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家族の一員?

小学6年の娘は生け花クラブに入っています。
ひと月に1~2回、クラブで活けたお花を持ち帰ってくるのですが、
そのお花を飾るのが私の密かな楽しみです。

残念なことに私は植物を長く育てることができません。
植木も枯らし、お世話(水やり)しなくても大丈夫という植物を買ってみても腐らし、
お花を活けてもほったらかしにしてしまうので、自分では買いません。
かろうじてお正月に活けるくらいなのですが、
はらりはらりと花弁が散っていき、
そうなったら片づける、という女子力の低い私です。

でもやはり、お花がある生活は素敵だし、
せっかくもらってきたお花は飾りたいので、花瓶に飾ります。
とは言っても、もらってくるのは2本。
センスがある人が飾ればまた違うのかもしれませんが、
あくまでも自分の楽しみとして飾ります。

さて、いつもは葉物とお花の2本なのですが、先日は枝物とお花でした。
いつものように花瓶に活け、毎日眺めては素敵💛とほほ笑んでいたのですが、
ある時から枝にぶつぶつが出来始めました。

『何これ・・・気持ち悪い』
と感じ、子供たちにも見てもらい、
やはり「なにこれ~」とその場を去られてしまったのですが、
そのうちにそのぶつぶつの数か所が伸び始めました。
そうです、成長していたのです。
驚いたことに、(花瓶は透明なので見えるのですが)枝からは根っこも生え出し、
根っこからさらに枝分かれもし始めました。
花は早々に枯れて処分してしまったのですが、
花瓶の外に出ている枝の芽は日に日に成長し、
今では私の足のサイズを超えました。

セッカヤナギセッカヤナギ 部分

もらってきたときは単なる枝で、
枯れている(←失礼ですよね、ごめんなさい)枝だとばかり思っていたのに、
緑の葉っぱが出てくるなんて夢にも思いませんでした。
と同時に、草木の生命力の強さも感じました。
そして不思議と可愛く感じるんですよね。

すくすくと水のみで成長している枝に、
主人も「太陽にあててあげたら」とか「庭に植えてあげたら」と言い、
それもそうだなと思いつつ、
「どこに植えるの?」とか「寒さに弱いかもしれないし」とか思い、
いまだに花瓶の中にいます。
いやでも、またお花を持ち帰ってくるころだから、
そろそろ植えてみようかな。と思っていた昨日、
娘が持ち帰ってきたのはお花のリース。

またしても植え替えのタイミングを逃した私は、
外に出してもいいものか調べるために娘に枝の名前を聞くと、
「セッカヤナギ」だそう。
調べてみると、
『水はけ・水もちのよい土に植え、日当たりのよい場所で栽培する』
と書いてあったので、
この週末にでも庭に植えてみようと思います。

これから冬になるというのに、大丈夫かしら?

[Okei]

道祖神

朝5時20分、私は出勤のためにクルマで家を出ます。
家を出て5分後くらいに、お地蔵さんが祀られている祠の前を通るのですが、
その時間、毎日、その祠の前で手を合わせているお婆ちゃんを見かけます。
小さくて背中の丸いお婆ちゃんなのですが、
清々しいほどに一心に祈りを捧げている感じで、
毎朝、私はそこを通るたびに気になっていました。
ある日、どうしても気になった私はクルマを停め、お婆ちゃんに声をかけました。
不躾ながら、「何を祈ってらっしゃるんですか」って。
聞けば、このお婆ちゃん、
先に亡くなった夫の追善のためとか、早世した子供の供養のためとか、
そういう個人的な救済を求めてではなく、
その地域の安寧のために祈っているといいます。

原点を思い知らされる思いです。
そもそも、どうして、こんな路傍にお地蔵さんが安置されているかって、
その道を通る者を見守り、禍々しい存在から集落を守るため。
したがって、お婆ちゃんの「地域の安寧」という祈りの理由は、正しいのです。

地域の安寧を願う存在といえば「道祖神」です。
集落の入り口などに置かれている石仏で、沖縄の石敢當みたいなもので、
禍々しい存在が侵入しないよう、集落を護る役割を与えられています。
ビジュアルは一定ではありませんが、
“双体道祖神”と言って、男女一対で彫られていることが多いです。

道祖神(矢下)

