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膨らむのは…

いよいよ39県の緊急事態宣言も解除され、少しずつ動き出し始めましたね。
ウィルスとの共存が求められ、生活様式も変化していきますが、
慣れるまでには時間がかかるかもしれません。
何はともあれ、少し先が見えてきたことにはほっと一安心です。
とはいえ、油断は禁物です。
みんなの高い意識が必要ですね。

さて、自粛生活の中、どこにも出ないで家にいると、
そう大して変わったことは何も起こりません。
もちろん、GWなんて、仕事にも行かないので、
普段は作らないピザを焼いてみるとか、パンを焼いてみるとか
(といっても、粉類やベーキングパウダー、ドライイーストなど、見事にスーパーの棚から消え去っており、2袋残っていた強力粉に運よく出会えたのと、ずっと前に購入して、消費期限が半年ほど過ぎていた未開封のドライイーストのおかげで実行できたのですが、まあほんと、あまりの商品のなさに思わず写真を撮りたくなってしまいました、、、撮りませんでしたが)
普段なかなか手の回らない片付けや模様替えなど、
少しはウキウキすることもしてはみましたが、
一日に3回も食事の支度をしていると、
一日中ご飯ばかり作っている気がして余計に気が滅入りました。
ましてや我が家はそれぞれに好き嫌いが激しく、献立を考えるのも一苦労。
そうなると、大きく大きく私の心を動かすのは家族への不満です。

これまでに何度か自分の器の小ささを暴露してきた私ですが、またしても、暴露します。
我が家は主人の両親と同居していますが、
義母はパート勤めをしているのですが、義父はリタイヤしてずっと家にいます。
家事をほとんど担当している私にとって、
ずっと家にいて何にも家のことをしてくれない大人を見ると、
正直、ズバッというと、いらいらします。

仕事をしている義母や主人は、何もしてくれなくてもしょうがない
(・・というのは自分で自分に言い聞かせているだけ)のですが、
一日中家にいて、部屋にいて、パソコン触って、テレビ見て、、、だけの義父を見ると、
朝一番に起きて料理やら洗濯やらゴミ出しやらをして、一日仕事をして、
帰ってきたらまた料理やら洗濯やらをしている私を見て、
何にも思わないの???と、
頭から湯気が出そうに・・・いえ、出てますね、これ。
(付け加えますが、主人は自分のお弁当箱は自分で洗ってくれますし、洗濯干しも多少手伝ってくれます。たまに掃除もしてくれます。義母も、平日朝の洗濯干しと、昼食後の食器洗いと、交代でお風呂掃除はしてくれます。)

まあ、「おじいちゃんなんだから仕方ない」、と、
自分に言い聞かせようとは思いますが、
昔の俗にいうおじいちゃんと今の祖父は随分とかけ離れています。
見た目も若いし、ネットで予約して車を運転して祖父母だけで旅行にいくし、
ネットショッピングも楽しんでおられます。
体を動かさなければいけないと義母に言われ、
近くの大きい公園までわざわざ車で行き散歩してこられます。
だったら、近所のシニアの方々みたいに、
軽いゴミ出しくらい散歩がてら手伝ってくれたって・・・と思えてしまうのです。
ちなみに、↑の「おじいちゃんなんだから」、のところは、
私の中ではちびまる子ちゃんの友蔵さんを思い描いているわけですが、
実際のちびまる子ちゃんのおじいちゃんは、
まるで正反対の性格だったらしいとAKAさんから聞いて、軽くショックを受けました。

世の中のみなさんは、これまで夢中に働いてきて、
ようやくセカンドライフを楽しんでおられる義父に、
こんなひどいことを思っている私を鬼嫁かとお思いでしょうが、
勤務先から帰宅して、洗濯物を畳み、
休む間もなくご飯の支度をしようとしたときに珈琲を飲んでおられ、
そして当然一番風呂・・・となると、心穏やかではいられないのですよ、
器の小さな私には。

