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魅惑の・・・(9)

前々回の『魅惑の・・・(7)』では阿弥陀三尊を紹介しました。
その際、阿弥陀三尊の優品として、
浄土寺(兵庫)、仁和寺(京都)、三千院(京都)を挙げたのですが、
来ましたよ、クレームが。
我らが浄楽寺を忘れているのではないかと、横浜の方から。

浄楽寺は横須賀にあります。
横須賀という町は、富山の田舎から想像すると都会的に思えるのですが、
実際に訪れてみると、とても山がちなところで、驚きます。
最初に浄楽寺を訪れた際、知らずに横須賀中央駅で下車して、ひどい目にあいました。
浄楽寺は横須賀市西部の海沿いに位置しているのですが、
横須賀中央とか浦賀とか、鉄道が整備されている東部地区からは、行けないのです。

なぜ、仏像マニアが奈良でも京都でもなく、横須賀のこのお寺に行くかといえば、
このお寺の阿弥陀三尊が運慶作だからです。
現在、運慶作の仏像は、その真作とされるものが全国に17体あるのですが、
そのうちの5体が浄楽寺収蔵庫に安置されているというわけで、
仏像マニアにとっては外せないお寺なんです。

浄楽寺阿弥陀三尊像
https://www.pinterest.ca/pin/388998486553264681/

仏像に興味のない方でも聞いたことはあるでしょう、運慶。

仏像を彫る職人を“仏師”と呼びますが、
平安中期くらいまで、仏師はあくまで製作スタッフ的な存在であり、
仏師の名前が知られることは多くありませんでした。
ところが平安末期、国風文化の少し後になってくると、
そんな仏師の世界に大革命を起こす、定朝(じょうちょう)という人物が登場します。
定朝は、それまで1本の木から掘り出すのが主流だった仏像製作に、
寄木造というコスパの良い手法を導入しました。
また、作風は、彫りが浅く穏やかな表情が特徴で、
それが平安貴族に喜ばれ、定朝の仏像が大ブームになります。
こうして定朝は「仏師と言えば定朝!」という名声を得て、
仏師の地位を飛躍的に高めます。

定朝が確立した仏師フィーバーは弟子たちによって受け継がれましたが、
弟子たちはいくつかの流派を作ります。
そのひとつが「慶派」で、運慶も慶派に所属する仏師の一人でした。
まぁ、慶派は、グループとしての経営は下手だったようで、
運慶も、その同僚・快慶も仕事のない毎日を送っていたようですが、
幸運にもというと不謹慎かもしれませんが、
平重衡が1180年に南都焼討事件をやらかして東大寺が全焼したため、
急遽、東大寺復興という大型プロジェクトが立ち上がり、
ヒマだった運慶は、快慶とともにプロジェクトリーダーに抜擢され、
突如として活躍の場を与えられることになりました。
東大寺南大門の金剛力士像が有名ですよね。

ところで、運慶作とか快慶作と伝わる仏像ですが、
別に、運慶とか快慶が、一人でコツコツ彫っているわけではありません。
いや、実は私も小学生のころまでは、一人で作っていると思っていて、
「運慶、スゲー!」とか、「さすが快慶だぜ!」とか、思ってたのですが、
実際は、今でいえば、複数の職人が所属する〇〇工務店みたいなところが制作し、
その職人たちを束ねる棟梁の名前が運慶や快慶だったりするわけです。
そのことを知った時は、いくらか落胆したものですが、
とはいえ、それまでは、制作者の名前など残っていないか、
残っていても、「伝弘法大師」とか、「伝行基」のような、
“そんなわけないじゃん”的な銘だったところを、
定朝以降、運慶・快慶といった仏師が銘を残せるようになったという意味で、
彼らの存在はエポックなことだったと思います。

