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文化の維持費

いやいや、首里城、燃えてしまいましたね。
弊社は、守礼門が描かれた2000円札の普及に努める団体なので、
首里城にもいくらかの思い入れがあり、消失は残念です。

さて、私が国内の美術館などを訪れたときにいつも感じることなのですが、
入場料、安すぎません?
実は、私は、行きたいと感じたところに行くという嗅覚を重視しており、
そういうわけで、これまでに10回は沖縄を訪れているにもかかわらず、
いまだに首里城には一度も足を踏み入れたこともないのでした。
そんな私がコメントする資格があるのかどうかは微妙ですが、
今回、首里城の入場料金が 810円であると報道で知り、驚きました。
首里城。
琉球の文化や歴史を知るために大切な存在であると力説しておきながら、
スーパー銭湯よりも安い値段。
いやいや、大切なわりに、入場料、安すぎません?

なんでもかんでも外国と比較すればいいというものでもありませんが、
世界では、その国の文化や歴史を反映した価値ある建築物は、
高い入場料を徴収するのがスタンダードとなっています。
なぜなら、一度燃えたらあっという間に延焼してパーになるのですから、
防火設備に金をかけるのはあたりまえで、
そのコストが入場料に反映されるという仕組みなのです。
たとえば、ノルウェーの民族博物館。
昨年、私が訪問した際の入場料は150クローネほどだったと思います。
日本円だと2500円くらいですが、高いと思いますか?
しかし、『アナと雪の女王』に登場するゴル・スターヴ教会など、
そうそうたる伝統建築群が展示されている施設ですから、
管理や防火にそれなりのコストがかかると言われれば、納得はするでしょう。

一方で首里城。
琉球王国の宮殿を再現し、文化を継承するために大切とされる首里城ですが、
入場料で比較すれば、ノルウェーの民族博物館の1/3という安さで、
もはや、自ら価値がないと言っているかのような価格設定なわけです。

この首里城、焼失してみて、防火体制が万全でなかったことが露呈しました。
どうしてでしょうか。
管理者が整備を怠っていた……ってことはないでしょう。
燃えたって構わない文化財なんてないわけですから。
防火に費やす充分な予算がなかったということなのでしょう。

入場料収入がもっと潤沢にあれば、管理や保全に費用を投入でき、
お粗末な防火設備も、もうちょっとマシになっていたかもしれません。
そういう意味で、私は、
スーパー銭湯レベルの“安すぎる入場料”が、
今回の被害を拡大させた側面もある
と思っています。

先日、この話をラジオで話したところ、
「これは文化の話であって、カネの話ではない!」と、
局にお叱りのメッセージが届いたそうですが、
仏像等の文化財に多少の関心を持っている私としては、これは切実な話です。
もちろん文化財保護はカネだけの話ではありませんが、
保存や修理、防火・耐震など、
カネさえあれば解決できる問題は多いのです。

そもそも、首里城は復元された公園であって、別に文化財ですらありませんから、
厳密にいえば、それほどシビアな防災を求められてはいません。
しかし、単なる公園だとしても、首里城公園は年間280万人が訪れ、
今回焼失した有料エリアに限っても年間180万人が入場する観光施設です。
180万人というと三重県の人口とほぼ同じで、富山県の人口の1.7倍。
そんな、多くの人が集まる観光施設にスプリンクラーを設置することは、
文化財云々ではなく、安全のために必要なことですよね。

ワイドショーなどでは、「木造建築にスプリンクラーは難しい」とか、
文化財特有の難しさを指摘する“有識者”もいますが、
難しいからといって、何も対策しなくてよいはずはありませんよね、
人が多く集まっている観光地なのですから。
文化財が好きな私ですら、
文化財を水浸しにするリスクと出火によって人命を危険にさらすリスクなら、
どちらが重いか分かります。
それに、首里城と違って文化財として国宝に指定されている姫路城では、
火災報知機をはじめとした防火施設を完備し、
スプリンクラーも天守群だけでなんと1000カ所以上設置されてます。
木造で、国宝や世界遺産に指定されていても防火はできるということです。
スプリンクラー設置の法的義務がないとかそういう問題以前に、
それだけ多くの観光客が訪れる施設の管理者として、
防火・防災対策は必須だと思うのです。

