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家族の一員?

小学6年の娘は生け花クラブに入っています。
ひと月に1~2回、クラブで活けたお花を持ち帰ってくるのですが、
そのお花を飾るのが私の密かな楽しみです。

残念なことに私は植物を長く育てることができません。
植木も枯らし、お世話(水やり)しなくても大丈夫という植物を買ってみても腐らし、
お花を活けてもほったらかしにしてしまうので、自分では買いません。
かろうじてお正月に活けるくらいなのですが、
はらりはらりと花弁が散っていき、
そうなったら片づける、という女子力の低い私です。

でもやはり、お花がある生活は素敵だし、
せっかくもらってきたお花は飾りたいので、花瓶に飾ります。
とは言っても、もらってくるのは2本。
センスがある人が飾ればまた違うのかもしれませんが、
あくまでも自分の楽しみとして飾ります。

さて、いつもは葉物とお花の2本なのですが、先日は枝物とお花でした。
いつものように花瓶に活け、毎日眺めては素敵💛とほほ笑んでいたのですが、
ある時から枝にぶつぶつが出来始めました。

『何これ・・・気持ち悪い』
と感じ、子供たちにも見てもらい、
やはり「なにこれ~」とその場を去られてしまったのですが、
そのうちにそのぶつぶつの数か所が伸び始めました。
そうです、成長していたのです。
驚いたことに、(花瓶は透明なので見えるのですが)枝からは根っこも生え出し、
根っこからさらに枝分かれもし始めました。
花は早々に枯れて処分してしまったのですが、
花瓶の外に出ている枝の芽は日に日に成長し、
今では私の足のサイズを超えました。

セッカヤナギセッカヤナギ 部分

もらってきたときは単なる枝で、
枯れている(←失礼ですよね、ごめんなさい)枝だとばかり思っていたのに、
緑の葉っぱが出てくるなんて夢にも思いませんでした。
と同時に、草木の生命力の強さも感じました。
そして不思議と可愛く感じるんですよね。

すくすくと水のみで成長している枝に、
主人も「太陽にあててあげたら」とか「庭に植えてあげたら」と言い、
それもそうだなと思いつつ、
「どこに植えるの?」とか「寒さに弱いかもしれないし」とか思い、
いまだに花瓶の中にいます。
いやでも、またお花を持ち帰ってくるころだから、
そろそろ植えてみようかな。と思っていた昨日、
娘が持ち帰ってきたのはお花のリース。

またしても植え替えのタイミングを逃した私は、
外に出してもいいものか調べるために娘に枝の名前を聞くと、
「セッカヤナギ」だそう。
調べてみると、
『水はけ・水もちのよい土に植え、日当たりのよい場所で栽培する』
と書いてあったので、
この週末にでも庭に植えてみようと思います。

これから冬になるというのに、大丈夫かしら?

[Okei]
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文化の維持費

いやいや、首里城、燃えてしまいましたね。
弊社は、守礼門が描かれた2000円札の普及に努める団体なので、
首里城にもいくらかの思い入れがあり、消失は残念です。

さて、私が国内の美術館などを訪れたときにいつも感じることなのですが、
入場料、安すぎません?
実は、私は、行きたいと感じたところに行くという嗅覚を重視しており、
そういうわけで、これまでに10回は沖縄を訪れているにもかかわらず、
いまだに首里城には一度も足を踏み入れたこともないのでした。
そんな私がコメントする資格があるのかどうかは微妙ですが、
今回、首里城の入場料金が 810円であると報道で知り、驚きました。
首里城。
琉球の文化や歴史を知るために大切な存在であると力説しておきながら、
スーパー銭湯よりも安い値段。
いやいや、大切なわりに、入場料、安すぎません?

なんでもかんでも外国と比較すればいいというものでもありませんが、
世界では、その国の文化や歴史を反映した価値ある建築物は、
高い入場料を徴収するのがスタンダードとなっています。
なぜなら、一度燃えたらあっという間に延焼してパーになるのですから、
防火設備に金をかけるのはあたりまえで、
そのコストが入場料に反映されるという仕組みなのです。
たとえば、ノルウェーの民族博物館。
昨年、私が訪問した際の入場料は150クローネほどだったと思います。
日本円だと2500円くらいですが、高いと思いますか?
しかし、『アナと雪の女王』に登場するゴル・スターヴ教会など、
そうそうたる伝統建築群が展示されている施設ですから、
管理や防火にそれなりのコストがかかると言われれば、納得はするでしょう。

一方で首里城。
琉球王国の宮殿を再現し、文化を継承するために大切とされる首里城ですが、
入場料で比較すれば、ノルウェーの民族博物館の1/3という安さで、
もはや、自ら価値がないと言っているかのような価格設定なわけです。

この首里城、焼失してみて、防火体制が万全でなかったことが露呈しました。
どうしてでしょうか。
管理者が整備を怠っていた……ってことはないでしょう。
燃えたって構わない文化財なんてないわけですから。
防火に費やす充分な予算がなかったということなのでしょう。

入場料収入がもっと潤沢にあれば、管理や保全に費用を投入でき、
お粗末な防火設備も、もうちょっとマシになっていたかもしれません。
そういう意味で、私は、
スーパー銭湯レベルの“安すぎる入場料”が、
今回の被害を拡大させた側面もある
と思っています。

