味覚

食べ物の好みは、人それぞれですよね。

ジャンクフードも好きな私がうんちくを語るつもりはないですが、
少し前まで富山市内にあった蕎麦屋さん。
山形の冷やし肉ソバをメインに提供しておられました。
煮込んだ鴨肉がのっている常温くらいの汁に入っているおそばで、
私は割と好きでしたが、
店内の紹介文に、
富山県人は味覚バカではないか?
ブラックラーメンと騒いでいるが
B1グランプリにも出られないのに何を騒いでいるのか?

と、冷やし肉ソバの方が美味しいに決まっているというような、
攻撃的な文面でした。

かなり塩辛く、うっとなるラーメン屋さんもありますから完全否定はしませんが、
ちょっとムッとしますよね。
そこそこ美味しかったのに案の定無くなってしまいました。
多少場所も悪かったように思いますが。

先日、香川で宿泊することになり、
せっかくなら讃岐うどんを食べようと、
ホテルに戻ってすぐに「うどん屋さん」を探しに出かけましたが、
19時を回っており、有名どころは閉店していました。

それでも諦められず自転車を借り20時頃までやっている店舗へ(笑)
お勧めの冷やしうどんを食べましたが、
どうも思っているのと違い、醤油かけうどんをもう1杯(笑)

あれ?テレビと違う(涙)
これならチェーン店と大差ない。

もう1杯食べることもできず、それは無いよ(涙)って感じで退散しました。

テレビでオーバーに美味しいと言っていると理解はしていても、
期待はしますよね。
それとも、やっぱり味覚バカなのか?
期待とのギャップのせいなのか?
たまたま入った店が悪かったのか?
機会があれば美味しいうどん食べたいです。

話は変わりますが、わたしの母は自他共に認める料理下手です。
ご飯を食べるのに味の濃い物をよく食べました。
そのせいもあって味覚バカになったのでしょうか?

母の話を出したのは、今年も年末が見えてきましたが、
料理下手な母は正月のお雑煮の具にこだわりがあります。
我が家のお雑煮には、イワシのすり身が入ります。
具材については地域性もあるでしょうが、
年中料理に時間をかけないのに、これだけは一生懸命擦りつぶしています。

嫌いではないです。
もしかしたら、これが母の味かもしれません。
その他では味覚バカもあるでしょうが、これは大切にしたいと思います。

[WAKA]
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馬陵の戦い

人生に挫折はつきものですよね。
「死んだほうがまし」と思ってしまうような場面も、あるかもしれません。
当事者の悲壮感は深く、
周囲からの「生きてさえいればきっといいことがあるさ」という励ましも、
挫折のさなかにある人に対しては届かないことがあります。

孫臏という人を知っていますか?

孫臏と龐涓は、兵法を学ぶ同門でしたが、
先に魏に仕官して将軍になっていた龐涓は、
自分が能力的に孫臏に及ばないことを感じていたので、
偽って孫臏を魏へと招待して罪に陥れ、
脚を切断する刑と額に罪人の印である刺青を入れる刑に処しました。

これ、ひどくないですか?

脚を切断する刑というのも想像がつきませんが、
命までは取られなかったとは言え、脚を切られて歩けなくなったうえに、
顔に騙された印が彫られているなんて、兵法家としてはもうダメですよね、普通。

ところが、この孫臏、計略を用いて密かに魏から脱出し、
才覚を使って斉の国の将軍・田忌の信頼を勝ち取り、
さらにその上司にあたる威王の信任を得て、斉の軍師になります。
孫臏が龐涓に復讐する機会を待っていたのかどうかは分かりませんが、
将軍・田忌と力を合わせて桂陵の戦いなどで実績を挙げました。

これ、すごくないですか?

まず、脚がなく、顔に刺青のある男を軍師に採用した、田忌や威王が立派ですよね。
そして、田忌や威王に採用させた孫臏のほうも、
おそらく少し話しただけで分かる、
滲み出る人格というか、能力があったのでしょう。

この孫臏の、軍師としての兵法としては馬陵の戦いというのが有名です。

斉の近くの韓という国が、龐涓のいる魏と戦うことになったのですが、
魏軍は強く、韓は魏と5度戦って5度負けてしまいます。
斉は、その10年ほど前に桂陵の戦いというので魏に勝った実績があるので、
魏に滅ぼされそうになった韓は斉に援軍を求め、
斉の威王は軍師・孫臏の軍を派遣します。

孫臏の軍が魏に攻め込んだところ、
韓にいた魏軍は慌てて魏に引き返したため韓は救われました。
これは桂陵の戦いと同じ作戦で、ここまでは一応成功なのですが、
斉軍は敵地の魏に攻め込んでいるので、慎重に撤退しなくてはなりません。
孫臏は魏の領内に侵攻している自軍に撤退を命じますが、
当然、斉は龐涓の率いる魏軍に追撃されます。

