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音楽は好きですか?

以前、歳を重ねる毎の身体と心の変化について書かせていただきました。
他にもとなんと言えばいいか分からないですが、
感性というか許容心のようなものも変化したなぁと感じたので、
書かせていただきます。

皆さんは音楽は好きでしょうか?
私はそれなりに好きなほうだと思います。
学生の頃はバンドなんかもやっていて、
今はそこまでできてないのですがギターを弾いたりもします。
何が心境の変化って、若い頃のバンドやってる時って、
ちょっとトンガっているっていうかそんな感じでした 笑
なんか、このアーティストは最高!このアーティストはダメ!みたいな、
極端な感じでしたね。
まぁ、若気の至りって感じですかね・・・

最近の流行している音楽にはそんなに詳しくはないのですが、
なんとなーくラジオで流れているのを聴いたり、スマホでたまに聴いたりすると、
あ、この曲いいなぁって思うのが結構あったりします。
いや、本当にあんまりどのアーティストの曲なんだとか、
すぐ調べないので具体的には言えないのですが・・・
ただ当然なのかもですが、そのアーティストの、
全ての曲が自分にマッチしている訳ではないのです。
これは昔好きだったアーティストでも共通していることで、
比較的好きな部分が多いから好きなアーティストになったということだと思います。
ただ、感性の変化があったというのは、
昔全く受け入れていなかったアーティストでも良いと思える曲はあったということ、
最近のアーティストはあまり聴いていなかったというだけで、
好きな曲はあるということ。
なんだか、食わず嫌いみたいですね。
かと言って人に、これ聴いて!とかゴリ押しされると、
私の場合は逆に聴く気が起きなかったりするのですが・・・汗  

最後に、若い頃の自分だったら聴いてないんだろうな~って曲を、
最近のアーティストと昔のアーティストでご紹介したいと思います。
最近のアーティストでは、「Official髭男dism」さんの「Cry Baby」
いやー、この曲かなりハマって聴きまくりましたね。
というか聴けば聴く程ハマっていったって感じでした。
TVアニメ「東京リベンジャーズ」を見ていたので、
その主題歌だったのがきっかけで聴きました。
昔のアーティストでは、「イルカ」さんの「なごり雪」ですね。
もちろん若い頃から知っている曲なのですが、
若い頃ってやっぱりその時の流行りしか聴かなかったり、
好き嫌いが激しかったりするのです。
歌詞とかメロディーとか歌声が癒されます。
名曲だなぁって思います。


https://www.youtube.com/watch?v=O1bhZgkC4Gw
https://www.youtube.com/watch?v=H2TR3oEA13o


そんなこんなで新しい感性なんかもあるのですが、
やっぱり昔好きだった曲ってなかなか嫌いにならないものです。
新しい曲を聴いたり探したりするのは、楽しいって感覚が大きかったりするんですけど、
自分の気分を上げたい時ってやっぱりアップテンポなロックだったり、
ポップスだったりする。
これは私の場合ですけど。
昔好きだった曲はなかなか嫌いになりませんが、
物はさすがに不要になったらすぐ捨てれますね 笑
断捨離派です。

これからもいろんな音楽を聴いたりして、気分をリフレッシュしていきたいと思います!

[SYUN]
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心の王国を完全に統治するということ。

私は、基本的に環境を変えるということを好みません。
環境を変えたら劇的に状況が良くなるということは、
見かけ上、ありえるとは思うのですが、
永続性に欠けると思っているからです。

比喩ですが、私の心の中には王国があります。
その国の国王は私です。
つまり、どのように国を治めるかは、完全に私の裁量にかかっています。
金品を貪りあう欲の深い国にするもよし、
互いに裁きあう怒りに満ちた国にするもよし、
自分に甘く怠けてばかりいる国にするもよし。
一方で、増長する欲を抑えて役に徹する国にするもよし、
互いに認め合って責め心を抱かない国にするもよし、
自分の貢献を誇らず他人の計らいに感謝する国にするもよし。
いや、私の心の王国運営の話ですよ。

先ごろ亡くなったエリザベス女王もそうでしょうが、
誰だって自国が戦乱に明け暮れるのはイヤでしょうから、
おおよそ国王というものは、領内が平穏であるよう、心血を注ぐものでしょう。
つまり、自分の心の王国は、自分で穏やかに治めねばなりません。

実際には、生きていれば、日々、いろいろなことが起きます。
喜びの日、怒りの日、悲しみの日、楽しい日、
日照りの日、曇りの日、大雨の日、嵐の日、豪雪の日、
地震の日、台風の日、津波の日、それに戦乱の日。
日々、いろいろなことが起きます。

しかし、それらの出来事をどう捉えるかは、
心の王国を統治する自分自身に委ねられています。
嬉しくて舞い上がるような気分になることもあれば、
誰かの言動にモチベーションが下がって仕方がないこともあるでしょう。
また、悲しくて泣きたくなるような日もあるかもしれません。
しかし、どんなことが起ころうと、
自分の心の王国は、自分で穏やかに治めねば、
誰かが代わりに治めてくれるということはありません。


たとえば、あの子と話していると、嬉しくて舞い上がるような気分になるわとか、
アイツを見ているとモチベーションが下がって仕方がないとか、
自分の将来を考えると、不安で泣きたくなるよとか、
そういうことを言う人がいます。
しかし、そう思っているのは、心の王国の統治者である自分自身です。
嬉しくて舞い上がっているのは自分だし、
モチベーションを下げているのも自分です。
起こっていることに問題があるのではなく、
それを統治する自分の裁量の問題です。
繰り返しますが、自分の心の王国が乱れているなら、
それは、誰かのせいではなく、国王である自身の問題です。

国王は、自分の心の王国を平定しなければならないのですから、
やる気のない同僚とか、認めてくれない上司とか、
優しくしてくれない配偶者とか、言うことを聞かない子供とか、
そんなことに心を揺らしている場合ではないのです。
上がらない賃金とか、下がらない物価とか、
止まらない円安とか、指導力のない国家指導者とか、
そういうのも全部です。
いちばん大切なことは、自分の心の王国を平定することなので、
外的要因によって、根無し草のように心を揺らしている場合ではないのです。

揺らしたら、負け。
国王として。

いやいや、この情報に満ち満ちた社会、
そのなかで生活しながら心を揺らさないなんて無理だ、という方もいます。
そういう情報に対峙してこそ、潤った人としての生活であるという方もいます。
確かにそうかもしれません。
しかし、私は、右往左往する領民の話をしているのではありません。
国王として、心の王国を完全に統治することについて話しているのです。
外部要因に心動かされて走り出すなんて、
シマウマを見たら食いつかずにはいられないライオンと一緒、
つまり、反射的に動いてしまう動物と一緒です。
いいですか、メディアを見ていろいろ感じるのは動物と一緒
少なくとも名君といわれる国王の心境ではないと思うのです。

全部自分です。
外的要因に右往左往すると決めるのも自分だし、
何が起こっても心を動揺させないと決めるのも自分です。
さて、どうしましょうか。

[SE;KICHI]]

これ、面白いっすよ!

ここ最近、選挙が続きましたよね。
国政選挙では直近の参院選、昨年の衆院選、地方選では市議選や知事選など、
重要な衆望選択の意思決定が行われてきました。
当然、投票に行きましたし、
当日は予定がある場合、何度か期日前投票にも行きました。
市役所の、選管委員の監視の目と重苦しい空気、
そして出口調査のぐいぐい来るあの感じ。
何度行っても慣れません。笑

誰もが「関係無い」とは言えないこの選挙。
私は20歳(現在は18歳)になるまでは選挙権がなかったので、投票には行けませんでしたが、
親の投票に行く姿や、社会の授業が子供の頃から好きで、
地歴公民全てが楽しかったことから、当然好奇心はありました。
ただ、高校は日本史を専攻しておりましたので、
政治経済には触れられなかったのですが…。
しかし大学受験となると、日本史の範囲は有史以前から現代に至るまでと広く深く、
どうしても得意不得意の分野は出てきます。
テストですから、出題の傾向性なんかもあったりします。
政治にも触れなければいけません。
その頃になると授業では追いつけず、私を含め何人かは、
毎日放課後に社会科教諭による、スパルタみっちり補習を受けておりました。

皆が推薦入試で次々と進学先を決め、
早い者は9月に、少なくとも11月までには8割強の生徒は進路が決まっていまして、
ほとんど学校に来る必要もなくなっていました。
まるで消化試合をこなすような彼らは、
冬にはスノボーで遊びに行く予定を立てたりしていまして、
片や2月に勝負を控え、勉強を続ける我々が、
横耳からどんな心境で聞いておることかも気にかけず、呑気なものでありました。
我々は羨ましいような妬ましいような腹立だしいようなドス黒い感情が渦巻いており、
正直言って煩くて憎らしくて仕方がなかったです(笑)
今となってはそれも良き思い出ですが、
勉強した内容は忘れても、
その時に辛酸を舐めても向き合った自分達を誇らしく感じています。

すみませんかなり脱線しましたが、話を戻しますと、
大学の日本史出題の傾向性で、近世〜近代史への流れが出てくることから、
政治史についても学ぶ必要が出てきました。
大まかに言うと、どの総理の時に何をして何があったか、ということです。
当然、内容も覚え、年号まで頭に入れなければいけませんが、
それ以前に、歴代総理大臣の名前を覚える必要がありました。
なお、その際は戦後からの総理のみで大丈夫でした。
それでも34人(当時)もいて、しかも重複している人もいるのです。

「分かるかい!(怒) …正攻法で暗記かぁ〜」
と、うなだれ、
「東久邇宮稔彦、幣原喜重郎、吉田茂、片山哲、芦田均…」と、
資料を見ながら口に出して暗唱していきました。
徳川15代将軍も覚えたのですが、
名字が徳川さんの、ほぼ“家シリーズ”の皆様の方が圧倒的に覚えやすく、
家に帰って来てまで暗唱しておりました。
好きでというより、テスト対策ですよね。
ネットで見ると、それぞれ皆さんの覚え方があるそうですが、
私はひたすらに順番で暗記するほか覚えられませんでしたので、暗記しました。
(受験当日は覚えたことが功を奏してか、政治史の問題は全て答えることができました。我ながらよくやったと思います。)

暗記の際、特に関心を持ったのが、保守合同の55年体制後、
有名な佐藤栄作元総理からの『三角大福中』の政争の流れです。
(三木武夫・田中角栄・大平正芳・福田赳夫・中曽根康弘)
と言っても、この辺は派閥トップの自民党長老政治史みたいなものですが。
(これは高校生当時の2012年、沖縄返還40周年を記念して制作、ドラマ化された『運命の人』という作品にも出てくるものからでもありました。原作は著名作家の山﨑豊子で、私は彼女の社会派作品が好きでしたから、原作とドラマも観ていました。この作品は実際にあった「西山事件」と呼ばれる実話をモデルにしています。8年ほど前にも国会が特定秘密保護法案で紛糾した際に、モデルの西山太吉記者が参考人招致で登場して大変話題になっておりました。[沖縄密約事件,外務省機密漏洩事件とも] 人物は仮名ですが、明らかにあの人だろうと分かるような大物キャラがたくさん出てきまして、実際にあった政治の権力闘争に触れられています。ドラマとはいえ、昭和の当時を生きていない私にとって大変勉強になりました。日本人なら知っておくべき内容となっておりますので、ご興味のある方は是非)

三角大福中
https://www.nhk.or.jp/politics/articles/feature/27263.html

顔写真も含めて順番に暗記していくのですが、
この60年代〜80年代にかけての総理大臣達(派閥の領袖)の顔が、
ほぼ2年に一度のリズムで代わっていくのが、高校生の私にとってはとても新鮮でした。
なかでも、やはり田中角栄と福田赳夫の『角福戦争』は印象的でした。
以前、SE;KICHIさんのブログでも触れられていましたが、
この時代の権力闘争は金権政治と呼ばれるほど熾烈を極め、
金のある方が人心を掴み、戦いに勝つと言われるものでした。

「ビートたけしのTVタックル」や、テレビ各局のYouTubeチャンネルでも、
当時の映像なんかが編集され、それが今の時代でも観れたりしますので、
なかなか面白いものです。
実際、身近な親に聞いてみたら、当時は子供だったことからあまり覚えておらず、
例えば田中角栄は、ロッキード事件の当事者としての印象や、
毒舌・田中真紀子の親というイメージからあまり好印象でないそうです。
しかし、弊社・新潟のSYUNさんらに聞いてみると、
田中角栄という人は、新潟県の人々にとっては、
ジャイアント馬場と同じくらいの、神様みたいな人である

ということを教えてくれました。

金権政治、狂乱物価、闇将軍…等々、
功罪相半ばする人物はあるかもしれませんが、
最多33件の議員立法を成立させたことや、
日本列島改造論からくる新幹線建設など、実績が多くあるのも周知の通り。
事実、北陸にもできた新幹線を使って便利な生活をしているわけですから、
関係無いとは言えません、ありがたいと思います。

まだまだ興味深いこの時代の政治史ですが、当方未だ勉強不足で、
他にも詳しい方は大勢おられると思うので、
もう少し勉強してから申し上げようかと思っています。
(個人的には大平正芳→鈴木善幸→中曽根康弘あたりに関心があります。四十日抗争、ハプニング解散、二階堂擁立構想…等々。あと、ハマコー議員もいいですね。笑)

ハマコー
http://www.france10.tv/politics/2904/

ところで、最近私がよく観ているYouTubeのチャンネルがあります。
テレビ局のTBSが古い映像を組み合わせて、歴代総理大臣の紹介をする、
『歴代総理列伝』シリーズです。

これ、歴史好き、政治好き、昔のことを学ぶつもりがあってもなくても、
普通に面白いっすよ。
まだ映像が残る総理大臣全員が制作されているわけではありませんが、
かなり上手く編集されていまして、細かくではありませんが、
日本の現代の歴史をサラッと観れるものになっています。
(私はお酒飲みながら見たりしています。まるでアイドルを見るような感じでしょうか)

自民党総裁の総理のみだけではなく、平成初期の政権混乱期の方もいますので、
懐かしいと思う方もおられるかもしれません。
こんな時代もあったなと。
私自身も生まれた頃の総理大臣が出ていまして、興味深いところでありますが、
先程の『三角大福中』の“中”しかまだ観れませんので、今後に期待と言ったところです。

[K.K]

手水舎

コロナ禍とはいえ、こういう時こそと思い立ち、
少し前に熱田神宮に参拝に行ってまいりました。

熱田神宮

熱田神宮は境内が広大であるうえ、
緩やかに動線を区切って回遊できるようにしてあって、
他の参拝客と密になることはなく、ゆったりと参拝できました。
熱田神宮といえば、境内に放たれているニワトリが有名ですが、
そのニワトリも健在であるうえ、その周囲に人だかりができることもなく、
とにかく、密にならないよう、かなり配慮されている印象でした。

が、ナンジャソリャと思った箇所が1点。

それは手水舎。

手水舎というのは、神社の拝殿の手前にある小さな水場のような施設ですよね。
そこに用意されている洗い水は手水(ちょうず)と呼ばれ、
拝殿へ進み出る前に身の穢れを清めるためのものとされています。
つまり、手水舎というのは(みそぎ)の場なのだと思うのですが、
コロナ禍にあって、この禊の場であるはずの手水舎に異変が起こっていたのです。

手水舎 手水舎 - 拡大

ごく普通の手水舎ですが、その柱に何やら紙が貼られています。
近寄ってみてみると、「⇒ 流水手水」と。
……なんですかね、手水舎とは別に用意された“流水手水”、聞いたことないですが。
行ってみます。

臨時の手水…樋? 臨時の手水…樋の様子

そこにあったのは、参道に沿って設置された、竹で作られた柵のようなもの。
もっとよく観察してみましょう。

臨時の手水…樋? 拡大

よく見ると、竹の節のあたりから、細く水が出ているの、分かりますでしょうか。
その水が、柵の補強材を濡らしながら、そのまま下に流されています。
どうやら、これで手をすすぎなさいということなのでしょう、
なるほど、これは確かに“流水手水”というわけです。
誰が使ったか知れないような柄杓の柄を握って手を清めるよりも、
こうして常に流れている水に手をかざすほうが衛生的ということなのでしょう。

しかし、私は少し不満です。

手水は、「柄杓を右手で持って水を満杯に汲み、その水を左手にかけて清め、
次に柄杓を左手に持ち替えて右手にも水をかけ、、、」と、
時折クイズ番組になるほど、意外とうるさい作法が設定されているもの。
つまり、定められた作法があるということは、
「好きにしていいよ」ということではないということ。
極端なことを言えば、ここは神社なので、神様の臨在を意識し、
そのうえで作法が定められているということです。

なので、まず、チョロチョロ出る水で手を濡らしたらOKというのは、
ちょっとインスタントで、威厳に欠けるかなぁと思うのです。

しかし、このコロナ禍にあっては、それも致し方ないではないか、
どうしたら安心して手水を使ってもらえるか、これは神社による渾身のアイデアなのだ、
その取り組みをこそ褒めるべきではないのか、と、
いまどきは、そういうバッシングを受けそうな気もします。

しかし、私は少し不満です。

なぜなら、ここは神社。
神社というのは、八百万の神々に対し、平素からの恩恵への感謝を奉じ、
自らの精進の誓いと、日本の安寧を乞い願う場所ですよね。
そういう場であればこそ、
柄杓の柄を触るのに躊躇するような凡夫に対し、
「おい、しっかりせんか!」と、
神様(すなわち神社側)から一喝があってもよかったし、
それこそが神社に期待されている機能であるような気すらします。
つまり、見えもしない微生物に右往左往するのではなく、
希望を抱いて、しっかり信念をもって生きよ
、と、
そういうことを教えてほしいのです。

まぁ、簡単に言えば、神社ともあろうものが、
コロナに右往左往する凡夫に負けて、
手水舎の設えを変えてるんじゃないよ、という話です。

[SE;KICHI]

お墓どうしよう・・・

しばらく前になりますが、
営農組合の仕事で除草剤を散布してまわっていた時のことです。

墓地周辺にきた時に私が「お墓も直さないとな~」と発言したところ、
私よりも若いのですが子どもは一人っ子で、
すでに東京の方で就職した我が家と同じ状態のお父さんが、
「お墓をなくすことを考えている」と。

衝撃でした。

建て直すお金を使うなら、
なくして永代供養をお願いした方が安いのではないか?
もう息子が帰ってきて一緒に住むこともないだろうし、
富山にお墓があって管理の負担をかけるのも考えものだからと…
なるほど確かに。
我が家の息子も東京での就職が決まり、
富山に居を構えることはないだろうと思うとその方が良いと、
残り人生の宿題が一つ片付いた気持ちになりました。

私自身であれば、
お墓に入るとか現在はどうでもいいと思っているので、
遺骨は捨ててもらってもいいくらいです。
簡単に捨てる訳にはいかないでしょうが、あくまでも気持ちとして。

早朝から営農組合の仕事をしながらだったので、
なおさらそのように思ってしまいます。
自分もやりたくないと思っている農作業を息子にさせようとも思いませんし、
彼の頭の中にもないと思うので、負担になることはと思っています。 

そういえばそんな話を面と向かってしたことはなかったかも。
そういった話をゆっくりできたらいいなと思います。

[WA]

ヒトのことをとやかく言うなかれ。

いまから35年ほど前に「平成」が始まったわけですが、
元号が平成から令和に変わったばかりの3年前、
誰が今日のような世界を予想できていたでしょうか。

世界中で数百万人の死者を出す感染症の発生と生活の激変も、
大東亜戦争以来の大規模なヨーロッパでの戦争の勃発も、
それを平成の終わりに予測できていた人はいなかったでしょう。
そして、極め付けは、
憲政史上最長の在任期間を記録した元首相が、
銃撃によって暗殺された事件で、
このようなことが現代日本で起こるとは、まったく予想外でした。
もちろん、犬養毅とか浅沼稲次郎とか、このような事案は過去にもあり、
政治家というのは、このようなことで命を落とすことがあるかもしれないと、
覚悟を持って就く仕事であるような気もするので、
ご本人は、畳の上で死ねるとは思っていなかったかもしれませんが。

しかし、安倍晋三氏は、まぁ、長い分だけ功罪はあるとしても、
かつてない長い期間、日本を率いてきたことは事実だし、
今後も当分は活躍するだろうと思われてきた、
まぁ、日本の最重要人物のひとりだったわけです。

客観的に見れば、この安倍晋三という人は、
保守の価値観を持ちつつ、それだけだと潰されるところを、
現実的に妥協したり修正できる、
なんというか、聡明な政治家だったと思えるのですが、
しかし、平成後期の世論を俯瞰するに、
単純に「アベ政治」とか「反アベ」とか言われることが多く、
私はそのことに違和感を感じるのです。

いや、私自身は安倍晋三という人物に、
肯定的でも否定的でもありません。
しかし、この、「アベ政治」とか「反アベ」に代表される、
『レッテル貼り』のようなものに、私は嫌悪感があります。


與那覇潤という評論家の方が言っていましたが、
「とにかく『安倍は嫌だ』としか言わない人たちがいる」と。
でも、一方で安倍晋三を支持している人が、安倍さんを好きかというと、
別にそういうことではなく、
彼の名前や言論を借りて、例えば中国や韓国にNo!と言いたいという、
装置としての安倍晋三氏に期待をかけていたわけです。

それは悪いことではありません。
もともと、戦後だって、
戦時下の抑制された「戦前」社会に対するNo!の結果に過ぎないわけですし、
この哲学を突き詰めていくと、
そもそも日本は、いつの時代も、海の向こうから迫り来る文明に対し、
それに抵抗する以外の価値観を自前に創れたことが果たしてあったかと、
そういう話になりますよね。
日本が自律的な形でアイデンティティを形成してほしいと、
そういうことです。

さて、それにしても『レッテル貼り』が好きなんですね、みなさん。

安倍晋三氏を統一教会の権化と感じて銃撃したのは、
その容疑者の事実誤認であり、本人の問題です。
経緯として、母親による度を越した寄付とか、そういうこともあるかもしれませんが、
それだって、そこの家の問題であり、私たちには関係がありません。
私たちにとって、安倍氏に対する銃撃事件は、
一部の“変な人”による、突飛な犯行」であり、
それ以上ではないと思うのですが、
いま、ニュースでは、統一教会は怖いとか、宗教は怖いとか、
統一教会から支援を受けていたあの議員はけしからんとか、
そういうことばかり報道しています。

それどころか、そういう事情(母親の信仰による貧乏)があるのであれば、
悪いのは宗教や母親なんだから、本人は悪くないのだと、
容疑者の減刑を願う署名が集まったなどという報道もあり、驚きます。
いや、安倍さんに、仮に過ちがあるとしても、
その過ちは、街角で凶弾に倒されてまで償う必要があったというのでしょうか。
私は安倍元総理を格段に支持していたわけではありませんが、
犯人にも一理あるとする思考って、どうなんでしょうか。
……いやいや、どんな事情があろうと、
どれほど苦しい人生であろうと、
鉄砲で人を撃つのはダメ
だと思うのですが、みんな、違うんですかね。

よく、何か事件が起こるたびに、
加害者には精神科の受診歴があったとか、
事件本体と直接的な因果関係があるのかどうか分からないようなことが言われますが、
それも『レッテル貼り』であり、
全国の、精神科受診歴のある人を困惑させていることでしょう。
今回の銃撃事件の容疑者は、母親が統一教会の信者だっただけで、
誰が何を信仰しようが、私たちには関係はありませんし、
何を信仰(信念)として持つかは自由です。
また、議員さんも、支援してくれるというなら受けるものでしょう。
もちろん、統一教会の日本観(日本は罪の国のような)や、
そこから来る「日本からは、むしり取ってよいのだ」という感覚には無理があると思うし、
その手のトラブルはよくないとは思いますが、
容疑者の母について言えば信仰行為として疑いなく献金していたわけで、
そういうのも一括して「ダメだよね」というのは、ちょっと乱暴ですね。

最近で言えば、ドラマや映画でも活躍する歌舞伎役者さんの性的暴行。
具体的にどういうことかは知りませんが、
あんなに大人気の俳優さんだったのに、みんなで寄ってたかって叩き、
おそらく再起が難しいところまで攻撃しましたよね。
当事者同士が示談になっていたのであればもう終わった話だと思うのですが、
私たち外野が許さずに袋叩きにして、息の根を止めました。
当事者ではないのに、どういう権限だったのでしょうか。

SDGsなのでしょう?
それなら、いいかげん、人のことを言うのはやめませんかね。

下品でしょう。

[SE;KICHI]

地味な目論見

小さい頃から体が硬く、このまま歳をとると大変な事になると思い、
2年ほど前から下半身を中心にストレッチを始めました。
一時、怠け心から中断していましたが今は毎日朝晩欠かさずやっています。

最初は前屈をしても指先が床から10cm以上離れている状態でした。
そして今でも床に届く手前ぐらいです。
届いてないんかい!とツッコまれそうですが、
私も最初は毎日やっていれば、
そのうち手のひらがベッタリつくイメージを持っていました。
しかし、私のやり方が良くないのか、そうではない事がわかりました。
それでも今が1番体が柔らかいです。

以前は運動をすると、
股関節のあたりが筋肉痛のように痛くなっていたのですが、
毎日股関節を伸ばしていると、
少しくらいの運動では痛くなることがなくなりました。
また、腰が痛くなることもほぼなくなりましたので、
体を柔らかくすることは血行も良くなり、
かなり良い効果があるのだと思います。


この調子で今の状態を維持していけば、
今後、老人になった時に、
同じ世代の周りの人達は徐々に体が硬くなっていくはずで、
自分はその時になって、
ようやく体が柔らかい人になれるのではないかと目論んでいます。
ただし、老人にしてはですが。

その前に、それまで続くかどうかの問題もありましたね。

[KAZSOU]

教育勅語ってどう思います?

教育勅語ってどう思います?

教育勅語
https://www.kakunodate-shinmeisha.jp/tyokugo.html

もう5年ほど前の話になりますが、
国会において、教育勅語の教材使用の可否について議論されました。
当時、私は、審議や答弁書における政府の見解を総じて曖昧だと感じていて、
こんなことでは誰かから厳しく突っ込まれかねないと心配していたのですが、
案の定、日本教育学会など、教育関係の17の学会が、
「政府の教育勅語答弁に関する声明」を出したのは記憶に新しいところ。

この日本教育学会などによる声明は、政府の、
「教育勅語には普遍的な価値が含まれており、
日本国憲法および教育基本法等に反しない限り、
教材として使用できる」
とした国会答弁に対するものですが、
声明文は、この政府答弁に対し、
「教育勅語とは、戦前・戦中に君主であった天皇が、
臣民に対して国体を重視する価値観を押し付け、
天皇と国家のために命を投げ出すことを強要した文書である」
と断じ、
「歴史資料としては批判的にしか使用できない」、
「普遍的価値を含むものとして肯定的に扱う余地はない」と主張しています。
まぁ、つまり、教育勅語は使えないと言っているわけです。

しかし、本当に教育勅語は、現代日本の教育に、
悪影響しかないのでしょうか。

ピーター・ドラッカーは、著書『マネジメント』で、
「日本はかつて極めて貧しく、厳格な身分制度に縛られてきたが、
明治維新から30年後、近代国家となり、
字の読めない人が、事実上1人もいない最初の国になった」と、
明治の日本を評価しています。
教育勅語は明治23年ですから、“明治維新から30年後”に貢献しているはず。

明治天皇という人物は、地方巡幸などで、わりと頻繁に学校を訪問したと聞いています。
そのなかで、天皇は、伝統的学問だけでは、近代社会では不充分であると悟られ、
本邦固有の道徳を涵養せよとの指示を発せられ、
そうして作られたのが教育勅語です。

有名な話ですが、起草した井上毅は、
その徳目が日本だけの特殊すぎるものではなく、
諸外国にも広く通用するものかどうか、かなり調査させています。
つまり、教育勅語は、日本固有の倫理の教えに基づきつつ、
世界に通用する普遍的なものとして作られた
わけです。

そのご苦労を思うと、
いまの教育勅語の扱われようが不憫でなりません。

だいたい、これ、天皇と国家のために命を投げ出すことを強要した文書ですかねぇ。
私は、普遍的価値を含むものとして肯定的に扱っても問題ないと思いますがねぇ。

教育勅語(口語訳)
教育勅語の徳目
https://www.kakunodate-shinmeisha.jp/tyokugo.html

これのどこが、天皇と国家のために命を投げ出すことを強要した文書なのでしょうか。
夫婦仲よくとか、社会の役に立つ仕事をしろとか、
普遍的価値を含むものとして扱ってもよいのではないかと思いますし、
現代の、度を越えた個人主義に対するアンチテーゼとして、
かなりの力を持つのではないかという気がします。

もちろん、ある時期の軍国主義とか、教育勅語が悪用された時期があったことは認めます。
しかし、それは使い方の問題であり、教育勅語自体の価値ではありません。
クルマを使った犯罪があったからといって、
クルマ自体を問題視して、クルマ撲滅論にはならないのと同じです。
教育勅語がまとう雰囲気にアレルギーのある方もいらっしゃるでしょうが、
だからと言って、それ自体を問題視して教育勅語撲滅論に走るのは、
いささか過剰反応ではないかと思うのです。

私は、明治の先達たちが苦労して、
その徳目が世界に通じるものになるよう尽力した、
その心意気に評価を与えないというのは、
ちょっと冒涜ではないか
とすら思うのです。

[SE;KICHI]

気持ちの変化に驚いています。

今年、お墓を買いました。

相次ぎ互いの親が亡くなったこともきっかけとなり、
数年前から話をするようになりました。
私自身は散骨でもいいかなって、ぼんやりと思う程度でしたが、
家人は違うようなのでそちらに合わせることに。

それなら見て回ろうとなり、手始めに訪れた先はチラシで目に留まった樹木葬でした。
よかったらそのまま決めてもいいかな、なんて気持ちも持ちつつでした。

霊園の方には検討し始めたばかりだと伝え、
担当に付いてくださる方が案内してくれるなか、
ところで出身地はどちらですか?と尋ねられました。
質問の意図が理解できないまま、兵庫と地元ですが、と答えると、
とたんに、あー、でしたらここの樹木葬は向いていないかなと言われました。
きょとんとしていると、
西のほうは骨壺毎に納骨しますよね、ここは骨壺から出して直接納骨するので、
と、説明してくださいました。
それを聞いたとたん、今度は家人が驚きの声をあげました。
個別のお墓であれば家人も気にならないようですが、
知らない方が隣はちょっと、と抵抗があるようで、
こちらの合葬墓は見送りとなりました。

担当の方も、探し始めたばかりだったら、
他も色々見て回った方がいいですよと、小声で助言をくださいました。

風習の違いが判明し振り出しに戻ることになりましたが、
譲れない条件が分かって良かったです。
もし、考えを聞く前に家人が先に逝ったら、
躊躇せず樹木葬にしたと思いますから。


散骨にしろ、お墓を持たないにしろ、また、持ったにしろ、
最終的には誰かの手を借りることになります。
その誰かになるべく負担を掛けないようにしなければならないことも、
譲れない条件に入っていました。

それから数年を経て、希望に近いお墓を見つけました。

そして、なんと、
買ってしまった途端に別荘を持ったような気分です!
まさかこんな気持ちを抱くなんて、想像もしていなかったのでとても驚いています。

現在は寝泊りできませんが、散策がてら時々眺めに足を運んでいます。

[fu~ma]

んまぁ、これはこれは、お品のないこと。

8月の上旬に内閣改造がありました。

私は、人事マニアの“ケ”がありまして、
例えば大手企業の役員人事などを見るのは好きなのですが、
内閣改造のようなものも大好物です。

その楽しみ方は、一言でいえば「親の気持ちで楽しむこと」
例えば今般の改造内閣で言えば、
「総務大臣は寺田稔さんかぁ。
この人、確か、池田行彦さんの後継で出てきた人じゃなかったっけ?
池田行彦さんといえば、なんとなく顔が好きだったなぁ」とか、
「文部科学大臣の永岡桂子さんって、
郵政民営化のときに自殺されたご主人の地盤を引き継いだ方よね。
よくここまで乗り越えてやってこられましたねぇ…」と、こんな具合です。
この楽しみ方で見るには、議員マニアである必要があります。
国会での発言や選挙結果などにも関心を持ってウォッチングしないと、
その人の「ひととなり」が分かりませんので、
各議員の方を好意的かつ俯瞰的に見る必要があります。
まぁ、雑な言い方が許されるなら、
今回の組閣を眺めて「岡田直樹って誰? 初めて聞いたわ」とか言っている人は、
話にならないわけです。

それって、なかなか大変なことです。
ぼんやりTVを眺めていても、目立つ議員の動向しか報道されませんから、
自分で、ホームページなどで情報を取りにいかないと、
地元選出ではない議員のことなど、だいたい、分からないものです。

さて。
何の話をしているのかというとですね、
私は、そうやって、議員さんのバックボーンをウォッチングし、
そのうえで、「あぁ、あの人だったらその役は確かに適任だわ」とか、
「えっ、あの人にはその役は重過ぎると思うけど」とか、
親心で楽しんでいるということです。

そして、私は、この“親心”、意外と大切ではないかと思うのです。

まず、以前から言っているように、
一国の宰相に向かって「岸田が…」「岸田クンが…」などと、
昵懇の友人でもないのに呼び捨てで呼ぶ人が多いようですが、
それは、そもそも、応援するとか、好意的なスタンスではありません。
つまり、“親心”ではない感じがするのです。
私たちは、この難局に政権運営をしようとする人物に、
ある意味では命運が握られているわけで、
本来、祈るような気持ちで見守ったり応援したりするべきだろうと思うんですよね。
それは、親が子の成功を祈るのと似た感じです。

個々の議員がどういう方かも知らず、なんとなく応援したり批判したりして、
「岡田直樹って誰? 初めて聞いたわ」などと言っている人は、
勢い、宰相が組閣した人事について、
やれ、「林が外相留任かぁ、期待できんな」とか、
「経産相は西村か。あいつはちょっとなぁ」とか、批判を加えるわけですが、
旧知の友人であるならいざ知らず、
前述のように、つぶさにその人物について調べたりしない限り、
本来、批判する資格はないと思うのです。

まぁ、ちょっと強引に展開していますが、
私は、何も、「知らんくせに批判するな」的なことを言っているのではありません。
ただ、真に価値のある情報を集めることを怠ると、
その辺にテキトーに散乱している雑情報を元に人物像を構築することになり、
結果、「岸田ってさぁ……」などと、知らない相手について語りだすことになるのです。
それは単なるレッテル貼りです。

今回の組閣では、その直前に元首相の狙撃事件が起き、
容疑者が「旧統一教会うんぬん」と口走ったため、
統一教会と関係のあった議員は誰だ!なんて、
まるで魔女狩りのような装いです。

私が思うに、宗教法人に限らず、
自分達が期待する政治家を支えるというのは当然なことだし、
議員側も、宗教法人丸出しでアプローチがあれば別ですが、
それを後ろ盾に持つ別団体や個人であれば分からないし、
書式等に問題なければ受理すると思うのです。

今回、組閣したとたん、やれ加藤厚労相が、やれ寺田法相が、
統一教会と関わりがあった、けしからんなどと言われていますが、
そんな10年ほど前に2万円ほど払ったぐらいのことを、
関係あり!「有罪!」みたいに言われても困るでしょう。
別に統一教会に有利になるような政策が実現されるわけでもないでしょうし、
単に応援されただけでしょう。

いま、日本は問題山積ですよね。
特に対ロ・対中外交は安全保障上の重要な課題だし、
国内でも、景気や物価高への対策や、教育や子育て支援を含む社会保障など、
誰がどう見ても、日本は問題山積です
そんな状況下で、統一教会と関わりがあったかどうか、
そんなことが本当に大切なことなのでしょうか。
私としては、「そんなのどうでもいいから、ちゃんとやってよ」という感じ。

もっとローカルな話だと、今回発生した元首相の狙撃事件では、
容疑者が「旧統一教会」と言ったために魔女狩りが起こりましたが、
本当にヤバイのは、議員と特定の宗教団体との接点より、
「え、個人がネットで調べて、銃とか作れるわけ?」
という点でしょう。
Youtubeに銃の作り方が公開されていて、
ホームセンターで買い集めた材料で製作可能……って、大変な法の穴ですよね?
取り締まらないとどんどん模倣犯が出てくるかもしれません。
それが、10年前にパーティー券を購入したか、祝電を打ったかを詮索するより、
もっともっと大切なことだと思うのですが。

確かに、私にも好みでない議員はいます。
が、一国の宰相がそう決めたのであれば、
「岸田は見る目がない」などと言うのではなく、
「そうか、がんばれ」というのが正しい姿勢なのではないかと思うのです。

[SE;KICHI]
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