先日、この話をラジオで話したところ、
「これは文化の話であって、カネの話ではない!」と、
局にお叱りのメッセージが届いたそうですが、
仏像等の文化財に多少の関心を持っている私としては、これは切実な話です。
もちろん文化財保護はカネだけの話ではありませんが、
保存や修理、防火・耐震など、
カネさえあれば解決できる問題は多いのです。

そもそも、首里城は復元された公園であって、別に文化財ですらありませんから、
厳密にいえば、それほどシビアな防災を求められてはいません。
しかし、単なる公園だとしても、首里城公園は年間280万人が訪れ、
今回焼失した有料エリアに限っても年間180万人が入場する観光施設です。
180万人というと三重県の人口とほぼ同じで、富山県の人口の1.7倍。
そんな、多くの人が集まる観光施設にスプリンクラーを設置することは、
文化財云々ではなく、安全のために必要なことですよね。

ワイドショーなどでは、「木造建築にスプリンクラーは難しい」とか、
文化財特有の難しさを指摘する“有識者”もいますが、
難しいからといって、何も対策しなくてよいはずはありませんよね、
人が多く集まっている観光地なのですから。
文化財が好きな私ですら、
文化財を水浸しにするリスクと出火によって人命を危険にさらすリスクなら、
どちらが重いか分かります。
それに、首里城と違って文化財として国宝に指定されている姫路城では、
火災報知機をはじめとした防火施設を完備し、
スプリンクラーも天守群だけでなんと1000カ所以上設置されてます。
木造で、国宝や世界遺産に指定されていても防火はできるということです。
スプリンクラー設置の法的義務がないとかそういう問題以前に、
それだけ多くの観光客が訪れる施設の管理者として、
防火・防災対策は必須だと思うのです。

しかし、昨今の少子高齢化による人口減少で、
たぶん、今後、入場料収入は年を追うごとに減っていくはずです。
国に頼ろうにも、人口減少で税収は減るでしょうし、
国としては、年金や医療・福祉のような社会保障や、
または老朽化したインフラの整備に予算を投入せざるを得ません。
文化財というのは、表現に賛否あるかもしれませんが、
必需品ではなく“ぜいたく品”ですから、
そこに対する投資はついつい後回しになるはずです。
すると、当然、設備が陳腐化するわけで、
歴史的な建造物であっても、維持管理が厳しくなり、
最後は、安全対策がガッツリと削られるというわけです。

ほら、昨年も、リオデジャネイロで国立博物館の火災がありましたよね。
2000万点の貴重な収蔵品が焼失してしまったわけですが、
あれも、リオ五輪で無理につぎ込んだインフラ投資が引き起こした不況で、
国家財政がボロボロになってしまっていて、
博物館の消火設備のメンテナンスにカネが回らなかったからだそうです。
まぁ、お金がないのに、
いつ発生するか分からない災害に備えれませんよという話です。

とにかく、私は入場料が安すぎると思います。
安い入場料のおかげで、
私たちは国宝や文化財も気軽に拝観することができるようになりました。
誰でも気軽に文化を学べて素晴らしいという気もしますが、
長い目で見れば、その維持管理に対する適正な価格になっていないため、
私は、その設定が文化や歴史をガタガタにしてしまっているとすら思います。

結果、今回の首里城消失については、
ある程度の国費を投入して再建する運びとなるでしょう。
熊本城とかもそうですが、
国全体の税金を使って一地域の城を再建することが正しいのか、
税制上の観点から必ず議論が起きます。
そういう面倒なことになる前に、
それなりの入場料を徴収し、
コツコツ備えておけばよかったのです。


とにかく、「安くて質のいいものを提供すれば間違いなし!」という、
日本特有の、呪いのような思考から脱却しない限り、
全国の文化財は、首里城のように崩壊していくでしょう。
私は、首里城への思い入れは強くないですし、
今後の再建にもそんなに注目はしていませんが、
一般的に、文化財というのは、
先人たちが遺した貴重な英知であり、その文化における誇りなのですから、
それを護ろうとするなら、それを大切だと思う人たちが気概を持って、
普段から、朽ちないための努力をしていてほしいと思うのです。

繰りかえしますが、「高い入場料」が必要です。
観光客を受け入れる以上、防火対策は必要。
しかし、国はこの分野に費やせる予算を多く確保できません。
と、なれば、自前で「高い入場料」を徴収して、
それを原資に安全を調達するしかないではないですか。


[SE;KICHI]

National Anthem 2

最高に日本中が盛り上がりましたね、
ラグビーワールドカップ、日本代表我らのジャパン!
桜の戦士達、あの大激闘をよく闘ってくれました!

