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良い思い込み

知り合いに、雨の日になると、口癖のように自分は雨男だと言う人がいます。
私はその話を振られるたびに、また言っているのかと思いながらも、
無視する訳にもいかず、適当に反応をしています。

自分で晴れ男とか雨男とか言う人は、
本気で自分が天気を左右する能力が、
あると思っているのでしょうか。


もしそうだとすれば、
晴れ男だと思っている人のほうが、断然幸せな感じがします。
天気を良い風に変えられると思っているということは、
自分の未来を良い方向に変えられると思っているということですからね。
雨男だという人は、雨がよっぽど好きな人じゃない限り、
自分のせいで天気が悪くなると思っていて、
自分の未来を不安に思っていることになりますよね。

どちらにしても本人の思い込みですから、
それならいっそのこと、雨男だと思っている人はみんな、
雨男をやめて晴れ男に転向すればいいと思います。
そうすれば天気に関しては不安はなくなり、
晴れた時は自分のおかげで、雨が降っても自分のせいではないと、
気にしなければ幸せですよね。

少し話は変わりますが、
未来を変えられても、過去は変えられないと思っている人は多いのではないでしょうか。
確かに過去に起こったことは、
タイムマシンでもない限り、やり直すことはできません。

しかし、実際は、未来は常に過去を変えています。
過去の失敗を元に良い未来が作ることができれば、
過去の失敗は成功だったことになります。


つまり、未来は過去を変えられるということです。
そのためには、自分が常に成長しなければいけません。
少しずつでも自分が良い方向に変わることが、
過去も未来もより良いものに変えることにつながるからです。

良くなかった過去も、今が良ければチャラでいいのではないでしょうか。
チャラになったら、
良くなかった過去のことはもう思い出したり考えたりしなくてもいいのです。
そして今良くない事があっても、そのうち過去のことになって、
チャラにできる時が来ると思えば必要なことなのかもしれません。

よく新しい事を始める時、1からのスタートと言いますよね。
しかし、大人であればみんな、
体験した事や見聞きしたこと、読んだ書籍等、
それまでに蓄積された経験、知識がありますから、
全く1からのスタートだとは思いません。
それ自体は初めてでも、やっているうちに、
これはあの時に見たあれといっしょだとか、
前にやったあれと同じ要領だなと思う時があると思います。
そうなると、まるっきり1からではなく、
その人の経験値によって、2とか3からのスタートということになります。

何よりも、自分には絶対にできると信じてやれば、
自然とハードルが下がると思います。
普段から今やっていることを嫌々やらずに、
これは自分にとって必要なことだとか、無駄なことは無いと思ってやっている人は、
特に経験値が上がる傾向にあると思います。
どう思ってやるかが重要ということですね。

悪い思い込みはやめて、良い思い込みをすれば、
過去も未来も明るく楽しいものになるのではないでしょうか。


[KAZSOU]
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感謝と報恩の敗北

3月や4月というのは、悲喜こもごも、いろいろあるようです。

知人がお子さんを通わせているこども園では3月に卒園式があったそうです。
その認定こども園は、もともとはお寺が経営している幼稚園で、
しばしば、御住職である園長先生の法話があり、
特に、「報恩感謝の心」について説かれることが多かったそうで、
そういうのに魅力を感じて選んでいる方も多かった園だそうです。

ところが、5年ほど前、全国の幼稚園や保育園が一斉に認定こども園に移行した時期、
制度上、この幼稚園も、そのまま幼稚園として存続することは難しく、
やむをえず認定こども園になったわけです。
その結果、保育園的なニーズを持った保護者も大きく増え、
もともと幼稚園だった園としては戸惑うことも多いとのこと。

