校の廊下に並べて展示してもらえました。
展示は、たとえば「ミヤマクワガタ(甲虫目・クワガタムシ科)」等の情報に加え、
採取児童の名前も併せて記載されるので、
まんまと名誉心をくすぐられた70名ほどの全校児童は、
“まだ展示されていない生物探し”に夢中になったものです。
実は節足動物が苦手な私は、カブトとかクワガタは敬遠して、
クロイロコウガイビルとか、そういうのばっかり探して届けたのを覚えています。

何が言いたかったかと言うとですね、
吉田拓郎を含め、ある一定以上の世代では、
夏休みのイメージといえば、「ひまわり 夕立 蝉の声」であり、
雑木林で昆虫を採集したり、川か沼で魚を釣ってみたり、
ちょっとした丘のようなところを探検したりと、
そういうものだったような気がするんですよね。

自然は最高の先生だというような言い方があります。
やや陳腐な表現で、あまり好きではないのですが、
まぁ、これは真実だと思います。
つまり、実際に雑木林に行けば昆虫を捕獲することができるし、
実際に川やら沼やらでは魚を釣ることができる。
その体験のなかで、たとえば肥後守の使い方を知ったり、
針から魚を外すことを覚えたりと、できることが増え、
子供たちは自然を体感する中でたくましくなっていったものです。

つまり、目で見て、耳で聞いて、鼻で嗅いで、舌で舐めるなど、
自然を五感で感じることで感性が育まれたと、
私は、自分の経験から、信じてやみません。

今年、夏前に配信された『ポケモンGO』がブームになり、
この暑いのに、老若男女がポケモン狩りに徘徊しているようです。
それは別に構わないし、トラブルがあっても知ったこっちゃないのですが、
かつて虫取り網を持って草むらを走り回っていた私たちにしてみれば、
スマホを通してしか自然と接点を持つことができないなんて、
今年の夏休みは、みんなかわいそうだなと、
ちょっと思います。
だいたい、地下鉄の中などでは特に顕著ですが、
そこにいる人間がことごとくスマホを見つめているなんて、
人間はちょっとどうかしちゃったんじゃないかと、心配になります。

やっぱり、夏休みの体験は質感が大事ですよ。
虫を捕獲した時の感触とか、魚を釣り上げた時の振動とか。
手が滑って肥後守で指を切ることがあっても、それすらも勉強。
そういう夏休みは、もう失われたのでしょうか。
麦わら帽子はもう消えた©吉田拓郎ということでしょうか。

[SE;KICHI]

小さくて大きい一人旅③

修行に出ました我が息子。

夫婦の期待を一身に背負っての修行。

期待掛け過ぎると逆にプレッシャーになっちゃって、
実力の半分も出せない。という事があるので、
まずは楽しんでおいで。←重視しました。

出発前に運営サイドから連絡があり、
写真、動画はグループLINEにて閲覧可能な状況とのこと。
便利な世の中になったものです。
一昔前の学校行事だと、
帰って来てからの校内貼り出しのうえ購入が当たり前でした。
我が子らの学校では張り出しではなく、
web上で公開されているものから選んで購入となりますが。


撮影した写真がすぐにアップロードされるので今、
どんな表情で等色々と知ることはできます。
笑顔か?そればかりが気になっていましたが、
予想以上の笑顔に拍子抜けしました。

道中の写真で、疲労感丸出しの写真等もありましたが、それは当然と受け止めて。
疲労困憊の状態で、投げ出さず、諦めず、チームとして一丸で立ち向かう。
素晴らしいです。
向こうに着いてからの心配はしていなかったのですが、
予想以上の笑顔にどれほど安心させてもらえたか。

そうそう。
LINEの話。
今まで使う必要はないと思い、使ってはいなかったのですが、
今回の為に登録しました。

電話帳で登録されているデータと、
クラウド上で保存されているデータともリンクしているらしく、
もしかして友達かも?なんて項目もありました。
ああ、そういえば見覚えのあるIDだったり、
あの人ならこんなID使うだろうな。と思えるものだったり。
十数年連絡を取っていない友人が本名で登録していたり。
その友人、ご自身の祖父の葬儀の時に帰って来て連絡があって以来、
連絡は取っていなかったのですが、
その時に話した「俳優っぽい事やってるよ」等と話しておりました。
どうやら俳優業も含め色々とやられているらしく、wikiに載っていたり。
公式サイトよりプロフィール見ると年齢が非公開になっていたり、
出身地が違っていたりで、色々と公開したくなさそうだったので、
次回直接会うときに追求しようかな。と。

