「不」の遺産

さて。
今日は几号水準点の話です。
几号水準点、読めもしませんでしょうか。
几号(きごう)水準点とは、明治初期に、イギリス式の測量法に基づいて、
高さの測量を行うために設けられた基準点です。
幅約10cmの、漢字の「不」に似た記号を使って水準を定めています。

たとえば、これは、氷川神社の二の鳥居の脚に刻まれた几号水準点です。

赤坂氷川神社の几号水準点 赤坂氷川神社

この「不」の字の横棒に沿って水平に台座となる板を当て、
その上に定規を置くのだという記号です。
面白いのはその設置場所で、この記号は「不朽物に刻む」ことになっています。
不朽物というのは、朽ちない、永久に残りそうなもののことで、
石垣や門、鳥居や狛犬などに、直接刻印されました。
氷川神社の場合、いちおうは神聖なものであるはずの鳥居なのに、
そんなことを考慮された形跡もなく、容赦なく彫られています。

几号水準点、知らなかった!という人も多いかもしれませんが、それもそのはず、
日本は明治17年にはドイツ式の測量法に切り替えてしまったので、
几号水準点は、10年ほどの短い役目を終え、
以来150年ほど、単なる遺跡としてだけ存在しています。

これは、皇居外苑の桜田門です。
外桜田門から入って直角に曲がり、桔梗門をくぐると、
石垣の下部に几号水準点があります。

桜田門 遠景 桜田門 桜田門の几号水準点

屋根の下でもあり、保存状態の良い、美しい几号水準点です。

ところで、皇居には、桜田門のほか、大手門や田安門にも几号水準点があります。
皇居というのは各門を警察官が守っていますが、
特に東御苑に通ずる大手門は警備が厳しく、
いちいちカバンの中を見せなければなりません。
門の刻印を撮るだけなのに。
ちなみに、私は、ビジュアルに怪しさが漂っているとでもいうのか、
過去に二度、和田倉門の前と坂下門の前で職務質問されたことがあります。
撮っている写真も怪しいので、反論できません。

大手門といえば、そこから東京駅方面に向かい、
JRをくぐって八重洲側に出て、呉服橋交差点を左折すると常盤橋ですね。
その近くの一石橋のたもとにあるのが、「満よひ子の志るへ」です。

満よひ子の志るへ……つまり、「迷い子の標べ」は、
迷い子尋ね人用の掲示板みたいなものです。
左面に「たつぬる方(尋ねる人)」、
右面に「志らする方(知らせる人)」と刻まれています。
当然ですが、当時はSNSなどはありませんでしたので、
この石柱の左面の窪みのところに背格好や年齢などを書いた紙が掲示され、
通行人で心当たりのある者は右面の窪みにその旨を書いて貼るという、
ひと昔前の私鉄駅前の掲示板みたいな利用法だったようです。

満よひ子の志るへ 満よひ子の志るへ 側面 満よひ子の志るへの几号水準点

まぁ、そんな話はどうでもいいのですが、
この「満よひ子の志るへ」の下部に刻まれているのが几号水準点。
明治初期のこの石柱の重要性がどのくらいのものだったのかは分かりませんが、
こういう大事な石柱に刻んじゃってよかったんですかね。
ただ、この几号水準点、なかなか鮮やかな刻まれっぷりです。

一石橋の対岸は、かつて江戸城だったそうですが、
江戸城外郭の門といえば、現存しているのは赤坂見附ですよね。
「見附」というのは、江戸城外郭の門のことで、
現在の赤坂見附交差点から平河町方面に登ると左手に石垣のようなものがあり、
これが本来の“赤坂見附”です。
(赤坂見附はもともと地名ではなく、この場所にあった門を指していました。この石垣はその遺構です。)

「見附」って、妙なネーミングですが、これは敵を“見つけ”るという意味のもので、
敵を見つけるという役割上、高所であることが多く、
このことが測量にも好都合だったようで、
この赤坂見附にも几号水準点が刻まれていました。

赤坂見附 遠景 赤坂見附 赤坂見附の几号水準点

ちなみに、敵を見つけるという意味では、別に赤坂でなくてもあり得るわけで、
市ヶ谷にも牛込にも見附はあり、そちらにも几号水準点が刻まれていました。
(市ヶ谷見附と牛込見附の几号水準点は、現在、日比谷公園内に移設されています)

几号水準点、どうでしたか。
もともと300基ほど設置されていたらしいので、だいぶ減ってしまいましたが、
ほかにも、上野東照宮とか、湯島天神とか、ニコライ堂とか、神楽坂毘沙門天とか、
東京都下に43基が残っています。
少しずつ撤去されている現状は寂しくもありますが、
「不」の横棒に合わせて設置する定規を載せる台が、ベンチのように見えたことが、
現在、効果測定などの意味で使うベンチマークという単語の語源になっていて、
もう使われなくなった几号水準点ながら、言葉という部分では生き残っているのが、
寂しさの一方で、少しだけホッとする感じです。

また、この几号水準点、わりと観光地っぽいところに所在していますので、
存在を知っていると、
訪れた先で宝探しのような気分が味わえます。
私自身、実際に桜田門やら妙な石碑やら道端の石垣を探し回っているわけで、
前にフォトロゲイニングについて紹介しましたが、あれに似ていますね。

ところで、ここからオマケ。
今回、途中で紹介した桜田門というのは、
桜田門外の変で大老・井伊直弼が落命した場所です。
そこから、警視庁を左に、国会議事堂のほうに少し歩くと、
国会議事堂前の右手に、ちょっとした森みたいな場所が見えてきます。
ここは、現在、憲政記念館の敷地になっていますが、
もともと井伊家の彦根藩邸があったエリアだそうです。

