FC2ブログ

鉄の失敗談②

以前にもちょっとだけ触れたことがありますが、
北陸から出張や旅行で名古屋へ行こうとするとき、
“特急しらさぎ”と乗り換えの東海道新幹線がセットになった、
「名古屋往復割引切符」というのがあります。
この切符では、特急は指定席ですが、途中の米原より先、
名古屋までの東海道新幹線は自由席になります。
帰りも然りで、米原から北陸方面の特急は指定席ですが、
米原までの、名古屋からの東海道新幹線は自由席を利用することになります。

さて、何しに行ったのかははっきり覚えていないのですが、
仕事で名古屋に出かけた際の話。
その日は、思っていたよりも効率的に予定が消化でき、
名古屋駅に戻った時点で、当初の想定時間より1時間も早かったので、
そこは自由席の気安さ、
予定より早い新幹線に乗って、早めに帰ろうと思ったわけです。

私は、行動しました。
いま思えば、米原までは新幹線自由席ですが、その先の特急は指定席なので、
まずは、みどりの窓口に向かい、乗車可能な乗り換えを提示してもらい、
乗車変更の手続きをしてもらうべきでした。

しかし、その時の私には、そのようなことは露ほども思い浮かばず、
早い新幹線に乗るため、とりあえずホームへ急ぎました。
歩きながらスマホで乗り換え案内を検索すると、
14:19発のひかり513号に乗れと教えてくれます。
その時点で時刻は 14:08 頃なので、余裕で乗れそうです。
穏やかな心境で、エスカレーターでホームに上がります。
ホームに「ルルルルル……」と発車ベルが鳴り響いています。
徐々に視界に入ってきた電光掲示板によれば
いま、発車しようとしているのは 14:09 発のひかり471号のようです。
「おおっ、ラッキー! 10分早いひかりに乗れるじゃん!」と、慌てて飛び乗り、
「ふふふ、だいぶ早い新幹線に乗れたぞ。これは早く帰れるなぁ」と、
密かにほくそ笑む私。

車内アナウンス。
「今日も新幹線をご利用くださいまして、ありがとうございます。
この電車は、ひかり号新大阪行きです。
途中の停車駅は、京都、です。
この電車は全席禁煙となっておりま……」
・・・・・・んっ!? 米原は?

敗因は、ひかりの停車駅が全便共通だと思い込んでいたことです。
つまり、米原に停車しないひかりがあることを知らなかったのです。
というわけで、後ろに飛び去って行く米原駅ホームを車窓に眺め、
次に私が新幹線を降りたのは、古都・京都。

スマホの指示通りに乗っていれば 14:52 には米原に着いていたはずで、
14:56の特急しらさぎに乗れたのですが、
10分早いひかりに乗ったばっかりに、京都に到着してしまった私。
現在時刻 14:46 から、戻らねばなりません。
14:56発、のぞみ28号、米原に停まらない。
14:58発、ひかり472号、米原に停まらない。
15:02発、のぞみ372号、米原に停まらない。
15:05発、のぞみ232号、米原に停まらない。
15:08発、こだま666号、米原に……あぁ、やっと停まる新幹線だ。
それに乗って米原駅まで戻り、米原駅に着いたのは15:30。
当然、14:56 の特急しらさぎには乗れませんで、
乗れたのは 15:56 の特急しらさぎ。
当初の想定時間より1時間も早く名古屋駅を出た私でしたが、
意味なく米原⇔京都を往復したせいで、乗れた特急は、当初の予定通りでした。
・・・・・・乗車変更しなくてよかったぁ。。。

教訓は何でしょうかね。
慌てて飛び乗ってはいけません、か。

とまぁ、これは何年も前の話なのですが、最近、ちょーっとだけ似た話が。
東京などに出張する際、
私は、基本的に自宅にクルマを置き、
最寄りの駅まで歩いて、そこから出張に出かけるのですが、
仕事が立て込んでいるときなどは、その次の仕事を想定して、
あらかじめ必要な場所にクルマを停めておくことがあります。

その日は、夜に富山駅から出発する出張でしたが、戻った後の仕事を見越して、
富山駅からトラムで20分ほどの蓮町駅というところにクルマを停めました。
蓮町駅からトラムで富山駅に向かい、新幹線に乗るという寸法です。
私は駐車場にクルマを入れ、駅手前の踏切で富山駅行きを1本見送ったのち、
蓮町駅のホームに入りました。
スマホの乗り換え案内は何事か指図してきますが、
早朝や深夜じゃあるまいし、本数も多いはずなので問題ないでしょう、
蓮町駅の時刻表を確認します。