学校が休校になって、毎日子供たちの昼食も準備して仕事に行っています。
食べ盛りの小中学生3名分なので正直しんどいです。
かわいらしいお弁当箱では満たされないため、
お米も一升炊きなのに2度炊いています。
レパートリーが少ない私にとって、メニューも、量も、
そして食費も、しんどいのです。
だからこそ、なんの協力もしてくれないことに、
私の不満は膨れ上がっているのです。

膨れ上がると言えば、私の体重も膨れ上がってしまいました。
いわゆるコロナ太りでしょうか・・。
昨年の今頃からみると2~3kg増量しております。
緊急事態宣言が出されてからはプラス1kgくらいです。
今朝体重計に乗ると、新記録をたたきだしていました。
これはまずい・・・Σ(゚д゚lll)

[Okei]
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父との小競り合いと涙

年齢を重ねていくと頑固になっていく、という言葉をよく耳にします。
私自身も年々と自分の考えが固まっていき、
柔軟性に欠けてきてしまっていると反省している今日この頃です。
「自分の考えを持つ」、ということはとても大事なことではありますが、
「今の時代には怖い部分もある」、ということを、
ここ数日の父とのやりとりで感じたので書かせていただきます。

本題の前に少し・・・
私は営業なのですが、新型コロナウイルス感染拡大防止のため、
今は在宅勤務や事務所への時差出勤を行っております。
お客様への訪問もしておりますが、以前とはやり方が少し違います。
以前までは外に出てからでも、
「うーん、これからどこへ行こうか」と考えたりも日常茶飯事でしたが、
現在ではほとんどありません。
外出する前に、当日の訪問先を全て決めてから動くということがほとんどです。
もちろんケースバイケースな訳ですが、ほぼこのやり方です。
理由は単純で、外にいる時間を短くする為です。
営業の方あるあるだと思うんですけど、
外にいる時間が長くなるとコンビニ等の駐車場を休憩で利用しませんか?
飲み物買ったり、トイレ行ったりとか多くなりがちです。
短時間の用事かもしれないですけど、何回かやってると馬鹿にできないはず。
このような時間も極力避けたいなって思ってます。
そんなこともあり、以前より午前中は自宅にいることが多くなりました。
電話、メールの確認、こちらからのメールでの営業活動が多くなりました。
基本的には夕方から事務所に行って仕事の最終確認という段取りにしております。

ここからが父との話です・・・
先日、私はお休みをいただいてたのですが、
朝食を食べている時に父が起きてきました。
どうやら父も休みとのこと。
定年を迎え、延長雇用だし、このような状況だし、まあそうかって思ったんですが、
具合悪くて黒い血を吐いたとのこと。
そして、会社と喧嘩したとのこと。
ファッ!?(;’∀’)ってなったんですけど、
黒い血に関しては単純に飲みすぎが原因だと分かったので、控えなよと言いました。
会社との喧嘩は、現場にいないのでどのようなトーンで言われたか不明ですが、
「酒臭い。アルコールチェッカーを買いましょうか?」ということを言われ、
腹を立てたとのこと。

父は30年以上、今の会社に勤めてきました。
父としては、
「なんで会社にこれだけ貢献してきたのに、そんなこと言われなきゃいけないんだ。
自分しか出来ない仕事をやっているのに馬鹿らしい。
延長雇用になってパワーバランスも変わった。」と、
このようなことを言いました。

私がそれを聞き、返した言葉の内容としては・・・
「お酒臭いまま職場に行くのはモラルがない、
通勤途中に飲酒で捕まったらどれだけ会社に迷惑をかけるか考えてくれ。
親父が今まで会社に貢献してきたことは素晴らしいことだけど、
今現在最前線で頑張っている人、これから頑張って行く人を尊重してくれ。」と・・・

最初はやはり歳を重ねて頑固だったのか、自分の意見を言い返してきた。
息子に注意されてプライドが傷ついたのかもしれない。
しかし、結果的には私の言葉を聞いてくれた。
酒臭いのはよくない、という部分はさすがに効いたのか笑 