まぁ、そんなことにはそれほど興味のない私ですが、
そこにある小さな神殿みたいな建物が「日本水準原点標庫」です。

日本水準原点標庫日本水準原点標庫 アップ

日本水準原点って、現役の日本全国の高さの総基準で、
これがなければ富士山の標高すら算出できないという、
日本のすべての標高の基準になる石柱で、
マニアにとっては国宝級の代物です。
それが、この建物の中に納められているわけです。
そんなの、興奮しないはずがありませんよね。
右から、大日本帝国って書かれていて、それだけで痺れますねぇ。

ちなみに、日本水準原点の標高は、設置時の1893年には24.5mだったのが、
関東大震災後の1923年には24.4140mとなり、
さらに、2011年の東日本大震災後には24.3900mになっているそうで、
東京、少しずつ沈んでいます。
(現在はこの日本水準原点を24.3900mとして日本中の標高が算出されています。)

なお、この日本水準原点標庫を取り巻くように、
5つの一級水準点というのがあります。
これは、水準原点にもしもの事態が起きたときに、
5点の一級水準点から水準原点を復元できるという非常事態用の点。
「甲」「乙」「丙」「丁」「戊」の5点のうち、
4点はマンホールの蓋で守られていますが、
「丁」だけが露出しているのは何故なんでしょう。
(写真は左が「丙」で、右が「丁」)

一等水準点 丙 一等水準点 丁

今回はサービス気味で、たくさん書いてしまい、私も興奮しています。
みなさん、そもそも標高の基準なんて、考えたこともなかったでしょう。
この記事で、魅力の一端が、きっとみなさまにも伝わったと信じてやみません。
ただし、几号水準点の撮影は皇居や国会議事堂周辺をうろつくことになり、
職務質問を食らいやすいので、覚悟してくださいね。

[SE;KICHI]
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病院選び

今年の初め、家人が大腸がんの手術を受けました。
遡ること昨年の8月、やたらトイレへ行くようになりました。
出てきたと思ったらまた直ぐにトイレへ戻り、行ったり来たり。
気になり聞いてみると、すっきりと出ず残便感があるとの返事。
もともと快便な人なので、もしかして大腸がん?を疑いました。
取り敢えず11月に予定していた人間ドックを9月に早めてもらいました。

大腸がん検査のキット(免疫学的潜血反応)は、
まんべんなく採取してね。と告げました。
この検査では陰性だったのに、
3ヶ月後に早期ではない大腸がんと診断された方がいたので、
とにかく説明書通りに正しい大便のとり方の表面をまんべんなく、と、
念を押しお願いしました。
問診の際にも自覚症状を伝えていたようですが、
先生曰く、この検査で反応が出ないことも多いので、
どちらにせよ内視鏡検査を受けた方が良いですね。と言われたようです。
結果、二日の内一日で陽性反応が出ました。

陰性でも検査の方向で気持ちを持って行っていましたが、
陽性反応が出たとならば早急に検査してもらえる病院探しです。
疑いが出てから本人も色々調べていましたが、受診したい病院は5週間待ちの状態。
うーん。
早く検査したに越したことはないだろうと、直ぐに診てもらえる病院にしました。

検査前日から食事を消化の良い食べ物に気を付け、
夕食後から翌日半日掛けて下剤を服用し腸内を整えます。
検査は午後からで麻酔を使用するため、
運転はひかえるようにとのことでしたので付き添うことにしました。
検査終了後、画像を見せて貰いながら説明を受けました。
3つポリープがあり切除し調べますが、多分良性でしょう。と。
あとはこの部分ですが、と映し出された画面には、
先程見ていたぷっくりとしたポリープとは違い、
下に沈みかけているように見える部位がありました。
素人目でもこれは癌のような気がする。
先生もおそらく初期の癌の可能性がありますね、と。

当初の説明より検査の時間が長かったのですが、
この箇所が内視鏡で切り取るには難しいところにあり、
他の先生にも来てもらい処置を検討していたようです。
内視鏡のループ状では取っても全部取り切れない可能性が大きいのと、
その技術が自分にはない、との説明を受けました。
他の病院を紹介するのでそちらで手術を受けて欲しいと言われ、
その場で紹介先の病院へ予約を入れてもらいました。
まあ、下手に無理矢理切除をされるよりも、
潔く状況を打ち明けてもらえたのは良かったですけどね。

当然ですが、いきなり検査ではないので、まずは受診から。
そこからまた数日待ち、先の検査から約1か月後の12月となりました。
病院を新たに、2回目の検査後の説明では、
2つポリープが残っていたので切除しました。
調べますが、多分良性でしょう。
肝心の箇所は内視鏡的粘膜切除術でないと難しいので、
入院してもらい手術となります。と。
先の病院では初期とのニュアンスだったのであまり心配はしていませんでしたが、
今回は切ってみないと分かりませんが、
ちょっと深いかな?浸潤している可能性も的な発言。
がんでも上皮内がんかな、と思っていたので心配度が上がりました。

その場では12月末には手術で1週間程度の入院で進めます。とのお話でしたが、
後日ポリープの結果を聞きに受診した際には、手術は1月末でと告げられました。
そんな先でも大丈夫ですかと聞けば、
もし転移性のがんであれば既に転移しているので、
12月末も1月末も状況は変わりませんから。だそうです。
え?え?そうなの?そうゆうものなのですか?状態です。

