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福沢諭吉と渋沢栄一

辰年といえば波乱の年と聞いていますが、
今年は、新年早々、能登半島が地震に見舞われたり、飛行機がぶつかったり、
一方で日経平均株価は一時25,000円を超えて極端に触れたりと、
私たちは辰年の実力を見せつけられています。

日本を取り巻く情勢はこのように不穏なのですが、
そのなかでも、今後、少し明るい話題となりそうなのが、
夏に予定されている新紙幣の発行です。

一万円札が渋沢栄一、五千円札が津田梅子、千円札が北里柴三郎に、
各紙幣の肖像が切り替わるんですって。
私なんか、千円札の肖像が夏目漱石から野口英世に代わったのをつい先日のように感じ、
「この前代わったばっかりなのに、もう?」と思ったりするのですが、
実はもう20年も経っていたのですね。

なお、現一万円札の福沢諭吉については、
前回の紙幣切り替えの前から連投しているので、約40年ぶりの交代です。

福沢諭吉といえば、『学問のすゝめ』と慶應義塾の創設で有名ですが、
英語の「economy」を「経世済民=経済」と訳した人とも言われていますね。
経世済民というのは、「世を治め、民を助ける」という意味で、
フレーズとして、天才的なセンスを感じます。
余談ですが、岸田首相の減税政策が不評なのは、
政策自体の設計というより、
世間から「この政権って、きっと、世を治め、民を助ける気なんてない」と、
本気度を疑われてしまっているから……という気がします。

さて。
渋沢栄一の新一万円札は、すでに昨年から印刷が始まっているそうです。
渋沢栄一といえば、数年前に大河ドラマの主人公として取り上げられ、
先代・福沢諭吉ほどではないかもしれないけれど、
そうやって地道に知名度を上げてきました。
彼は農家から幕臣に取り立てられ、明治政府の官僚を経て実業家となったという、
これ以上はいないくらい立志伝中の人物で、
500を超える銀行や企業を作ったことは有名な話ですが、
私が何より感服するのは、
実業界引退後に出した著書『論語と算盤』のなかで説かれている、
「道徳経済合一説」の考え方です。

これは、つまり、道徳とビジネスの両立を訴えているもので、
事業活動は、利益の追求だけではなく、
社会貢献や公益性を伴うものでなければならぬ
、と、
そういう理念です。

これは、1916年に発表された理念なので、100年以上が経っています。
100年も前の理念なら、現代人には常識になっていてもいいくらいだと思うのですが、
果たして、どうでしょうか。

昨年も、ゴルフボールを入れた靴下を振り回してクルマを凹ませておき、
それを自ら修理して保険請求するクルマ屋とか、
新型コロナのワクチン接種やコールセンター業務を受託し、
人件費として16億ほどを過大請求していた旅行会社とか、
「ねぇ、道徳って習わなかった?」と、
企業姿勢を疑いたくなるような不祥事が耳目を集めました。
社会貢献とか公益性以前に、
「人を騙してはいけないよ」すら守られない昨今です。

カネを稼ぐために働くのだと豪語する者は後をたたず、
より多くを稼ぎ出すために、どんどん条件の良い仕事に転職せよと、
政府すらそれを推奨する世の中。
物価高や低賃金など、自身の生活の苦しさを喧伝し、
社会貢献や公益性を無視することも致し方なしとする社会は、
渋沢翁が100年前に提唱した理念が、いまだに定着してないことを示しています。

大河ドラマの翌年、深谷にある渋沢栄一記念館を訪れた私。
そこで渋沢栄一アンドロイドによる『道徳経済合一説』の講義を拝聴しましたが、
その明確な語り口には背筋が伸びる思いでした。


https://www.youtube.com/watch?v=-q-8eTTo6fw&t=21s

あらためて、紙幣切り替えの今年、
渋沢翁の教えの大切さと実践の難しさを、再認識させられる思いです。
(正直、精巧な動きが気になって、あんまり内容は入ってこないのですが)

