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神聖な体験Ⅱ

他の人が書いた記事の続編を勝手に書くのもどうかと思うのですが、
素晴らしいタイトルだったもので、ついつい便乗します。

先日、上司が突然、「宿坊に泊まりたいんだよね」と言いました。

宿坊というのは、まぁ、泊まれるようになっているお寺のことです。
だいたい民宿みたいなところを想像すればよいと思うのですが、
民宿と少し違うのは、食事が精進料理であることと、
朝の6時くらいから“勤行”という、お経を唱えてお祈りする時間があることです。

金剛三昧院金剛三昧院 境内
宿坊の部屋朝食

私が泊まったのは高野山の宿坊。
もちろん、そもそもラグジュアリーな施設ではないので、
そういうのをお望みの方には少しも向いていませんが、
ロケーションの清々しさは相当なものです。
特に、朝早くに起き、身なりを整えたうえで、
決められた時刻に本堂に着座していなくてはいけないことも、
義務ではなく、自然と「そうするものだ」と思えるような、
精妙な磁場というか、凛とした空気感が漂う朝でした。

それにしても、早朝の勤行に、若い女性が単独で参加しているのを見ました。
大原・三千院ではありませんが、お一人でどうしたのだろうと思いましたが、
その女性は声を出して読経に参加し、うんうんと頷きながら住職の法話を聞き、
最後には持参した写経を奉納して退席するなど、
尋常ではない熱心さで勤行に参加されていて、
かねがね祈る姿を美しいと思う私をうっとりさせたのでした。

さて、高野山を散歩していると、金剛峯寺の少し下に大きな研修施設を見つけました。
そこに出ていた看板には「授戒できる」と書かれています。
意味はよく分かりませんでしたが、時計を見ると、ただいま9時50分頃。
次の回の「授戒」は10時と書かれていますので、滑り込むことにしました。

受付を済ませると、ホールのようなところで待たされます。
ホールには他の参加者の方が集まっており、
その日のその回は5グループほど、20人くらいが集まっていました。

お坊さんが現れ、濡れ縁を通って授戒堂へ案内していただきます。
授戒堂の入り口には塗香があり、それを手に擦りこんで浄めます。
お堂の中はロウソクが10本ほど燃えているのみで薄暗い状態ですが、
開け放たれた戸口から外光が入るので、そんなに暗くはありません。
全員が畳に敷かれた緋毛氈に座ったところで、お坊さんから、
「儀式が終わるまでいかなることがあっても退室できません」と、
改めて言われると緊張感漂う、厳しい一言が発せられました。
実際、急に怖くなって、そのまま退出されたご婦人も。

お坊さんが戸を閉めます。
外光の供給がなくなり、ロウソクのみになって、ほぼ完全に真っ暗。
怖い……ような気もしますが、
静寂のなかで妖艶にゆらめくロウロクの炎を眺めていると、
なんだか異世界に迷い込んだような不思議な気分になってきます。
そのうち、暗闇の中、左手奥の襖が開いて、
お坊さんの御鈴に導かれて阿闍梨さまが入堂され、中央の壇座に座られました。
……いや、まぁ、真っ暗闇なので、シルエットすらはっきりとは見えず、
なので、座られたのだろうなって察するだけなのですが。

授戒の儀式が始まります。
一同で「南無大師遍照金剛」の御宝号を繰り返し唱えます。
なにしろ真っ暗闇で、目からの情報が遮断されていますので、
声を合わせて唱える倍音の響きが、唱える自分の聴覚を支配し、
幻想的で、なんというか、トランス状態。

その後、名前を呼ばれ、暗闇のなか、ビビりながら数段の階段をのぼって、
阿闍梨さまの正面に座ることになります。
シルエットだけの阿闍梨さまは、
私の目の前でお札のようなものを手に取り、
なにやら手刀を切ったり儀式的なことをして私に渡してくださいます。
恭しく受け取り、再び、暗闇のなか、
ビビりながら階段を降り、元の位置に戻った私。
書くとたいしたことはありませんが、暗闇というのはそれだけで神秘的で、
なにか、たいそうなものを授かったような気になります。

