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竹藪の奥

“切通し”といえば鎌倉ですかね。
私は、幕府がここに開府されたのも偶然ではなく、
この切通しによって、鎌倉が「天然の要塞」になりえたからだと思っています。

しかし、この切通し、よくよく見てみると、ただ岩山を切り開いた道ですよね。
現在までそれなりに往時のまま遺っているので、
鎌倉市は古道として観光資源に活用していますが、
考えてみたら、もともとは単なる岩山を切り開いた道なので、
特に鎌倉に特有のものではなく、全国各地にあったものだと思うのです。
ただ、鎌倉開府から1,200年が経とうとする今、
亀ヶ谷坂のように舗装されてしまっている切通しもありますし、
巨福呂坂に至ってはクルマがバンバン走る幹線道路になっていたりします。
時代とともに車道になってしまうことは致し方のないことかもしれません。

こういう切り通しは、別に鎌倉でなくても、私が住む富山にもあります。
『峠茶屋』と呼ばれている場所で、
その地名だけで富山県民には「あぁ、あそこね」と分かると思います。
ここは、寛永10年に、北陸街道の峠沿いに家の建築が許され、広がった地域で、
富山平野を南北に貫く呉羽丘陵を越える峠になっていました。
まぁ、そこをえぐって国道(現県道)を通したのが、
いまある、この切り通しというわけです。

呉羽丘陵の切り通し

江戸初期の当時は、
「アメヤ」とか「マンジュヤ」とかいう屋号を持った茶屋が並んで、
街道を行き交う人で賑わっていたといいます。
現在は、切り通しにありがちな隘路になっていて渋滞だらけの場所ですが。

明治11年、明治天皇が北陸巡幸された際には、
当然、現在の車道はないわけで、
それなりに険しい峠道を、輿に乗って越えられたとのこと。
その際の御休所の跡地には、現在も文部科学省による顕彰碑が立っています。

明治天皇中茶屋御小休所 峠茶屋の馬頭観音碑

そもそも、皇太子時代の大正天皇も呉羽山に登っていらっしゃいますから、
存外、やんごとなき方々が多く訪れる山なのですね。

ところで、いま、県道によって切り通しになってしまったところから、
上に上がる階段のようなものがあります。
こういうところには何かあるものです。

行ってみると、急坂を少し上がったところで、
平坦な竹林の中の小道が現れます。
(当社の okei さんがどんな花か知らぬという曼殊沙華も咲き誇っています。)

竹の小径 曼殊沙華

これ、嵐山の竹林の小径みたいですが、
北陸の田舎の山の中です。
しばらく行くと、脇にそれる階段があり、その奥に社のようなものが見えてきました。

七面堂アプローチ七面堂

ここは、日蓮宗の総本山である身延山(みのぶさん)の七面大明神と、
同形の像を祀ったといわれる、七面堂(しちめんどう)です。
七面大明神とは、末法の時代に、法華経を修め広める者を末代まで守護し、
その苦しみを除き心の安らぎと満足を与えるとされる仏様で、
山梨の七面山なんかは、この七面大明神の信仰の山です。

当時、この近くには、
日蓮宗に帰依した富山藩主 前田正甫により建立された武運山長久院というお寺があり、
多くの参詣客で賑わっていたようですが、
明治初期、仏像マニアが怒り心頭の廃仏毀釈(仏教廃止運動)が起こり、
この長久院は破却されてしまいました。

数年後に再建されたわけですが、
当時(というか今も)、神社とお寺は一括して信仰するのが普通で、
お寺の境内に稲荷社があったり、神社のなかに観音様がいたりするものですが、
廃仏毀釈では仏教のみが毀釈対象なので、
この武運山長久院の場合、まず再建が許されたのは稲荷社でした。
七面堂のもっと奥、竹やぶも途切れた草いきれの中、
顔に降りかかる蜘蛛の巣を何度も振り払いながら進むとこの稲荷社があります。
稲荷ですから、祭神は当然、倉稲魂命、
つまり、『日本書紀』などに記載される宇迦之御魂神ですが、
こちらの稲荷社は、七面大明神も併せて祀られているそうで、
極めて特徴的な神社です。

