道徳の教科化

今年度から小学生の道徳が特別の教科となりましたね。
2019年度からは中学校でも「道徳の教科化」が始まるそうです。
この学習指導要領の改訂のニュースを聞いたとき、
私は正直、
えーじゃあ私が受けてきた道徳の時間って何だったん?
と思いました。

道徳の教科化は2011年に起こった大津市中2いじめ自殺事件をきっかけに、
いじめ防止を目的として進められたようです。
また、これまでの道徳の時間は教科書や評価がないことなどから、
他教科に比べて軽視されがちでした。
教科化には検定教科書を導入し質の高い道徳教育を、
着実に行うという狙いもあるそうです。
確かに、小・中学校での道徳の時間って何をしたか全然覚えていないんですよね。
「心のノート(道徳の副教材)」というものは配布されていましたが、
学校でそれを開かされたことはほとんどなく、
中学生のときは別の学級活動の時間に使われていたような…?

そう考えると、せっかく時間割に「道徳」と書いてあるなら、
1時間きっちり道徳教育を行うことは良いことなのではと思います。
文部科学省のHPには、道徳教育について、
「児童生徒が、生命を大切にする心や他人を思いやる心、
善悪の判断などの規範意識等の道徳性を身に付けることは、
とても重要です。」と書かれています。

しかし一方で、国の価値観を子供に押し付けることになるといった、
反対意見もあるようです。
また、「道徳的な価値を自分のこととしてとらえ、
よく考え、議論する道徳へと転換し、
特定の考え方に無批判に従うような子供ではなく、
主体的に考え未来を切り拓く子供を育てる」ことが、
「特別の教科 道徳」の目指すところですが、
これはなかなか簡単ではなさそうで、
指導する教員も悩むところではないでしょうか。

私はというと道徳の教科化の議論を見るにつけ、
たくさんの大人が、
子供たちに「こういうふうに育ってほしい」という考えを持って、
この問題に注目しているんだな~と感じます。
ただそれだけ、です。
自分に子供がいたり、普段から子供と関わる生活をしたりしていれば、
もっと積極的な賛成・反対意見が言えるのかもしれませんが。

しかし自分の子どもの頃のことを考えると、
道徳が教科になろうがなるまいが、
子どもたちにそんなに影響はないのではないか

と思うのです。

私が受けた道徳教育がゆるゆるだったことは置いといて、
先生が教室で言っていたことって、ほとんど心に残っていません。
先生の私個人に向けての言葉はちらほら覚えていますが、
今まで私を指導してくれた先生たち、
何を教えてくれていたっけ?

中学の卒業式の日、担任が何か良いこと言っていたのは覚えているけれど、
具体的に何言ってたんだっけ…?

思い出せないのは私の記憶力が足りないわけでも、
私が不真面目だったわけでもなく、
大体みんなそんなもんだと思うのですが、どうでしょうか?
それとも道徳の教科化反対派が言うように、
知らず知らずのうちに価値観を刷り込まれていたのでしょうか?

私は授業というかたちよりも、
普段の家庭での躾や身近な大人の振る舞い、先生の何気ない言動のほうが、
子供はよく見聞きしていると思うし、
それが子供の生き方に繋がるのではないかと思います。

小学生の頃よく家族で通っていた銭湯は、
券売機にカードを入れてチケットを買うシステムだったのですが、
私はカードを券売機に残したまま、チケットだけ持って立ち去りました。
すると後ろに並んでいたお姉さんが「忘れてるよ」と、
そのカードを渡しに来てくれたのですが、
私はカードを取り忘れたことと、知らない人に話しかけられたことが恥ずかしくて、
お礼も言わずに黙ってカードを受け取ったのです。
それを見ていた両親に「ちゃんとありがとうございますって言わなきゃ」と言われ、
あ、そうだったわー!とハッとしたことがあります。

この出来事の前後で、
私の「ありがとう」と言う回数にどれだけ変化があったかは定かではないですが、
このことは今でも時々思い出しますし、
ちゃんとお礼を伝えられる大人になっていると思います。多分。