保育園的な保護者って、要するに両親が働いている間に預かっていて欲しいだけなので、
運動会やお遊戯会のような行事ごとは不要というか、
むしろ親が動員されるくらいなら開催しないで欲しいわけです。
一方で、幼稚園的な教育を期待している保護者にしてみれば、
毎日の読み書きや運動の指導なども大切だし、
その披露の場として、運動会もお遊戯会も楽しみにしているわけです。
つまり、ぜんぜんニーズに合わないのです。

さて、そんな認定こども園でしたが、3月は卒園の時期。
ここの園では、幼稚園だった頃から、伝統的に、
3月の土曜に卒園児の保護者が集まって、
園舎の掃除をさせていただくことになっていたようです。
その理由は「報恩感謝の心」が大切だから。
毎日お世話になった園舎を磨いて、感謝を捧げましょうということで、
正直、親としては面倒だなと思う気持ちもあるかもしれませんが、
企画意図というか、趣旨は明確ですよね。

ここに保育園系のトンデモさんが出現したのだそうです。
曰く、
「月謝を払っているのに、なぜ掃除しなくてはいけないのか」
と。
つまり、払ってる月謝で園がスイーパーとか雇ってくださいという論です。

この発言に対する反論は可能です。
私も意見はあるし、実際に通わせている知人も言いたいことはあったようですが、
そんなことより、園長先生が意気消沈してしまったそうです。
日々続けてきた「報恩感謝の心」の法話が、親にまで届いていなかった無力感。
この意見の親に育てられた子どもには、自分の法話など届かないのだろうという徒労感。
そして、何より、このような意見は2件3件でなく、かなりの件数が寄せられたことで、
あぁ、報恩感謝は死んだのだな
こんなことなら認定こども園にならなければよかった、
それだと幼稚園として存続はできなかっただろうけど、
それなら幼稚園を畳めばよかった、と、悲観して、
なんと、伝統の清掃は廃止になったのでした。

その話を聞いて、私は悲しいと思いました。
月謝を納めているんだから…というのは Give and Take の考え方です。
しかし、私は、所謂 Give and Take は誤りだと思っています。
私たちは、別に何もしなくても社会に生かされているのだから、
まず、最初の一歩は『報恩』であるべきだと思うのです。
つまり、月謝云々はその後の話であって、
まずは、社会に受け入れてもらえていることに対して、
恩を返すことが大事だろうと思うのです。

この話には伏線があって、
この園では卒園式後、謝恩会などといって、
飲食を伴う軽いパーティーのようなイベントを行っていたそうです。
謝恩会というネーミングですから、お世話になった先生方を労うもので、
意味合いとしては前述の清掃と同じ趣旨のものです。
費用は、卒園積立金などの名目で、便宜上、園が徴収していたそうで、
総額から卒園アルバム代を園が使い、
余剰分が謝恩会費用として保護者に払い出される形です。
まぁ、本来は謝恩会費を園が徴収するのは変ですが、
親が自治的には集金できるわけないですからね。

しかし、このコロナ禍、飲食を伴うパーティーなんてできません。
徴収額は過剰になるはずです。
この園長先生はそんなに強欲な人物でもないようですが、
余剰金は園に寄付していただけたら園児のために使えるし、
ありがたいなと思ったようです。
よく、緞帳とか平均台とかに「寄贈 ○年度卒業生一同」とか書かれていますが、
ああいうイメージです。
そして、保護者代表とそのように話をつけたようです。

私は、悪くない話だなと思いました。
謝恩を名目に徴収したお金ですから、
園に渡して、園児のために使われるのなら趣旨に反しないし、
私は、ぜんぜん問題ないと思いました。

しかし、現れたんだそうです、トンデモさんが。
「謝恩会やらないんだったら返金してください」と。
いや、余剰分を人数で割ると、一人あたり2,000円くらいだったそうで、
返金の事務や、ハンコもらったり、監査を頼んだりする労力を考えると、
少し難しいのではないか…と答えると、
「難しくてもやれるんだったらやってください」と。
保護者代表も、
「来年度以降の在園児に喜んでもらえるようなものを寄贈したら」と、
とりなそうとするのですが、
「アンタんちは来年度以降も下の子がいるからいいかもしれないけど、
ウチは今年で終わりだから、
何か寄贈してもウチの子は使わないんだから、
払いたくないんだよ!
」と言われたと。
ここで保護者代表、爆死です。
「勝手に園長と密談して寄付を決めてんじゃねーよ」とか言われて、
精神を病む事態になったそうです。