特に2戦目のアイルランド戦からあげた大金星は、
私自身現地で観戦し、歴史が変わった瞬間の目撃者となりました。
間違いなく、大会のフレーズにもある、
一生に一度の感動を味わいました。
あれはスポーツ枠を超えたエンターテインメントです!
(これに至るまで、支えてくれた全ての人に感謝です。)

第2戦アイルランド戦

その後も勝ち続け、日本中に一大ムーブメントを巻き起こしてくれました。
元ラガーマンとして、これほどの空気感と熱量、大躍進は嬉しい限りです。
かつての時代を知っているだけに、信じられません。

それだけに、やはり結果を出していかなければ、
人から評価もしてもらえない厳しさも感じました。
仕事においてもそうですが、頑張ったね、だけでは通じない。
(人気も出なかったのは、勝てなかったから。)
スポーツは勝敗がはっきりするものですから尚更、現実世界も同じだと。
(誰かを蹴落とすといった話ではなく、弱い自分と向き合い、自らの目標を目指して挑戦し、殻を破って成長していくことです。)

「勝利は幸福であり、敗北は不幸である。だからこそ正義は勝たねばならない。
勝ってこその正義であり、正義を満天下に示す為には勝たなければいけない。」
インドの革命家の言葉にもあります。
善悪の話ではありませんが、要旨は間違ってはいないと思います。
だからこそ勝つ為の努力と志を高く持ち、
立ち向かっていくことが大事だと思います。

初のベスト8進出
https://www.google.com/amp/s/www.tv-tokyo.co.jp/sports/smp/articles/2019/10/006702_amp.html

確かに試合には負けてしまったかもしれない。
けれども、彼らはその目標の為に努力を続け、目標達成という結果を出した。
彼らは彼らの目標に対して勝利したのです。
多くの人が、結果もそうですが、その姿に感動をしたというのではないでしょうか。


さらに進んで一考してみると、
それは勝ち負けだけではない。

共に観戦した知人が漏らしてましたが、
「単にワールドカップの良い試合を楽しむだけというのは三流かなあ?
踏みこんで、そらに至るプロセスや精神性、
メンバーの裏話やドラマなどに感動し、心動いたというのは二流だろうね。
更に掘り下げ、彼らが見せてくれた勇気ある姿から、
次は自分の舞台でどう戦うのか!?と奮起するのことが一流なのでは?
大切なことは、自らの壁や目標に向かって挑み続けること。
彼らが見せてくれたように、次は私達の番。
それぞれの舞台で、戦い、そして乗り越え勝利を掴むことではないだろうか?」
全くその通りだと感じます。

南アとの終戦から、どこか落ち着いた気もしてましたが、
まだ終わってなかったのです!笑
そこからが本番、世界最強の超人類達が凌ぎを削り、
頂点を決める大事な大事な大一番だったんです。

ウェブ・エリス・カップ
https://www.google.com/amp/s/s.cyclestyle.net/article/img/2018/08/28/66737/302370.amp.html

準決勝のイングランド対ニュージーランドは、
かのエディージョーンズ率いるイングランドが終始黒衣軍団を圧倒し決勝に進出。
驚きの連続と共に、ラグビー発祥の地である北半球に、
ウェブ・エリス・カップを持ち帰って欲しかった私にとっては楽しみな展開でした。
日本をやっつけた南アフリカ対ウェールズは、ワールドカップらしい、
何が起きるか分からない死闘を見せてくれました。
本当に素晴らしかった!
そして決勝は皆さまも知っての通り、
その南アフリカが12年ぶり3度目の優勝を果たしました。
試合以上に、選手、監督、観戦者ほか全ての関係者が互いに感謝し称えあえる、
記録や記憶にも残る素晴らしい大会となりました。

南アフリカの3度目の優勝
https://spread-sports.jp/archives/35867

この日本で、これが行われたことこそ、一生に一度。
世界40億人以上が一度にこの試合、そしてこの日本を見たんですから、
様々な意味で素晴らしい機会だったのです。

次は2023年のフランス大会で、既に大会は動いています。
日本もまだまだこれからです、今からとても楽しみです。

話は変わりますが、そのイングランドとニュージーランドの試合で、
試合前のハカに対してイングランドがV字で体系をとり、
罰金処分とされたと話題になっておりましたが、
やはり試合前の精神的世界における戦いは、国歌にあると言えます。
先述のように、国歌は選手たちが、
それぞれの思いを持って臨む大切な時間であります。
ここで私の好きな国歌をいくつかご紹介したいと思います。

① ニュージーランド国歌
この国の国歌は、
“神よ、ニュージーランドを守り給え”「God Defend New Zealand」です。
イギリス統治の英語と、原住民族マオリ族のマオリ語が混ざった歌詞です。
とても美しい讃美歌のような歌であり、激しいハカのそれとは対を為します。
これは歴史的にも融和の象徴であり、
オランダや大英帝国時代の侵略の歴史などを感じさせない、
国民が一体となる曲のひとつでしょう。


https://www.youtube.com/watch?v=mhCgcZ0efAA&feature=youtu.be

坂本龍一にプロデュースされ、
日本でも有名になった、同国出身のヘイリーが歌うこの2011年大会決勝、
高校生の頃リアルタイムで観ていた私は、とても深い感動を受け、
ニュージーランドに行って短期のラグビー留学をしたい。とさえ思うほどでした。
(ただの夢物語でしたが。)
一度聴くと忘れられない曲です。
国民全員が気持ちよく歌っている姿、羨ましいと思うほどです。
ハカも大事ですが、これを歌うことも気持ちを高める為に大切なのです。