懐かしいな。と思える人が居たり、
あぁ、この人と少し連絡は取りたくないかな。と言う人も居るので、
良し悪しかと。
便利な反面、不便もありますよね。
勝手に全員友達登録されないのが救いでしたが。

後に姪っ子からLINEやってるの?
メッセージ送ったんだけど?と言われましたが、残念。
登録してからそれほど触らなかったので、
メッセージの読み方に気付いたのは3日後でした。

少し触れば使い方くらいはなんとなく分かりますが、
あまり興味が無いので写真ひとしきりダウンロード後は削除するつもりです。
携帯電話は通話とメールが出来ればそれでいい。と言うタイプの人なので。

私の話はどうでもいいので息子の話に戻ります。

普段ソフトテニス部に所属しているので、
日中炎天下での活動には慣れているはずですが、
さすがに新潟と高知では気温が違う。
湿度も違うでしょうけれど、こちらは湿度が低くて気持ちいいくらいかも。

修行開始2日目頃の午後からの写真には疲労感が溢れておりました。
それでも、ところどころでいい笑顔の写真が上がってきます。
辛くても、苦しくても支えあえる友達がいる。
お互いに助け合って、励ましあっての行脚。
親元を離れ、互いに、スタッフさん達にも支えられての修行。

無事帰って来てくれてから、
経験したこと、感じたこと、聞きたいことは山ほどあります。
しかしながら、まずは「お疲れ様。」が最初ですかね。

どんな顔して帰って来るか楽しみで仕方がないです。

[y2k2]

夏のイルミネーション

残暑厳しい日が続いておりますが、涼しくて幻想的な夜をご案内します。
そこは、アパリゾート上越妙高イルミネーション2016です。

新聞広告でこちらの催しを目にし、なんだか壮大そうなイベントの模様。
普段は興味のない分野ですが地元を応援する気持ちで出かけて来ました。
日帰りでも行けますが、何せ日が暮れないと楽しめないイベントなので、
一泊して楽しむ事にしました。

宿泊先はイベントを開催しているホテルではなく、
付近のホテルで入場チケット付きの安いプランを見つけたので、
そちらを予約しました(笑)。
会場に向かう途中チケットを受け取りにホテルに寄った際、
スタッフの方が早めに行った方が、
近い駐車場に停められて良いみたいですよと教えてくださったのもあり、
明るいうちからスタンバイ。
開園は18時なので、
それまで駐車場に出店している屋台村で時間を過ごそうともくろんでいましたが、
なんと肝心の屋台は17時半からの案内が・・・ガックリ。
事前に営業時間までしっかり確かめなかったので、
かなり時間を持て余す羽目になりました。
ホテルで日帰り入浴とも考えましたが、
これから汗をかくだろしと思ったので断念。

なんとか時間をやり過ごし、ようやく開園の18時、
いざゲートをくぐったのは良いけど、辺りはまだまだ明るくて、
ゲートから続くアーチに施されたLEDは、
イルミネーションをまったく発揮していない状況。
わぁ~とか綺麗~とか歓声も感動もなく、
暗くなるとこんな感じかなぁ?と想像しながら結構きつい勾配を上り、
軽く息切れしながらもゲートを抜けて上に到着。
でもまだ明るい(汗)。
けど見てまわっているうち、じきに暗くなるかなーと歩き進みましたが、
途中で暗くなるのをベンチに座ってじっと待ちました。

結局とっぷり日が沈んだのは19時半くらいでした。
途端今まで目にしていた景色がガラっと変わり、
色とりどりのイルミネーションが辺り一面に輝き、
コンセプトごとの絶景が会場に浮かび上がりました♪。
例えるなら化粧前と後とでも言いますか、明と暗の別世界がそこに広がりました。
風神雷神3Dウォータープロジェクションマッピングや音と光の演出、
途中1分程でしたが花火の打ち上げなどもあり、夜空も楽しめました。
会場はスキー場を利用していて、上りと下りの傾斜はきついですが、
その2カ所以外なら園内はくるくると回れ満足いくまで観られます。
時間を追うごとに人が増え、
賢い方達はやはり暗くなってから入園するみたいです(笑)。