もうこの辺にしておきますが、
園長先生が言うように、「報恩感謝の心」は死んだのでしょうか。
すでに与えられていることに感謝し、
可能ならお世話になった方にお返しする、
それが難しいなら、後に続く者に恩を送る

それって、ごくごく普通の日本の営みだったと思うのですが。

「報恩感謝の心」が死んだとすれば、日本が死んだことになりかねませんよね。
自己中心的な社会、大丈夫でしょうか。

[SE;KICHI]

いつかは腑に落ちる。かも。

新生活が始まった方々も多い季節になりましたね。
新しい環境で新たな出会い、
新たに覚えることもたくさんあることでしょう。
就職先ではまず社内ルールを覚えないといけなかったりしますが、
それとは別に上司や先輩の個人的ルールなるものも存在したりしますよね。

思い返してみると、まー、怒られましたねー。
経営者からは怒鳴られましたし、時には人格否定もされました。
新人だろうがなかろうが従業員は皆でしたけどね。

ただ、厳しく言われなかったら気付かずにいたことも多かったのも事実です。
当時は納得できなかったことも、時が経って腑に落ちたこともたくさんあります。
ルールも意味が分からず押し付けられた感がありましたが、
後々、大切なことを教わったと実感しています。
人生経験浅いあまちゃんでしたから、動き一つにしてもイライラさせたことでしょう。
要領や効率など考えずにいましたから。
そんな昔の記憶を遡ってみるのもこの季節ならではです。

ここからは、病院の待合室で遭遇した出来事です。
受診待ちでソファーに座っていたら、
物凄い剣幕のご婦人が高齢のお母さん連れで入ってきました。
受付で開口一番、
ちょっと聞いてください!
駐車場で母を車から降ろしていたら、
次に入ってきた運転手から早くどけ!て言われたのよ!
他にも空いているのよ、
だから、他へ止めたらいいでしょ!て言ったら、
どこに止めようがこっちの勝手だろ!て言われたのよ!
どう思います!?
信じられないでしょ!!
母は高齢で足も悪くて、
乗り降りするのに時間が掛かるっていうのに!!
これからその人ここに入ってきますから!!


私だけではなく待合室にいた人皆、人物像を想像しながら待っていたと思います。

ドアを開けて入ってきたのは、小さな子供を連れたお母さんでした。
えっ!?想像と違った。
その女性は何事もなかったように、受付を済ませ、
待合室の本棚で子供と絵本を選び、ソファーで読み聞かせを始めました。
びっくりするぐらい大きな声で。

小さな待合室なのでご婦人もすぐそこに掛けています。
今度はそのご婦人が大きな声で独り言を言い始めました。
コの字に配置されたソファーの誰もいない空間を険しい顔で見つめながら。

若い女性は本からご婦人の方へ視線をうつし、
言いたいことがあるなら、はっきり言ったらいいじゃないですか!と、
臨戦態勢に入りました。
ゴーンと鐘がなり(私の頭の中で)バトル開始!