しかし、昨今の少子高齢化による人口減少で、
たぶん、今後、入場料収入は年を追うごとに減っていくはずです。
国に頼ろうにも、人口減少で税収は減るでしょうし、
国としては、年金や医療・福祉のような社会保障や、
または老朽化したインフラの整備に予算を投入せざるを得ません。
文化財というのは、表現に賛否あるかもしれませんが、
必需品ではなく“ぜいたく品”ですから、
そこに対する投資はついつい後回しになるはずです。
すると、当然、設備が陳腐化するわけで、
歴史的な建造物であっても、維持管理が厳しくなり、
最後は、安全対策がガッツリと削られるというわけです。

ほら、昨年も、リオデジャネイロで国立博物館の火災がありましたよね。
2000万点の貴重な収蔵品が焼失してしまったわけですが、
あれも、リオ五輪で無理につぎ込んだインフラ投資が引き起こした不況で、
国家財政がボロボロになってしまっていて、
博物館の消火設備のメンテナンスにカネが回らなかったからだそうです。
まぁ、お金がないのに、
いつ発生するか分からない災害に備えれませんよという話です。

とにかく、私は入場料が安すぎると思います。
安い入場料のおかげで、
私たちは国宝や文化財も気軽に拝観することができるようになりました。
誰でも気軽に文化を学べて素晴らしいという気もしますが、
長い目で見れば、その維持管理に対する適正な価格になっていないため、
私は、その設定が文化や歴史をガタガタにしてしまっているとすら思います。

結果、今回の首里城消失については、
ある程度の国費を投入して再建する運びとなるでしょう。
熊本城とかもそうですが、
国全体の税金を使って一地域の城を再建することが正しいのか、
税制上の観点から必ず議論が起きます。
そういう面倒なことになる前に、
それなりの入場料を徴収し、
コツコツ備えておけばよかったのです。


とにかく、「安くて質のいいものを提供すれば間違いなし!」という、
日本特有の、呪いのような思考から脱却しない限り、
全国の文化財は、首里城のように崩壊していくでしょう。
私は、首里城への思い入れは強くないですし、
今後の再建にもそんなに注目はしていませんが、
一般的に、文化財というのは、
先人たちが遺した貴重な英知であり、その文化における誇りなのですから、
それを護ろうとするなら、それを大切だと思う人たちが気概を持って、
普段から、朽ちないための努力をしていてほしいと思うのです。

繰りかえしますが、「高い入場料」が必要です。
観光客を受け入れる以上、防火対策は必要。
しかし、国はこの分野に費やせる予算を多く確保できません。
と、なれば、自前で「高い入場料」を徴収して、
それを原資に安全を調達するしかないではないですか。


[SE;KICHI]
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普遍的な価値と一過性のブームと…

もう10月も終わりに差し掛かり、今年も残りわずか2ヵ月となりました。
この時期になると、
日本でも定着しつつある秋のイベント「ハロウィン」が話題になります。

元々ハロウィンはヨーロッパ発祥で、秋の収穫をお祝いし、
先祖の霊をお迎えするとともに悪霊を払うお祭りとのことです。
日本で言えばお盆に近い行事であるとされています。
しかし、日本のハロウィンは異なります。
若い方を中心に、お盆~クリスマスの間に行われる、
パーティイベントとして盛り上がっていることがほとんどです。
昔から考えると日本のハロウィンは盛り上がってきていますが、
今後はだいぶ落ち着くのではないかと思っています。

日本のハロウィンの経済効果は2011年の560億円から調べていくと、
2016年には1345億円とすごい勢いで伸びています。
この1300億円という数字は、
バレンタインの平均と同等の数字とのことです。
これにはさすがに驚きました。
ちなみにクリスマスは約7000億円程あるということで他と圧倒的な差があるとのことです。
ハロウィンよりターゲット層が圧倒的に広く、
悪い言い方をすればバレンタインよりお金がかかる傾向にある、
ということが大きく影響していると思います。
さすが王道のイベントです。