運慶と快慶は、同じ流派に属していましたがその作風はむしろ正反対で、
運慶は力強い作風、快慶は優美で繊細な作風が特徴でした。
当時、人気だったのは、たぶん運慶でしょう。
鎌倉時代は本格的に武士が台頭してきた時代ですから、
武士達は、その前の時代の、定朝作の柔和な表情の仏像よりも、
運慶のような力強い作品を好んだのだと思います。
ただ、武士のための仏像が多かったということは、
その家が滅んだり弱体化してしまうと、仏像も破却されてしまう運命にあり、
そのせいで、特定の客層にこだわらず活動した快慶よりも、
残っている作例が少ないのかもしれません。

運慶と快慶のことは、私自身はそこまで強い関心を持ってはいませんが、
知識として、知っていると寺院めぐりが数倍面白くなるのは確実なので、
ちょっと覚えておかれるとよいと思います。

最後に、オススメをご紹介しておきますね。

 運慶作; 浄楽寺(神奈川)-阿弥陀三尊立像・不動明王立像・毘沙門天立像、円成寺(奈良)-大日如来座像、願成就院(静岡)-阿弥陀如来坐像・不動明王立像・毘沙門天立像、興福寺(奈良)-無著菩薩・世親菩薩立像

 快慶作; 浄土寺(兵庫)-阿弥陀三尊立像、東大寺(奈良)-僧形八幡神坐像、安倍文殊院(奈良)-文殊五尊像、醍醐寺三宝院(京都)-弥勒菩薩坐像・不動明王坐像

 運慶&快慶作; 東大寺(奈良)-金剛力士立像

 ちなみに、定朝作; 平等院(京都)-阿弥陀如来坐像(確実なのはこれだけ)

それと、興奮していつもより長めに書いちゃってますが、
“おかめ”発祥で有名な千本釈迦堂(大法恩寺;京都)というお寺の話を付け加えます。
このお寺の本尊は釈迦如来坐像で、快慶の一番弟子・行快の作。
また、それを囲むのは十大弟子と言って、
釈迦如来の十人のお弟子さんの像で、快慶最晩年の作。
それから、私がこの寺で最高だと思っているのが、
運慶晩年の弟子・肥後定慶の、重文唯一の六観音立像。
千本釈迦堂って、庶民的な大根炊きの寺として見くびられていますが、
実は、これだけ揃っているのはすごいことですよ。
これらが一堂に会する、
つまり千本釈迦堂がまるごと引っ越してくるような特別展が、
今日から東博で開催されるそうで、これはもう、行かざるを得ないでしょう。

京都大法恩寺 快慶・定慶のみほとけ

特別展も含めて、
一生に一度くらいは
見ておいて損はないと思いますよ。


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魅惑の・・・(8)

6年前、観世音菩薩について書いた記事で、
如意輪観音について、ほんの数行だけ触れましたね。

観音の中では、「1000の手で一人残らず救済するぜ!」の千手観音や、
「11の顔で漏らさず見守るから!」の十一面観音などがビッグネームであり、
如意輪観音というのは、いまいちメジャーな感じがしないのですが、
なかなかどうして、私は如意輪観音、好きです。

如意輪観音は、膝を立てて、なにやらアンニュイに頬杖をつくという独特な姿で、
その妖艶さというか、エロさが仏像マニアの心をつかんでいます。

如意輪観音
https://blogs.yahoo.co.jp/bashar8698/37730067.html

エロくない?

そもそも、仏像というのは、でっぷりとした半裸でチリチリパーマの人物が、
無表情にどっしりと座っているものと思っている人も多いのですが、
この如意輪観音からは、風呂上りに半裸で座っている熟女のような色香を感じます。
かたせ梨乃とか、どうでしょうか。

エロさの秘訣は手の感じでしょうか。

如意輪観音には腕が6本あります。
右手側、上から一番目の手は指先を頬に当てています。
これはどうやって衆生を救おうか考えているところです。
2番目の手は、如意宝珠という珠を掌に乗せて胸の中央に置いています。
この宝珠は特殊な珠で、思うがままに財宝を取り出せると言われています。
如意輪観音の「如意」は、ここからきています。
3番目の手は、下方に伸ばして数珠を持っています。
私は、頬に当てた手よりも、数珠を持つ手指の感じなどに、
そこはかとない色香を感じるのです。