ご婦人は相手に謝って欲しい、
けれど、相手の女性は何故私が悪く言われないといけないの?と、
納得できないので言い返す、といった感じです。

その間、自分が原因で言い争っている二人に挟まれた老婦人は、
切なそうな表情で座っていらっしゃいましたし、
小さな子供は泣きそうな顔で言い争うお母さんを見つめていました。

駐車場での現場を見たわけではないのでどっちとは言えませんが、
若い女性は高齢者と生活をしたことが無いのかもしれないかなと想像しました。
もしかしたら、絶対その場所に止めたい事情があったのかもしれませんけどね。

でもね、ここでの騒動を彼女も腑に落ちる時が必ず来ます。
いずれは老いるから。

さて、バトルの終わりですが、
若い女性が、もう言いたいことはないですか!?と聞き、
ご婦人が、全部言いました!と答えると、
じゃあ、これで終わりですね!と告げ、終了しました。

ご婦人は腑に落ちていないかなー。

[fu~ma]

続・ポージングの話

多様性などということを言い出してからずいぶん経ちました。
2015年9月の国連サミットで SDGs が採択されたせいか、
ここ数年、サスティナブルということがやかましく言われていて、
特に日本の企業などでは [4] とか [8] に力を入れているところが多いようで、
その発露として『多様性』に注目が集まっているという形ででしょうか。

もちろん、当社も、若者や障害者を含む全ての男性および女性における、
積極的な雇用や働きがいのある人間らしい仕事を守るという立場には、
全面的に賛成するものです。
しかし、日本の社会でそれが共通認識として語られながらも、
一方で、果たして本当にそこに向かって推進されているのか、
もしかしたら「題目倒れ」になっていたりはしないかと心配にもなるのです。

正月に、近県の温泉に行きました。
そこは混浴になっていたのですが、
令和の時代に、さすがに男女が性器まる出しというわけにはいかないのでしょう、
受付で“湯浴み着”を渡され、それを身に着けて入浴することになっていました。
つまり、男性は湯文字のようなものを腰に巻き、
女性は長襦袢のようなものを羽織って入浴するシステムというわけです。

入浴中は、いつになく初対面の方とも話が弾みます。
なにしろ、男女の性器は“湯浴み着”で隠されており、
いたずらに裸を意識しなくて済むようになっているわけですから。
私も、山梨から来たという、とある母娘と仲良くなって、
山梨銘菓の桔梗屋・信玄餅の話など、時間を忘れて話し込んだのでした。
母は原田知世に似た、柔らかでふんわりした雰囲気の50代、
娘は池田エライザふうの、ダルそうな表情が印象的な20代です。

いや、実際にはそこは温泉ですから、時間を忘れたりはしません。
話しながら、身体が熱くなったら湯船から出て縁に腰掛け、
冷えてきたらそのまま湯船に身を沈めながら話すといった感じで、
まぁ、誰もがする感じで、のぼせない程度に体温調節をしながら話していたわけです。
もちろん、相手の母娘も同じように、湯船に出たり入ったりしています。

ところで、受付で受け取った“湯浴み着”はなかなかの薄手で、
裸を意識しなくて済むようになっているはずの“湯浴み着”なのに、
お湯につかって濡れた状態で湯船から出ると、
むしろ裸を強調するかのように透けているのでした。
その母娘もバッチリ透けており、
湯船から出たり入ったりするたびに、透けて見えるわけです。
和彫りが。しかも2人揃って。
いや、もちろん、胸とかそういう部分も透けて見えているのですが、
そういうところよりも、肩や腕の、鮮やかな和彫りが目に飛び込んできます。
あまりにも私がガン見していたせいでしょう、母のほうが、
「あ、コレ、気になりますか。……よかったら見ます?」と、
わざわざ背中を向いてくれました。

濡れてぺったり張り付いた長襦袢越しの背中には、見事な和彫り。
母は菩薩像、娘は鯉の滝登りのような意匠になっていて、
もちろん単体ではなく、彼岸花やらなにやらを散らしてある凝ったもの。
「コレ、観音様じゃなく虚空蔵菩薩なんですよ」と、
上品に笑う、和彫りには縁がなさそうに見える原田知世似の母。
ダルそうな池田エライザふうの娘も、「カッコいいっしょ?」と言います。
母によれば、「これのせいで銭湯にもプールにも行けないんです」とのことですが、
聞けば、この温泉は“湯浴み着”を着るシステムのため、
いちおう見えないことにできるということで、時折訪れているとのこと。

しかし、また、それは、なんとも美しい和彫りでした。
母の背中に鎮座する虚空蔵菩薩は精妙で、手を合わせたくなるような出来だし、
華奢な娘の背中に描かれた鯉は丸々と太っていて生命力にあふれています。
なんというか、ついつい見入ってしまう、見事な刺青だったのです。

そこで私に湧き上がってきたのは、
なぜ、それのせいで銭湯にもプールにも行けないんだろうという疑問。
もちろん、それが銭湯やプールのルールだということは承知していますが、
なぜ、そういうルールがあるのでしょうか。
いや、たとえば伝染病とか極端に不潔とか、
お湯を汚すような方が入店されると困るだろうなとは思いますが、
刺青は、別に誰にも実害は与えないと思うのに、なぜダメなのでしょうか。

実は、銭湯は「公衆浴場」とも言われ、保健衛生上必要とされる施設だとされているため、基本的にはタトゥーが入っていても入場することが可能です。全国浴場組合によれば「刺青のある方もお断りしていない」とのこと。それ以外の施設(スーパー銭湯やプール等)では入場が断られていることがい多いのですが、上記の母娘はこれを混同したものでしょう。

後日、気になって調べてみたところ、
刺青の方が銭湯やプールで入店が制限されている理由は、
衛生面での懸念などではなく、怖い感じがするから、だそう。
いやいや、何年も前には北海道の温浴施設で、
マオリ族の女性がタトゥーを理由に入浴を拒否される問題も起きましたが、
マオリ族の女性が怖いはずはないので、
結局、「刺青イコール反社会勢力」というイメージの紐づけの問題ですよね。

多様性、認められていないじゃないか。

刺青が入っているだけで反社会勢力と決めつけて排除するというのは、
冒頭の多様性を認める社会という観点からすれば、明らかに逆行しています。
これって、一見、なんだか日本人的な気もするのですが、
いや、しかし、昭和の昔には刺青のある人も普通に銭湯にいましたし、
それこそ反社会的な生活をなさっている方もいたと思います。
そんなときは、むしろ一般の入浴客のほうが品行方正で、
トラブルは起きないばかりか、みんなルールを守っていたと記憶しています。

私が出会った和彫りの母娘は、本当に素敵な母娘だったのです。
どういう経緯で背中に和彫りを背負っているのかは知りませんが、
反社会的で怖い人というイメージは、話してみればすぐに吹き飛びます。
多様性って、個性を見ずにイメージで語れということではないはずですから、
SDGs とかサスティナブルとか、カッコいいこと言っていますが、
結局はベンダサン的な空気に流される日本。
多様性なんて受け入れる気はないってことですかね。

ポーズだけじゃなくて、
多様性を標榜するなら、
どんな人も受け入れるだけの度量がいるのだろう
と、
改めて思ったのでした。

[SE;KICHI]

税金の納め先

地産地消という言葉がありますが、どういう意味なんでしょうか。
いや、主に農産物の分野などで、
「その地方で獲れたものをその地方で消費する」という意味だ、
くらいのことは私にだって分かるのですが、
これだけ流通のボーダーレス化が進んでいるこの時代に、
そのようなことがなぜ尊いのでしょうか。

何年か前、富山県高岡市で、地元の百貨店が閉店しました。
実際には金沢が本社なのですが、北陸が地盤という意味で、広義の地元と考えます。
まぁ、ろくにお客さんが入らなかったから閉店しちゃったわけで、
閉店を惜しむくらいなら普段から利用しなさいよってことなのですが、
この百貨店が何に競合して負けたのかといえば、
おそらくイオンとかアウトレットモールのような大手です。
つまり、今回の百貨店の閉店は、
地元の店舗が、全国展開する大手企業に負けたという話です。

そんなの、単なる企業努力の不足で、市民には関係ないと思うでしょう。
実際、みんなしてイオンのほうが便利だと思い、
イオンにばっかり行ったからこうなったのだし、
経済活動として、それは自然なことです。
ただ、実は市民にも関係は、あります。
それは、その会社がどこの資本かってことです。

ざっくり言うと、地元の百貨店で買い物をすると、地元の会社が潤うわけです。
その潤いは、賃金や設備投資、納税などの形で、
地元の経済に貢献するはずです。
ところが、その分を、地元の百貨店ではなく大手資本で消費すると、
その潤いは地元ではなく、その企業の本社がある地域のものとなります。
たとえば、イオンなら、本社がある千葉が潤うことになるわけですし、
ヤマダ電機でテレビを買えば群馬の、TSUTAYAでDVDを借りれば東京の、
それぞれ、地元とは関係のない場所の経済に寄与することになるわけで、
いわば、地方都市の資本が、都会に吸い出されている構造です。

私は、やはり地方都市が活性化することは良いことだと思うので、
地元の企業には頑張ってもらいたいし、
利益は経済活動を行っている地元で使ってもらいたい。
ほら、昔、「たばこは地元で買いましょう」って書いてあったでしょう。

そういうわけなので、当社では、出張先でホテルに宿泊する場面があっても、
大都市資本のチェーンホテルは避け、
可能な限り、地元に資本があるホテルに宿泊するようにしています。
いや、その地方が潤ったとしても、別に私たちの富山や新潟には関係ないのですが、
同じ地方都市同士、エールを送るような気持ちでホテルを選んでいます。

これって、寄付に似た感覚だと思うのです。
ここ数年は多くの天災に見舞われていて、
被災地支援の寄付に参加した方も多いと思いますが、
寄付をしたところで、寄付した側には何も得はありません。
それでも、被災地の惨状を目にして、
何かできることはないかと考えた結果が寄付なのです。

同様に、地元経済の惨状を目の当たりにして、
復活のために何かできることはないかと考えた結果が、地産地消。
やはり自分自身には何の得もありません。
むしろ、価格競争的には損する可能性すらありますから、
自分の損得や利便性だけを考えているような人には理解不能でしょうが、
地元を応援したいと思う寄付のような気持ちがそうさせるのです。

そうそう。
ホテルで思い出しましたが、友人の、元プロボクサーのS氏。
講演の仕事などで地方に投宿する際に、
地元資本のホテルに宿泊するようにしているのはもちろんですが、
彼がすごいのは、アメニティをほとんど使わないことです。
つまり、歯ブラシもタオル類も、ティッシュすら自宅から持参し、
ホテルに備え付けられているアメニティには手を付けないのです。
理由は、自分が宿泊することでホテルに負担をかけたくないから。
当然、自宅からタオル類を持参するとなると、
連泊などした日には尋常でない荷物量になりますが、
それでも、財務体質が脆弱な地方のホテルの邪魔にならないようにと願い、
「少しでもできることをしよう」と、そうしているのだそうです。

これ、なかなかマネできるものでもないですよね。

いや、彼も、実はちょっとだけホテルのアメニティも使うんです。
それは、メモパッドとボールペン。
彼はチェックアウト前にメモパッドにこう書きます。
「ゆっくりできました。
泊まらせていただき、ありがとうございました。
毎日大変ですが、お互い頑張りましょう」と。
そして、日付と氏名を添え、そのまま部屋を出るんだそうです。

それを見たホテルの方がどういう気持ちになるのか、
ちょっと私には想像がつかないのですが、
「少しでもできることをしよう」という彼を意気に感じ、
そこだけは取り入れることにし、
ホテルに泊まるたびにメッセージを残すことにしてしまった私でした。
清掃員の方など、喜んでいただけているのでしょうか。

[SE;KICHI]
プロフィール

kkseishin

Author:kkseishin
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