年が明け、1月末にようやく手術で切り取ってもらいました。
結果、早期のがんでしたが転移はしていませんでした。
8月に自覚症状を感じてから、
結果がハッキリするまで半年掛かりました。

受診したい病院が5週間待ちで他の病院にしましたが、
結果として5週間待ちなんてあっという間だったのではないかと考えたりします。
まあ、その病院も受けてみないことには分かりませんが、病院選びは大切ですね。
今回掛かった検査や入院手術費用は全て加入している保険で賄えましたが、
検査の際に切除となれば1回2~3万円近く掛かりますから、
その辺りも考えると安易な選び方は禁物です。

近々半年後の検査を控えています。
今は2人に1人はがんになる時代と言われていますが、
年代的にもそんなお年頃なんですよね。
私自身今週末が健康診断なので、表面をまんべんなく、を徹底したいと思います。

[fu~ma]

魅惑の・・・(8)

6年前、観世音菩薩について書いた記事で、
如意輪観音について、ほんの数行だけ触れましたね。

観音の中では、「1000の手で一人残らず救済するぜ!」の千手観音や、
「11の顔で漏らさず見守るから!」の十一面観音などがビッグネームであり、
如意輪観音というのは、いまいちメジャーな感じがしないのですが、
なかなかどうして、私は如意輪観音、好きです。

如意輪観音は、膝を立てて、なにやらアンニュイに頬杖をつくという独特な姿で、
その妖艶さというか、エロさが仏像マニアの心をつかんでいます。

如意輪観音
https://blogs.yahoo.co.jp/bashar8698/37730067.html

エロくない?

そもそも、仏像というのは、でっぷりとした半裸でチリチリパーマの人物が、
無表情にどっしりと座っているものと思っている人も多いのですが、
この如意輪観音からは、風呂上りに半裸で座っている熟女のような色香を感じます。
かたせ梨乃とか、どうでしょうか。

エロさの秘訣は手の感じでしょうか。

如意輪観音には腕が6本あります。
右手側、上から一番目の手は指先を頬に当てています。
これはどうやって衆生を救おうか考えているところです。
2番目の手は、如意宝珠という珠を掌に乗せて胸の中央に置いています。
この宝珠は特殊な珠で、思うがままに財宝を取り出せると言われています。
如意輪観音の「如意」は、ここからきています。
3番目の手は、下方に伸ばして数珠を持っています。
私は、頬に当てた手よりも、数珠を持つ手指の感じなどに、
そこはかとない色香を感じるのです。

左、一番上の手は指を伸ばし、その指先に法輪を乗せています。
この輪宝を回すと全ての煩悩を打ち砕くことができるのだそうです。
如意輪観音の「輪」はここからきています。
2番目の手は、蓮華を持っています。
3番目の手は、腕を下に伸ばして身体を支えるみたいな形になっています。
これは、触地印といって、地を鎮めるようなことを意味します。
私は、この床に触れている手の感じにも気怠い感じを受けます。

ところで、ちょっと感性的な話をしますが、
指先を頬に当てるスタイルについて、
さきほど、どうやって衆生を救おうか考えているところなのだと書きましたが、
私は子供のころ、そこにちょっとした違和感を感じたのです。
だって、どうやったら人々を苦しみから救えるか、
観音様は仏様なのに、頬に指を当てて考えないと分からないんだ、変なの、と、
幼少の私は、なんだか滑稽に感じたわけです。

もともと、菩薩という階級は修行中の身なので、
衆生救済について考えを巡らせる場面はあって当然ではあるのですが、
儀軌といいますが、最初に造形のルールを考えた人は、
仏とて、人と同じように、
悩み苦しんだりしているのだということを表現したかったのでしょうか。

結果、如意輪観音にはどことなく親近感があり、
人を惹きつける妖艶な魅力を漂わせている感じがするのです。

ところで、私は、如意輪観音というのはお堂に祀られているもので、
路傍の石仏が如意輪観音なんてこと、ないと思っていたのですが、
先日、富山市の大山地区というところで、
地蔵菩薩だと思って近づいた石仏が如意輪観音でびっくり仰天しました。
ただ、私が仏像好きということを知らない知人は、
地味にびっくりしている私の隣で、
「あら、珍しい姿のお地蔵さんね」くらいに思ったようです。
・・・・・・いや、それ、如意輪ですから。

道端の如意輪観音

最後に、オススメをご紹介しておきますね。

観心寺(大阪)室生寺(奈良)神呪寺(兵庫)醍醐寺(京都)正法寺(岩手)

一生に一度くらいは
見ておいて損はないと思いますよ。


[SE;KICHI]

いちごづくり、はじめました。

少し前に、こころを惹かれたもの…。
普段立ち寄ることのあまりないコンビニで、
み つ け て し ま い ま し た。

「ペットボトルで野菜ができる!」 やさい?
私が気になったのはいちごの栽培キットでした。
かんたんにつくれそうかな…。

いちごづくり パッケージ

少し悩んで買っちゃいました。
いちご…。
あかくて、かわいい、甘酸っぱいもの?
いちごはバラ科の植物です。
いちごの収穫時期を過ぎているのですが…。
種を植えてみました。

いちごづくり 栽培

以前、NHKのテレビを見ていると、
いちごの水耕栽培の特集を目にしたことがありました。
それは、水耕栽培で、高額のいちごを生産されている、建設業者さんのお話しでした。
なんでも、農業の人手不足の問題を解消し、安心・安全の食を考え、
LEDを利用し、化学農薬を使用せず、そのまま食べられるいちご。