こんなふうにほんとーに!些細な、
それでもとても身近な経験のほうが、
いつまでも心に残るのではと実感しています。

そしてそういった経験の積み重ねで、
それぞれの人間が「こういうときはこういうふうにすべきだ」と、
自分の考えを作っていくのでしょう。

そんなわけで(こんなことを言う保護者はいないでしょうけど)
学校でしっかり道徳を教えてくれるから安心だとか
一定の価値観を押しつけるようで不安だとかではなくて、
大人が今持っている自分なりの道徳心を、堂々と行動をもって示せば、
それを子供たちは受け止めて取捨選択をしつつ、
それぞれの規範を作っていくのではないでしょうか。

今回の道徳の教科化は、私にとってその是非はあまり問題ではなかったですが、
道徳や子供の教育について考える良い機会でした。
このブログのために図書館で本も借りましたしね!
1ページ目しか読んでないですけど!

「肝腎なのは徳行(モラル)についての教えを述べることではなく、
誰もがしかるべく自分自身の主人になり、
自分のただ一人の裁判官になるように手助けすることだ。」

(アンドレ・コント=スポンヴィル「ささやかながら、徳について」本書についてより引用)

[a.]
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栄誉賞?

平昌冬季オリンピックが終わり少し過ぎましたが、
あれどうなりましたかね?

男子フィギュアスケートで羽生結弦選手が2連覇を達成して盛り上がっている時に、
テレビで「国民栄誉賞」を検討だか安倍首相が指示したとか聞きましたが、
あれは勝手に言っていただけだったのですかね?
人気取りに賞を渡したかったけど財務省の問題でそれどころではなくなって、
忘れているのですかね?

偶然ですが羽生選手がフリーの演技をするのをテレビで見ていました。
地区の公民館で見ていたのですが、
周りには、にわかファンやにわか解説者がたくさんいました(笑)
でもそれだけ人を引き付ける魅力が彼にはあるのだと思い応援しました。

でも国民栄誉賞を出すのではと聞いた時に、
「えっ」て私は感じました。
最近のフィギュアスケートの盛り上がりは凄いですし、
2連覇も凄いことなのだろうけど私の国民栄誉賞のイメージは、
王貞治さんとか衣笠祥雄さんのイメージで、
世界記録とか誰もなしえていないことをした人に贈られるものだと。
羽生選手も広く国民に敬愛される選手ですから、
該当しないというわけではないですけど、
もしかしたら3連覇の可能性がある人に渡すのが良いことなのかと。
情報飛び交うなか、若いのに注目が集まり行動が制約され、
少しでも期待とそれると心無いことを言われてしまうこんな時代
だからこそ、早いように思います。

亡くなってから渡されても意味は無いようにも思いますが、
結構いらっしゃるのですね。
とってつけた感じで意味があるのでしょうか?
柔道の野村忠宏さんもオリンピック3連覇していますが、
辞退したような話聞かないですし、
他にも受賞しても良いのではと思う方はたくさんいらっしゃると思います。
引退してから話題性でおいしくない時にこっそり渡しても人気取りはできないから、
意味がないのでしょう。

イチローさんは辞退しておられましたが、そろそろ良いのではないでしょうか。
人気取りなら丁度いい時期ではないでしょうか?
でもまた断られて恥をかくだけかもしれませんね。

鉄人衣笠祥雄さんが亡くなったとニュースで知りました。
ご冥福をお祈りいたします。

[WAKA]

配送運賃の高騰

4月より新年度がスタートしました。
同時にスタートするのが各方面の値上げ

値上げに踏み切るには様々な要因があるとは思いますが、
近年は物流コストの値上がりが大きくかかわっていると思われます。
弊社も昨年秋に値上げの連絡を受けました。
現状として「配送料の値上げ」は避けては通れない状況だし、
世の中の動きも全体に受け入れないといけないといった雰囲気にも感じました。
受け入れず結果として運んで貰えなくなるのは困りますからね。

宅配便が始まったのは1971年だそうです。
今から47年前。
印象的だったのはスキーパックやゴルフパックなど。
画期的なアイデアだと思いました。
サービスの差別化、あったらいいな、それらを具体化しビジネスとして成立させる。
痒い所に手が届くようなサービスだと思います。
産直や遠くの商品が買えるようになったのも、
時間帯指定やクール便などの普及など、物流業の発展からですよね。
現在はネット通販の普及から無くてはならない業種です。
私もネットショッピングをしますので、
特に重たい物は玄関まで届けてもらえるので本当に助かっています。

