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披露宴模様

先日、甥の結婚式に夫婦で出席してきました。
我が家はここ7年ほどお祝いごとに無縁でしたが、
今年は甥を含め3組の結婚式に招待されました。
1組は家人の知人、もう1組は私の知人で、
それぞれの出席でしたが、こんなに多い年は久しぶりでした。

披露宴でのお祝いのスピーチや余興はつきものですが、
今回このお役目がないのをいいことに、緊張感ゼロで出席してきました。

スピーチでは、会社の上司や同僚、
親戚や友人代表の方達が緊張しつつも二人へ贈る言葉を聞いて、
なんだかとても温かい気持ちになりました。
職場での顔、友達達しか知らない顔、こちらが知らない一面を、
エピソードを交えながら、少しだけ着飾った言葉にのせて聞けるのは楽しいですね。
あと、結婚生活が長い方のお話は、リアルです!
特に男性の方は、ご自身の反省点など織り交ぜながらで、
周りも、うん、うん、と、頷きながら、笑いが漏れます。
とにかく皆さん上手くお話をされ、感心しきりです。

続いて余興ですが、
私の知人の時は、
○○隊に勤務されている方達の集まりだったので、まあー凄かったです!
真っ赤なロングドレスを身にまとい、入場からスポットライトを浴び、
モノマネも交えつつ熱唱♪まるでディナーショーのよう!
衣装はこの日の為に、ネットで購入の自前! 女装メイクもばっちり!
また、日ごろ鍛えた体をいかして、息ぴったりのオタ芸!などなど。
とにかく皆さん余興にめちゃ魂込めていました!

一方、甥夫婦は痛車好き。
出会いも痛車のイベントとか。
共通の知人の方達は痛車で参上! もちろん本人達も痛車で参上!
結婚式場の駐車場にずらりと並んだ痛車! 圧巻です!!
そして写真の撮り方も半端ない!主役の二人を撮って、撮って、撮りまくる!
撮られる二人もポーズ決めまくる!!
余興は体を張って・・とはいきませんが、
こちらはこちら風のコスプレ映像ありの個性的な演出でした。

私の中ではまだまだ子供だと思っていた甥ですが、
披露宴で新婦をエスコートし、
ひな壇に登壇した彼は、りっぱなおっさんでした!
まあ、一番実感しているのは両親でしょうけど、月日を実感しました!笑

こちらの3組は入籍を先に済ませ、新居で結婚生活をスタートさせ、
その後、半年や一年後に結婚式を挙げる形でした。
親友からも自分の子供もこのパターンだと聞きました。
今時はこのスタイルが流行っているのでしょうか。

招待して頂いたお蔭で、久しぶりに披露宴を楽しませてもらいました。
皆さん末永くお幸せに!

お祝い事が多かった年でしたが、今年が終わるまでまだ3ヶ月ちょっとあるので、
年の瀬ギリギリで駆け込みがあるかもしれません。
楽しみにしているね○○君♪

[fu~ma]
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悪魔の提案

生来、私は興味のあることにしか取り組めないタイプで、
学校生活でも、授業中に走り回るようなことこそなかったものの、
興味のない授業など少しも聞いていなかったし、
それはみんな同じに違いないと、周囲に話しかけてしまい、
やんわりと授業を妨害してしまうことがよくありました。
そのせいか、幼稚園の頃には、私専用の副担任がいましたし、
小学生の頃は、私だけ席替えがなく、先生の机の前に固定でした。
いつか詳しく書きますが、これは障害でしょう。
障害とは、たとえば医学で風邪の症状を呼吸器障害と呼ぶように、
「行うことに困難がある」という意味です。

何が言いたいかというと、社会には私のような者も混じっているということです。
昨今、ビジネスシーンでは、
自ら考え、行動できる人材が望まれているんだそうです。
なるほど、この乱気流の時代、それは重要なことだろうとは思いますが、
実際のところは、自発的に行動することが苦手な人もいるわけで、
とても厳しい言い方をすれば、
そういう人は「障害者」ということになります。
自ら考え、行動できる人材が望まれている社会で、
それができる人を仮に「健常者」と呼ぶことにした場合、
それができない人は「障害者」ということになります。

つまり、人間には個性があるわけですが、
その個性が、社会的な一定水準を満たさないと、
“個性”ではなく“障害”と呼ばれるのだと、そういうことです。
そういう意味で、「自分、不器用ですから」という高倉健は障害者ですよね。
概念としては、「合格・不合格」という選別の価値観に近くなります。