理想的なもの。
かんたんにできるのであれば、
ビジネスとしては、成功しているのではないかなと感じました。

そのときわたしは、いちごも水耕栽培できるのか~。
えぇ?
建設業者さん?
いちごと言えば、路地栽培が一般的では?
今だから、水耕栽培も実現できたのか、なんて思います。

便利になったといえば、
コンビニにも、24時間必要なものを買い物がすることができたるだけだったのに、
いつの間にか、公共料金の支払いや銀行に行かなくてもお金の引出ができるなど、
いろいろできるようになった。
一度にほとんどのことが済ませられると言うメリットがありますが、
わたしは庶民派なので、
「お金を引き出すときはコンビニ。」「買い物は、スーパーで。」
と使い分けをしています。

世の中は、いろんなことが便利になっていると感じ、
情報にうといわたしも、知らないことはGoogleでなんでも調べます。
活用しています。
かんたに情報を調べられることは、
時短につながるので、いいことだと思いますが、
それの代わりに、物に対してのこだわりや想い、
人に対しての謙虚さ誠実さがなくなっているように思います。

[笑]

「私の思い出ごはん」

そろそろ夏越の大祓の時季ですね。
弊社の Okei さんは、毎年、この時期には人形(ひとがた)に家族の名前を書き、
身体をさすったり息を吹きかけたりしたものを、神社に奉納し、
知らずに犯した諸々の罪・過ちを祓い清めるそうです。
日本古来の、とても良い習慣ですね。

大祓人形

このブログでは7年前の6月に“水無月”という和菓子について紹介していますが、
このお菓子は、もともと、大祓を行う6月30日にだけいただくものでした。
食べ物というのは、そうやって人々の生活に結びついているのだなと思います。

ところで、少し前に「土井善晴さんのこと」という記事を出しましたが、
昨年末に買い求めた料理本に、ちょっと感心しました。
それは栗原はるみさんの本です。

『冬の日の大ごちそう』

なんとなく畳がイメージに合っている気がして和室で表紙を撮ってみました。

この料理本に掲載されていた「私の思い出ごはん」という特集が、
なんとも郷愁を誘うような記事で、私の心の琴線に触れたのです。

「私の思い出ごはん」

その記事には『玲児さん』とか『友』とか『心平』とか、
ページごとに固有名詞が掲げられ、いくつかの料理が紹介されています。
たとえば、『玲児さん』というページには、
“トマトシチュー”と“イワシのたたき”のレシピが紹介されていて、
「もう50年近く前、玲児さんが初めてごちそうしてくれたトマトシチュー」とか、
「ふつうはアジで作るたたきを玲児さんの好きなイワシで作ってみました」とか、
それぞれの料理について、
そこに掲げられた人物とのエピソードを思い浮かべる形で書かれています。
そして、「こういう料理に出会えたのも結婚したおかげです」と綴られていて、
あぁ、この『玲児さん』というのは旦那さんなんだなと、
読み手である私たちは文脈から感じ取り、なんだか温かくなります。

昨年は春先に『お弁当ばこのうた』という半崎美子さんの歌が軽く流行ったりもしましたが、
思うに、料理って記憶かもしれません。
いや、人生90年として、人間は一生で98,000回ほど食事をしますが、
しっかり記憶されている食事には、なにがしかのエピソードが残っているものです。

試しに、冒頭に登場した Okei さんに思い出のレシピを聞いてみたところ、
“シャケフレークを混ぜたポテトサラダ”とのこと。
なんでも、学生時代、結婚前のダンナさんとのデートの際、
それを弁当に詰めて持って行ったところ、
やんわりと「ナンジャコリャ」みたいに言われちゃったとのこと。
以来15年以上、そのレシピは封印しているそうですが、
いまだに夫婦でその話をすることもあるそうなので、食の記憶、恐るべしです。

まあ、そういう苦い記憶も含め、
心を込めて作ったら喜んでもらえたとか、逆に細やかな心遣いに感動したとか、
何らかのエピソードを伴った食事が記憶に残る食事なのではないかと思うのです。
結局、シチュエーションや相手からの何気ない一言などが機縁になっていて、
料理自体は、案外、簡単なものなのかもしれません。
こう言ってはナンですが、前述の“トマトシチュー”と“イワシのたたき”だって、
わざわざ本を買ってまでレシピを知りたい料理ではありませんが、
著者にとっては、大切な人とのエピソードを彩る料理となるわけです。

そうそう、2009年に初ドラマ化され、映画化されるほどヒットした深夜食堂も、
井之頭五郎の食べっぷりが視聴者の食欲を刺激した孤独のグルメも、
思えば、食を巡る悲喜こもごもというか、
メニューそのものではなく、その背景にあるドラマの部分で視聴者を引き付け、
ものすごい人気を博したのでした。
私なんて、もともとクリームシチューは嫌いだというのに、
深夜食堂で不破万作さんがうまそうに食べるのに釣られて食べてしまいましたし、
孤独のグルメを見て夜中にステーキハウスに行きたくなったりしたものです。

栗原はるみさんのこの本に出てくる『友』というのは、たぶん娘さんの名前で、
そのページには、
「娘の大好物のから揚げ、お弁当に毎日入れました」と書かれています。
担任の先生に弁当を褒められて得意になり、先生の分も持ってくると宣言したため、
母は先生にも作る羽目になったというエピソードも紹介されています。
また、『心平』というのは息子さんで、
「小さいころから料理が好きで食いしん坊だった」と語られていますし、
他に『嫁の美由紀ちゃん』とか『娘婿の加茂君』なども登場して、
それぞれの人物に対するほほえましいエピソードが鮮やかに描かれています。
読者である私たちは、友も心平も、美由紀ちゃんも加茂君も知りませんが、
そういうエピソードは私たちの想像力を掻き立てます。