②南アフリカ国歌
既に多くの方が聴かれている曲ですね。
映画「インビクタス/負けざるものたち」にも詳しく出ていました、
「Nkosi Sikelel' iAfrika」、”神よ、アフリカに祝福を”です。
5つもの言語(コサ語・ズールー語・ソト語・アフリカーンス語・英語)からなる国歌で、
説明不要の大偉人ネルソン・マンデラ大統領が、
かのアパルトヘイトからの民族和解や協調の象徴として、新しく作り直したものです。


https://www.youtube.com/watch?v=Dtg_KtjrIV8

これは南アフリカ国内で行われたテストマッチでのものですが、
日本でもおなじみの選手や監督が、驚くほど真剣に心から歌っています。
皆涙をこらえていますが、
国を背負って大舞台に立つ重圧と誇り、様々なことを感じてだと思います。
見てるこっちまで、アツく胸に迫るものがあります。
日本ではそういったものがあまりないため、
これを見た時はそこまでか!と衝撃を受けました。
言葉人種は違えども、ひとつになれるものだと教えてくれます。
南アフリカの歴史を知っているだけに、
今大会の活躍も相まって、涙なしでは見れません。
この歌に関して少し気になる方はぜひこれも見てみてください。

https://www.mag2.com/p/news/420466

③ウェールズ国歌
私の中では一番素敵な国歌であると思っているものです。
グレートブリテンを構成するこの国の国歌は、
“我が父祖の土地”、「Land of My Fathers」です。
美しい自然やアーサー王にまつわる古城や文化、
綺麗な水から作られるウイスキーなど、ウェールズは歴史ある国です。
しかしイギリスに統一されてからも独自の民族意識が強く、
ケルト文化を色濃く残している国ですので、歌詞はウェールズ語です。
国歌自体出来たのは歴史が浅いのですが、
その讃美歌のような音色から流れる壮大な曲調は、
永く旧いウェールズの歴史を表現するのに十分なものだと思います。


https://www.youtube.com/watch?v=NBpQqQ87JOg

この映像は世界的に有名な選手で、
日本でも活躍したシェーン・ウィリアムズの代表引退戦での一幕です。
ウェールズの伝説的存在である彼の引退試合には、多くの人が駆け付け、
この最後の国歌で涙をこらえきれなかったのでしょう、感極まっていますね。
なんというか、このメロディーとこのシーン、
もうずるいです。笑
まあ、どれをみても、ウェールズ国歌だけはウルっときます。
自分もこの国で生まれていたら、きっと思いっきり歌っただろうに!と思っています。

日本は”君が代”ひとつで、様々物議を醸していますが、どうでしょう。
捉え方は様々あるとして、それはそれでいいと思いますが、
海外の国歌は日本ほど暗いイメージの曲(歌詞は別)は少なく、
どちらかと言うと明るいのが多い気もします。
またそのように捉えて、
誇りをもって気持ちよく歌っていることが分かります。

今大会も試合のみならず、ここでも沸かせてくれました。
ホント、一生に一度でした。
感動の数々をありがとうございました。

[K.K]

やめるべき5つの習慣④

『やめるべき5つの習慣』の第4弾。
私は全5箇条のうち、実は、これに一番感銘を受けました。

やめるべき5つの習慣④「自分との約束を守れない。」

みなさんどうでしょうか。
他人との約束は守ろうとするが、自分との約束は守れないことがあるタイプなのか、
他人との約束はどうでもいいが、自分との約束はバッチリ守るタイプなのか、
2択だとしたら、みなさんどちらでしょうか。

多分ほとんどの人が、他人との約束を守ろうとするのではないでしょうか。
それをやめなさいということです。

つまり、自分との約束を大切にしなさいということです。
もちろん、他人との約束も守ったほうがいいですよね。
他人との約束は破りなさいと言っているわけではありません。
ただ、他人との約束を優先的に守ろうとする、
その傾向が危険だと気付きなさいということです。


なぜならば、すごく浅はかだからだと講師は言います。
ほとんどの人が他人との約束を守ろうとするのは、
おそらく、他人との約束を破ると、怒られたり、評価を下げられたりと、
直接的な損害が予想できるからではないでしょうか。
これは、目に見える利益を追っているということです。

でも、他人との約束ばかりを守って他人からの協力を得たとしても、
あなたが自分との約束を守れなければ、
本当に自分の思った通りの人生なんて歩めませんよね。
他人との約束を守っていても、自分との約束を破りまくっていたら、
それって、自分で考えたことをやっていないということじゃないですか。
それでは、他人に操られた人生を歩んでいることになりますよね。

そもそも、「幸せに生きる」というのは、目に見える利益を追うことだけでしょうか。
意外と、「私は本当に思った通りの人生を送っている」という充実感のほうが、
幸せな人生にとってウエイトが大きいのではないかと思えるのです。
事実、古今東西、生き生きと働く高名な経営者などは、
「自分との約束を守る」ことを自分に課していて、
目に見える利益(=他人の評価)なんて気にしていませんよね。
他人からどう見られているかを気にすると、ブレてしまいますから、
そこを断ち切ることこそ肝心と述べていますよね。

もちろん、他人からの約束も守れるように努力はしましょう。
しかし、究極の選択、どちらか選べと言われれば、
自分との約束を守る人のほうが信頼できますよね。
なぜなら、ブレない人だという意味ですから。