さて、もうずいぶん前の話。
そのころ、私の同級生の女性が出産したのですが、
生まれた子には外見から分かるような障害がありました。
障害はエコーなどでは分からず、生んでみて初めて判明したのですが、
その同級生の女性は、出産直後、まだ下半身がむき出しの状態で、
医師から掛けられた言葉にびっくりしたそうです。

「どうしますか?」

つまり、「死産として役所に届け出ることもできますが、どうしますか?」と、
医師から生かすか殺すかの“選択肢”を提示されたとのこと。
同級生の女性は、いま自分が全身全霊をかけて生んだばかりの、
元気におぎゃあおぎゃあと泣いている我が子に引導を渡すことなど、
露ほども考えられなかったと言い、
そのような、彼女曰く悪魔の提案をしてきた医師を許すことができず、
下半身丸出しで医師を罵り、大暴れしたと言います。

私も、それは確かに悪魔の提案だなと思いますが、
しかし、最近は、出生前診断という形で合法化されつつある感じもします。

妊婦の血液を分析して胎児の染色体異常を調べる出生前診断について、
生命倫理の観点などから議論百出の状態だと思うのですが、
この診断を受けた妊婦はすでに数万人を超え、
それで染色体異常が確定した人の95%が中絶したとのこと。

私は、障害の有無を胎児の段階で調べる出生前診断について、
先日の Okey さんの意見に同意します。
なぜなら、その技術自体、選別の意図を含んでいるように感じるからです。
もちろん、生まれてくる子に障害がないことを願い、
胎児の状態を知っておきたいという妊婦の気持ちは自然だし、
そのうえで受診し、中絶を選択した95%の妊婦に非があったとは思いません。
しかし、受診する人に、障害を排除する意識がなかったとしても、
技術自体、命を選別する方向に強く誘導される感じがします。

かつての優生保護法では、胎児の異常を理由とした中絶が認められていましたが、
現在の母体保護法では、そのような理由での中絶は認められていません。
しかし、出生前診断は、染色体を調べて、結果によって中絶するわけですから、
これは、胎児の異常を理由とした中絶に違いないと、私は思うのです。
1996年の廃止で葬り去られたと思われた優生保護法が復活しているのです。

私は、以前、弊社の Okei さんが言っていた、
起こり得ることにはそうなる意味があるという説
を、
全面的に支持します。
人間は、あらかじめ、生まれる場所や家、両親を選んで生まれてくると言います。
だとすれば、障害を持って生まれてくる子も、
その境遇を選んで生まれてきているのかもしれないと思うのです。
ゆえに、私は、障害者として生まれようとする命を絶つ行為は、
たとえば流産や死産という形で、もしくは生後すぐの夭折などの形で、
神様にのみ許されているのではないかと思うのです。

私は、出生前診断がいかんと言っているわけではありません。
出生前診断自体は、別にいいのです。
出生前診断で障害を持って生まれることが分かったなら、
それに備えて準備をし、万全の態勢で迎えればいいと思いますし、
そういうことのために出生前診断を行うのであれば、むしろ推奨します。
私は、そのあとの中絶が気に食わないのです。
それは、神の権限を代行する行為であり、
許されていないと、私は思います。
まぁ、私は、いかなる理由でも堕胎は許されないと思っていますが。

それから15年くらい経ち、その日に生まれた女の子は、
少し足を引きずっていますし、激しい運動もできませんが、
チャーミングな女の子に育ちました。
それどころか、自分の命に持ち掛けられた悪魔の提案を知っており、
あの日、自分が“処分”されなかったことに、健常者以上の深い感謝があります。
これが、あの日、母親が悪魔の提案に激怒した結果です。

[SE;KICHI]

キケンなクシャミ

このところ立て続けにギックリ腰になっています。

今年の冬は雪がずいぶんと続き、連日の除雪で疲れ気味の中、
スコップに雪をのせて腰をひねった瞬間に腰にビクンと電気が走り、
そのまま動けなくなりました。
約7年振りのギックリ腰で、久しぶりの痛みに脂汗をかきました。
元の状態に戻るまで1ケ月以上もかかりました。

そしてそんな事も忘れかけていた6月の朝、
寝起きで座椅子にもたれかかってクシャミをした瞬間
またしても腰にビクンと電気が走り動けなくなりました。

それから1カ月後にほぼ痛みも感じなく鳴った頃、
やはり朝に洗面台でヒゲを剃っている最中に、
またクシャミをしてビクンとなり動けなくなりました。

ここまでくると自分でもビックリです。

ようやく痛みがなくなった頃にまた振り出しに戻されて、
最初からやり直しをさせられているようで、
なんとも言えない気分になりました。

クシャミをするだけで腰を痛める体になったとは情けないものです。
年齢のせいだと言う人もいますが、
ならない人もたくさんいる訳ですから、そうとも言えません。
自分では運動不足が原因かと思います。
普段車にばかり乗って、歩かない事が悪影響になっているのだと思います。

これ以上何回もやる訳にいかないので、
とにかく早めにクシャミにだけは勝てる体にしたいと思います。

[M M]

出生前診断

妊娠中に胎児の状態を検査して診断することを出生前診断といいます。
出生前診断の目的は、産まれる前に赤ちゃんの状態を観察・検査し、
生まれる前に赤ちゃんに治療や投薬を行ったり、
出生後の赤ちゃんの治療の準備をしたり、
また赤ちゃんについての情報をご夫婦に提供すことです。

ですが悲しいことに、異常があるとわかった人の9割が堕胎を行っているそうです。
その数字のあまりの大きさに正直驚きました。
出生前診断のそもそもの目的が、
赤ちゃんを産むことを前提としたものであるのに対し、
現状はというと、
検査結果によって生まないという選択をするという結果になりがちだということに、
非常に憤りを感じます。

検査の結果、胎児に病気があったり奇形があったりすることが分かっても、
それは、
産むために、胎児に治療をする。
産むために、誕生後にすぐ治療に取り掛かれるように準備する。
産むために、今後の生活の準備をする。
などのためです。
決して産まないための選択、であってはならないと思います。

もちろん、安易な判断で堕胎を選択する人は少ないのかもしれません。
経済上の理由や、その他どうしようもない理由があっての、
苦渋の決断なのかもしれません。
それでも理由がどうであれ、
堕胎をするという事は一人の命を絶つ決断をするという事です。
親側の事情で、せっかく授かった命をなかったことにする、
それは許されるべきことではないはずです。 

実際のところ、私の子供たちは奇形で生まれてきたわけでもないし、
大病を抱えて生まれてきたわけでもありません。
えらそうなことは言える立場ではありません。
ただ、少しだけ気持ちがわかる気がします。
私の長男は生後すぐ心臓に異常があると言われ、
顔面の片頬にも異常がある(麻痺)と言われ、
大学病院への受診を勧められました。

とてもショックでした。自分のせいだと思いました。
初産で産後すぐの、産み終わった安堵感と幸せ感でいっぱいだった私は、
本当にどん底に突き落とされた感じでした。
気が遠くなりそうでした。
主人も母も帰宅した後だったので、たった一人で説明を受け、
私は自分が何か悪いことをしたその罰ではないかと考えました。
途方に暮れて、泣きました。
その日の夜は眠れませんでした。

でも、あったのは自分のせいで長男がこうなったのかもしれないという、
自分を責める気持ちと、これからどうなっていくのだろうという不安だけで、
産まなければよかったなどとは全く思いませんでした。
翌日主人に報告したのは覚えていますが、
なんと言われたか、どん底にいた自分がどう気持ちを切り替えたのか、
まったく覚えていません。
覚えているのは退院早々、
おむつやらミルクやらをかかえて大学病院へ通い始めた事実だけです。

結局、心臓の方は1歳になる前に完治し、片頬の麻痺は、
保育園の頃まではまだ傍から見て違和感が残っていましたが、
いつも間にかそれもなくなっていました。
手術をすることなく、自然治癒でした。

大病のある子や障害を持った子を現在育てている訳ではないので、
障害のある子、大病を患っている子のご家族の思いや、
生活状況は正直分かりません。
想像を超える苦労をされているのかもしれないし、
とても幸せな日々を送っておられるのかもしれません。
経験のない私が言うと批判の目を向ける方も少なくないかもしれません。
でも、私が想像するに、堕胎した後の後悔というのは、
想像以上に大きいのでないかと思います。
もし、苦労することになるだろうという想像で堕胎を決断する人がいるなら、
人は誰しもどこかの場面で苦労することを与えられていると思うので、
その苦労をどこでするか、なのではないかと思います。

ヒトの命を絶つという後悔はそれをした人にしか生じ得ません。
それこそ取り返しのつかないことです。
命というかけがえのないものを、自らの判断で絶ってしまえば、
その後悔は重くのしかかって消えることはないのではないかと思います。

自分に置き換えたとき、妊娠して(検査は受けませんが)仮に受けたとして、
陽性だったら、
おそらく経済状況や今後の生活の不安で押しつぶされそうになるでしょう。
でも堕胎という選択は私にはありえません。
一度流産して一人の子を亡くしてそのつらさを知っているからこそ、
自ら選択して授かった命を絶つことはありません。


生まれてくる子には生きていく力がある。
生まれてくる子には生まれてくる意味がある。
生まれてこなくていい子はいない。

生まれてきてくれた赤ちゃんが、病気に勝てず、
つらい思いをされたご両親も少なくないでしょう。
でも生まなければよかったと思われるご両親はいないと思います。
検査を受けて堕胎して、
心が痛まないお母さんは少ないと思います(思いたいです)
代理母出産という制度をもってしても子供を授かりたいと願う女性の為にも、
せっかく授かったお子さんを、ぜひ産んで欲しいなと思います。

相変わらずニュースでは生まれたばかりの赤ん坊が遺棄されたり、
虐待される子供さんがいます。
でも赤ちゃんも子供もモノではありません。
一人の尊い人間です。

[Okei]

マイノリティ・リポート(2)

3年ほど前、「マイノリティ・リポート」という記事を書きまして、
自分としてはしょうもない記事だったなと思っていたのですが、
意外にも、リアルの社会で、そこそこの反響をいただきました。
そこで、調子に乗って第2弾を書いてみます。

何を隠そう、私は知覚過敏です。

知っていますか、知覚過敏。
虫歯でもないのに歯が沁みて痛い、という症状です。
おおざっぱに言えば、何らかの原因で歯を支えている歯肉(歯茎)が下がり、
そのことで歯の根っ子部分が露出してしまうことにより、
その露出部から、たとえば食事の時に歯が沁みると、そういうことです。

これは、意外とキツイです。
歯医者に関係のある感じでたとえるなら、
歯石除去のとき、たまに「おわっ」ってくらいに痛い歯、ありますよね?
あの、響く痛みがずっと続いている感じ。
基本的には熱いものや冷たいものを食べた時に沁みるわけなので、
鍋料理とかアイスクリームを食べなければ大丈夫と思いがちですが、
私のように進行してしまうと、深呼吸をしたときの空気でも沁みます。
いわんや、食事なんて噛めません。

しかし、知覚過敏を感じている人は、一説に1800万人もいるらしいので、
知覚過敏自体は、マイノリティとは言えなそうです。

問題はその原因。
歯磨きが不充分で歯の隙間にプラークが残っていた、とか、
炭酸飲料を好んで飲んでいて歯が弱くなった、とか、
世間一般、そういう理由が多いようです。

が、私は歯磨きを長くするほうで、虫歯はあまりありません。
出張や旅行にも、スペイン製の1700円もする歯磨き粉を持参するくらいです。
また、炭酸飲料もそんなに飲まないので、関係なさそう。
もちろん加齢とともにどうしても歯肉は下がるようなのですが、
年齢を理由にするには、ちょっと早すぎると思われます。

そういうわけで、自分の知覚過敏の原因が見当たらず困っていたのですが、
最近お世話になっている歯医者さんで言われた言葉は、
「あなたは頑張り屋さんなのです」

ほうほう。
自分の上司ですら、言ってくれない言葉。

曰く、昔は、苦難や困難が発生した時など、
「歯を食いしばって耐えろ!」などと言われたものですが、
歯のことを考えれば、歯は食いしばってはいけないんだそうで、
実際に歯を食いしばったりすると、その歯に数トンの負担がかかり、
歯が砕けたり、弱くなったりしてしまうそうです。
歯肉に炎症を起こしてしまうこともあるそうで、歯医者さんは、
「あなたは歯を食いしばって耐えるタイプなのだろう」ということで、
私を頑張り屋さんと言ってくださったようです。

歯医者さんによれば、
唇を軽く閉じたとき、上の歯と下の歯は当たらないのが普通なんだそうですが、
それを聞いた私はびっくりしました。
私はガッチリ当たります。
いや、意識すれば離すことはできますが、無意識だとガッチリ当たります。
なぜなら、当てることが習慣になっているから。
つまり、口を閉じたとき、自分で上下の歯を当てているのです。

これがマイノリティ。
Tooth Contacting Habit(TCH)という、
この、無意識に上下の歯をあててしまうタイプの人は、
世の中に20%弱しかいないそうなのです。

実際に自分が頑張り屋さんなのかどうかはともかくとして、
確かに、私には、何もない時間に歯を擦り合わせるクセがあります。
なるほど、知覚過敏はそれが原因だったかと溜飲を下げました。

私の知覚過敏の治療法は、歯を食いしばるクセをやめること。
それだけだそうです。

[SE;KICHI]
プロフィール

kkseishin

Author:kkseishin
株式会社セイシン
私たちは工場設備機器を中心に、お客様にご提案・販売をしている総合商社です。

■富山本社/〒930-0821
富山県富山市飯野16番地の5
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FAX:(076)451-0543

■新潟営業所/
〒950-1142
新潟県新潟市江南区楚川甲619番地6号
TEL:(025)283-5311
FAX:(025)283-7469



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