この本を読んで、食事って大切な記憶なんだということに、
あらためて気づかされました。
さて、みなさんの思い出の食事はなんでしょうか。

[SE;KICHI]

和のおもてなし

先日ある集まりがあり、私はそこへ来られるゲストをもてなす役目を頂きました。
一緒にもてなすメンバーに茶道具屋さんや着物屋さんがおられましたので、
どうせならゲストの方々を着物を着てお茶でおもてなししようということになり、
私は生まれて初めて着物を着る機会を得ました。

前から一度着てみたかったので、すごく着るのが楽しみで気分が上がりました。
当日になり、着付けをしてもらい鏡を見ると、我ながらなかなかの男前で、
まわりの皆さんにも良く似合っていると言われ、
すっかり舞い上がった私はその気になって自然と背筋が伸びました。

和のおもてなし

そしてゲストが来られる前に、お茶の作法の手ほどきを受けました。
お菓子を出す時の向きであったり、お茶碗の柄ごとの向きなど、
ひと通りの事を短時間で教わりました。
初めてのことでしたので、とても新鮮で面白かったです。
ただし、お茶碗が何と、
どれも一個十万円を下らないから気を付けるようにと茶道具屋さんから言われ、
さすがに肝を冷やしました。

それを聞いてからは、実際お茶の持ち運びをする時は作法よりも茶碗が気になり、
人の後ろを通る時には、後ろを通りますとしっかり声をかけて、
ぶつからないように慎重に運びました。

そうこうしながら無事に終わり、ゲストの方々皆さんにとても喜んで頂き、
素晴らしいおもてなしをありがとうとまで言って頂きましたし、私も十分に楽しみました。

実際にやってみた感想は、
お茶は作法や道具からして、
なんて優雅で贅沢な遊びなんだろうと思いました。
私はほんのさわり程度の体験でしたが、
戦国の武将たちがあの時代だからこそ、
深くお茶を楽しみ重んじたのではないかと何となく感じることができました。

着物を着ている時間は4時間程でしたが、
着慣れないものですからずいぶん疲れました。
着物屋さんからは、すごく似合うし、
大人の男のたしなみとして一着ぐらい着物を持つように言われましたが、
今のところ次に着る機会がないので、あやふやな返事をしておきました。
どうせ買うなら自分で着れるようにしたいし、
お茶を始めるなど着物を着る機会を作りたいですからね。
そうなると一着では物足りなくなるような気もしますし、
道具も一式揃えることになるんですかねえ。
うーん、やっぱり贅沢ですね。

[M M]

安かろう悪かろう、か。

子供の教育に費用が掛かるので、
つまり、生活を考えたら子供なんて産んでいられないということで、
日本は果てしなく少子化が進んでいるという状況だそうです。

安倍首相なんかは、
幼児教育を無償化すればもっと子供を産むだろうと思っているようですが、
それはどうなんでしょうか。
前回は大学の無償化について触れましたが、
幼児教育も無償化すれば、日本はよくなるのでしょうか。

私は、本音を言うと、もっといろいろ選択肢があればそれでよいと思うのです。
一時期、教育勅語を暗唱させている幼稚園について賛否両論が出ましたが、
私は、もちろん、そのような幼稚園があっても良いと思うし、
そうでない幼稚園もあってよいと思うのです。
ヨコミネ式しかり、七田式しかり、同じことです。
そういう、いわゆる高級な幼稚園や保育園があったっていいし、
安いところがあってもいいし、タダのところがあってもいいと思うのです。

資本主義社会なのですから、
お金がある家庭はお金を払って、高額な幼稚園に行けばいいのです。
これは小学校以上の教育にも言えることですが、
お金のある方は、高額で高度な教育をお受けになればいいと思うのです。
やっかんではいけません、
国家財政を考えても、そういう家庭が存在することはありがたいことです。
そういう家庭の納税で国が回っているのですから。
一方、経済規模が標準程度かそれ以下の家庭であれば、
月謝が安ければ安いに越したことはないでしょうし、
「タダにしてくれないと子供なんて産めない」という家庭にとっては、
無償で預かってくれる幼稚園・保育園も必要でしょう。

何が言いたいのか分かりますでしょうか。
選べるようにしてくれれば、それでよいという話です。
政府は幼児教育をタダにすればもっともっと子供が増えると思っているようですが、
そんなわけないだろう。
普通の感覚では、子供を幼稚園に預けようとするとき、
まずは教育勅語等に代表される教育方針など、
その学校の運営方針が自分の家庭にあっているか、
そういうことを検討したうえで、自宅からの距離や費用等を勘案し、
各家庭で選び、決めればよいと思うし、そうしていると思うのです。
タダでさえあれば、
たとえば昨年あったような給食が貧しい幼稚園でもいいかと言われれば、
それは、たぶん多くの親御さんが、タダでもイヤだと思うのです。

なんか、こう、いろいろ無償化すればみんな喜ぶみたいな論調が流行ってますが、
現状のすべての子育て世帯が、
「タダにしてくれないと子供を産めない」なんて言っているわけではないし、
全施設をタダにしろなんて言っているわけではないと思うのです。

高校もタダという流れになってきていますが、
考えてみれば、学校教育が充実していれば塾なんて行く必要はないのに、
現状では、大学へ進学するためには学校教育だけでは充分ではなく、
みんな、学校教育よりもはるかに高いお金を払って塾に通っているわけです。
つまり、今後、せっかく高校をタダにしても塾通いの費用がかさむという、
ワケの分からないことになる可能性はあります。