左、一番上の手は指を伸ばし、その指先に法輪を乗せています。
この輪宝を回すと全ての煩悩を打ち砕くことができるのだそうです。
如意輪観音の「輪」はここからきています。
2番目の手は、蓮華を持っています。
3番目の手は、腕を下に伸ばして身体を支えるみたいな形になっています。
これは、触地印といって、地を鎮めるようなことを意味します。
私は、この床に触れている手の感じにも気怠い感じを受けます。

ところで、ちょっと感性的な話をしますが、
指先を頬に当てるスタイルについて、
さきほど、どうやって衆生を救おうか考えているところなのだと書きましたが、
私は子供のころ、そこにちょっとした違和感を感じたのです。
だって、どうやったら人々を苦しみから救えるか、
観音様は仏様なのに、頬に指を当てて考えないと分からないんだ、変なの、と、
幼少の私は、なんだか滑稽に感じたわけです。

もともと、菩薩という階級は修行中の身なので、
衆生救済について考えを巡らせる場面はあって当然ではあるのですが、
儀軌といいますが、最初に造形のルールを考えた人は、
仏とて、人と同じように、
悩み苦しんだりしているのだということを表現したかったのでしょうか。

結果、如意輪観音にはどことなく親近感があり、
人を惹きつける妖艶な魅力を漂わせている感じがするのです。

ところで、私は、如意輪観音というのはお堂に祀られているもので、
路傍の石仏が如意輪観音なんてこと、ないと思っていたのですが、
先日、富山市の大山地区というところで、
地蔵菩薩だと思って近づいた石仏が如意輪観音でびっくり仰天しました。
ただ、私が仏像好きということを知らない知人は、
地味にびっくりしている私の隣で、
「あら、珍しい姿のお地蔵さんね」くらいに思ったようです。
・・・・・・いや、それ、如意輪ですから。

道端の如意輪観音

最後に、オススメをご紹介しておきますね。

観心寺(大阪)室生寺(奈良)神呪寺(兵庫)醍醐寺(京都)正法寺(岩手)

一生に一度くらいは
見ておいて損はないと思いますよ。


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魅惑の・・・(7)

信仰というものは、何かを信じ、その教えを腑に落とし、
それを自分自身の価値観の基軸として日常生活を営むことですよね。
つまり、ただ漠然と「いいね」と思うとか、親和性を感じている程度では、
信仰とか、信じているとは言えないのだと思います。

さて、ここ北陸の地では特に盛んなのですが、
阿弥陀信仰って、何なのでしょうか。
前述の通り、信仰というからには、
ただ好きとか、そういうことではなく、その教えを腑に落として、
それを自分自身の生き方のベースに据える必要があります。

どうして私が阿弥陀信仰に疑問を持っているかというと、
阿弥陀如来のご利益というのが、
死んだ後、いいところに連れて行ってあげようというものだから。
要は、受験合格とか、病気平癒とか、家内安全とか、そういうのではなく、
死後の安寧を担当しているのが阿弥陀如来なのです。
だとすれば、現在ただいま、欲深い人生を歩んでいる私たちにとって、
死後担当の阿弥陀如来は、それほど縁深い存在ではないと思うのですが、
よくもこれほどまでに広まったものだと感心します。

よく「お迎えが来る」などと言いますが、
生前に阿弥陀如来を信仰していれば、死後、
「いいところに連れて行ってあげよう」というご利益により、
死後担当の阿弥陀如来がわざわざ迎えに来てくれて、
極楽に連れて行ってくれるのだそうです。

迎えといえばリムジンを連想しますが、
阿弥陀如来は、リムジンではなく、雲に乗って迎えに来ます。
そして、阿弥陀如来はひとりで来るわけではなく、
弟子の観音菩薩と勢至菩薩を従えてという、水戸黄門編成で迎えに来ます。
この様子を表しているのが阿弥陀三尊と言われる仏像です。