孫臏は謎の命令を発します。

孫臏は退却に際し、初日は露営地に10万人分の竈を作らせ、
翌日は5万人分の竈を、その次の日は2万人分の竈を作るように命じました。

斉軍を追撃する龐涓は、日に日に竈の数が減っているとの報告を受け、
「臆病な斉軍は脱走兵が続出しているのだろう」と考えました。
龐涓は、「残り2万人ぐらいなら簡単に勝てる」と考え、
急襲すべく、兵の装備を軽くさせ、追撃のスピードを上げました。
しかし、これは、龐涓の驕りを逆手に取った罠でした。

孫臏は魏軍の進行速度から、夕方ごろに馬陵の地に迫るだろうと予測して、
そこの街道脇の大樹の木肌を削り、墨で何かを大きく書かせます。
そして孫臏は、周囲に弓を持たせた兵を潜ませ、
夕闇の中で火がともるのが見えたら、その火めがけて迷わず一斉に矢を放つよう、
命令しておきました。

思った通り、魏軍は日没後に馬陵に到達し、
指揮官の龐涓は道端の大木になにやら字が書かれているのを見つけましたが、
すでにあたりは暗くてよく見えません。
そこで、松明に火をつけて字を読もうとした瞬間、
周りから一斉に矢が飛んできました。
龐涓は満身に無数の矢を受け、絶命します。

大木に書かれていた文字は、「龐涓、此の樹下に死せん」。

これ、すごくないですか?

ちょっと、私のつたない文章では伝わらないかもしれませんが、
その手法は実に鮮やかです。
結局、孫臏は、自分の脚を奪った龐涓に復讐を果たしたのでした。

脚を切断され、顔に罪人の刺青を彫られたところからの起死回生。
普通の人物ならそこで終わりと思われるような逆境です。
しかし、孫臏は大逆転を果たしました。

孫臏の逆転劇は、
どんな逆境からでも立ち直ることはできる
ということを教えてくれます。
そして、獄中でもどこでも、
滲み出る人格を磨いて、自分を慕ってくれる人物を多く作ること
の大切さが分かります。

最近、すぐ挫折して変な行動をとる人が多いですが、見習いたいものです。

[SE;KICHI]

絶対にしゃべってはいけない新幹線

一人で新幹線や特急電車内に乗る時、隣に誰が来るかというのは重要な問題です。

タバコ臭いとか、酒臭いとか、香水臭いとか、そういうニオイ系もキツイですが、
私が隣に座られてイヤなのはうるさい人です。
まぁ、私は子供には優しいので、イヤなのはうるさい大人ということになります。
具体的には、甲高い声で談笑するオバサマのグループや、
アルコールを片手に大声で話すオジサマの集団が苦手です。
まぁ、みんなそうだと思いますけどね。

最近は指定席券売機というものがあって、
便利にも、新幹線や特急列車の席は座席表から自分で指定できますが、
隣に誰が座るかまでは指定できないのが悩ましいところです。

そういうときに思い出すのがサイレンスカーです。

サイレンスカーではしゃべってはいけません。
座席の前のところにしゃべってはならぬと書いてあります。

20140114サイレンスカー
http://d.hatena.ne.jp/katamachi/20101220/p1

それどころか、災害発生などの異常時を除いて車内放送も流れず、
車内販売のお姉さんも声を出しません。
かつて、山陽新幹線のひかりレールスターの4号車に連結されていました。

趣味で列車の車内放送を楽しみにしている方もいるかもしれませんが、
私は、仕事での移動ということになると、少し静かであって欲しいので、
気に入って、よく利用していました。

この車両、知る人ぞ知る車両だったようです。

切符を券売機で手配するにしても、窓口で手配するにしても、
基本はサイレンスカー以外の通常車両の座席から優先して販売されていたので、
わざわざ「サイレンスカー」と指定しないと、
この車両の切符を手に入れることはできませんでした。
だから、車内放送ゼロの車両があることは、
山陽新幹線によく乗る人ならそれなりに知っていたでしょうが、
知る人ぞ知る車両ということで、このサイレンスカー、座席は比較的すいていました。

その静けさは、静寂を愛する者にとって、心地よいものでした。

同じような、静寂を愛する客ばかりが乗る車両なので、
アルコール片手の仕事帰り客とか、オバサマたちの談笑グループ客はいません。
たまに知らずにカップルや家族連れなどが入ってきてしまうことがありますが、
禅寺のようなあまりの違和感にいたたまれなくなり、
すぐに出て行ってしまいます。
クチャクチャ咀嚼の音がしてはいけないので、弁当などを食べる人はおらず、
イビキをかくのもはばかられるので眠る人もおりません。
こうして「静かな環境づくり」は保障されていました。

しかしまぁ、座席が比較的すいていたということは、不人気の証。

通常、列車内で眠る習慣のない、考え事などをする人が乗っているものですが、
次駅名などは各自で車内の案内表示器で確認しなければなりませんので、
うっかり寝入ってしまった日には、高確率で乗り過ごします。
私も、もともと列車内では眠らないタイプですが、
仕事の疲れか、岡山で降りる予定が、気が付いたら徳山の手前だったことがあって、
その時は、目を覚まして案内表示を見た瞬間、思わずどわっと声が出てしまい、
他のお客さんからジロッと睨まれたことがあります。