その数日後、また父と少し別のことで口論になりました笑
きっかけは、「ネット通販で買った体温計が中々届かない」とのこと。
今の状況だし、ありえるかもなーって思ったが、念の為に話をよく聞いた。
購入履歴のページも見せてもらったが、
購入日は4月頭でその日に発送済みとなっている。
もう4月も終わるのに届いていない。
配送状況のページを見たら、
変更の為見れません、詳しくは出品者にご連絡下さい、みたいなことが書いてあった。
少額ではありますが、これはアカンやつや・・・って思った。

販売している業者を見たら、店名だけは日本語で記載されていて、
住所や電話番号、代表者名等はおそらく中国。
また、運送会社に関してはグーグルで調べたが、
荷物が一向に届かない、騙された等のレビューだらけ。
これに関しては父にこの前以上に注意した。
極論を言えばネットで買うのはよく調べないと怖いからね、ということ。
心配になりすぎて、ネットで買う時は相談してくれとも言った。

ところがどっこい頑固親父の本領発揮!!
父は行政書士の資格を持っていることを武器に、
こんなのが詐欺だとしても法律的にどうたらこうたら、
クレジットカード会社もなんちゃらかんちゃら、言い返してきた。
多分、私が結構強めに注意したのに前回以上に腹を立てたのだろう・・・

法律的にとかそーゆーことじゃなくて、
便利な分、非常に怖い部分もあるから注意してくれということが伝えたかった。
こんな他人から見たらくだらないことかもしれないが長時間小競り合いしていた 笑

結果的には、これからは気を付けると父は意見を聞いてくれた。
私も法律的になんちゃら~みたいなのも納得した。
自分の意見を押し付けるだけではいけないし。

そんな小競り合いが終わっても、
久々に父と長時間お酒を飲みながら本当にいろんなことを語りあった。
そんな中で私がこう言った。
「みんなそうだと思うけど、俺はこの先すごく不安なんだ。
40歳まで生きれるかも本当に不安。
だから、今までと生活も少し変えて、
自分なりに充実するように毎日を過ごしている。
親父が楽しそうに過ごしているから義母にも感謝している」
と。

そしたらお酒飲んでいるせいか、父が急にボロボロ泣き出した。
「お前も兄ちゃんも立派になったから、
やっぱり母さんには生きてて欲しかったな」
と言ってきた。
私も父が急に泣き出してそんなこと言うから我慢できずに涙が出た。
父ほどは泣かない、と強気に思ったが結構涙が出た。

「そんなこといまさら言ってどうするんだよ。
これからまた楽しんで過ごしていけばいいんだよ」と父に言って、
その日の小競り合いは終了。
こう言ってもらえたのが、一つ親孝行できたと思うと私も嬉しかった。

最初のテーマと大分変わっちゃいましたが、長くなったので短くまとめます!
私の頑固親父のようにならず、
いろんな意見を聞き、取り入れましょう!
私も精進します!
それじゃ!!

[SYUN]

いまこそ佐藤一斎先生

〽春なのに 春なのに ため息またひとつ……と歌ったのは柏原芳恵でしたが、
この春はコロナ騒ぎで自粛に次ぐ自粛、
もはや、集まっただけで白い目で見られるような状態で、
歯を見せて笑っただけで憲兵さんが飛んできた戦時下のような厳戒態勢です。

それにしても、マスクやらトイレットペーパーやらの奪い合いは、
冷静さを欠いた場面での日本人の弱さがよく分かる騒動でしたね。
まぁ、カラになった棚の映像をニュースで放送し、
レポーターが「残りわずかの状態です」とか言えば、
そりゃ、不安に駆られた視聴者が買いに走るのは必定で、
報道の在り方に大いに問題はあったとは思いますけど。

このブログでは、waka さんが『言志四録』のレビューを書かれておりましたが、
買い占めに走る人しかり、それを煽る報道関係者しかり、
今回のような緊急事態に、
自身のことしか考えられない方が多かったのは少し残念ですよね。
その意味で、『言志四録』は、
ますますその重要性が高まっているのではないかと思うのです。

