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こりゃ、たまらんです。~魅惑の・・・(番外編)

このところ、聖徳太子について、実在したのかしなかったのか、
ちょっと、本人にとっては切ない議論があったりしますが、
仏教の観点からいえば、もともと外国の宗教であった仏教の、
日本への布教を強力に推し進めたという点で、聖徳太子は重要な人物です。

たとえば、推古31年(623年)造立の法隆寺金堂釈迦三尊像は、
聖徳太子の病気平癒を祈念し、渡来人・鞍作止利によって作られたもので、
この仏像は、止利様式と呼ばれ、大胆と簡潔かつ、規則正しさが特徴です。
飛鳥時代(530年頃~645年頃)の仏像って、実は、私はあまり好きではないのですが、
この仏像に関していえば、好きとか嫌いとかいうことを超越した、
仏像を好む者にとっては“必修科目”みたいな仏像です。

法隆寺金堂というのは、法隆寺の中心と言ってよいお堂ですが、
釈迦三尊像はその中央に安置されています。
この像の特徴は、上下の瞼を対称にした「杏仁形」と呼ばれる目と、
「仰月形」と呼ばれる口角の上がった三日月形の唇、
それから、全体が遠目に二等辺三角形のように見える規則正しい裳懸座でしょう。

しかし、いまから思い起こしてみるに、金堂内は薄暗いのです。
釈迦三尊像は金銅仏なので、制作当初は全体が鍍金され、
まばゆいばかりの黄金の光で堂内を満たしていたはずですが、
なにしろ1400年も経っている仏像ですから、
長い歳月の間に、鍍金が剥がれて銅青が顔を出し、
全体がもわっと深緑色を帯びています。
また、仏像の手前に竹でバリケードが築かれているため、
釈迦三尊は少し遠目に眺めることしかできません。
したがって、遠目からでも分かる裳懸座は別にしても、
暗い堂内では、その場で表情まで読み取ることは難しいものです。

本来の堂内の様子 こういう感じですね。
http://www.shikoku-np.co.jp/national/culture_entertainment/photo.aspx?id=20080212000235&no=1

まぁ、要するに、国宝ともなれば、近くでは見られないということです。

さて、ところがですね、政府の地方創生事業の支援を受けて産官学が連携し、
最新技術によって、門外不出の法隆寺金堂釈迦三尊像を再現したといいます。
まず、東京藝術大学が法隆寺や文化庁の許可を取って実物を計測し、
その解析データを基に3Dプリンタで原型を作って、
それを使い、富山の伝統工芸である高岡銅器や井波彫刻の職人が、
鋳物や彫刻の技術で国宝を再現したという、えらく挑戦的な取り組みです。
興奮しますよね。

その完成品が、富山県高岡市に展示されるというので、行ってきました。(なんと、無料です。)

いや、こりゃ、たまらんです。

再現釈迦三尊 近くまで行けちゃう

こんな近くまで行けちゃいます。
ちなみに、この写っている人々は、内陣に入って直下まで近づいている人。
私は外陣からそれを写真に撮っています。
つまり、私のいる外陣でもこんなに近くまで寄ることができます。

私も靴を脱いで、内陣に入ってみます。(なんと、無料です。)
私が行ったのは休日で、わりと人出は多かったのですが、
数人ずつ内陣に入れるよう誘導されていて、混乱はありません。

再現釈迦三尊 触れちゃう

ちょっと見てください! 触れます!
いやいや、こりゃ、本当にたまらんです。
もちろん法隆寺で仏像を触ったら、すぐに警備員が飛んできて、
良くて摘まみ出されるか、悪くしたら逮捕されますが、ここでは触れます。

まぁ、レプリカといえばそれはそうなのですが、
そもそも、レプリカにしても何にしても、
仏像というものは離れた場所から見上げるように拝む対象であり、
仏像の至近距離まで近づけるばかりか、
触って質感を知ることができるなんて、
そうそうできる経験ではありません。

また、本物の釈迦三尊像は、
光背という、いわゆる後光の裏面に文字が書いてあって、
その内容から、製作年とか、あぁ病気平癒のためなのねとか、
いろいろなことが分かるのですが、
前述のとおり、正面の離れたところからしか拝観できないので、
光背などというものは一般の拝観者が観ることのできるものではありません。
しかし、この再現像では、後ろに回り込めるばかりか、
書かれている文章までも再現されていて、
再現の細かさに感嘆してしまいます。
これも、マジでたまらんです。