結局、乗り過ごしなどの苦情が相次いだのでしょうか。
数年前に、サイレンスカーは廃止になってしまいました。
本当に残念でなりません。

先日、車内で弁当を広げながら爆笑しているオバサマの団体を見たのですが、
車内が混んでいたため、他の席に移動することもできず、
何時間も喧騒に耐えつつ、サイレンスカーの復活を強く願っていた私でした。

[SE;KICHI]

究極の選択

アメリカで末期がんの女性が“安楽死”を選択し、
そのために安楽死が認められているオレゴン州に家族と共に移住しました。
安楽死は、アメリカのオレゴン州を含めた5つの州や、
スイス、オランダ、ベルギーなどで認められているそうです。

女性は予告通り11月1日に医師から処方された薬を飲んで亡くなられたとのことです。
このことに関しては「医師による自殺ほう助」ではないかなど、
世界中で大きな反響があったようです。

日本では安楽死はたとえ家族が強く望んだとしても、
そうした医師の行為は殺人や嘱託殺人にあたるようです。
その一方で、延命措置を行わない“尊厳死”があります。
これは最初から延命措置をしない場合をいいます。
措置を開始した後で、患者が中止を求めて医師が人工呼吸器を外して死亡した場合、
やはり医師が殺人罪に問われる可能性があるようです。
これに関しては医師に法的責任を問うかどうか、
さかんに議論されていますが、
患者が本当に死を免れない状況にあることをどう判断するのかなど、
課題が多いようです。

死生観に関わる問題だけに、法制化することは非常にむずかしく、
見通せない状況です。

人は生まれた時からいずれ死ぬことが決まっています。
こればかりは変えようのない事実です。
また、どう生まれるのかは選択できません。
しかし、どう死ぬのかは選択できるのでしょうか。

私は、気が付いたらこの世に生まれておりましたので、
死ぬのもそんなものかと思っております。
苦痛を避けるため自らの意志で早目に死ぬのは、
私にとっては限りなく自殺に近い感覚で、
やってはいけないことのような気がして、
恐れ多くてとてもできそうにありません。


「人間ごときがおごってはいかん!」と、どこかから聞こえてきそうです。
大切なのは、
どんな結末になろうと後悔しない毎日を送ること
なのではないでしょうか?

[M M]

盟三五大切

富山って、湿度の高い気候と、
常識にとらわれやすい県民性に多少の難があるとは思いますが、
それ以外には、観光資源にも恵まれているし、物価も安いし、
なかなか豊かな県なのだと思っています。

もちろん、中途半端に田舎なので、
伊勢丹とかヨドバシカメラとか、とらやとか資生堂パーラーとか、
私が東京に住んでいた頃によく通っていた店は、富山にはありません。
山陰ほどではないにしろ、チェーン店も出店されなかったりします。
それは、まぁ、残念なことではあるのですが、人口も少ないですし、
会社の経営を考えた場合、仕方がないことなのだろうと思います。

しかし、私が、富山が都会じゃなくて心から残念だと思うのは、
歌舞伎などの興業が行われる機会が皆無だということ。
私は、もともと、わりと歌舞伎が好きなのですが、
富山にいると、歌舞伎を見るためには東京や大阪へ出なくてはならず、
なんというか、その面ではやや不幸に感じます。
私の父は、私と違って、どちらかと言えば芸術とか芸能の方面に関心の薄い人でしたが、
そういう父ですら、大学が京都だった関係から南座にはちょくちょく行っていたようで、
その気軽さに比べると、富山からだと交通費もかかりますし、
富山県民にとっての歌舞伎の敷居はかなり高いようです。
そういうわけで、、富山の古典芸能レベルはかなり低いと言わざるを得ませんし、
私は富山の、そういう意味での文化水準の低さを呪いたくもなるのです。

私が初めて歌舞伎を観たのは、いつだったか忘れましたが、
盟三五大切 かみかけてさんごたいせつ という演目だったと思います。

 三五郎は、父が仕える殿様のために100両を工面するよう、父から頼まれます。
 そこで三五郎は、妻である芸者・小万と共謀し、美人局作戦を思いつきます。
 ちょうど、小万に源五兵衛という武士が入れ込んでいたので、
 これに目をつけた三五郎夫妻は、源五兵衛が持っていた100両を騙し取ります。
 騙されたと知った源五兵衛は怒り狂って殺人鬼に変貌、
 小万も殺害され、三五郎も自害に追いやられます。
 しかし、実は、三五郎も源五兵衛も知らなかったのだけれど、
 三五郎の父が仕える殿様というのが源五兵衛のことで、
 その100両は、源五兵衛が別ルートで工面したもの。
 結局のところ、三五郎は父の主・源五兵衛のための金を、
 偶然にも源五兵衛本人から騙し取ったということで、
 その結果、誰も死ぬ必要はなかったのに妻を失ったという話。

