人口4万人の新潟県糸魚川市。
新幹線駅はあるとはいえ、速達型列車の停まらないタイプの小型駅です。
それにもかかわらず、
その糸魚川駅の待合室が、鉄道博物館のようで、
初見で驚くのは、以前紹介したとおりです。
その糸魚川駅に先日、再び訪れる機会がありました。
なにしろ、初見ならたいていの方は驚くところでしょうが、
すでに知っている私にとっては、楽しみに訪れたい待合室です。
今回は、そこまで多くの時間はなかったので、
「まずは HOゲージ眺めて、それから Nゲージ見て……
いや、キハ52の車内でゆっくりもしたいしな……」なんて、
それなりに構想を練りながら、ワクワクしながら待合室に向かったのでした。
この待合室は新幹線高架下にあります。
エスカレーターで高架下に降りた私は驚愕しました。
なんと、入口に展示してあるキハ52の隣に、
トワイライトエクスプレスがいたのです。



みなさん、トワイライトエクスプレスを覚えておられるでしょうか。
かつて運行されていた寝台特急で、
1989年の運行開始から2015年に引退するまでの25年間ほど、
大阪と札幌の間、約1500kmを約22時間で結んでいました。
いまでこそ豪華なクルーズトレインが乱立状態になっていますが、
なにしろ、当時は北海道新幹線もなかったので、
このトワイライトエクスプレスが北海道へ行く交通手段として重宝されていて、
22時間もかかるのに、必ずしも観光に特化した特急ではなく、
意外とビジネスユースでも使われていました。
確か、1990年頃だったと思いますが、
私は、当時の『鉄道ピクトリアル』か何かの雑誌でその車両の豪華さを知り、
どうしてもその車両に乗ってみたくなったのです。もう時効であろうと思って白状しますが、乗りたさに一計を案じた私、
途中の停車駅で車中に乗り込み、内部を堪能してすぐに降りることを画策しました。
調べたところ、だいたいどこの駅も停車時間は1分程度の短さなのに対して、
金沢駅だけはどういうわけか5分の停車時間が設定されていることが分かり、
その作戦は金沢駅を舞台に遂行されることとなりました。
15時過ぎ、金沢駅で入場券を買って改札を通り、ホームで待機します。
目指すは3号車と4号車の間の乗降口。
入場券で車内に立ち入るのは違反なので、駅員さんに怪しまれないよう、
入線した深緑の車両に、素知らぬ顔をして乗り込みます。
わざわざ3号車と4号車の間の乗降口から乗ったのは、
3号車が「ダイナープレアデス」という食堂車、
4号車が「サロンデュノール」というサロンカーだったため。
それ以外の号車は“他人の寝室”で、勝手に見るわけにはいきませんので、
私は、わざわざ3号車と4号車の間の乗降口から乗って、
食堂車とサロンカーの写真だけを撮影して、
列車が発車する前、5分以内に降車したのでした。
しかし、まぁ、人間とは欲深いものでございます。5分ではなく、もっと長いこと乗りたいと思うのは自然のことで、
次に私が画策したのは、その金沢駅からどこかまで乗車してしまう作戦。
もちろん、さきほどの、入場券で列車に乗り込んでしまうのも禁止行為ですが、
入場券で列車に乗車して移動するなんて、要するに無賃乗車ということですから、
これは微罪では済まされない違法行為です。
しかし、乗りたい乗りたいの気持ちが昂ってしまっていた私、
立てた計画は14時40分金沢発の下り列車にもぐりこみ、
次の高岡か富山まで乗ってしまおうという計画でした。
14時40分金沢発の下り列車が次の高岡に着くのは16時15分、
富山着はその15分後の16時30分。
十津川警部も驚くほど緻密に計画を立てたわけです。
まぁ、それって犯罪の計画なんですけどね。
結果から言うと、金沢駅にまでは行ったものの、
それは度胸がなくて実行できませんでした。
いや、犯罪を思いとどまるのが度胸なのかどうかは知りませんが。というのも、14時40分金沢発の下り列車が次の高岡に着くのは16時15分で、
少なくとも 30分くらいは列車内にいなくてはいけません。
無賃乗車の私に立ち入れる個室などありませんので、
私がいられる場所は4号車のサロンカー「サロンデュノール」のみ。
そこにいて車掌さんに話しかけられた日には、万事休すです。
というわけで、犯罪を未然に思いとどまった私。トワイライトエクスプレスの淡い……とも言えない思い出です。
私が正規の運賃を払ってトワイライトエクスプレスに乗れたのは、
それから10年以上が経った 2002年頃のことだったと思います。
そもそもね、私は好きだったんですよ、寝台特急が。
社会人になって東京出張などが発生した場合、
当時は富山から特急で出発し、途中で新幹線に乗り換えて向かうのが主流でしたが、
わざわざ寝台特急『北陸』をチョイスして、2段ベッドで寝ながら行ったものです。
私にとって、横になれるというのが、新幹線にはない寝台特急の魅力です。
ただ、寝台特急は乗車区間の乗車券と特急券に加え、寝台券が必要となるので、
実質的には新幹線より高い費用が掛かってしまいます。
まぁ、遅いのに高いというのが寝台特急なのですが、
トワイライトエクスプレスについて言えば、
大阪~札幌間でスイートが4万5000円ほどで、さすがにそんなには払えないとしても、
当時、一番安いBコンパート(二段ベッド)でも2万5000円くらいはしましたので、
そりゃ無賃乗車したくなる気持ちも分からんではないでしょう。
(しませんでしたけどね。)いや、冷静に考えたら、競合する飛行機もそれくらいはするので、
必ずしも高かったわけでもないでしょうが。
ところで、糸魚川駅の話に戻りますが、
糸魚川駅は、トワイライトエクスプレスの上り下りとも、停車駅ではなかったはずです。
つまり、糸魚川駅に飾ってあるこの車両は、
廃止前に糸魚川駅に停車したことはないはずなのです。
……え、なんでよ?たぶん、糸魚川駅側が動態保存を誘致したんでしょうけど、
どうして停まったこともない車両を誘致したのでしょうか。
その理由は当時の新聞記事を検索して分かりました。
この車両は『トワイライトエクスプレス再現車両』というもので、
当時の本物の車両の動態保存ではなく、つまり、レプリカ。
よく見れば車体側面の方向幕が「糸魚川」になってますよね。
JR西日本から譲り受けた実際の客車備品の一部を活用し、
内装などは本物のデザイナーに設計してもらったうえ、
ボディは、糸魚川市産スギ材を使用して地元の大工・職人が製作したのだそうです。
……え、なに、その本気度。ますますなんでよ?
実は、この再現車両、
糸魚川駅にトワイライトエクスプレスは停まらないけど、
ちょうど夕日の沈む日本海を一望できる時間帯に糸魚川市内を走行する寝台特急は、
市民にとって憧れの列車だったとのことで、
2016年に大規模火災があった糸魚川を元気にしようと作られたものだそうです。
思いがけない場所で、思いがけないものに出会い、
その、込められた思いに感動した私でした。
[SE;KICHI]