三千院阿弥陀三尊像 http://blog2.hix05.com/2014/08/

この写真は有名な京都・大原、三千院の阿弥陀三尊です。
死ぬと、この3人が雲に乗り、迎えに来てくれるというのです。
私のイメージでは、効果音はワンダバダバダバダバです。
もしかして、ちょっと不謹慎でしょうか。

ちなみに、向かって右の、水戸黄門で言うと格さんの位置にいるのが観音菩薩です。
ドロンボー一味で言うとボヤッキーの場所ですね。
観音菩薩については、ちょうど5年前の『魅惑の・・・(1)』で紹介したとおり、
ソロ活動で大活躍ですが、ここでは阿弥陀如来の忠実なしもべとなっています。
その観音菩薩、上の写真で鉢のようなものを持っているの、分かりますでしょうか。
これは蓮台と言って、蓮の花なのですが、
ここに死者を載せて、極楽へと連れていくということになっています。

つまり、人間は、この観音菩薩が持っている台に載せられる大きさということで、
これは、実は凄いスケール感です。
そのデカさで迎えに来るというのですから、
そりゃ、効果音はワンダバダバダバダバでしょう。
生きているうちは、特に何もしてくれないけれど、
その威圧感で「死んだ後、いいところに連れて行ってやろうか」と聞かれたら、
「ははぁぁぁぁー、恐れ入ります」って、なりますよね。

ところで、『観無量寿経』に説かれている“九品往生”によれば、
生前の行いによって、お迎えには9つのランクがあるとされています。
たとえば、最高位の“上品上生”では、
三尊どころか25菩薩を従えた阿弥陀オールスターズでお迎えに来てくれるそうですが、
最下位の“下品下生”にもなると誰も、阿弥陀如来すら迎えに来ず、
弟子の観音菩薩が持っているはずの蓮台だけがポツンと配車されて来て、
死者自らが「どっこいしょ」と乗らなければならないのだそうです。

最後に、オススメをご紹介しておきますね。

 弥陀三尊;浄土寺(兵庫)仁和寺(京都)三千院(京都)

これらとは別に、お迎えの9つのランクに応じた9種類の阿弥陀如来を、
なんと9体並べて祀っているお寺があります。

 阿弥陀如来坐像9躯;浄瑠璃寺(奈良)

そうそう、東京の世田谷に「九品仏駅」というのがありますが、
それも近くに阿弥陀如来坐像9体を祀っている浄真寺にちなんでいます。
最後に独尊としての阿弥陀如来像の優品をご紹介します。

 阿弥陀如来;平等院(京都)法界寺(京都)広隆寺(京都)

一生に一度くらいは
見ておいて損はないと思いますよ。


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こりゃ、たまらんです。~魅惑の・・・(番外編)

このところ、聖徳太子について、実在したのかしなかったのか、
ちょっと、本人にとっては切ない議論があったりしますが、
仏教の観点からいえば、もともと外国の宗教であった仏教の、
日本への布教を強力に推し進めたという点で、聖徳太子は重要な人物です。

たとえば、推古31年(623年)造立の法隆寺金堂釈迦三尊像は、
聖徳太子の病気平癒を祈念し、渡来人・鞍作止利によって作られたもので、
この仏像は、止利様式と呼ばれ、大胆と簡潔かつ、規則正しさが特徴です。
飛鳥時代(530年頃~645年頃)の仏像って、実は、私はあまり好きではないのですが、
この仏像に関していえば、好きとか嫌いとかいうことを超越した、
仏像を好む者にとっては“必修科目”みたいな仏像です。

法隆寺金堂というのは、法隆寺の中心と言ってよいお堂ですが、
釈迦三尊像はその中央に安置されています。
この像の特徴は、上下の瞼を対称にした「杏仁形」と呼ばれる目と、
「仰月形」と呼ばれる口角の上がった三日月形の唇、
それから、全体が遠目に二等辺三角形のように見える規則正しい裳懸座でしょう。