試しに、「自分との約束を守る」ことを自分に課してみましょう。

つまり、他人の評価を気にせず、自分との約束を守ると決めるわけです。
私の場合、軽くそれを意識するくらいの取り組みでしたが、
「今、自分は自分との約束を守ってるな!」と自分で実感できるので、
それ自体が、なかなか爽快な感じでした。
もはや感覚的な話で申し訳ないのですが、
他人からの目や評価を気にして何事かを成し遂げても、
「オレ、やったぜ!」という充実感なんて、得られないのではないでしょうか。
充実感の根源は、自分との約束を守り、考え、
成し遂げたことによる達成感なのではないかと思うのです。
他人との約束を守ることは、マナーとしては必要だし、
目に見える利益が必要なときはそれでいいとは思うのですが、
充実感とは別のような気がするのです。

そして、昨今の日本人、この充実感の不足が、
つまり、自分との約束を破り、他人との約束ばかりを気にする習性が、
生きている実感を失わせ、自己肯定感を下げ、
先進国ではぶっちぎりの、自信のない国民になっているのでしょう。

その実践方法は、「共に学ぶ仲間を持つ」ことだそうです。

人間、一人だと弱いので退転しやすいもの。
そもそも、自分との約束を重視していない状態では、
自分の人生が、他人の目を気にしたダメな状態であるということに、
なかなか気づけないものです。
だって、そんなの誰も指摘してくれませんもん。
他人との約束を破ると指摘というか、苦言を頂戴しますが、
自分との約束を守らなくても、指摘してくれる人がいないので、
自分ではなかなか気づけないんですよね。

だったら、「自分との約束を守ろうね」という価値観を共有できる仲間を見つけて、
互いに鼓舞しながら生活することが大事なのではないでしょうか。
彼が生き生きしている秘訣、彼女が楽しそうにしている秘訣を、
仲間として学び合うことが大切のように思うのです。

人間、会社などの組織に所属してしまうと完璧を求めがちです。
会社も含め、社会なんて未熟な人しかいないはずなのに、
やれ、部下は上司に「あの人、上司なのに、なんでちゃんとやらないんだ!」と、
完璧な上司なんているわけないのに、完璧を求め、
やれ、上司は上司で、能力的に劣るから部下になっている者に対し、
「なんでやれねーんだよ!」なんて怒ってみたり。
会社では利害関係があってなかなか厳しいのかもしれませんが、
仮に、「自分との約束を守ろう」という一点でコンセンサスがとれれば、
その場は、どんなに素っ頓狂な未来図を宣言しても肯定されるでしょう。

学校では「お友達との約束は守ろう」などと教えていますが、
お友達よりも大切な、約束を守るべき相手は自分であると、
まずは大人が実践し、
子供たちの将来のために喧伝しなくてはいけないと思うのです。

[SE;KICHI]

ご来場ありがとうございました。

先日、富山市の富山産業展示館で行われました、
「富山県ものづくり総合見本市」は、盛会のうちに閉幕いたしました。
弊社ブースにもたくさんの方にお越しいただきました。
ありがとうございました。

この見本市は、事実上の主催が富山県で、熱の入りようが違うので、
当社ブースにも多くの方にお立ち寄りいただき、
Auto-Trace や Trace Tek の実演に関心を持っていただきました。

今年、私が印象的だと思ったのが学生たちの企業見学ツアー。
ものづくりが盛んな富山県の企業を、
まずは学生たちに知ってもらおうという企画で、ナイスアイデアです。
弊社が展示している商材にも関心を持ってくれました。

富山県ものづくり総合見本市2019①富山県ものづくり総合見本市2019②
富山県ものづくり総合見本市2019③富山県ものづくり総合見本市2019④

今年の展示会はこれで最後でしたが、
来年以降、またみなさまにお会いできる機会を楽しみにしております。

[AKA]

普遍的な価値と一過性のブームと…

もう10月も終わりに差し掛かり、今年も残りわずか2ヵ月となりました。
この時期になると、
日本でも定着しつつある秋のイベント「ハロウィン」が話題になります。

元々ハロウィンはヨーロッパ発祥で、秋の収穫をお祝いし、
先祖の霊をお迎えするとともに悪霊を払うお祭りとのことです。
日本で言えばお盆に近い行事であるとされています。
しかし、日本のハロウィンは異なります。
若い方を中心に、お盆~クリスマスの間に行われる、
パーティイベントとして盛り上がっていることがほとんどです。
昔から考えると日本のハロウィンは盛り上がってきていますが、
今後はだいぶ落ち着くのではないかと思っています。

日本のハロウィンの経済効果は2011年の560億円から調べていくと、
2016年には1345億円とすごい勢いで伸びています。
この1300億円という数字は、
バレンタインの平均と同等の数字とのことです。
これにはさすがに驚きました。
ちなみにクリスマスは約7000億円程あるということで他と圧倒的な差があるとのことです。
ハロウィンよりターゲット層が圧倒的に広く、
悪い言い方をすればバレンタインよりお金がかかる傾向にある、
ということが大きく影響していると思います。
さすが王道のイベントです。