さて、話は戻りましてハロウィンですが、
2016年に比べ2017年、そして2018年は経済効果が減少傾向にあるということです。
基本的に主催者がいなくてもお祭り状態であり、
そういった場所では当然ルールがありません。
街中でお酒を飲み、騒ぎ、正直無法地帯レベルです。
逮捕者も出ています。
ルールがないと言っても法外のことをしてしまう人達が出てきているのが実情です。
そういったことがあり、ハロウィンには悪いイメージが広まりやすく、
段々と衰退していくのではないかと思います。
今年はハロウィンの日は渋谷でお酒の販売、飲酒を規制するとのこと。
変わりに今年流行りのタピオカが盛り上がっているらしいです。

また、近年は自然災害による被害も大きく自粛ムードになっています。
2019年も大きな災害があったので、
「ハロウィンどころではない」という方は非常に多くなると思われます。
おそらく2018年より経済効果は減少すると個人的に思っています。

私としてはマイナスなイメージが強いハロウィンでしたので、
地元新潟のハロウィンイベントを調べました。
土日に集中しており、今年は10月26日と27日が多く、
もうすでに終わっているところ多かったです。

「にいつハロウィン仮装まつり」
https://www.niitsu-halloween.com/

写真は、「にいつハロウィン仮装まつり」というイベントです。
こちらはちゃんと主催者がいてのイベントです。
ステージや、ハロウィンならではの仮装コンテスがあるそうです。
こういった写真を見るとクリーンなイメージもあり、
地元の活性化のためにぜひ行って欲しいと感じます。
自分が参加するかは別ですが 笑

ハロウィンについて友人と少し話していましたが、
「日本人は熱しやすく、冷めやすいからねー」と、
友人が言っていました。
それが日本人特有の傾向かはわかりませんが、
そういう人がいることは理解しています。
ハロウィンは定番になったと思っていましたが、
一過性のブームで普遍的なものではないのかもしれないと感じました。

私も様々な商材を販売している中で、
普遍的な価値がある物は大事だなと、
今書きながら思いました。
具体的には機械販売が多いから、「うーん、ボルトナット、パッキン、バルブ・・・」等、
いろいろ思い付きましたが、需要はどこにでもありますが、
どこでも購入することができます。
物が溢れている世の中です。
買う場所、サービスを受けられる場所も増えています。
普遍的な価値にさらに付加価値を付けるか、
他ではできないサービスを提供出来るか、
今の時代で発展をしていくにはこの二択しかないのかもしれません。

[SYUN]

乳首はダメでしょ。

さて、問題です。
観音さまというのは、男性でしょうか、女性でしょうか。

観音菩薩 図東慶寺 水月観音
https://matome.naver.jp/odai/2145186938605997501/2145187437109584403
https://matome.naver.jp/odai/2125404656728288694/2125430244924357450


観音菩薩というのは、だいたい図像では左の図のような感じで、
なんというか、肉付きの良いお母ちゃんを彷彿とさせますし、
彫刻の場合も、有名な東慶寺の水月観音(右の図)なんて、
ゆったりとした服装や横座りの感じが女性特有の感じがします。
そういうわけで、一般的なイメージとして、
観音菩薩に母性を感じる方も多いようです。

・・・・・・正解は、どちらでもない、中性です。

般若心経に対する注釈書である「大智度論」の第四巻には、
三十二相八十種好という、仏尊の外形的な特徴と宗教的な理想が説かれています。
仏像は、それに基づいて、姿が決められているのですが、
実は、そこには性器のことについても書かれており、
いろいろ勘案すると、
吉祥天とか弁財天とか、特に女性であると指定されている一部の仏は除いて、
基本的に仏像には性器はなく、性別もないということになるのです。

そういうわけで、観音菩薩、
妙に腰をくねらせて、アクセサリーも多くつけていますが、
男性でも女性でもない、性別を超越した存在ということになっています。
ちなみに、観音菩薩だけが性別を超越しているのではなく、
たとえば、大仏に代表される釈迦如来や阿弥陀如来も、
見た感じ、パンチパーマで小太りのおじさんのような造形ですが、
同じ理由で、性別はありません。

とにかく、仏尊に性別はないということです。
そう決められている以上、
たとえば、仮に観音菩薩に母性を感じることがあったとしても、
それは、あくまでも観る者の感じ方であって、
仏像を造像する側に対しては、性別を強調しないことが求められます。

たとえば、十一面観音の立像で国宝指定を受けているものは7体ありますが、
そのどれもが、なんとなく女性を感じさせるものの、
露出している肉体の造形表現が必ずしも女性的ではなく、
性別がどちらかなんて言えないという作りになっていますよね。

法華寺 十一面観音立像渡岸寺 十一面観音立像聖林寺 十一面観音立像
左)法華寺 http://naranouchi.blog.jp/archives/69580282.html
中)渡岸寺 https://www.jisyameguri.com/chiiki/shiga/kougenji/
右)聖林寺 http://yamatokoji.blog116.fc2.com/blog-entry-376.html

特に左側の、法華寺の十一面観音なんて、
光明皇后がモデルだと伝わっていますから、
女性に寄せた造形になっていたとしても不思議ではありませんが、
必ずしもそうなってはいません。
くねらせた腰つきで女性性を表現しつつ、
平坦で乳房がない胸板で男性性を表現するという、
いわば、どちらにも見えるようなバランスをとった造形になっているのです。

……ちょっと難しい話を繰り広げていますが、
結局、仏像に父性を感じても母性を感じてもそれは勝手だけれども、
だからと言って、造る側が性別をどちらかに寄せてはいけないという話です。
性別を超越した存在ということになっているのだから、
そういう像にしなくてはいけないというわけです。

それが緩やかなルールなのです。

さて、そこに来てこの像はどうでしょうか。

戦災復興記念像

これは富山城址公園というところにある、復興祈念像なのですが、
なんというか、どう見ても女性に見えますよね。
下手をすると、女性的な例として最初にご紹介した東慶寺の水月観音より、
もう一段、女性的な感じすらします。
どうしてなのでしょうか。
いろいろ考えた末、私がたどり着いた答え、
それは、乳首の存在でした。

いやぁ、乳首を彫っちゃ、いかんでしょ。
百歩譲って、乳房を作ったところまでは許せるとしても、
乳首を彫っちゃ、いかんでしょ。
乳首があるだけで、俄然、艶めかしくなりますからね。
いや、厳密にはこれは復興祈念像であって仏像ではないので、
三十二相八十種好に沿った造像の義務はないのだと言われればその通りなのですが、
いやぁ、それにしても、ねぇ。

ちょっとのことで変な感じになる例ですね、これは。

[SE;KICHI]

神聖な体験

先日葬儀に参加して来たのですが、キリスト教式の葬儀でした。
キリスト教式は初めてで戸惑いましたが、事前に調べて行きました。
キリスト教には大きく分けてカトリックとプロテスタントがあり、
葬儀の流れが違うようです。

カトリックの考えでは、故人は神に委ねられ、
キリストの再臨と死者の復活が願われます。
葬儀は故人が所属していた教会で行われ、葬儀と告別式を別で行うとのこと。
そして聖職者のことを神父と呼びます。
礼拝の歌は聖歌と言います。

プロテスタントでは、故人は神の元で安らかになるという考えで、
祈りは神のために行われます。
ですから葬儀も神への感謝と遺族を慰めるという意味合いがあり、
葬儀と告別式は分けずに行われます。
故人の信仰を大切に考え、儀式は形式にこだわらないようです。
礼拝の歌は賛美歌と言い、聖職者は牧師と言います。

私が出席した葬儀はプロテスタントでした。
教会の入口で事前に葬儀のプログラムのようなものが渡され、
そこに葬儀の流れと歌や祈りの一節が載っています。
それに従って葬儀が行われるので、
それまで慣れない雰囲気に多少緊張していた私は、
そこでようやく安心できました。