あらすじだけを並べてみると、
まるで小林稔侍とか中村梅雀がやってる2時間ドラマの最後20分のようですが、
まぁ、そこは歌舞伎ですから、別に何かを決着させようとはしませんし、
みんな死んじゃうわけなので、ハッピーエンドというわけでもありません。
この演目の見所は、あらすじではなく、
騙されたと知るや冷酷無慈悲な殺人鬼になる源五兵衛の豹変ぶりです。

ところで、歌舞伎の最大の魅力って何でしょうか。
私は、感情表現のダイナミックさだと思うんです。
私たちの日常生活は、喜怒哀楽を一部しか出せません。
すごく感動的な映画を見ても、なかなか嗚咽するほどには泣けないものです。
大笑いしたり号泣したり、そういうことをしようにも、
社会的制約というか、「いい大人が」というストッパーがかかって、
変に思われない程度に、感情の一部しか表現できないんですよね。

歌舞伎は、目いっぱい気持ちを表現します。
いま紹介した盟三五大切では、
騙された源五兵衛が、私たちの社会ではありえないほどに大激怒しているわけです。
それを見ると、人間って、本当はこんなに感情をあらわにできるんだなと感心します。
人間としての感情の振れ幅を思い出させてくれる感じです。

だいたい、私は、歌舞伎を見ると、かなり感情移入して観てしまうほうです。
先述した盟三五大切だったら、怒り狂う源五兵衛になりきって、
「三五郎め、許さ~ん!!」と、
過呼吸になるくらい全身で感情移入してしまいます。
たぶん、普段の生活で感情を爆発させられない分、源五兵衛になりきるのでしょう。

冷静に考えて、裁判制度があれば死刑になるであろう殺人鬼・源五兵衛ですが、
感情移入中の私は、結末は知っているのに応援する気分で、
歌舞伎の世界に入り込んでしまいます。

私が初めて盟三五大切を観たときの源五兵衛は九代目松本幸四郎だったと思います。
その鬼気迫る演技自体は印象深かったのですが、
なにしろ、初めての歌舞伎だったのであらすじもよく分からず、
その消化不良の感じが気持ち悪かったので、
その後は歌舞伎を観る前にはあらすじを勉強することにしました。

その後、今から10年ほど前に、中村吉右衛門の源五兵衛を観ました。
この方は鬼平犯科帳で有名なあの方ですが、
鬼平犯科帳で見た通りの浪人然とした感じで登場し、
そのあとの殺人鬼になった場面とのコントラストが見事で、圧倒されました。
やはり、あらすじを知っていると安心して演技に集中して見られますし、
「吉右衛門、いいわぁ~」という見方に変わります。
ところで、その時の小万役が五代目中村時蔵だったのですが、
これはこれで「時蔵、いいわぁ~」という感じ。
まぁ、観る私のほうもこなれてきたということでしょうか。

「いいわぁ~」と言いましたが、
今まで観た盟三五大切の、私にとって“ベスト源五兵衛”は片岡仁左衛門です。
盟三五大切 http://thebell.exblog.jp/i37

仁左衛門が妖艶で妖艶で、凄いです。
「仁左衛門、いいわぁ~」って感じなんですが、
そう言うことすら恐れ多いほどの演技だと思います。
騙されたと知った源五兵衛は怒り狂って我を忘れ、
赤ん坊を、その母親である小万自身の手で殺させてみたり、
切った小万の首を持ち帰って食卓に置いて、差し向かいで茶漬けを食べたり、
盟三五大切の後半は映画ならR指定と思われるような猟奇的な殺戮シーンですが、
その残忍なシーンですら、仁左衛門の演技にかかれば、
怒り狂う源五兵衛を、美しくさえ感じさせます。

なんというか、昔話の『雪女』とかみたいな、目が離せなくなる感じ。
仁左衛門はもともと二枚目で、目が離せない感じ、ありますからね。

うふふ。
なんかつまらない話をしてしまいましたが、私は楽しいです。

富山は田舎なので、それを上演する場所もないですし、興行も来ません。
それどころか、富山の人はこの歌舞伎の文化に触れる機会がないために、
歌舞伎のあらすじなどを知らない方がほとんどで、
私は、歌舞伎について話す相手がいなくて本当に寂しいです。
田舎の人は、東京や大阪の人に比べ、伝統芸能に触れる機会が限られてしまい、
機会の平等という意味ではちょっと不公平ですね。

あぁ、最近は忙しくて行けていないけれど、
久々に歌舞伎を見に行きたいなぁという話。

[SE;KICHI]

病の前兆

5年前に脳梗塞を患いました。

体調に異変を感じたのは8月。
お盆休みに入り、住まいの大掃除をした後、窓を開けっ放しにして昼寝をしました。
風が気持ちよく通り、夏なのに涼しく、最初は気持ちよく横になっていたのですが、
だんだん寒気を感じ頭痛までしはじめたのでやばいと思い熱を測ったら37度程の微熱。
市販の鎮痛剤を服用し、夕方にはそれらの症状も治まったので、
風にあたり過ぎたのが悪かったのかな?などと思っていました。