[SE;KICHI]
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クルマの進歩

どれくらい前の話か、私が当社に入社した際、
会社は私に新車の営業車を貸与しました。
いたいけだった私は、業務用の車両のスペックってこんなものかと思って、
そんなに疑問には感じていませんでしたが、
あとあと考えるに、そんな若造に与える車両なのですから、
安全とは関係のない機能は削ぎ落とされた仕様になっていたようです。

私はクルマの運転が好きではないし、自分の運転に自信があったりもしないので、
いまでは、助手席に誰かを乗せるようなことは基本的にやりません。
しかし、なにしろ、当時はいたいけでしたからね、
入社早々、上司を助手席に乗せ、高速道路に乗ったことがありました。

トンネルに差し掛かった時、その上司が言うのです。
「ふ〜ん、アンタ、トンネルでライト点けないタイプかぁ」と。
これに自分がどう答えたのかは残念ながら思い出せませんが、
極めて心外であったという印象だけは、いまだによく覚えています。
当時、プライベートで自分が乗っていたクルマにはオートライトが搭載されていて、
私には、ライトを手動でカチカチする習慣がありませんでした。
なので、手動でライトを点灯するなんて、予想外すぎて心外だったわけです。

なぜ、急にそんなことを思い出したのかというと、
先日のこと、現在、私に会社から貸与されている車両に、
ふとみると「AVH」というボタンがあるのを発見したから。
このボタンはクリープを無効にするボタンなのですが、
まぁ、そのボタンがあることは認識していたものの、
説明書を読んだりするのも面倒なので、なんだか分からないままだったわけです。
それを、何を思ったか急に調べ出し、
何のボタンか分かったうえで、今では毎回利用しています。

するとどうでしょう。
信号待ちだろうが渋滞だろうが、
ブレーキペダルに足を乗せて踏み込んでいなくても、
クルマは停止したまま進みません。
と、書くとたいしたことないように思えますが、
世の中には、停止中にうっかり足をブレーキから離してしまったことによる、
「クリープ追突」という事故形態が例年そこそこの件数あるようですから、
これは地味ながら有用な仕様でしょう。

思えば、昔のクルマはバタバタしていました。
停止したらブレーキとクラッチを同時に踏みながらシフトノブをローに入れ、
発進時にはブレーキから足を離して、
アクセルペダルを徐々に踏みつつクラッチを段々上げていき、
その状態からクラッチを戻しながらアクセルを踏み込んでいくという、
いま思い出しても、よくそんなことやってたなと驚きます。
実際、けっこう感覚的なものなので慣れるまでは難しく、
教習所では坂道でこの発進を成功させる練習を何度もさせられたものです。

いま、クルマはボタンひとつで起動しますし、
ギアを「D」に入れれば発進し、段階的な微調整は不要です。
センターラインに沿ってはみ出さずに走ってくれますし、
設定すればペダルすら踏まなくても定速で走ってくれます。
前の車との車間距離はクルマが勝手に取ってくれて、
近づきすぎると勝手にブレーキをかけてくれます。
そして、AVHがあるから、信号待ちでブレーキから足が離れても大丈夫、と。

クルマ、便利になったものです。

その反面、手足がヒマになりましたよね。
昔は、左手がシフトノブで右手がハンドルとチョークレバー、
左足がクラッチで右足がブレーキとアクセルと、
四肢総動員で運転していて、
タイミングが悪いとタバコの灰を灰皿に捨てるのも大変なくらい忙しかったものですが、
いまは、右手のハンドルと右足のブレーキ&アクセルのみ。
それどころか、しばらくハンドルを動かさないと「ハンドルを持ちなさい」と怒られる始末。