『言志録』第122条には、
本然の真己有り。躯殻の仮己有り須らく自ら認め得んことを要すべし。
とあります。
これはつまり、一斎先生は、“自己”には、
善悪を正しく判断できる“真己”と私欲に引きずられてしまう“仮己”の2種類があって、
まずは、そのことを認める必要があると言っているわけですが、
私自身は、感覚的にそう思いたい面があって、昔から大事にしている言葉です。
善悪を正しく判断できる“真己”に従って沈思黙考し、
「自分は何のために生まれてきたのか」を突き詰めて考えることは、
八正道の正見・正思に通じる視点ですし、
私は、そうすれば、私欲に引きずられる“仮己”を抑えられると思っています。
いろいろなところで「志」の大切さが説かれている昨今ですが、
私は、この、「自分は何のために生まれてきたのか」が「志」であり、
「自分の人生をよりよく生きる指針」だと思っています。

そもそも、私欲に引きずられる“仮己”というのがあることに衝撃を受けた私ですが、
一斎先生が80歳を過ぎて書いた『言志耋録』第66条には、
人心の霊、太陽の如く然り。
但だ克伐怨欲、雲霧四塞せば、此の霊鳥いずくに在る。
」と説かれてあり、
つまり、
一斎先生が「すべての人間はもともと善人である」と考えていたことが分かります。
このことは、私の人間観と合致していて心地良いものですが、
一斎先生曰く、その本来の善の心を曇らせるのが克伐怨欲だというわけです。
克伐怨欲というのは『論語』に出てくる“四悪徳”で、
“克”とは人に勝つこと、“伐”とは人に自分の功績を誇ること、
“怨”とは人を憎むこと、“欲”とは貪欲な心、です。
これらの心があると、人間本来の善の心を曇らせると言っているわけです。
うふふふ、人に勝つことは悪徳だそうですよ。
どうでしょうか、みなさん。
私の価値観にはとてもよく合致していますが。

この“四悪徳”は、ほとんどが人間関係に起因するものですよね。
少し前に流行ったアドラーが、
「人間関係の悩みはすべて対人関係に悩みである」と言っていましたが、
裏を返せば、人間関係で悩まなければ、“四悪徳”はほぼクリアできるということです。
そう考えると、一斎先生の「すべての人間はもともと善人である」という考えは、
「そうだったらいいな」的なものではなく、実に合理的な考えであるように思えます。
なぜなら、“四悪徳”は、他人を他人と見るから起こる感情であり、
自他が一体であり、仲間として信頼するという立場をとれば、
起こり得ない感情だからです。

そうそう、一斎先生は、
凡そ事を昨すには、須らく天に事うるの心有るを要すべし。
人に示すの念有るを要せず。
」とも言っています。(『言志録』第3条)
何かを成し遂げたいなら、天に仕えるという心を持ちなさい、
人に見せびらかしたいという自慢の心を持ってはならぬという意味ですが、
一斎先生に心酔していた西郷さんの名言集である『南洲翁遺訓』の第25条にも、
「人を相手にしないで、天を相手にするようにせよ。
人の非をとがめるようなことをせず、自分の足りないところを反省せよ」とあり、
西郷さんが一斎先生の影響を受けていることを如実に示しています。
また、一斎先生が、自他が一体であり、仲間であると考えていた証左です。

まぁ、他人からの評価などに惑わされることなく、
前述の“真己”、すなわち志と向き合ってこそ、人は成長できるということでしょう。

そういえば、『言志録』には、
太上は天を師とし、其の次は人を師とし、其の次は経を師とす。
という、有名な言葉もありますね。
これは、様々な解釈ができそうな感じですが、
立派な人は、先生とか経験・経典などよりも、
“天”の導きを大切にするのだという意味と考えてよいでしょう。
では、この“天”とはいったい何を指すのかといえば、
それは神と呼んでもよいし、お天道様と呼んでもよいと思いますが、
つまりは、すべてを司っている偉大な何か(サムシング・グレート)だと、
私は理解しています。
要するに、世の中には何やら神様的でグレートなご存在があり、
そのご存在(=天)からの導きを最優先すべきであって、
自分の先生からの言葉とか、
自分自身の浅薄な経験や見聞きした書物の情報とか、
そんなものを優先するんじゃないということです。

結局、他人からの評価などに惑わされることなく、
グレートなご存在の導きに従って“真己”を求めよという話でしょう。
コロナ騒動で日本中が疑心暗鬼に陥っている今こそ、
一斎先生の『言志録』、注目されるべき時かもしれません。

[SE;KICHI]

最初から全部が分かっていることは、ない。

〔ステップビハインド→チャチャチャ→ボックスステップ→横向いてステップニーアップで後ろ向き→踏んでマンボ→バックシャッセ→フロントシャッセ→ステップタップ→スッテプニーアップ→ビハインド→前向いてVステップ〕

まぁ、こんなの、ワケが分からなくて当然だというような話を前にしましたが、
これは、私が通っているエアロビクススタジオの、
ある月のコリオ(動き)の一部です。
ワケが分からないかもしれませんが、
完成型として、このように表現されると理解してください。

さて、完成型と言いましたが、これをいきなり踊り始めるわけではありません。
おそらく、そういうことはできませんし、
できたとしてもケガをしたりしてしまうと思われます。

はじめはステップタッチ2往復(8拍)を繰り返して、リズムに慣れます。
そして、慣れてきたら、
このステップタッチをステップビハインドクロス4回に変えます。
それにも慣れてきたら、最初の1回(2拍)だけ残して、
3拍目4拍目をチャチャチャ、5拍目以降をボックスステップに変えるわけです。
そして、その状態で10回は繰り返して、慣れます。
これで最初の、右リードのワンエイトは完成です。
次に、その後に、左に向きながら、
右足を踏んでから左足をニーアップ……という動きを足します。
ニーアップの後は、とりあえず足踏みでもしておきましょう。
ニーアップと足踏みでツーエイト、左右シンメトリーになりました。
ツーエイトに続くスリーエイトは横を向いたままステップタッチ2往復、
フィーエイトは前を向いてのVステップ2回です。
ここまでを繰り返して練習し、そして、ここまでにも慣れたら、
ツーエイトのステップニーアップの際、
アップする足を外に大きく外に振り出す形で、180度後ろ側を向きます。
そこで一つ踏んでからマンボ、それからとりあえず足踏みして、
スリーエイトのステップタッチにつなげます。
このあと、その2往復のステップタッチの後半をビハインドに変えてみます。
そして、前半も、ステップタップ+ステップニーアップに変えます。
最後に、マンボの後の足踏みをシャッセの前後往復に変えて完成。

まぁ、読んでいても意味不明でしょうが、
とにかく、最初からその動きをするわけではなく、
少しずつ変化させたり、足したりしていくのだということです。

これはエアロビクスの話でしたが、
私たちの生活というのは、そもそもが、こういう感じだと思うんです。
最初からいきなりやれたりしないのはもちろんのこと、
よく分からないのに突然やらされることだって多々ありますよね。
そして、私は、そういう時にどうするかが大切だと思うのです。
「いやいや、やり方分からないし」と、尻込みして結局やらないのか、
「よっしゃ、分からんけどやってみっか」と、とりあえずやってみるのか。

たぶん、「分からんけどやってみっか」の人のほうが、人間力は高そうですよね。
だって、たとえば、災害などに見舞われた場合、
あらかじめ万全の構えで被災するということは少ないでしょう。
しかし、「いやいや、避難の仕方とか分からないし」などと言ってまごついていては、
みすみす助かる確率を下げてしまうことになるかもしれません。
一方、もちろん行動には充分な注意が必要ではありますが、
分からないなりにも、熟慮のうえで避難の行動を起こすということは、
命を守るために必要なことかもしれません。

そこまで大袈裟な話ではなくても、
世の中には、遊びとか清掃とか料理とか、
はたまたお茶やお花のお作法から、婚活やSEXに至るまで、
「やり方を言ってくれないとできません」的な方が多い多い。