ところが翌日、昨日の症状にプラス吐き気に脂汗。
実家にお墓参りに行く途中車の中で突然発症。
目的地に着いた途端その症状は治まり夕方まで普通に過ごせたのですが、
帰り道にまた寒気を感じたので翌日近くの内科で診察してもらいました。

症状を伝えると何故かお腹の辺りを触診され数カ所押しながら痛みはないかと。
痛みはないですけど・・・あれ、風邪じゃないの?
原因ははっきりせず鎮痛剤を3日分出してもらい帰宅。
3日後からまた微熱。
今度は体に痛みも感じはじめ、仕事の帰りに再び病院へ。
先生も不思議がり、念のため血液検査をしましょうかと。
結果は明日出るけど午後から休診だし、
そこまで急も要さないだろうから次回の診察の時で良いでしょう。
そう言われて鎮痛剤をもらい帰宅しました。

翌日の仕事中に病院から携帯に着信があり、掛け直すと、
検査結果を至急伝えたいのでこれからこちらに来てもらえませんかと。
会社に事情を話して急いで病院へ行くと、
肝機能の数値が異常に高く(お酒の影響ではと思った方違いますよ~)胆石症の可能性もあるし、
他の病気も疑われるので総合病院で診察を受けた方が良いので紹介状を書きますと。

会社に近い市民病院を紹介してもらうことにし、
その手続きをしてもらうために待っていた時に未だに謎な出来事が。
市民病院へ手続きをしてくれていた看護師の方が、
電話でのやり取りの最中、私のところへきて、
fu~maさんの旧姓は〇〇さんでしたか?と尋ねられました。
はい、そうです。が?
電話口に戻った看護師さん「はい、そうでした」と答え、
電話を切った後、その場に居た受付の方達と
「なんで旧姓が分かったの?不思議だねー」と話をしていました。
私も何故??です。
小学生の頃入院したり、社会人になって通院したりはしましたが、
もう何十年も前のことだし、
ましてや当時と勤め先や住所も変わっているし、苗字もね。
まさか変わった名前だから?どんなデーターが市民病院にはあるの?
それ以来気になっている出来事です。

話が脱線しましたが、体の異変は日々変わり、
微熱は相変わらず続くなか徐々に下半身に痛みが出始め、痛みで歩行が辛くなり、
階段の上り下りや会社のトイレ(当時和式)がきつくてしょうがなかったです。
数日経つと今度は上半身へと痛みが変わり、
とにかく微熱での怠さと痛みとの戦いでした。
市民病院では神経内科を紹介してもらい
頭、腹部、全身のレントゲン、MRI、CT、エコー検査と、
診察にいく度に次々調べてもらうも原因がはっきりせず。
原因がわからないので鎮痛剤で痛みと微熱を和らげるのみ。

そんな状態が続く中、
9月半頃突然頭がグラグラと揺れ頭の中がグルグルと回るような症状が出ました。
朝の6時くらいだったので取り敢えず布団に横になり、
安静にして症状が治まるのを待ちました。
さすがに今日は会社を休ませてもらおうと思って横になっていたのですが、
7時くらいになったらスッと症状が治まったので何時も通り出勤してしまいました。
それから数日経った休日の朝、また同じような症状に襲われ、
先日よりもパワーアップしたグルグル感に目も開けられないし這うこともできず、
ただただ治まるのを待ちました。
さすがに相方が病院へ行こうと言ってくれましたが、
翌日には診察の予約が入っていたので待つことにしました。
本音はこの状態で身支度を整えるのが嫌だったのです。
後々思えば、
一刻も早く病院へ行くべき「脳梗塞の前兆」だったのだと思いました。

翌日の診察時間に合わせて仕事を途中で抜けさせてもらい病院へ行くと、
私の顔を見るなり担当医が驚きの声をあげました。
私の顔は右側の目と口が下がっていたのです。
先生は私に目を瞑らせ両手を平行に持ち上げた後、
添えていた手を放すという診察を始めました。
支えを失った私の両腕は、
右側だけガクッと見事に下に落ちました。

その場で入院を告げられ、即、車椅子での移動となりました。

再び受けた検査では左側の脳の血管に影が映っていました。
その後受けたカテーテル検査で脳梗塞と判明しました。
ただ、脳梗塞は通常動脈が詰まるらしいですが、私は静脈が詰まっていると言われ、
過去に実例もないので近く開かれる学会で他の病院の状況を聞いてみますと。
結果、同じ症状の実例はありませんでした。

入院生活は一ヶ月強続きましたが、
もともと血液はサラサラで詰まる要素が見つからないまま、
当初から続いていた微熱は一向に引かず、
入院は長引くかもしれないと家族は説明を受けていたようです。
そんななか、担当医から、
ずっと服用していた鎮痛剤を試しに止めてみようと提案があり、
それから10日もしないうちに退院できました。
結局、苦しんだ病の原因はどれも判らずじまいです。
病院の先生曰く、
「病気の原因は特定できないことの方が多いです」だそうです。
その後半年程、経過観察のために通院しましたが、
当初からリハビリなどは一切しませんでした。