これは私が住んでいた村の、矢下という集落の道祖神です。
注目してほしいのは祀られ方。
この写真の道祖神は、舗装された道の脇に置かれ、
屋根を掛けてもらって、木製の玉垣で囲われています。
おそらく、道路を整備した際、どこかから運ばれてきてこの場所に安置され、
こうして丁寧に祀られたのだと思われます。
私から見て、これはかなり大事に祀られた、幸せな道祖神に見えます。

道祖神(切久保)

これは切久保という集落の道祖神です。
農道の脇に置かれた祠の中に安置されていますが、
玉垣はなく、吹きさらしで、矢下よりも過酷な環境であることがうかがわれます。
その証拠に矢下の道祖神よりも風化が進んでいるように見えますが、
注連縄は貼ってあるので、大事にはされているようです。

矢下は新道が整備された際に他所から運ばれてきて、
きちんと祈ってもらえるように覆い屋が懸けられています。
切久保は、それよりも時期的には古いものの、
農道の脇に、いちおう屋根を懸けてもらえました。
では、そこまで手厚く祀られていない道祖神って、どんなのでしょうか。

道祖神(石畳) 道祖神(石畳-拡大)

中央の大木の根元に、何か立てかけてあるのが見えますか。
これは石畳という集落の道祖神です。
車が通れる道から何メートルか奥まったところに置かれています。
車が通れる道といっても、対向車とすれ違えるスペースはないため、
この場所に車を停めて道祖神に祈りを捧げることはできません。
つまり、日常的に祈ってもらえる道祖神ではないわけです。
傾いちゃってるし。

つまり、仏像にしても何にしても、
日常的に祈ってもらえることは幸せだということです。

そうそう。
最近、『ポツンと一軒家』という番組が人気のようですね。
山中の一軒家にスポットを当て、そこの住人に注目する番組で、
その場所の険しさを強調するために、映像では道中の林道などが映るのですが、
私にしてみれば、別に険しくもなんともない光景に見えて、少し呆れます。
だって、私が住んでいた場所からの眺望はこんな感じ(写真左)
そして、そこから小学校までの4kmの通学路は、ずっと未舗装なわけでもないですが、
だいたいこんな感じ(写真中)で、
特に学校近くの100mほどはこんな感じ(写真右)です。

眺望 通学路 通学路(学校上)

これは令和に入ってから行って撮った写真なので、
私が実際に通学していた昭和の頃は、もっと未整備だったかもしれません。

そして、こういう旧道というか林道の場合、道祖神というのはこういう場所にあります。

道祖神(小松尾)

これは、小松尾という集落の道祖神のロケーションです。
何段か上った台地に覆い屋があるのが見えますでしょうか。
もはや道端ではないので、意思がないと拝みにはいかないでしょう。
いま、この小松尾集落には3世帯ほどしか住んでいませんので、
この道祖神は、いずれ、長い年月を経て、やがて土に戻ることになります。

うまく伝わっていますでしょうか。
仏像にしても何にしても、少子高齢化などにより集落が放棄されると、
そのまま山中に取り残されることになります。
矢下や切久保みたいに、
運よく誰かが舗装道路の脇に移設してくれれば祈りは続きますが、
多くの場合、そのまま山中に放棄されます。
この村だけでも、もう道が消滅した場所に取り残されている道祖神があります。
これは、30年ほど前に私が監修した村のパンフレットですが、
当時、調査して存在を確認できた道祖神でも、30年が経って、
おそらく、1/3の道祖神は、もう所在が確認できなくなっていると思われます。

『八坂村の道祖神』

かつては集落の入り口で門番のように立ち、
集落を禍々しい存在から護ってきた道祖神ですが、
誰もいなくなった山中で、この先、おそらく誰からも祈られることはなく、
その役目を失って、傾き、風化しながら、何を思うのでしょうか。

繰り返しますが、
朝5時25分に、お地蔵さんに地域の安寧を一心に祈る老婆を見て、
日常的に祈ってもらえることは幸せだと改めて感じます。
そして、私も、その老婆の願いが叶えばいいと思いますし、
そのお地蔵さんがその拠り所になればいいと心から思います。

[SE;KICHI]

National Anthem

いよいよ始まりました!

そう、ラグビーワールドカップ2019日本大会です。
世界三大スポーツ祭典のひとつが我が国で開催されています。

ラグビーワールドカップロゴ
https://life-archi.jp/contents/1577

私はかつて青春時代ラグビー部に所属しており、3年ほど興じておりました。
知らない方に説明すると、
ラグビーにも世界一の頂点を決めるワールドカップが、
サッカーのFIFAワールドカップや夏冬オリンピックなどのように、
4年に一度開催されています。
歴史はそんなに古くないのですが、
毎回世界中で50億人を優に超える視聴者がいることから、
サッカーワールドカップ、夏季オリンピックと並んで、
世界三大スポーツ祭典として注目されます。

私が高校2年の頃、2011年にニュージーランド大会が開催されましたが、
我が国日本代表はこの時3敗1分けで一度も勝てませんでした。
ラグビーは世界的にポピュラーなスポーツですが、
前回2015年イングランド大会で我が国日本代表が、
スプリングボクス(南アフリカ代表)を破るという快挙を成し遂げるまで、
ワールドカップの国内での注目度は低かったかと思います。

そして今回、日本はもちろんアジアでの開催として初となる、
2019年ワールドカップが日本にやってきました。

ラグビーワールドカップ日本代表
https://cyclestyle.net/article/2015/10/23/29095.html

ワールドカップの見所は、やはり試合だというのは当然であります。
世界の超人類と呼ばれる屈強な男達が凌ぎを削り合い、
世界一を決める戦いですので、もの凄い迫力と興奮があります。

 品位と情熱を併せ持つ者たちは、規律を重んじ結束する。
 そして何者をも恐れず挑戦する。
 栄光を勝ち取る為に、あらゆる努力、犠牲をもいとわない。
 鍛えられた肉体と研ぎ澄まされた精神、
 期待を背負ったプライドが激しくぶつかり合う。
 その姿は見る者の心を激しく揺さぶる。
 苦しみは大きな喜びへと変わる、その喜びはかけがえのないものとなる。
 そこには敗者はいない、お互いがお互いを称え合う紳士しかいない。
 ノーサイド、その絆は決して消えない。
 やがてその絆は世界を1つにする。
 同じ日は無い、同じゲームは二度と無い。


これはプロモーションビデオで流れた言葉ですが、
この大会の意義や想いをよく表していますね。


https://www.youtube.com/watch?v=UXfaLOPYg3U&feature=youtu.be

ラグビーはその粗暴なコンタクトプレーから荒々しい面が目立ちますが、
実は細かくルールが決められています。
ルールのあるケンカと揶揄されますが、自由でいて規律があるのです。
身体の強さもさることながら、それ以上に頭を使うスポーツでもあり、
個々の能力を超えて結束や協力が絶対に必要不可欠です。
(1チーム15人はどのスポーツよりも多い。
1対15では太刀打ちできない。
だからこそ結束が大事だし、難しいし、
だからこそどんな人にも適したポジションがある。)

とても緻密に計算されたサインプレーや空間支配力も問われ、
有名なONE FOR ALL,ALL FOR ONE の精神も相まって、
生まれたお国柄か、ぱっと見では似合わない「紳士のスポーツ」と言われます。

奥が深く、ただのスポーツとしてだけではない、
より良く生きていくための、
人生哲学も学び考えることができるのが、ラグビーなのです。

しかし私には、それとは別にいつも楽しみにしていることがあります。
それは国歌斉唱です。
私は、オールブラックス(ニュージーランド代表)の試合前のウォークライ、
民族舞踏ハカなどよりも、
各国の国歌斉唱のシーンが良いのであります!

オールブラックス
https://rugby.city.yokohama.lg.jp/te01/

前回大会の日本代表も、国歌斉唱を思い切り大声で歌う姿がスクープされました。
それは日本人に帰化したキャプテンが、
日本に対するリスペクトと、さらに団結を高めるための大切なこととして、
メンバーに義務付けたことだと報道されていましたが、
これが世界から賞賛されたのです。

肩を組み「君が代」を斉唱する日本代表選手
https://www.j-cast.com/2015/10/06247162.html?p=all

サッカーや他の競技でも国歌斉唱はされますが、
皆恥ずかしいのか、カッコつけてるのか分かりませんが、
思い切り歌ってる人ってあまりいません。…ように見えます。
それに対してラグビーは、世界の各国代表を見ても皆、真剣に歌ってます。
歌うところからしてもう勝負なのです。
愛国心からか、または家族や風土を思い出してか、
込み上げるアツいものがあってだと思いますが、
そういったシーンが多く見えるのも、
他の競技と比べて私は好きだなと感じるのであります。

今や当然のように試合前には国歌を歌われていますが、
実は試合前の国歌斉唱を取り入れたのはラグビーが最初だそうです。
ラグビーの初の国際試合が行われた一世紀近く前、
ニュージーランド代表とウェールズ代表の試合がありました。
当時からハカを取り入れて、試合前にはそれを舞っていたオールブラックスに対し、
ただ立ち尽くすのではなく、国歌を歌ってこれに相対したというわけ。
ハカなどのウォークライにも負けない、強い心が現れた結果でしょう。

次は私が魅力的だなと思う国歌斉唱について少しだけ話をさせてください。

[K.K]

密かな楽しみ

みなさんそれぞれ、『趣味』と言えるものだったり、
趣味とは言えないまでも『楽しみ』があったりすると思いますが、
私にも『密かな楽しみ』あります。
ただ、少なくとも、夫や子供たちにはその良さが伝わらず、
いそいそと「それ」に取り組む私を冷ややかな目で見ています。

「それ」とは、『数独』です。
『数独』とは3×3のブロックに区切られた9×9の正方形の枠内に、
1~9までの数字を入れるペンシルパズルの一つである。Wikipediaです。

数独の問題例
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%95%B0%E7%8B%AC

かの有名な「平匡さん」もやっていた『数独』です!(by 『逃げ恥』

数独をやる平匡さん
https://www.google.com/url?sa=i&source=images&cd=&ved=0ahUKEwjI_Pvw8r3jAhX_yIsBHRQ5AbMQMwhJKAcwBw&url=https%3A%2F%2Ftwitter.com%2Fim___milk%2Fstatus%2F810070932567965696&psig=AOvVaw3FRvmAfudajiFduXJQlu6a&ust=1563519694407664&ictx=3&uact=3

実は結構前から数独好きだった私ですが、
あまり、というか誰にも言ったことが無かったのですが
(・・・だってなんだかおたっきーみたくて恥ずかしくて・・・)
逃げ恥の“あの”平匡さんがやっているのをみて、
ものすごく仲間意識を感じ、
たちまち平匡さんファンになってしまったのはいうまでもありません。

まあ、それはいいとして、平匡さんに少しだけ勇気をもらうことができたので、
夫と子供たちにカミングアウトし、ちょっとお勧めしてみることにしました。

子供には、今は本当に何でも100均で手に入りますね、
100均で購入した問題集を、
「忍耐力つくから! 頭の体操になっていいから!! やってみられ!!!」と、
半ば強引に渡しました。
一応開いて挑戦はしてくれたようですが、あまり好みではなかったらしく、
早々に投げ出されていました。

私的に、数独は本当にいいと思うんです。
簡単なものは別として、難易度があがってくるとものすごく頭を使うんです。
頭を使うゲームや問題は世の中にたくさんあるのでしょうが、
数独のいいところは難しい数式を覚える必要がなく、
使うのは1~9の九つの数字だけで、出てくる答えが明確であること。

記憶する能力がそんなに長けていないので、
たくさんのことを覚えていないと解けない問題(歴史とか、地理とか、化学とか)は、
とても苦手でした。
どんなに頑張って勉強しても興味もない為覚えることができず、
テストの点数は散々なものでした。
そんな私にとって、
ただ単純に数字を埋めていく、
しかも頭を使わなければならず、
かつ確実に正解をだせる数独は、
本当にやりがいのあるパズルなんです。

考えて考えた上で完成したときの達成感とやり切った感がたまりません!!!

割と興奮しながらこの文章を書いているんですが、伝わってますか?
みなさん、
私の夫や子供たちのように冷ややかな目線を投げかけているのでしょうか。
それでもいいです。
私の数独への愛はまだまだ続きそうです。

[Okei]

こんなに素晴らしいと

最近筋トレを3日に1度しています。
珍しく長続きしたおかげなのか、はたまたその為の食事制限の賜物か、
体重が6kgも減ったことには我ながら流石に驚きです。

そんな筋トレ中、無音も寂しいので、
YouTubeで「筋トレ 曲」と検索したところ、
あの有名な映画、ロッキーのテーマ曲と、
苦しみながらもトレーニングに励むロッキーの姿が候補に映し出されてきました。
そういえばロッキーって見たことないな〜と思って、
さくさく関連動画を見ながらトレーニング。
すると、ロッキーの動画見てると、なんとやる気が漲ってきて
こんなにも捗るのか!とニヤつきながら励んでいる自分がいました。


https://www.youtube.com/watch?v=ioE_O7Lm0I4

それからほぼ毎日続け、
そうしているうちにロッキーそのものが気になって仕方なくなり、
結局、映画を見てみようと思ったわけです。
ハリウッド俳優のシルヴェスター・スタローン主演、脚本のロッキーです。
主人公に、夢を追う自分自身の人生と重ねて、
俳優デビューをかけて必死に書いた作品ですので、
意味合いというか込められているものが深い。

単なるボクシング映画というより、
それを通して投げ出したくなる苦しい環境や状況、
弱い自らに打ち勝ち、勝利を手にしていく人間のドラマです。
彼は中堅の30代手前でしたが、そんなことは関係ありません。
どんな環境でも、いつでも、自分は変わることができるんだと、
この作品を通して伝わってくるんです。

『ROCKY BALBOA』
https://orchidgirl.exblog.jp/5549252/

高利貸業者の手先というゴロツキで、皆からろくに相手にされなかった彼が、
苦難と努力の果てに、
ボクシングヘビー級世界一のタイトルに輝くというサクセスストーリーは、
アメリカン・ドリームそのものですが、
やはり見るものに感じさせるものがあります。

音楽も有名な「gonna fly now 」や「going the distance」など、
気合いが入る素晴らしい曲ばかりで、物語に大きく貢献しています。

1作目の有名なエイドリアーンと叫ぶシーン、
(このシーンはよくネタにされますが、試合の勝ち負け以上に、
初めて自分に打ち勝ち、約束を真っ直ぐに貫いた、感動のシーンです。)

2作目の世界一になるラストでの妻へのメッセージなど、どれも甲乙つけ難いです。
中でもロッキー4はかなりメッセージ性が強い作品で、
かつての東西冷戦の背景の中、融和ムードに押されて折り込んだ、
それを象徴するシーンが多くあります。
ボクシングを通じて、
最後は人間と人間の心の交わりには国境などなく、
信じあえるんだ
というメッセージが込められています。
(イワン・ドラゴ役のドルフ・ラングレン、この肉度と体格差、すごいですよね。)

『ロッキー4 炎の友情』
https://eigaland.com/topics/?p=89442

何でもヒーローのように上手くいくようなものではなく、順風満帆とはいかないけど、
不器用ながらストレートにぶつかり、悩みながらもがいていく人間臭い彼の姿には、
どんな人も親近感が湧くと思います。

正直、こんな素晴らしいとは思いませんでした。
トレーニングシーンばかり見ていましたが、
本編が気になって仕方なく、結局全部見ました。
ロッキーは全6作あり、
ライバルのアポロの息子を弟子として鍛える『クリード』という作品が3年前公開され、
さらに続編が今年の2月に公開された大作シリーズとなりました。

『クリード』
https://eiga.com/movie/82844/special/

ロッキーの最終作、ロッキーザファイナルでの言葉です。
「You, me, or nobody is gonna hit as hard as life.
But it ain't how hard you hit;
It's about how hard you can get hit, and keep moving forward !
How much you can take, and keep moving forward.
That's how winning is done.」

〜人生はどんなパンチよりも、重くお前を
打ちのめす。
だが、人生とはお前が強く殴り返すか
じゃない。
どんなにこっぴどくぶちのめされようと、
どれだけきついパンチを打たれても、
休まず前に進み続けられるかだ!
ひたすら苦痛に耐え、前に進み続けるんだ。
その先に勝利がある。〜


この言葉、
ロッキーが人生を通してその姿を持って示してきた1つの指針であり、
1番伝えたい思いです。
勉強になるし、彼のように闘おうと奮起できますよ、ホント。

まだまだ私のボキャブラリーの範疇では、
到底伝えきれない数多くの感動のドラマと思いがある、
筆舌にし難い素晴らしい作品です。

受け取り方は様々あるとして、
観てない方は絶対観て下さい。
古い映画ですが、今の時代、人間ドラマとしてのロッキーは、
益々輝きを放つ作品として伝わってくると確信します。
本気でオススメします。

[K.K]
プロフィール

kkseishin

Author:kkseishin
株式会社セイシン
私たちは工場設備機器を中心に、お客様にご提案・販売をしている総合商社です。

■富山本社/〒930-0821
富山県富山市飯野16番地の5
TEL:(076)451-0541
FAX:(076)451-0543

■新潟営業所/
〒950-1142
新潟県新潟市江南区楚川甲619番地6号
TEL:(025)283-5311
FAX:(025)283-7469



URL:http://www.kk-seishin.com/

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