結局、親の金銭的負担は増し、
子供はダブルスクールで疲れるということになります。
それで、いったい誰が幸せなのかという話です。
ダブルスクールなんて、学校へ通いながら夜勤で働くようなものでしょう。
そんな戦後すぐみたいな教育事情で良いはずがありません。
疲弊した子供たちは、「せめて学校に行っている間は眠ろう」と、
授業中にうたた寝をしたり、保健室で休んだりするかもしれません。

いいかげん、国には、
タダならみんな喜ぶよね~という感覚を捨ててほしいのです。
もちろん、均一の水準であれば、安いほうがありがたいのは事実です。
たとえば、100円ショップで売っているような雑貨であれば、
300円で売っても売れることはないでしょう。
それは、その商品には100円の価値しかないからです。
逆に言えば、300円分の価値があれば、
つまり、300円払っても惜しくないとみんなが思うような商品であれば、
300円でも売れるはずなのです。

教育は、それとは違います。
教育とは、もともとレベルにピンからキリまであるものであり、
そのクオリティは均一ではないわけですから、
教育レベルや環境が付加価値ということになります。
選ぶ側はどこに価値を見出すかは自由なので、
必ずしも、タダなら良いということにはならないはずです。

結局、内容がよければ、人々は優先度を変えて自分のお金を使うのです。
「くだらぬものには一銭も出したくない」のは当然のことですが、
その延長線上に、
「くだらぬものはタダでもいらぬ」という感覚もあると思うのです。
やはり、いくら公立がタダであり、私立はお金がかかったにしても、
その教育が良いものであるならば、私立に通わせたくなるのが親心でしょう。
もちろん、各家庭には各家庭の経済力というものがありますから、
そのへんのファクターはあるとは思いますが、
基本的には、各家庭で用意できる範囲の最良を子に与えたいと思うもの。

国には、タダならみんな喜ぶよねという、
資本主義を無視した感覚を捨ててほしいものです。

[SE;KICHI]

叫び声の出し時

弊社の事務所は1階が倉庫になっていて2階が事務所になっています。
先月、事務所のドアを開け階段を下りようとすると、
一羽のツバメが階段の天井付近に止まっていました。
(ツバメのシーズンでもあったので、そう珍しくはない光景です。)

文章にしてみたらなんてことのない平和なシチュエーションなのですが、
ツバメを目にした瞬間、私は息をのみました。
(ヒッ・・・怖い!)

屋外にいるとき、ツバメを怖いと思ったことはありません。
地面すれすれに飛んでいたら、雨が近いのかな~?とか、
軒先でピーピー泣いている赤ちゃんツバメを見たら可愛いなと思います。
ですが、階段室の狭い空間の中、階上にいる私はツバメと位置が近く、
ツバメが私に向かっていつ襲ってくるかわからない状況にとても恐怖を感じました。

ところがです。
図体のでかい私に驚いたであろうツバメもバサバサとパニックになり始めました。
私に向かって羽音を立てながら飛び近づいてくるツバメに、
思わず叫び声を出しました。
「(叫び声)」←キャア?ヒャア??
逃げるように階下に走る私。
外へ逃げようと閉まっている窓ガラスに何度も体当たりするツバメ。
私達は互いに必死でした。
死に物狂いで倉庫に逃げ込んだ私に聞こえてきたのは事務所内にいた人たちの声。
いたって冷静な声です。
状況がわかるととても落ち着いた様子で、
冷静にツバメへの対応をし始めてくれました。

階上で窓を空けてくれたにもかかわらず、
パニックのツバメはおとなしく出て行ってくれず、
せっかく私が逃げこんだ階下に向かってまたバサバサ飛んできました。

姿を見たわけでもないのにやたらと叫び声をあげるアラフォーの事務員。
情けないことに叫び声をあげることしかできませんでした。
同僚は階下にまで降りて来てくれ、迷い込んだツバメを無事、
外の世界へと導いてくれました。

会社で叫び声をあげたのは初めてではなく、幾度かあります。
a.さんが以前、怖いと思うものの話をされていました
、私は突然動き出すものや、突然の大きな音などが苦手です。

つい先日も二階の窓ガラスに、
鳩よりもう少し大きいくらいの大きさの鳥が体当たりしてきて、
結構な大きさの音がしたときも、私ひとり叫んでいました。
悲しいことに、私の叫び声の方が怖いと言われる始末です。

これは外出先に限らず家でも同じで、
主人にも子供たちにも私の叫び声にダメ出しをされています。
ママの声でビックリした、なんていわれることはしょっちゅうで、
主人には私とは絶対にお化け屋敷には入らないと言われています。
「キャー💛」としがみつく可愛い妻、ではなく、
ホラー映画のようなおどろおどろしい、けたたましい、
恐怖心をあおられるような叫び声しか出さないのがわかっているからです。
失礼な!とは思いますが、自分でもそう思うので仕方ないですね。

でも、本当に怖い時は声が出せないのも知っています。
まだ10代のころ、とても怖い経験をしました。
そのとき助けを求めようと叫ぼうとしましたが、
「キャー」と叫ぼうとしたけれど声が出せず、
とにかく声を出さなければと精一杯出した声が「ウォー」
(実際の叫び声は、怖すぎて当時ですら記憶になかったですが)
に近い声だったように記憶しています。