稲荷社の鳥居脇茶屋町稲荷社

ちなみに、このように渋いビジュアルのお堂ですが、
七面大明神というのは妙齢の美しい女神ということになっています。
神仏を擬人化するクセのある私、
こんな山中に妙齢の美人がじっとしてるなんて……と、
泉鏡花の『高野聖』みたいな、
なんとも不思議な感覚に囚われるのでした。

みなさんの街にも、こういう地味な史跡があると思います。
訪ねてみるのもよいと思いますよ。

[SE;KICHI]
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Tatsuko

『したきりすずめ』にしろ『こぶとりじいさん』にしろ『おむすびころりん』にしろ、
だいたい善良な主人公の隣には強欲な夫婦が住んでいるもので、
善良な主人公には善きことがある一方で、
真似をした欲張り者はひどい目に遭わされると相場が決まっています。

同じような構成の説話が多いのは、
おそらく趣旨というか、意図が似ているからでしょう。
つまり、大人たちは、こういう説話を通じて、
子供たちに「善良に生きねばならぬ」という教訓を与えているわけで、
説話は、教育効果を狙った装置であると言えるでしょう。

さて、そこにきて、最近の私が興味を持っているのが、
田沢湖に伝わっている辰子姫の伝説です。
まぁ、「たつこ像」で有名ですよね。

たつこ像

 むかしむかし、田沢湖の近くに、まれにみる美しい娘、辰子がいた。
 辰子はその美しさと若さを永久に保ちたいと願い、
 密かに大蔵観音に百日百夜の願いをかけた。
 満願の夜、観音菩薩が現れ、
 「北に湧く泉の水を飲めば願いがかなうであろう」とお告げがあった。
 辰子が山を越え、深い森の道を北に向かうと、清い泉があった。
 辰子は喜び、手にすくって飲むと、何故か飲んでも飲んでも喉が渇き、
 ついには腹ばいになって、泉が枯れるほど飲み続けた。
 時が過ぎ、気がつくと辰子は大きな龍になっていた。
 龍になった辰子は、田沢潟の主となって湖底深くに沈んでいった。


……この話、どういう意味なのでしょうか。

不思議ではありませんか。
泉の水をガブガブ飲み続けた挙句、姿を変えられるという描写は、
印象として「バチを当てられた」感がありますが、
仮にそうだとして、彼女は別に誰かを陥れたわけでもなく、
ただ、自分の問題というか、若い娘特有の執着として、
いつの日か衰えていくであろうその美貌を、
どうにか保ちたいと願っただけなのに、
それが、バチを当てられるほど悪いことなのでしょうか。

たとえば、同じように水をがぶ飲みして龍になった人は他にもいて、
十和田湖から八郎潟に移った八郎太郎なんかも有名ですが、
彼は、仲間内の掟を破って、他人の分までイワナを食べたため、
33夜に渡って水を飲み続けて龍になったと言われています。
イワナの独り占めがどれほどの重罪なのか私には分かりませんが、
まぁ、自分勝手な振る舞いだったことは間違いないので、
百歩譲って、バチが当たっても致し方ないかもしれませんが、
色褪せない美貌を願っただけで処罰されるというのは、
なかなか厳しいものです。

そして、そのバチを当てたと思われるのが、
観音菩薩であるというのも興味深いですね。
百日百夜、観音菩薩に美貌の維持をお願いし、
百夜目に回答があったと思ったら、期待と違う結末。
辰子も龍になった瞬間、
「えっ、いや、龍にして欲しかったわけじゃなくて!」と、
観音菩薩の納品ミスを恨んだに違いありません。

観音菩薩が勘違いしたのか、
それとも何か、私には分からない深遠な意図があるのか、
どうなのでしょうか。

ちなみに、前述の、イワナの独り占めで龍にされてしまった青年・八郎太郎は、
同じく龍となってしまった田沢湖の辰子姫の噂を聞きつけ、
毎冬に田沢湖に通っているうち、
冬だけ一緒に過ごす、通い婚の夫婦となったそうです。
また、辰子姫は田沢湖畔にある御座石神社の祭神にもなっています。