わらわらと会場に集まった人たちを、
ふと立ち止まり、暗がりの中見渡してみると、
ライトに照らされた遊歩道をゾロゾロと歩く大勢の姿が、
まるで違う世界へ導かれているかのように映り、
なんだか可笑しく笑ってしまいました。
自分もその中の一人なんですけどね。

さてさて、演出はまだまだ終わりませんでした。
帰りの下りの斜面に待っていたのは、
とてつもない地上絵「のぼり龍」に「くだり龍」!
このイルミネーションは本当に圧巻です!
期待以上の壮大さは、最後まで楽しむ事が出来ました。
宣伝に嘘はありませんでした。
このイベントは3年前から始まり、今年が集大成の年との事でした。
この情報も宿泊したホテルのスタッフの方が教えたくれました。
イベントに足を運んだ人が他で買い物したり宿泊したりと、
企画したホテルは自社だけでなく、地域貢献しているんでしょうね。

開催は11月15日までで、9月1日から17時入園になるようです。
私が訪れたのは7月の終わり頃でしたが、日が沈むと肌さ寒く、
一枚羽織ものを持参した方がいいくらいでした。

よかったら避暑地へ涼みがてら出かけてみてはいかがでしょうか。
9月末以降は紅葉も始まるので、昼間も楽しめると思います。

公式HP ⇒ http://www.apahotel.com/illumination/ 音が出ます。注意してください。

[fu~ma]

小さくて大きい一人旅②

息子を見送る数週間前より準備しております。
新しい靴を買い、足慣らしをし、前日直前までしっかりと準備いたしました。
いよいよ1週間前に近づき、心の準備も。等と思っておりましたが・・・・
当のご本人は夏休み前の学校アンケートに、
「夏休みに四国へ行く事」の回答が、
しっかりと藁半紙へプリントされて帰ってきておりました。
親の不安などどこ吹く風ですよね。

ですが、心の準備が出来ない人が一人。

妻その人。

1週間前くらいになり、隠れて時折涙しているようです。
当然と言えば当然ですが、いまさらかよ。等と思ってみたり。
妻の顔から母親の顔になり、心ここにあらず。の状態でソファに腰かけていたり。
葛藤しておられます。
「不安かい?」の一言に
「向こうに着いてからは心配じゃないけれど、往復の飛行機乗り継ぎがね・・・」
の返事。

そこは息子を信じる所だし、
何より「分からない事があればチェックインの時に告げなさい」
と伝えてありますが、私自身も不安要素があるとすればそこ。

事前から「当日は家で見送る」と話していた妻ですが、
見送りの際にも涙出ておりましたよ。
その涙は不安と言うより、何か複雑な感情の涙に見えました。

前日に新潟より一緒の飛行機に乗る子が居る。と聞いていたので、
空港で合流いたしました。
少しは不安が解消された形ですが、帰りは一人なので先延ばしですかね。

いよいよ登場ゲートを越え見えなくなったところで即座に屋上展望台へ上り、
飛び立つまで見送りました。

飛行機が動き出し、妻へ写真送ろうとシャッター切っておりましたが・・・・

地面を離れた瞬間・・・・・

あれ?俺涙出てる!

ビックリしました。

今朝の妻の涙と同じだと思います。

離陸後の写真もう1枚撮りたい!と思っていましたが、霞んで写真が取れない!

不安なような期待のような嬉しいような寂しいような複雑な感情。

本当は搭乗ゲートくぐったら直ぐに会社へ行くつもりでしたが、
飛び立つまで見届けようと、
会社へ遅れていく旨伝えてあったので見届けたのでしたが、
思わぬ事態に驚きました。

搭乗ゲートで見送っていたら気付かなかっただろう複雑な思い。

良かったと思いました。

自分の新たな一面の発見です。

親としての成長ですかね。

いつか来る息子の巣立ちの予行演習です。

出発当日から実感できた我が家の新たな一歩です。

ちなみに弟君はお兄ちゃんの
「行ってきま~す!」の言葉のあと、
玄関締めてから大泣きしていたそうです。

お兄ちゃんの前で泣かない配慮に感服です。


私も飛び立った後なのでセーフかと。

妻は・・・・アウトですね。

新潟空港

[y2k2]