なるほど、毎時6分、21分、36分、51分……15分間隔のようです。
しばし、おとなしくベンチでトラムの到着を待ちます……来ない!
現在時刻は20時06分。
毎時6分に来るはずじゃなかったのか、
さては遅延かと時刻表を再度確認。

蓮町駅時刻表

……おおっと。
……20時台から、まさかの間引き運転でした。
次に蓮町駅にトラムが来るのは20時21分。
乗る予定の新幹線の富山駅発は20時41分。
蓮町駅から富山駅まで20分……あぁ、もう、ダメだな。
つまり、さっき駅手前の踏切で見送った富山駅行きが私的終電。

大急ぎで駐車場に戻り、富山駅まで車で移動した私。
どうも、もうひとつ思慮が足りないというか、綿密さに欠ける私。
西村京太郎ばりの完全犯罪には向いていないタイプなのでしょう。

[SE;KICHI]
スポンサーサイト

鉄の失敗談

鉄道に関する記事を書いたら、少し反響をいただきました。

私は、特に鉄道マニアというわけではないのですが、
鉄道は身近な交通手段だったので、エピソードとしては多いです。
恥ずかしながら、ここでは、少し失敗談を書いてみましょう。

経験のある方は分かると思うのですが、
首都圏や関西圏の私鉄電車の特急列車というのは、
ホームに設置してある券売機で特急料金を支払います。
券売機からは、支払うと席番号の記された小紙片が出てきて、
乗客は、そこに書かれている席に着くというスタイルです。
いま、小紙片と呼びましたが、
この小紙片は切符と同じ材質の紙でありながら、切符ではありません。
というのも、券売機の設置場所がホームである以上、
乗客は各自、すでに自動改札を通過した切符を持っているはずだからです。
つまり、切符と同じ紙でありながら、改札の出入りとは関係のない、
自分の席を教えてもらうためだけの小紙片ということです。

さて、いつだったか、学会発表か何かで埼玉の大学を訪れた時のこと。
その最寄り駅は、私鉄の、特急だの急行だのが停車する、大きめの駅でした。
私は、大学での用務を終え、次の目的地に向かいます。
SUICA で改札を通過して駅構内に入り、
ホームで特急券を買い、席番号の記された小紙片を受け取りました。
前述のとおり、この小紙片は改札の出入りとは関係のない紙です。
私は SUICA で入場しましたので、SUICA さえ紛失しなければ問題ありません。

私は紙片の指示に従い、特急に乗り込み、自席に陣取りました。
それから、うとうとしながら45分ほど乗車した私。
最終的な降車駅が普通電車しか停まらない駅だったので、
途中駅で特急を降り、普通電車に乗り換えました。
普通電車はロングシートで、ぼんやりと座っていた私でしたが、
ふとパンツの左のポケットに手を入れると、
指先にさきほどの小紙片と思われるものが触れました。
しつこいですが、この小紙片は改札の出入りとは関係のない紙で、
特急を降りた時点で必要のないものです。
そこで、いけないことではあるのですが、
私は、何を思ったか、そのいらない紙片をポケットから出し、
一瞥もすることなく、
ロングシートの座面と背もたれに間にねじ込み、
そのまま目的の駅で普通電車を降りたのです。

改札を出る直前、
SUICA を出そうとパンツの右ポケットをまさぐったところ、
出てきました、SUICA と、あの小紙片。
えっ! 小紙片?
じゃあ、さっきロングシートにねじ込んだアレは、何?


何がなくなったのか不明ながら、
改札前で、焦りつつ身体じゅうを点検する私。
やがて、なくなっているものが判明しました。
それは、自宅まで帰るためのJRの切符。
つまり、それがないと帰れない、重要な切符。
その切符を乗せた普通電車は、すでに発車している・・・・・・。


そこからの行動は早かったです。
急いでホームに戻って、
(©小林稔侍)">神保徳之助(©小林稔侍)(©恵俊彰)">北斗鉄太郎(©恵俊彰)かという勢いで、
やってきた急行列車に飛び乗り、
先行していた問題の普通電車を追い越し、
急行停車駅に先回りして普通電車を捕捉。
目の前に滑り込んできた普通電車の当該車輛に乗り込んで、
ロングシートの隙間から、まんまとJRの切符を回収したのでした。
ふ~、焦ったぁ。