いま、運転中のスマホ操作で検挙される人が後をたたず、
それが原因で発生する事故なども多いでしょう。
私は思うのです。
みんな、運転中、ヒマなんだな、と。
昔みたいにバタバタとギアを繋がなくていいから、
することなくてスマホを見ちゃったりするんだろう、と。

AVHの発見によってクルマの進化に感嘆した私、
早く、寝ていても目的地に連れて行ってくれるところまで進化させないと、
中途半端にヒマになったドライバーは、
どんどんいらんことして危険なことになるのではないか
と思った次第。

まぁ、逆に言えば、
オートマ車を禁止して、
全車マニュアル化を義務付ければ大幅に違反は減ると思いますね。
そのとき私は、運転を諦めるとは思いますが。

[SE;KICHI]

伊勢大輔さん

初釜のときの話。
と言っても、今年の初釜はカジュアルな感じでした。
なぜなら、初対面でしたが、今年の正客は気さくで話し好きで、
亭主がお見えになる前から、よくしゃべる方だったから。
そのため、私たち相客は、知らない者同士であったにもかかわらず、
わりと早くに打ち解け、談笑したりなんかして亭主を待ったのでした。

さて、この日、茶室の違い棚には、小さな一輪挿しが飾られていました。
それは瓢箪の形をした高さ10cmほどの一輪挿しで、
その側面には百人一首のような意匠が描かれていました。

茶席なのでスマホなどを持って入るわけにはいかず、
その写真などはないのですが、イメージとしてはこんな感じ。
(以下、https://www.samac.jp/search/poems.html)

『02・持統天皇』

これは江戸時代に作られた小倉百人一首の絵札ですが、
草書で上の句だけが書かれているというのがポイント。
これだと、ちょっと下の句の知識が必要になりますよね。
歌の部分の文字は、草書だと読みにくいかもしれませんが、
これが『持統天皇』だというのは読めますよね。
実際に一輪挿しに描かれていたのも『持統天皇』で、
これが、この筆致のまま一輪挿しの胴部に描かれていたと思ってください。

このような一輪挿しを茶室に飾るということは、通常はありませんから、
正月というか、初釜だからという、特別な趣向だったのだろうと思います。
そして、その日、このような一輪挿しは、
違い棚の『持統天皇』以外にも茶室内に何個かあって、
いろいろな場所にチョコチョコ置かれていました。

それがこれ。

『09・小野小町』 『57・紫式部』 『61・伊勢大輔』

左から、小野小町、紫式部ですが、右端は……誰でしょうか。

茶席とはいえ、初釜。
それは正月のイベントみたいなものですから、
和歌などに造詣の深くない方もいらっしゃっていたようで、
その日、相客となった40代と思しき初対面の女性は、
「……いせ……だいすけ? 女性じゃないの?」と騒ぎ、
「多様性なのかな? こういう衣装の、実は男性なんだね」と、
ちょっとバカなんじゃないかと思うような自己完結をしていました。
そんなわけないだろ。
この人は『いせのたいふ(伊勢大輔)』という、紫式部のちょっと後輩にあたる人で、
地味ですが、白河天皇の傳育などをしていた、間違いなく女性です。
百人一首のこの歌は、藤原道長に勧められて即興で詠んだ歌として有名ですよね。

私は、密かに衝撃を受けていました。
小学生の時、百人一首、覚えませんでしたかね?
私がたまに覗いているGIRLS REPORTという女子トークサイトですら、
「百人一首で好きなのは?」なんていうテーマのスレッドがあり、
トピ主が「私は『かくとだに』です」と書き込んでいたり、
それに呼応して、ひとこと「『せをはやみ』」と書き込む人がいて、
またそれに、さまざまな理由で賛同する人が現れたり、
それなりに盛り上がっています。
そういうのを眺め慣れている私としては、
たくさんの人が、思い思いに歌を解釈して披露するのは当然という感覚だったため、
伊勢大輔を知らないばかりか、
「女装した男性ではないか」という珍説を真顔でブッ込んでくる妙齢の女性に、
それはもう、びっくりしたのですが、
ちゃんと、優しく、「○○大輔」という呼び名だけど、女性なんだよと教えてあげました。
ちなみに、『かくとだに』 は、藤原実方朝臣という人の歌で、「こんなにもあなたを想っているということを、告白すらできずにいます」のような恋の歌、 『せをはやみ』は、崇徳院の歌で、「滝と同じように、たとえ一度は別れてもいつかかならずまた逢おう」という、やや達観したような歌です。