さて、話は戻りましてハロウィンですが、
2016年に比べ2017年、そして2018年は経済効果が減少傾向にあるということです。
基本的に主催者がいなくてもお祭り状態であり、
そういった場所では当然ルールがありません。
街中でお酒を飲み、騒ぎ、正直無法地帯レベルです。
逮捕者も出ています。
ルールがないと言っても法外のことをしてしまう人達が出てきているのが実情です。
そういったことがあり、ハロウィンには悪いイメージが広まりやすく、
段々と衰退していくのではないかと思います。
今年はハロウィンの日は渋谷でお酒の販売、飲酒を規制するとのこと。
変わりに今年流行りのタピオカが盛り上がっているらしいです。

また、近年は自然災害による被害も大きく自粛ムードになっています。
2019年も大きな災害があったので、
「ハロウィンどころではない」という方は非常に多くなると思われます。
おそらく2018年より経済効果は減少すると個人的に思っています。

私としてはマイナスなイメージが強いハロウィンでしたので、
地元新潟のハロウィンイベントを調べました。
土日に集中しており、今年は10月26日と27日が多く、
もうすでに終わっているところ多かったです。

「にいつハロウィン仮装まつり」
https://www.niitsu-halloween.com/

写真は、「にいつハロウィン仮装まつり」というイベントです。
こちらはちゃんと主催者がいてのイベントです。
ステージや、ハロウィンならではの仮装コンテスがあるそうです。
こういった写真を見るとクリーンなイメージもあり、
地元の活性化のためにぜひ行って欲しいと感じます。
自分が参加するかは別ですが 笑

ハロウィンについて友人と少し話していましたが、
「日本人は熱しやすく、冷めやすいからねー」と、
友人が言っていました。
それが日本人特有の傾向かはわかりませんが、
そういう人がいることは理解しています。
ハロウィンは定番になったと思っていましたが、
一過性のブームで普遍的なものではないのかもしれないと感じました。

私も様々な商材を販売している中で、
普遍的な価値がある物は大事だなと、
今書きながら思いました。
具体的には機械販売が多いから、「うーん、ボルトナット、パッキン、バルブ・・・」等、
いろいろ思い付きましたが、需要はどこにでもありますが、
どこでも購入することができます。
物が溢れている世の中です。
買う場所、サービスを受けられる場所も増えています。
普遍的な価値にさらに付加価値を付けるか、
他ではできないサービスを提供出来るか、
今の時代で発展をしていくにはこの二択しかないのかもしれません。

[SYUN]

乳首はダメでしょ。

さて、問題です。
観音さまというのは、男性でしょうか、女性でしょうか。

観音菩薩 図東慶寺 水月観音
https://matome.naver.jp/odai/2145186938605997501/2145187437109584403
https://matome.naver.jp/odai/2125404656728288694/2125430244924357450


観音菩薩というのは、だいたい図像では左の図のような感じで、
なんというか、肉付きの良いお母ちゃんを彷彿とさせますし、
彫刻の場合も、有名な東慶寺の水月観音(右の図)なんて、
ゆったりとした服装や横座りの感じが女性特有の感じがします。
そういうわけで、一般的なイメージとして、
観音菩薩に母性を感じる方も多いようです。

・・・・・・正解は、どちらでもない、中性です。

般若心経に対する注釈書である「大智度論」の第四巻には、
三十二相八十種好という、仏尊の外形的な特徴と宗教的な理想が説かれています。
仏像は、それに基づいて、姿が決められているのですが、
実は、そこには性器のことについても書かれており、
いろいろ勘案すると、
吉祥天とか弁財天とか、特に女性であると指定されている一部の仏は除いて、
基本的に仏像には性器はなく、性別もないということになるのです。

そういうわけで、観音菩薩、
妙に腰をくねらせて、アクセサリーも多くつけていますが、
男性でも女性でもない、性別を超越した存在ということになっています。
ちなみに、観音菩薩だけが性別を超越しているのではなく、
たとえば、大仏に代表される釈迦如来や阿弥陀如来も、
見た感じ、パンチパーマで小太りのおじさんのような造形ですが、
同じ理由で、性別はありません。

とにかく、仏尊に性別はないということです。
そう決められている以上、
たとえば、仮に観音菩薩に母性を感じることがあったとしても、
それは、あくまでも観る者の感じ方であって、
仏像を造像する側に対しては、性別を強調しないことが求められます。

たとえば、十一面観音の立像で国宝指定を受けているものは7体ありますが、
そのどれもが、なんとなく女性を感じさせるものの、
露出している肉体の造形表現が必ずしも女性的ではなく、
性別がどちらかなんて言えないという作りになっていますよね。

法華寺 十一面観音立像渡岸寺 十一面観音立像聖林寺 十一面観音立像
左)法華寺 http://naranouchi.blog.jp/archives/69580282.html
中)渡岸寺 https://www.jisyameguri.com/chiiki/shiga/kougenji/
右)聖林寺 http://yamatokoji.blog116.fc2.com/blog-entry-376.html

特に左側の、法華寺の十一面観音なんて、
光明皇后がモデルだと伝わっていますから、
女性に寄せた造形になっていたとしても不思議ではありませんが、
必ずしもそうなってはいません。
くねらせた腰つきで女性性を表現しつつ、
平坦で乳房がない胸板で男性性を表現するという、
いわば、どちらにも見えるようなバランスをとった造形になっているのです。