御座石神社

たつこ、思い通りに生きてごらん……と、
これはたつこではなくて Sachiko(by ばんばひろふみ)ですが、
辰子姫も、バチが当たったとはいえ、夫にも恵まれ、神様としても祀られ、
存外に幸せかもしれませんねぇ。

ところで、関係のない話ですが、
田沢湖近辺の道路標識なんですが、
この、外国人観光客をどんどん増やそうという時代に、
「たつこ像」を「Tatsukozo」って、どういうつもりなんでしょうか、ね。

交通標識

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おおっ、なんか効率的……か?

以前、路線バスが好きだみたいな話を書いたことがあったと思います。
路線バス好きといってもいろいろあって、
私の場合、太川陽介的な乗り継ぎの旅も嫌いではないのですが、
体力にはすこぶる自信がないため、
目的地までバスだけで行くような無謀な挑戦はしません。

私は、路線バスのなかでも、路線の設定のようなことが好きです。
そもそも、私は自然物には心が動かされにくいたちですが、
逆に人間が作ったものが好きで興味があるタイプです。
路線設定というのは、新幹線にしろ特急列車にしろ路線バスにしろ、
多分に人間の意図が色濃く働いているように思うので、
なんのつもりでそういう設定にしたのか、そういう面から強く惹かれます。
路線バスというのは、その名の通り、「路線」が重要なわけで、
えっ、こんな狭いところを通るのかとか、こんな妙なところを経由するのかとか、
そのロケーションと、それを通した経緯などに面白みを感じるわけです。

そこから派生して、バスの停留所周りの設備を見るのも好きです。
最近、それなりに流行っている“秘境駅へ行こう!”みたいなのもそうですが、
バスの停留所周りの設備も、いまとなっては過剰な設備であることが多く、
往時の隆盛を偲びつつ、現在のわびしい感じを観察したりしています。

さて、田舎のバス停というのは、
1本柱の上部に丸い看板がついた、マニア的にシングルタイプと呼ぶスタイルが主流で、
そうですね、だいたい 35,000円ほどのものです。
これは、最も安価なバス停標識と言えるでしょう。
しかし、たかだか 35,000円といえど、地方の零細バス会社には厳しいのか、
山間部などでは、上り線と下り線で1基を共有していたりするケースもあります。
そういう場合、その1基だけのバス停が立つところにバスが停まるのはもちろんですが、
反対方向行きは、向かい側の何もない場所に立っていると、
バスが停まってくれたりします。
まぁ、35,000円とはいえ、停留所の数だけ上下線分のバス停を用意するのは、
なかなか大変なのでしょう。

そこで見つけたのが、コレ。

海老江中町 遠景

ただ電柱が写っているだけに見えるかもしれませんが、
よく見てください。

海老江中町

電柱広告のように見えましたが、これはバス停です。
なるほど、考えましたね。
調べてみたところ、電柱広告って、月額 1,600円~6,000円らしいので、
仮に 3,000円だとすれば、1年分の広告費と、
シングルタイプのバス停購入費がほぼ等価ということになりますね。
しかし、このバス停に関していえば、
射水市というところのコミュニティーバスであり、いわば行政系なので、
電柱を管理する電力会社にネジ込んで費用を抑えている可能性もありますよね。
うむむむ、なるほど、考えましたね。

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「不」の遺産

さて。
今日は几号水準点の話です。
几号水準点、読めもしませんでしょうか。
几号(きごう)水準点とは、明治初期に、イギリス式の測量法に基づいて、
高さの測量を行うために設けられた基準点です。
幅約10cmの、漢字の「不」に似た記号を使って水準を定めています。