その時に心掛けているのは必ず受け取れる時間帯の指定です。
再配達で二度手間を掛けるのは申し訳ないと思うので。
けれどこの時間帯指定ができないとか、
指定すると送料が有料になるショップがあります。
以前、日時指定ができないショップで買った時に再配達ロスにならないよう、
輸送状況をネットで確認し、配達前に変更の連絡を入れました。
ところが運送会社によっては輸送店を通過していないので、
変更ができないと断られた事がありました。
これって酷くないですか?
ドライバーの再配達軽減を考えていませんよね?
社内システムの矛盾を感じます。

この再配達の多さが現場を苦しめている一つのようですが、
最速のタイミングで受け取る場合追加料金に対する意識アンケートを実施したところ、
「追加料金が掛かるなら最速なタイミングで受け取らなくても良い」と答えた人が、
約6割いたそうです。
荷物は急がないけど受け取れる時間が限られているからこそ時間帯指定をして、
受け取りたいと思っている方は大勢いるんですよね。

私は逆に明日どうしても欲しいからと翌日便を指定したならば、
追加料金を払えば良いとも思います。
日時指定の入力をショップ側は手間やコストが掛かるからやらない。
購入側も指定したら有料になるなら受け取れなくても再配達してもらえば良いと考える。
運送会社側も現場の社員の頑張りだけに頼る。

確かにネットで買い物をする際の基準として、送料が無料であれば懐は助かります。
でも働きに対して従業員へ反映されなければ、
受けたいサービスも停止しています。

現場の辛抱や我慢に頼るだけでは人手不足は解消しません。
仕事はあるのに人手不足で廃業してしまう。
働きが正当な評価をされていない。給料に反映されない。疲弊してしまいますよね。
お客様満足度は大事ですが、
その前に従業員が満足していなければ、
質の良いサービスを発信できないと私は思います。


勘違いしないでほしいのは、経営努力は当然大切です。
ですが、あまりにも安価な要求を受け入れた先に待っているものが、
明るい未来ではないような気がします。
安さを追求し質を落とす。
不正であれば信用も落ちる。
最悪、命も落とす。
実際問題です。

仕事が適正な価格で取引できれば、まわりまわって収入に反映されますよね。    
理想論かもしれませんが、
世の中全体の給料が上がれば、値上げも歓迎されると思います。
どの業種でも労働に対しての適正な価格は必要です。

昔、銀行で手数料なんて掛からなかった時代もありましたが、
今や払うのが普通です。
値上げも増税も、騒ぐのは最初だけで時が経てば受け入れています。
物流コストも認識を変えるきっかけが必要なのではないでしょうか。

さてさて、私の認識ではスマイル0円は永久に不滅だと思っていますが、
いずれ、いやもう既に有料でしょうか。
認識を変えなければいけないでしょうかね。

[fu~ma]

忘れられない卒業式

3月に長男が小学校を卒業しました。
雨が降って前日までのあたたかい気候とはうって変わって肌寒い卒業式当日、
私の息子は小学校生活最後の行事に参加できませんでした。

卒業式を金曜日に控えたその週の日曜日の夜、
珍しく夜の8時に寝ると言って二階へ上がっていった長男。
その二日後には卒業式の予行もあり、証書授与の個人撮影もあるので、
当日着用するネクタイの結び方もレクチャーし終わったところでした。
いつもは誰よりも遅くまで起きていたがる長男なので、
めずらしく野球で相当疲れたんだろうと思っていたのですが、
翌朝、咳き込みがひどく、さらに頭が痛いと言い出しました。
熱を測ると38℃越え。

「今日はお休みだね」と言ったものの、
普段あまり熱を出さない彼がここまでの高熱を出すなんて、
まさかまさかインフルエンザじゃあないよね?と、
半ば祈るような思いで平静を装っていたのに、医者の診断結果がインフルエンザB型。
クラスでも流行っていたそうです。
つい一か月前にA型に罹ったばかりなのに、まさかとは思ってはいたけど、
まるでドラマのようだなと思ってしまいました。
ウソか真か、B型は熱がそんなに高くなくて症状も軽いと噂で聞いていました。
本人によると日曜日の日中からかなりの悪寒がしていたそうなので、
早々に熱が収まればもしかしたら卒業式までには間に合うかなと、
かなりポジティブに考えていました。