私は思いました。
いらぬと思われるものでも、
ロングシートの座面と背もたれに間にねじ込んではいけません、と。

実はこう見えて(どう見えているというのか)
このような浅はかな失敗には事欠かない私。
ニーズがあれば、ほかの失敗談も語ります。

[SE;KICHI]

魅惑の・・・(9)

前々回の『魅惑の・・・(7)』では阿弥陀三尊を紹介しました。
その際、阿弥陀三尊の優品として、
浄土寺(兵庫)、仁和寺(京都)、三千院(京都)を挙げたのですが、
来ましたよ、クレームが。
我らが浄楽寺を忘れているのではないかと、横浜の方から。

浄楽寺は横須賀にあります。
横須賀という町は、富山の田舎から想像すると都会的に思えるのですが、
実際に訪れてみると、とても山がちなところで、驚きます。
最初に浄楽寺を訪れた際、知らずに横須賀中央駅で下車して、ひどい目にあいました。
浄楽寺は横須賀市西部の海沿いに位置しているのですが、
横須賀中央とか浦賀とか、鉄道が整備されている東部地区からは、行けないのです。

なぜ、仏像マニアが奈良でも京都でもなく、横須賀のこのお寺に行くかといえば、
このお寺の阿弥陀三尊が運慶作だからです。
現在、運慶作の仏像は、その真作とされるものが全国に17体あるのですが、
そのうちの5体が浄楽寺収蔵庫に安置されているというわけで、
仏像マニアにとっては外せないお寺なんです。

浄楽寺阿弥陀三尊像
https://www.pinterest.ca/pin/388998486553264681/

仏像に興味のない方でも聞いたことはあるでしょう、運慶。

仏像を彫る職人を“仏師”と呼びますが、
平安中期くらいまで、仏師はあくまで製作スタッフ的な存在であり、
仏師の名前が知られることは多くありませんでした。
ところが平安末期、国風文化の少し後になってくると、
そんな仏師の世界に大革命を起こす、定朝(じょうちょう)という人物が登場します。
定朝は、それまで1本の木から掘り出すのが主流だった仏像製作に、
寄木造というコスパの良い手法を導入しました。
また、作風は、彫りが浅く穏やかな表情が特徴で、
それが平安貴族に喜ばれ、定朝の仏像が大ブームになります。
こうして定朝は「仏師と言えば定朝!」という名声を得て、
仏師の地位を飛躍的に高めます。

定朝が確立した仏師フィーバーは弟子たちによって受け継がれましたが、
弟子たちはいくつかの流派を作ります。
そのひとつが「慶派」で、運慶も慶派に所属する仏師の一人でした。
まぁ、慶派は、グループとしての経営は下手だったようで、
運慶も、その同僚・快慶も仕事のない毎日を送っていたようですが、
幸運にもというと不謹慎かもしれませんが、
平重衡が1180年に南都焼討事件をやらかして東大寺が全焼したため、
急遽、東大寺復興という大型プロジェクトが立ち上がり、
ヒマだった運慶は、快慶とともにプロジェクトリーダーに抜擢され、
突如として活躍の場を与えられることになりました。
東大寺南大門の金剛力士像が有名ですよね。

ところで、運慶作とか快慶作と伝わる仏像ですが、
別に、運慶とか快慶が、一人でコツコツ彫っているわけではありません。
いや、実は私も小学生のころまでは、一人で作っていると思っていて、
「運慶、スゲー!」とか、「さすが快慶だぜ!」とか、思ってたのですが、
実際は、今でいえば、複数の職人が所属する〇〇工務店みたいなところが制作し、
その職人たちを束ねる棟梁の名前が運慶や快慶だったりするわけです。
そのことを知った時は、いくらか落胆したものですが、
とはいえ、それまでは、制作者の名前など残っていないか、
残っていても、「伝弘法大師」とか、「伝行基」のような、
“そんなわけないじゃん”的な銘だったところを、
定朝以降、運慶・快慶といった仏師が銘を残せるようになったという意味で、
彼らの存在はエポックなことだったと思います。