考えが浅くないか。

私の親戚というか、系譜で連なる人物の一人に、
戦犯容疑で巣鴨拘置所に拘留されていた、元陸軍大佐がいます。
障りがあるといけないので名前は秘密にしますが。
世代的に、この元陸軍大佐と私に面識があるはずもありませんが、
どんな人物だったのかは、インターネットで簡単に調べられるので、
ファミリーヒストリーとして、思いを馳せてみることがあります。

家系にそういう人物がいるからか、どうなのか、
私は、戦時における人々の精神性に、とても関心があります。

毎年この時期になると、戦時における愛別離苦をテーマとした、
わざわざ涙腺を攻めてくるような感情的なドラマが放送されますが、
昨年、なぜかクリスマスに『命を何に使うか』という記事を載せたとおり、
名もない市井の人々にも、それぞれにドラマがあったはずだと思っています。
また、先の大戦について、軍部の暴走が原因などと言われていますが、
天皇制下、ヒエラルキーの効いた社会で軍部の暴走などあり得ないと思うし、
個々の将校の心情を忖度すれば、暴走というより、
アジア解放の使命感を持った戦いであったろうと理解します。

私は、遊就館などで出陣前の兵士の手紙などを読むにつけ、
出征者が「天皇陛下万歳!」などと思ってはいなかったと確信しています。
つまり、自分の命をなげうって天皇陛下をお守りするという思想は、
少なくとも一般から徴兵された兵士たちの間にはなかったと思うのです。
別に死ぬのが美学だと思っていたわけではなく、
ただただ、自分の愛する妻子や両親を敵の攻撃から守ろうと、
自分がそのための捨て石になるという悲壮な決意であったのです。
それを平成の現代、
当時の人々は正気ではなかった、などと言われることは、
ちょっと、あまりにかわいそうというか、気の毒な感じがします。

特に子供がいるパパ・ママなど、感情に訴えられると、
すぐ「戦争は怖いわぁ」ということになるのですが、
当時の若者だって戦争は怖かったし、それぞれ生きたかったけれど、
日本は、欧米の植民地になっていたアジア諸国を解放するという、
壮大な目標を持っていたため、多くの若者はそれに殉じたわけです。
葛藤のなかで、たとえ生還できなくてもいいと、
最後の決断を下した若者を私は立派だと思うのですが、
それを、強制的に行かされたとか、正気ではなかったと言われるのでは、
彼らの悲壮な決意は否定されてしまい、私は承服できません。

現在の日本の礎となっているそういう人々、
最終的に命を散らした方や、終戦後に『戦犯』と呼ばれた方など、
国のため、アジア解放のために働かれた多くの方々は、
現在の日本の風潮をどう見ていられるのでしょうか。

今年は伊勢志摩サミットに絡め、
オバマ大統領が広島を訪問し、核廃絶を訴える演説をしました。

確かに、核兵器を廃絶するのは結構なことだと思います。
私も、世界から核兵器がなくなれば平和になると思いますし、
ぜひともそうなってほしいものだとは思いますが、
世界におけるパワーバランスを考えれば、それは安易に過ぎると思うのです。

あの演説は、アメリカの大統領が日本で行ったものです。
それは、「世界の非核化を日本と誓い合った」という意味になったでしょう。
普通に考えて、日本は核武装を目指しませんという意味でしょうし、
また、アメリカも現有の核を放棄するなら、
アメリカの核の傘はなくなりますという意味にもなり、
結局、2大国の丸腰宣言ということになります。
しかも、あの演説は世界に中継されてしまいましたので、
とりもなおさず世界へのメッセージとなり、
国防上、日米に計り知れないダメージを与えたと思います。

つまり、オバマ大統領の歴史的演説のおかげで、
たとえば北朝鮮が水爆実験を強行しようが、ミサイルを発射しようが、
アメリカと日本は連帯して核を使わないということであるならば、
日本はどうやって北朝鮮に対抗すればよいのでしょうか。
憲法の9条のところを開いて見せれば免罪符になって攻撃を加えられない、
“話せばわかる”©犬養毅 とでも思っているのでしょうか。

オバマ大統領の歴史的演説は、
日本は北朝鮮に対抗できないし、アメリカも日本を護らないという、
対外的にとんでもないメッセージを発信してしまったということになります。
このメッセージを受けてニヤリとした国もあるでしょう。

結局、オバマ大統領の目指したい方向はよく分かるのですが、
メルヘンの世界の話ではないので、危険な隣人は厳然と存在するし、
自分から率先して武器を置き、丸腰になることによって、
隣の怪しい国が不敵にほくそ笑むという結果が、現実に起きています。
おそらく、日本国内の、なかんずく左翼系の新聞各紙が社説で書いていることとは、
逆の結果が導き出されてくると思われます。

実際のところ、アメリカの大統領とか、沖縄の県知事とか、
日本を弱く見せることに熱心であらせられて、とても心配です。
そして、冒頭の話に戻りますが、
私の系譜の元陸軍大佐、もちろん既に鬼籍に入っていますが、
日本とアジアの自立を護ることに執心した人々にとって、
また、この国が隆昌たらんと念じながら散っていった人々にとって、
この丸腰宣言はどう映るでしょうか。
もしかしたら、終戦時より悔しいかもしれないなと、
ちょっと思ったりします。

今年もまもなく終戦記念日です。
丸腰宣言になるのは例年のとおりかもしれませんが、
ならず者というか、歩調を合わせない国がある以上、
国を護る気概は捨てるわけにはいきません。

[SE;KICHI]

小さくて大きい一人旅

小学校の中学年頃から一人で電車に乗り、
片道1時間半くらい離れた祖母の家に一人で行っていました。
小さな冒険ですが、
とても不安で心細くてドキドキワクワクのほうが勝った冒険でした。
きっかけは両親の都合で父親の、
「一人で行ってみるか?」が事の発端だったと思います。
着けば向こうで従兄弟と遊べる。
その期待が不安に勝ったのでしょう。
その時の両親の気持ちはまったく察すること無く、
「行く」の選択をし、実行した訳です。
最寄り駅までは送ってもらい、一人旅でした。
寝過ごさないか。乗り換えを間違えないか。
実際、当時は2回乗り換えでの目的地到着だったので、
余計に心配だったかと思います。
無事到着し、ひとしきり褒められたことは今でも覚えています。
子供心に「自信がつく」の体験でした。

そして今。

私の通っている講習のイベントで若侍限定の旅があります。
当時の私の記憶を彷彿させるイベントが。
対象は中学生、高校生の旅。
目的は高知、お遍路さん。

平成武者修行

息子は中学1年生。
来年には部活が本格化し、時間的にも厳しくなるであろう1年生の今。
部活の担任からも、
「来年からは活動も本格化するので、家族旅行等は1年生のうちに」
との御触れが出ております。

実際学習塾の夏期講習へ毎日通い、部活動、大会等々、
息子の時間は小学生の頃と大きく変わっています。
今年しかチャンスは無いかも。と思っていました。

そこへお遍路さんが。

空港までは送りますが、飛行機乗り継いで高知までの一人旅。
向こうで現地ガイドの方、同年代の参加者等と合流する旅なので、
向こうでは心配は無いのですが。
飛行機乗り継ぎによる往路、復路の一人旅。

息子に参加するかどうかを聞いてみると、
「参加したい。」の返事が。
元々、何事にも積極的に取り組もうとする姿勢は、
我が息子ながら高く評価しております。
学習塾も自ら通いたい。との希望で通わせております。

良い経験になる。それは間違いない。
しかし・・・・
妻の不安は拭えない。色々と考えてしまう。
色々と事情があり、息子自身にも不安はあると思います。
少々人と違った個性の子なので、親の不安は当然です。
小学生の高学年になり、
落ち着いていた状態は中学入学と同時に環境が激変し、
少し不安定な動向を見せていました。
心配は尽きない。
心配しても変わりはない。

私自身も随分と悩みました。
「行かせればいい。」なんて簡単に言って欲しくないです。
それぞれがそれぞれの事情を抱え、精神面での成長を期待はしていますが、
その精神面が不安定な状態で一人旅をさせることへ、
どれほどの葛藤があったか。

結局は講師が優しい笑顔で一言
「よこしんしゃい」で私の中で決まりましたが。

不安はあります。
妻も同じでしょう。
私と妻は同じ気持ちなのですが、
私には妻を説得する切り札がありました。

「帰って来た時のあの子の顔想像してみな?」

それだけで充分です。
そしてそれが見たいがための旅でもあります。

劇的に大きく何かが変わる。ハズ。
見た目的に大きく変化は無くても、心の中で何か変化が。
大きくなくてもいい。
小さなつぼみでもいい。
無くすものは何もない、得るものがある。
きっと何かを手に入れて帰ってくる。

親なのだからその変化は表情から察する事は出来ます。
してみせます。
期待弾む一人旅が始まります。

失う物はありました。
親の懐から、
「全員揃った最後になるかもしれない家族旅行の為の費用」
これが飛んで行きました。
しかしながら、全員で行く家族旅行よりも、
大きく成長する可能性を秘めた一人旅へ惜しみなく協力させていただきます。

子供の成長へ対する期待感って物凄くドキドキしますよね。

まるで自分の初めての一人旅の時みたいに。

[y2k2]

トイレの悩み ~家族が増えました♡ ⑤

トイレの悩み。
かなり深刻です。


あ、私とかの話ではないのです。
今のところ私は問題なく。

娘たちのトイレ。
最近の猫砂って優秀なのですね。
匂いは少ないし。
ただ・・・・
砂の粒子が小さめなので肉球の間に挟まるのかあちこちに落としてある。
部屋のあちこちに猫砂。
見た目にも衛生上も宜しくない。

そこで砂の物から粒子の大きな紙製のペレット?へ変えてみることに。
結果・・・・
遊んでる。
ペレットで遊んでる!
用法をお守り下さい。
何度も説得を試みますが、猫の習性の前にあえなく惨敗。
転がしたいみたい。
あげく、トイレから持ち出して転がしてる・・・・
用法を・・・・
諦めました。

砂に混ぜて使ってみたのですが、やはり取り出して遊ぶ。
くっ・・・・

元の砂に戻しました。

相変わらず部屋の中にはあちこちに猫砂が。
掃除してもトイレ使うたびに出てくるもんだからきりがない。

遠方に出かけた時に、少し時間があったのでペットショップに寄ったことがあります。
トイレの前に置く玄関マットのような「猫砂落とし」を見つけた事があります。
その時は「へー。こんなのまであるんだ。」くらいにしか思わずに購入に至りませんでした。
今にして思えば・・・・
買っておきゃよかった。
買っておけば後悔しなかったのに。

後悔先に立たず。うん。
良い言葉ではないですが。
今ではどこのペットショップで見たのかさえ記憶の彼方へ。。。。
まぁ、安い物でも無かったし、
家に猫トイレ4か所設置されているので4個は必要になるのですが・・・

どうにかして対策練らないと今に家の中がザシザシになりそうな予感。
発見次第コロコロにて捕獲を家族全員で徹底しております。
気が向いたらDIYの出番ですね。

[y2k2]

驚異的回復力! ~続・アキレス腱断裂!

前回、アキレス腱断裂と診断されながら、
ギプス固定を拒否して整形外科を後にしたわけですが、
こんな田舎で足を固定している場合ではないと即答したわりに、
それ以上はどうしてよいか分からないもので、
プロであるドクターの治療方針を無視したことに少しは罪悪感を感じ、
自分の決断に一抹の後悔を覚える日々でした。
実際、同僚で、アキレス腱を何度か切っている WAKA さんからは、
「固定しないと絶対に治らない!」と脅されましたし、
2年前の気功の記事を覚えていたパートのFさんからも、
「また、話しかけて治してもらうの?」と軽くからかわれ、
そのたびに、自分はどうなるのだろうと、やや不安に。

さて、金曜日にアキレス腱断裂の正式な診断が下って、
2日後の日曜日、杖をつき、足首にサポーターを巻いた状態で、
私はとあるボランティアに出かけました。
私は子供が大好きなので、たまに託児のボランティアをしているのです。
当然、杖をつき、足を引きずった状態でお子さんを預かるわけですが、
そこで出会ったのが、娘さんを預けにいらっしゃった若いママさんでした。