ところで、例の小さな一輪挿しは、全部で5個のセットらしく、
帰りがけの玄関で5個目を発見しまして、なんと、それは、猿丸大夫。

『05・猿丸大夫』

ここにきての男性というか、おじさんの初登場に私も驚きましたが、
「大輔」と「大夫」は多少似ていますからね、
例の女性は大いに混乱して、私に、
「これは……おじさんに見えるけど、おじさん……でいいんですよね?」
などと聞いていました。

いやいや、そのころ、性の多様性なんてないですから!
というか、「おじさんに見えるけど、おじさんだよね」って、
どんな日本語だよ、それ。

[SE;KICHI]

討ち入りの季節

今年も忠臣蔵の季節がやってきました。
ことに、先週は討ち入りの日でしたね。
みなさん、討ち入りうどん、召し上がりましたか?

さて、先日、時代劇チャンネルの、
オーソドックスな忠臣蔵作品を観ていて思ったのですが、
本当にそうなのかなぁなんて。

だいたい、忠臣蔵作品では、
浅野内匠頭は清廉だが不器用な好青年として、
一方の吉良上野介は嫌味な老人として描かれることが多いように思います。
もちろん、本当にそうであったかどうか、
私はどちらとも面識はないので、本当のところは分かりませんし、
それは、この際、関係のないことです。

しかし、忠臣蔵は大石内蔵助による仇討ちの物語なので、みんな忘れていますが、
よくよく考えてみたら、浅野内匠頭という人、
本当に名君だったんでしょうかね。
あの時代、どんなに屈辱的な扱いを受けたとしても、
カッとなって刀を振り回し、上司に斬りかかったらどうなるか、
おそらく誰でも知っていたはずですが、それをやってしまった。
まぁ、どれくらい屈辱的な扱いだったのかは分かりませんが、
少なくとも、思慮深い好人物ではなかったと言わざるを得ません。

しかし、日本人は、史実はさておき、
悪辣な吉良を討ち、清廉潔白な主君・浅野内匠頭の無念を晴らしたという、
大石内蔵助のストーリーに喝采するわけです。

忠臣蔵がこれほどまでに日本人の心を掴む要素はどこにあるのでしょうか。
その本質は、私は、「仇討ちの成功」ではなく、
むしろ、登場人物たちのコミュニケーションの「阿吽の呼吸」にあると思うのです。
なんらかの事情により自分の心情を口に出せない人物に対し、
「皆まで言うな」と、分かってくれている人がいる感じ。

一般的な忠臣蔵作品には、
このカタルシスを感じる場面が散りばめられています。

例えば、「大石東下り」の場面。
大石内蔵助が討ち入り遂行のために京都から江戸へ密かに下る場面ですが、
敵の目をごまかすために、垣見五郎兵衛という偽名で旅をしていると、
途中で泊まった旅籠で、
なんと本物の垣見五郎兵衛と鉢合わせしてしまい、窮地に陥ります。
しかし、本物の五郎兵衛は、
目の前の偽物が、仇討ちのために江戸へ向かっている大石内蔵助だと悟り、
見逃してくれたばかりか、「自分こそが偽物だった」と引き下がるのです。
内蔵助はそんな相手の背中に手を合わせるわけですが、
ここですよね、日本人が好きな「背中に手を合わせる」系の場面は。

また、「南部坂雪の別れ」という、
討ち入り前夜、
亡き主君である浅野内匠頭の未亡人・瑤泉院のところに、
内蔵助が別れを告げに出向く場面。
しかし、内蔵助は、瑤泉院の身の回りの世話をする腰元が、
敵である吉良家の間者であることを見抜き、
それゆえに瑤泉院に仇討ちのことを告げられません。
それどころか、「仇討ちの意思などない」と嘘をついてしまったため、
逆に瑤泉院が怒って内蔵助を腰抜け呼ばわりするのですが、
瑤泉院は内蔵助が去った後、内蔵助が残した巻物の内容から内蔵助の真意を悟り、
涙にくれるわけです。
この場面の場合、
内蔵助にしてみれば、瑤泉院に真意が伝わったかどうかは分かりませんが、
オーディエンスの我々には、その2人の気持ちがつながったことが分かるのです。

ほかにも、「徳利の別れ」とか、
本心を分かってほしい相手に、ついに理解してもらえた!という、
カタルシスを味わうことのできるエピソードが随所に散りばめられていて、
それが日本人好みだったのではないかと思うのです。

もちろん、基本的に、登場人物たちが目的の成就のために苦難を耐え忍ぶ姿や、
力を合わせて大願を成就させようとする姿勢に観客は感じ入るわけですが、
私はそれに加えて、以心伝心とか、そういう日本的な感じが、
忠臣蔵が日本人の心を捉えて離さないポイントなのだろうと思うのです。

[SE;KICHI]

震えちゃうよね。

いやいやいやいや、興奮しますね!
先日、明日香村で7世紀前半の塀の跡が見つかったとのこと。
そして、それは、舒明天皇の飛鳥岡本宮の内部を仕切る塀だったそうで、
そもそも、飛鳥岡本宮は遺構の少ない遺跡として有名でしたから、
これは興奮しますよね!

この飛鳥という場所は、
今回の発掘対象である、舒明天皇の飛鳥岡本宮と、
蘇我入鹿が暗殺された乙巳の変の舞台となった飛鳥板蓋宮と、
斉明・天智天皇の飛鳥浄御原宮がほぼ同じ場所に築かれたのが特徴で、
今回の発掘調査では、飛鳥板蓋宮や飛鳥浄御原宮の遺構も、
併せて出土したそうです。

宮の大型遺構というのは、天皇の代替わりごとに建て替えられるものであり、
私の記憶では、
別の王朝の遺構が一度に出土するなどということは聞いたことがないので、
これはかなり珍しいことです。
私が興奮するくらいなので、現地にいた人などは、震えるほど興奮したことでしょう。

飛鳥岡本宮の塀跡として実際に発見されたのは柱を地面に据える穴のようですが、
この穴は一辺が1mあるそうですから、相当太い柱が立っていたのですね。
そして、それが、長さ45mに渡って続いていたというのですから、
かなり堅牢な建物だったようです。
想像したら、ワクワクしますよね、ね!

私たちから見て、この時代は、
歴史の授業で習うことであったとしても、
たとえば乙巳の変など、首がぴょーんと飛ぶなど、ドラマティックすぎて、
なんだか作り話のように感じてしまうもの。

乙巳の変
https://ameblo.jp/k1rms/entry-11472672939.html

しかし、今回のように、その舞台となった宮殿が出土すると、
蘇我入鹿暗殺は実際に起こったのだなぁと、身近に感じられます。

思うに、私は、こういうことが大事なのではないかと思うのです。
「645年、大化の改新」とか、呪文のように覚えたところで心は動かないでしょう。
わざわざ、ここだよという場所に触れてリアリティを持ってこそ、
登場人物に感情移入できたりするというもので、
そう結果、年号も意味を持ってくるというものです。


はぁ〜、ワクワクしますね! ね!

[SE;KICHI]
プロフィール

kkseishin

Author:kkseishin
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■富山本社/〒930-0821
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〒950-1142
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