運慶と快慶は、同じ流派に属していましたがその作風はむしろ正反対で、
運慶は力強い作風、快慶は優美で繊細な作風が特徴でした。
当時、人気だったのは、たぶん運慶でしょう。
鎌倉時代は本格的に武士が台頭してきた時代ですから、
武士達は、その前の時代の、定朝作の柔和な表情の仏像よりも、
運慶のような力強い作品を好んだのだと思います。
ただ、武士のための仏像が多かったということは、
その家が滅んだり弱体化してしまうと、仏像も破却されてしまう運命にあり、
そのせいで、特定の客層にこだわらず活動した快慶よりも、
残っている作例が少ないのかもしれません。

運慶と快慶のことは、私自身はそこまで強い関心を持ってはいませんが、
知識として、知っていると寺院めぐりが数倍面白くなるのは確実なので、
ちょっと覚えておかれるとよいと思います。

最後に、オススメをご紹介しておきますね。

 運慶作; 浄楽寺(神奈川)-阿弥陀三尊立像・不動明王立像・毘沙門天立像、円成寺(奈良)-大日如来座像、願成就院(静岡)-阿弥陀如来坐像・不動明王立像・毘沙門天立像、興福寺(奈良)-無著菩薩・世親菩薩立像

 快慶作; 浄土寺(兵庫)-阿弥陀三尊立像、東大寺(奈良)-僧形八幡神坐像、安倍文殊院(奈良)-文殊五尊像、醍醐寺三宝院(京都)-弥勒菩薩坐像・不動明王坐像

 運慶&快慶作; 東大寺(奈良)-金剛力士立像

 ちなみに、定朝作; 平等院(京都)-阿弥陀如来坐像(確実なのはこれだけ)

それと、興奮していつもより長めに書いちゃってますが、
“おかめ”発祥で有名な千本釈迦堂(大法恩寺;京都)というお寺の話を付け加えます。
このお寺の本尊は釈迦如来坐像で、快慶の一番弟子・行快の作。
また、それを囲むのは十大弟子と言って、
釈迦如来の十人のお弟子さんの像で、快慶最晩年の作。
それから、私がこの寺で最高だと思っているのが、
運慶晩年の弟子・肥後定慶の、重文唯一の六観音立像。
千本釈迦堂って、庶民的な大根炊きの寺として見くびられていますが、
実は、これだけ揃っているのはすごいことですよ。
これらが一堂に会する、
つまり千本釈迦堂がまるごと引っ越してくるような特別展が、
今日から東博で開催されるそうで、これはもう、行かざるを得ないでしょう。

京都大法恩寺 快慶・定慶のみほとけ

特別展も含めて、
一生に一度くらいは
見ておいて損はないと思いますよ。


[SE;KICHI]

大死一番絶後再甦

百年示道塾とやまの『平成の武者修行』は、無事、下山式を迎えました。
立山は霊山で、古来、立山信仰は山上に浄土と地獄が存在するとしていて、
その登山は死後の世界を巡ることを意味します。
ですので下山は現世に戻るということ、つまり転生することを意味するというわけで、
大死一番絶後再甦
この武者修行も、昨日までの偽りの自分に死を与え、
本来の輝かしい自分となって生まれ変わることを強く願う旅でした。

閻魔堂で安全祈願富士の折立登頂
雄山登頂絶景
下山修了認定証

私は、登山前と登山後の山麓でのお世話を担当していて、
いわゆるシモのお世話係でした。
結局、登山には帯同せずに食事ばかり作る役割なんですが、
たとえば、登山前にはオドオドしていたメンバーが、
下山後にリーダーシップを発揮していたり、
登山前に「登山なんて行きたくないです」と言い放っていたメンバーが、
下山後に「参加できて本当に良かったです」とか言っていたり、
登山に参加したみんなが、登山前と登山後でキャラクターが変わっていて、
まさに転生したかのように、
下山時にすこぶる立派になって戻ってきたことに驚いています。

私にもそういう経験はありますが、
最初は全くの赤の他人だった11名が、立山登山の旅を経て、
辛かった出来事、成し遂げた達成感、見たことのない最高の景色など、
いろんな場面を共有して仲間意識が醸成されていくなかで、
きっと、最高の仲間になることができたのだろうと感じます。

仲間になるということは、自分のことだけではなく、
互いの『なりたい自分』のために貢献するということです。


山に登ったからって、何か得をするわけではありません。
1円にもなりません。
それでも、仲間と一緒に力を合わせて登った経験は、
彼らの人生の糧になるかもしれません。
苦難のない人生などありません。
生きていれば理不尽なことにも見舞われます。
しかし、挫折に際に、完全に力尽きてしまわないために、
今回の登山の仲間の存在や達成感を心にとどめておいてほしいと思います。