……ちょっと難しい話を繰り広げていますが、
結局、仏像に父性を感じても母性を感じてもそれは勝手だけれども、
だからと言って、造る側が性別をどちらかに寄せてはいけないという話です。
性別を超越した存在ということになっているのだから、
そういう像にしなくてはいけないというわけです。

それが緩やかなルールなのです。

さて、そこに来てこの像はどうでしょうか。

戦災復興記念像

これは富山城址公園というところにある、復興祈念像なのですが、
なんというか、どう見ても女性に見えますよね。
下手をすると、女性的な例として最初にご紹介した東慶寺の水月観音より、
もう一段、女性的な感じすらします。
どうしてなのでしょうか。
いろいろ考えた末、私がたどり着いた答え、
それは、乳首の存在でした。

いやぁ、乳首を彫っちゃ、いかんでしょ。
百歩譲って、乳房を作ったところまでは許せるとしても、
乳首を彫っちゃ、いかんでしょ。
乳首があるだけで、俄然、艶めかしくなりますからね。
いや、厳密にはこれは復興祈念像であって仏像ではないので、
三十二相八十種好に沿った造像の義務はないのだと言われればその通りなのですが、
いやぁ、それにしても、ねぇ。

ちょっとのことで変な感じになる例ですね、これは。

[SE;KICHI]

神聖な体験

先日葬儀に参加して来たのですが、キリスト教式の葬儀でした。
キリスト教式は初めてで戸惑いましたが、事前に調べて行きました。
キリスト教には大きく分けてカトリックとプロテスタントがあり、
葬儀の流れが違うようです。

カトリックの考えでは、故人は神に委ねられ、
キリストの再臨と死者の復活が願われます。
葬儀は故人が所属していた教会で行われ、葬儀と告別式を別で行うとのこと。
そして聖職者のことを神父と呼びます。
礼拝の歌は聖歌と言います。

プロテスタントでは、故人は神の元で安らかになるという考えで、
祈りは神のために行われます。
ですから葬儀も神への感謝と遺族を慰めるという意味合いがあり、
葬儀と告別式は分けずに行われます。
故人の信仰を大切に考え、儀式は形式にこだわらないようです。
礼拝の歌は賛美歌と言い、聖職者は牧師と言います。

私が出席した葬儀はプロテスタントでした。
教会の入口で事前に葬儀のプログラムのようなものが渡され、
そこに葬儀の流れと歌や祈りの一節が載っています。
それに従って葬儀が行われるので、
それまで慣れない雰囲気に多少緊張していた私は、
そこでようやく安心できました。

いよいよ式が始まり、パイプオルガンの前奏が流れ、
出席者全員で賛美歌を歌います。
聞いたことのある曲でしたので、迷わず歌うことができました。
考えてみると、私は歌手ではないので、
誰かのために歌うということはこれまで無かったかも知れません。
それ自体がとても新鮮でした。
友人からの言葉も、これまでの楽しかった思い出を語り、
ずっと友人でいてくれてありがとうという清々しいものでした。

そして滞りなく式を終え、献花させて頂きました。
私にとっては独特の雰囲気のなかで進行されたのですが、
とても神聖でスッとした気持ちで、
故人とお別れすることができました。


仏教式と違うところは、
賛美歌をみんなで歌ったり、焼香ではなく献花であったりしましたが、
特に大きな違いは、お悔やみの言葉は言わないところです。
キリスト教では、人が亡くなったことは永遠の命の始まりとされています。
悲しいことではあっても不幸なことではないのです。
ですから、お悔やみではなく、安らかな眠りをお祈り致しますとか、
お知らせ頂きありがとうございますと挨拶をします。

今回出席しなければ、
そのようなことはずっと知らないままだったかも知れません。
教会には何度か入ったことはありましたが、
今回教会の知らない一面を経験したことで、
今後入ることがあれば、これまでとはずいぶん違う気持ちであろうと思います。

霊南坂教会https://akasaka.keizai.biz/headline/1817/

何でもそうですが、経験することで変わるものですね。

[M M]

アタマ、おかしくないですか?

いや、スゴかったですね、台風19号。
ここ富山では、私の家の塀が風で飛んで行ってしまったくらいで、
そんなに目立った被害はありませんでしたが、
お隣の長野県では千曲川が決壊して、大きな被害に見舞われました。
自分のことだけを言うなら、北陸新幹線が120輌も水没してしまい、
首都圏と北陸とを結ぶ動線への影響を懸念しています。

そんななか、とても気になるニュースがありましたね。
安倍首相も言及されていましたが、
東京都台東区が避難所を訪れたホームレスの男性2人に対し、
職員がその受け入れを拒否したという話です。

彼らホームレスがTVなどを視聴できる環境だったかどうか知りませんが、
今回の台風では、盛んに「命を守る行動をとりなさい」と呼びかけられていました。
誰に対してかって、全員に対してです。
それが、いざ避難所に行ってみたら、「オマエらはダメだ」と。

アタマ、おかしくないですか?