たとえば、これは、氷川神社の二の鳥居の脚に刻まれた几号水準点です。

赤坂氷川神社の几号水準点 赤坂氷川神社

この「不」の字の横棒に沿って水平に台座となる板を当て、
その上に定規を置くのだという記号です。
面白いのはその設置場所で、この記号は「不朽物に刻む」ことになっています。
不朽物というのは、朽ちない、永久に残りそうなもののことで、
石垣や門、鳥居や狛犬などに、直接刻印されました。
氷川神社の場合、いちおうは神聖なものであるはずの鳥居なのに、
そんなことを考慮された形跡もなく、容赦なく彫られています。

几号水準点、知らなかった!という人も多いかもしれませんが、それもそのはず、
日本は明治17年にはドイツ式の測量法に切り替えてしまったので、
几号水準点は、10年ほどの短い役目を終え、
以来150年ほど、単なる遺跡としてだけ存在しています。

これは、皇居外苑の桜田門です。
外桜田門から入って直角に曲がり、桔梗門をくぐると、
石垣の下部に几号水準点があります。

桜田門 遠景 桜田門 桜田門の几号水準点

屋根の下でもあり、保存状態の良い、美しい几号水準点です。

ところで、皇居には、桜田門のほか、大手門や田安門にも几号水準点があります。
皇居というのは各門を警察官が守っていますが、
特に東御苑に通ずる大手門は警備が厳しく、
いちいちカバンの中を見せなければなりません。
門の刻印を撮るだけなのに。
ちなみに、私は、ビジュアルに怪しさが漂っているとでもいうのか、
過去に二度、和田倉門の前と坂下門の前で職務質問されたことがあります。
撮っている写真も怪しいので、反論できません。

大手門といえば、そこから東京駅方面に向かい、
JRをくぐって八重洲側に出て、呉服橋交差点を左折すると常盤橋ですね。
その近くの一石橋のたもとにあるのが、「満よひ子の志るへ」です。

満よひ子の志るへ……つまり、「迷い子の標べ」は、
迷い子尋ね人用の掲示板みたいなものです。
左面に「たつぬる方(尋ねる人)」、
右面に「志らする方(知らせる人)」と刻まれています。
当然ですが、当時はSNSなどはありませんでしたので、
この石柱の左面の窪みのところに背格好や年齢などを書いた紙が掲示され、
通行人で心当たりのある者は右面の窪みにその旨を書いて貼るという、
ひと昔前の私鉄駅前の掲示板みたいな利用法だったようです。

満よひ子の志るへ 満よひ子の志るへ 側面 満よひ子の志るへの几号水準点

まぁ、そんな話はどうでもいいのですが、
この「満よひ子の志るへ」の下部に刻まれているのが几号水準点。
明治初期のこの石柱の重要性がどのくらいのものだったのかは分かりませんが、
こういう大事な石柱に刻んじゃってよかったんですかね。
ただ、この几号水準点、なかなか鮮やかな刻まれっぷりです。

一石橋の対岸は、かつて江戸城だったそうですが、
江戸城外郭の門といえば、現存しているのは赤坂見附ですよね。
「見附」というのは、江戸城外郭の門のことで、
現在の赤坂見附交差点から平河町方面に登ると左手に石垣のようなものがあり、
これが本来の“赤坂見附”です。
(赤坂見附はもともと地名ではなく、この場所にあった門を指していました。この石垣はその遺構です。)

「見附」って、妙なネーミングですが、これは敵を“見つけ”るという意味のもので、
敵を見つけるという役割上、高所であることが多く、
このことが測量にも好都合だったようで、
この赤坂見附にも几号水準点が刻まれていました。

赤坂見附 遠景 赤坂見附 赤坂見附の几号水準点

ちなみに、敵を見つけるという意味では、別に赤坂でなくてもあり得るわけで、
市ヶ谷にも牛込にも見附はあり、そちらにも几号水準点が刻まれていました。
(市ヶ谷見附と牛込見附の几号水準点は、現在、日比谷公園内に移設されています)

几号水準点、どうでしたか。
もともと300基ほど設置されていたらしいので、だいぶ減ってしまいましたが、
ほかにも、上野東照宮とか、湯島天神とか、ニコライ堂とか、神楽坂毘沙門天とか、
東京都下に43基が残っています。
少しずつ撤去されている現状は寂しくもありますが、
「不」の横棒に合わせて設置する定規を載せる台が、ベンチのように見えたことが、
現在、効果測定などの意味で使うベンチマークという単語の語源になっていて、
もう使われなくなった几号水準点ながら、言葉という部分では生き残っているのが、
寂しさの一方で、少しだけホッとする感じです。

また、この几号水準点、わりと観光地っぽいところに所在していますので、
存在を知っていると、
訪れた先で宝探しのような気分が味わえます。
私自身、実際に桜田門やら妙な石碑やら道端の石垣を探し回っているわけで、
前にフォトロゲイニングについて紹介しましたが、あれに似ていますね。

ところで、ここからオマケ。
今回、途中で紹介した桜田門というのは、
桜田門外の変で大老・井伊直弼が落命した場所です。
そこから、警視庁を左に、国会議事堂のほうに少し歩くと、
国会議事堂前の右手に、ちょっとした森みたいな場所が見えてきます。
ここは、現在、憲政記念館の敷地になっていますが、
もともと井伊家の彦根藩邸があったエリアだそうです。

まぁ、そんなことにはそれほど興味のない私ですが、
そこにある小さな神殿みたいな建物が「日本水準原点標庫」です。

日本水準原点標庫日本水準原点標庫 アップ

日本水準原点って、現役の日本全国の高さの総基準で、
これがなければ富士山の標高すら算出できないという、
日本のすべての標高の基準になる石柱で、
マニアにとっては国宝級の代物です。
それが、この建物の中に納められているわけです。
そんなの、興奮しないはずがありませんよね。
右から、大日本帝国って書かれていて、それだけで痺れますねぇ。

ちなみに、日本水準原点の標高は、設置時の1893年には24.5mだったのが、
関東大震災後の1923年には24.4140mとなり、
さらに、2011年の東日本大震災後には24.3900mになっているそうで、
東京、少しずつ沈んでいます。
(現在はこの日本水準原点を24.3900mとして日本中の標高が算出されています。)

なお、この日本水準原点標庫を取り巻くように、
5つの一級水準点というのがあります。
これは、水準原点にもしもの事態が起きたときに、
5点の一級水準点から水準原点を復元できるという非常事態用の点。
「甲」「乙」「丙」「丁」「戊」の5点のうち、
4点はマンホールの蓋で守られていますが、
「丁」だけが露出しているのは何故なんでしょう。
(写真は左が「丙」で、右が「丁」)

一等水準点 丙 一等水準点 丁

今回はサービス気味で、たくさん書いてしまい、私も興奮しています。
みなさん、そもそも標高の基準なんて、考えたこともなかったでしょう。
この記事で、魅力の一端が、きっとみなさまにも伝わったと信じてやみません。
ただし、几号水準点の撮影は皇居や国会議事堂周辺をうろつくことになり、
職務質問を食らいやすいので、覚悟してくださいね。

[SE;KICHI]

糸魚川

新潟県糸魚川市。
“イトイガワ”って読みます。

別に、それほどの思い入れがあるわけではないのですが、
「糸魚川」っていう地名は変わっているなとは思います。
たとえば「新潟」という県名は、信濃川と阿賀野川の河口の新しい潟という意味だし、
「石川」という県名も、上流から石を多く流す手取川から命名されています。
「富山」も、 かつての中心地であった高岡市から見て山の外側にあったからとか、
まぁ、それなりに予想できそうな由来によって命名されているのに対して、
「糸魚川」のワケの分からなさ加減。
しかも、そんな名前の川が市内を流れていたりはしないらしい。
実際は、糸魚(イトヨ)という魚が市内の河川に多く棲んでいたことからなど、諸説あるようです。

さて、そんな糸魚川市に行ってみました。
実際には、仕事で糸魚川に行ったわけですが、帰りの新幹線までなかなかの空き時間があったということです。

糸魚川駅の待合室で、私はとてもびっくりしました。

まず、目に飛び込んできたのはプラレール。
それも、子供が自宅で遊んでいるようなスケールではなく、
ここはタカラトミーのショールームかっていうくらいの、大プラレール。