多くの大人に支えられて修行に励むことができる彼らは、とっても幸せです。
また、私は食事を作っただけなんですが、
若侍たちの成長に立ち会えて、とっても幸せです。

[AKA]

平成“最後”の武者修行

戦国時代、今川義元が松平広忠の子、竹千代(後の徳川家康)を人質として迎えたとき、
家臣に「竹千代にはむごい教育をしろ」と指示しました。
それを聞いた家臣は、
竹千代に粗末な食事を与え、朝早くから叩き起こして、
休みなしで武術と学問を教え込む生活をさせたそうです。
それを聞いた義元は、家臣を叱責し、
「バカモノ! むごい教育とは、朝から晩まで、
海の幸や山の幸あふれる贅沢なご馳走を好きなだけ与え、
寝たいと言ったらいつでもいくらでも寝かせてやることだ。
夏は暑くないように、冬は寒くないようにしてやることだ。
学問が嫌だと言うならやらせるな。
何事も、好き勝手させることだ!」と言ったそうです。

『茹でガエル』の話を知っていますか。
カエルを熱湯に入れると、カエルは熱さにびっくりして逃げますが、
カエルを水に入れ、この水を加熱して徐々に熱湯にしていくと、
カエルは逃げるタイミングが分からず、そのまま茹であがってしまうそうです。

茹でガエル
http://kamuimintara.blogspot.com/2013/09/4_4.html

これは、カエルってバカだよねぇという話ではなく、
緩やかな変化には気づきにくいという話です。

私たちもそうなのではないでしょうか。
社会は刻々と変化していますが、一日一日の変化は微々たるものです。
そのため、状況の変化に気づきにくかったり、
それに対する対策が遅れたりするものです。
前述の“むごい教育”も、
現場から脱出しよう、自己を変革しようと思わせないように、
甘い環境に慣らして腑抜けにしてしまおうという狙いの悪だくみです。

夏休み、この酷暑のなか、子供たちはどう過ごしているでしょうか。
もしかしたら、クーラーの効いた空間で慣れきってしまい、
もはや外に遊びに行ったりしないかもしれません。
そんな子供たちに対し、
仲間同士で助け合って目的を達成することの大切さについて学んでほしいと願い、
今年も有志にて登山を企画しました。
当社も運営に関わっており、当社の社員もサポートに入っています。

平成の武者修行2018
平成の武者修行 2018 概要

このイベントは、この酷暑のなか、厳しいプログラムだとは思います。
また、一部に、山などに登って何になるんだというご指摘があることも承知しています。
でも、自分の損得だけを行動基準として、
他人を殺傷してでも自我を押し通すというふざけた大人が増えてきた昨今、
過酷な山上で仲間と助け合う体験こそが、
その子の将来に渡る大切な糧となると信じているから、
私たちはこの活動に意味があると思っています。

それから、お預かりする大切なお子さんに万一のことがあっては大変なので、
この武者修行には、各社の新入社員が引率者として帯同します。
その、引率者としてのスキルを高めるための研修も、毎月毎月重ねてきました。
フォトロゲで助け合うことを学び、座学で子供を預かるということの重さを知り、
プロジェクトアドベンチャーでチームワークを養い、
滝行で精神力を鍛え、写仏で子供たちのために心を込めてお守りを作り、
最終的に当日のコースをダイジェストで巡りました。

研修-フォトロゲ 研修-振り返り
研修-座学 研修-プロジェクトアドベンチャー
研修-滝行♂ 研修-滝行♀ 研修-写仏
研修-登山① 研修-登山②

4月には渋々参加していた新入社員たちが、
回を重ねるたびに少しずつでも成長を見せて頼もしくなり、
最終的に、尋常ではない早朝に集合して下見に出かけている姿に感動します。
新入社員たちが入念な準備をしていることだけは知ってほしいと思います。

さぁさぁさぁ、平成“最後”の武者修行、もうすぐ開門です。

[AKA]
プロフィール

kkseishin

Author:kkseishin
株式会社セイシン
私たちは工場設備機器を中心に、お客様にご提案・販売をしている総合商社です。

■富山本社/〒930-0821
富山県富山市飯野16番地の5
TEL:(076)451-0541
FAX:(076)451-0543

■新潟営業所/
〒950-1142
新潟県新潟市江南区楚川甲619番地6号
TEL:(025)283-5311
FAX:(025)283-7469



URL:http://www.kk-seishin.com/

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR