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7年ぶりの半沢直樹さん。

こういうことを言うと石を投げられかねない雰囲気すらありますが、
やっぱり、あんまり好きじゃないんですよね、半沢直樹。
というか、好きじゃなさ過ぎて、今シーズンは視聴しませんでした。
しかし、観ないようにしているのにもかかわらず、
TBSが局を挙げて煽りまくるものですから、
放送中から、断片的にいろいろ漏れ伝わってきていました。

7年前にもこのブログで半沢直樹について書いていますが、
今年も、私の感想は同じです。

やられたら、やりかえす……倍返しだ。だなんて、

いや、そんな怖いこと言うもんじゃないよ。

みなさん、親として、子どもにどう言い聞かせてます?
「うわ~ん、同じクラスの○○くんが意地悪してくるぅ」とか、
「△△ちゃんたら私の悪口ばっかり言うのぉ」のような子どもの訴えに対して、
やられたら、やりかえ……倍返しだって、言います?

また、朝、子どもが学校に行く前とかに、
「クソっ、あいつめ、許せん。やられたら、やりかえす……倍返しだ。」
とか言っていたら、親として心配しますよね。
「おいコラ、学校なんか行かなくていいから、
何があったのか話しなさい」とか、言いません?

私は、自分の流儀には反するので積極的にはしませんが、
やられたら、やりかえす……までは、致し方ないとは思うのです。
しかし、さすがに倍にして返すのはダメでしょう。
しかも、最終回直前のPR動画では、
やられたら、やりかえす……1000倍返しだ!!と言っていて、
いや、なんかもう、ビックリしました。

1000倍返しって、昔のチンピラ映画みたいなもので、
ちょっと肩が当たったくらいで「どこ見て歩いとんじゃ、ワレ」と凄まれ、
最終的にボッコボコにされるのと変わりませんよね。
これは、小学生か幼稚園児でいえば、
1回小突かれたら、1000回小突き返してよいということになりますよね。

もしそれが、小学生や幼稚園児の教育として正しいのであれば、
このところのバカな大人……、つまり、
ちょっと追い越し車線から抜かれたことに腹が立ったので、
運転手を引きずりおろしてボコボコにしてやりました……という、
煽り運転する人の言い分もOKになりますし、
ちょっと子どもの食事の食べ方が汚くて腹が立ったので、
食事を与えず餓死寸前まで放置してやりました……という、
虐待する親の説明もOKになりますよね。
なにしろ、やられたことの1000倍返しまで許容されるのですから。

それが正しいわけないですよね。

それなのに、それが正しいわけないのに、
半沢直樹が大人気になる社会が、私は不安です。

以前にも言ったとおり、ハンムラビ法典じゃあるまいし、
私は、そもそもやり返すという考え方が好きではありません。
どちらかではありませんが、やられたら、やりかえす……よりも、
「右の頬を打たれたら左の頬を差し出せ」のほうが正しいと思っています。
これは新約聖書『マタイによる福音書』第5章に登場するイエスの言葉で、
雑に解釈すれば“お人好しの勧め”のように見えますが、
実は、同じ新約聖書の『ルカによる福音書』に出てくる、
「汝の敵を愛せ」というフレーズと同じ意味でしょう。
要は、憎しみや恨みは何も生みませんから、
人間が人間に仕返しをするな、という深遠な教えです。
仏教でも許しを大きな法門として捉えていて、忍辱波羅密多という教えもありますが、
いずれにしても、仏教もキリスト教も、復讐は否定しているわけです。

結局、私は、「倍返し」とか「1000倍返し」という、
「目には目を」的な感覚についていけないですし、
いい大人が怒りをあらわにした表情で、
「叩き潰す!」とか、「死んでもヤだね!」なんて、
そんなこと口に出してはいけないと思うんです。

まぁ、たかがドラマに目くじらを立てることもないのですが、
深夜2時とかにやってるSEXばっかりしてるドラマとは違って、
日曜21時の地上波という、子どもも見ているような時間帯のドラマなので、
あんまりやられたら、やりかえすとか、
言わないでおいてほしいなぁと思うのです。
現に、小学校では「詫びろ、詫びろ、詫びろ……」とか、
「おしまいDEATH!」とか流行し始めていると聞きます。
いまのところ、意味が分かって言っているわけではなく、
ふざけて言っているだけのようですが、
もしかすると、こういうのを放置することにより、
妙な正義感で怒りまくる大人が量産されてしまうんじゃないかと思い、
末恐ろしいなと思うのです。

[SE;KICHI]
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最近観た映画の話

少し前から気になっている映画があったので観ました。

『生きてこそ』  (原題:Alive)
1993年のアメリカ映画です。

『ALIVE 生きてこそ』
https://www.hmv.co.jp/artist_Movie_000000000043933/item_%E7%94%9F%E3%81%8D%E3%81%A6%E3%81%93%E3%81%9D_1439326

南米のラグビーチームが家族や知人達と、
チリへ試合に行く際に起こったノンフィクションの物語。
「ウルグアイ空軍機571便遭難事故」で有名とのことです。
YouTubeで過去の事件や、ちょっとした雑学を朗読しているチャンネルがあり、
私は恥ずかしながらそれで知りました。

「人間の生きる強さ」
私はこの出来事を知ったときに、それを感じて是非映画を観てみたいと思いました。
結果を言いいますが、この事故では乗員乗客45名のうち29名が亡くなり、
16名は2ヶ月半ほどの遭難を経て生存しました。

始まりは1972年10月12日。
先ほど書いた通り、
南米のラグビーチームの方達が試合のため、チリを目指しました。
しかし、アンデス山脈の天候不良でアルゼンチンで一泊することとなりました。
ここからはややこしいので、なんちゃら山脈やらは使わないでいきます 笑

翌日も同様に悪天候でした。
そのため、当初の予定ルートを変更することになりました。
ルート変更を終えた後、その日中には天候は以前より回復しました。
パイロットは変更後の進行を踏まえ、
標準的な通過時間と判断し予定通りと思っていたそうです。
しかし、多くの雲に覆われていて周りが見えず、
標準的な時間計算をしていただけとのこと。
実際は強い向かい風で機体が減速していた。

先程の判断もあり、
進行状況を誤ったまま進路変更をした(あまり詳しくないですが、今の時代はなかなか無さそう?)
その結果、山を覆う雲の中に突入して間もなく峰と衝突。
この衝撃で、右翼、左翼、胴体後部も吹き飛びました。
後部座席の人達は切り離された飛行機と共に外へ投げ出されます。
当然死んでしまいます。
初日、この衝撃で、45名のうち12名が亡くなります。
翼がなくなった飛行機はそのまま墜落してしまいます。

なんとか生存した方達も絶望的な日々を過ごすことになります。
10月といっても極寒の雪山です。
持ってきている食料や荷物なども飛行機の墜落と共に失ってしまします。
そんな中で、手持ちであったお菓子やお酒でなんとかやり過ごします。

今の時代と違い、通信する術が乏しいです。
彼らは無線通信を使用するために、
脱された飛行機の胴体の元へ極寒の山の中へ向かったり、
食料を調達したり命掛けです。
もちろん救助隊も出動しました。
しかし、飛行機本体が白く、周辺も雪山で覆われてたため、
一週間程で救助隊は捜索を中止したとのことです。

そんな中でも生存した方達は生き延びようと必死になります。
食料、防寒具、救助を求めなんとか極寒の雪山を過ごします。
彼らは食料も尽き、亡くなった方の人肉を食べることになります。
これは物議があるのですが、彼らももちろん苦渋の決断だったとのことです。
殺し合いをした訳ではないので、
私個人としてはそこまで悪いこととは思ってはないですが・・・
すごく感動したシーンは、こんな状況下でも仲間の誕生日を祝うのです。
素敵だなって思いました。

生存された方が16名と言いました。
こんな中で、3名の方が僅かな備蓄品で山を登り、ひたすらに進み、
飛行機やヘリコプター等へ直接的に救助を訴えかけようと行動するのです。
他の方は墜落した飛行機の中で過ごします。
そして、この3人の行動により、無事救助されることとなります。
極寒の中で、食料、移動手段、通信、
さまざまな物が無い中での72日間を生き延びます。


https://www.youtube.com/watch?v=voeVBcpCArI

個人的な感想なんですけど、虫とかって強いと思うんですよ 笑
なんかたまにですけど死を恐れてない虫っていません?笑
この映画を観て、必死に生きようとする方達を見て、
「ああ、人間の生きる強さはすごい」と感動しました。
私ももちろん人間ですけどね!!笑

そういえば、前回書いてたギターの動画は今日のために撮ってたのですが、
なにやらicloudリンクでは貼れるみたいです。
それで貼ると本名がバレるみたいで今回は控えます 笑

今回は以上となります。
また気になる映画あったら観ようと思いますー。

[SYUN]

近まさり

総理大臣、変わりましたね。

こういうとき、ニュースでは「街の声」などといって、
どこかの駅前で通行人にインタビューした映像が流れたりします。
まぁ、ニュースなんて恣意的な編集を経て流されるものなので、
どこまで純粋な「街の声」なのか、分かったものではありませんが、
そこでは、特に政治に興味なんかなさそうな層の人が、
「岸田サンは~、なんか~、地味!」とか、
「石破サンって、怖そうじゃない?」とか、
「河野サンは、なんか、日本を変えてくれそう」とか、
求められるままに饒舌に語っています。
よくも、そんな知らん人のイメージを語れるな!と思うほどですが、
まぁ、需要があって語っていらっしゃるのでしょう。

私は、そんな知らん人をイメージで語るのはポリシーに反するので、
わりと積極的に、気になる人物には会いに行くことにしています。
その結果、感じているのが、
政治家には、少人数の会合で魅力を発揮する人と、
大人数を前にした演説で魅力を発揮する人の、
2種類いるということ。

たとえば、I さん。
大勢の聴衆を前にしたスピーチでは、なかなか生き生きと話されるのです。
特に、ライフワークとなっている地方創生などについては、
まさに水を得た魚のごとき語りっぷりで、
その場に臨席した者の心をグッと掴むのですが、
10人くらいの場になると、精彩を欠くというか、
つまらなそうに話されて、聞いているこちらもつまらないのです。

対して、Kさん。
彼は大勢を前にすると気の利いたことは言えないし、
マスコミを通した世間的なイメージも優柔不断な感じなんですが、
少人数の席においては、気配りができるというか、小回りが利き、
なかなか珍しくて面白い話をされるうえに、
前回お会いしたことも覚えていてくださっているなど、
ファンになってしまう要素を散りばめてくるのです。

つまり、I さんは、国防とか農政とか、大きなテーマの話は得意だけれど、
プライベートな話はつまらないということです。
一方、Kさんは、世間的には優柔不断な決められない男というイメージなのに、
それなりに出世しているのは、「近くで会うといい人」だからなのでしょう。

そこで、私は、ハタと気づいたわけです。
Kさんのような人を、“近まさり”する人と呼ぶのだと。

源氏物語などの古典を読んでおりますと、“近まさり”という言葉が出てきます。
「近くで見るとよく見える」という意味なのですが、
たとえば、第33帖の『藤裏葉』には、
「主人の大臣、いとどしき近まさりを、美しきものにおぼして、
いみじうもてかしづききこえたまふ」と書かれています。
補足しつつ意訳するなら……、光源氏の息子である夕霧が、
かねてから恋愛関係にあった雲居の雁と結婚した際、
雲居の雁の父親である「主人の大臣」が夕霧を見て、
「近くで見ると美しい婿殿だな」と感心し、
とても大切にお世話しました……という話。
この雲居の雁の父親、もともとこの結婚に猛反対していたのに。
近くで見た婿・夕霧の“近まさり”にコロッといったというわけです。

ちなみに、その反対語に“近劣り”という単語もあります。
物心ついた私が初めて見かけた芸能人はレオナルド熊でしたが、
新大阪駅のホームで見た彼は、
ステージ上とは打って変わってオーラなどない普通のおじさんで、
子どもだった私を大いにガッカリさせたものですが、
きっと、レオナルド熊は“近劣り”のタイプだったのでしょう。

レオナルド熊https://newsee-media.com/rissho-kosei-kai

もうひとつ、ちなみに、“〇〇まさり”つながりで、“夜まさり”という言葉もあります。
というより、『枕草子』に「夜まさりするもの」という段があるので有名ですよね。
意味は、「夜のほうがいい感じのもの」といった感じですかね。
いや、これは枕草子にしてはそんなに卑猥な話ではなく、
蛍光灯もLEDもない、夜は揺らめく灯火だけのその時代、
「ブスでも雰囲気が良ければ、夜は素敵に見えるよね」というくらいの話です。
ま、スキー場で異性が魅力的に見えてしまうゲレンデマジックみたいなもんで、
夜の薄暗い感じは七難隠すってことなのでしょう。
光源氏にも、暗くて、よく分からなくて、ついヤッちゃったものの、
朝、その子の顔を見て愕然!なんていうエピソード、多いですよね。

それに引き換え、最近は夜でも煌々と電灯がついているし、
相手の毛穴の様子に至るまで、見えないものはありません。
もちろん、そこは 1000年も前に成立している随筆ですから、
現代と比較してみたところで意味はないのですが、
こうなると、1000年前、夜の主役だった「雰囲気の良いブス」は、
活躍の場を失ったと言わざるを得ないでしょう。

さて、今年は ZOOM が大流行でした。
最初は、「やっぱり実際に会ったほうが……」と言っていた人たちも、
交通費も場所代も不要だし、配布資料も作らなくてよいということもあって、
なんというか、爆発的に広がりましたね。
結局、リアルよりも近い距離感で話すことができるようになってしまいました。
そうなってくると、親しく会うことを前提にしている“近まさり”も、
こういう通信の進歩によって、今後は減っていくのかもしれません。

さて、“夜まさり”も“近まさり”も過去のものとなりつつある現代。
選挙活動も、コロナ禍で握手していいのやらどうなのやら。
というわけで、候補者は、会えないなかで親近感を演出せねばならず、
なかなか大変な感じでしょう。
昔は、昼間は本会議場でうつらうつらしているのに、
夜の酒席では力を発揮する“夜まさり”する政治家も多かったように思いますが、
時代は変わったものですね。

[SE;KICHI]

口内炎の話

私は小さい頃から口内炎ができやすい体質です。

みんなができるものだと思っていましたが、
できない人もいると、わりと大きくなってから知りました。

まわりの人に聞いて見ると、
あくまでも私見ですが、どうも遺伝らしいということがわかりました。
親ができる体質だと子供もできて、親ができないと子供もできないようです。
私の家庭では、私ができる体質で、妻ができない体質です。
そして2人いる子供のうち、上の子ができる体質で、下の子ができない体質です。
兄弟でもそれぞれ違うのです。
それを知った時にはそういうこともあるのだと驚きました。
そして、上の子にはかわいそうなことをしてしまった気持ちになりました。

口内炎ができている間は、
熱い物はもちろん、辛い物や塩気が強い物を食べると、
傷口がしみてすごく痛いのです。
例えば右側にできると、食べる時に傷口に触ると痛いので、左側だけで食べます。
その分、食べるのに時間がかかることになります。
ですから、どこにできるかは、その後の食事に非常に大きく影響します。
一度に複数できた時には最悪です。

口内炎ができる原因として、私の場合一番多いのが、
物を食べている時に、頬の内側を噛んだり、唇の裏側を犬歯で噛んでしまうことです。
そして噛んだ傷が、その後、口内炎になります。
特に犬歯で噛むと、尖った上下の犬歯で挟み込むように噛むので、
上の犬歯が刺さった傷と下の犬歯が刺さった傷の2カ所に口内炎ができることが多く、
あまり大きく育つと2つの口内炎が合体してつながり、
1つの大きな口内炎に発展することもあります。
また、できた口内炎をさらに上から噛むこともザラにあり、
痛すぎて泣きそうになります。

一度できると治るまでに、小さい物で1週間、大きいと2週間ほどかかり、
痛みがなくなるまでは憂鬱な日々を送ることになります。

それが、数年前から口内炎が舌にできるようになりました。
そんな所にまでできるとは知らなかったのですが、
舌の先の方や横にできると格別に痛いのです。
食べるだけではなく、喋ることすら大変です。
特にサ行やラ行を言う時に、傷口が歯に触って痛くて言い辛いので、
舌足らずな感じになり、喋るのが嫌になります。

どうして舌にできるのか分からなかったのですが、
歯と歯の噛み合わせのあたりによくできるので、
多分、寝ている間に噛んで、その傷が口内炎になっているのではないかと思います。

口内炎はいつでもできるのですが、なぜか毎年6月頃には必ずいくつもできます。
ただでさえ梅雨のジメジメした時期ですが、
私にとっては口内炎の季節になっています。
今年も舌にとても大きなクレーター状の白いヤツが1ヶ月近くも居座りました。
いつもなら10分もかからないような食事が30分以上かかり、
滑舌の悪さもなかなかのものでした。

これまで、何とか口内炎にならないように、
うがいを心掛けたり、ビタミン剤を飲んだりして予防していましたが、
いかんせんなる時はなります。
体質だと思い、長い間諦めていたのですが、さすがにどうにかしたくなり、
かかりつけの歯医者にすがる思いで相談しました。
その結果、私の強い要望もあり、
まずは唇の裏側をよく噛んで傷付けてしまう、
犬歯の尖った先端を少し削って丸くすることになりました。
あまり削り過ぎると噛み合わせが悪くなるので、慎重に少しずつ削りました。
触った感じでは前よりは尖りが無くなりました。

舌に関しては、これ以上できて酷いようならマウスピースを作って、
寝る時に付けて噛まないようにしましょうと言うことで、
とりあえず様子を見ることになりました。
なんとか軽減できたらいいのですが。

その後しばらくして、食事中に案の定犬歯で唇の裏側を噛んでしまいました。
ところが今までより傷口が浅く、数日経っても口内炎にはならずに治りました。
これまでに3回ほどそんなことがあり、
犬歯に関しては削った効果は抜群です。
もっと早くにやれば良かったと思います。

私のように、口内炎で辛い思いをされている方はたくさんおられると思います。
心中お察しいたします。
また、何かをすることで口内炎が改善された方がいらっしゃいましたら、
ご助言頂ければ幸いです。

[M M]

毎年、これくらいの時期になると軽く違和感を感じるのが、
豆知識系のバラエティ番組での、
「夏の時期に余ってしまったそうめんのアイデアレシピ」。
最近では真面目な料理番組でも聞くようになりました。

私は、毎年、思うのです。
いや、余らんけど?

実は私、そうめんに目がないのです。
しかも、肉味噌と和えてジャージャー麺風とか、豆乳スープでミルキーにとか、
そういう邪道なことをしなくても、
ふつうに、つけ汁につけて食べる、
いわば昔からの食べ方のそうめんがお気に入りです。
まぁ、そうめんを茹でるのは暑いし、
夏野菜の天ぷらを添えたりするのも面倒ではあるのですが、
その労力を補って余りあるほど、私はそうめんが好きです。

なので、秋になっても、そうめん、余りません。

そういえば、今年は富山県は大岩のそうめんが全国に報道されたようで、
私も、「TVで見たんだけど、美味いの?」と、
何人もの県外の方からメッセージをもらいました。
美味いかと聞かれれば、美味いです。
いや、実は、そうめん自体は富山で作っているわけではなく、
揖保乃糸とか、そういうのを仕入れているそうですが、
それを調理して提供する文化があるということ。
それが美味しいとすれば、それは麺の品質以外には、
出汁の美味さと水の美味さに尽きるでしょう。
結局、昆布とシイタケとカツオと煮干しで出汁をとり、
シンプルだけど深みとコクがあるつゆを作り、
それをよくよく冷やして、そうめんに絡めてあるのがポイントで、
ネギとショウガの薬味がアクセントになるそうめんです。

大岩そうめん https://tabelog.com/toyama/A1603/A160301/16004321/

話を戻しますが、そうめん好きの私としては、
次のステップは、そうめんを自分で作ってみたいと思うわけです。

実は、私の自宅のキッチンには製麺機があり、
製麺という調理プロセスは、割と日常的に発生します。
たとえば、パスタが食べたい!となれば、
小麦粉やら水やらを製麺機に投入して生麺を作りつつ、
その間にパスタソースを作るというようなことをやるわけですが、
この製麺機、パスタもうどんもラーメンも、
そばやラビオリやシュウマイの皮までも作れるくせに、
説明書によれば、そうめんは作れないようなのです。

このことは、実はかなり不満です。

というのも、そうめんは熟成が必要で、
製麺機から出てきたものがそのまま麺というわけではないようなのです。
製麺機から出てきた、うどんくらいの太さのものを、
ごま油を塗布しながら巻き取って熟成させたり、
それを2本の棒に巻き付けて再び熟成させたり、
それを縦に垂らして引っ張って伸ばしてから熟成させたりと、
どうやら、様々な熟成プロセスがいるらしい。

それでも、なんとか自宅で作れないものかと、
ネットで「そうめん 作り方」などと検索してみるも、
だいたい、出てくるのは、そうめんの上手な茹で方ばかりで、
肝心の作り方が出てこない!
となると、自力では無理なんでしょうか。

人づてに聞くと、そうめん発祥の地・三輪そうめんの奈良県桜井市で、
ちょっと前、それもたった2年くらい前まで、
手延べ体験させていただける製造者がいらっしゃったとのことですが、
もうやめてしまわれたとのことで、とても残念です。
で、いまも手延べ体験をやっているところは島原だそうです。
島原かぁ……
そうめんのために長崎かぁ……
遠いけど、どうしようかぁ。


けっこう悩んでいる私です。

[SE;KICHI]

ホームドラマ

あまり連続ドラマは見ないと思っていたのですが、ここ最近結構見ている気がします。

大河ドラマは見るのですが新型コロナの影響で中断していたので、
この後のスケジュールが心配です。(好みでない時代の場合は見なくなりますが…)

好きな俳優さんがいるとかではなく、気分転換の意味合いが強いような感じです。
若い俳優さんで恋愛駆け引きがあり赤面するようなセリフがあるのは好きではなく、
面白い表情やしぐさでクスッとしてしまうようなのが好きです。
くだらねぇと思いながらそれを楽しんでいるのが好きです。
寝る前に少し楽しい気分になると寝つきが良い様に感じます。

春先からの自粛で休日自宅にいることが多くなった時に、
見るようになったのが、海外ドラマです。
「24-TwentyFour」など、私でも知っている有名なのがいくつもありますが、
これは好みが分かれるでしょう。
大まかな流れはあっても1話完結で見やすいものが私は好きです。
ボーっと見ているので…  

そこで古いのですが紹介したいのが「スターゲイト」です。
若い頃にレンタル(VHF)で見たものがDVDになり、
BOXになって販売されていました。

『スターゲイト』

ざっくり説明すると、
進化した地球外生命体が作ったワープ装置を使い、
銀河のあちこちを旅しながら悪者生命体と戦うといったSFドラマです。
お馴染みの銀色の目が大きい生命体もでてきます。

何でもありなので技術力の低い地球側が逆転で勝利していきます。
よくある感じです(汗)
何より1話完結で見やすいです。
地球外生命体がいてもいいじゃないかと思うので話としては楽しいです。
昔に見たものですが思わず中古品ですが買ってしまいました。
レンタル店に無かったものはネットで取り寄せ、
全10シーズン分揃えてしまった(汗)

そしてメインキャストの1人で、
軍人であり科学者のサマンサカーター(アマンダ・タッピング)が綺麗ですね。
外人好きなわけではないですが惹かれます。

サマンサ・カーター少佐https://www.jikanryoko.com/sgsg1.htm

新しいもので好みのものを見つけるには、
ネット配信をした方が良いのかと思ったりするのですが、
そこまで見るかと思い出来ていません。
やってみようかな。

[WAKA]

飛鳥の執念⑫ ~祟りじゃ!

この春は、コロナウイルスが燎原の火の如く広がりました。

医療関係の方々のご尽力により、何とかこの程度で持ちこたえていますが、
これが、医療技術が未熟な奈良時代などであったならどうでしょうか。
ワクチンがないために治療法がないという意味では、
奈良時代も現代も一緒なのですが、
現代は対症療法ができるので、重症化を防げているのですよね。
あらためて、医療の進歩に感謝です。

さて、奈良時代といえば、
天平9年(737年)に天然痘の大流行が起こりました。
このときの天皇は奈良の大仏で有名な聖武天皇ですが、
この人が心配症というか、超ビビリで、やたらと遷都しまくります。
それは、何かあれば「祟りに違いない」と考える思考回路のためで、
だいたい、そういう人は心当たりがあるものです。

聖武天皇の妃というか皇后は光明子(光明皇后)という人で、
その父は藤原不比等といって、
乙巳の変で中大兄皇子に加担した中臣鎌足の息子です。
つまり、光明子は中臣鎌足の孫にあたるわけですが、
中臣鎌足も高位とはいえ所詮は政治家に過ぎないので、
もともと光明子は皇后になれるような身分ではなかったと思われます。
なにしろ、当時の皇后というのは、現在と違って、
夫である天皇が万が一崩御した場合、
中継ぎとして次の天皇として即位する可能性があるため、
皇族しか皇后にはなれないのが慣習でしたから。
しかも、光明子の母親は県犬養三千代といって、
阿閉皇女(聖武天皇の祖母・元明天皇)に仕えていた単なる女官であったので、
身分的に、皇后への道のりはかなり遠いものだったと思われます。

当然、光明子が皇后になることに反対する勢力がいるわけで、
その中心が長屋王という、聖武天皇の治世の初期に政権を握っていた人でした。
この人は中大兄皇子(天智天皇)の息子である高市皇子の息子ですから、
つまり、天智天皇の孫なのですが、
神亀6年(729年)、当時よくあった、他人の讒言により自害に追い込まれるという、
いわゆる「長屋王の変」が起きました。
これは、その時点ですでに没していた藤原不比等の、
「娘・光明子を聖武に嫁がせたい」という悲願を叶えるため、
4人の息子(武智麻呂、房前、宇合、麻呂 = つまり光明子の兄たち)が、
それに反対する長屋王を排除するために仕組んだとみられています。

さて、そうやって反対勢力を抹殺し、
光明子は非皇族として初めて皇后となったわけですが、
天平9年の天然痘の大流行では、
なんと、長屋王を追い詰めた藤原四兄弟が全員病死します。
これは、いまでいうと、大臣がバタバタ亡くなって内閣が機能しなくなる状態で、
これが祟りなのかどうか、そのへんはちょっと私には分かりませんが、
当時、生き残った政府高官は恐れおののいたのでした。
急遽、長屋王の実弟である鈴鹿王という人を呼び寄せて、
知太政官事という臨時首相みたいな役目で登板させることで、
なんとか、辛うじて政府の体裁を整えたのでした。

しかし、そでれも恐怖心はぬぐえなかったのか、
聖武天皇は突然関東(伊勢国、美濃国)への行幸を決行し、
なんと、そのまま平城京に戻らずに、
恭仁京(京都府の旧加茂町あたり)へ遷都を行いました。
しかし、その2年後、恭仁京がまだ造成中であるにもかかわらず、
聖武天皇は近江紫香楽宮(滋賀県甲賀市)に移り、
さらにその2年後には、難波京(大阪市)へ遷都を決行した挙句、
1年後には元の平城京に戻るという、
ひいき目にみても、どうかしているんじゃないかというくらい、
遷都、つまり引っ越しを繰り返しています。
目まぐるしく行われた遷都は、
移転した先々で火災や大地震などの社会不安に遭遇したためと言われています。

ちなみに、聖武天皇の母親は藤原宮子といって、藤原不比等の娘です。
つまり、聖武天皇は、母親と妻が、藤原不比等の娘で、姉妹にあたるわけですが、
母である藤原宮子は首皇子(のちの聖武天皇)しか子を産みませんでしたので、
聖武天皇は「ひとりっ子」でした。
その後、母の妹・光明子を皇后としてめとった聖武天皇でしたが、
光明子も、男子は1人しか産まなかったうえ、
その男児は1歳になる前に死んでしまいます。
光明子は、ほかに女子を産んでいて、それが孝謙天皇として即位はするものの、
結婚しなかったので、女系天皇としての血脈はつながらず、
結局、藤原不比等が執念を燃やした系譜は、
かなりあっさりと断絶してしまったのでした。
切ない話です。

さて。
この春は、コロナウイルスが燎原の火の如く広がりました。
社会現象として、今年は特筆すべき1年になったことでしょう。
これは、私には、聖武天皇の御代とそっくりに見えます。
もし、現代が聖武天皇の御代であれば、
この未曽有のコロナ禍で、遷都は間違いないでしょうし、
改元されたうえ、日々の加持祈祷に余念がないことでしょう。

そういうのが正しいことかどうかは私には判断できませんが、
少なくとも、いまよりは神仏に対して謙虚であったかもしれぬと感じます。
何が正しいのかいまいち分からない VUCA の時代、
エビデンスも大切ですが、状況から学ぶ謙虚さも大事かもしれません。

[SE;KICHI]

それぞれまちまち。

久ぶりに泊りがけで出かけてきました。
G.Wの旅行を取りやめた直後、8月辺りなら大丈夫かなと予約を入れていました。
新型コロナウイルスの影響が予測もつかない中なので、行先は県内に。

一泊目は何度か利用している旅館を選び、
二泊目はチェーン展開しているビジネスホテルを選んでみました。
直前に予約状況をみてみると両施設とも満室となっていたので、
あまり部屋から出ないようにしないといけないかなと思案していました。

旅館到着後、まずは検温し、
続いてアルコール消毒をしてから部屋へ案内してもらいました。
旅館の方は予約数を制限していたようで、混雑もなくお風呂も快適に使えました。
大浴場にはお一人先客がいらっしゃいましたが、挨拶をしていいものか迷いました。
マスクをしていない状況なので声を出すのは迷惑ではないかと、
最後あがるときに会釈と小声で挨拶をしました。
相手の方も同じような気持ちだったようで、お互い無防備な姿で笑いが。
皆、気を使っています。
食事もいつもなら大広間に用意があるのですが、今回は個室でいただきました。
本当なら部屋数いっぱい予約をとりたいはずでしょうけど、
安全と負担を考慮し、出来る限りの工夫と対策でもてなしてもらえました。

二泊目のホテルも先ずは検温から。
部屋に向かうのにエレベーターを待っていると、
利用人数3人までと制限されていました。
チェックインしたのが早い時間だったので、
フロントもエレベーターも人がまばらでしたが、
スペースがないので10人も来たら外待ちになるのかなって感じです。
エレベーターは一基だけだったので、
人数が増えたら何回かやり過ごさないと乗れなさそうでした。
まだ、この日は3人を守っていました、皆さん。

大浴場は使用できるロッカーを制限し、
このロッカーが一杯になると浴場には入れないシステムになっていました。
朝食はバイキングが変更となっていて、お弁当をもらって、部屋で食べるシステムに。
翌朝、1階の会場へ行ってみると長蛇の列。
受け取るまでは皆さん距離を保って並んでいましたが、
エレベーター前はスペースが狭いため、部屋に戻る人達が大勢待っていました。

2階に浴場があるため、そこを利用する人と、食事を持ち帰る人の時間帯が重なり、
エレベーターには結局3人以上盛り込む事態になっていました。
1階からはMaxの3人乗り込むので、
2階で待っている方は扉が開くと一瞬乗り込むのを躊躇しますが、
待つのも限界のようで申し訳なさそうにしながら乗られました。
時には1階に着いたのに降りない方も。
きっと、2階で延々と乗れなかったので、
降りるエレベーターに乗り込む手段に出たのでしょうね。

泊まった施設はどちらも Go To トラベルキャンペーンに参加していました。
であれば、こちらのホテルは改善の余地ありかなと。
お弁当の受け渡し時間を前日にでも予約制にし、時間ごとに人数制限するなど、
もうひと工夫あってもいいですね。

旅行中、博物館や資料館など屋内施設にも足を運びましたが、
検温から住所記入や手袋を渡された施設もあれば、
まるっきり何の対策のない施設もありました。

まあ、後者の方は貸し切り状態でしたけどね。
対策の為、展示物前に設置してあるモニターなど使用できなくなっていて、
楽しさが半減な施設もありました。
残念でしたけど仕方がないです。

それぞれ対策はまちまちですが、迎える側は本当に大変なことと思います。
正直完璧な対策なんて無理だろうと思いますが、
少しでも安全安心を心がけて開店してくださっている皆さん、
ありがとうございます。

出かける際はこちらも工夫し、
状況をみながら行動範囲を広げていきたいと思っています。

[fu~ma]

実は一大事なのですよ!

安倍首相、辞任を表明されましたね。
まぁ、ご病気ということなので仕方のないことですが、
ここ何年も、批判を受け続けておられ、気の毒な気もします。
だいたい一国の宰相など、普通の人には想像もできない激務でしょうに、
友人でもない国民から「アベが」とか「アベくんが」とか、
還暦過ぎの紳士に対するにしては、あまりに失礼な呼び方をされ、
挙句、マスクを配っただけで「アベノマスク」などとバカにされる始末。
そりゃあ、ストレスで腹も壊そうというものです。

この秋は政局がらみになるのでしょうか。

この夏は甲子園もなかったうえに、帰省もしてくれるな、墓参りも密を避けろと、
“Summer Vacation”感があまりなかったので、
なんだか、流れるように過ぎ去った8月でした。
8月が終わり、今年も残すところあと4箇月
これほど無為に過ぎた1年は初めての経験です。

ところで、8月といえば戦争がらみの月ですよね。
私は、そういうエピソードは嫌いではないのですが、
それでも、終戦記念日の朝から、というか、10日前の原爆の日あたりから、
ニュース等で、戦争を経験された高齢者の話が流され、
「戦争は悲惨だ、悲惨だ」と、お経のように連呼されると、
まぁ、いい加減うんざりするものです。

いや、私自身は実体験していませんが、
それでも、戦争が悲惨であったことは想像がつきます。
そこに異論はありません。
しかし、戦争がテーマの話の時、どうしても悲惨さばかりが強調され、
「戦争はいけない。怖い怖い」のようなところに着地しがちです。
それは、ある程度、致し方ないことのようにも思いますが、
実際のところ、洗脳に近い効果を持っていて、
本来の、戦争を起こさないために日本はどうするべきか、など、
未来の視点からの議論が、なかなか深まりません。

つまり、条件反射的に「戦争はいけない」と言いはするのですが、
そのためにどうするかという思考は奪われてしまっていて、
「よく分かんないけど、とにかく戦争はダメなのっ!」という、
なんだかツンデレのドラマみたいな思考回路になってしまっています。

コロナ、コロナと、毎日、再放送でも気づかないようなニュースを見させられ、
重要なニュースがそれしかないかのように洗脳されていますが、
実は今年は、コロナなんかなくても、なかなか大変な年なのです。

先日も、中国共産党は長年の経済的恩恵を捨ててまで香港の自由自治を奪いました。
おそらく、台湾や東南アジア諸国を威嚇し、
尖閣諸島侵入から沖縄を奪う計画を立てていて、
最終的に、アメリカと対決して世界の覇権を握ろうという計画なのでしょう。
王毅外相は7月に「南シナ海は我々の庭であり……」などと発言していますから、
自宅の庭を掘り起こして何が悪い!という意識でいることが分かります。
一方、アメリカのビーガン国務副長官はこれに呼応して、
「南シナ海でのそのような主張を押し返す」と発言されましたね。

近年、中国はアメリカに次ぐ経済力をつけました。
オリンピックもやったし、万博もやっているので、
正直なところ、もう先進国ですよね。
しかし、貿易慣行は未だ欧米に従わなければならず、
時に欧米の価値観から、人権だなんだと内政干渉され、
それに従わなければ経済制裁を科されてしまうというありさまですから、
ぜんぜん、自分たちが認められなくて悔しいに違いありません。
だったら、もう、自分達の好きにやってやろう、他国の目なんて知るか!と、
自分達の価値観で、儲かる方法を作ろうと考えたのではないでしょうか。

おそらく、中国共産党は、かなり本気でアメリカと対決することを考えているはずで、
いまは、次の大統領がトランプの再任になるかバイデンになるか、
つまり、共和党政権が続くか民主党に代わるのか、見極めているところでしょう。

トランプ大統領は雰囲気が小憎たらしいので、悪者扱いされやすいのですが、
民主党のバイデンが大統領になったら、どう中国と対峙するつもりでしょうか。
悪夢のオバマ路線に戻ってしまうのですから、
バイデンが次期大統領になったら、
中国が次の覇権国家になる可能性がありますよね。

情報公開もせず、言論の自由もない国が世界を牛耳るって、
そんなの、大丈夫なんでしょうか。
率直なところ、私は、トランプ大統領の再選が、
世界にとっても、日本にとっても望ましいと思うのですが、どうでしょうか。

ところで、アメリカと中国の大国同士の覇権争いなんて、
日本には特に関係ないだろうという方もいらっしゃいますが、
現在の日本は、かつて死闘を演じたアメリカと、血より濃い同盟国になっており、
中国から見れば、間違いなく自由主義陣営の一員、
つまり、敵軍の一角というわけであり、巻き込まれるのは必定でしょう。

日本には憲法9条で国が守られていると本気で思っている一派があり、
正直、かなり驚いたりしますが、
そこまでの確固たるイデオロギーを持っていない人でも、
「難しいことは分からないけど、戦争はイヤ」とか、
「どっちでもいいけど、核兵器はなくすべき」とか、
そういうふうに思っている市民は多いものです。
しかし、そういう感覚的な話だけでは国を守ることはできないと思うのです。
国を……って、話がデカすぎて理解しにくいかもしれませんが、
ようするに、「なんかヤダ」くらいのふんわりした話では、
自分の愛する家族や友人や生活を守れないということです。
それこそが安倍首相の悲願だったはずですが、
日本は千載一遇のチャンスを逃してしまいました。

「戦争は悲惨だ」に異論はありません。
感染拡大が大変だとか、猛暑に注意しましょうも、大事なことでしょう。
しかし、もっと大事なニュースは、
いま、日本の領土領海内で起きている隣国の暴挙と、
海の向こうで日本を守ってくれている国の大統領選挙のことです。
これを知らなくて、本当に悲惨な目に遭うのは私達なのです。
政府は国民を悲惨な目に遭わせないために現実に向き合い、対処し、
同時に、改めるべき憲法や法律は素早く改め、
国際社会から支持応援されるように備えなければいけないと思うのです。

広島の原爆死没者の石棺に、
「過ちは繰り返しませぬから」と刻まれていますが、
かつての日本人はそこまでの過ちを犯してはいないはず。
むしろ、思考停止してしまった現在のほうが、
よっぽど「過ち」という感じがします。


[SE;KICHI]

初恋💛

『初恋』というと、村下孝蔵でしょうね。
もしくは、窪田正孝の映画か。

令和のみなさんは忘れてしまったかもしれませんが、
「まだあげ初めし前髪の
林檎のもとに見えしとき 前にさしたる花櫛の
花ある君と思ひけり」

というのは、島崎藤村の『初恋』ですね。

今年は、ステイホームということで、
本を読む機会が増えたという方も多かったことでしょう。
聞くところによれば、島崎藤村なども微妙に売れているそうです。
『初恋』は藤村が明治30年に発刊した処女作『若菜集』の一編ですから、
120年ちょっと前くらいの詩ということになりますが、
いま、『初恋』を読んでみると、藤村の頃の初恋と現代の初恋では、
その雰囲気はかなり異なっていることを感じます。

当時の平均寿命は40代前半くらいですかね。
もちろん、乳児の死亡率が高かったために押し下げられている平均寿命でしょうが、
当時は、産後の肥立ちの悪さや栄養状態の悪さなどにより、
簡単に命を落とす方も多かったでしょうから、
体感として、当時の人々には、
人生が60歳やら70歳まであるという感覚はなかったでしょう。
一方、現代では、女性の平均寿命は90歳に迫り、
いまどき、40代前半なんていうと、小娘もいいところです。

ところで、そのような、人生が40歳そこそこで終わる社会では、
初恋は、どう考えても一大事です。
なにしろ、40歳でこの世を去るところから逆算して、
それまでに出産や子育て(親離れ)を済ませようとするならば、
遅くとも20代前半までには「仕込み」は済ませておかないと、
子孫が絶えてしまうことにもなりかねません。
そうなると、縁談は10代後半の仕事になりますから、
初恋も、チャンスがあるとすればその年代か、それより前ということになります。

いま、チャンスがあるとすれば……と書きましたが、
チャンスなんてやってこない場合も考えられるでしょう。
見合い結婚の割合が高かったであろうことも勘案すると、
見合いをして、処女のまま結婚して、初夜に結ばれて出産し、
そのまま、その相手と添い遂げるというケースも多かったはず。
つまり、何かの巡りあわせで結婚や出産はできても、
恋愛の機会には恵まれず一生を終える女性も多かったことでしょう。
すなわち、当時の女性にとって、
恋愛は貴重な、恵まれたオプションみたいなものだったということですよね。

さて、120年後のいま。
人生は90年もあるうえに、恋愛は自由ということになっています。
そうすると、どうしたって、恋愛が「一生に一度」という感覚ではありませんし、
初夜に結ばれた初めての相手と添い遂げるという女性も絶滅し、
そのような価値観も、すでに化石になりました。
つまり、そんなに真剣に恋愛する必要性がなくなったということなのでしょう。
悪意ある言い方をすれば、
「恋愛なんて、テキトーでいんじゃね?」という社会になったわけです。

なにしろ、現代の人生は明治時代の倍の長さになったわけですから、
ヒマな時間も増えたのでしょう。
私の周囲の中年にも、「はぁ〜、恋がしたい!」と口走る者あり、
「いくつになっても恋はしたい!」と豪語する者あり。
それは、配偶者の有無などとは関係ないようですから、
年は取っても、心身ともに現役でいたいと考えるものなのですね。
中年の不倫がドシドシ報道されるのも、
枯れたくないギラギラした中年がたくさんいるからでしょうか。

しかし、それは中年の話で、
このところの若者たちは、また事情が異なるようです。
内閣府の調査によれば、20〜30代の未婚男女のおよそ4割が、
「恋人は欲しくない」と思っているとのこと。
常に恋したいと思ってギラついている中年とはえらい違いで、
若い彼らは、「恋愛は面倒臭い」と思っているというわけですが、
そういう彼らにしてみれば、
むしろ、いつまでも恋したいと思っている中年世代に呆れていることでしょう。

藤村の時代は、“稀有なチャンス!”と、恋を大切に慈しみました。
そして、現代の中年たちが若かりし30年ほど前には、
「この恋がダメなら次に期待だ」と、恋を使い捨てた“飽恋”の時代。
そして、いまの若者は、「面倒なんで、恋、いらないっす」という時代。
時代とともに恋愛観が違ってきていて、興味深いところです。

しかし、大丈夫なんでしょうかね。
「面倒なんで、いらないっす」という、白けた時代。
藤村のころとは逆の意味で、
恋をせずに一生を終える人も増えそうな予感です。

[SE;KICHI]
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kkseishin

Author:kkseishin
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