いよいよ式が始まり、パイプオルガンの前奏が流れ、
出席者全員で賛美歌を歌います。
聞いたことのある曲でしたので、迷わず歌うことができました。
考えてみると、私は歌手ではないので、
誰かのために歌うということはこれまで無かったかも知れません。
それ自体がとても新鮮でした。
友人からの言葉も、これまでの楽しかった思い出を語り、
ずっと友人でいてくれてありがとうという清々しいものでした。

そして滞りなく式を終え、献花させて頂きました。
私にとっては独特の雰囲気のなかで進行されたのですが、
とても神聖でスッとした気持ちで、
故人とお別れすることができました。


仏教式と違うところは、
賛美歌をみんなで歌ったり、焼香ではなく献花であったりしましたが、
特に大きな違いは、お悔やみの言葉は言わないところです。
キリスト教では、人が亡くなったことは永遠の命の始まりとされています。
悲しいことではあっても不幸なことではないのです。
ですから、お悔やみではなく、安らかな眠りをお祈り致しますとか、
お知らせ頂きありがとうございますと挨拶をします。

今回出席しなければ、
そのようなことはずっと知らないままだったかも知れません。
教会には何度か入ったことはありましたが、
今回教会の知らない一面を経験したことで、
今後入ることがあれば、これまでとはずいぶん違う気持ちであろうと思います。

霊南坂教会https://akasaka.keizai.biz/headline/1817/

何でもそうですが、経験することで変わるものですね。

[M M]

最強の中卒

徒然草の第55段に「家の作りやうは、夏をむねとすべし」とあります。
冬はどんなところにでも住めるけれど、夏に住みにくい住居は耐え難いということで、
つまり、家を作るときには、夏の住みやすさを優先して作るのがよいという話です。

富山というところは少し変わった土地柄で、
これから人口が減少し、少子化が進むと言われている現代においても、
どういうわけか新築の住宅がガンガン建ちます。
しかも、その新築は地場の工務店のようなところに依頼されるケースが多く、
大手のハウスメーカーが選ばれにくく、大手メーカーが進出に二の足を踏むという、
全国的に見ても独特の購入行動をとる地域なのだそうです。
また、最近は日本中で和室に人気が出ていて、
畳も、10年ほど前と比べ10倍ちょっとの売り上げがあるそうですが、
ここ富山ではその傾向が顕著に出ていて、
畳のコーナーがない家は売れないとまで言われているのだそうです。

さて、私の知人で、中卒で建築士をやっていらっしゃる方がいます。
本人が経済産業省のデータ等で調べたところによれば、
高卒と大卒の差は“思考習慣の有無”なのだそうで、
なぜ、みんな大学に行くのかと言えば、思考習慣を身につけるためだそう。
つまり、偏差値の高い学生が偏差値の高い高校を経由して大学に入学し、
社会的に有為な人材に育つために、
そこで思考習慣を身につけることが大事なのだそうです。
ところが、その建築士の彼は、本人によれば「そういうことを深く考えず」に、
当時、せっかく入った高校を、入って2ヶ月ほどでやめてしまったのだそうで、
その後、「手に職を」と塗装工になった彼、
もっと全体に関わりたいと、建築士を志した際に、
自分にはちっとも思考習慣が身についておらず、大卒との差を痛感したそうです。
その悔しさからか、現在の彼は、よく勉強する方で、
しばしば「最強の中卒になってやるぜ!」 と言っています。
また、彼曰く、発達科学の世界では、
「高卒者は論理より感じたことを大切にしがちだ」と言われているそうで、
高卒がそうなのなら、中卒の自分は相当だろうとショックを受け、
意識して、感覚的に物事を判断しないように心がけているそうで、
立派です。

さて、それは彼に関する前置きなのですが、
彼の建築士としてのライフワークは「耐久性」です。

いま、地域では住民が地元から買えるものがほとんどありません。
商店街はなくなり、スーパーも、外食も、洋服も県外企業ばかり。
住宅は唯一残っていると言っていい、地域の人が地元企業から買える商品です。
建築士の彼のような地元ビルダーは、そのことに使命感を感じています。