プラレール

言っておきますが、ここは無料で入れる待合室。
プラレール車輌がシャーっと音を立てながら走っていますが、
電池の消耗などを考えると、
無料の待合室でありながら、なかなかの経費なのではないかと心配になります。

と、少し奥のほうに目をやると、そこにはHOゲージ。
HOゲージというのは鉄道模型の一種です。
日本ではNゲージという鉄道模型がもっとも普及しているため、
HOゲージは、鉄道模型屋さんみたいな特殊な店に行かないと売っていません。
そのHOゲージが、ジオラマ展開されているのです、待合室の奥に。

HOゲージ

案内文によれば、幅10mにおよぶジオラマのなかで、
大糸線が走る姫川渓谷沿いの地勢を表現し、4線が敷かれているとのこと。
おいおい、大糸線は単線なんだから、4線は過剰だろうと思いましたが、
そのジオラマの精度に免じて黙っておくことにしましょう。

と、ため息をつきながら横に移動しつつ幅10mのジオラマを眺め、
そのまま振り返ると圧巻のNゲージ。
Nゲージというのは、日本で最も普及している、縮尺1/150の鉄道模型。
ここに展示されているのは、7m×7mほどのジオラマで、
糸魚川駅周辺が表現されているものと思われます。

Nゲージ

確かに、実際の糸魚川駅前ってこんな感じのような気もします。
ちなみに、このジオラマをもう少し遠くから撮影するとこうなっています。

運転台

つまり、ジオラマ内の鉄道模型を運転することが可能なのです。
こうなってくると、もはや、各地の鉄道博物館の雰囲気ですよね。
横浜の原鉄道模型博物館にもこんなコーナーがありましたよ。
この糸魚川駅の、しつこいですが誰でも入り込める待合室で、
このクオリティは何なのでしょうか。

なんだかスゴイような気がするという予兆は、実は少し前からありました。
というのも、この妙な待合室空間に入るためのエントランスには、
入り口をふさぐ感じでキハ52という車輌が横付けされており、
その車内を通らなければ待合室に入れない構造になっているのです。
写真で言うと、手前の扉から車輛に入って、
奥の扉から出ないと待合室に入れないというわけです。

キハ52-156 内部

もちろん、車輛内部はそのまま再現されていますから、
客席にも待合室としての機能を持たせているのでしょうが、
なかなかよく作られたモックアップ(実物大模型)だなと感心。

はぁ、なんだかスゴイ待合室だったな、維持にいくらかかるんだろうとか、
やや下品なことを考えながら駅舎から出た私はさらに驚きました。

キハ52-156

さっき、待合室に入るために通ったキハ52のモックアップは、
モックアップなどではなく、実物の汽車で、
車庫に停まっているいる状態で、待合室へのエントランスとして機能している模様。
しかも、車庫から外に向かって線路が敷設してあるところを見ると、
この車輛は、いま、たまたま停車しているだけで、
その気になれば動くんだということです。

もう、なんなのココ。
尋常でない量の鉄道模型が展示されていて、それを運転する体験も可能なうえ、
その場に入るためには、
動態保存されている往年の気動車の車内を通らねばならない、と。
それも、さぞや立派な鉄道博物館の趣向かと思いきや、
ローカル駅の誰でも入れる無料の待合室だと。

いや、新潟県糸魚川市。

別に、それほどの思い入れがあるわけではないのですが、
たまには途中下車するもんですね。
ワケの分からない、驚きの空間が広がっているかもしれません。

ちなみに、弊社の WAKA さんは、
糸魚川ならぬ、お笑いコンビ“イワイガワ”の岩井ジョニ男さんのファンだそうです。

岩井ジョニ男
http://alwaysnewstrend.com/1910.html

すいません、くだらない情報でしたね。

[SE;KICHI]
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kkseishin

Author:kkseishin
株式会社セイシン
私たちは工場設備機器を中心に、お客様にご提案・販売をしている総合商社です。

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