それから、暗闇のまま、シルエットだけの阿闍梨さまの法話を聞いたり、
阿闍梨さまに続いてお経を復唱したりして、儀式は終わり。
暗闇のなか、阿闍梨さまはお坊さんの御鈴に導かれて退出されました。
シルエットだけで、ついに阿闍梨さまの尊顔は分からず、
街ですれ違っても挨拶ひとつできない関係性です。

全部が終わって、お坊さんがお堂の戸を開け、光が入ってきたとき、
妙なことに「生き返った」感覚になりました。
そして、手元に残ったお札のようなもの。
渡されたときは暗くて何が渡されたのか分かりませんでしたが、
それが、コレ、『菩薩戒牒』

菩薩戒牒

恐れ多い気がして私は開きませんでしたが、
うまいこと折り畳まれた紙に、
「菩薩十善戒」と呼ばれる十箇条が書かれているのだそうです。

   不殺生 - 生きとし生けるものを殺さない
   不偸盗 - 盗んではいけない
   不邪淫 - 倫理を失った関係を持ってはいけない
   不妄語 - 嘘をついてはいけない
   不綺語 - お世辞など、無益なことを言わない
   不悪口 - 相手を不快にさせる言葉を使わない
   不両舌 - 二枚舌を使わない
   不慳貪 - むさぼらない
   不瞋恚 - 怒らない
   不邪見 - 悪意のあるものの見方をしない

まぁ、あたりまえのことです。
あたりまえのことだからといって、できているとは限りませんけど…

これを授かるために経験した暗闇でのトランス状態。
一種の演出とはいえ、ただ偉そうな人から諭されたのとは違う、
妙なありがたみを感じた授戒体験、
これは“神聖な体験”と言ってよいでしょう。

[SE;KICHI]
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『 X+Y=LOVE 』

タイトルを見てピンときた方、古い方ですねぇ。
よく分からない人はお母さん……ではダメかもしれませんね、
おばあちゃんに聞いてみましょう。

さて、オスとメスはそれぞれ違う組み合わせの性染色体を持っているといいます。
学生時代の遺伝子工学の講義で習ったきりで記憶が曖昧なのですが、
そのパターンは、オスで XY、メスで XX なのだそうです。

ということは、生殖において、父親から X を、母親から X を受け継げば女児が、
父親から Y を、母親から X を受け継げば男児が生まれるということになりますが、
よくよく見れば、男児が生まれるために必要な Y は父親しか持っていないので、
Y は父親からしか受け継げないということになります。
逆に言えば、男児は父親から必ず Y を受け継ぐので、
父の X は受け継げません。
男児が受け継げる X は、必ず母からのものになります。

ところで、本当に記憶が曖昧なのですが、
染色体というのは、通常、同じものがそれぞれ2本ずつセットで存在します。
1本が父親由来、もう1本が母親由来で、2本で1セットなのですが、
これらは、時期が来ると互いに脚を絡め合い、
脚のパーツを入れ替えることが知られていて、
その「儀式」を終えると、染色体は別物に変わるわけです。

染色体の組み換え
https://www.pio-art-counseling.com/basic-knowledge-of-ivf/%E5%8D%B5%E5%AD%90%E3%81%AE%E8%B3%AA%E3%81%A8%E6%9F%93%E8%89%B2%E4%BD%93/

生物が、親からもらった形質を、そのまま分裂させ、
クローンのように増殖するようになっていないのは、
この「脚の組み換え」をしているから、と習った記憶があります。
つまり、この「脚の組み換え」により、染色体は別物に変わり、
祖先の遺伝子がそのまま継承されることがなくなるわけです。
たとえば、人間の女性の場合、性染色体 X を含めた染色体46本は、
同じもの同士23セット存在するわけですが、
それぞれ、相方と脚を絡め合っていて、
次に分裂する際には別構造になっているわけですから、
すなわち、人間の女性の場合、
性染色体 X を含めた染色体は次第に薄まっていくはずです。
まぁ、遺伝子が進化するというイメージです。

男性の場合には性染色体が XY となり同一ではないので、
同一の染色体は、女性より1少ない22セットということになります。
難しい話に聞こえるかもしれませんが、
男性の性染色体 XY は、女性の性染色体 XX と違って、
脚を絡め合う性質がなく、組み換えは起こらないため、
世代を経ても薄まらないのだと思ってくださればいいです。
このことは、性染色体 Y が、父から息子へ、そのまた息子へと、
男系で継承している限り、まったく薄まることがない
ということを意味しています。