しかし、いまから思い起こしてみるに、金堂内は薄暗いのです。
釈迦三尊像は金銅仏なので、制作当初は全体が鍍金され、
まばゆいばかりの黄金の光で堂内を満たしていたはずですが、
なにしろ1400年も経っている仏像ですから、
長い歳月の間に、鍍金が剥がれて銅青が顔を出し、
全体がもわっと深緑色を帯びています。
また、仏像の手前に竹でバリケードが築かれているため、
釈迦三尊は少し遠目に眺めることしかできません。
したがって、遠目からでも分かる裳懸座は別にしても、
暗い堂内では、その場で表情まで読み取ることは難しいものです。

本来の堂内の様子 こういう感じですね。
http://www.shikoku-np.co.jp/national/culture_entertainment/photo.aspx?id=20080212000235&no=1

まぁ、要するに、国宝ともなれば、近くでは見られないということです。

さて、ところがですね、政府の地方創生事業の支援を受けて産官学が連携し、
最新技術によって、門外不出の法隆寺金堂釈迦三尊像を再現したといいます。
まず、東京藝術大学が法隆寺や文化庁の許可を取って実物を計測し、
その解析データを基に3Dプリンタで原型を作って、
それを使い、富山の伝統工芸である高岡銅器や井波彫刻の職人が、
鋳物や彫刻の技術で国宝を再現したという、えらく挑戦的な取り組みです。
興奮しますよね。

その完成品が、富山県高岡市に展示されるというので、行ってきました。(なんと、無料です。)

いや、こりゃ、たまらんです。

再現釈迦三尊 近くまで行けちゃう

こんな近くまで行けちゃいます。
ちなみに、この写っている人々は、内陣に入って直下まで近づいている人。
私は外陣からそれを写真に撮っています。
つまり、私のいる外陣でもこんなに近くまで寄ることができます。

私も靴を脱いで、内陣に入ってみます。(なんと、無料です。)
私が行ったのは休日で、わりと人出は多かったのですが、
数人ずつ内陣に入れるよう誘導されていて、混乱はありません。

再現釈迦三尊 触れちゃう

ちょっと見てください! 触れます!
いやいや、こりゃ、本当にたまらんです。
もちろん法隆寺で仏像を触ったら、すぐに警備員が飛んできて、
良くて摘まみ出されるか、悪くしたら逮捕されますが、ここでは触れます。

まぁ、レプリカといえばそれはそうなのですが、
そもそも、レプリカにしても何にしても、
仏像というものは離れた場所から見上げるように拝む対象であり、
仏像の至近距離まで近づけるばかりか、
触って質感を知ることができるなんて、
そうそうできる経験ではありません。

また、本物の釈迦三尊像は、
光背という、いわゆる後光の裏面に文字が書いてあって、
その内容から、製作年とか、あぁ病気平癒のためなのねとか、
いろいろなことが分かるのですが、
前述のとおり、正面の離れたところからしか拝観できないので、
光背などというものは一般の拝観者が観ることのできるものではありません。
しかし、この再現像では、後ろに回り込めるばかりか、
書かれている文章までも再現されていて、
再現の細かさに感嘆してしまいます。
これも、マジでたまらんです。

再現釈迦三尊背面

そして、今回の展示のなかで、とりわけの白眉は、
ちょっと邪道かもしれませんが、3Dの鋳造原型です。
たとえば、奈良の大仏とか、大きな仏像を作るときなど、
通常は、先に、少し小さなモデルを作ってみるもので、
今回も、そのような位置付けで、
3Dプリンタで出力した樹脂製の鋳造原型展示されており、
これが内面からライトアップされていていました。
飛鳥時代にライトアップなどないので、
このような演出は現代の技術ならではのことでしょう。
私は、このようなものを観たのは初めてでしたが、
その一点においてだけでも、現代の人間で得したなぁと思いました。
それはそれは美しく、幻想的に輝いていました。
しつこいようですが、たまらんです。