Resilience という言葉を知っていますか。
もともと、工学や物理学の世界で使われていた言葉で、
物質や物体に対して外力が加わったとき、
どれくらいその力を吸収できることができるか、
また、どれくらいその力を取り除いて元の形に戻ろうとすることができるか、
という用語です。

人間も、Resilience が大切だと思うのです。
離島における急病人みたいなもので、
アレが足りない、コレが充分でないなどと言ってみても物事は解決しないわけで、
状況を認識し、受け入れたうえで、
あるもので全力を尽くす
以外にないじゃないですか。

先日、とある研修に参画した際、
その研修には、研修の一環として、
お世話になった会場の清掃もセットされていたのですが、
そこは少年自然の家ではないので、人数分の清掃用具の準備はありませんでした。
私などは、「そうか、足りないのか。じゃあ、どうしようかな」と考えるのですが、
一部の受講者からは、
「清掃用具が足りないから掃除できません」という苦情が飛び出したとのこと。
何しろこれは研修ですから、おそらく主催者側としては、
「足りないなりに考えて取り組みなさい」という意図もあったのでしょう、
「道具は足りなくても、手も足もあるんだから」と返答していたようですが、
言われたほうには「えっ! 手で掃除しろと言うんですかっ!」と、
それはそれで気色ばんでいました。

私は思うのです。
人生、全てが揃っていて、
「さぁ、やってごらん」と物事を始められることなんて、ない。

だいたいの場面で、何かが不足しているものですが、
そうも言ってられないから、いまあるものを活用して、やるんですよ。
「揃ってないとできない」なんて、環境のせいにする詭弁でしょう。

手持ちで戦う。
そして、全てのことに責任を負う。
そういう姿勢が大事だと思うのですが、どうでしょうか。

[SE;KICHI]

一網打尽願望……結局は貧乏性

学生時代の先輩に、自室に風呂がない安アパートに住んで、
かといって金欠のためになかなか銭湯などにも行けず、
日常的に入浴はできないのだという人がおりました。
人体というものは、だいたい4~5日も入浴せずにいると、
髪が油っぽい感じに見えるとか、なんとなく匂うような気がするとか、
控えめに言っても不潔な感じに見えてしまうものです。
彼は、半月も入浴しないこともザラにあったのですが、
そうなると、通っている雀荘から匂うから帰ってくれと言われたり、
乗ったバスでは混んでいても彼を中心に人がいなくなったり、
少し不潔とかいう次元ではなく、あからさまに汚い感じになるものだそうです。

なぜ、そういうバカなことをしていたのかと聞けば、
最初は、確かに、自室に風呂もなければカネもないからという、
よんどころない事情だったそうですが、
途中からは、いつかせっかく風呂に入るとき、
すべての汚れを脱ぎ捨てて新しい自分に新生するのだ!という、
妙な妄想に取りつかれてしまい、
むしろ、あらかじめ存分に汚しておいたほうが、
すべての汚れを脱ぎ捨てる際に快感なのではないかと思って、
もう、やめるにやめれなかったとのこと。
現在は誰もに名を知られる上場企業で管理職をしている立派な彼は、
「あの頃はどうかしていたね」と言います。

ちなみに、満を持して入浴した風呂。
彼は自室に風呂がないので、とある後輩の部屋が犠牲になりました。
いやあ、実際に私が彼の入浴シーンを見たわけではないのですが、
浴室を提供した後輩によれば、、
人間の身体に、こんなにもたくさんの汚れがついていることがあるのだと、
変に感心してしまうほど、浴槽の湯が変色したそうですし、
入浴後の浴室から悪臭を抜くのに2日くらい換気扇を回しっぱなしだったと聞きました。