お化け屋敷で可愛い「キャー」を言っているうちは、きっと怖くはないんですよね。
いえ、怖いのに違いはないのかもしれませんが、
まだ余裕があるのだろうと、私は思っています。
本当に怖い時は、恐怖のあまり、
声帯など体中がこわばって、思うように声なんて出せませんもの。

話は随分飛びますが、
我が校区の小学生の子供たちは防犯ブザーと笛を持たされていますが、
本当に必要だなと思います。
危ない時、ちゃんと声を出せる子もいるかもしれませんが、
中には声が出せない子もいるはず。
力で大人に敵わないときは、別の方法で抵抗しなくては身を守れません。
市の安全メールで、カモシカやら熊やらの出没情報のほか、
不審者情報が以前よりも確実に多く回ってきています。
悲しいですがこれが現実です。
自分の身は自分で守らないといけません。
嫌な世の中になったものだと嘆きたくなりますが、
子供のみならず、大人も、いざという時どう対処するか、
考えておかなければいけませんね。

[Okei]

糸魚川

新潟県糸魚川市。
“イトイガワ”って読みます。

別に、それほどの思い入れがあるわけではないのですが、
「糸魚川」っていう地名は変わっているなとは思います。
たとえば「新潟」という県名は、信濃川と阿賀野川の河口の新しい潟という意味だし、
「石川」という県名も、上流から石を多く流す手取川から命名されています。
「富山」も、 かつての中心地であった高岡市から見て山の外側にあったからとか、
まぁ、それなりに予想できそうな由来によって命名されているのに対して、
「糸魚川」のワケの分からなさ加減。
しかも、そんな名前の川が市内を流れていたりはしないらしい。
実際は、糸魚(イトヨ)という魚が市内の河川に多く棲んでいたことからなど、諸説あるようです。

さて、そんな糸魚川市に行ってみました。
実際には、仕事で糸魚川に行ったわけですが、帰りの新幹線までなかなかの空き時間があったということです。

糸魚川駅の待合室で、私はとてもびっくりしました。

まず、目に飛び込んできたのはプラレール。
それも、子供が自宅で遊んでいるようなスケールではなく、
ここはタカラトミーのショールームかっていうくらいの、大プラレール。

プラレール

言っておきますが、ここは無料で入れる待合室。
プラレール車輌がシャーっと音を立てながら走っていますが、
電池の消耗などを考えると、
無料の待合室でありながら、なかなかの経費なのではないかと心配になります。

と、少し奥のほうに目をやると、そこにはHOゲージ。
HOゲージというのは鉄道模型の一種です。
日本ではNゲージという鉄道模型がもっとも普及しているため、
HOゲージは、鉄道模型屋さんみたいな特殊な店に行かないと売っていません。
そのHOゲージが、ジオラマ展開されているのです、待合室の奥に。

HOゲージ

案内文によれば、幅10mにおよぶジオラマのなかで、
大糸線が走る姫川渓谷沿いの地勢を表現し、4線が敷かれているとのこと。
おいおい、大糸線は単線なんだから、4線は過剰だろうと思いましたが、
そのジオラマの精度に免じて黙っておくことにしましょう。

と、ため息をつきながら横に移動しつつ幅10mのジオラマを眺め、
そのまま振り返ると圧巻のNゲージ。
Nゲージというのは、日本で最も普及している、縮尺1/150の鉄道模型。
ここに展示されているのは、7m×7mほどのジオラマで、
糸魚川駅周辺が表現されているものと思われます。

Nゲージ

確かに、実際の糸魚川駅前ってこんな感じのような気もします。
ちなみに、このジオラマをもう少し遠くから撮影するとこうなっています。

運転台

つまり、ジオラマ内の鉄道模型を運転することが可能なのです。
こうなってくると、もはや、各地の鉄道博物館の雰囲気ですよね。
横浜の原鉄道模型博物館にもこんなコーナーがありましたよ。
この糸魚川駅の、しつこいですが誰でも入り込める待合室で、
このクオリティは何なのでしょうか。

なんだかスゴイような気がするという予兆は、実は少し前からありました。
というのも、この妙な待合室空間に入るためのエントランスには、
入り口をふさぐ感じでキハ52という車輌が横付けされており、
その車内を通らなければ待合室に入れない構造になっているのです。
写真で言うと、手前の扉から車輛に入って、
奥の扉から出ないと待合室に入れないというわけです。

キハ52-156 内部

もちろん、車輛内部はそのまま再現されていますから、
客席にも待合室としての機能を持たせているのでしょうが、
なかなかよく作られたモックアップ(実物大模型)だなと感心。

はぁ、なんだかスゴイ待合室だったな、維持にいくらかかるんだろうとか、
やや下品なことを考えながら駅舎から出た私はさらに驚きました。

キハ52-156

さっき、待合室に入るために通ったキハ52のモックアップは、
モックアップなどではなく、実物の汽車で、
車庫に停まっているいる状態で、待合室へのエントランスとして機能している模様。
しかも、車庫から外に向かって線路が敷設してあるところを見ると、
この車輛は、いま、たまたま停車しているだけで、
その気になれば動くんだということです。

もう、なんなのココ。
尋常でない量の鉄道模型が展示されていて、それを運転する体験も可能なうえ、
その場に入るためには、
動態保存されている往年の気動車の車内を通らねばならない、と。
それも、さぞや立派な鉄道博物館の趣向かと思いきや、
ローカル駅の誰でも入れる無料の待合室だと。