ところが月曜日も熱が下がらず、火曜日も、木曜日も熱が下がりませんでした。
もう、卒業式への出席は絶望的でした。
少し熱が落ち着いている時、
ベッドから起きて一人ネクタイを結ぶ練習をしている姿を見たときは、
切なくて胸が締め付けられました。
長男には、
「これはきっと何か意味があってのことだから、もうしょうがないよね」と、
さらりと言ってはみたものの、
卒業式、出たいだろうなと息子の気持ちになってみると、
それ以上のことは言えませんでした。

卒業式の前日、担任の先生が家まで来て下さり、
個人撮影できなかった分の代金の返金と、
卒業式の当日にもらえるはずのアルバムを届けて下さいました。
先生は
「最後だし、体調が許せば医師の許可がなくても卒業式に出席してもいいですよ」と、
言ってくださいました。
でもその日、かなり咳き込みが激しく、
本人もひどく辛そうでとても参加できそうにないことを伝えました。

当日の朝、やっぱり熱があり、前日より咳き込みは収まっているものの、
インフルエンザということもあり、息子の気持ちと周囲の人への迷惑とを考え、
私の判断で卒業式の出席を断念しました。
本人は真面目で、許可が下りてないから無理でしょと言っていましたが、
出られるものならやはり出たかったみたいです。
先生への電話を切った後も、これで良かったのか、自分のことなら割り切れますが、
子供の大切な卒業式を(子供の気持ちを無視して)、
私の他人様に迷惑を掛けてはいけないという判断で欠席させてよかったものか分からず、
涙が出てとまりませんでした。

卒業式に出ていた娘から、欠席したのは長男一人だけだと聞き、また号泣。
その日のお昼ごはんは今までで一番まずかったです。

当日もわざわざ先生は家まで記念品と御祝のどら焼きをとどけていただき、
これも結局は迷惑をかけてしまったのではないかと自己嫌悪の連続でした。
さらには、後日卒業証書を取りにいくことに。
できるだけみんなと同じような卒業式をして下さるということ、
親も同伴だということで、
また会社を休まなければいけないという、こちらもまた迷惑をかけてしまうことになり、
自分の判断が本当に間違っていたのではないかと、とても苦しかったです。

卒業式の前日、野球部のお母さんが数名、息子を心配して連絡をくれました。
そして、そのうちの二人のお母さんが卒業式の後日、また連絡をくれました。
「卒業証書はどうなるの?」と。
後日改めて親同伴で取りに行くと伝えたところ、
また連絡ちょうだいと言ってくれました。
多分、その日に来てくれるんだろうなあ、
有難いなあ、そして申し訳ないなあと思いました。
職場でもありがたいことに快く半休をいただき、学校に出向いたその日、
なんと野球部の子たちが全員、
正装で卒業証書をもって集まってくれていました。
しかも当日にもらったコサージュもつけて。

数名は来てくれると聞いていましたが、まさか全員、
しかも正装で来てくれるとは思いもよらず、思わず涙がこみ上げてしまいました。

そしてお母さんも数名、駆けつけてくれました。
中には正装で来てくれて列席してくれた方もいました。
たった一人の卒業証書授与式と思っていたのに、
6年生の先生方、野球部の子たちとお母さんたちが列席してくれました。
そして校長先生には息子だけの為の、
はなむけの言葉も準備していただいていました。

私がした判断が、良かったのか悪かったのか、
多分常識で言えば正しかったのでしょうが、
それが息子の為に良かったのかと言われれば、今でも分かりません。
ですが、間違いなく、
最高の卒業式をあげてもらうことができました。


本当に良くしていただいた先生方、野球部の仲間には感謝しかありません。
これは息子にとっても私たち家族にとっても、
本当に有難く、忘れられない卒業式となりました。

[Okei]