……何の話か見失いましたが、
私は、この、「どうせやるなら……じゃないと」という思考は、
あまり良い結果を生まぬと思うのです。

いや、たぶん、みんなに、
“一網打尽にしたい欲求”というのがあるのではないかと思うのです。
いや、それはみんなにあるんじゃないかと思ってるのですが、
どうせやるのでしょうなら、まとめてやっちゃいたいっていう、
一見すると合理主義っぽい、アレです。

たとえば、みなさんも、虫歯の治療というわけではなく、
歯垢除去などのメンテナンスのために定期的に歯医者さんに行くでしょう。
その費用って、だいたい、毎回定額だと思うのですが、
その金額を支払えば、
そんなに汚れていなくても、もしくは、すごく汚れていたとしても、
おおむね、毎回同じレベルにまできれいにしてくれますよね。
そういうときに、私は思うわけです。
金額が一緒なら、汚いほうが得じゃね?って。

たとえば、みなさんも、別に致命的なケガをしたわけではなくても、
整体とかエステとか、定期的に肉体のメンテナンスに行くでしょう。
それも、やっぱり、だいたい定額になっていると思うのですが、
骨格があまり歪んでいなかったとしても、はたまた、ガタガタに歪んでいたとしても、
その規定の施術料金さえ支払えば、
だいたい日常生活に支障のないレベルにまで整えてくれますよね。
そういうときに、またしても、私は思うわけです。
金額が一緒なら、歪んでたほうが得じゃね?って。

ちょっと貧乏くさい話になってきて、恐縮です 笑
が、そんなに悪化していないものをチョイチョイっとされて費用を請求されるのと、
かなり深刻な状況のものを熱心に手を入れてもらって費用を請求されるのと、
金額が同じなら、後者のほうがありがたみがあるというものでしょう。
まぁ、感覚的なものですが、少なくとも私はそうです。

もちろん、だからと言って、わざと歯を磨かずに歯医者に行ったり、
わざわざ腰などを痛めてから整体に行ったりということはありません。
それでなくても歯医者さんというのはなかなか褒めてくれないものですが、
そんな汚い歯で行ったら何を言われるか、想像しただけでげんなりしますし、
整体に至っては、あまりに腰を痛めてしまうと、
その施術では治せないようなレベルかもしれず、リスキーです。

そうです、この感覚は間違っているのです。
本当に一網打尽がよければ、そもそも歯垢除去になど行かず、
歯垢を貯めまくって、虫歯になってから行けばよいのです。
整体も、細かく定期的なメンテナンスなどに通わず、
足腰が立たなくなってからバキッと治してもらえばいいのです。
ただ、それだと大変だし、
そもそも、結果的に治療費がかさむ可能性が高いので、
意味があるのかどうか、よく分からぬと思いつつ、
みんな、歯垢除去や定期メンテに通っているわけです。

ただ、この一網打尽を望む感覚は、
多かれ少なかれ、みなさんにもあるのではないでしょうか。
ほら、せっかくアカスリに行ったら、
自分の身から出たアカを見て、「おわぁ〜」とか、驚いてみたくないですか。
あんまりアカが出なかったらがっかりすることでしょう。

いずれにせよ、「どうせやるなら……じゃないと」という感覚が、
日本中のそこここに蔓延しているせいで、
歯垢除去にしろ骨盤矯正にしろアカスリにしろ、
定期メンテナンスを怠る者があとを絶たないわけで、
結果的に医療費高騰などの社会的課題を引き起こしていると思うのです。

結局、日本人の特性なのかもしれませんが、
このブログに何度も登場している山本七平よろしく、
人々の「どうせやるなら……じゃないと」などという、
薄く広がっている貧乏性が、なんとなく妙な価値観を作っている気がします。

[SE;KICHI]
プロフィール

kkseishin

Author:kkseishin
株式会社セイシン
私たちは工場設備機器を中心に、お客様にご提案・販売をしている総合商社です。

■富山本社/〒930-0821
富山県富山市飯野16番地の5
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FAX:(076)451-0543

■新潟営業所/
〒950-1142
新潟県新潟市江南区楚川甲619番地6号
TEL:(025)283-5311
FAX:(025)283-7469



URL:http://www.kk-seishin.com/

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