いや、新潟県糸魚川市。

別に、それほどの思い入れがあるわけではないのですが、
たまには途中下車するもんですね。
ワケの分からない、驚きの空間が広がっているかもしれません。

ちなみに、弊社の WAKA さんは、
糸魚川ならぬ、お笑いコンビ“イワイガワ”の岩井ジョニ男さんのファンだそうです。

岩井ジョニ男
http://alwaysnewstrend.com/1910.html

すいません、くだらない情報でしたね。

[SE;KICHI]

道徳の教科化

今年度から小学生の道徳が特別の教科となりましたね。
2019年度からは中学校でも「道徳の教科化」が始まるそうです。
この学習指導要領の改訂のニュースを聞いたとき、
私は正直、
えーじゃあ私が受けてきた道徳の時間って何だったん?
と思いました。

道徳の教科化は2011年に起こった大津市中2いじめ自殺事件をきっかけに、
いじめ防止を目的として進められたようです。
また、これまでの道徳の時間は教科書や評価がないことなどから、
他教科に比べて軽視されがちでした。
教科化には検定教科書を導入し質の高い道徳教育を、
着実に行うという狙いもあるそうです。
確かに、小・中学校での道徳の時間って何をしたか全然覚えていないんですよね。
「心のノート(道徳の副教材)」というものは配布されていましたが、
学校でそれを開かされたことはほとんどなく、
中学生のときは別の学級活動の時間に使われていたような…?

そう考えると、せっかく時間割に「道徳」と書いてあるなら、
1時間きっちり道徳教育を行うことは良いことなのではと思います。
文部科学省のHPには、道徳教育について、
「児童生徒が、生命を大切にする心や他人を思いやる心、
善悪の判断などの規範意識等の道徳性を身に付けることは、
とても重要です。」と書かれています。

しかし一方で、国の価値観を子供に押し付けることになるといった、
反対意見もあるようです。
また、「道徳的な価値を自分のこととしてとらえ、
よく考え、議論する道徳へと転換し、
特定の考え方に無批判に従うような子供ではなく、
主体的に考え未来を切り拓く子供を育てる」ことが、
「特別の教科 道徳」の目指すところですが、
これはなかなか簡単ではなさそうで、
指導する教員も悩むところではないでしょうか。

私はというと道徳の教科化の議論を見るにつけ、
たくさんの大人が、
子供たちに「こういうふうに育ってほしい」という考えを持って、
この問題に注目しているんだな~と感じます。
ただそれだけ、です。
自分に子供がいたり、普段から子供と関わる生活をしたりしていれば、
もっと積極的な賛成・反対意見が言えるのかもしれませんが。

しかし自分の子どもの頃のことを考えると、
道徳が教科になろうがなるまいが、
子どもたちにそんなに影響はないのではないか

と思うのです。

私が受けた道徳教育がゆるゆるだったことは置いといて、
先生が教室で言っていたことって、ほとんど心に残っていません。
先生の私個人に向けての言葉はちらほら覚えていますが、
今まで私を指導してくれた先生たち、
何を教えてくれていたっけ?

中学の卒業式の日、担任が何か良いこと言っていたのは覚えているけれど、
具体的に何言ってたんだっけ…?

思い出せないのは私の記憶力が足りないわけでも、
私が不真面目だったわけでもなく、
大体みんなそんなもんだと思うのですが、どうでしょうか?
それとも道徳の教科化反対派が言うように、
知らず知らずのうちに価値観を刷り込まれていたのでしょうか?

私は授業というかたちよりも、
普段の家庭での躾や身近な大人の振る舞い、先生の何気ない言動のほうが、
子供はよく見聞きしていると思うし、
それが子供の生き方に繋がるのではないかと思います。

小学生の頃よく家族で通っていた銭湯は、
券売機にカードを入れてチケットを買うシステムだったのですが、
私はカードを券売機に残したまま、チケットだけ持って立ち去りました。
すると後ろに並んでいたお姉さんが「忘れてるよ」と、
そのカードを渡しに来てくれたのですが、
私はカードを取り忘れたことと、知らない人に話しかけられたことが恥ずかしくて、
お礼も言わずに黙ってカードを受け取ったのです。
それを見ていた両親に「ちゃんとありがとうございますって言わなきゃ」と言われ、
あ、そうだったわー!とハッとしたことがあります。

この出来事の前後で、
私の「ありがとう」と言う回数にどれだけ変化があったかは定かではないですが、
このことは今でも時々思い出しますし、
ちゃんとお礼を伝えられる大人になっていると思います。多分。

こんなふうにほんとーに!些細な、
それでもとても身近な経験のほうが、
いつまでも心に残るのではと実感しています。

そしてそういった経験の積み重ねで、
それぞれの人間が「こういうときはこういうふうにすべきだ」と、
自分の考えを作っていくのでしょう。

そんなわけで(こんなことを言う保護者はいないでしょうけど)
学校でしっかり道徳を教えてくれるから安心だとか
一定の価値観を押しつけるようで不安だとかではなくて、
大人が今持っている自分なりの道徳心を、堂々と行動をもって示せば、
それを子供たちは受け止めて取捨選択をしつつ、
それぞれの規範を作っていくのではないでしょうか。

今回の道徳の教科化は、私にとってその是非はあまり問題ではなかったですが、
道徳や子供の教育について考える良い機会でした。
このブログのために図書館で本も借りましたしね!
1ページ目しか読んでないですけど!

「肝腎なのは徳行(モラル)についての教えを述べることではなく、
誰もがしかるべく自分自身の主人になり、
自分のただ一人の裁判官になるように手助けすることだ。」

(アンドレ・コント=スポンヴィル「ささやかながら、徳について」本書についてより引用)

[a.]
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kkseishin

Author:kkseishin
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〒950-1142
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