いや、いろいろ複雑な感情があることは鈍感な私にも分かります。
そういう人を避難所に受け入れて衛生面は大丈夫なのかとか、
彼らが、避難している人の金品に手を付けたりはしまいかとか、
おおよそ非ホームレスの側からの不安があることは理解できなくはありません。

しかし、私を含め、多くの日本人は、学校で習ったと思うのですが。
困っている人を見たら助けましょうと。
今回のニュース、子供たちに聞かれたらなんて答えるんですかね。
「彼らは別なんだよ」とでもいうのでしょうか。
なんで? 納税してないから?
だとすれば、命は平等だなんて、汚れた大人の嘘ですよね。

そして、これら避難拒否の事実以上に私が驚いたのが、
このニュースが報道された後のネット上での〝賛否〟を含めた反応です。
私には、このような「生命は等しく大切か」というテーマのことに対し、
賛否両論が湧き起こること自体、意外に感じました。
時折、誤った義憤に駆られて障害者施設を襲撃する者が現れますが、
その事件が報道された際には「生命は大事」という論調で埋め尽くされるのに、
いざ、今回のように弱者が助けを乞う場面では手を貸さない。
人間の奥底にある意地の悪さを感じ、ゾッとします。

そういえば、今回の台風では多摩川も氾濫し、
人気エリアとして知られる武蔵小杉が大規模な浸水に見舞われ、
タワーマンションが停電したり断水したりしたようですが、
そのことが報道されると、Twitterなどで、
「武蔵小杉、調子に乗ってるから天罰が下った」とか、
「武蔵小杉のタワマン買った人ざまあが見れたからよかった」とか、
他人の被災をあざ笑うという現象が多発しました。

アタマ、おかしくないですか?

武蔵小杉は、私が東京に住んでいたころはそれほどの街ではありませんでしたが、
10年ほど前に横須賀線の駅ができてから激変したようで、
いまでは比較的裕福な子育てファミリーに人気の街と聞いています。
彼らの水害を「ざまあ」と笑う者は、嫉妬しているのでしょうか。

なぜ、ここまで特定の被災者を叩くのでしょう。
結局、ホームレスや武蔵小杉の住人を、
自分たちと同じ人種ではなく「不快な別人種」とみなしているということでしょう。
それって、かつての部落差別のような、選民思想なのではないのでしょうか。

人間、さまざまな比較のなかで生きていると言います。
収入の多寡、ルックスの良し悪し、住んでいる家の価値、自身の学歴や職業、
両親の学歴や職業、持っているクルマの車種、配偶者の社会的地位など、
挙げたらキリがありません。
そもそも、他者と比較して何になるというのでしょうか。
他人と比較して、自分が上位にいると感じることで安心したいのでしょうか。
そして、「他人の不幸は蜜の味」と言いますが、
自分より上位にいた者が、不幸な出来事で下位に落ちることを、
心の底では願っているのでしょうか。

アタマ、おかしくないですか?

仮にそうだとしても、災害時は助け合いたいものです。

私は、年齢、性別、職業、住所から、納税額やローンの有無に至るまで、
国民にもいろいろな人がいるだろうけれども、
守るべき生命は各人にひとつずつで非難する権利があると思うし、
どこの住民でも、自宅が被災したら生活に困ることは一緒だと思うのです。
それは普通の感覚だと思っていたので、
ネット上に、ホームレスの避難受け入れ拒否に肯定的な意見や、
特定の住所の人に対する「ざまあみろ」的な発言が溢れていることに対し、
ちょっと、驚きの念を禁じ得ません。

私は、決して聖人君子というわけではありません。
しかし、目の前に困っている人がいいたら助けるというのが、
本能に近いものではないかと思うのです。
繰り返しますが、子供たちに聞かれたらなんて答えるんですか。
生命は平等ではないんだよって、胸を張って言えるんでしょうか。

甘いでしょうか。

[SE;KICHI]

富山県ものづくり総合見本市2019 出展のご案内

先日来、『にいがたBIZ EXPO 2019』と『とやま夢づくりフェスタ』に出展させていただきましたが、その舌の根の乾かぬうちに、次の展示会のご案内をさせていただきます。

それは、富山県ものづくり総合見本市2019

富山県やら富山商工会議所やら経済同友会やらPTA連絡協議会やら、何やらそうそうたる団体が主催に入っているイベントで、経済交流や技術紹介を目的に、2年に一度行われているイベントです。きたる10月31日(木)~11月2日(土)まで、3日間に渡って開催されます。

ものづくり総合見本市 2019 ①ものづくり総合見本市 2019 ②ものづくり総合見本市 2019 ③

お、梶川さん、なんか写真が若いですね 笑

商材はいつもの自己制御ヒーターですが、開催期間が土曜日まであるので、いつもとは違ったお客様とお会いできるのではないかと、楽しみにしております。

また、2日の土曜日には、全国の中小製造業が自社の誇りをかけて製作したコマを持ち寄り、一対一で戦う『全日本製造業コマ大戦』の“とやま特別場所”も開催される予定です。

ご多忙中のところとは存じますが、ぜひご来場いただけますよう、お願いいたします。

[AKA]
プロフィール

kkseishin

Author:kkseishin
株式会社セイシン
私たちは工場設備機器を中心に、お客様にご提案・販売をしている総合商社です。

■富山本社/〒930-0821
富山県富山市飯野16番地の5
TEL:(076)451-0541
FAX:(076)451-0543

■新潟営業所/
〒950-1142
新潟県新潟市江南区楚川甲619番地6号
TEL:(025)283-5311
FAX:(025)283-7469



URL:http://www.kk-seishin.com/

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