また、家(建築物)の資産価値というのは、20年もすればゼロになりますよね。
しかし、たとえば、それをローンを組んで買おうとすれば、
30年から、最近では40年のローンを組まなくてはいけませんよね。
20年で価値がなくなるものに、40年払い続けるなんて、
そんなバカな話があるか、と彼は憤ります。
いま、住宅ローンを抱えている世帯は約40%だそうなので、
半分弱の世帯がそういう目に遭っていることが、彼は悲しいと言います。
しかし、かといって、20年という短いローンにすると、払いが苦しくなりますし、
それならと、築20年超の古い家を売却して新しく建てようとしても、
不動産屋さんからは「更地にしないと売れません」と言われ、
たぶん、解体費を150万~200万円くらいは請求されてしまいます。

ところで、どうして家は20年ほどでダメになるのでしょうか。
彼が言うには、それは結露のせいなのだそうです。
この結露がひどくて、直すのにお金がかかり過ぎるから、
直してももらえず、新しい買い手もつかず、
20年ほどたった住宅は、どんどん壊されていくわけです。
ちなみに、なぜ、直すのにお金がかかりすぎるのか、
それは、壁の中がカビだらけだからだそうです。
つまり、40年、カビに囲まれながら、お金を払い続けているということですね。

現代の家は高気密が推奨され、昔より断熱化されていますが、
断熱すれば内外温度差が大きくなるので、より結露しやすくなります。
そして、その結露によってカビや、腐朽菌が繁殖して、
住宅の内外面の内側にびっしり詰まっているというのです。
彼曰く、こんなに結露するのは、
ラッピングされた当時の新建材を使っているからだそうです。
オシャレな新建材を使うと、最初は真新しくて満足度が高いのですが、
塗装などによるメンテができないため、
内部がどんどんカビたり腐ったりして、最終的には取替えざるを得なくなってしまい、
結局は簡易的で短寿命な住宅になってしまうということで、
そのためにリフォームを考えると高コストになってしまうということだそうです。
昔のような隙間のある家には戻れないかもしれませんが、
問題は、壁内の結露を想定し、それを逃がす対策を取っているかどうかです。
彼は、健康も考えた長期的視点の家をコツコツと造っていかなければいけないと、
そういう信念を持っています。

つまり、結局、40年は持つ住宅を作るしかないわけで、
それが、建築士としての彼が取り組んでいるライフワークなのです。

つまり、将来の家の姿を想像できているかという話です。
彼は、新築から10年後、20年後、30年後、40年後、50年後を想像して、
建てようとしている家の50年間の維持メンテナンスがどうなっているのか、
考えてから建築に着手してほしいと訴えています。
いま、それらを考えずに建てた築20年超の家が、
壊されたり、朽ちるに任せて放置されていたりしているわけで、
家を愛する男としては我慢がならぬのだそうです。

たとえば、日本の窓は世界的にみてすごく性能が低いそうですが、
将来、窓を交換したくなったとして、
みなさんの家は、窓を交換しやすい工法になっていますでしょうか。
窓の交換に200万もかかるようでは、窓の交換は断念せざるを得ないでしょう。
将来の窓の交換を安価に済ませられるように、
建てる段階から想定しておこう、、
「バージョンアップしやすい家」にしておこうと、
そういうことが大切なんだそうです。

私は、建築のことはよく分からないのですが、
なんだかおもしろいなぁと思います。
この彼は、富山ではテレビCMなどに登場して「センキュー」とカッコつけるなど、
富山の建築家としては露出の多いほうだと思うのですが、
それゆえに、堅実な人物には見えにくい面があるように思います。
しかし、実は、信念を持ってコツコツ活動していて、
最近もいくつか特許を出願するなど、超勉強熱心で、
精力的に家づくりに取り組んでいらっしゃいます。

そして、私は思うのですが、
「高卒の者は論理より感じたことを大切にしがちだから」と、
ご本人は感覚的に物事を判断しないように心がけているとのことで、
それは大事な心掛けだとは思うのですが、
「家を愛する男としては我慢がならぬ」とか、
最終的にはその情熱が仕事をするものなのだなぁと。
もう、最強の中卒にはなっているのではないかと思うのです。

見習いたいものです。

[SE;KICHI]
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kkseishin

Author:kkseishin
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