釈迦三尊像 3D原型

また、もうひとつの注目は、飛鳥時代のそれでは絶対にありえないけど、
今回のバージョンでは鋳型が展示されている点です。
古式の鋳型は砂で、脆いうえに別に使い道はないので、
そのようなものが遺されていることは稀ですが、
今回の場合はそこの技術を誇っているため、ゴム製の鋳型が展示されています。
これも、普段、なかなか見ることのできないもので、
ちょっと見惚れます。

中尊石膏型 ゴム型
(実際にはメイン本尊の手前に鋳型の展示があるので、これから観る本尊への期待を煽られます。)

どうでしょうか。
もはや、私が興奮していることしか伝わらないかもしれませんが、
それも本望です。
20日まで展示されているらしいので、
遠からん方はぜひ拝観されることを、強くお勧めいたします。

詳しくはこちら ⇒ http://www.info-toyama.com/db_img/cl_img/80394/document.pdf

[SE;KICHI]

魅惑の・・・(6)

私は、この『魅惑の・・・』シリーズの記事を、
年に1回くらいと決めているのですが、
少し前、習っているヨガの途中でハッと感じるところがありまして、
先日『魅惑の・・・(5)』で薬師如来について書いたばかりだというのに、
また書いてしまいました。
鬱陶しかったらごめんなさいね。

蔵王権現というのをご存知でしょうか。

現在では天台宗あたりに包含されている感じもしますが、
もともと日本独自に発展した修験道の本尊で、
つまり、インドや中国と関係のない日本独自の仏です。
現在の仏教の、如来・菩薩・明王・天というヒエラルキーに属さないので、
仏像としては王道とは言えないのですが、
なんというか、明王系のちょっとカッコいい容貌で、
マニアにはわりと人気の仏像です。

蔵王権現 http://f.hatena.ne.jp/banriman/20080413224212

なかなか躍動感のある像ですよね。
右足を高く上げ、手刀のような指先。蔵王権現特有のモノです。
私がヨガの途中でハッと感じたのも、理由はここにあります。

いや、立っとれんだろう、コレ。

やってみたら分かるのですが、
これだけ傾いていると、この態勢で静止するのは困難です。
たとえば、ヨガで言えば、
ブルックシャアーサナ(立ち木のポーズ)は、
実際は大したポーズではないのですが、バランスが難しいですよね。
かなりヨガに慣れていてもグラグラ揺れるものです。
この蔵王権現のポーズでグラつかずに静止するには、
相当の筋力が必要なのではないでしょうか。
特に左の臀部から太腿にかけて。
しかも右手を挙げているので、ポーズの難易度がさらに上がっています。

私の予想では、全国の仏像マニアは、
一度は蔵王権現ごっこで、
ポーズを真似てみたことがあるのではないでしょうか。

さて、オススメをご紹介しておきます。

金峯山寺(奈良)三佛寺(鳥取)

特に、蔵王権現は、役小角という修験者が、
吉野(奈良県)の金峯山で修行中に体得したという伝承があるため、
8mの巨像(極彩色)が3体並ぶ
吉野・金峯山寺の蔵王権現像は圧巻です。

ところで、東北新幹線に白石蔵王という駅がありますが、
宮城県と山形県の県境あたりの蔵王山(蔵王連峰)は、
もともと別の名前の山でしたが、
吉野から蔵王権現が勧請され、修験者が修行するようになったため、
平安時代あたりに蔵王山という名前になったと伝えられています。
そういうことで、現地には蔵王刈田嶺神社というのがあり、
蔵王権現を祀っています。(拝観はできませんが。)
 
吉野・金峯山寺の蔵王権現像、
一生に一度くらいは
見ておいて損はないと思いますよ。


[SE;KICHI]
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kkseishin

Author:kkseishin
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