Tさんとおっしゃるそのママさんは、杖をついた私の姿を見るなり、
「足、どうかされたんですか?」と気にしてくださった様子。
かくかくしかじかでと経緯を説明したところ、驚かれはしたものの、
そのまま、娘さんを預けて出て行かれました。
しかし、Tさんはその数分後に再び現れ、
「いったん帰宅して、商売道具、持ってきました。診せてください」と、
私に、その場で横になるように命じました。
存ぜぬ方でしたが、柔道整復師の方だったようです。

両手の親指を私の右アキレス腱に這わせ、アキレス腱の様子を探る彼女。
「確かにアキレス腱、切れてますね」と。
う~ん、あぁ、まぁ、やっぱり切れてますか。
まず、「くっつきやすいように、繊維を整えますね。」と、
丁寧にアキレス腱をこすられます。
そして、そこそこ頑丈な感じでテーピングしてくれました。
そのうえで、「ちょっと歩いてみてください」と促されます。
杖なしで立ってみると・・・
・・・・・・立てました。
アキレス腱断裂4日目で、立てました。


いたく気をよくした私は、懸案事項をついでに尋ねてみます。
私『あの、これで治っていきますかね?』
Tさん「治りますよ。1ヶ月くらいかかるとは思いますけどね」
私『いや、整形外科ではギプスして2ヶ月とか言われたんですけど・・・』
Tさん「あ~、整形外科ってそういうこと言うんですよね。」
私『でも、ノーギプスで治したなんて聞かないですよ』
Tさん「大丈夫です。治らないと思っている人をギャフンと言わせましょう」

・・・・・・すごい信念です。
ほぼ初対面の彼女でしたが、彼女に治してもらうことに決めた私でした。
その後、ギプスはしないまでも、
何日かに一度、無料でテーピングを貼りなおしてもらったり、
それだとあまりにも申し訳ないので、彼女が勤める接骨院に行ってみたりと、
ドクターの治療方針を無視したときに感じた罪悪感がウソのように、
彼女に全幅の信頼を置くことになりました。
実は、ラーメンマンか飛燕ばりの角度で、足首を包帯で固定してもらったりしていましたが、
この包帯が自分で復元できないので、勝手にやめてしまった不良患者の私です。


一方、Fさんにからかわれたヒーリングの施術にも行きます。
こちらの施術師のKさんは、専門は“気の流れ”なので、
「ギプスをつけたら血行が悪くなるから、ギプス断って良かったよ」と言ってくれ、
わが意を得たりという気分です。

こうして、接骨院のTさんとヒーリングのKさんという2人の女性を信頼し、
ギプスではなく、テーピングとヒーリングを選んだ私ですが、
アキレス腱断裂からちょうど2週間後、
私のアキレス腱を触診していたTさんが言います。
「あれれ、もうくっついてきてる」と。
どうやら私のアキレス腱は、驚異的な回復力で再生しつつあるらしい。

それを聞いた不良患者の私は、あることを企て始めました。
それは、エアロビクス復帰。
しかし、ちょっと試しにステップを踏んでみたところ、
さすがにエアロビクスはまだ無理そうな感じがしたので、
少しだけ標的を変更します ・・・・・・ zumba 復帰!
とはいえ、不良患者の私、
復帰の日を夢見てリハビリを頑張るとか、そういうことはなく、
そう思った次の日に出掛けました ・・・・・・ zumba へ。

足が悪いことをアピールするため、いちおう杖をつきながらスタジオへ向かうと、
昔馴染みの仲間たちが「大丈夫なのか、やれるのか」と、うるさい。
ま、私も、初めて zumba に参加した10年ほど前を思い出すような、
何年かぶりの、それはそれは尋常でない緊張感に包まれていましたが。
さて、いざ zumba のクラスが始まってみると・・・
・・・・・・踊れました。
アキレス腱断裂14日目で、踊れました。


確かに、受傷した右足を軸にしたピボットとか、
ちょっと違和感を感じるような場面も、ないことはなかったのですが、
まぁまぁ及第点で、「あ、治ったんだ」と実感。

「ギプスじゃないと絶対に治らない?」と不安に思っていた時期もありましたが、
固定概念に縛られないことは大事ですね。

[SE;KICHI]
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