あれから4年半経ち、現在何の後遺症もなく生活しています。(性格の歪みは別ですが)
当時の会社の台帳を見ると、字も満足に書けていませんでした。
因みにこの病を患った歳は東洋医学で言われる7の倍数でした。
男性は8の倍数と言われていますね。

長々と書きましたけど、
様子がおかしいと感じたら体裁なんかそっちのけで、
受診する事をお勧めします。

なんだかんだあったって健康に勝るものはないです。

[fu~ma]

食欲の秋

TOTSUさんも「○○の秋」って書いていましたが…
私は「食欲の秋」です!!

先日も友人とランチを普通にコースでたんまり食べて、お腹満腹状態…
ふぅ~幸せ(о´∀`о)
みんな、すぐ横になって昼寝したい気持ち(-_-)zzz
てか、このまま寝たら牛だよ🐮

食後の運動がてら、ちょっと雑貨屋などブラ×②買い物!!
で、いつものように「これから、どうする?」「どこ行く?」って…
ランチの事しか頭になかった私達、その後の行動はノープラン(;゚Д゚)
そこで、一人の友達がちょっと行ってみたいお店あるんだよね!!
よし、いいぞ~行こう×②ヽ(^o^)丿

で、詳しく聞いてみたらパフェのお店って言うじゃないですか(;゚Д゚)
えぇ~また食べるの~。
まだ、そんなにお腹すいてないよ、食べれるかな!?
私のパフェのイメージって、ちょっと胃にベビーな感じ(涙)

まぁ、みんな行く気満々だし、とりあえず行ってから食べるか考えよう。
少し市内から外れたところにあるお店「居風胡」に到着🚗💨

このお店は、季節のフルーツを使ったパフェが有名。
私達が行った時のメニューは、メロン,葡萄,桃でした。
メニューを見る限り、結構ボリューミー。
でも、メニューを見ているうちにだんだんと1個食べる気満々の私(笑)
いざ食べてみると…

居風胡

私が想像したパフェのイメージと全然違いました。
新鮮なフルーツをたっぷり使ってあり、すごく甘みがあり瑞々しかったです。
なので、ペロッと全部いただきました(^◇^)
また、違う季節(特に春)に行きたいです。

さすがに、夜ご飯はいらないよねって家に帰った私だが…
軽く、夜ご飯もいただきました(;^ω^)
誰か、私のこの食欲とめて~(笑)

[kome]

シナボン

本人がそう言っていたのでそうなのでしょうが、
同僚の TOTSU さんは、お酒もタバコもやらないかわりに、
コーヒーにはそこそこお金を使っているんだそうです。
カッコいいですね!
ひゃっほう!

私は、たぶんTOTSUさんほどではないですが、
カフェに行きたい!という欲求は常にあります。
脱サラしたヒゲのマスターがやっているような、
クラシカルな純喫茶でゆっくり本など読んで過ごしたいと、いつも思っていますが、
純喫茶が絶滅の危機に瀕している今、
最近流行りのスタバとかドトールのような、気軽なカフェでもOKです。

好みのパンを2つくらいとドリンクを気楽に選び、
窓際のシートを陣取って本を読む。
これは、私にとって、温泉とかマッサージよりも癒される、
私好みのリラクゼーションですね。

たとえば出張などでホテルに泊まると、会社負担で朝食をつけてくれるんですが、
ホテルの朝食って、そこに付加価値を持たせようと、
さながらサービス合戦のごとく、すごく豪勢なバイキングだったりします。
朝からそんなに食べられるはずもないので、
私は、本当はホテルの朝食より、
カフェのサービス券などをつけてくれたほうが嬉しいのにと思っています。

ところで、好みのパンということで言えば、
私は、シナモンがとても好きなので、シナモンロールなど、好みですね。

シナモンロールと言えば、数年前に日本再上陸を果たしたシナボンです。

シナボン
http://mainichi.jp/graph/2012/11/08/20121108mog00m040051000c/001.html

写真では、左上にチラッとグラスが写っていますが、
それでパースが分かるでしょうか。
このシナボンは、私の握りこぶしよりも大きなサイズなんです。

味は、胸焼けしそうなほど甘いです。
グアムとかハワイでドーナツやチュロスを買うと、その甘さにショックを受けますが、
シナボンを食べると、日本に居ながらにして、その感じが味わえます。
よくあるシナモンロールは、外のアイシングが甘いだけだったりしますが、
シナボンは、特に中のフロスティングがとても甘い液状になっており、
もはやパンではなく、甘い甘い「パンの甘露煮」のようです。

完食するとものすごい満腹感に見舞われます。
というか、そもそも、途中で休むと完食できなくなります。
食後は、「しばらく甘いものはいらないわぁ」という感じになりますし、
歯を磨いても磨いても虫歯になりそうな、そんな感じに襲われます。
いま、この記事を書くにあたって調べたら1個880kcalだそうなので、
毎日食べると確実に病気になることでしょう。