皇位継承に関して、女性天皇や女系天皇を容認するか否か、
私にとっては意外なほどに賛否が出ているようですが、
皇統の歴史というのは、遺伝子的に言うならば、
オスしか持たない性染色体 Y を、
そのままの形で継承してきた歴史
ということになります。
つまり、極端な言い方をするなら、
神武天皇の Y 遺伝子を、今上天皇や秋篠宮殿下、
それに悠仁親王殿下が継承しているということになるわけです。

皇位継承はどうして男系で継承されてきたのでしょうか。
よもや、上記の遺伝子上の配慮に基づいてというわけはないでしょう。
しかし、私は、科学的説明など全くなかった時代に、
おそらく、先人たちが直感的に何かに気づいて、あらゆる手段を講じ、
結果的に男系男子による皇統を護ってきたのではないかという気がするのです。
だって、そうでなければ不自然なほど、
皇統は見事に男系で継承されてきていますもの。

いや、過去に女性天皇は10代(8人)が存在しました。
しかし、それは、以前にも少し触れましたが、
次の天皇が決まらなかったり、
次に天皇になるべき方が幼少過ぎて中継ぎが必要だったりと、
ピンチヒッター的に即位したものであって、
どの女性天皇も、未亡人だったり、生涯未婚だったり、
天皇として即位されてからは子を産むことがなかったため、
これまで女系天皇(女性天皇の子)は現れていません。

仮に、現代、皇室典範の改定などで女性天皇が成立したとして、
女性天皇に子を産むなとは言えないでしょうから、
おそらく女性天皇を認めれば女系天皇が登場するはずです。
性染色体 Y は父からの遺伝ですから、女系天皇登場の時点で、
皇統は神武天皇とは関係のない別の家系に切り替わることを意味します。
ちなみに、過去に多くの娘を宮中に送り込み、
「お世継ぎ出産合戦」を繰り広げて発言権確保に躍起になった藤原氏ですら、
息子を送り込んで皇位を簒奪しようとするようなことはありませんでした。
藤原氏も、自分の一族の性染色体 Y を皇室の性染色体 Y に上書きするなど、
それはやってよいことではないと分かっていたのでしょう。

私は、男系男子という、21世紀にしては前時代的で、
見ようによっては差別的に見えるような価値観に対しても、
このように先人たちが、科学的な根拠もない時代から、
察して護ってきたということに大きな意味があると思うのです。
そうやって、先人たちが苦労して護ってきたものを、
さしたる工夫もせずに私たちが放棄することって、
あってはならないような気がするのです。

[SE;KICHI]

素敵な家紋

最近起業した私の知人の、新しく作った名刺のデザインは家紋。

こう見えて、家紋にちょっとだけ興味のある私、
その名刺を渡された瞬間、「いやん、素敵!」と、うっとり。

オリジナル家紋

最初、これを見た私は動揺しました。
というのも、私は、この家紋を見たことがなかったのです。
もちろん、家紋は1万種以上あるといわれていますから、
私もすべての家紋を把握できているわけではありませんが、
身近な知人が見せてくれた家紋を知らないという場面に、
ちょっとプライドが傷ついたというか、心が波立ったわけです。

しかし、変な家紋ですよね。
手前に配置されているのは木瓜紋。
瓜を輪切りにしたその断面を図案化したものといわれ、
日本の十大家紋にも数えられている有名な家紋です。
ところが、背後に見えているのは茗荷紋。
いわゆる、薬味などでおなじみの“ミョウガ”の図案で、
左右から立ち上がっていますから、これは“抱き茗荷”と呼ばれるデザインですね。

木瓜紋 茗荷紋  http://www.black-silk.com/gallery/cat37/

何が変かって、ふつう、家紋というものは、複数のデザインは混ざらないのです。
つまり、木瓜紋は木瓜紋、茗荷紋は茗荷紋であって、
木瓜紋と茗荷紋が一つの家紋に同居することはないわけです。
そういうことで、一目でこの家紋は変わっていると分かるわけですが、
そんな代わり種の家紋を、私は、見たことがなく、
「知らない家紋というものは、まだまだあるものだなぁ」と、
自分の不勉強を恥じたのでした。