代理母出産

最近はよく耳にするようになった「代理母出産(代理懐胎)」。
子供を希望する女性、何らかの理由で子供を授かることが出来ない夫婦、
が、代わりに第三者の女性に妊娠・出産してもらう方法です。
日本では基本的に実施されないため、海外に渡航して代理出産を行うケースがあります。
芸能界の方でも代理出産をしてもらう方がいらっしゃったのは記憶に新しいと思います。

代理母出産、ときいて、
まず私が抱いた思いは「特に問題はないのでないか」でした。
子供を授かりたいのに授かることができない人が切望してすることならば、
成功した場合、喜ばしいことではないかと安易に考えたからです。
ですが、代理母出産についてよくよく調べてみると、
トラブル、金銭が絡んで商売になったり、
代理懐胎を行った女性側に身体的ダメージが残ったり、
子供を渡したくないとか引き取らないといったことが生じることも、
事実としてあることが分かりました。

しばしばテレビで子供への虐待や、
へその緒のついた新生児に起こった惨いニュースなどを見聞きすることがありますが、
腹立たしく、だったらなぜ産むのか、という思いが出てきます。
もしかしたら望んでいないのに何らかのトラブルでできてしまった子かもしれない、
私には分かりえない事情があったのかもしれない。
なんにも知らない第三者がとやかく言うことではないかもしれない。
それでも、最悪の事態になる前に何らかの対処法があったかもしれないと思うと、
だったらなぜ、という思いが消えることはありません。

生まれてきてくれる子に何の罪もありません。
だからこそ、望んで望んでの代理母出産はいいのではないかと、思います。
ただ・・・。

そもそも私個人の意見として、
生命の誕生というのは実に神秘的で、よく言われるように奇跡だ、と思うし、
基本的には本来ならば行われない人工的な作業は、
ない方がいいと考えています。

もちろん、生まれ出てくる子は、どの子も尊いです。
どの子も尊いし、生まれてくる子は生まれてくる運命にあるのでしょう。
ただ、その神聖な領域に踏み込んで欲しくない、というのが、
私の本心であり、願いです。

私自身、いま3人の子供の親ですが、その子たちの前に一人、流産しています。
とても辛い経験でしたが、今となってはそうなる運命にあったのだと考えています。
当時は(おそらく自分のせいではなかったはずですが)自分を責めてずっと泣いていましたが、
後になってその子に産まれて出てくる力がなかったのかもしれないし、
産まれて来ても生きていく力がなかったのかもしれないと、
考えられるようになりました。
そして、これはあくまでも私個人の考え方・捉え方として、
起こり得ることにはそうなる意味があると。
例えば、その時、母になる時期ではなかったのかも、
その経験があったがために今の自分があるのかも、と・・・。


何事も起こることは起こるべくして起こっていると考えると、
子供を授かることができないこともまた、
もしかしたら何かの意味があるのかもしれません。
これは他人事だから言えるのだという批判や意見もあるかもしれませんが、
そうなるべくして起こっていることに無理やり人工的な手を加えることは、
やはり自然ではないし、どこかで無理がかかってくるように思われてなりません。
そういう意味で、植物の勾配なども私としては望みません。
どんなにおいしいものが出来ようが、どんなにきれいな花が咲こうが、
自然のままが一番だと個人的には考えています。

でも一方で、少子化の問題や、物資不足などの問題にも、
取り組まなければならないというのは理解しています。
植物に関して言えば、
うまくいけば昨今の異常気象にも耐えうる食料ができるかもしれませんから。
それでもなお、今のこの困っている状況も、
起こり得るべくして起こっていると思っているので、
どうにかしようとしたところで、
結局また別のところに無理がかかってくるような気がしてなりません。

ありがたいことに子供を授かった私には、
お子さんを欲しくてもどうにもならない女性やご家族の辛い思いは、
想像でしか思うことができません。
あんたなんかに分かるはずがない、そう言われても仕方がないことだと思います。
私が同じ立場だったら、同じことが言えるかは正直分かりません。
でも、どうにもならずに行き詰ったとき、
何か意味があってのことだと捉えると、
前に進めるきっかけになるのではないかと、思います。


[Okei]
プロフィール

kkseishin

Author:kkseishin
株式会社セイシン
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