はっきり言って、食品としてはふざけています。
・・・が、すごく疲れて、くだらないもので満腹になりたいと思う日、
何も考えずにシナボンを食べるのは、なんだか退廃的でいいです。
一口で充分ではあるのですが。

シナボンは、シアトルズベストコーヒーのフランチャイザーになっていて、
イートイン可能なので、シナボンを食べながらコーヒーを楽しみ、
ボケ~っとすることができます。

いまのところ、お取り寄せ対応はしていないようなので、出向かなくてはなりません。
場所は六本木ヒルズの裏あたりですが、ノースタワーのほうなので、
麻布警察の裏あたり、
コールドストーンの向かいと言ったほうが分かりやすいでしょうか。

コーヒーにお金を使うと言う TOTSU さんを差し置いて、
私なんかが喫茶の話をするのもなんだかおこがましかったのですが、
このシナボンは一度は体験する価値アリですので、機会があれば食べてみてください。

それにしても、長年、自分はシナモンが好きだと思ってきましたが、
こうして本場のアメリカンなものに触れると、
自分も所詮は日本人なのだなと思い知らされるものですね。

[SE;KICHI]

立ち上がって欲しい日本のメーカー

突然ですが、クラブ(ディスコのほう)に置いてある器材っていうのが、
結構日本のメーカーの物が多いのです。
Pioneer、Technics、Vestax、等のDJ機材から、
スピーカー、ミキサーの音響機器にいたるまで。
それはもう日本のメーカーというが多いのです。

一般的なDJのイメージってレコードをキュッキュしているイメージですが、
最近はレコードキュッキュというDJのほうが比較的マイノリティです。
現在最も多いのはCDを使ったCDJが一番多いかと思います。
次にパソコンを使ったPCDJが多いかな?
そんななか、Pioneer(パイオニア)はCDJ、
およびそのCDJをつなげるDJミキサーにおいて世界最標準機器となっています。

全世界で大小問わずクラブ、音楽フェス、
イベントでスーパースターDJ達は大抵パイオニアを使っているんですよ!
Youtubeとかで検索すると直ぐに見つけられる、
世界に誇れるブランドです!

しかし、先日 Pioneer が DJ機材部門を、
米ファンドに売却するとの発表がありました…。

衝撃でした。
これだけのブランド力がある事業を切り離すなんて…。
もうこれからは日本メーカーの製品ではなくなってしまうのですね。

日本のメーカーというのは、
クラブミュージック界においては並々ならぬ貢献をしてきましたが、
ここ最近、次々と事業撤退・売却をしています。

「AKAI」はサンプラーの名器MPCシリーズを送り出し、
HipHop や House等のクリエーター必携のアイテムでした。
2005年に破綻して現在は Numark Japan(外資)という、
メーカーのブランドとして残っています。
「Technics」(パナソニックのブランド)はSL1200といえば、
クラブで置いてないところが無かったくらいのアナログターンテーブルでした。
2010年にこのアナログターンテーブルが終了し、
2014年の再展開の中にもDJ機器は入りませんでした。
(先日SL-1200スタイルのターンテーブルをパイオニアが発表して話題になりました。)
「Vestax」は突拍子のない発想でスクラッチに音階を付けて、
レコードを楽器にするというめちゃくちゃなコンセプトを打ち出すなど、
2000年代のスクラッチ技術を競っていた時代ではかなり支持を得ていましたが、
2014年8月31日で営業停止だそうです…。

「DENON DJ」も通好みに愛されていた(僕も一時期持っていました)DJ事業部を撤退し、
現在こちらも Numark Japan の1ブランドとして継続しています。

非常に残念でなりません。

やはり耐久性、動作の安定性、動作の再現性(これ意外と大事!)は
日本製が優れていたためか、
現場でトラブルが少ない機材として愛されていたのに…。

まあプロ向けの機材が多いなか、
売り上げの為には、
コンシューマー向け商品をどれだけ売れるかという問題がありますので、
ご家庭で使う分には適当なメーカーの適当な商品使っていればよくね?

というところで、日本製の堅牢すぎるクオリティで、
値段が上がってしまったのも原因の一端かと分析するところですが。

あと、単純にDJ機材って完全に趣味の世界だから、
市場が限られている原因もあると思います。

改めて世界で戦うメーカーの、
置かれている現状の厳しさというものを、
感じずにはおれませんでした。


しかしながら、是非日本のメーカーには現状を我慢し、
世界が物のクオリティを優先するようになるまで、
頑張ってもらいたいです!