再現釈迦三尊背面

そして、今回の展示のなかで、とりわけの白眉は、
ちょっと邪道かもしれませんが、3Dの鋳造原型です。
たとえば、奈良の大仏とか、大きな仏像を作るときなど、
通常は、先に、少し小さなモデルを作ってみるもので、
今回も、そのような位置付けで、
3Dプリンタで出力した樹脂製の鋳造原型展示されており、
これが内面からライトアップされていていました。
飛鳥時代にライトアップなどないので、
このような演出は現代の技術ならではのことでしょう。
私は、このようなものを観たのは初めてでしたが、
その一点においてだけでも、現代の人間で得したなぁと思いました。
それはそれは美しく、幻想的に輝いていました。
しつこいようですが、たまらんです。

釈迦三尊像 3D原型

また、もうひとつの注目は、飛鳥時代のそれでは絶対にありえないけど、
今回のバージョンでは鋳型が展示されている点です。
古式の鋳型は砂で、脆いうえに別に使い道はないので、
そのようなものが遺されていることは稀ですが、
今回の場合はそこの技術を誇っているため、ゴム製の鋳型が展示されています。
これも、普段、なかなか見ることのできないもので、
ちょっと見惚れます。

中尊石膏型 ゴム型
(実際にはメイン本尊の手前に鋳型の展示があるので、これから観る本尊への期待を煽られます。)

どうでしょうか。
もはや、私が興奮していることしか伝わらないかもしれませんが、
それも本望です。
20日まで展示されているらしいので、
遠からん方はぜひ拝観されることを、強くお勧めいたします。

詳しくはこちら ⇒ http://www.info-toyama.com/db_img/cl_img/80394/document.pdf

[SE;KICHI]

魅惑の・・・(6)

私は、この『魅惑の・・・』シリーズの記事を、
年に1回くらいと決めているのですが、
少し前、習っているヨガの途中でハッと感じるところがありまして、
先日『魅惑の・・・(5)』で薬師如来について書いたばかりだというのに、
また書いてしまいました。
鬱陶しかったらごめんなさいね。

蔵王権現というのをご存知でしょうか。

現在では天台宗あたりに包含されている感じもしますが、
もともと日本独自に発展した修験道の本尊で、
つまり、インドや中国と関係のない日本独自の仏です。
現在の仏教の、如来・菩薩・明王・天というヒエラルキーに属さないので、
仏像としては王道とは言えないのですが、
なんというか、明王系のちょっとカッコいい容貌で、
マニアにはわりと人気の仏像です。

蔵王権現 http://f.hatena.ne.jp/banriman/20080413224212

なかなか躍動感のある像ですよね。
右足を高く上げ、手刀のような指先。蔵王権現特有のモノです。
私がヨガの途中でハッと感じたのも、理由はここにあります。

いや、立っとれんだろう、コレ。

やってみたら分かるのですが、
これだけ傾いていると、この態勢で静止するのは困難です。
たとえば、ヨガで言えば、
ブルックシャアーサナ(立ち木のポーズ)は、
実際は大したポーズではないのですが、バランスが難しいですよね。
かなりヨガに慣れていてもグラグラ揺れるものです。
この蔵王権現のポーズでグラつかずに静止するには、
相当の筋力が必要なのではないでしょうか。
特に左の臀部から太腿にかけて。
しかも右手を挙げているので、ポーズの難易度がさらに上がっています。

私の予想では、全国の仏像マニアは、
一度は蔵王権現ごっこで、
ポーズを真似てみたことがあるのではないでしょうか。

さて、オススメをご紹介しておきます。

金峯山寺(奈良)三佛寺(鳥取)

特に、蔵王権現は、役小角という修験者が、
吉野(奈良県)の金峯山で修行中に体得したという伝承があるため、
8mの巨像(極彩色)が3体並ぶ
吉野・金峯山寺の蔵王権現像は圧巻です。

ところで、東北新幹線に白石蔵王という駅がありますが、
宮城県と山形県の県境あたりの蔵王山(蔵王連峰)は、
もともと別の名前の山でしたが、
吉野から蔵王権現が勧請され、修験者が修行するようになったため、
平安時代あたりに蔵王山という名前になったと伝えられています。
そういうことで、現地には蔵王刈田嶺神社というのがあり、
蔵王権現を祀っています。(拝観はできませんが。)
 
吉野・金峯山寺の蔵王権現像、
一生に一度くらいは
見ておいて損はないと思いますよ。


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魅惑の・・・(5)

2年以上前ですが、『好事家の卵』という記事で、
「澤瀉屋」とか「文久三年」について知っている子供の話をしました。

それと似た話で、結論が逆という話があります。

湯治場のようなところに行くと、敷地入ってすぐに祠のようなものがあったり、
建物内の目立つ場所に仏像が祀られたりしていることがあって、
水などが供えられていて、関係者や常連さんが信仰していることが分かります。
また、昔ながらの銭湯に行くと、湯治場のそれのように本格的ではないですが、
番台の上あたりに仏像が乗っていることがあります。
これらの仏像は文化財などではないので、
特に案内看板のようなものは出されていません。

普通の人は案内看板がないと、それが何か分からないのかもしれません。
「あれはなぁに」と幼い子供から尋ねられ、
「え~……とね、あ~……お釈迦様だよ」と答える親を、
私は何人も見たことがあります。
子供は、それほど興味がなかったか、「ふ~ん」と答え、この話終了。

いや、ふつう、風呂屋にお釈迦様は、いません。
結果、そこで話が終わると、親は子供にウソを教えて終わる形になるわけで、
子供の将来のために、私が「違うよ」と教えてあげたいほどですが、
親に恥をかかせるし、相手はそもそも知らない子、グッと我慢します。

ふつう、風呂屋にいるのは、薬師如来です。
まぁ、お風呂によっては、
観音さま(観世音菩薩)やお地蔵さま(地蔵菩薩)が祀られることもありますが、
いずれにせよ、ふつう、風呂屋にお釈迦様は、いません。

薬師如来というのは、薬師という名のとおり、
病気平癒などを得意とする仏さまです。
温泉などのお風呂というのは、古来、病気治しの目的を持っていますから、
お風呂は薬師如来の担当ということになります。
ちなみに、お釈迦様こと釈迦如来は悟りとか精神世界担当なので、
お風呂については、部署というか担当が違うというわけです。

薬師如来のビジュアルは、チリチリ頭の、「ザ・仏像」という感じで、
パッと見、釈迦如来とそんなに違いはありません。
が、薬師如来の最大の特徴は、左手に薬壺(やっこ)を持っていることです。

その薬壺の中には、万病に効く薬が入っていると言われています。
まぁ、壺に入っている薬ですから、軟膏のようなものなんでしょうね、
この左手の壺の軟膏を右手の薬指ですくい、患部に塗るんだそうです。
そのために、薬師如来の右手の薬指は少し曲がっています。
これが、私たちの中指と小指の間にあるあの指が、
「薬指」と呼ばれるようになった由来だって、知ってました?

薬師の手
http://www.risfax.co.jp/beholder/beholder.php?id=294

意外と辛いですよ、この指の形は。
薬を塗るなら中指のほうが適していると、私は思いますが。

ちなみに、現実的な、彫像としての仏像の話をすれば、
手に載っている薬壺は、造形上の演出であり、
たとえば木造の場合、木を壺の形に彫った木の塊なので、
実際は蓋が開くようなものではありません。
しかし、1つだけ、例外があって、
山口県のお寺にいる薬師如来の薬壺は開けることができて、
中には実際に漢方薬が入っていたそうです。
作り手の想いの伝わる話です。

さてさて、オススメをご紹介しておきますね。

 新薬師寺(奈良)神護寺(京都)勝常寺(福島)獅子窟寺(大阪)

本文では薬壺の話を集中的にしましたが、
奈良時代(白鳳期)以前の古い像の場合、
造形が伝来する前で、薬壺のないものもあります。

 薬師寺(奈良)唐招提寺(奈良)
 
一生に一度くらいは
見ておいて損はないと思いますよ。


[SE;KICHI]

魅惑の・・・(4)

一部の好事家の方、お待たせしました。
以前からリクエストをいただいておりながら、億劫で先送りしていましたが、
一年ちょっとぶりに仏像について書かせていただきます。

東京には「高幡不動」や「目黒不動」「目白不動」などという場所がありますが、
これらはすべて不動明王という仏さまを本尊としたお寺を指しています。
「目黒」「目白」という地名は、それぞれ目黒不動と目白不動から来ています。
不動明王といえば、ここ富山には大岩山日石寺というお寺があります。

“明王”というのは、仏教修行者を外敵から護るという使命を持ったグループで、
言わば修行者のガードマン役であり、
威嚇のためなのか、怒ったような姿かたちをしています。
外敵というのは不信仰者を含むので、信じない者に対して力ずくで正しい道を示すという役割もあります。

明王グループのリーダー格である不動明王も、
火炎の中でメンチを切りつつ、牙をむいて怒ったような表情を作り、
手には剣と羂索(投げ縄みたいなもの)を持っているという、
まぁ、ガードマンとしてもわりと攻撃的な風貌を持っています。
不動明王 http://ameblo.jp/japan5374/entry-10049178731.html

大岩山日石寺の本尊は岩肌に彫られた磨崖仏と呼ばれるタイプなのですが、
私が、師匠のK先生から紹介されて初めて10尺ほどの不動明王を見たとき、
その迫力に圧倒され、思わず嘆息したのを覚えています。

ところで、明王グループのリーダー格である不動明王なのですが、
リーダーだからなのか、リーダーのくせになのか、
火炎の中で牙をむくという、それなりの個性を発揮しているにもかかわらず、
明王の中ではわりと地味というか、オーソドックスなな見た目です。

たとえば、不動明王の同僚の一人、降三世明王はこんな感じ。
降三世明王 http://yaplog.jp/aksayamati/archive/322

・・・腕が8本! しかも顔が3面!
誰か踏んじゃってますよ。しかも胸。コレ、息、止まっちゃうでしょう。
怖いですねぇ。
以前、私は、福井県のお寺で、荒々しい降三世明王を目にして、
自分が叱られているような錯覚に陥り、3時間ほど呆けていたことがあります。

別の同僚、大威徳明王はこんな感じ。
大威徳明王 http://blogs.yahoo.co.jp/yunitake2000/46900621.html

・・・牛っ?
そして、見づらいかもしれませんが、
大威徳明王は顔が6面、手が6本、脚が6本あるのです。
多っ! 徒歩は歩きづらいから牛に乗っているのでしょうか。
私は、大分県の山中のお寺で大威徳明王と対面した際、
その迫力で動けなくなったこと、あります。

降三世明王も大威徳明王も、腕がたくさんあるのだから、
ロメロ・スペシャルとか、簡単に決まるでしょう。
ちょっと不謹慎な言い方ですが、クーデターを起こせば、
もしかしたら、不動明王からリーダーの座を奪うことも可能そうです。

まぁ、明王最強が誰なのかはともかくとして、
私が言いたかったのは、明王たちの姿かたちのバラエティの多様さ。
もうね、
キン肉マンに出てくる超人みたいですよね。
なるほど、主役の不動明王が地味なのは、
気が付いたらキン肉マンやテリーマンが地味に見えるのと同じ理由かも。

私は、誰かから「オススメの仏像を紹介して」と頼まれたときに、
明王系の仏像を紹介することが多いです。
もちろん、以前紹介した観音菩薩や地蔵菩薩のような菩薩像とか、
いわゆる奈良や鎌倉の大仏に代表される如来像にも、優品は多くあるのですが、
仏像にそれほど詳しくない初心者の方にとって、
静謐で動きのない優美な仏像は、「ほほぉ」とは思うものの、
迫力や躍動感などは感じにくいので、どうも興奮しにくいというか、
期待外れになることが多いみたいです。

なので、私は、必ずしも自分のマイベストではないとしても、
紹介時には、わざわざダイナミックな動きのある明王像を推します。
マジンガーZとかガンダムみたいで、
きっと、
あまり知識のない初心者さんでも興奮できます。

ちなみに、植村花菜さんの曲によれば、
トイレにはそれはそれはキレイな女神さまがいるそうですが、
明王グループでは、烏蒭沙魔明王という、トイレ担当もちゃんといます。
キレイかどうかは難しいところですが、スタイルは良く、
片足を上げたヨガっぽいポーズで祀られています。
この烏蒭沙魔明王、男女の産み分けなんかも担当しているようですから、
営業を工夫すれば、もっと人気が出るかもしれません。

ま、ちょっと下世話な楽しみ方ですが、それでいいと私は思っています。

最後に、オススメをご紹介しておきますね。

 不動明王;不動寺(東京)教王護国寺(京都)同聚院(京都)大山寺(神奈川)
 降三世明王;明通寺(福井)醍醐寺(京都)教王護国寺(京都)常福寺(三重)
 大威徳明王;真木大堂(大分)牛伏寺(長野)教王護国寺(京都)不退寺(奈良)
 軍荼利明王;金勝寺(滋賀)教王護国寺(京都)
 愛染明王;西大寺(奈良)勝鬘院(大阪)金剛三昧院(和歌山)
 烏蒭沙魔明王;瑞龍寺(富山)明徳寺(静岡)可睡斎(静岡)
 大元帥明王;秋篠寺(奈良)                   などなど

一生に一度くらいは
見ておいて損はないと思いますよ。


[SE;KICHI]

魅惑の・・・(3)

最近、とある方から、

「私、広隆寺の弥勒菩薩像が見たいんですよね」と聞きました。

広隆寺の弥勒菩薩像と言えば、「国宝第一号」と紹介されることも多いですし、
ご存じの方も多いことでしょう。
日本に所在する仏教彫刻では、5本の指に入る有名な作品です。
この像について、ドイツの哲学者カール・ヤスパースが、
「人間実存の最高の姿」と激賞したことも、よく知られていますね。

弥勒菩薩については、
以前、このブログでも地蔵盆を紹介する記事で少しだけ触れたことがありますが、
覚えていらっしゃいますでしょうか?

弥勒菩薩は、お釈迦様が入滅(死去)した後の後継者です。
お釈迦様の救いの手から漏れた方々をことごとく救済する役目を担っているのです。
ただし、着任はお釈迦様の死後56億7000万年後の予定。
実際のお釈迦さまが亡くなってからまだ2400年くらいしか経っていませんから、
まだまだ相当先の話です。

私は、仏教のこのあたりの世界観が大好きなのですが、
現在、弥勒菩薩は須弥山という山の頂上の兜率天というところで、
「どうしたらことごとく救済できるか」と考えながら、
地上に降りる日をずっと待っているのだそうです。
56億年も考えつづけなくてはならないかと思うと、私なら気が変になりそうですが、
それは、それ自体が弥勒菩薩の修行なのだそうです。

それはともかく、弥勒菩薩は考え事をしているため、広隆寺の像のように、
腰をかけて右足を左の大腿に乗せ、右手を頬にあてて考えている、
なんというかアンニュイな「半跏思惟像」の姿になっています。
ちょっと専門的な言い方をしますが、
私は、施無畏印や与願印のような一般的な印相を結ぶ仏像よりも、
如意輪観音やこの弥勒菩薩のような、思惟印を結んでいる仏像が好みです。
何を言っているか分からないかもしれませんが、
まぁ、頬にあてた指がセクシーで、その優美さが好きだと、そういうことです。

みなさんも歴史の授業で習ったと思いますが、
日本では平安時代のころに末法思想が大流行したことがあり、
いまの世はダメだから、未来に期待しようということで、
未来に現れる、救世主的な側面を持つ弥勒菩薩に対する信仰が大変盛んになりました。
いま、書いていてふと思ったのですが、
2013年の現在も、「いまの世はダメだから、未来に期待しよう」という考えはありますよね。
強いリーダー出現を待ち望む風潮も変わっていないですね…。
平安時代も現代も同じということでしょうか。


ところで、弥勒菩薩がこの世に現れると、人々はことごとく幸せになるといいます。
作物はどのようなものでも豊富に収穫でき、
人々は喜びに満ち溢れて、せっせと働き、すべての国々は繁栄するというのです。
全員が繁栄するわけですから、人々の争い、国と国との争いもなくなり、
言葉も一つになることで意思の疎通が容易になって、誤解や曲解が解消されることで、
理想的な世界が出現するというのです。

隣国からミサイルが飛んでくるという事態が現実味を増している現在、
その弥勒菩薩の理想的な世界は現実味がない話に感じられてしまいますが、
それは、単純に、
理想的な世界の到来を信じられなくなった、
私たちの心が汚れている
ということなのでしょうね。

少し前にこのブログで即身仏を紹介しましたが、
その即身仏の正体は、弥勒菩薩の下生を待つために自らミイラとなって、
56億7000万年を土中で過ごそうとしたお坊さんです。
それほど、弥勒菩薩の理想の世界は魅力的な世界だということです。

なんとなくしんみりしてしまいましたが、
とにかく、弥勒菩薩は56億7000万年後に昇進して弥勒如来となり、
この地上に着任する予定だそうです。
そういうわけで、この弥勒菩薩像には装身具をつけている“菩薩型”と
法衣を身に着けている、昇進後の姿を表した“如来型”があります。
広隆寺の弥勒菩薩像のような思惟像は“菩薩型”の造像例です。

ほぼ広隆寺(京都)の独壇場ですので、それ以外の名品は多くないのですが、
最後に、オススメをご紹介しておきますね。

 菩薩型;中宮寺(奈良)野中寺(大阪)醍醐寺(京都)
  *中宮寺の菩薩半跏像は「伝如意輪観音」とされていますが、おそらく弥勒菩薩像であるといわれています。
  *醍醐寺の弥勒菩薩像は半跏思惟像ではなく禅定印を結ぶ坐像ですが、如来への移行期を表現したといわれる快慶の名作で、塔頭の三宝院に安置されています。
 如来型;當麻寺(奈良)興福寺(奈良)東大寺(奈良)

一生に一度くらいは
見ておいて損はないと思いますよ。


[SE;KICHI]
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kkseishin

Author:kkseishin
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