そこで私は、その知人に、起業の祝辞もそこそこに質問しました。
ストレートに、「この家紋、何?」って。

種明かしをすれば、
実は、このような家紋は存在しないとのことでした。
つまり、オリジナル家紋。
なんだよ、「見たことない!」とショックを受けた私でしたが、
そもそも、自作なんだから見たことなくて当然。

では、なぜ、そんな自作の家紋を創ったのでしょうか。
その疑問に対する彼の回答が粋でした。
「今の自分が起業できたのは妻のおかげである。
妻と一緒に起業したということを記念して、
もともとの自分の家の家紋と妻の実家の家紋を重ねた」
と。
つまり、夫婦が一体である証としてこの家紋を創ったということです。

私はとても感心しました。
なんだか、家紋の原点を見たような気がしました。

いや、そもそも家紋とは、家系の独自性を示す固有の紋章です。
時折、夫婦別姓という民法上の規定への賛否が話題になりますが、
家紋も苗字と同じで、代々受け継いでいく性質のものです。
なので、婚姻時に夫婦で1文字ずつ出し合って新苗字を創ったりしないように、
家紋も、婚姻時に夫婦で実家の家紋を合成して新しく作ったりはしないのです。
そもそも、日本の婚姻が、
実質的に、嫁が夫の家に吸収される形で行われてきたことを考えても、
おそらく、伝統的に、夫の家の家紋のみ存続されるはずです。

つまり、家紋の原点を見たような気がしたとは言いながら、
実際のところ、夫と妻の家紋を対等な形で重ね合わせるという彼の意匠は、
実はぜんぜん日本的な価値観ではありません。
しかし、私はどういうわけか、家紋の原点を見たような気がするのです。
それは、たぶん、自分が起業できたのは妻のおかげであるという謙虚さが、
日本的な感覚に思えるからでしょう。

仮に夫の立場で考えてみたら、自分(夫)自身にも両親がいて、
多くの家の場合、父は自分と同じ家紋でしょうが、母の実家は違います。
そしてその一つ上の世代、父の父母、つまり自分の祖父母も、
おそらく祖父は自分と同じ家紋でしょうが、祖母の実家は違いますし、
母の父母、つまり母方の祖父母に至っては違っていて当然です。
(いや、まぁ、その世代以前は近親婚も多かったので、意外と家紋が一緒だったりするケースもあるでしょうが)
同じことは妻にも言えるわけで、そもそも妻の実家の家紋は自分とは違うし、
その家系も、折々に妻となる方が別の家紋の系統から流入することで存続していて、
なんというか、上流から、小川がいくつも流れ込んで大河となるようなイメージ。
いま、ここに存在する自分は、
いくつもの家紋の系統が無数に混ざり合っての賜物
なのだと、
そう考えたら感慨深いものです。

そういうのを、せめて夫と妻の実家の家紋だけでも、
対等な形で重ね合わせようとした彼の試みは、
どちらかというと西洋的で、日本的な感覚ではないにもかかわらず、
私は、とても良い取り組みだなぁと思いました。

妻のある男性は妻に、夫のある女性は夫に、
心から感謝をしたいものです。

それだけで不倫はずいぶんと減りそうです。

[SE;KICHI]

獅子舞

私の住む地区では、4月の第二土曜日が春季祭礼を行います。
その際に青年会(18歳~38歳)にて獅子舞をやっていたのですが、
ついに今年で最後となるようです。

元々は4月10日に行っていたのですが、
会員の減少と平日の場合がほとんどですので第二土曜日に変更になり、
約150軒の家々を回っていたのですが班長宅だけになり、
班をまとめて回るようになりと、
少しずつ負担が少なくなるように変貌してきたのですが、ついに…

獅子舞は小獅子といわれる2人獅子です。
百足獅子と言われるような5人~の大獅子ではないので、
まだ人数の制約は低いのですが、
OBが笛や太鼓を手伝い、中高生の女の子に笛を手伝ってもらっても、
実働会員が5人ほどになりお手上げです。

過疎地域ではあるかもしれませんが、そこまで人がいない訳ではなく、
入会しないもしくは来ない(参加しない)人が大勢います。
私が入会した頃は、地元にいるなら必ず入会するような雰囲気でしたし、
会員も40名程いました。
なので多少酔っぱらって休んでいても怒られ喧嘩になるよう事もなく、
むしろ笑い話としてイジられる感じだったのですが、
今では途中棄権者が出ると回らなくなるので仕事のようになっています。