[ハク]

伽草子

吉田拓郎に『伽草子』という曲がありますよね。
シングルにもなったので、知っている方も多いでしょう。

お伽草子と言えば・・・
憲法9条があったから日本は平和だったのだというお伽話を、
後生大事に信じている日本人が、いまだにいるようですね。
毛も生えそろったいい大人が、バカじゃあるまいし、
本当にそんなこと信じているんでしょうか。

実際は、憲法9条があったからではなく、
日本が、強大な軍事力を持つアメリカと安全保障条約を締結していたから、
他の周辺国が日本に手を出せなかっただけですよね。

学校を想像してみてください。
悪ガキが誰かにちょっかい出そうとしているとして、
それを思いとどまらせることができるのは、
「校則で禁止されているから」ということではなく、
「アイツいじめると後が面倒臭い」って部分でしょう。

いまの例え、言うまでもなく、ちょっかい出されそうなのは日本です。
日本は資源もないし、敗戦国という負い目もあって、いじめられやすいタイプです。
ただ、弱々しい日本には、後ろ盾としてアメリカがいたのです。
おかげで、いじめっ子からいじめられないで済んでいるのです。
つまり、維持されてきた平和秩序は、アメリカによって守られてきただけで、
別に憲法9条なんて何にも関係ないんです。

しかし、朝日新聞のプロパガンダによってか、社会党の地道なアピールによってか、
それとも日教組に毒された公教育によってか、
憲法9条によって日本は守られてきたと思い込まされている日本人が、
いまだにいるようで、情けない気分になります。
ちょっと考えたら分かるはずの話なんですけどねぇ。

ここ数年、ノーベル平和賞の受賞で気を良くしたオバマ大統領はすっかり去勢され、
武力の行使を極端に抑制する姿勢を示すようになっており、
昨年なんて「米国は世界の警察官ではない」などと言ってしまいました。
おかげで、オバマ大統領は今年7月、『戦後最悪の大統領』の栄誉に輝いたそうで、
まことにおめでとうございます。

今年はウクライナで紛争がありましたが、
私は、これはアメリカの撤退による空白域の発生が主因だと思っています。
そりゃそうでしょう。
「世界の警察官」が不在なら、いまが紛争のチャンスに違いありません。
イスラム国だって、本質は宗教戦争でも何でもなく、
単に、アメリカがイラクから撤退したために暴走したのだと思います。
要は、抑えがなくなれば、膨張する存在があるということです。

日本に関係する部分で言えば、中国と韓国ですよね。
中韓は、尖閣諸島や竹島だけでなく、沖縄や対馬まで自国領土と主張してきており、
それを強弁するため、やれ南京で大量の一般市民が虐殺されたとか、
やれ慰安婦として20万人が強制連行されて性奴隷にされたとか、
ありもしないことを世界中にせっせと啓蒙しています。

まぁ、そういう“ウソ八百”啓蒙の片棒を担いだ朝日新聞の罪ももちろん重いのですが、
ちょっと調べてみれば中韓の主張が捏造であることはすぐ分かることなのに、
特に調べもせず、新聞に書いてあることを鵜呑みにする日本人一般は、
もちろん私も含めてですが、
平和ボケと揶揄されても仕方がないなぁと思います。

よく考えてみれば、現在の憲法だって、戦勝国より与えられた憲法であり、
憲法9条も、日本を再軍備させないため、
恣意的に加えられた条文であることが分かるはずです。
つまり、憲法9条は、敗戦国日本を丸腰にするための条項であって、
これによって日本が守られてきたわけではないことは明らかなんですが、
みんな、そういうことは考えないのでしょうか。
まぁ、考えないから、
多くの日本国民は、憲法9条のおかげで平和だと勘違いするんですよね。
まさに平和ボケ、中国や韓国の思うツボです。

憲法9条のおかげで平和だと主張する人って、どうなんでしょうか。
アメリカの撤退によって出張ってくる中国や韓国から、
日本がもしもこの先、軍事的に攻撃されることがあった場合、
憲法9条を握りかざしていれば助かると思っているのでしょうか。
もしそう思っているのだとすれば・・・おめでたいですね

日本には、世界に誇れるような先端科学技術があるので、
私は、この技術を使って兵器開発を自前で行えばいいのにと思っています。
もちろん、それには、日本も攻撃力を保有することが前提となってきますが、
実際に行使するかどうかは別にしても、
相手の攻撃のモチベーションを削ぐほどの攻撃力を保有する以外、
安全保障上の抑止力として有効な方策はないと思うので、
なかなか有意義かと思われます。

いま、原発停止によって火力発電のウエイトが増大していて、
この火力発電に使う石油を輸入するため、
年間3兆円以上の莫大な国富が国外に流出しているそうです。
この年間3兆円を兵器開発に使うことができれば、かなりのものができそうですし、
その結果、日本の技術で世界平和に貢献することもできるというものです。

吉田拓郎の『伽草子』は、
「もう少し幸せに、幸せになろうよ」という歌詞で終わります。
なるほど、伽草子というのは、幸せになるためのものなのだなと、漠然と思います。
憲法9条は“丸腰のすゝめ”。
感情論では幸せになれません。


昨日は、日本国憲法公布を記念した文化の日でしたので、
今日はちょっとタブーに踏み込んでみました。
口汚くなりましたが、お許しください。

[SE;KICHI]
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