私は若い衆が地区の家々を回り、地区の人たちと顔を合わせ、話をし、
酒を飲み(飲まなくてもいいのですが)、通じることで、
少しでも地区が活性化すると思っています。
またそこで得た収入で慰労会をし、親睦を深め、
会社・仕事とはまた違う集団で体験することも有意義なことだと思います。
私の息子が戻ってくる前になくなってしまうのも残念だと思います。

ただ手伝うこともせず、自分の息子も入会しておらず、
獅子舞ができなくなることには口を出し、
何とか続けろと言う年輩がたにはちょっとムカつきます。
保存会にしたところで、
邪魔な口(酒だけを飲みにきたり文句だけ言う)が増えるだけなので反対しました。

続けて欲しいと思う反面、
いま頑張っている人達にできることをしてあげたいと思います。

[WAKA]

南一番

突然ですが、世の中でどれくらいの方が方角を気にされるのでしょうか。

幼いころ、頭を北にして寝てはいけない(亡骸は頭を北にして寝かすため)と言われ、
そのころはまだ『死』が怖くて、
どこか泊まりに行くと『北』がどこかを確認し、『北枕』を避けて寝ていましたが、
私はそれくらいしか気にしませんでしたし、
現在はほぼ方角は気にしません。

とはいっても、家を建てたときは業者さんがお勧めされるように、
玄関はどの方角が良いとか、トイレはこの方角はだめとか、には従いました。
自ら調べて、ということもなく、「そういうことなら・・・」という、
のんびりとした感じです。

さてさて、なぜこんなことを突然言い出したかというと、
我が家(嫁ぎ先)の洗濯物の干し位置について同僚に話したところ、
大変驚かれたがためです。
それこそ、風水を気にされる方は少なくないでしょうが、
洗濯物を干す位置に方角を気にされる方は、
どれくらいいらっしゃるでしょうか。


洗濯物の干す位置は、
例えば、厚手の物は日が一番当たる側とか、下着は隠れる位置に干すとか、
ピンチハンガーでは長物を外側に、短い物を内側に、
という干し方をされている方もいらっしゃることでしょう。

・・・さて、我が家はというと、
義父の物が一番南側・東側に、干されます。
嫁いできたときに、義母から、
「私はお父さん(私の義父)の洗濯物を一番南側とか東側に干すのよ。
お父さんの洗濯物より南側・東側には絶対に干さないわ」と言われました。
分かりにくいかもしれませんが、要するに、
家人の中で一番偉い人の洗濯物を、一番南側・東側に干す
ということです。
次いで、義母のだったり、息子(私の夫)のだったり、孫(私の子供)たちが続きます。
干す向きも、前身ごろが南側か東側に向いています。下着もそうです。

私なんて、誰のものがどこに干されていようが、どこを向いていようが、
ちっとも構わないので適当なものです。
乾けばいいと考えていましたから。
でも、朝、私が干した洗濯物の位置が悪かったのでしょう、
取り込んでいると、私が干したのとは明らかに違う場所や向きで、
干し直されていることが幾度となくありました。
せっかく干したものを干し直されていて、気分がいいはずもなく、
初めのころはわざと向きを逆にしたりもしていましたが、
今では、南側に向けないと、
多少ですが、気持ちが悪と感じるようにさえなりました。
習慣って、怖いですよね。

位置に関しては、洗濯物を畳んで一時的に置くときの順番も然りです。
感心するくらい徹底的ですよね。

義母の、方角に重きを置くことは洗濯物だけではなく、
私の実家のある方角も気にされていました。
結婚前にしきりに実家のある方角を聞かれましたから。
(多分、いい方角ではなかったと推測しますが・・・)
また、年に二度(6月と12月)の大祓の時に、
神社から配られる『ひとがた(形代)』に息を吹きかけるときも、
義母だけ南側を向いて行っています。
おそらく、義母ならではのこだわりなのでしょう。

各ご家庭で、様々な文化?がきっとあることでしょう。
普段、当たり前にやっていることが、
もしかしたらよそのご家庭にはない特有のものかもしれません。
たまにはそんな話をしてみるのも面白いかもしれませんね。

[Okei]
プロフィール

kkseishin

Author:kkseishin
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〒950-1142
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